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・1.29.金朝出かける前ぎりぎりまで、デージー図書の「1Q84」を聞く。どんどんおもしろくなって来て、少しの時間でも話を読み進めたい。ライトハウスから借りたCD版は普通のオーディオなどでは著作権の関係か何かで聴けないようになっていて、弁当箱ぐらいの大きさの重いプレストークという機械でしか聴けないようになっている。もちろん持ち運びは出来ないし、通勤電車の中が大事な読書の時間である僕にとっては不便なものである。朝の女性合唱団では、僕の大好きな高島みどりの大曲を持って行き、新しく譜読みを始める。仕上げることができるかどうかは分らないが、とりあえずチャレンジの精神。その後阿波座に向かいアンサンブルクラスの練習。いよいよ押し迫って来た発表会本番に向けて追い込み。
2010.01.29
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・1.28.木午後のレッスンの前に近くのガソリンスタンドの前を通ると「愛国心とは、日の丸を見て胸を熱くすることである」と書いてあった。いつも何かしら文章を大きく壁に張ってある例のガソリンスタンドである。今までいろんな文章があったが、今日の一言にはちょっと引いてしまった。社長は軍国少年であったような年ではない。しかし勇気のあることを世間に向かって言うものだ。彼は何も政治的な意味でそれを書いた訳ではないのかもしれない。本来愛国心は僕の中にもあってしかるべきなのだ。しかし、どう考えても納得も敬意も好意も抱けないリーダーたちの率いるこの国を、愛せよと言われても難しい話だ。愛するには愛するだけの理由が必要である。我々はマシーンではないのだ。夜はCAC混声合唱団。暖かい気温の中、本番まで残り少なくなって来た時間に少々焦りながら集中した練習。指揮を振る僕は特に暑かった。
2010.01.28
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・1,27,水午後のレッスンに来られた生徒さんの一人のお友達が、名古屋から定期的にレッスンに参加したいということで、お話を聞く。彼女たちは名古屋の音大の同級生で年に一度数人が集まり、名古屋でコンサートを開催している。その集まりで生徒さんの歌を聴き、その成長ぶりを目の当たりにして、是非CAのレッスンに参加してみたいと言って下さった訳だ。これは僕としても心から嬉しく思う出来事である。もちろん生徒さんの成長は本人の才覚に他ならない。僕はただそのサポートをしているに過ぎず、僕の才能で生徒さんが成長された訳ではないので少々プレッシャーが掛るが、それでもその生徒さんの歌を認めて下さったことは喜びの極みである。来月に入ると名古屋からお見えになることになり、楽しみである。夜のレッスン終了がまた時間ぎりぎりになり、慌てて帰り仕度。最後に歌われた生徒さんのレッスン時間がどうしても短くなり、次回の際に長めにレッスンすることを忘れないようにしたい。
2010.01.27
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・1.26.火やっと午前中に、先日のMRI検査の結果を聞きに内科に出向く。やはり何も異常なしという結果。「MRI検査で骨のことだけではなく、内臓の異常のことも分るのですか?」と尋ねてみる。以前から、MRIでいったいどこまでのことを知ることができるのか興味があったのだ。「はい、内部組織の腫瘍のことなども分るのですがここには異常は見られないと結果が出てますね、私の方ではこれ以上検査するべきこともありませんし、もう一度整形外科に行かれてはいかがですか?」と苦笑し、ようするにお手上げということで「それでは他の方法を考えます」と言って病院を後にする。でもMRIで体中の腫瘍や癌細胞などが発見できるのなら、皆が定期的に検査を受ければ早期発見がかなりの割合で実現するのではないかとふと疑問に思う。でも皆よっぽどの何かがないとMRI検査は受けない。やはり検査料金の問題か、それともそう簡単にはいかないのだろうか。午後のグループレッスンの後に、CD製作の会場に電話して打ち合わせをしたり、曲数とそのタイムを整理したりして時間が過ぎる。夜のレッスンではまたまた9歳の女の子の生徒さんが、コンコーネとカロミオベンを前回注意された部分をかなり正確に直して持って来る。おそらく家ではいつも付き添っているお父さんが苦労して、復習と予習に力を貸しているのだろうと検討を付ける。「カロミオベンは今日で二回目だけど、もうきっちり歌えているし、次の曲をやってみよう」というと「まだカロミオベンでいい」とお父さんが小さな声で呟かれた。
