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・1、29、土午後からNSK運営委員会で、近鉄奈良駅にある店に集合する。6月11日に控えるサロン演奏会、9月に控える第二回NSK第九を歌う会を推進するため様々なことについて話し合う。その後、その店の奥のピアノの部屋を借りて定例の練習。6月11日の演奏会のアンコールにとてもいいだろうと見つけた「お使いは自転車に乗って」という昭和18年に作曲され、戦後ラジオ歌謡として親しまれた曲を提案したところ、運営委員の皆様は誰もその曲を知らず、団員全員に尋ねてもほんの数人しかご存じないということで、皆さんからは却下される雲行きである。しかし何故僕がこの古い曲を持ち出したかというと、作詞者が何と金子みすずの弟さん(劇団若草の創始者)なのだ。プログラムの中で金子みすずの詩による曲で1ステージ計画しているので、これはなかなかおしゃれなアンコールだと思ったが、一般の熟年層にとって懐かしい曲でないとすると意味がないかもしれない。また6月の演奏会は全曲暗譜に挑戦しないかと持ち掛けたところ、これまた運営委員全員に却下され、今日は一日却下される日であった。夜はそのままその店で少々遅い新年会。アットホームにワイワイ騒ぎ、飲んで食べて解散。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.29
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・1、28、金朝の女声合唱団。来年に企画されている定期演奏会に向けて、プログラムを考える。今マイブームである金子みすずの詩による作品の音楽作りに力を入れる。彼女の弟さんの詩による曲も見付かり、しめしめである。午後からは阿波座にてレッスン。相変わらず風邪による欠席者が続出。和歌山からお見えの生徒さんの叔父さんが、和歌山や奈良の歴史に詳しいということで、親戚が集まっても話題に事欠かないほどだそうだ。本の中に出て来る、奈良の五条の吉野川の畔にある徳川時代の代官所が今も残っているかどうかを、叔父さんに尋ねてもらう約束をする。大正時代には、この代官所はレンガ造りの威厳に満ちた建物で、庭に大きな楠木があったということである。本の中に出て来る建物やその場所を確認することは、今や僕の趣味のようなものである。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.28
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・1,26、水先日からまた其々別のところで二人の高校生の話を聞く。二人とも三年生の進路を間近に控えた女性で、僕が其々を見る限りどこやら似たところのある二人である。一人は国語を勉強したいがために、かなり難しい国立の大学を受験しようとセンター試験を受けたが、合格率20パーセントと出た。何故なら、得意な科目と不得意な科目の出来にかなり差があるためらしい。学校の担任からは希望大学を受験することを止められ違う大学への受験を促されたということだが、本人はどうしてもその大学でしか自分の勉強したいことが叶わないと、浪人の許されない環境の中で希望校への受験をあえて挑戦するという。もう一人の僕の知っている高校三年生の女性は、学校の成績は決して悪くないにも関わらず、大学には行かないと決めている。もちろん彼女を引きつけるものが大学というところにはないということだろうが、大学など時間とお金の無駄だと言い切る。後二ヶ月で卒業を間近にして、担任の先生がやきもきする中、動じる事もなく何処かのお寺に説教を聞きに行ったり、関東に鍼灸の勉強に行ったり、沖縄に行って、人間国宝から機織りの技術を習ったりしている。この間会った時も、鞄の中からごそごそと試験の答案用紙を取り出し「ジャーン!95点!」と微笑んで見せてくれたが、次の瞬間その答案用紙を丸めてごみ箱に捨てた。どちらの高校生を見ても、周りの大人に惑わず今の自分を見据えて堂々と生きるその姿に感服する他ない。現在の僕を取って見ても、そのように惑わず生きられるだろうか。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.26
