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て言うか、知ってたし‼(泣) まあ、想像はついてたんだけどね 階段上ってみたら 崩れてました そして・・・ 藪が‼(茂) でもこれ 2014年の大雪の後とか その後に台風が来た後だったら もっと登れなくなってたかもしれないけど 藪は薙ぎ払われていたかもしれない? で‼ 何が一番悔しいかと言うと 奥にトンネルの入口が見えてるんですよ!(指咥) くそう! 路盤まで、そんなに距離が無いのに 全て、この薮が‼(覆) って、仕方ないので 一旦、むかし道に戻って て‼(輝) くしゃり じゃなくて 鎖 ハアハア・・・ も・・・ もしかして(唾飲) 水根線の路盤に上がろうとした同業者様のお導き?(神) って、さすがにコレは違いそうだな?(悔) ちょっと這い上がるには辛そうな位置にあるし そして何より 帰ってくる時 この位置が特定できないという・・・ まあ、違った場所から戻ってきて 後で、この鎖を回収すれば良いだけの話ですが とは言え・・・ 仮に、この鎖が水根線狙いの同業者様の残してくれた道標だったとしても・・・ とりあえず鎖骨がくっ付いただけで やっと安定期に入ったばかりの自分の右肩 この鎖を登ったら‼ せっかくくっ付いているのが、自分の体重で バキッと逝ってしまう危険性も有る(怯) さすがに自重せざるを得ないというか・・・(悔) 仕方ないので この先にある 公衆トイレ付きの休憩所で一旦休んで 作戦を練り直します て、アレ いつから本来の目的がすり替わった? 自分 奥多摩湖で、次のバスが1時間半も来ないから むかし道を歩いて帰ってきてただけじゃなかったのか どこから、水根線にシフトした?(滝汗) って言うか既に バス待ってた方が帰ってくるのが早かった気がするんですけど 吹き曝しで 防寒性とか全く無いけど きれいに整備されている 休憩所 おかしい どうして、13時になってるんだろう?(焦) そして ココから奥多摩駅まで 30分は絶対に掛からないはずなのに なんか1時間以上かかってしまうような気がしてならないのは何故? そんな疑念を心に抱きながら 再び、むかし道を登っていきます って言うか、昔の人 どうして、ココまで登らないといけない設定にした? もうちょっと違ったルートを考えられなかったのか?(困) ちなにみ ココをまっすぐ行くと 山林の中に入って・・・ って、なんで知っているのかというと 2008年の時に道を間違えて入っちゃったからに決まっ あの時は こういう表示 無かったしね(涙) で・・・ ずっと、舗装路を進んできたのに こんな作業道みたいな所に入れとか 想像しないし‼ でも・・・ ここからが むかし道の真の実力? って言うか、本領発揮?? って、一部の同業者にしか需要はないんだけどね?(笑) 次回 気が付いたら、水根線よりも標高が高い位置まで来てた件 これでもココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.31
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やべえよ、気が付いたら もう1月が終わろうとしている・・・ むかし道2013編 だから面倒なので10年間も封印してました まあ、もっと大変な moto GP 2016編って言うのが封印されたままになってたりするのですが そう、デジカメのカウンターが3回転したという 想像しただけでの血の気が引きそうな枚数撮ってたヤツも有るのですが それを引っ張り出さずに済むことだけを祈ろう って話は関係ないから置いといて なんかヤヴァイよ この砂防ダム たぶん 土石流 ブチ撒いちゃったんだろうな? 容量が足らなくて 仮説で補強・・・ って! 土嚢積んで その真ん中に塩ビパイプをブッ刺しただけって・・・ しかも・・・ それでも土嚢を超える量の土砂が流れてきて 削って行っちゃったとか(怯) こんなのが堂々と道路を横切ってる って、明治以前の人たち こんな場所をどうやって毎日のように通行していたのでしょう? たぶん 1年間のうち 3分の一から4分の一は通行できなかったのではないかと そう思ってしまうのですが で‼ そんな場所に水根線と通そうとした人たちの努力が‼ で・・・ まだ登っていきます が‼ さっき、水根線が見えたことで HPだけじゃなくてMPやSPも回復 じゃねえよ! 気力が回復してますから 多少、足が重いけど 気合いだけで進めるくらいには復活してますから! また、枯れ沢が通ってて ココもかなり土砂で埋まってるよ(怖) この上の方には水根線(廃線)が通ってるんですよね 本当にスンゴイ所に線路を敷いたよね 多摩川まで一気に岩や倒木が押し流されて逝った跡が・・・(怯) 怖いぞむかし道 山の天気は変わりやすいですからな あと‼ 実のことを言うと 奥多摩と言う土地は・・・ 1年間の平均気温は、温暖化が進む前は北海道よりも低くかったとも言われる 東京の魔境 ココを毎日のように、数十キロの重さがある荷物を担いで行商に行ってたオネイサン達 本当に人間だったのか? 疑わしくさえ思えてくるんですけど またココにも枯れ沢と 暗渠排水 一体何本有るんだ って言うか、本当にこんな道 使ってたのか 明治以前の人たち 群馬県の上野村よりも凄い場所に思えてきちゃうぞ ココまで来るt あ! こんな危険がいっぱいな場所に住んでいらっしゃる方々が!(驚) ずっと昔から この地にお住まいになられていた方々なのでしょうか? それとも知らずに 田舎暮らしが(惚) とかで、引っ越してきちゃった人なのでしょうか? なんとなく 家のデザインが凝ってたりするので 後者の人が多そうな気もしますが 平らな土地が少なくて 宅地開発が思うように進まない奥多摩町 まさかね? 素晴らしい景観がどうとか言って 不動産会社の人が売っちゃったのを知らずに・・・(滝汗) とか、そういうのは無いよね? しかも、まだ有るよ 枯れ沢! しかもブッ放した跡がある・・・ で‼ その上を水根線が‼(凄) って、まさか・・・ ココに引っ越して来た人達 水根線関連の同業者 毎日が線路跡と廃トンネルでハアハアとか って事は、絶対にないな?(笑) でも、よし! 水根線が近づいてきたぞ もしかしたら、線路に取り付ける事が可能な場所があるかもしれない! でも、さすがにココを登るのは危険すぎるから止めておこう でも、この景色のおかげで 再び気力が回復してきた! さ! もっと先の区間まで進むぞ くっ‼(噛) でも、なかなか 水根線の橋梁の高さまで追いつけないな(涙) むかし道と同じくらいの勾配で 線路跡も標高を稼いでいるのかもしれない?(困) でも 鉄道線の勾配よりも、道路勾配の方が大きいので 時期に追いつくはず また、さらに枯れ沢を跨ぎます が‼ ココも攀じ登るのは危険だし(困) それでも だいぶ近づいてきたな!(ハアハア) たぶん この先辺りで 路盤と同じくらいの高さ あるいはコンクリート製の橋脚の所に行ける! そんな気がする! 気・・・ がするだけかもしれない? けど・・・ って、くっ‼(噛) ダメだったか?(泣) 法面の高さが一気に上がってしまった でも、まだ諦めないぞ! 2008年の時は、あまり気にせずに進んでしまい 帰ってきてから後悔したけど 今回は、そうはいかない はず って、あ! 法面が下がってきたところに 旧石垣が露出している場所があって ココに階段が! って、これは神のお導きに違いない? そして次回 よい子は絶対にマネしちゃ 何度も言うけどココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.30
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目の前が国道411号線です 左に進めば10程度で奥多摩駅です が‼ そんなに甘くないのがむかし道 って言うか、どーしてこーなった? いや むかしの往来 ヘン過ぎなんかね? なんか 階段の方を 案内板が指しているような気がするのですが? まさかね? 明治以前 こんなところに階段があったとか いや! 江戸時代とか階段なんて造らないし それ以前に 牛だって、こんな急こう配が有ったら登れない(落) まあ恐らくは 現行の青梅街道を整備する際 この辺りを掘削して 地形自体が大きく変ってしまったため 地図上をトレースすると どうしても、こういう威風にしないとダメだった で、仕方なく? なお 2007年の台風9号が直撃したとき この階段を登った斜面が崩落しました で・・・ 国道411号線を挟んで向かいにあった境交番が‼ 建屋の直前 ギリギリの所まで土砂が押し寄せ(怖) って、駐在さん 事前に避難していたので被害はありませんでしたが(焦) 復旧するまで、かなりの時間を要していたのを覚えています で! 登り切った、その先が 民家の庭になってしまうため ココでV字型にターンすることになります って現役時代は 数回の九十九折りを繰り返していたんだろな? 多摩川の峡谷が深すぎて 現在のような土木建築技術が無かった明治以前は橋を架けることが出来なかったため 境の集落を出た後 急激に標高を稼ぐルートを取るしかなかった可能性が? で‼ なんか右に曲がれ って言ってるっぽい 確かに こっちが近道? いや 元々のルートなのかもしれない いや 違げーだろコレ また、今来た方に戻ろうとしてるんじゃね? そう 2008年 5年前に来た時も ココで迷ったんですよ で 間違って 山林の中に入ってしまったという(笑) でも 記憶が曖昧に残っていて そう ココは左に行って 坂を上った先を右に曲がるはず(左に行くと山林に入ります) ほら! その先をUの字型にターンして下ってくれば ちゃんと案内板があるし! ほんま、あの階段とこの案内板 詐欺やで‼ って言うか、設置するときに向きを間違えたんちゃうか? と・・・ 思ってしまうのですが 実は、どっちに行っても正解だったりするんです 最終的には 同じ場所に出てきます 右に曲がって坂道下った方がショートカットになって アップダウンが少ない分 楽だったりするのですが どーして、こっち側にも案内板が? って言うか、正規ルートはどっちだったんだ? そして‼ 事も有ろうか 目の前に国道411号線が見えてきます! って言うか、どんだけ遠回りさせてたんだ むかし道(困) なんでわざわざ こんな道を通るように設定した 当時の人たち で この集落は当時から存在してたのか? たぶん それが、この遠回りルートの原因になっている可能性が高かそうだぞ? で! どう言う訳か あと30mくらいで国道411号線だというのに ココで左に曲がって また、坂道を登れと言ってくる むかし道 もう訳が分かんないよ!(泣) って言うか、いい加減疲れてきたから このまま国道411号線に出て 歩道を歩いて帰った方が良いんじゃね? と・・・ まっすぐ行ってしまった人は たぶん人生最大級の損をすることになる? で、ここで迷ってしまうと・・・ あっという間に10分弱を使ってしまうという(困) むかし道最大級の初見殺し区間 やっぱし、そのまま国道411号線を歩いて奥多摩駅に行った方が早い ん、だけど・・・ 明治以前の人たちは この先にある多摩川の蛇行区間を踏破するため 川に沿った形で そして、崩落に少ない安全な道を通ろうとして こういうう風になった? たぶん 登って 下って また昇って って言うか、普通に小河内ダムでバス待ってた方が早かったんじゃね? そろそろ足の方が辛くなってきたぞ そう 11年前の白馬で散って 鎖骨骨折して とりあえずバイクに乗れるところまで復活してたけど 納車当日に入院したバジン号(笑) そして自分は まだリハビリが終わったばかりで 全体的な体力が戻ってきていない時期 ちょっと無理があったかな? って時期にやる事でななかったな?(困) って、ずいぶんと上の方まで登ってきました でも まだ登る気かよ!(泣) やっぱ止めとけばよかった(涙) そのまま、国道411号線で帰ればよかった アレ? また今回も道を間違えたんじゃね? こんなに上がってきたっけ? 確か この先にも林道があって 山の中に入って行く・・・ って事を知ってるって事は 以前にも道に迷ったことがあるって証拠 でも次回! 突然のように水根線跡が出現してハアハア じゃなくてHP回復 でもなくて、ココまで登ってきた苦労が報われる? そんな美味しいことが? 有るわけないよね ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.29
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むかし道2013編 境集落です 以前よりも少子高齢化が進み 住人が減ったらしいです と言うのも 信じられないような崖の上に家があり 山葵田の管理をしていたり それこそ、戦前などは炭焼きの仕事をしていた人たちが 平成に入っても あまりに急で狭い道しか存在しないため あのクロネコヤマトですら配達拒否(泣) 郵便は来るけどゆうパックは来ない クーラーって何? テレビ・・・ あの国営放送ですら電波悪くて写らないし 集金の人も登ってこれないし(笑) 冷蔵庫・・・ 重たすぎて家まで持ってきてくれる業者さんなんていないし(泣) 洗濯機・・・ 大きすぎて持ってこれないし 簡易水道はあるけど、大雨降ると詰まって水が出ないし(困) でも東京電力さんとNTTさんだけは見方だよ!(光) みたいな家が結構存在していたらしい ココ、東京都ですが何か? そんな中 山葵の価格が暴落して 生計が成り立たなくなって 山を下りる人が続出 そう 山葵の苗が農協で1本60円台後半なのに 一生懸命育てても60円で買い取ってくれない鬼畜野郎の農協 で 直売所で1本500円~800円程度で売ってるという 伊豆の山葵よりも奥多摩の山葵の方が 水が奇麗で 寒暖差が激しいから美味しんだぞ! って、本当です が・・・ ブランドイメージで負けて 高値で取引できないという・・・(涙) と言う事で 地元で作る「わさび漬け」の材料として供給する分も足りなくなり 小菅村から取り寄せたり 小河内ダムの完成により 「ダムが憎い、いっそ・・・(怒)」と読み上げた小学生は地元に残りましたが 元・小河内村の多くの人が移り住んだ、長野県の安曇野から取り寄せた山葵を使う羽目になったり(泣) と言う事で 奥多摩町も山葵農家の育成と存続のために 助成金を出すことにしました そ・れ・が‼ 自家用ラックカーです 設置するにあたって 1軒につき100万円 申請すれば、助成金が出ることになりました が・・・ 維持費は自分で何とかしてね? 山奥の高齢者の方を中心に、結構普及が進んだらしい(凄) これで、冷蔵庫様や洗濯機様、その他の大きいものや重たい荷物がラックカーに乗って我が家にも来てくださる! と言うのは冗談ですが 一般家庭向けにも 頑張って普及を進めたらしい そして ココにあるのは 山葵田への行き来を収穫物の搬送をするためのラックカー 結構な長い距離を走ってるぞ!(驚) 水根線跡のガーター橋の下を潜り抜けて 山奥に進んでいきます なお 所有者の方のみ利用できるので 一般の人は乗っちゃダメだぞ! って言うか、ガソリンエンジンで動くから 燃料代だって掛かるんですから! 助成金で設置しても それなりに維持費は掛かるんだぞ! たぶん定期整備(点検)も受けないといけないはずだし 線路脇の薮も、定期的に刈らないといけないし(泣) 移動と搬送は楽になったかもしれないけど 維持に掛かる人手は増えたかもしれない?(焦) あと余談ですが 水根線がガーター橋区間 コンクリート橋区間よりも架線を架けるのが大編組いうだけど 一体、どういうふうにする予定だったのでしょう? そして・・・ あの位置から 大量の石灰を積んだ蒸気機関車から噴き出す火の粉が この境集落に降り注いでいたはず!(燃) 家事とか 起きなかったのか ちょっと心配だぞ そして そこそこの規模がある境集落の上を通るのに 観光鉄道として開業しても ココに駅を造る予定すらなかった水根線 まあ、あんな高いところに駅を造っても わざわざ山を登って電車に乗りに行く地元住民なんていないと思いますが(困) 何にせよ 採算なんて絶対に合わなかっただろうな(涙) なお 集落の様子は やはりプライバシーの問題が出ちゃうといけないので パスします で! また 全く人気がないところに むかし道、2つめの公衆トイレが‼ 国道411号線から外れているので 車で来て、このトイレを利用する人は まず存在しません 利用者の90%以上はハイカーの人たちでしょう? 多分 駐車場があるように見えましが 地元の営林署の農協関係者の人 そして、狩猟期にハンターさんが利用するためのスペース で? なんで、人通りが無くて メインルートから外れて 利用者も少ない公衆トイレに、ここまで気合い入れるのか 奥多摩町(笑) で‼ 人の多いところとか、駅付近は なんか小汚いんですよね(謎) そして 歴史ある古い砂防ダムがある沢を超えて むかし道は、スタート地点依頼 久しぶりに国道411号線に戻ってきます 残り、約1/5 これでもココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.28