2010.01.26
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・1,25、月ライトハウスで借りたデージー図書(視覚障害者のために、ボランティアの方が本を読んで録音したCD)で村上春樹の「1Q84」を昨日から聴き始める。今四分の一ほどを聴き進めたところだが、例によって二つの話が同時に進行していく形。多分途中でその二つの話が交差するのだろう。いつものようにブームが去ってから読み始めることにしているが、先に読んだ人たちに感想を聞くと、皆何だか歯切れの悪い返事。感動もないし納得もなく、はっきり言って途中でほったらかされたような結末だそうだ。今の段階で僕が感じているのは、海辺のカフカとは全く違う質のもの。一つ一つのシーンで情景描写や感情描写がとても長く(時には必要以上に)中々話が前に進まない。でも元々彼の作品は、ストーリーを楽しむのが本文ではないように思う。それに付随する細部の細々とした描写や庶民的ナ哲学や、登場人物の其々の考え方とか生き方を僕は楽しみにしている。でも「海辺のカフカ」の図書館や、「羊をめぐる冒険」の僕の部屋や北海道の山小屋、「ノルウェーの森」での京都の療養所のような特別な場所、親密な箱のようなものがまだ出て来ないので、何だか落ち着かない感じ。最後まで出て来ないのもまたおもしろいかもしれない。今日は午後のグループレッスンの後に混声合唱団。天気予報で午後から雨と言っていたのを聞き逃して、雨に濡れては困る靴をはいて出掛けてしまうが、うまく雨にはあわなかった。
2010.01.25
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・1.23.土今年最初の朝の女性合唱団。去年の合唱祭の録音を聴いて皆で反省。そして新しい曲の譜読み。その後奈良に向かいNSKの練習。我慢強い音取り練習で、皆さんぐったりという感じ。その後運営委員会ミーティングで、駅前のレストランに長く居座る。客は一杯だったが、途中でエアコンを切られたか体中が冷えた。食べ物はジャンクフードに毛がはえたようなものだし、このレストランもそろそろ危ない。
2010.01.23
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・1.21.木午後のグループレッスンの途中から暗雲が立ち込め、ものすごい雨と風が窓を打つ。皆さんが帰るころには雨は上がっていたのでよかった。夜はCAC混声合唱団。今日もまたホームページを見て見学に来て下さった男性が見える。発表会まで丁度一ヶ月。少しずつ形が付いてきた。一つとても難しい曲があり、当然のことながら時間が掛る。「そろそろこの曲も好きになって来たでしょ?」と尋ねると、皆さん無言。難しいというイメージだけが楯となってしまうのだろう。「好きになって来た!」と誰か一人でも言って下さる日を夢見て、後一ヶ月訓練を重ねたい。
2010.01.21
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・1.19.火午後の富田林への出張グループレッスン。その前にピアニストと、カツ満という豚カツ屋に寄り昼食を取る。時間が余りなかったので、仕方なく外環添いにある一見ファミリーレストラン風のその店に入ったのだ。思っていたほど悪くはなく、ご飯と野菜と赤出汁とコーヒー、ジュースが食べ放題飲み放題だったが、コーヒーを二杯飲んだだけでお腹ははじけそうになった。コーヒーだって、二杯飲もうと思えるほどの味。これはチェーン店なのだろうか。とにかく悪くない気分で外に出る。これで採算が合うのか人事ながら心配になる。レッスンでは例の年配の生徒さん(87歳女性)が、歌っている途中に「楽譜が見えない」と言い出された。周りの方々は「やっと老眼が来たか」と笑われていた。冗談かと思ったが、今まで老眼鏡を掛けたことがないというお話。誰かの眼鏡を借りて楽譜を見て歌われた。「これを掛けるとやっぱりよく見えるわ」と笑われたが、本当に87歳になって初めて老眼となった事実に周りは驚く。その後阿波座に向かい夜のグループレッスン。9歳の女の子は、今日から早イタリア歌曲に挑戦。カロミオベンを見事に歌う。
