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場内の完成は悲鳴にも似たものだった。若干名いる女性社員は,一瞬目を覆っただろう。私は目を覆う暇もなくあっけに取られていた。でも,よく見ると社長のソレはまだ,あるもので厳重に守られていた。その あるもの とは,ガムテープだった。宴会場は再び大爆笑の渦へ飲み込まれて行った。“さっき,社長が宴会場の隅でかがみ込んで何かをしていたのは・・・,これだったのか“と,すぐにわかった。でも私は笑えなかった。なぜか,それを剥がす時を想像してしまい,社長は1人静かに一枚一枚丁寧に剥がしいくのだろうとの思うと,気の毒になった。私は,酸っぱい梅干しと,渋柿を一緒に食べたようなくしゃくしゃな顔をしていたように思う。ところが,想像をする必要はなかったのだ,社長は背中を向けて・・・,ガムテープを剥がし始めたのだ。ここまでを,だれが想像できただろ・・・。後ろ向きだから社長の表情はうかがえないが,社員たちもその痛みを一緒に耐えているかのように,歯をくいしばっていた。そして,男性社員は手をたたきながら笑い転げているが,女性社員たちは少ずつ引いて行くのがわかった。
2009/12/28
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社長は浴衣の両肩を抜いているが,帯はしたままなので両袖は腰のあたりでダランと垂れ下がっている。“ス・ト・リ・ッ・パ・ー”はお客様をじらしながら一枚一枚脱いで行く・・・その辺の演出も社長はお手の物だ。2番のサビに入ったころには,浴衣の帯をもてあそぶようにはずし,堂々と正面を向き,仁王立ちで浴衣の前合わせを全開にすれば・・・,赤いフンドシがお目見えする。桜吹雪の肌着と赤いフンドシ,後ろを向いてお尻をフリフリしている踊る姿に社員たちはみんな大喜びで,宴会場全体がひっくり返っていた。ふと気がつくと,出入り口の前に陣取って出入りを制限していた仲居さんも,ひっくり返って泣いていた・・・イヤッ,笑っていた。さて,ショータイムはいよいよ佳境を迎える。最後のサビに入ると,舞台袖に控えていた黒子役の社員が,そっと社長に近づき,再び社長に浴衣を羽織らせる・・・そして帯はしない・・・。前合わせは,いつでも全開できる状態だ。社長は後ろを向いてフンドシをほどき始め, 俺の全てを見せてやる・・・ で,フンドシを投げ, お前の全てを見たい・・・ で,羽織っていた浴衣をスルッと,足下に落とす(後向き)。宴会場は大爆笑で幕が下りる・・・はずだった。そう,毎年ここで幕が下りることになっているのに・・・まだ曲も終わっていない。何故か,黒子がまた出てきて,社長に浴衣を掛けた。社長はおもむろに前を向き,前合わせを・・・全開にした。エエエッ・・・うそ その下にはもう何もない・・・。予期できなかったみんなは,一瞬固まった。 つづく
2009/12/25
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社員たちはいつになくリラックスして,カラオケを楽しんでいる。そしていつしか自分の席を離れ,思い思いにグラスを持って自由に動き回り,話しをしていた。しばらくすると,社員の1人がなかなか途切れないカラオケを一端休止した。すると間もなく,あの曲のイントロが流れ始めた。満を持して社長が舞台へ上がる。社員たちは舞台に対して正面に向き直って座り,“待ってました”とばかりにあちこちからかけ声がかかり,大きな拍手で迎えている。社長が気持ち良く歌えるように・・・,社員たちは心得ているのだ。 曲目は沢田研二の“ス・ト・リ・ッ・パ・ー”。 私が知る限る毎年これだ。私がこのショータイムを初めて見たと・きは,年も若かったせいか衝撃的で顔を上げられなくなってしまったが,今でははもう恥ずかしくて顔を覆うこともなくなって,舞台から目を離さずに,死ぬほど笑い転げている。さて・・・,今年もしっかり楽しませて頂くとする。 ヒールを脱ぎ捨て ルージュを脱ぎ捨て 全てを脱ぎ捨てたらおいで・・・宴会場は,社長の歌声をかき消すくらいの声援で盛り上がりは一回目のサビの部分でピークに達しようとしていた。 朝でも夜でも真昼でも 恋はストリッパー ・・・・・ 春でも秋でも真冬でも 恋はストリッパー ・・・・・ 俺の全てを見せてやる お前の全てを見たいそう,いつも通りお決まりのパターンで,ここで浴衣の肩を抜く・・・。社長は後ろを向いて背中の絵をお披露目した。“さくら吹雪”・・・,の肌着を着ていた。 「いよっ,金さん!」と声がかかった。でも社員たちの笑い声は,最後のその時を知っているかのように控えめだった。 つづく