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白髭大岩 ココに聳え立つ!(迫) って言うか、多分・・・ こんな場所に神社を建立したとか きっと自分のお仲間に違いな もうコレは・・・ 迫りくる巨岩がいつ倒れて来るか ハアハアしながr と言う冗談は置いといて この白髭大岩 高さが30mあります って、その辺の小中学校よりも高いぞ まあ、実際には 地面から出ている高さの事で 神社が建っている板からの高さの事ではないと思いますが この棒切れだけで支えられてるとか凄すg と言う冗談も置いといて 俗にいう逆転断層によって生み出された 競り上がった岩 って言うか、ここに古来の断層があります と言っても地震の震源地となる断層が剥き出しになっているわけではありませんが 神社の建っている場所が下がったのか? それとも、岩の部分が競り上がったのか? その辺りは・・・ 自分、地質学は習ってないので・・・(悔) なお・・・ この翌年(2104年)の大雪で一部が圧壊したそうで(泣) まだ、建て直してから そんなに経ってなかったのに(とはいえ、この時点で22年が経過してる) なお、初代白髭神社に関しては 江戸時代の文献には「白髭大明神」と言う記載があるらしいので 相当昔から存していたのではないか? と・・・ そう言うことは解っていますが 正式な建立年月が不明です ちなにみ 渡来人の神様を祀ったという伝説があるのですが その詳細すら不明で(焦) 高麗(お隣の半島)から渡来した人の事ではないかと言う説があるだけなので 大昔に、半島から渡来した修行僧の方が こんな山奥でハアハア じゃなくで、修行してた時に、この大岩を発見して 岩全体を信仰の対象や修行場にしたとか そんな所から来ているパターンなのではないかと? これで鍾乳洞があったら不二洞と張り合えたのにね‼(悔) この他に フルアーマー化された石碑が じゃなくて‼ 上から一発喰らって 真っ二つに逝った(折) のを、直すために補強された石碑が・・・ って、ひぃっ!(怯) その横のブルーシートが不気味すぎる!(泣) 危ないんじゃね ココ!! あ でも この白髭大岩 東京都(当時は東京府)の天然記念物指定を受けているらしいので 下手に触っちゃけないんですよね!(困) 寄り掛かったときに岩が削れたりすると、処罰対象になる可能性があるので 要注意です! さて 岩の迫りを堪能したので むかし道に戻ります この先で国道411号線の上を通ります って言うか、小河内ダムの建設に使う道路(現・国道411号線) この旧・青梅街道を広げるのは 物理的に危険すぎるから(崩) と言う理由で いくつものトンネルを掘って 大型車両が通れる道路を造ります と言うのも・・・ 増えすぎた東京の人口 それに対する水道の水が足りない 羽村の取水堰だけでは容量が圧倒的に不足する さらに電気が‼ って事で 神奈川県と奥多摩と言う領土をめぐって 戦争状態に入ります で・・・ 負けちゃった神奈川県は京浜工業地帯に送る電気のために 相模ダムを造ることになるのですが それはまた別の機会に取り上げることにして 境橋です 小河内ダムの方から 奥多摩駅方面に向かってくると かなりの急こう配なトンネルを下ってきて 重力のせいで、勝手にスピードが上がっちゃう状態で トンネルから出たとたんに「カクン」と急に曲がることになるのですが・・・(焦) この橋 朝方は放射冷却で凍ってることが多いんですよね(滑) で‼ 前の前に勤めていた会社の従業員(小菅村や丹波山村から通ってる)が・・・ 数年に一度くらいの割合で、橋に車で突き刺さっ でも、それを見ながら 助けもせずに会社に来ちゃう、他の人も対概念だけどね(怖) この先の区間 古い石垣が見え隠れしてくるので 現在の青梅街道が完成する前 結構、重点的に道路整備がされたい区間・・・ て、え? なんで、こんなところにガードレール? この形状は、昭和50年代に入ってからだぞ それまではガードロープが主流だったはずだぞ この付近 しかも、崖側じゃなくて 谷側に 一体何があった この付近??(謎) 側道らしきものも発見できなかったので 単に、道路工事で余剰となった または撤去したガードレール板を廃棄していっただけかもしれない? 古い地形図でチェックしても それらしき道が描かれてたりしてないので(悔) 廃棄説が有力なのかと まあ、いったんは そう言う事にしておいて 次回 境集落に入ります いまだに文明の利器がそろって無い家が残っているかもしれないと言われる・・・ もしかしたら 日原をも凌ぐ秘境があるかもしれない? ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.27
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むかし道2013編 って言うか、なかなか終われないんですけど(泣) 当初の予定では10に程度で終わる! って思ってたんですけど まさか・・・(滝汗) と言う話は置いといて 今度は「耳神様」 そういえば・・・ むかしはファイバースコープとか無かったしね 耳の奥を照らしながら治療とか 難しかったはず 中耳炎とか(痛) ただ単に痛みが引くのを待つしかなかったとか・・・(泣) たぶん、そんな感じなのでしょう で‼ 民間信仰に頼るしかなく・・・(祈) ココにある耳神様に、穴の開いた石・・・ って、そんなレアな石(笑) 探すだけでも大変と思うのですが て言うか、そんな物探してないで安静にしてろよ まあ、本人としては必死で 探し当てた頃には、痛みも忘れてたりして で‼ そんな事は露とも知らず 耳神様の所まで来たら、治ったと・・・ 勘違いした? みたいな所から都市伝説が生まれてしまったとか たぶん そんな物なのでしょう? で 肝心な耳神様はと言うと・・・ アレ?(焦) どこかにお出かけ中? きっと、この窪みの中にいらっしゃった? はず?? あ!(焦) だけど、コンクリートで耳神様の足場を造り直した跡がある!! 岩の自然崩壊で、ご本尊染まごと何処かに・・・(泣) いや もしかしたら、他の場所に安置されているのかもしれない? でも お供え物の石・・・? ン? 無理矢理、キリで穴開けてないか コレ?(滝汗) でも、手に取るとか 失礼に当たるから 絶対に触ったりしませんが そして この耳神様を過ぎると 弁慶の腕ぬき岩 下の方に腕が入るほどの穴がある・・・(滝汗) ま、まさかね? 耳神様にお供えするために持ってきた岩とか言わないよね? って! あ! 解った! コレ 都内にある、口の中に手を入れると・・・ 噓つきの人は多気抜けなくなっちゃうアレの親戚d じゃねえよ! でも この凶悪な口っぽいのが迫力ありますよね て、アレ? 穴が開いてる って言ってたよね? ん?? あ! この穴の事か? て! 本当に腕を突っ込んで 抜けなくなって、足で踏ん張るために岩を蹴飛ばしたような跡が沢山残ってるっぽいんですけど(怖) にしても・・・ こんな路肩ギリギリのところで よく転落せずに残ってるよね? いや それ以前に 路肩の法面補強する前って 道よりも離れた位置に存在してんじゃね? そこまで攀じ登って 穴にツッコ 何にせよ いろんな岩が出てきました そして極めつけが‼(叫) 奥多摩ですが 秩父古層です って、古の時代から 秩父による奥多摩侵略って続けられてきていたのか(怖) やっぱし、そのうち・・・ 奥多摩町も秩父市が都県境を超えて統合・・・(どこまで大きくなろうとしているんだ?) と言う冗談は置いといて 白髭大岩と呼ばれる巨岩 って言うか、古代の地層そのままが剝き出しになっているので 岩と表現するのは、もしかしたら間違っているかもしれませんが って、この辺一帯 多摩川を挟んで右岸までもが1枚の岩で出来てるらしい?(凄) この階段を登っていきます 圧巻なところなので 立ち寄らずにスルーするのは勿体ないので 進みます これくらいの階段で心は折れないぞ!(誓) にしても この時 10年前の正月なんですけどね 何のお供えとか 幟とかも立ってないとか(涙) 地元の方々から信仰を受けてないのか?(寂) 境の集落から100mも離れてないぞ ココ! そして次回‼ 入り口をふさぐように聳え立つ2本の杉の木の合間を通って ってマジでココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.26
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さて・・・ 巨岩 じゃなくて パックリと割れた岩盤の奥に 神社の鳥居があります 古来からの信仰の場所? むかし道だけに 歴史のある神社なのかと? きっと この辺りの岩や 惚岳に関する何かか? そう思って案内板を見てみると アレ? いや 確かに惚岳には違いないけど・・・ この案内板 もしかして 余計な事を書いて全てぶち壊してるんじゃね? 確かに 地元の人の熱い信仰を集めてはいるけど・・・ 明治時代になってから建てました って書かなかった方が良かったんじゃね? なんか、この一言で 歴史が物凄く薄く感じちゃうというか 「むかし」と言う言葉が意味をなさなくなってしまっているような気がするのですが(涙) 立地条件としては なかなか良い場所だと思うのですが この案内板のせいで その歴史が物凄く浅く薄くなっているような(涙) って言うか、数合わせのために 看板数増やそうてして やっちまった とか? そう言うことはないよね って言うか、この先にある この楓の木の方が インパクトが強くなっちゃってるし(困) でも・・・ 明治以前に、ココを荷物を稼ぎながら毎日のように通っていた人たちは ココで楓の木を眺める余裕があったのかどうかは 誰も知るところではありませんが(悔) だって 樹齢200年って言うことは・・・ 江戸時代末期で 1800年代後半って事は まだ樹齢が30年程度 そこまで大きくなってなかった可能性が有るんですよね? 明治末期に入って、やっと1900年代ですから その辺りになって やっと古木の風格を醸し出してくる時期と言う事になる 形容しがたし姿を楽しんだのは 比較的後の時代に入ってからと言う事になるはず あ・・・ プチやっちまった感有 だな この案内板も(涙) で‼ 案内板こそないけど 水根線の高架橋の方が半端なくインパクトが大きいって何? って言うか、良くあんな所にコンクリート製の橋梁を造ったよ!(凄) いや・・・ この付近の岩盤の崩れやすさを考えたら 安全に列車を運行するためには あの場所に線路を敷くしか選択肢がなかった(泣) と言うのが、本当のところだったかもしれない? にも関らず 年間に150回以上もの崩落があり、そのたびに復旧を強いられたという話があるくらいなので(泣) どんだけ大変だったんだよ 昭和に入ってからも‼(涙) ちなみに 小河内ダムの完成後 電化をして って、ココに架線を張って電車を走らせる予定だったらしい 架線柱は、どうやって付けるつもりだったのか? 今でも謎のままです って言うか、路盤として使用するコンクリート どうやって、あの場所まで吊り上げたのか? 建設当時の写真が公開されていないので(悔) 物凄く興味があるんですけど!(ハアハア) って言うか、むかし道とは直接関係ないかもしれないけど 水根線の案内板と解説 そして写真 近くに掲示しようよ! って言うか、そうすれば 今までに2つ 微妙だった案内板が生き返るような気が そして次回‼ 久々にダート区間が復活よ! でも一般車両は通れませんけど ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.25