2010.01.19
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・1.18.月午後のグループレッスンの後混声合唱団。帰り河内長野の駅に着きバス停まで行くと、バスはまだ来ておらず、ベンチに昨日お邪魔したハーモニカのおばあさんの娘(50代後半ぐらい)と、彼女の隣の家のご主人(以前一度ここで話したことがあり、ラブリーホールでのコンサートにも来て下さった70歳ぐらい男性)がおられた。「偶然ですね!」と言い合って一緒にバスに乗り込む。僕はそのご主人と並んで座り世間話。「歌い手さんはいろいろ気を使われるでしょ?」と僕のマスクを見ておっしゃる。「今は一年中浮遊している黄砂が声に影響してとてもいやです」「いや、まさしくその黄砂のことが、私の専門の研究の一つなのです」彼は大阪府大の教授で、環境化学なるものを専門に今でも講義をされている。「中国の砂漠からやって来る黄砂は工場の上を飛んで来る訳ですが、工場では石炭を燃やしているので、その煙に含まれた石炭の滓をたっぷり含みます。重い砂はその場で落ちますが、細かいやつは日本まで来て我々の気管支や肺に納まります」「その黄砂に発癌性はないのですか?」「あります!」と彼は首を縦に振って一言で答えた。「今は温暖化の影響で、世界中で雨の少なめなところは一層雨が降らなくなり、雨の多めのところは一層降るようになって来ています。そういうことからも中国の砂漠から飛び立つ黄砂は増えているのではということです」これは日本政府も黄砂に関して一切口を閉ざす訳だ。政府やマスコミが騒ぎ立てないことこそが、最も怖ろしいことなのだろう。
2010.01.18
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・1,17、日いつも住宅街のバス停で話していたハーモニカのおばあさん(84歳)を、二ヶ月近く見掛けていない。去年11月15日の奈良でのNSK第九を歌う会に娘さんと共に来場して下さり、その後一度もお会いしていなかったので、長い道中で何かあってそれで入院でもされているのではととても心配になり、自治会名簿を調べて思い切って電話してみたのだ。娘さんが出て来られ「母は元気にしております、ただ以前からの腰の痛みが酷くなり出歩けない状態です、もしよかったら我が家にお茶でも飲みに来ていただけませんでしょうか?母も喜ぶと思います」と言って下さり、今日午後にお邪魔した。ケーキとお茶をいただきながら、おばあさんのハーモニカの演奏を聴く。聴けば聴くほど音楽教育を全く受けたことのないおばあさんが、どうしてメロディーに和音(どうやって同時に和音の伴奏を付けて演奏できるのか分らない)を付けて吹き楽譜お読めない彼女が間違えることもほとんどなく演奏できるのか不思議でならない。簡単なメロディーに歌詞の書いてある唱歌の本を持って来て、ページをめくって次々と吹いて行く。伴奏の和音も、メロディーに合わせてちゃんと1の和音から4の和音、5の和音から1の和音にと言う具合に変えて行く。生れ付き音感が優れているとしか言えない。病院にずっと通って腰にブロック注射を続けて来られたが、痛みは悪くなるばかりで娘さんが見るに見兼ねて治療を中断し、市内の鍼灸院まで連れて行かれている。そこでようやく痛みが緩和されて来たということである。東洋医学と西洋医学の手を取り合った新しい治療機関の実現!とまた僕は心の中で思った。
2010.01.17
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・1、16、土今日は奈良の混声合唱団のニューイヤーコンサートの本番で、朝から郡山城ホール入する。喜歌劇「こうもり」の抜粋で、オーケストラの前で二重唱を演じ歌い、その後急いで下手から上手に舞台裏を回り、合唱団の中に入ってソロを歌い、また下手から出てソロを歌いと忙しい出入り。一人手引きの人が付いてくれてはいたが、舞台上の雛壇でけつまずいたり、周りの人たちが工夫して演技しながら誘導してくれたり、そしてカーテンコールでは例によって何度も何度も出たり入ったりせねばならず、腕を組んで出入りを付き添ってくれていたソプラノのドレスの裾を踏んで客席から笑いが出たりと、とにかく僕にとって大変なこと。その上舞台から転落したり、オーケストラの人にぶつかって、楽器を傷付けたりすれば笑い事ではすまない。やはり舞台への出入りの面で、無理があることを再認識せざるを得ない。そろそろ腹を決めて、ピアノの前で歌うことだけに限定して演奏した方がいいだろうと思う。演奏会後新年会を兼ねた合唱団の打ち上げ。2時間ほどでこれまたおとなしく解散。