2009/12/24
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私の視線がそこに釘付けになっていつ事を,1人の幹部社員が気が付いたみたいだった。 「添乗員さん・・・!」と,声をかけてきたのはその幹部社員だった。 「はいっ!」 「もうすぐ社長の芸が始まりますから,そこ開けないように気をつけて下さい。」と,廊下側の出入り口を指さして言った。私は,少し間を置いて「了解です!」と,答えた。幹部社員は,こう続けた。 「今年の絵は本格的ですから・・・。」そう,社長の芸は裸になって歌い踊るのだが,いつも背中に“絵”が書いてあり,それも,可愛いキャラクターが描かれていて,みんなの笑いを誘うのだった。今回本格的とは,親分らしい図柄である・・・と,私はとっさに理解した。 私はビールの空き瓶をかたづけていた仲居さんを呼び止めたて言った。 「あの,これから社長の歌が始まりますが,いつも裸になっちゃいますので, こちらのふすまは開けないように注意して下さい!」 「えっ,全部脱いじゃうの?」と,仲居さんは素直に聞いてきた。 「いえっ,背中の絵が見えちゃうから・・・。」と,わざとらしく小声で言った。 「あっそうですか,わかりました。」準備を終えて自分の席へ戻る社長を目で追いながら,悟ったように仲居さんは言ったのだった。 つづく
2009/12/22
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社長の挨拶(社長),乾杯(営業部長),連絡事項(添乗員)と,一通り挨拶が済んだところで,私は全員に1杯だけ注いで廻る・・・これが私のやり方・・・。これで私の今日の仕事は終わったようなものだ。いつもなら,“これで失礼します”と下がるところだが,今夜は,社長のご好意で宴会に同席し,同じ料理をいただけるのだ。私は,一番端っこの添乗員の指定席へ座った。社長は毎年必ず“空子さん,[宴会]一緒にね!私,盛り上げますから・・・。”と,誘ってくれるのだ。宣言通り社長は,自ら舞台に立ち率先して盛り上げ,一番先に羽目を外して見せかしこまっている社員たちを,をリラックスさせるのだ。さて,今年はどんな芸を披露してくれるのか・・・。と言っても,毎年そうは変わらないのだが,遠慮なく私も足を崩して,その時を待つことにした。食欲旺盛な社員たちは,まずご飯を食べてから飲み始める。始まって30分位は,酒ではなくご飯のおかわりを運ぶのに忙しい仲居さんたちは, 「ホント,めずらしいお客さんだねー!」と,不思議顔・・・。食事が終わってカラオケが始まる頃には,もうお膳の上にはグラスしか残っていない・・・これもまたおかしな光景だ。社員たちが5,6曲歌い終わった頃だろうか,ふと社長夫妻の方に目をやると,社長が席にいない・・・。私たちのグループには,いささか広すぎる宴会場を見回すと,社長が1人で,宴会場の角の方に後ろを向いてかがみ込み・・・何かをしている。よく見ると浴衣の帯が外され,前を全開にして・・・何か・・・ゴソゴソと・・・している??? つづく
2009/12/21