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もう・・・ 土砂崩落とか 土石流とか 落石とか 諦めた跡がココにあります(泣) もう 防護ネット張っても、すぐ埋まっちゃうから? あるいは突破されることが解っているので ココだけ網を張らずに あ‼ でも、何も対策してないといわれるとマズいので 落石や土砂は諦めても 水だけは道路上に溢れないように溝を掘ってるからね って、アピールするが如く? と言うのは冗談ですが とにかくヤヴァイ所らしいので 間違っても車とか停めちゃダメだよ って警告表示だけは出しておこう と・・・ そして、ブチ撒かれてしまった土砂は ローダーか重機でがけ下に捨てちゃえば良いだけだし って事は絶対にないと思いますが(焦) 危険がいっぱいだぞ むかし道 でも、よい子は健康のために歩こうね! 途中でバスとかタクシーとか 公共の交通手段で逃げることもできないから(泣) 覚悟を決めてから来ないといけませんが あと・・・ 途中で動けなくなっても それは自己責任でお願いいたします そして・・・ 諦めてしまった斜面の崖下なのですが 惚岳渓谷(そうがくけいこく)と言って・・・ 金網の隙間から崖下に落ちていった巨岩がゴロゴロしているらしい(怖) ただし・・・(困) 木が邪魔して 崖下の様子が全く見えないという(隠) ちょっと困った景観地だったりするという・・・(泣) ここに展望台とか造っていたら 展望のない展望台って ネタとして使えたのに(悔) と言う冗談は置いといて 秩父市と違って曲がった橋が嫌いな奥多摩町は じゃなくて‼ なんか、この橋の前後の造りが妙にカクカクしてて 物凄くヘン いや、コレ・・・ 路盤ごと逝っちゃった跡でしょ?(怖) で‼ 後から橋で繋いだ感が漂ってます とは言え 崩れのは 橋の意匠からしても 昭和40年代くらいだろうな? たぶん この沢が暴れて 周囲の岩もろとも持って行ったような気がする(怯) って、想像以上に危険な道だったんだな むかし道 って言うか、旧・青梅街道 明治以前の徒歩と牛でしか通行できなかった時代 写真なんてなかった時代だから 当時の様子なんて記録されてないけど 想像を絶する場所 あ・・・ 当時は武蔵国(現・神奈川県の一部)だったから って言うか、小河内ダムを造るときに神奈川県からブン盗りました 東京府が‼ って、場所なので今とは行政区とかも全く違ってたりしますけどね って話は、ややこしくなるから置いといて その危険地帯を過ぎると むかし道を下り始めて 最初に到達する公衆トイレです 奥多摩駅から登ってきた場合は 3番目の公衆トイレと言う事になりますが そう 途中にバイオトイレがあるけど 冬季閉鎖になる事もあるし 1日の使用回数を過ぎるとロックされちゃうから・・・(閉) 小河内ダムの公衆トイレから 激しい昇り降り 成人の男性で1時間半近くの距離を・・・ 我慢して歩かないといけません そう 西久保受発電所跡辺りでゴソゴソと薮の中で用を足そうとしたらがけ下に落ちれるし って言うか、ここで全部搾り出してから行け‼(叫) って事が書かれてます なお、奥多摩駅方面まで下っていくときは 3kmくらい先に・・・ て、あ! 2022年末現在では、通行止め区間内に次の公衆トイレが有るので(滝汗) 下る時も大変だぞ まあ、途中で国道411号線を歩いて 奥多摩駅まで行くにしても 相当な距離がありますし(漏) でも けっこうキレイで手入れが行き届いている公衆トイレなので ゆっくり 思う存分、出し切ってから先に進みましょう? 何しろ この先もヤヴァそうな枯れ沢が 何本も横切ります むかし道 そのせいで 土砂崩落により通行止めになっている事も多いので・・・ って、あ! 無人の集落(泣) まさかね? 孤立させらる期間が多すぎて誰もいなくなったとか言わないよね? 本当にココは東京都なんです(元・神奈川県の領土だったんだけど)にほんブログ村
2023.01.24
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恐らく むかし道の舗装区間で 一番道幅が広い区間かもしれない 場所に来ました とりあえず550cc時代の軽トラなら3台通れるZE! みたいな?(笑) まあ もしかしたら この場所が さっきの無人集落を造り出してしまった元凶かもしれない? と言うのも・・・ バブルん時 何か勘違いしたパリピー共 って当時は単に「小僧」と言ってたか? GZ20とかGX81とかGA70とか ナンパカーの元祖でもあるプレ★ュードとか とりあえず真似っこしてみました的なレパー◎とか そんなんに乗ったバカップル共が、夜な夜なココでイチャイチャ ちょうど広くなってて車を停めやすそうだし って! マジであり得そうな話なので・・・(困) で・・・ ついでに肝試し的なことを始めてしまい 地元住民がブチ切れて出て行ってしまった って、本当にありえそうだな 当時だったら(泣) ちなみに お地蔵様、ご本尊が何処にあるのか 分かりませんでした(探) とりあえず この石垣の上に なんか2柱 有るんですけど この事なのか? いや でも・・・ 左側の石碑 「馬頭」の文字が見えてるんですけど(焦) もしかして・・・ 馬頭観音様??? まさかね? 道中祈願をするための観音様に対して 恋愛成就のお願いしに来ちゃってたのか?(滝汗) 当時の爆発しろな人達 パねえトラップだぞ コレ(笑) と言う冗談は置いといて 一体どこに有るのでしょう? 縁結びのお地蔵様 そして 居場所不明の地蔵尊を過ぎると 今度は! ダーマの吊り橋 じゃなかった! しだくら橋 あの・・・ 東映版スパイダーマっ! 舌足らずだから尾語の「ン」が発音できないことで有名な あのお方 略して「ダーマ」?(笑) が、ココでロケしたことがある吊り橋 橋の老朽化もさることながら 案内板の老朽化も進んでいた この頃 現在はいったい、どうなっているのでしょうか? 元々は 林業関係者が使う 丸太の橋だったらしい 小河内ダムが造られる前は・・・ この辺に、木で堰を造り 水を貯めて そこに切り出した丸太を大量に浮かべ 堰をぶっ壊して 溢れた水で、下流に丸太を押し流すような事をしていたらしい(涛) そのために造った橋が大元になっているらしいのですが 昭和50年代に、今の吊り橋に架け替えられ・・・ 観光目的と 登山客用に開放されたらしい ですが・・・ ココも 2008年には「5人以上で渡らないでください」と書かれていたのが 3人に減員されてる(泣) ちなみに2022年現在では「2人以下」に更なる減員がされてるらしいぞ なお、この吊り橋 主塔が固定式ではなく スイング機構が付いているので・・・ 揺れ方がパねえんです(泣) 下手すると デジカメの手ブレ補正機能なんて間に合わないかもしれないZO! で? たぶん 手ブレ補正機能なんて物が存在しなかった1970年代末期 吊り橋の上で撮影なんて出来ないから?(揺) 橋を渡り切った右岸のアンカーの上で ケツ十字キラー、スパイダーマっ!(叫) って、この位置から見下ろすように・・・ そして 橋の袂に立ってたアマゾネス将軍の背後には 7人の戦闘員が! って、アレ?(滝汗) マズイんじゃね? 当時は「5人まで」だったとしても 7人・・・ この後、2度とロケ地として採用されなかった その後は、秩父湖の吊り橋にロケ地が変わったって・・・ う~ん 深く考えたら負けだ!(笑) いや まだ1970年代末期は 人数制限がないくらい 橋が新しかった って事にしておこう そう・・・ 写ってなかったような気がするし この看板 ちなみに 橋の上からの景色は たぶん紅葉の時期は素晴らしいぞ! でも・・・ 揺れが止まって 手ブレ補正が効くまで待つのが大変だけどね? って最近のスマホのジャイロセンサーとか パねぇ性能を持ってるから 揺れてても、それなりに処理してくれるかもしれませんが? 何しろ 人数制限があるから 橋の上で、ずっと止まってると 迷惑になりかねませんし・・・(困) 渡るタイミングが難しそうだな シーズン中は さらに‼ 手摺のワイヤーが大幅美オフセットされて付けられている上に 金網じゃなくて スパイダーネット(粘) ナイロン製ネットという・・・(怖) 下手に寄りかかれない怖さが‼ 恐怖を増長させるという・・・ しだくら橋 一度は堪能しに来ることを そう あくまで自己責任で見学に来ることを・・・ そして次回! まだネタが転がりすぎる むかし道が続く? ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.23
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納屋か作業場かと思っていたら・・・(焦) 元々は人が住んでいらっしゃったらしい 完全に廃墟と化していました ちゃんと表札が付いてました(涙) 現時点でどうなっているかは不明ですが 2014年の大雪で倒壊した可能性が高そうな気がします 半地下式と言うか 崖下に地下1階に相当する部分が存在するらしい家 住んでいた方が退去した後は、工事用の資材置き場として使用いたっぽい 悪戯されたり 廃墟系の餌食になっていない感じが ちょっとだけ救われるというか? でも 相当長い間 たぶん平成に入るかどうかの頃から 放置されているのかと?(涙) まあ確かに この物件を好き好んで受け継ごうという人は 親族の中に現れなかったとしても 不思議ではない・・・ で! また、少し進むと さらに1軒 って、こちらは 手前が母屋になって要るっぽい しっかしとした門柱などから、それなりの有力者の方だったのかと思って 古い国土地理院の地形図をチェックしてみたら 昭和51年度版には、先ほどの家が記載されているけど この家は記載されていない まあ、ちゃんと調査して描いているか 怪しいところがあるから(困) それが正しいとは限りませんが 少なくとも 昭和50年代以降に移り住んできた人の家? あるいは、土地を受け継いで ココに新居を構えた可能性が あるのですが で‼ 奥の建物は「離れ」なのか あるいは作業場なのか? と思ったのですが この出っ張った部分とか 売店? あるいは雑貨店? のような商売をしていたのではないかと? そんな気配が漂って・・・ だけど‼(泣) なんか家財道具が窓越しに見えてる って、夜逃げ? ちょっと、見てはいけないものを・・・(泣崩) でも 向かいには 井戸と言うか 水槽が設置されており 往時は、かなり栄えた方のモノだったのではないかと? いや? もしかしたら 上水道が通ってなくて(あるいは契約してなくて) 井戸水を利用していたけど、枯れてしまったので 出て行った可能性も有りそうだな?(涙) 下水用の土管を支柱にした屋根付き車庫とか(焦) 個性的な建造物も付属してたりする コンベヤのベルトが放置されてたりするので 建設業関連の方が住んでいた可能性もあるし 倉庫として利用させてもらっていた可能性もあるけど 恐らく このあたりの集落の中心地だったのは間違えなさそうだな? さらに‼ 先に進むと なんか左側に 石垣の上を進む側道っぽいものが・・・ って! 崖の上にも1軒 こちらは、結構大きそうな家が‼ って、これも昭和51年版の地形図に描かれてますが その後にひっそりと消えているので(涙) バブルん時には、すでに誰も住んでなかった可能性が? そして更に‼ 崖下にももう1軒あったよ! でも、誰も住んでいる気配がないよ で・・・ この辺りの家 廃墟系のが自慢げにHPでアップしたり 動画投稿している気配もない それは確かに良いことなのですが 一体なぜ 集落ごと人が居なくなった? って、バブルに世の中が浮かれている頃 やっぱし便利な都市部に移り住んでいったのか? あるいは、バブルん時に行った道路整備がされた後 渋滞する国道411号線の抜け道として 目の前の道路をすっ飛ばしていくアホが増えて危険を感じたり・・・ 狭い道が混雑したり 車が交差できなくて、イザコザ増えたりで 住み辛くなって出ていってしまったのか?(涙) なんか 後者のような気がして ならないのですが・・・(涙) ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.22
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むかし道2013編 って、狙ってますよ~(怯) どヴぁ~っと、ぶっ放そうとして むかし道を通行する人に対して この穴が‼ って 昭和初期以前の まだ、土管の規格とかが制定されてなかった頃のやつだな? コンクリートを固める木枠が残ってたりするのが凄いぞ! って言うか、下手すると80年以上経過しているはずなのですが 分解されずに残っているところが凄い! でも 腐食せずに残っていると言う事は 今まで、その役目を殆ど担わずに済んできたと言う事なのかと? って、この対面には3件の茶屋があったそうです とは言え、明治時代後期から戦前にかけての話らしい なので、土石流対策というか 治山工事の一環で作られたものだと思うのですが あくまで 旧・青梅街道(むかし道)に荷が通れるようになってからの話 明治以前の、この道は・・・ 詳細は不明ですが 山から切り出した材木は 多摩川に流していたらしいので 徒歩や牛で荷物を青梅の町まで運ぶ人たちが通っただけ そんなに多くの人通りがあったとは思えないので 茶屋があったかは分かりませんし で! 茶屋があったと言う事は 荷役で使用している馬を休憩させる場所として使用されていたらしい 馬の水飲み場 石切り細工ではなく コンクリート製なので・・・(焦) 明治末期~昭和初期の物なのか・・・ って、あ! 東京府って書いてある(凄) 基本的に 廃藩置県によって解体された「江戸」が「江戸府」になって そのあとに東京府に称号変更されるわけですが 戦時中の昭和43年に東京都が誕生するまで 中心部の東京15区が東京市 後に20区が追加されて東京35区が誕生するのですが・・・ が‼ 関東大震災で、殆どが燃えてしまい 壊滅状態となったのを切っ掛けに 現在の23区に区割りしなおしたんですが! この再編によって、後から追加された新宿・渋谷・池袋(練馬区)の知名度の方が上がったことに対して「旧市街(15区)」の人たちが面白くない状態になります(困) で・・・ 後に追加された20区の住人に対して場末の人間と差別発言するようになるという・・・(恥) なんと! 令和になった現在でも、まだその風潮が一部で残ってたりします で! で東京都になってからは 旧・東京市(現。東京23区)の他の地域を「都下」という・・・ これまた差別用語で・・・(困) って言うか、お前ら旧市街の人間かて 住んでる人の大半は、殆どが地方から出稼ぎに来て「そのまま住み着いた人」やろが‼(呆) と言う話は置いといて‼ どこか 当時の有力な、馬荷主さんが寄贈した物なのでしょう? 隣にも 水瓶らしきものも残ってたりしますが・・・ 牛用って事ではないぞ 多分 こちらには刻印が無いので 詳細は不明 とは言え この辺りは「むかし」と言っても、明治期・・・ って、あ! 東京の場合は、明治に造られたものは 既に「遺跡」と呼ばれちゃうんでしたっけ?(滝汗) なお・・・ 厳寒期は滅茶苦茶に冷え込む場所なので 付近から出ている水は 氷柱を形成したり って、昔の氷り方は 半端なったんだろうな? 昭和の末期ですら トンネル内の氷柱落としのトラックが 毎日のように国道411号線を走っていたといわれる奥多摩 荷役のためにココまで登ってきた人夫の人たち ココに存在したという茶屋で休むどころの話では無かったのではないかと? って言うか、休憩中に自分のかいた汗で冷えてしまい(凍) 体調を崩したりしなかったのか? 少し心配になってくるぞ そして その「馬の水飲み場」を過ぎるとすぐに なんか小屋のような物がある! まさか、茶屋の遺構か? と言う次回に続く ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.21