2010.01.16
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・1,15、金朝の女性合唱団の後ピアニストと食事をして、その後奈良に向かう。郡山城ホールで、明日の演奏会のオケ合わせ。以外と早く合わせが終わり、9時半過ぎに帰宅。
2010.01.15
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・1,13、水午後と夜のグループレッスンの合間にCD作りの計画を進める。進めるといってもいろんな面で問題がでて来て、停滞中である。まず録音会場選びで苦戦している。スタジオではなく、ホールでの録音と考えている。神戸、京都、大阪、滋賀、奈良などあらゆる土地の音響についての良い噂のホールを当たってみた。音響、費用、設置されているピアノの質などいろんな面からのニーズに合うホールが一つだけある。しかしそこは少々遠いので、僕とピアニスト、録音デレクターやミキサー、それに手伝いの人など全員に二泊してもらわなくてはならない。とにかく思ってもいなかったところでものすごく費用がかさむことが分って来て、少しでも無駄な経費を掛けないようにと思考錯誤していると話が前に進まないのだ。そして最大の費用的な問題が、CDジャケット(訳詩付き)の印刷に掛るもの。ぐずぐずしているうちにどんどん日にちが経っていく。来る生徒さんが皆同じような症状で声の調子が悪い。暮れから飛散の始った花粉の影響と黄砂だろう。生徒さん皆が揃って調子が良くなったり悪くなったりすることで、浮遊しているものの量が分るので興味深い。
2010.01.13
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・1.12.火正午から金剛での出張グループレッスン。その前に河内長野の駅前にある入ったことのない喫茶店に入り、早めの昼食を取る。入り口がいやに狭くて、営業しているのかしていないのか分らないような店。いつもその前を通り過ぎていて、そんなところに喫茶店があるなんて気が付きもしなかった。でも他に店もないし、時間もなかったので思い切って入ってみる。店内は思ったより奥まで広く、下町のおばちゃん風の70代ぐらいの女性が大阪弁丸出しで迎えてくれた。懐かしいような古い店独特の匂いがする。テーブルに着くと、左ではおじさんが新聞を読んでコーヒーを飲み、右では年配の女性が二人で宝石やロレックスの仕入れ買い付けの話をしている。一様お客がいてほっとする。これまた全然期待できないと諦めて注文したカレーを待っていた。ところが出て来たビーフカレーは全くの手作りで、ドロっと濃い煮込んだルーに角切りのあえて脂身を多く使った牛肉。肉が好きな人なら多分嬉しいのかもしれないが、僕はちょっと苦手。それでも濃くのある味で、とても美味しかった。店でも人でも、見掛けでは中身は計り知れない。レッスンでは、2月21にちのアンサンブル発表会に向けてミニコーラスの練習。終わって外に出ても、まだ雨が強く降っている。その後阿波座に向かい、夜のグループレッスン。今日は僕の誕生日であったが、寒い時に生まれたものだなとしみじみ帰りの夜風に吹かれながら思う。
2010.01.12
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・1.11、月あべのの鍼灸院に替わって、新しく見つけた心斎橋の鍼灸院に出向く。治療法はあべのと全く一緒で、明らかに同じ門下によるもの。この鍼治療の流派の名前をそのうち一度尋ねてみようと思う。担当は、40代前半ぐらいの男性。免疫向上と、首の周りの筋肉の張りを取り、尾てい骨の痛みの原因を探る。この先生は壺だけではなく、筋肉や骨についての勉強もしておられるらしく、指圧も用いての治療。これが結構痛く、呻き声を上げる。午後からは阿波座でのグループレッスン。その後混声合唱団の練習があり、そのまま新年会。天満橋駅ビル上のイタリアレストラン。全然期待していなかったのだが、意外と美味しい。60人からの料理を美味しく出すというのは、難しいことだろうなと思う。2時間ほどでおとなしく解散。