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18時きっかり,約束通りアラームが鳴り出した。今朝は早かったせいか,まぶたが重くて目が開かない。でも,鳴り止まないボイラーの音にカーテンの向こうを見ることになるのである。さっきは気付かなかったが,どうやらここは大風呂の上に位置しているらしい。さて,のんびりしてはいられない。気合いを入れてもう一仕事・・・と,起き上がった時,携帯が鳴った。 「あっ空子さん,あのねー悪いンだけどガムテープを借りてもらえないかな?」社長の声だった。 「あっハイわかりました。すぐもって行きます!」 「いやいや,宴会場に持って来てほしいの!」 「・・・そうですか,わかりました?!?!?」この時私は,何するのかな?と思いながら・・・,使い道を聞かなかったのは,毎年見せてくれる社長の宴会芸を,楽しみしていたからなのかもしれない。18:20 ,予定通り10前には全員集合して,集合写真を撮った。またここで,写真屋さんに団体名の確認をされた。もちろん文字に誤りはないかどうか聞いて来るのだが,何か含んでいるような気がしてならない。案の定,また同じ質問をされた。 「この会社は何の会社ですか?」 「そのままです。自動車関係の会社です!」確かに風呂上がり浴衣姿の社長は,パンチパーマに一層磨きがかかり,ゆったり開けた胸元には,ぶっといゴールドがしっかり自己主張していて,“なんちゃって親分”も,堂に入ったものだ。そこへ,仲居さんがやって来た。 「はい,これでいいですか?」と,差し出したのは,ガムテープだった。“ありがとうございます”と答え,私は引き返して行く仲居さんの背中を眺めて,次はきっとこの人が聞いて来るのだろう,と考えていた。 つづく
2009/12/18
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ストレートに聞いてくれてありがとう・・・,って感じだ。私もストレートに答えるとしよう。 「いつもの和式宴会が,ここしか出来なかったンです。」 「別に宴会場なんてどうでもいいじゃん。どうせ社長が言ったンでしょう?!」 「いえ,これは大事なことです。」 と,きっぱり言ってやった。 「えエエエ~~~。」と言い,さっき着たばかりであろう浴衣がはだけ,面倒くさそうに直しながら,彼らは部屋へと向かった。着慣れない浴衣姿は見慣れているが,今日は初めて浴衣の方が哀れに見えた。どんなに期待を外れても,この人たちはこれ以上のことは言えないのだ。旅行費を全額出してもらっている社長の前では,こんな事絶対言えるはずもなく,私の前だけでそっと愚痴るしかないのだ。私は廊下の窓から少しだけ見える,向かいのゴージャスなホテルを恨めしそうに眺めていた。なにも,ここから見えなくてもいいのに・・・と。時計を見ると,17時ちょうど,宴会まで1時間以上ある。自分の部屋で少し休む事にしよう。その部屋は申し訳程度のユニットバスと,狭い部屋に無理矢理押し込まれたシングルベッドが1つ置いてあった。典型的な添乗員の部屋だった。私はいつの間にか,1人で寝ることも,陽の当たらない湿気の多い狭い部屋にも慣れて行ったのだった。ここ沖縄でも,間違いなく景色が悪いであろう窓の外を見ることもなく,私はベッドに横になり,目を閉じてひとときの休息を取った。 つづく
2009/12/17
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それから全部の部屋を回るのに,それほど時間はかからなかった。私は意識して余計ない話をせず,伝えるべき事を話し,さっさと済ませたのだ。何故なら・・・,“どうしてこのホテルにしたのか?”と,きっと誰かは聞いてくる,と思っていたからだ。運良く,大風呂に行っている人が多くあまり人に会わずに済んだ。私はいつになくホットして,一刻も早く自分の部屋に向かおうと,エレベーターのボタンを押した。さて,私の部屋はどこだったかな?とバックの中の鍵を探していると,エレベーターの扉が開いた。 「あらっ,空子さん お ま た せ !」うわぁぁぁ・・・,ここで会ったか?!数人の社員たちがお風呂から戻って来たのだ。絶対あなたたちを待っていなかった私の心を見破ったかのように,そして,びっくりして動けない私をもて遊ぶかのように,私を名前で呼んだことのない社員が話しかけて来た。私は平静を装い,こう言うしかなかった。 「お疲れ様でした,お風呂はどうでした?」 「う~~~~ん,ふつう。 いたって普通。」 「あぁ,そうでしたか・・・。あハハ・・・。」他の社員たちは,笑い転げている。どさくさに紛れて私も笑いながら,閉まってしまったエレベーターの扉を開けるべく,もう一度ボタンを押した。すると, 「あの・・。ちょっといいですか?」やっぱり来た,もう逃げられない。私は潔く胸を張って振り向いた。 「はい,何でしょう?」 「どうしてこのホテルになったんですか?」 まだまだつづく [この物語は事実に基づいたフィクションです。]