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道所橋 渡った先で通行止めの看板が出てない分 たちが悪いです そう 国土地理院の地形図にも(中央の[+]部分) 道が描かれていません って言うか、このまま 右岸を小河内ダムまで進む道とか造ってくれたら 自分、とりま年に1回は通っちゃうぞ 間違いなく!(笑) なお・・・ 明治40年および昭和4年の地形図にも 当時の青梅街道(現・むかし道)は書かれていても 道所橋すら記載されてませんし 右岸道路なんてものは存在しているはずもなく 一体、何のために造ったんだ この橋 なんとなく 左側に進める感じがするのですが 案内板もないし 道らしきふみ跡も すぐに無くなってしまうんです しかも 近隣の山に登る登山道すら設定がないし 仮に 欅山荘で泊まって、道所橋渡ってサス沢山や御前山に登るにしても 勾配が急すぎて 営林署の人でもない限り まず登れない って言うか、危険すぎて無理(落) でも、渡った先のフェンスだけ立派(笑) だけど・・・ ほんとに何もないんですよ 右岸 何か神社や祠でもあって 近隣の神様を祀っているわけでもなく 一体何に使う橋なのか 本当に謎です が‼ アンカーのところに 予備の板が保管してあったりして 大切に使っている気配が・・・ って言うか、 ココ、ヤバイから交換してね って、マーキングがしてある部分があったり 既に交換が終了して 新しくなってる場所もあるので・・・ 何かしら大切な用途があって架かっているのは間違いないんです どう考えても 営林署の人とハンターさんしか使わないような気がしますけど で‼ 板を交換しても 定員は3名に減らされたまま(現在は2名に減らされてます) 橋板よりも・・・ ワイヤー 交換しようよ? まあ、交換しても 利用者は殆どいないけど いや? ちょっと待て!(叫) 現在「2人以上で渡らないでください」って事になってるんでしたよね? 奥多摩町役場の方 日本語の運用方法間違ってないですか? 2名以上でって事は・・・(焦) 1人しか乗っちゃダメ って事 そう、2人乗っちゃダメって事 小学校の算数に時間に習ったよね? 「以上」の場合は「その数字を含む」って事だってことを 「2人を超えて」と言うんなら 2人乗っても大丈夫 イ★バの物置じゃないから100人乗ったら確実に落ちるけど ああ、日本語って難しい(泣) さて、道所橋を渡ったところで何もないから さっさと「むかし道」に戻って この付近は 比較的、道幅も広くて 木漏れ日も差し込んできて なかなか、気分良く進めます やっと、人が住んでいる場所に出た!(嬉) 金網が張ってあったり 梅の木が手入れされてたりと とりあえず 人の気配がする集落 って、中山集落依頼だな とは言え、住んでいるのは 多分、ご年配の方が片手で数えることが出来る程度 だけど・・・ 空き家になってる家屋も存在している感じです 更に建物の老朽化も進んでいます って、現時点(2023年)で まだ、お住まいになられているかどうかは不明です(涙) って・・・ この「むかし道」 って言うか、旧・青梅街道 舗装されたのは平成2年?(焦) って1989年だから・・・ まだバブルん時だな! 一番いい時期の恩恵にあずかった? いや、もしかしたら この旧・青梅街道にも観光地化の波が来ようとしていたのか? この辺のヤシの木とか・・・ あん時の勢いで ついやちまった?(笑) って事は、無いと思いますが・・・ とりあえず居住区に関しては 住んでいらっしゃる方のプライバシーもあるでしょうから 飛ばして先に進みます って、あ‼ キジ(雌)が堂々と歩いてる(焦) って言うか、キジも結構学習してますから そう 狩猟期に入ったとしても 道路から鉄砲は撃っちゃいけないんです また、道路を挟んで獲物を撃つのもアウトです もちろん、道路上の獲物もダメだぞ! こういうこと路にいる限り 撃たれない って言うか下手に逃げて、ハンターさんのターンに持ち込まれないよう あ! でも、猟犬がいるときは逃げないとダメだけどね? だけど、ハンターさんも道路上で猟犬を放すことはないはずなので・・・ 気が立ってて、周りの人を噛んじゃう危険性がありますから(怖) さて 少し先に進むと 落石防護柵の中に 観音様が幽閉されて じゃなくて監禁された でもなくて、閉じ込められています って言うか、、違う場所に祠を立てて差し上げたほうが良いのでは? あ!(察) そうか、下手に道路の向かい側に祠を立てると 落石の直撃を喰らう可能性があるから 岩の隙間に入れて差し上げたほうが安全なのかもしれない?(怖) なお・・・ 直接撮ると 何か、目に見えないものが写ってたりすると怖いので(怯) 一旦通り過ぎてから撮ってます ちょっと説明が間違ってるかもしれない(焦) そう 明治時代に入ると、馬車が通れるように拡幅工事が行われた旧・青梅街道 江戸時代には・・・ 道幅が狭すぎて そして急こう配区間が多すぎて 馬での荷役が出来なかった奥多摩方面 で‼ 使われていたのが牛 でも 滑落事故も多かったらしい で・・・ 落ちちゃった牛は 通りすがりの行商人の皆でジンギスカンDA!(踊) って事は絶対にしないですよ 何せ貴重な運搬手段なんですから でも、道幅の狭い切り立った急斜面 牛がビビって動けなくなり事も多かったらしい(困) と言う事で 馬ではなく 牛の安全を祈願して建立されたのが この牛頭観音様 って事になるはずなのですが・・・ 明治30年に書かれた資料を基に、この看板を書いてしまったため 当時としては、旧・青梅街道の改修工事が進み 牛よりも馬が幅を利かせる時代になっていたので? 内容が少しずれてる いや、明治時代を中心に考えれば 間違ってないんだけどね? 何しろ 50mも進めば 今度は、馬の水飲み場が登場DA! ってココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.20
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欅山荘と言うらしい? 最初に言っておきます! 廃墟ではありません!!(誓) 見た目 結構キレイだし ガスボンベも、ちゃんと配管が繋がってるし 交換した跡があるから で! 試しに 2008年の時の画像をチェックしてみたら・・・ この5年間の間に 屋根・・・ 塗りなおしてるし!(驚) 老朽化した庇も撤去してるし・・・ とりあえず営業してます でもまあ、なんというか? 奥多摩では良くあるパターンの冬季休業中ってやつだな? たぶん12月から3月までの厳寒期 利用者もほとんどいないし そして何より、凍結がひどいので 営業しないってパターン そして、何となくなのですが・・・ デジャブか? ん? さっき見た廃墟っぽい建物に似た造り アレ? もしかして さっきのは休館(営業終了)で! こっちが、新しく立て直した新館って事なのか? で・・・ 解体費用が結構掛かるから放置プレイ状態 場合によっては倉庫代わりに使ってる?? って事なのか?(焦) だとして、一体 年間にどれくらいの利用者がするのでしょう? 車を置く場所もないから あくまで、徒歩でここまで来ないといけない バスも通ってないから 基本的に奥多摩駅から歩いてくるか? 国道411号線上にある近隣のバス停から歩いてくるしか アプローチする手段がありません で! コレ・・・ 宿泊施設? では無さそうなのですが? そう何と言うか? 大学の山岳部の所有物とか 民間企業や奥多摩町の研修施設 みたいな感じも? 何にせよ 宿泊案内も何処にも出てないし ココに泊ったという人がネット上に、その様子をアップしているのを見つけることが出来ないとか・・・ 物凄くきれいに整備されている割に 謎が多すぎるぞ 欅山荘 って、昭和中期から 下手したら平成に入ってから建てられた謎な建造物もあったりする むかし道 観光目的だけでなく 生活道路としても役割もあるって事だな? 比較的新しい砂防ダムも あったりするし・・・ って! 下側の石垣 昭和30年代くらいか? で・・・ 両脇に戦前の石垣が残ってるし その上に たぶん 何度も大雨や台風のたびに壊れちゃって作り直しているんだろうな? ココ きっと平成に入ってから更新された水路と ああ・・・ 上の方 大量の砂礫が流れ込んじゃってる(詰) って言うか、やっぱし 結構な荒れ沢なんだな? 普段は枯れ沢になってて水が流れていないとは生え かなり危険な場所なのは間違いなさそうだな? でも、流れてくる大量の水を 道路を横切る、この溝だけで処理できるのか? ちょっと謎が残るのですが あと すぐ脇に気抜きのための空気弁があると言う事は 水道管が通っているって事だよね この排水路の下に って、人の営みがあるって事は インフラを整備する奥多摩町もけっこう大変なんだな(泣) 何しろ排水路から先 ぶっ放された濁流は がけ下にそのまま・・・(落) 斜面の削れっぷりからして 相当危険な場所 ココに水道管を通さないといけないとなると・・・(焦) 砂防ダムの定期的な整備と更新 管理する方の苦労が目に浮かぶ(涙) そして‼ ココから少し先に進むと 1つ目の吊り橋が登場します 道所橋と言うらしいのですが この橋 渡った先で行き止まりになってます 営林署の人は森林管理のために使うのかもしれませんが あと ハンターさんも、狩猟期に使うかもしれません 右岸の山林や薮の中を漕いで・・・ そう! イノシシ共に正義の鉄槌をくらわすために!(神) あ! あと すぐ下に 水位観測所があるので 外観の目視等で管理局が使用する事があるかもしれませんが とにかく 渡っても、登山道とかは存在しません って言うか、現時点で使用目的が不明です 昔は、何かしらの道が存在したのかもしれませんが・・・(焦) あまりに老朽化が激しくて(困) 2008年の時点では 5人まではOKだったのが 3人までしか渡る事が出来なくなっていて さらに2022年末現在 2名までに減らされてしまったという話もあり・・・(焦) いつワイヤーが切れるか 分からないらしい(怖) でも 架け替えや改修工事の話を聞いた事がないんですけど 確かに 紅葉の時期は良い眺めなのかもしれませんが・・・ 2人までしか乗ってはいけない設定とか もうコレは・・・ 爆発しろな2人が橋の真ん中でイチャイチャしながら占拠してたら みんなで揺らしまくっちゃおうZE! 橋が落ちないように加減しながら(焦) みたいな・・・ そして次回 とりあえず右岸に渡ってみる 何もないけど(困) そしてココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.19
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むかし道2013編 なんか・・・ 崖の下のほうに家がある 家? と言っても民家ではないかんじ? でも、どーしてこーなった? いや 長年放置してたら、コーなった感じ 杉の植林に完全に囲まれちゃってる(笑) コテージ風というか? 山荘風というか? 正面のバルコニーからの眺めが最高っぽい感じなのに 杉の植林が、その全てをぶっ壊しているという・・・(隠) いや? そのうちに、桁下から木が育ってきて 床下をぶち抜く日がやってくるのではないかと ちょっと心配 勝手口 って、最近聞かない言葉だな? たぶん 業務用の出入口と言うか 業者さんからの荷物を受入するための扉って感じ? しかも・・・ 外側から南京錠で止めてるって・・・(笑) 閉められちゃったら、中の人が出れない構造って何?(焦) まあ、長期的に留守にするときの 補助キーとしての役割があるのか? 雰囲気からして誰もいないような感じがするので 廃墟系の侵入を防ぐためなのかもしれませんが? この物々しい有刺鉄線が全てを物語っているような気もしますし(怯) そして、その奥にある2槽式洗濯機が 廃墟系の進路を阻むように・・・ いや! 仮に侵入しても その先の バルコニーの床板がヤヴァそうな気がする(割) しかもシースルー でも、この角度から見ると 一般の民家のようだな? しかし・・・ この位置から見て初めて気づいたけど がけ下に迫出したオフセット感が半端ねぇ!(焦) って言うか、玄関とトイレとお風呂くらいしか地面に乗ってない? あとは全て空中に? って言うか、厳寒期は 多摩川沿いの冷たい空気が床下をスウスウ通りぬけて シャレにならないくらい寒いのでは? この家・・・(凍) で! 耐えきれなくなって引っ越ししてしまったのか? 夏場は夏場で 今度は半端ない湿気に悩まされそうな気がしますし・・・ で! 板打ちの木の扉って・・・ 今時珍しいな? なんとなく 1回、取っ手がポロリしちゃって(焦) 化粧板を打ち直して、新たに付け直した感があったりしますが 表札とかついてないし 付いていた跡もないので・・・ もしかしたら、営林署の人たちが使用していた簡易宿泊所? いや? だったら、こんな凝った手すりとか付けないしね? きっと、誰かが住んでいたのでしょう? まぁ、廃墟には興味ないのでスルー・・・ でも・・・ お勝手口に野菜とかお酒を届けに行く業者さん 灯油を持ってくるガソリンスタンドの人と・・・ ガス屋さん こんな所を上り下りしないといけないとか・・・(落) って言うか、ガスボンベとか灯油の満タンに入ったポリタンク 持ち上げて、この狭い場所を行き来するのって・・・(泣) あ! でも・・・ 奥多摩では、まだ「これは楽な方」だったりします 後日・・・ もっと凄いのが出てきますけど 何に似せよコレ 住んでいる人だけでなく 出入りしている人たちも大変だったんだろうな? 普通に玄関に出入りするのも大変そうだけど そして 寂れた舗装林道のような所を再び進みます が! なんか、また出てきた? でも、今度は新しそうだぞ?? でも、相変わらず オフセット感がパネェんですけど(焦) つづく ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.18