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・1、25、火今日の京都元町小学校講演のため、昨日から京都の実家に宿泊する。また遅くまで母と妹と三人尽きることなくだべる。タイミングの悪いことに、今日朝起きると窓の外は雪が降っている。奈良から車で訪れるピアニストの交通情況や、体育館にじっと座る子供たちの寒さを思うと困ったものだ。学校へは家から車でほんの5分ほど。到着して控え室に案内いただいたころには、雪はちらほら降ったり止んだりを繰り返していた。校長先生といろいろ世間話をしているうちに講演の時間。全校合わせて120人ほどの少人数の生徒たちと、父兄、教員、地域の人たちが寒い体育館に椅子を並べて座っているところに入場。およそ1時間のプログラムで、演奏の合間に僕の幼稚園からドイツ留学までのエピソードや失敗談などを含めて聞いていただく。僕としても小学校の講演は初めてのことで、1年生から6年生まで居並ぶ前での演奏とお話に、子供たちがどのくらい耳を傾けてくれるか、小さな子供たちにとって興味深い話ができるかがとても不安であった。しかし子供たちはとても静かに集中して聴いてくれていたようで、また印象深い話や冗談には反応も返って来て、僕もとても楽しく講演することができた。途中でやはりギターを弾いてスキマスイッチのしずくを演奏したが、何人かの子供たちから「知ってる!」と声が上がり、とても嬉かった。ただもちろん広い体育館には充分な暖房器具はなく、演奏が進むにつれ僕も寒さが体の芯に応えて来た。そして体が縮こまるように声も出にくくなったりもして、前に座っている子供たちはもっと寒いのではと、そればかり気になり出した。それでもアンコールまでご所望いただき、大きな拍手を背に控え室に戻った。いつもながら後の反省は深いもので、初めての小学校講演で僕が彼らの心に残す事のできたかどうか分からない何かに後悔が続いた。その後阿波座に向かい夜のグループレッスン。相変わらず風邪が続出で、多くの方がお休みであった。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.25
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・1、22、土数日日記をサボっていたが、何日か風邪を引きそうな体調と戦っていた。そして何とか瀬戸際で打ち勝つことができたようだ。最近は、少しずつ自分の体が風邪を引く準備を整え始めていることが分るようになって来たようだ。まず何よりも胃の健康である。すべてはこの胃の調子から始る。過食や飲酒などで胃が疲れると、逆気が始り、関元が空っぽになり、毛穴も開きっぱなしになり冷えが入って風邪を引く準備が整う。これは風邪を引く一つの例だが、自分で防ぐことのできるパターンだ。ところが過食というのは気づかぬ間にやらかしているもので、胃が疲れる前に自分を諌めるのはなかなか難しい。現在世間では例年によって風邪が大流行だが、自分の体調がしっかりしていれば怖くないということ。いかにして免疫力を下げないように暮らすか。適度な運動や乾布摩擦。葛根湯を取るタイミング、生姜とシナモンを取るタイミング。その他体のいろんな場所を温めるタイミングを間違えないようにしないと効果がないということ。いやはや、体の仕組と風邪を引く原因を聞けば聞くほどややこしくて、結局どうすればいいのか分からなくなる。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.22
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1,18、火今朝のテレビで、東京の全盲の男性がホームから転落し亡くなったという報道が成された。彼は全盲の奥様と共に電車を降りて、ホームの向かいの電車に乗り換えようとして線路に転落した。彼はいつも自分が先に立って、奥さんが怪我をしないように後ろに手を引いて歩いていたという。おそらくこの時もそのようにして電車を乗り換えようとしたのだろう。よく起こる間違いだが、線路の向こうのホームに入って来た電車の音を自分の乗る電車だと思い足を踏み出し線路に落ちる。そこに自分が乗るべきだった電車が入って来て、命を落とす。この男性は42歳だというから、1歳のころに視力を失って、40年間全盲で生きて来たベテランだ。にも関わらず、一番注意しなければならないこのような情況の罠にはまってしまった。おそらく急いでいて、ふと注意が途切れ間が差したのだろう。これだけ我々にとってホームの上というのは、死と背中合わせの緊張も極度に達する場所なのだ。ほんの少しの考え事や気のそぞろが運命を分ける。「欄干のない橋」とはよくいったものだ。全国の全盲の9割がホームから落ちた経験があるという。僕もその一人だ。だからその恐ろしさは骨身に染みて知っている。かと言って電車に乗らない訳にいかないし、我々が何とかして注意するしかないのだ。ホームからの転落は全盲者だけではなく、酔っ払いも含めてかなり多数になるという。可動式の柵を設置し始めている駅もあるらしいが、すべての駅にとなるとものすごい費用だ。亡くなった男性は、ブライトライトテニス(視覚障害者のテニス)を考案した人物で、日本チャンピオンでもあったそうだ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.18