2009/12/16
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仲居さんに連れられて,エレベーターに乗り込む人たちを見送った後,私はホテルの担当者と打ち合わせした。人数の再確認から本日の宴会の開始時間・場所,宴会の席の並べ方,最初に用意する飲み物,2次会の手配,明日の朝食時間・場所・・・等々明後日の出発時間まで詳細に確認するのだ。今回同じホテルに2泊するため,3日間の打ち合わせをした。そのため,少々時間がかかり,私が各部屋を回った時はチェックインから40分以上が経っていた。まずは,社長夫妻の部屋に行った。部屋のドアは半開きのままでガキがかかっていなかったが,中をのぞけない位置で立ち,ノックをした。コンッコンッ。 「お疲れ様でした,桜来です!」 「はぁーい,空子さんちょっと待って!」と,奥さんの声が返って来たので,私は半分くらい開けてしまったドアを,慌てて戻した。 「ごめんね,今社長が裸だから・・・ハハハハア。」 「あっ,それは失礼しました。」と,謝ってから宴会場の場所と時間を再度伝え,次の部屋へ向かった。さっき,半分開けてしまったとき,裸の社長がうつぶせに寝ていて,その上に,1人の社員が馬乗りになっているのが見えた。チラッと覗いた風景にしては,少し奇妙だが,私は気にも留めなかった。 つづく
2009/12/15
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今回の旅行が沖縄に決まってから,10回以上社長夫婦と打ち合わせをしてきたが,ホテル選択にはとても苦労した。社長から出された条件は,部屋は和室,洋室どちらでもいいが,畳の宴会場があること,そしてホテル内は浴衣で歩けること・・・の2つだった。沖縄には,リゾートホテルが沢山あるのは誰もが知っているだろう。でも,畳の宴会場はあっても,ホテル内を浴衣で歩けるところがなかったのだ。毎年社員旅行で同行していた私は,高級志向の社長夫婦も,いつも上級クラスのホテルに泊まっていた,いや,泊めてもらっていた社員も見て来ているため,今回のこのホテルでは満足出来ないことを知っていた。でも,この地区でこの2つの条件を満たすのは,このホテルだけだった。だから,古めかしい和風だか洋風だかわからない中途半端なこのホテルは,私的にはあまりおすすめ出来なかったのだ。何度か社長の説得を試みたが,これだけは絶対譲れない・・・と,押し切られてしまった。さて,社員たちはいつ私に質問してくるだろう・・・“どうしてこのホテルなのか?”と。私は何と切り抜けようか?と考えながら,社長夫婦の前では無口になるしかない社員たちに,部屋の鍵を渡した。
2009/12/14
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2009/12/11
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今回はこんな小道具まで用意していたとは・・・。 「あぁ,これは悪ふざけですから・・・。」と,写真さんに告げ,私はバスに乗り込んだ。そしてすぐに, 「違う会社になっちゃうから,これ外しますね!」と,一応断りを入れて,元にも戻した。“建設会社じゃないんだから・・・。“熊谷組”はないでしょう・・・。“と,ブツブツ言っている私に,社長が気付いて, 「ごめんなさい!ウチの若い者(ワカイモン)が余計なことして・・・。」 「いぇいぇ,ナンノこれしき!」と,笑顔で返した。