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旧・青梅街道 現在の国道411号線が整備される前 って言うか、小河内ダムを建造するために 新しい道路を造る前に使われていた道 基を正せば、江戸時代以前の道をドーピング じゃなくて、何度も補修しながら使い続けてきた道 で・・・ 多分 この沢を渡るため 何度も橋を架け替えてきた? そんな跡が 石積みの橋台の上に コンクリートブロック置いて 新たな橋台にして・・・ 戦後 工事が再開した辺りに路盤を上げ・・・ 小河内ダム完成後に、もう一度路盤を上げて・・・ って何度も路盤改修した跡が? って、この沢 見かけによらず 暴れると危険なのかもしれない? 橋の上から見ると そんなに荒れる沢ではないように見えますが・・・ 苔が殆ど生えていないって まあ、お察しください って事か? そして、これだけ倒木が多いって事は 全くと言って良いほど 普段の整備も困難な環境下にある場所 って可能性もありますしね って! こんな危険な場所を、明治以前の人たちが 大量の荷物を背負って、青梅の町まで売りに行ってたとか どんだけ危険な場所だったんだ 本当に昔の頃だった「むかし道」 この後・・・ どんだけ、この道が危険で 何度も変更になっているのかが判る光景が出てきますが・・・ 旧路盤 逝ってます(崩) 一時は、もっと外側を通るように設定されていた時期があったらしい のですが わざわざ石垣を造って、拡幅工事も 完了していたのかもしれない けど・・・ 崩落しちゃって 内側を通るルートに変更された感じが漂いまくり さらに‼(叫) その更に5mくらい下に平場が! って、アレ 間違いなく、もっと古い時代の路盤だよね? 下手すると、小河内ダムの工事が始まる前 昭和初期か、それ以前の‼ って・・・ むかし道を歩きながら こんな物をチェックする同業者 あまり居ないと思うぞ(笑) なんとなく 法面補強でなない感じがしてるよね? 旧・旧・旧・旧道みたいな? って、それ以前の道は もっと、多摩川の河原に近い場所を通っていた可能性も有りそうだぞ で! 崩落のリスクを回避するため 現在の青梅街道や 水根線は、はるかに標高が高い位置に建設した可能性が? 当時としても 腐っても青梅街道 主要幹線道路として かなり気合を入れて造っていた感じが漂う石垣・・・(惚) って、また余計な事で時間を食いそうなので 黙ってに進もう でも、この日・・・ この「むかし道」の画像だけで2000枚超えてるんですよね(焦) って事で、編集が面倒で10年間も放置してたとか 間違っても本当のことは言えない で かなり端折って話を進めているにも関わらず まだ、残りの画像が全然減ってないってどういう事?(泣) そして いったい何度 斜面ごと逝っちゃったのか? この付近・・・(怖) って景色を見下ろしながら 次回 久しぶりに、人の気配が? って言うか、家が建ってる場所に来た といっても、ココにポツンと一軒だけ? ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.17
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舗装区間に入った むかし道2013編 ちなみに、この先で180°ターン って言うか、ヘアピンコーナーになるのですが 今いる右側の道が 小河内ダム建造時に新たに作られた短絡道路 で、左側が旧・青梅街道 なぜ、旧・青梅街道を拡幅して使用しなかったのか? わざわざ高い建設費を払ってまで 新しい道路を造ったのかと言うと・・・ まあ、そのうちに解ります そう物理的に無理(狭) 資材運搬の、トラックの運転手さんや 大型オート三輪の運転手さんが 1グロス単位で谷底に落ちれます(泣) それよりも 水根線が、どうして高い位置に建造されたのかって事が あとで良く解ってきますよ で これでも、自動車が通れるよう 拡幅され、舗装までされた区間に これから入って行くのですが・・・ その事は一旦置いといて ヘアピンカーブのように見えますが 実際には ゲートがあって、一般の人が直進できなきなっているだけ ここから先は 水道用地 って言うか、ダム(貯水池)の管理地内なので 一般の人は入れません と言う事になる のですが・・・ 石碑に 「至、小河内ダム」って書いてあるんですけど このまま真っすぐ進めって事なんじゃね? と錯覚してしまいそうなのですが・・・ で その横に むかし道の案内図か掲示されています ちなみに・・・ バスが1時間半も来ないからという理由で 左岸公園脇の「奥多摩湖バス停」をスタートして 進んできたのが 青で記された区間 そして むかし道のスタート地点がオレンジ色の矢印 なのですが これ 実際のスケール図ではなく かなりデフォルメが入っているので(笑) って言うか、自分と同類だな?(困) この案内図を描いた人 そう スタート地点のあたりに気合い入れすぎて描いたせいで 後半が詰まりすぎて距離感覚が変になっちゃうヤツ(笑) とは言え・・・ 実際 まだ三分の一も進んでません って言うか、引っ張りすぎちまったぜ(困) この話題 前半戦で! どーすんだよ まだチェックポイント 3つしか通過してないよ 残り区間のチェックポイントの数 パねえんですけど(困) 確かに、ココからは個々の区間距離が短くなるとは言え 全部紹介してたら3月いっぱいまでひっぱいが効いちゃいそu 2007年の台風9号で 国道411号線が通行止めになった際 約1週間ほど、国道411号線(仮)になった事もある 旧・青梅街道 もちろん 道幅が狭すぎて 自動車が交差できないので 時間で区切って、3時間交代で登りと下りのみの交互通行となった事がありますが 基本 ココを好き好んで自動車で通る人はいません バイクで通る人も少ないぞ 地元の人も3人くらいしか住んでないしね 2012年に設置されたばかりだった バイオトイレです 2023年現在では 男女別々で2基が設置され って言うか、1基増設されてます ちなみにバイオトイレなので 1人が用を足すと 30秒のインターバルを置かないと使えません しかも、利用者が多すぎると 容量オーバーで、使用禁止になるので・・・(焦) unk我慢してココまで来たのに 目の前で使用禁止の赤ランプが点灯とか!(漏) もう、地獄としか言いようがない!!(泣崩) あと、厳寒期の明け方 放射冷却で凍っちゃった時とか 使用が制限される可能性があるので 余裕を持って出かけようね むかし道 以前は薮だったところも ベンチが整備されました 奥多摩駅から登ってきた人たちにとっては ココで一休み入れてから進まないと 激しい上り坂が待ってますからね? でも 下ってきた自分にとっては関係ないので 先に進みます 腐っても旧・青梅街道 道幅は狭いけど 舗装は立派・・・ なのは一瞬だけ? すぐに枯葉だらけになります って言うか、結構滑るので怖いぞ! でも自分 倍具人誌の取材でここに来た時 じゃあ、この道を走ってくるところを撮りますから 一旦向こう側に行ってターンしてきてくださいね! と、カメラマンさんに言われましたが・・・(滝汗) そう カメラマンさんは、この先がどうなっているのかは全く知らないので こんな狭い場所で無理ゲーさせてるとは 一切知らず インカムで指示出してくるとか!(泣) この場所で180°ターンさせられて 結局「没シーン」になって この時の苦労はいったい何だったんだYOoooooっ! って言うか、ココで乗ったまま180ターンする自分も対概なんだけど そして次回! なんかヤバイ感じの橋と 旧・旧・青梅街道の路盤が出てくる? ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.16
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西久保受発電跡2013編 じゃなくて‼ って、あれ・・・ デジャブか? つい先日も、同じようなことをやらなかったか? という・・・ むかし道2013編 あ! ちなみに ここでも、結構な時間を消費してますが 本来の趣旨から外れてしまいそうなので(困) 内容は大幅に簡略化します というのも… ある程度、西久保受発電攻略のスキルを積んだ じゃなくて 知識を蓄えてから見に行ってる、2018編以降と違って ただ適当にしか見てない この時期 肝心なものを見落としてたり(困) また、この翌年2014年の大雪 2017年と2018年の台風 そしてトドメの2019年の台風15号と19号で 藪が除去される前の姿なので・・・(悔) 奥地に進むのが困難(泣) さらに‼ 発電機用重油タンクの周りにあった溜枡跡とか 近接攻撃判定が じゃなくて 接近できなかったり まあ、この辺りは まだ未公開の西久保受発電所跡2019編 とりあえず、年内には編集を終わらせて・・・ って、あくまで予定です そう、いろんな配管用の穴とか 今まで枯藪で隠れて見れなかったものが 出てきたのがあるのですが それは本当に別の機会にて・・・ さすがに・・・ この年辺りまでは ヘルメットと防護眼鏡とケプラー製のグローブが欲しいような状況でしたから 苦労の割に、美味しいところを完全にスルーしてましたし(涙) と言うことで 西久保受発電所跡から見える小河内ダムの姿を堪能して って、まだこの頃は 結構よく見えたんですよね 悔しいことに 正面の木は 大雪や、台風でも倒れてくれなくて(困) 毎年のように、見える範囲が狭くなっていくのが(泣) 建設時には 毎日のように、少しずつ提体が積みあがっていく姿が見えたのでしょうけど たまに、作業員さんがポロリしちゃう悲惨な姿も(滝涙) って話は置いといて 先に進みます なお まだ、この頃は この斜面に、西久保受発電所で使用されていた碍子が転がっていたのですが・・・ 最近は殆ど見かけなくなりました もしかして 碍子フェチの仕業か? 何と言うか 確かに、すでに所有者は存在してないかもしれません が! 廃墟の鉄則 現状維持に努めなさい 落ちているものを動かしたり持って帰るのはご法度です ネットの普及とともに にわか野郎が増えましたからね(困) ルールを守らない? いや、ルールを知らない奴が真似っこしてんじゃねえよ!(怒) という話も置いといて そして 旧・青梅街道へと と言っても 画像に写っているのは、ダム下での建設作業をするため そして、現在の発電所を建造するために造った道です 左側の石垣の上には、作業員さんたちのバラック小屋 じゃなくて、雇われ労働者さんたちの宿泊所が並んでいた の・・・ ですが、いまだに その痕跡を見つけることが出来てません!(悔) そして次回から 舗装されているのに 森林セラピー区間(笑) に! 入ります ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.15
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むかし道2013編 足元に、何かの標識があります って! 水道用地 基本的に 給水のための施設がある地目を表す目的として使われる標識です まあ・・・ 早い話が この下に水道管が通ってます って確率が高いです 小河内ダムの敷地内って可能性もありますが 水根沢を挟んで対岸に来てしまっているので 多分違う また、建造時にこの付近が使用されたとはいえ・・・ 時代が違いすぎるので 多分、それでもないはず にしても・・・ よくこんな場所に水道管とか通したよね?(凄) で! また とんでもない位置に岩が!(聳) 転がってきた と言う訳ではなく・・・ 間違いなく、ずっとこの位置に飛び出して突っ立ていた岩 って感じ 苔の生え方からして かなり昔から存在してるっぽい そう むかし道が、まだ正規の街道だった頃から ココにあったのかもしれない のですが・・・ ナントカ岩 って名称が付けられていないのが ちょっと不憫というか?(涙) でも 地下に、この手の岩わ医師が大量に含まれている 急斜面に水道管を通すって 工事に携わった人達 相当大変だったのではないかと? 小河内ダムの建造時 この辺の原生林はすべて伐採されていたはず 当時の写真を見ても 全く木が生えていないものが大半ですし と言うことは ここまで木が再生するまで 結構な時間が掛ったはずなので 水道管の敷設は、そこまで困難を極めたわけではないかもしれませんが そして何より・・・ 小河内ダムの正面攻略 堪能しまくりだったから きっと作業も捗りまくり という冗談は置いといて! くっ(噛) この辺の木 バッサリと殺っちゃってくれないかな じゃなくて刈っちゃてくれないかな? こんな美味しい場所 木で覆われていたら勿体なさすぎだぞ(涙訴) あとついでに 斜面に隠れた遺構や、謎の水道管とか いろいろと出てきてくれるから 同業者の方々にとっては ものすごく助かるんですけど いろいろと解って ソレ以外の一般の人にとっては あ! ココからダムが良く見えるne! みたいな反応だけしかまいかもしれないけど・・・(困) あ それよりも こんな所でハアハアする同業者って、全国に何人くらいいるんでしょう? いや! いろんな物が見えてくれば、新たに興味を持って こちら側の世界に来てくれる人が増えてくれるかもしれない そう・・・ いろいろと目覚めちゃう人が続出するかもしれないんだZO! こういうのを見て・・・ そして次回 むかし道を歩いてくれば 自動的に到着できる こぼブログでもお馴染みの? 西久保受発電所跡へ! って、こんな所でもココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.14
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この当時(2013年)は、まだハイキングコースの一部として設定されていたかもしれない けど・・・ 現在は、いろいろと崩れてて 入ることは困難になっている この場所 そして まだ、このころは 周りの藪も育ってなかったので そこそこいい感じに 小河内ダムの提体がよく見えてたんだよ‼(遠い目) まあ、そのあと 2014年の大雪で、木の枝が折れ 2018年以降、毎年のように台風で周囲の枝が飛ばされ 少しだけ、景色が回復しましたが 広葉樹の成長速度って早すぎ(困) あっという間に、また視界が悪くなっていき ここ2年ほど、台風来てないし もう今頃は・・・(隠) って、右腕がうまく使えない現在 それを確認に行けないのが悔しすぎるぞ!(泣) う~ん なんて言うか? サージタンクの基礎部分に乗ることができたら もう少し視界が開けるかな? いい感じに藪の上から 小河内ダムの堤体を眺めることが出来るかもしれない? で・・・(焦) なんとなく嫌な予感がするのですが この基礎部分 茶褐色に塗られているのですが なんかね? よじ登って、靴で引っ搔いたような塗装の禿げ方をしている気がするのですが・・・(滝汗) ハアハア・・・ 同業者・・・ でも、ちょっと高いな これ でも どこか、上がりやすい位置があるかもしれない? って言うか、むかし道の事なんてどうでも良くなってきたぞ? たぶん今日は、ココに 何かの見えない力が自分を呼び寄せてくれたのかもしれない? だから、意地でも登らないといけないような気がする って! なんか 裏に回る道があるっぽい? きっと、サージタンクのメンテに来る時のための 作業道に違いない(光) あとは・・・ 仮に、この上に上がれたとして ちゃんとした足場が存在するか? そこが問題だな? って! 枯藪の下に階段 隠れてたし ハアハア・・・ 行ける! これは間違いなく行ける! って言うか、この階段 どう見ても作業道ではなく ハイキングコース用だよね? って事は、上がってもOKって事だよね? サージタンクの基礎部分に!(嬉) でも・・・ とりあえず、人が一人通れるけど よい子は絶対にマネしちゃダメだぞ! って、レベルの幅しか無いぞ ここ(狭) あと・・・ 間違っても 電撃金網じゃないよね? コレ?(怯) そして・・・ さすがに中に入るのは無理なので って、この上に上がれる展望施設 造ってくれないかな? そうすれば、奥多摩町の新たな観光資源になること間違いなしの・・・ はず? とは言え こんな所まで来るのは 自分と、ごく一部の同業者しかいないかもしれませんが まあ 上に上がれないとしても 結構素晴らしいところだぞ ココ! でも 夢中になって身を乗り出すと そのまま谷底に逝く事が出来ますけど あと、少し体形の良い人だと 背後の金網に背中が当たって って言うか、この基礎部分に上 横歩きしないと危険です 2人以上で行くのは絶対に止めたほうがいい そして 2013年当時は、まだフルアーマー化される前のスリムな展望塔だったけど そう ココから丸見えになるので 職員さんから サージタンクに上ってるヤバイやつがいる! とかで、地元警察に通報されても困るので・・・(捕) ひっそり そして、素早く用を済ませて 撤退する事が重要かもしれない だけど 何度も言うけど 良い子は絶対にマネしちゃダメだぞ 多摩川の生態系リセット用最終兵器 過去に、マジで1回やらかしたらしい・・・(怖) 奥多摩湖、湖底近く って、水深150m近い場所のキンキンに冷え切った水をぶっ放して いや 今流せば タマゾン川とか言われている 不法放流熱帯魚の巣窟ともいわれている多摩川を 一旦、正常な状態に戻すことが出来るかもしれない? まあ、貴重な在来種が被害に遭うリスクが大きすぎて 冗談でもやってはいけませんが(困) あと自分 画像をチェックしてて気づいたのですが 中の人、マジで使えねえ(怒) なんで、こんな好条件の時に 右岸にあった8tクレーンの固定台座跡が見えるかもしれない位置 あと少し左側を、事故狙いで大量に画像撮らなかったのか?(困) まあ、まだこの時は そこまでの知識が無かったとはいえ ダメすぎるだろ自分(泣) ダム下にあった ジブクレーンの線路跡は 全て撤去されちゃってるんだから こんな場所 画像を撮っても意味ないのに!(泣) まあ この場所に三度上がれるように 右手が回復するまで・・・(涙) って、最短でも来年までは確認に行けないな しかも、今年 ある程度の規模が大きい台風が来てくれて 周囲の枝を落としてくれることが前提となりますが さて 展望塔にいる職員さんに発見されないうちに撤退して 再び、むかし道に戻ろう そして、ココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.13