2010.01.11
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・1、9、土インフルエンザ以降声の調子がよくならないままほったらかしにしていたがさすがに長いので、朝の女性合唱団の練習がお休みで時間ができたのを利用して、あべのにある音声学のドクターのところに行く。ドクターには僕が歌を始めた10代のころから見てもらっている。昔はとても怖い先生で、ぴりぴりしながら診察に行ったものだが、今は歳を召されて随分丸くなられた。演奏会にも何度か足をお運び下さり、耳で聴いた僕の声のこともよく知って下さっているので信頼している。優れた音声学の医師に必要なものは、目で見た検証だけではなく耳で判断できる能力だとフースラーの学術書に書いてあった。まさしくこのドクターはその耳の力も持ち合わせておられる。しかしおそらく医学会ではこの音声学というのは極めて特殊な分野で、世間から脚光を浴びるような研究テーマではないのかもしれない。もしイタリアやドイツ、フランスなどに生まれておられたら、もっと世間一般に注目される分野なのだろう。黙って診察した後、鼻を通す作業をされて、声帯の状態を説明下さり、今花粉と黄砂の浮遊の影響を話された。昼から阿波座でのグループレッスン。声を出してみるとすっかり調子が戻っている。歌うものにとっての天敵が花粉だけではなく、黄砂というやっかいなものが加わってからというもの、いよいよこの星で歌うことが困難を極めて行くのだろう。その後CAC混声合唱団の新年会で、京橋の梅の花に集まる。二時間ほどいて、その後カラオケ組みとお茶組みに分かれて解散。お茶組みに参加の僕は、飲んだ後恒例のチョコパを食べる。パフェ採点は31点。帰宅は0時。
2010.01.09
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・1、8、金朝の女性合唱団では新年の挨拶から練習が始る。その後奈良菖蒲池でのレッスン。その前に久しぶりに例のうどん屋に寄る。11月12月と丸々店を閉めて、シンガポールに行っていたと店主が他の客と話していた。今日は鴨なんばを注文する。鴨の油がきつ過ぎたのか、胃の具合がおかしくなり気分が悪くなる。レッスンの生徒さんの一人(70代半ば男性)が毎日のように飲み歩いておられるので「胃の具合が悪くなることはないのですか?」と質問する。「胃がおかしくなることはほとんどありませんな、大体毎日飲んでいますが、全く健康です。先日の検査の結果もなにもなしでした」何と羨ましいことだろう。歌い手はまず胃が丈夫であることが大事な要素である。レッスン終了後混声合唱団。その前の少しの時間を使って、16日の本番の合わせをする。帰るころになっても何だか胃が重く、舌が荒れている。昔は本当に胃に自信があったものなのに。
2010.01.08
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・1.7.木午後のグループレッスンの後CAC混声合唱団。その間に2月21日の発表会の準備。夜のCACの練習の少し前に、今日見学希望をされていた女性が見える。ホームページを見てCACに興味を持って下さったほとんど全盲の方である。話を聞くと、彼女は弱視でありながら高校を出るまで普通校で学ばれたという。子供のころの視力は0,07とほぼ僕の子供のころと同じ。その視力で普通校でやって来るのはさぞかし大変だっただろうと想像する。その後視力が下り今はほとんど見えない。僕と全く同じ境遇である。しかしどんなに大変でも普通校でやって来たものと、盲学校でずっとやって来たものでは、いろんな面で力が違うのだ。簡単に言えば人間的な成熟、精神的な強さ。そんなものが明らかに違う。僕が盲学校にいたころに感じていたことだが、小学校は普通校、それから視力に問題が出て盲学校に転校して来たものと、初めから盲学校で大きくなったものではすべての面で成熟度に差が出る。不思議なことに背丈や学力、体力までにも違いが出るように思えた。なぜだろう。原因ははっきりしないが、多くの人の中で、いろんな刺激や影響を受けて育つ普通校と、少人数でずっと同じ顔ぶれで持ち上がりの環境の盲学校との違いが生む、何か不思議な成長に関するホルモンの作用だろうか。そこが盲学校という特別な箱の大きな問題だった。今日の彼女は、そういった独特な盲学校育ちにはない前向きな姿勢と、パワーをお持ちだった。これから我々の仲間として、早く慣れていただければ嬉しい。