私たちはその後,万座毛(マンザモウ),琉球村(リュウキュウムラ)と見て周り,中部地区にあるビーチリゾートのホテルに到着した。ホテルに着いてからの社員たちの反応が鈍い。それはバスをこのホテルの玄関前に付けたときから感じていた。社員全員のテンションが下がっているのが,あからさまに見て取れるのだ。私がチェックインをしている間,ロビーで待機している社員たちは,みんな言いたいことを飲み込んでしまったのだろう,無口になっている。それもそうだ,ここまでの道のりは,日本の海とは思えない白い砂浜と青い海に歓声があがり,ビーチリゾートらしい白亜の豪華そうなホテルをいくつも通り過ぎて来たのだから。 つづく
2009/12/11
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2009/12/10
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私の言葉が足りなかったのであろう。かなり勘違いしている。“あれは社長の趣味で,あちらの世界にあこがれているだけだ”と,説明しようと,「だからね・・・実はあの社長は・・・」と言いかけた時,いきなり社長の奥さんが現れた。 「おいしそうですね。」もちろんいきなりではないのだろう。どこからか近づいてきた事に私たち2人は,まったく気付かなかっただけなのだ。続いて・・・ 「お疲れ様です!」なんと社長も現れた。これにはガイドも相当驚いたのであろう,せっかちそうに自分の顔を扇子で扇いでいる。それを見た奥さんがガイドに話しかけた。 「暑いわね~~~。でも夏はこんなもんじゃないんでしょう?」と,奥さん。 「はい,冷や汗が出るくらい暑いです。」と,ガイドは訳のわからない事を言って“お先に失礼します”と席を立って行ってしまった。奥さんはまだハテナ顔で,何か言いたげに私を見た。私は手に持っていたファイルの行程表に目を落とし,メモを取る振りをして目をそらした。奥さんは仕方なく,先にソフトクリームを買いに行った社長の方へ歩き出した。 出発5分前あの写真屋さんが,見本が出来たから見てほしい・・・と,先に駐車場に戻っていた私のところへやって来た。写真を見せながら,何故かヒソヒソと話し始めた。 「添乗員さん,団体名は訂正した方がいいですかねェ?」 「えっ,どうして?これで間違いないですよ!」 「いやぁ,こっちじゃなくていいですか?」と,バスの正面に付いている看板を指さした。 “熊谷組 ご一行様” 「はぁぁ・・・」 つづく
2009/12/10
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記念撮影の後,最終集合の時間と場所を決めて解散し,私はガイドと帰り道の方へと進んだ。途中休憩所になっている,大きなガラス張りのカフェレストランの前まで来るとガイドが, 「添乗員さん,ここのソフトクリームおいしいんですよ。 是非食べて下さい。 私ごちそうします!」 と,いいながらさっさと店に入って行った。 「いや,別にごちそうしなくていいよ~~~。」と,追いかけるように私も店に入った。どちらが支払うか?で少しレジでもめたが,結局ガイドにごちそうになることになった。私たちは,店の端っこのあまり見晴らしの良くない場所に座った。お客様(一般観光客)のために,いい場所は空けておく・・・これも私たち業界の暗黙のルールーだ。ガイドは,窓の外の真夏のような日差しを恨めしそうに見ている私に気づき,自分の持っていた扇子で私の顔を扇いでくれた。 「ありがとう・・・ふう・・・!」ガイドは余裕綽々って感じで,涼しげな顔をしている。 「添乗員さん,ウチのお客さんの会社って何の会社ですか?」アイスを口いっぱいに頬張っていた私は,すぐに返事が出来なかった。 「この会社は,本当にあるんですか?」 「・・・・。」私はとりあえずうなずいていた。 「あの社長さんは普通の人ですか?」堰(セキ)を切ったように,ガイドは私に質問してきた。よほど聞きたかったのであろう,声は遠慮がちだが・・・顔 が 近 い・・・。口の中は落ち着いたが,ガイドの無邪気さに言葉を選んでしまい,私はなかなか話出せなかった。 「あのね,本当にある,自動車関係の会社です・・・。 それから・・・社長は見たままの人です。」 「やっぱり!!」私は吹き出しそうになった。 つづく