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まだ比較手的に景色がいい区間が続きます と言っても・・・ たぶん、喜ぶのは 同業者の人だけかもしれませんが?(笑) なにせ 小河内ダム よく見えるし ただし これから10年が経過した現在の状況が、どうなっているか それは不明です まあ、そんな話は置いといて この場所は浅間神社 への入口 ちなみに・・・ 「あさまじんじゃ」ではありません 「せんげんじんじゃ」です 直近にある中山集落の方々が建立したといわれていますが 詳細は不明っぽい? あ! この分だと、神社まで上がれば もっと視界が広がるのではないかと そう期待したのですが・・・ なんか無理っぽい(隠) ということで・・・ このままスルーしていくことにして 中山集落に入ります が! 普通に民家があるだけなので て言うか、正月早々に集落内で画像撮りまくってる不審者がいるとか通報されても困るので(捕) ここで大きく 180°ターンします って、そういう道順になってます が! なんか怖いぞ、中山集落(怯) まるで、余所者を排除すべく じゃなくて 一見さんは、よく解ってないと 電撃金網の餌食に って、これ 対人兵器ではなく 野生動物に畑を荒らされないようにするためのもので・・・ イノシシとか鹿 多いんだろうな? まあ、それよりも 酔っぱらって帰ってきた集落の人が千鳥足で、ついうっかり!(バチバチバチ) ないよね? きっと・・・(焦) いや・・・ 金属製のアクセサリーを身に着けてたり カーボン製の杖もって歩いてたり デジカメとか・・・ 金網から漏電して・・・ 電撃 飛んでこないよね?(怯) って、歩いてて ちょっと怖いんですけど かなり速足で、この区間を抜けていきます(逃) なお、電撃区間を通り過ぎると むかし道は また、元のハイキングコースっぽい道に戻り? って、この区間 たぶん、小河内ダムの建造を行っていたころに整備された感じだね? 石垣が戦前の物だし 旧・青梅街道と 付け替えによって整備される予定の 現行の青梅街道(国道411号線)から 集落までの道が整備されたのでしょうか? それとも 何かしらの工事関連施設を設置したのか? と、思っていたら こんなところにサージタンクが!(驚) って、こんな近くに あったのか? 5年前に来たときは全く気付かずに通り過ぎてたぞ(焦) いっつもは 小河内ダムの提体の上から このサージタンクを眺めていたのですが まさかね? こんな間近で見ることができるとは(ハアハア) でも この崖の上は さすがに登れない・・・ って、うわ(叫) 階段ついてるし! なお、現在では・・・ 2014年の大雪で路盤が崩落して この階段が崩れ落ちてます さらに、雪の重みで周囲の木が倒れ 入ることが困難になっています が! まだ、この当時は しっかりと これ 普通にハイキングコースの側道として 整備したんだよね? 入ってもOKって事だよね? ハアハア・・・ 据え膳食わぬはナントカって言うしね?(血走る目) そして次回 リメイク・サージタンク編 じゃなかった 自分と一部の同業者にとっては感動の光景と出会うことになる? ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.12
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むかし道20131編 って、く・そ・う(噛) 思わず地団駄踏んじゃうところだze! 目の前の木 邪魔すぎ!(泣) こんな美味しいところに生えやがって じゃなくて、一番おいしいところを隠すように成長しちゃって!(困) こんな角度 って言うか、こんな美味しすぎる角度 どーして、トーキョートは展望台として整備しないんだ!(怒) あまりにセンスがなさすぎるだろ? 観光でインバウンドがドーとか まず初めに、ここからやるべきだろ? そう 自分と、一部の同業者だけは大喜びだぜ!(踊) って、一般の人には需要が少なすぎるけど? 何にせよ・・・ 右を見れば 管理事務所と洪水吐 そして正面には、建設当時 一番最初に建造した作業道跡が見えてる 第一期、採石場として 本来であれば、右側すべてが両線で繋がっていたものを トンネルを掘って、向う側に通れる道を造り 後に、それを開削して洪水吐になった その跡が ここから一望できるという 歴史的にも、結構重要な場所なのに!! どーして、ソー言うことが解らないかな? トーキョート!(困) なお、この年は 恐らく? 管理事務所の大規模な修繕工事が行われていたっぽいな? まあ、そんなことは置いといて 左を見れば 小河内ダムの提体がぁっ!(吠) 周りの木が邪魔だけど こんな美味しい場所 どうして放置したまま? って言うか、もっと展望をアピール出来る場所に・・・ って、あ! そうか・・・(困) 展望のない展望台 造るの得意だしね(困) トーキョート にほんブログ村
2023.01.11
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これから、むかし道でたぶん最も危険な区間を通ります。 と言うのも ココが崩れる事によって 過去に何度も通行止になっている場所 って大体の場合 やっぱし、ココが崩れてて この度に法面補強などの対策が施されるのですが 何と言うか・・・(涙) って、本当に昔から ココ 崩れる事 多かったと思う区間です で! その度に小河内村との交易が途絶していたのではないかと ちょっと心配になるのですが・・・ って言うか、なんかヤヴァそうな斜面と それを覆う石垣が見えてるよね?(怯) 地滑りとかで・・・ 斜面が一気に持って行かれたのを治した感じが漂いまくり とは言え 石垣の状態からして 最後に治したのは、昭和30年代頃か? だから、比較的安定している斜面にも見えますが・・・ なんかヘロヘロの橋が架かってるし!! って言うか、斜面が逝くのではなく ココ 枯れ沢って事だよね? そう この枯れ沢が厄介者で 台風が来るために、土石流が発生するらしい? ので・・・ 土砂で、この橋が埋まってる画像をアップしている光景を載せてる方が多かったりして(焦) ココから落ちたら まず生きて還れないよ?(泣) 大雨の時は 絶対に「むかし道」は歩かないようにしましょうね 地元の人も・・・ って、わざわざココを利用する地元の人なんて 現在は存在しないから関係ないか? でも! 土石流が発生する度に、ココを整備して むかし道を復活させてる人達が居るのがスゴイな!! ゼーキン、ブッ ケフンフケン、何でもないし!(滝汗) 営林署の人と、水道局の人が困るから 治しているんだよね! だから、問題ないよね? そして何より このヤヴァそうな橋の上からの景色が・・・ って! 土砂の除去のついでに 周りの木 上の方だけ切っておいてくれないかな?(願) そうすれば ココから小河内ダムの減勢工が良く見えるのに!!(悔) あ! でも、全部切っちゃうと そう 根っこを残しておかないと 斜面ごと全部逝っちゃう危険性があるから って、難しすぎるな? この急傾斜で、木の上の方だけ切るとか そして何より 背後から、いつ・・・ ドクワッと 落石に殺られるか分からない恐怖の中 無理ゲーを強いてはいけないな?(涙) う~ん・・・ でも この角度も 普段では、なかなか見れない方角なんですよね?(悔) むかし道を苦労して何度も昇り降りした人の身が見る事が許される? 景色なのですが・・・ あ! でも、葉っぱの茂った夏場は何も見えませんが? そう 寒い時期に、寒さにも耐えながらココまで来た人のためのご褒美と言うか?(笑) 橋の下に水道の導水管が通っているのが見えてます ココは、生活に必要なライフラインの一部なんです! しかも、こんな危険な場所に導水管を通さないといけない そして、これを維持しないといけない 管理している人の苦労 相当な物なのかと? そして本当に昔は 小河内村と氷川や青梅を結ぶ 重要な道で この危険な場所を通らなければいけなかった当時の人の苦労が・・・(涙) そして足元では プシー、プシッ と・・・ 急こう配を下る導水管内の気抜きをする為の 導水管の減圧弁が音を立てて って、コレ 知らずに歩いていると 結構、音が大きくて怖かったりするんですよね? って言うか、こんな文明の利器が設置されているとか 全く想像すらしてないですし ちなみにココは東京都です つづくにほんブログ村
2023.01.10
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むかし道2013編 て、確かに こんな山奥に集落は存在した!(迫) とはいえ、10年前の話なので 現在でも住んでいらっしゃるのかは不明です が・・・ 人が住んでいる以上は・・・ やっぱし、勝手に画像撮ったりするのは止めよう プライバシーの問題とか出て来そうですしね てっきり、営林署の作業小屋か何かかと思っていたのですが・・・ 人の気配は感じられないのですが 生活感が垣間見えていたので たぶん ひっそりと暮らしている人が居る その可能性がある以上は、許可なく撮る事は止めておきたいですしね と言う事で先に進みます そして! 休憩所と呼ばれ・・・ って、ベンチがあるだけなのに 休憩所と呼んで良いのか? ちょっと謎が残りますが まあ、何人かは ここで小休止していく可能性がありますから 正規の休憩所としておきましょう! でも、近くにおトイレは無いんだぞ! また、給水地点でもありません まあ、それよりも・・・ 途中で出て来る案内板 結構紛らわしいのが 「奥多摩湖方面」と「奥多摩駅方面」 せめて色分けして統一してくれると化して欲しいよね? あるいは絵柄を入れるとか 視認性の向上を強く求めます!(願) 何にせよ、一文字違いの場所を支持する物なので って言うか、奥多摩湖じゃなくて小河内ダムって書こうよ! 自分は、そうしてくれれば絶対に迷わないから でも、まだコレは優しい方かもしれない? 突然、右文字を出されてもね・・・(困) そして、いきなし 奥多摩駅ではなく 中山集落の名前が出て来ると 初見殺しもい所 今まで、奥多摩駅方面を目指していた人達は アレ? 途中で道を間違えたんじゃね? 中山集落って何処? みたない錯覚に陥るので! とりあえず、奥多摩駅を併記しておくか? 矢印板、もう一枚付けようよ! 同じ方向に進めば問題ないんですから なのに こう書かれると、奥多摩駅には行けないのではないかと? 地理的な事を知らず 生半可な気分でハイキングに来ちゃった初見さんが 山中で混乱する事になりますし(迷) なお・・・ なかなか熟成の進んだコンクリート橋の脇には 導水管が通っています! ベンドバルブ(詰まった時に水を排出する時用のバルブ)まで装備しています って、ただのハイキングコースだと思うなよ! そう この「むかし道」 じつは上水道が通ってるんだぞ(驚) ココから先の期間 足元に「水道」の文字が入った蓋が何ヵ所か設置されていて・・・ 遊歩道の下に導水管が埋められているんです! って、定期的に整備しているっぽい? って言うか、むかし道と言いながら 実は、地下はソコソコの近代化改修を受けていたりするんです でも また突然のように出て来る たぶん、明治期くらいの石垣 しかも、コレは 現役時から一切手を加えてい無さそうな感じ? もう・・・ 「むかし」と言う言葉が どれくらい「昔」の事を指しているのか? 謎・・・(困) そして! 暫くは植林の中の急こう配を登って行きます って言うか・・・ 最初に一気に登って 集落を超えたら一気に下って 谷底に住んでいる人の家を過ぎたら、少しだけ平坦に進んで さっき下った分以上に登る? ツンデレ激しすぎだろ、この道! いや! もっと稜線にそった道を造れなかったのか? 江戸時代以前に、奥多摩に住んでいた人達 こんな所を毎日のように、大量の生糸や炭を背負って青梅まで売りに行ってた現地の人達 もしかして、どM? まあ、正確には この先に有る中山集落を経由するために 再び上り勾配に入る事になるのですが まあ、それを嫌って ショートカットしようとしたのが水根新道と言う事になるのかと? でも、まあ・・・ この辛い上り坂を耐えていると 小河内ダムの洪水吐が見えてくる! そう 国道411号線を粋がって来るまでぶっ飛ばしてくる人には絶対に見る事の出来ない角度で ハアハア・・・ って、上り坂で息切れしているハアハアじゃないんだぞ!(惚) まあ、ココに来るまでに 結構な汗をかいちゃってますが て、厳寒期に来る人は ぜったにい着替えを持ってこようね! そうでないと、汗で濡れたい服で急激に身体を冷やされ 風邪ひきますからね そう むかし道を甘く見ない方が良い あ! でも・・・ 春先から秋口まで 周りの木の葉っぱが生い茂っている時期は この洪水吐の姿に酔いしれる事が出来ないので・・・(惚) ひたすら、辛い上り坂を堪能 いや! こんなのを堪能できるのは「どM」とかいないので 上り坂に耐え続ける事になるのですが・・ ちなみにココは東京都です つづくにほんブログ村
2023.01.09