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・1、14、金オーストラリア・スリランカ・ブラジルなどで信じられないほどの雨が降り、川が氾濫して過去に例のないほどの災害が起きている。オーストラリア・スリランカでは死者が現在何十人、何とブラジルでは500人を数え、壊滅した家は数万という。しかし時間が経てば、被害はもっと大きいことが分って来るはずだ。そしてこういう異常気象は温暖化が原因であり、言うまでもなく人事ではない。問題はこのような大災害は一時的なものではなく、年々惨酷さを深めて行くという現実である。オーストラリアなどでは災害に見舞われた東部だけで日本全体の三倍というから、その土地の広大さは比べものにならず、川も長く大きいだろうし、被害もそれだけ大きくなるということだろうが、日本ももっと違う形で温暖化の牙の餌食となることもあるのではないか。今のところこの国では新聞でもテレビでもさほど大きくこの問題を取上げていないが、ここが日本気質の暢気なところでは。とはいえ今すぐ食い止める手立てもないが、これは地球全体でもっと危機感を持たねばならないせっぱ詰まった問題の始まりではないのか。今すぐ打てる手とすれば、化学も経済も情報も医学も一度に全部放り出して、皆で19世紀にでも戻るしかない。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.14
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・1、13、木午後のグループレッスンの後CAC混声合唱団。もう7年以上お会いしていなかった知り合いが練習見学にお見えになった。僕がまだ各都市で公民館を借りてグループレッスンを行なっていたころの生徒さんであのころレッスンが終わると毎回のように皆で飲みに行っていた。今では到底真似出来ない。一人の生徒さんの弟さんが彫刻家の卵で、去年の夏ごろだったろうか、僕の胸像を作りたいということで写真を取りに来られた。座っている僕の前から背後から横からと撮影して、そこから胸像を作製される。その作品は彼の個展に出展した後、先日阿波座教室にやって来た。すごく大きかったらどうしようと心配していたが、机の上にも乗る丁度いい大きさだった。とはいえ、頭の大きさは実物と同じぐらいで、何か難しい問題に思いを馳せているように眉根を少し寄せ、空虚な一点を見つめている。ある生徒さんは「レッスンでの僕の話を誰も理解していない!と嘆いているようですね」と感想を述べられ、ある生徒さんは「いつもにこにこしていても、実のところ内面は気難しい人間であるところを、やはり芸術家は見抜いて作製されたんだ」という方もいた。でも胸像が部屋に来てすぐは誰もそのことに触れず「この胸像、どうされたんですか?」と尋ねる人もいなかった。おそらくとても僕に似ていて、余りの恐ろしさにそのことに触れまいと皆思っておられたのかもと考えると、吹き出しそうである。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.13
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・1、12、水今日は何十回目かの僕の誕生日となった。思い起こせば、随分遠くまで来たものである。そして何処にも辿り着いていない。年々何処かが強化され、何処かが弱って来ている。その弱って来ている部分を熱い腕で抱き、まだ何とか使える部分を必死に勇気付けて一日一日乗り越えている。とは言え、落ち着いて考えてみれば僕はまだ若い。要するに気弱になっているのだ。今年一年も、どうしてもやっておきたいこと、やるべきことに情熱を傾けて暮らして行ければと願っている。5歳の僕が、2歳の妹の手を引いて二人っきりで初めて遠出をしたことを思い出した。遠出と言っても、家から数百メートルほど離れた教会の庭まで遊びに行ったのだ。道中に目にした家々の高い塀。明るくまぶしく未舗装道路に照り映える初夏の太陽。妹の手をぎゅっと強く握って、恐る恐る渡った市電の通る北大路通り。おそらく日曜日だったのだろう、車の姿はほとんど見えなかった。僕は白い半袖のシャツにオーバーオールを着てベレーボーをかぶり、妹は袖が少しひらひらとしたような薄いピンクの半袖のシャツを着ていた。教会の庭で鳩と遊んでから、また家まで歩いた。帰ったら、二人っきりでそこまで行けたことを母が褒めてくれたことも憶えている。あれから流れた時間はたくさんなのだろうか、それとも驚くほどの一瞬なのか、さっぱり分らない。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.12