2010.01.07
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「今日一日生きて」・1、6、水午前中に二回目のMRI検査のため、千代田の医療センター(元国立病院)に出向く。狭いMRIのある部屋に入ると女性の技師がおられ、着替えを渡される。前回の男性の技師は見えない。着替えを終えたころに奥から前回の男性技師(50代半ば)が現れた。どうやら彼がこの部署の責任者のようである。出て来るなり「尾てい骨はまだ痛いですか?どこが痛いか抑えてみて?前回は腰しか写さなかったからな」と言って奥に消えた。一言も前回の失敗を謝る様子はない。それで僕の頭の中の何処かでぷつんと切れた音がした。検査を終えて着替えを済ませたところに彼がやって来て「今日の検査は前回の続きという扱いになりますので、お支払いは結構です」と言った。そこから僕の口は止らなくなった。「当然です!貴方、前回のミスを一言でも謝ったらいかがですか!こちらに来るために時間を作って、遠いところから見えない目で苦労してやって来る者のことを考えて下さい!大体紹介状を書いた内科のドクターにしろ、貴方がたにしても、患者のどこが問題箇所かをちゃんと確かめもせずに検査するんですか!!」「大変申し訳ありません、以後気を付けます」と彼はずっと頭を下げ続けていた。直に謝るだけまだましだが、それでもいやな気分で病院を後にする。でも苦言を呈さなければ、もっといやな気分が一日中続いただろう。病院というところではしばしばこういう気分になる。その足で阿波座へ。
2010.01.06
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・1、5、火今日から新年の昼と夜のレッスン開始である。やはり三が日の食べ過ぎと、アルコールも少々飲んだ性で胃が重い。三が日の午前中はNHKで「獣の奏者エリン」を特集で上映していたので、釘付けになって見る。最初は何だか暗いだけの小難しいアニメだとバカにしていたが、見ているうちにすっかり引き込まれてしまった。さりげないメッセージ性も含む奥の深い内容と、動物や植物の専門的な知識、人々が繰り返して来た戦争についての知識を特別に持ち合わせていないと閃かないような斬新なストーリー。作家の才能に感心する。これから毎週土曜日の夕方に総集編を上映して行くそうだが、僕は当然見ることはできない。DVDやブルーレイなどの録音機材は持ち合わせていないので、誰か替わりに録音してくれる人を探している。
2010.01.05
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皆様、明けましておめでとうございます。旧年中はこのブログをご愛読いただき、誠にありがとうございます。今年も引き続きお付き合いのほどを、どうぞよろしくお願い申し上げます。2010年という信じられないような年号の年がやってきた。白黒テレビのアトムやドラエモンの中では、遠い未来であった時代である。確かにテレビの前でアニメに釘付けになっていた僕の子供時代から随分様変わりした現在、何が生きる意味であり、どのような目標に向かって生きるのかがよく分らなくなっている。何でもいいから、精神的な生活がしたい。しかし自らの心のひだを指で辿る手立てさえ思い付けない。すでにそれだけ多くの昼と夜を重ねたということだ。そんなたばこの煙にくすんだような日常の中、今年は初めてのCD作りをする。去年のうちに仕上げられていなければならなかった計画が伸び伸びになったのだ。ということで、今年中のリサイタル開催も難しい。なんと言っても舞台でのドイツ歌曲の演奏が、僕の最大の栄養源であるのだ。リサイタル開催によって、たばこの煙もどこかにふっ飛ぶことだろう。そしてまた去年よりもたくさん文章が書きたい。くだらない文章、少しは自らを慰めることのできる文章。いろんなものを含めて、とにかく自分を紙の上にぶちまけようと努力する作業。すべて精神生活の模索。そんな風にしていないと生き延びて行けない人種なのだ。村上春樹いわく「複雑なステップを踏み間違えないように踊り続けること」そういうことだ。
2010.01.03
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