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また何かある・・・ 溜枡のような感じですが? いや? 簡易水道の跡か? もしかすると すぐ脇に配管が通っていたりするので もしかしたら、町営水道だったものが公営水道に切り替えられ・・・ じゃなかった! 塩ビパイプだから下水だな? 間違いなく でも・・・ 防寒対策しておかなくて良いのか? コレ 確かに、上水道のように常時水が入っている訳ではないので 厳寒期に凍結して詰まる心配は少ないかもしれないけど なんか破裂しそうで怖いぞ コレ! そして、少なくとも おトイレの水が流れる訳でもないので・・・(黄) 破裂したパイプの周りが大惨事なる心配は少ないかもしれませんが? 中は枯葉が詰まっちゃってて 元々の状態が判らなくなってしまってますが(悔) 仮に簡易水道だとすると まだ、この崖の下に人が住んでいるのかもしれない? って! 藪に飲まれてしまっていますが・・・ 間違いなく、人が住んでいた場所だな? 水道管だけ にょきっ と・・・ 生えてますし ココ そして! 基礎部分なのか? それとも、これも溜枡なのか? 下手すると汚水槽、あるいは「おトイレ」だったのかもしれない? 何となく 上にかぶせてる簀の子が そう言ってる感じが? って、あくまで個人的な感想ですが そして、謎の棒と・・・ 冷たい乾ききった空に ススキの穂と飛行機雲 って、あまり感傷に浸ってると 午後から一気に気温が落ちるから あとで寒くて大変な思いをする事になるので さっさと先に って! って、平成17年に行われた治山工事の案内板の脇に 下水用ポンプの制御盤が! って、ココ 人が住んでいたのではなく この付近の集落の下水を集めて処理するための施設だったのか? で・・・ さっきの下水管が近くを通っていたり この近辺 一応道路整備がされているので 車が2台、交差できないとはいえ バキュームカーは入ってこれる場所なので・・・ ソコまでは困る事は無いとはいえ・・・ 各家庭に汚水槽を設置するのではなく ココに纏めて貯めておくような形にしているのかもしれない? 小河内ダムの建設に伴く立ち退きで この地に移転させられてきた人が居たとしたら 上下水の整備はしてくれてる? よね?(焦) さて、寄り道はココまでにして置いて! 先に進みます 石畳だった路面が コンクリート舗装に変わりました たぶん、この辺りは 治山工事が行われた時に打ち直したのでしょう? で! このまま、コンクリート舗装で進むのかと思えば あっと言う間に未舗装になったよ!(土) 植林地の中を進む事になり 周りが、突然のようにかなり薄暗くなり・・・ なんか・・・ 落石にヒットされた感がパねえ 落石注意の看板が出現! で また更に配電盤が出てきました でも・・・(悔) 何故か、この配電盤の文字の画像 撮ってないんですよね(困) 手前にマンホールがあるから コレも下水関連なのか? 水源地の水質保全ため この山の中 本下水を通したのか? もしかして!!(驚) そして! よくあるハイキングコースのような道に変わった むかし道 でも・・・ まだ、こんな奥地に人が住んでいるだと??(驚) つづく ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.08
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むかし道2013編 まあ、大体の場合 こういう所に建ってる案内板を信用しては行けません! って言うか、お約束です 水根新道の碑と言う案内板がありますが 今、スグソコにあるような雰囲気を漂わせまくってますが! いや? もしかしたら お約束の「すぐそこ」って書いてないから親切な方かもしれない?(笑) 近くになんてありません!(泣) 相当先に進まないと出て来ません! って言うか、あまりに先に有るので この時は、すっかり忘れてスルーしてしまったほど 本当に碑の事なんて、忘れちゃうほど遠くに建立されています 明治末期 ココから暫く下った所にある沢沿いに ショートカットの道を造った記念碑 って事らしい? のですが! そのスペックが、なかなか凄いんですよね? 道幅1.8mって まだ当時は自動車とかが奥多摩まで入ってこれなかったはずなので その大きさに合わせて造った訳ではないはず? そう たぶん、荷車が通れるサイズの道として設計されたはず? でも・・・ 950mの距離で高低差150mを登る・・・ 無理! 荷車牽いた牛が悲鳴を上げる!(叫) いや? 人間だって、数人で押し上げないと無理のはず! って言うか、たぶん? 水根線2021編で出て来た この道のはず? これを水根集落の有志の人達だで 2年かけて造ったらしい? そう! 水根線のトンネルが解放されていた 2006年 あの道は 期間限定で「むかし道」として開放されていて そして、水根線の廃トンネルを抜け その先に有る中山集落を通る特設コースが設定されていた時期があるんです・・・ だから あの道の事を水根新道と言ったのではないかと思うのですが・・・ コレもイマイチ正確な資料が無くて(涙) まあ、そんな事はさておき! そんな気合いを入れた作った水根新道なのですが なんか、既に雰囲気が怪しくなってきた むかし道 これを進まないといけない そして、話をややこしくするのが! 水根林道って前が出て来たよ!(泣) 新道なのか林道なのか? ハッキシして欲しいぞ! って言うか、明治時代の時は新道だったけど 青梅街道が整備されて 地元の人しか使わなくなったうえ 小河内ダムが完成してからは、車で上がって来れる道が出来たから その新道を使う人は営林署の人しかいなくなった? みたいな感じか?(涙) で・・・ 新道は、いつのまにか林道に名前を変えたと・・・ そう考えて良いのか? まあ、とりあえず先に進もう 右側に見えているのが青目不動尊です 当時は 食事処として お蕎麦とか、お茶菓子のようなモノを食べられる場所だったらしい? 「らしい?」と言うのは 実際に行った事が無くて 聞いた話でしかないので・・・(悔) ただし、この日は 正月休みだったのか? あるいは、何かしらの都合があったのが 通行止になっていたので入る事が出来なくて・・・(涙) なお! この青目不動尊の食事処は2017年に廃業(悲) その後にコーヒーと、ジェラート・・・ って、やっぱし無理があったのか? 場所柄に合ってなかったのか この場所で 辿り着くのも大変だし、場所が判りつら過ぎて人が来なかったのか? 2019年の台風で長期にわたって「むかし道」が通行止なったり・・・ そしてコロナがトドメを刺した可能性もあるぞ(滝涙) 既に営業していないという話も・・・ ちなみに、どの道を通っても 3方向とも「むかし道」(困) 青目不動尊のルートはショートカットルートとして使う事が出来ただけ? って! ここで、まさかの石畳が登場! コレが噂の水根新道 の・・・ 末端区間 って事だよね? すんごい気合いの入れようだな? 流石に明治末期にアスファルトやコンクリート舗装は無いにしても これを地元の有志だけで造ったって凄すぎ 総延長で約1km近くあったらしい って・・・ 道幅1.8mは絶対に嘘だな?(笑) 盛り過ぎてるな、当時の人達? 荷車、絶対に通れないし ココ! 勾配も急すぎて 登れないし!! そして! ココにも何か建っていたらしい? 入口って書いてあるけど何も無いし? もしかしたら青目不動尊の入口 って意味かもしれない? そう こういう山の中の案内板は 入口って書いてあってから 本当の入口までの距離が長いのがデフォだから・・・(困) そして! なんかヤヴァくなって来る次回につづく そして、間違いなくココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.07
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ちなみに・・・ 1970年代後半の航空写真だったりする(国土地理院webから) 最新のシームレス写真もみつけたので あ! なんか微妙に家の数が増えてる(驚) 移住してきた人が居るのか? それとも、地元の人が増築したのか? その辺りは不明ですが・・・ 戦前の地形図には この付近に人が住んでいるような記載が一切ありません って・・・ よく見ると この付近の石垣って 戦後間もない頃から1930年代のものだよね? 小河内ダムの完成により 湖底に沈む事になった人達の移住地として整備して提供された場所なのか? もしかして?? この付近! 小河内ダム関連の資料に この付近に作業員の宿泊所を造ったという資料が見当たらないので 代替地として整備した可能性は高いな? でも・・・ また、なんで こんな不便な場所に?(泣) って言うか、この辺りしか土地が残っていなかった それと、強固な岩盤がある付近 そう 建造に使うための石を採掘するための、中山砕石所候補地として検討されたこともあった この付近 まあ実際には、搬送面で不利があり そして、混合物の多さから除去に手間がかかるし 発破すると青梅街道と水根線が土砂崩落に巻き込まれる危険性があるので 採掘される事無く終わった地域なのですが そこを開放した可能性は捨てきれないな? 斜めにカットしたような石垣があるから この上に家を建てて 階段で上り下りできるよう 基礎を造っておいた可能性がありそうですし まあ、全ての人が ココに移り住んだわけではないので そう! 清里(長野県)移住して、後々のピンク色の街(現・息の廃墟)を基礎を築いた人たちも居ましたし 安曇野(同じく長野県)に移り住んで、かの全国的に有名な「安曇野わさび大農園」を開いた人たちとか 意外と多くの人が、この地を去って行ったらしいので・・・(涙) あと余談ですが! 小河内ダムの建造辺り 当時の東京市が地元住民をだまし討ちに近い状態にしたという話もあり・・・(焦) 建造が決まり、地元の人との立ち退き交渉も「ほぼまとまって」から いきなし・・・ 「予定より数キロ下流にダム造る事にしたから!」 と手のひらを返したらしい・・・ 立ち退きの対象になかった人達が突然のように追い出される事になり・・・(悪魔) すんごく揉めたと言う話もあって 建造の開始が、かなり遅れたらしい? その被害者の方々の移転先でないことを祈りたい・・・(焦) でも、結構立派な家も建ってるな ココ! 元々の地主さんの方もいらっしゃるのかもしれない? でも・・・ 大変だっただろうな ココでの生活 って! 間違って、民家の中に入っちゃうハイカーの人が多かったんだろうな?(泣) って言うか、この状況で 道に迷って この民家の方に「すみません道に迷っちゃったんですけど、むかし道はどう行けばいいんですか?」みたいなことを聞きに来る人が多かったのかもしれない?(困) ステンレス製のチェーンを張って 迷い込まないようにしてるし・・・(涙) そして 石垣と金網の隙間の狭い道を通り抜けると って、この光景を観て あれ? やべぇ! 道、間違えたんじゃね? これ、どう見ても「むかし道」じゃなくて私道だよね? みたいな錯覚に陥り・・・(慌) で! さっきの民家の人に聞きに・・・ って、有りえそうな雰囲気だな? コレ!! で! この区間を抜けると ん? 井戸?? それとも雨水を貯めておくための貯水槽?? って、よく考えたら・・・ この高台で、水を確保するのって かなり大変なんじゃないの??(枯) ここに移り住んだとしたら・・・ 上下水の整備 一体どうなっていたんだ? たぶん、昭和に入ってからのモノだと思うけど・・・ 移転後の補償として造られた物なのか? それとも、元から住んでいた人が 生活のため 水の確保に必要だから造った物なのか? そして、ココから むかし道は一気に姿を変えるのですが その前に やっぱし気になる! この貯水槽のようなモノ! って!! 左手前に在る物 コレ・・・ かまど だ・よ・ね? 炭焼きのための釜じゃないよね? って! 振り返って見れば!(叫) コンクリート製だけど コレ・・・ 流し だ・よ・ね?? で! 貯水槽 ココ 炊事場だったのか? 規模からして この集落共同の物では無く・・・ さっきの迷い込まれちゃって迷惑だった家の人が昔使っていた可能性が高いな? て・・・ 屋外で炊事してたのか? 厳寒期とか、凍結が酷くて死にそうになる寒さの中・・・(涙) って! 当時の生活 山岳地帯ならではの苦労 半端じゃなかったのかもしれない?(涙) って、何度も言いますが ココは冗談抜きで東京都ですにほんブログ村
2023.01.06
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むかし道2013編 て、実は・・・ このまま、真っすぐ進めると ショートカットにもなるし、何か休憩所のようなところもあるのらしいけど この日は通行止になっていたので・・・ いや? もしかしたら その休憩所が閉鎖されたとか廃業したとは、そう言う理由でコース設定から外れていたのかもしれない? あと、間違って民家に入っちゃう人も多くて 苦情が来て、通行止にした可能性も・・・(困) と言う事で仕方なく ヘアピンカーブと言うか? 最初の九十九折に入ります 路面のタイヤ痕を見る限り 結構頻繁に地元の人が通っているんだな? ココ って言うか、この付近まで登って来るだけでも大変なので どうしても、自動車での移動が主流になっちゃうんでしょう? まあ、こう言う地形が多いため 奥多摩町の自転車保有率って物凄く低かったりするらしい? そう 出掛ける時はい良いけど 帰って来る時は 毎日がヒルクライムだぜ!(踊) って、一部のサイクリング愛好家でもない限り無理だな? こんな地域で自転車しか持ってない生活とか・・・ 電動アシスト付きだとしても、帰りに大量電力を消耗してしまうし・・・ って、奥多摩駅から帰って来るだけの電気・・・ 絶対にバッテリー容量が少なくて、最後は「ただの鉄の塊」と化してしまうだけなので(重) この付近 色んな時代の石垣のコンクリートブロックが混在します。 古い物は戦前 下手すると昭和以前のモノも混じっていたりするので やはり、青梅街道が整備されるまでは こんな道を使って青梅まで毎日のように背負い籠いっぱいの炭や生糸を稼いで売りに行っていたのか? って言うか、明治時代以前の日本人 一体どんだけ凄かったんだ? いや 当時の栄養状態や 日本人の体形からして そんな事が余裕で出来ていた事自体が不思議すぎるぞ!(鋼) たぶん 現代の大学山岳部員が30kg程度の荷物を背負って、青梅駅と小河内ダムの間を歩荷訓練とか・・・ 完歩出来る人って、殆どいないんじゃね? 自衛隊の人でもないかぎり無理なような気がするぞ? それを当時の女の人が一人で、ほぼ毎日のようにやってのけていたというのだから・・・(滝汗) 本当に人間だったのか? って話は置いといて このまま真っすぐ進むのかと思っていたら 「むかし道」は、ココから右折するような案内表示が! って・・・ この時、自分 この先の区間に廃レールで造られた柵が見えていたことをスッカリ忘れてました って言うか、今まで急こう配と・・・ 更に、その以前に1時間半くらい 小河内ダムの右岸でハアハアしていた疲れが出始めていて(困) もう、そこまでの思考能力が残ってなかったと言うか?