2009/12/09
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「えっ・・・オトシマエ・・・」 と,少々大きな声で驚いてしまった私に,“シ~~~!”のポーズで人差し指を口に押し当ててあたりを見回してから,その社員は私の耳元で話し始めた。この時点で私は,後ろにいた見知らぬ中年夫婦が私たちの会話を聞いていることを背中で感じていた。そう,この見知らぬ夫婦は私たちのグループに混じって,ガイドの説明を聞いちゃおうと,最初から後を付いてきているちゃっかり者だった。私たちはこそこそ話しながら,要所要所で後ろの夫婦に聞こえるように話した。打ち合わせをしたわけでもないのに,お互いそれを察していたのだから,私たちもたいした物だ。そう,今度はこの夫婦がターゲットだ。 「よく親分,許しましたね。」 「ええ,姉さん(アネサン)が納めなかったら,奴,今頃東京湾の底ですよ。」 「うわっ,コワッ!」 「今回は組員も全員,ビビッテますよ!」 「どおりで,今日は舎弟(シャテイ)たち,おとなしいと思った!」あの夫婦が,少しずつ私たちから間隔を開け,次第に離れて行くのがわかった。 つづく
2009/12/08
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普通か,普通じゃないかなんてはっきりさせないのも,一つの楽しみ方なのだ。キョトンとしている営業マンを置き去りにして,私たちは歩き出した。いつからか,私はこうして猿芝居の片棒を担ぎ始めてしまったのだ。見ず知らずの人たちの反応を見ているのが,たまらなく楽しい。ガイドの旗の後に続いて,説明を聞きながら一通り歩くのだが,先頭で熱心に聞いているのは社長夫妻だけで,他の社員はここ首里城にはまったく興味を示さない。まぁ,この年代層ではこんなものだ。その集団の一番後ろを歩いている私は,高みの見物のようにみんなを眺めながら歩いた。社長はいつもより大股で,肩で歩いている。演出とはいえ,初日から気合い入ってるなぁ-。でもこの人が“なんちゃって親分”だってこと,そして,周りがこぞって加担していることなど,だれも想像できないだろう・・・などと,考えながら・・・。すると,この季節,この場所には到底馴染まない,ニット帽の社員を見つけた。よく見ると,チラッとのぞく襟足は,青々としていて,五厘だ,とすぐにわかった。私の隣を歩いていた社員に,悪気なく聞いた。 「彼はどうして五厘なんですか?」 「オトシマエです!」 つづく
2009/12/07
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さて私たちは,澄み切った青空に誘われて,少し強めの南国の風に背中を押されながら,何事もなくバスに乗り込んだ。そして,機内に弁当を持ち込んで早めの昼食を済ませていたため,まっすぐ首里城公園(シュリジョウコウエン)へ向かった。空港からの道のりは,海が見えるわけでもないが,何となく見慣れない町並みに,組員いやっ,社員たちは窓の外に集中し,お決まりのガイドの挨拶など,ほとんど聞いていなかった。程なく首里城に着いた。地下にある駐車場を出てくると,夏本番さながらの強い日差しが,容赦なく私たちを襲った。地上に出てくるなり社長のサングラスの金縁に太陽が反して,キラッと光った。そして,ダブルタックの白いズボンが誇らしげにはためいている。なんと言う自然の演出だろう・・・組長いやっ,社長を歓迎している様にも見えた。すると団体写真の営業マンやって来て, 「団体写真どうですか?」と,御用聞きに現れた。撮るつもりだと答えると,団体名や人数などを確認して最後に,余談ですが・・・と小声で聞いて来た。 「こちらの会社はどんな会社ですか?」 「文字通り,自動車関係の会社です。」 「あちらの社長さんは普通の方ですか?」 「はぃ,見ての通りです。」 「・・・・・!!」 つづく