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・1、10、月今、橋のない川を二回目聞き進め、後少しで終わるというところである。二回目では読み落とした部分、読み間違えていた部分がいくつも明らかになり、やはり一度通して読むぐらいでは著者の思いや事実の記述を読み間違える危険が多いと反省する。正月京都の実家に帰り、妹とこの本について少し話した。彼女も僕より先に村上春樹の1Q84を読み、その後橋のない川を全巻読んでいた。別に我々は言い合わした訳ではなく偶然そうなったのだ。「1Q84を読んだ後に橋のない川を読むと、1Q84はマンガみたいに感じるやろ」と彼女は笑った。全くその通りで、本当に色褪せて見えるから不思議だ。なぜなら、どうしてもそれを書かねばならないという理由が途中から捻じ曲げられたからではないか。それに比べて住井すゑは、様々な仕掛けや起伏はない、淡々とした日常を描く中で、どうしても文字にしなくてはならなかった情熱と叫びを持っている。「作品としての出来不出来は二の次」と彼女自身後書きで言っているが、彼女にとってそんなことよりももっと大事な使命があったのだ。先日ブログを読んで下さっている知り合いに「茶木さんってどちらかと言えば左ですよね」と言われた。橋のない川の影響が全くないとは言えないし、もともと本とよく似たことを僕は言っていたようだが、この左とか右とか、上とか下とか、赤とか青とか区分されることを僕は嫌悪する。自分の頭で何が正しいだろう、何が間違っているだろうと考え出せば、それを何処かの箱に区分されそれは世間で思想なる紐でひと括りにされてしまう。箱に区分されれば、何を発言しても薄笑いされて終わりだ。僕がこの日記で述べていることは、世間的に筋の通った当たり前の常識と思っていたが、意外や意外、人々はそれぞれ全く違う考えを持っていることが少しずつ分って来た。そのような違いで人々はくっついたり離れたりするようで、まるで巨人ファンと阪神ファンの人間関係みたいだ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.10
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・1、7、金昨日はまず学園前に向かい奈良クラスのグループレッスン。始めたばかりの生徒さんには、とにかく難しい課題ばかり。それでも確かな成果のあるレッスンであった。その後阿波座に向かい、CAC混声合唱団の新年会。いつも昼食を取りに行く店がとても美味しいので、今回店貸切でお世話になった。お兄ちゃんがコックで、妹とお母さんが料理を運ぶご家族での営業。まず教室に皆で集合して、ぞろぞろと歩いて店まで行く。そう広くない店内は、我々全員で一杯。次々に出て来る料理に、かなり味にうるさい人たちも美味しいと納得。素材が新鮮で、マスターの腕が良い。料理の合間に僕が持参したギターで皆で数曲合唱。デザートまで行ったところでカウンターの中からマスターがお辞儀をして、店内は満場の拍手。「これからずっとこの店でいい!」という団員さんもいた。うまくて、多くて、安い店ここに有りだ。皆さん満足で解散。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.07
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・1,4、火今日から阿波座でのグループレッスン開始。CAで長く訓練されていた生徒さん(23歳男性)が今東京の大学の声楽科で勉強されているが、お正月休みにこちらに帰って来ていて午後のレッスンに参加された。その前に教室で共に昼食を取り、現在の東京の音楽界についての話を聞く。今活躍する歌い手たちも、当然ながら僕たちのころとは世代交代し、名前を聞いても誰も知らない。レッスンで久しぶりに歌われた生徒さんの声は見事に成長を見せ、全くこれからが楽しみである。夜は9歳の女の子、音楽高校への受験を控えた中学生、現在音楽大学で学ぶ学生など若い方々を含むクラス。午後に見えた青年も含めて若い人たちに囲まれ、僕も新しい気持ちで何かを一心に始めたい欲にかられる。思わず「ああ、僕も真っ白な心で誰か先生の前で歌ってレッスンを受けたい!」と叫んでしまう。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.04
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・1、2、日皆様明けましておめでとうございます。旧年中もご愛読いただき、心より感謝申し上げます。今年も好き勝手な駄弁を奮うことになるとは思いますが、お付き合いいただければ嬉しく存じます。2010年は今までになく早足で行ってしまったように思う。一年前の正月が昨日のようだ。一年の間に何をなし得ただろうと思い返してみる。やれやれ、何も前に進んではいないように思える。日々に追われてあっと言う間だ。正に「烏兎怱怱、月日に関守なく」とはこの思いか。しかしそれでも手探りで大雪に挑み進まねばならないのが人間なのだろう。逆気を防ぎ、人に惑わず、出来うる限り肩の力を抜き、己を見失わず、それらが今年も続けての努力目標だ。●大阪の混声合唱団のご案内はこちら●大阪の声楽教室・レッスンのご案内はこちら
2011.01.02
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