(泣) でも! この画像をチェックしていて! このまま「真っすぐ進んでも、むかし道」って、書かれている事に 10年経ったから気づいたよ!(泣) そう ここで二股に別れているけど 経由地が違うだけで途中で合流するらしい? 纏めて見ると こんな感じ? ちょうど画像の真ん中「+」印が隠れちゃってるけど その位置が現在地 で・・・ 赤線の部分が、スタート地点から歩いてきた区間 で! これから緑色の区間を進む事になるのですが・・・ 確かさっき 下から眺めた時に九十九折りは4段見えていたので(焦) 地形図に描かれていない水色のルート(あくまで推定)が存在する可能性が高い まあ、国土地理院の地形図って 毎年のように新しい物が更新されて出てきますが 実際には調査してなくて、以前の物をそのまま転用している事も多かったりしますから・・・ 特に、過疎地域とか あまり開発が進んでいない地域は 十年以上も調査に来ないことも多いですし 航空写真でチェックする程度とかの時もあったり 最新の地理院地図を持って登山に来たら ルートが全然か違ってて(困) 途中で道に迷いそうになったとか 良くある話ですから 実際・・・ 国土地理院webの航空写真でも 2007年以降の新しい写真が公開されていません デフォとして公開されているのは 左岸公園が、竣工50周年記念で整備された姿が写っているので しかも、杉の植林抹殺計画が発動される前っぽい山の色なので・・・ 2007年か2008年くらいのモノなのではないかと? で そんな、直進ルートがあるとも知らず・・・ そして、廃レールの事を忘れていた自分は!(悔) って、暫くはバイク乗れないし また、バスに乗ってチェックしに行くか? 今シーズン(笑) って! ココから、いきなし・・・ 歩行者専用ルートになります 石垣は戦後に整備されたモノっぽいけど 石の大きさが不揃いだから 昭和30年代前半以前だな? この付近の集落の道が整備されたの って話は置いといて! 次回! 山岳地帯に住んでいた人達の苦難? ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.05
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水根のポンプ場がある変則T字路を鋭角に曲がって・・・ って、この付近の集落向けに上水道を供給するために造られたポンプ場です もしかしたら・・・ 水根沢の取水堰は、ココが完成した事によって 廃止されたのかもしれない? とりあえず今回は、取水堰はスルーして来たので そして、中の人が過去画像を探すのが面倒だから(困) 取水堰の画像は出て来ません そして! この変則T字路を曲がると・・・ むかし道の本領発揮? 急こう配区間に突入です! って言うか、地元の軽トラが2速全開でエンジン分回して登る 思わず・・・ 小河内ダムまで引き返して 1時間チョイ バス待って帰ろうか? そう・・・ 心に迷いが感じちゃう角度と言うか? で! 落ちると大変な落差がある道を登って行くので・・・ う~ん? ガードブロックの隙間 埋めた程度で大丈夫なのか? 元から低すぎるガードブロックの隙間とか 埋めても意味ないんじゃね? と思いつつ・・・ って言うか、落ちたら確実に逝くな、コレ・・・(怯) しかし、凄い場所に道を通したと言うか? って! 元々、この道は 明治時代以前のルートなので 当時としては、デフォだったのかもしれない? そう 馬が通れる道が無いので、牛で荷物を運んでいたと言われる奥多摩町 当時の人が見たら 今の道は・・・ どんだけ広くて安全な物に見えるのでしょう? そして最初の急勾配区間を登り終えると 背高のガードレールが配備された区間に入ります とは言え 軽自動車ですら交差できない道幅 退避場所がないので、車で来た人は 万が一対向車が来た時 涙目で、あの急こう配をバックする羽目になるぞ(怯) って言うか、路面が凍結してたり 暗い時間帯だったら もう、涙目状態とか言う言葉ですら可愛く見えてくるかもしれない? まあ、この先の集落で通行止になるので 一般車が入って来る事は殆どありませんけどね おバカなカーナビでも、この道を通る様な指示は出しませんし? でも・・・ 国道411号線が渋滞した時 地元の軽トラに釣られて、抜け道と勘違いして入ってくる人は(呆) 居ないとは言えない!(泣) で! すぐに杉の植林で覆われ 視界が悪い区間に入ります 更に! 今度は・・・ 竹林が登場DA!(叫) って言うか、過ぎの植林地の手入れをしてなかったら 竹が生えて来ちゃった感じだな? コレ・・・(困) でも現在では あの 自らが花粉症だからと言う理由で? 元・都知事の「杉林撲滅計画」が発動されたせいで この付近は、全ての木が無くなっているかもしれませんが? そして、また登り! って言うか、どうして江戸時代以前の人達は・・・ もうすこし平坦な道を造ろうとしなかったのか? もしかしてドMの集団だったのか? 明治期に入ってから メインルートが 現在の青梅街道(旧道)に切り替わる事になるのですが 水根集落と・・・ この先に有る中山集落と青目不動尊を経由するという理由だとしても 随分と遠回りをするルートを造ったんだな? しかも、アップダウンが半端く激しい で! うわ・・・ 上の方を眺めるんじゃなかった(悔) このあと、どんだけ登らせる気だよ? 上に見えてるの 落石防護柵じゃないよね? たぶん 道路だよね? って言うか、九十九折って あそこまで登らせる気か?(泣) いや! ちょっと待て!!(ハアハア) あの柵 廃レールなんじゃね? 少なくとも支柱は廃レールっポイぞ! 今だったら・・・ この光景を観ただけで、コレからの苦難とか 今までの疲れが一発で吹っ飛ぶところですが・・・ 10年前の自分んは違うんです ここ、意外と良い場所やん!(踊) 小河内ダム かなり良い角度で見えてる でも当時の自分は まだ左岸の移動式クレーンタワーの存在とか知る由もなく(困) ここから望遠で右岸の様子とか撮ってないんだな?(涙) どうして、ここまで視界の開けた場所で画像撮ってないんだろうな? 本当に使えねぇな当時の中の人!! あ! でも・・・ フルアーマー化される前の展望塔とエレベーターシャフトの姿が懐かしいぜ!(涙) で この景色を見て とりあえず、気持ちをリフレッシュした自分は? 最初の九十九折りに突入していくことに・・・ つづく ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.04
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相変わらず目が行ってしまう 廃レール で? まだ、この頃は KEEP OUTの黄テープが貼られていなかった 倉庫 のようなモノ まあ、何と言うか? 廃墟系の人達が不法侵入したんだろうな? このヤバイ感じ漂う 仮組のような基礎しかない倉庫に・・・ 普通に考えても危ないと思わないのでしょうか? 確実に床を踏み抜くのではないかと? そう思うのですが って、ここで引っ張ってると あとが大変な事になりそうなので って言うか、普通にバスを待っていた方が早かった みたいな事になりかねないですし(笑) たぶん、この先 西久保受発電所跡辺りで、相当な時間を消費する事になりそうな感じがしますし 1月のこの時期 この近辺は・・・ まだ午前中だというのに もう夕暮れ時のような光景が漂います って言うか、谷間に存在するため・・・ 陽が当たる時間が短いので 午後には日陰になって、既に薄暗くなりますから あと余談ですが・・・ 落石注意の標識 言いたい事は良く解ります が! 落石って・・・ 吹っ飛んで来るもんじゃないよね? 転げ落ちてくることが殆どだよね? この画だと、確かに落ちている石(岩)だけど・・・ 放物線を描いて まるで故意に発射された石(岩)のような感じがするのですが?(焦) って、事は関係ないから置いといて! 謎の廃墟? なのか?? それとも、建造途中で放棄された集合住宅の跡なのか? 今現在でも、この物件に関しての資料が手に入りません!(悔) まだ、謎のままです と言う建物跡が崖下に残る所を過ぎ 謎の便器が並ぶ石垣の横を通り過ぎ・・・ って! この日 珍しく、水根沢の取水堰跡には立ち寄らなかったんだな? まあ、そんな所に立ち寄ってたら 2時間のコースが確実に5時間コースに変わ あと、なんか怖い二宮尊徳さんの画像も・・・ 不気味すぎて撮らずにスルーしてたな自分 すぐ脇に有る 窯元で造られた作品なのでしょうけど? 一体どーいうりゆーで? って言うか、ココまで大量に便器を並べて 何をしたかったのか? ちょっと気になる? 間違っても、この石垣の上が用を足すためではないのは確かなのですが そして! この形の和式便器も珍しいな? あ! でも全体的に小さいので unkする時に誤爆しないようにするのが難しそうだぞコレ と言う冗談は置いといて! このまま真っすぐ進んで 水根沢キャンプ場の方に行ってみるのも 興味がありますが・・・ むかし道の方を進みます 次回・・・ 昔、わざわざ、こんな遠回りをする必要が何処にあったのか? 疑問に思う事になる?にほんブログ村
2023.01.03
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時は2013年・・・(滝汗) そう! 今年、2023年では有りません! 10年前の話です ので・・・ 今までに何度か来襲した台風の影響で 現在では、一部の区間が全く違って形になっていたりしますが・・・ この日・・・ そう! 納車されたばかりのバジン号(セルタオ)が 給油したらエンジンが再始動できなくると言う(泣) って言うか、オートデコンプの動作不良でクリスマス入院するという(笑) まあ、早い話が! バイクが無くて、小河内ダムに行くのに 公共の交通手段を使わなくてはいけないという事態に陥ってたんですよ!(困) って・・・ あの時は そう10年前は すでに鎖骨骨折から復帰して バイクに乗れてたんだな?(遠い目) でも・・・ 今回は、未だに復活の目途が立たないって(泣崩) そんだけ歳を取ったって事なんでしょうけど? まあ、そんな事を考えると寂しくなってくるから一旦置いといて! そう 右岸でハアハアした後、帰りのバスが1時間半くらい来ない って言うか、お約束の通り乗り遅れました(泣) って言うか、奥多摩湖から奥多摩駅に戻るバス 当時 土日祝日ダイヤだと、登山客への対応がメインだったため 午前中の便が極端に少なかったんですよ!(困) 奥多摩駅から各方面に出る便はソコソコの本数があるのですが 登山に行った人が戻って来るのは午後になるから だから午前中に戻って来るバスは極端少なく設定されていて・・・ 仕方ないで むかし道を歩いて ココから始まる約2時間の帰路につく事に バスまってても1時間半は来なかったしね? たぶん? 歩いて帰っても奥多摩駅に到着するのは大して変わらないという状況でしたから(笑) そして・・・ そう言えば!(驚) まだ10年前には このすぐ横の廃墟・・・ じゃなくて売店跡 まだ営業してたんですね? くっ! どうして、その画像を撮っていなかったのか? ちょっと悔しすぎるぞ!! 貴重な資料として使えたのに と・・・ 今更悔やんでも仕方ありませんが で! 何? この怪しい広告 水根線への入口の所にも看板があったけど やつぱし怪しすぎるぞ コレ! なんで、奥多摩で しかも小河内ダムの近くで 道志村や秋山村(現・都留市) そして津久井郡(現・相模原市)の別荘の広告が? し・か・も! 売り物件なのに「貸地」 って、俗にいう借地権付きってヤツか? で、何十年後には借地権が切れるから退去しなくちゃいけないってヤツか? で! 「川のそば」って言うのが怪しさを増長させてるし? そう 未登記物件の匂いがプンプン あと、川が増水したらヤヴアィような河原に建ててあるとか(沈) って、オートキャンプ場のバンガロー的な建物って感じが漂ってるんですけど? あと・・・ もし、まだ この広告を打った人が現存なさっているといけないので、電話番号と名前は伏せておきましたが・・・ 市外局番が6桁(笑) この当時は、まだ現存してたんだな? て、スタート地点でツッコミ入れまくっていると 帰りが大変な事になりそうだし 右岸で画像撮りまくってるので デジカメのバッテリー残量と メモリーカードの残量も危なくなってくるから さっさと進まないと! と言う事で? 明日からは むかし道2013編 スタートです! ちなみにココは東京都ですにほんブログ村
2023.01.02
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今年くらいは のんびり行きたいよね? まあ自分の人生も、そんなに長くは残ってないけど 数え歳だと元旦から1つ繰り上げになるから 今年から・・・ ああ! 四捨五入なんてダイキライだ! と、とりあえず・・・ 自分の誕生日を基点に計算すれば ギリギリ? 四捨五入で50代をキープしてるから!(滝汗) もう、そんなに早く進まなくて良いよ 今年! ウサギ年だから「脱兎のごとく」なんて勢いで進まなくて良いから!(願) ま! それよりも 今年こそは、ちゃんと銚子に行って観音様に挨拶してこようね? で! 去年からの連鎖を断ち切って来ないと? あと 気が付いたら コロナで、父の三回忌を開く事が出来ず あれ?(滝汗) 今年、もしかして七回忌?? やっとかないとね? もう、なんか そう そう言う節目の事は、やっておかないと! 特に信心深いわけじゃないけど なんか気持ち的にね? って、考えたら 今年もヤル事が結構多いな? そう 一日も早く、バイクに乗れるよう 身体を戻さないとね? で・・・ 小河内ダムに行かないと今年が始まり無いしね? その他にも、去年は骨折のためにお休みする事になってしまった 自転車ヒルクライムの先導とか バイク、乗れるようにならないと困るしね!(焦) 更には白馬にも凱旋しないといけませんしね! そして4年ぶりの鉱山道路編も開催たいしね! その他にも 大阪モーターサイクルショーと東京モーターサイクルショー コレもね 何とかして出かけれるよう算段を付けないといけないし やる事 けっこう多いな? あとは・・・ 去年の12月に受けたガン検診の結果が、たぶん1月20日頃に帰って来るから その結果次第で(滝汗) また大番狂わせがあるかもしれないけど? もう、あまり考える事は止めよう 成るようにしかならないから まず、とりあえずは! 7月4日に18周年を迎える事になる、このブログ そこまで、何とかして乗り切ろう? あまり(相対的に)速いペースで時間が進まないよう 祈りながら 何はともあれ 今年もよろしくお願いいたしますにほんブログ村
2023.01.01
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