2009/12/04
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定刻より5分遅れで私たちは無事,那覇に着いた。梅雨を迎える前の沖縄は,湿気も少なくさわやかな風が心地良いい。海開きしたばかりの砂浜はまだ観光客もまばらで,波と同様,とても穏やかである。私は沖縄のこの季節が一番おすすめだ。到着ロビーへ出ると,すぐにガイドの姿が確認できた。[ 歓迎 熊谷オートカンパニー ご一行様 ]の看板を持って,年は20台半ば,少し日焼けをしていて大きな黒目のバスガイドは,“沖縄の顔”を全面に押し出しながら,とびきりの笑顔で私たちを待っていた。当然,私が一番に声をかけるつもりだった。が・・・,いつの間に私を追い越していたのか?社長が先に声をかけてしまった。 「熊谷です。お世話になりますよ。」 「わっ,おっ,お疲れ様でした。こちらこそよろしくお願いします。」期待通りの,いえ期待以上のリアクションだった。そりゃそうだろう,社長の風貌は,羽田に増して磨きがかかり,白いスーツは,ジャケットを脱ぎ黒いスケスケのシャツが胸元のゴールドを際立たせ,これにレイバンのサングラスが加わっていたのだ。私は,ガイドが少しずつ社長から引いていくのを見逃さなかった。だが,ここまではプロローグに過ぎず,これから始まる寸劇が,これまでの旅行より遥かに度を超えていることを私もまだ知らない。 つづく
2009/12/03
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私は小さくプッと吹き出した・・・。もちろん社長には聞こえていないのだが,小声で言ったのがリアルだったのか,たまたま私たちの周りにいた人がそれを聞いてしまった。数人振り返ってこっちを見ていたが,少しずつ離れて行った。私たちはその気配に気付き,顔を合わせ声は出さずに爆笑していた。“背中の龍”などあるわけもなく,プライベートでは社長が親分に変身してしまうのをおもしろがって,こうして周りを巻き込んで楽しんでいるのだ。見かけでは親分そのものなのだから,取り巻きの社員たちが子分になりきって小芝居をすれば,見ず知らずの人たちは簡単に騙されてしまう。これが結構楽しいのだ。社長はいつも通り手荷物検査を楽しんだ後,私たちに合流した。 「いやぁ,お待たせしましたねェ。」と,社長。子分のいやっ,社員の一人が社長の持っていた小さめのボストンに手を伸ばしながら言った。 「親分,あちらで姉さん(アネさん)がお待ちです。」 「おっ,ってまだ早いよ~~~。バカたれ!」と,社長はその社員の頭を小さくこづいた。そう,この猿芝居はこれからが本番なのである。 つづく
2009/12/02
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社長は,出し忘れていたポケットのライターと,金のネックレス・ブレスレット・時計とこれまた高そーなベルトを外し,もう一度ゲートをくぐる。なぜか?また当たり前のようにブザーがなる。男性の係員が何度も何度もボデイ―タッチをしながら,何かを探している。 「もう何もないンですけどねエ-。」と,社長は困った様な顔をしているが,けして不機嫌ではない。むしろ楽しんでいるように見える。いつの間にか,2人の幹部社員が戻って来て,私の隣でその様子を一緒に見ていた。 「やっぱり今年も止められたか!!」 「そのようです。」ジャッケットを脱ぐ様に指示されているようだが・・・社長はベルトをはずしているせいで,ズボンから手がはなせない!なんとも滑稽な姿で,少し離れて見ていた私たちは,遠慮なく笑った。と,一人の幹部が叫んだ 「社長!! 面倒だから全部脱いじゃえばいいじゃないですか。」社長は笑顔でこちらを見た。声は聞こえなかったが,社長の口は“まだ早い”と言っている様に見えた。もう一人の幹部が小声で言った。 「ダメダメ,“背中の龍”を見られたらもっとやっかいですよ!」 つづく
2009/12/01
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