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この公園内は,もちろんガイドが案内してくれることになっている。ガイドの後を社長夫婦がつづき,その後を社員たちが整然と並んでいる。修学旅行でもないのにナンカ・・・変!と私は首をかしげながら最後尾を歩いていた。誰もが一度は映画やドラマで見せられたであろう,追い詰められた日本軍兵士が,地雷を抱きながら米軍戦車に向かって走る,あの光景・・・それがここ摩文仁の丘周辺なのだ。摩文仁の丘(沖縄戦最後の激戦地)には,多くの慰霊碑が建てられており,ガイドの案内にも力が入って来た。黎明之塔の前では,早速,司令官・牛島満中佐と軍参謀長・長勇(ちょういさむ)中佐が,最後までこもっていた洞穴の説明が始まった。私はここで初めて誰かのカメラを借り,前に回り込んで,ガイドの背中越しに,説明に聞き入っている社員たちを写した。いつになく,みんな神妙な顔をしていた。ここの説明もほぼ終わりに近づいた頃,別の団体が私たちのすぐ後に続いており,黎明之塔の前が空くのを待っている事に,ガイドが気か付いた。ウチのガイドが気を利かせ,社員たちを誘導し前半分を空けて,次のグループに譲った。すると,社長が動かない・・・。真ん中で目を閉じ手を合わせたまま・・・動かない・・・。もちろんそれを止める者など誰もいない。気の済むまで居ればいい・・・と,誰もがそう思ったのであろう。全員で口を合わせた訳でもないのに,迎えに行く者もなく,次に控えていた団体客は,何とも不思議そうな顔で見ていることも,みんな見ない振りをしていた。しばらくして私たちが待って場所に社長が戻って来た。社員たちは整列して少し頭を下げたまま微動だにせず,社長を迎えた。社長は何も動じる事なく,吸い込まれるようにその列の先頭で待つ奥さんの元へ戻って行った。社長の真摯な態度は評価出来るが,どう見ても“大親分の墓参り”って感じだな,と,私は口走った。 つづく
2010/01/29
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いつもバスの1番前に陣取っている私は,遠慮がちに後ろの席に目をやった。イビキは2,3人のように聞こえたが,眠っているのは・・・みごとに全員だった。そうだ,車中はずーと静かだった。いったい,いつから寝ていたのだろう?おもしろいか・・・?おもしろくないか・・・?と言えばおもしろくない話であったろう。だが,聞いてほしかった。ただ美しい青い空と穏やかな海も,あの痛ましい過去を知ることで灰色に滲んで見えてしまってもいい,戦争を知らない世代はその過去の事実に向かい合う偶然から逃げてはいけないのだ。せめて,その時だけでもいいから・・・と思うのだが,ここは教室ではない。私もガイドも先生のように“ちゃんと聞け!!”と言える訳もなく,それを受け流すしかないのだ。そう言えば,お客さんの方を向いてしゃべっていたガイドが,いつの間にか進行方向へ向きを変え,背中を見せないようにステップを一段下りたところへ移動したときが,きっとみんなが目を閉じた頃なンだろうと,私は察した。バスは平和記念公園の駐車場に入り,ここでの見学時間・出発時刻などの連絡事項をガイドが話しているのだが・・・,みんなまだ目を覚まさない。バスがバックする合図の音で,隣で目を閉じていた社長が静かに目を開けた。ちなみに,今日の社長のイデタチは黒一色。絶対汗を吸い取らなそーなスケスケのシャツからは,乳首がはっきり見えている。どうして誰もそれを止められないのだろう・・・と,私は時々社長を哀れんでしまう事がある。そしてもちろん,胸元と,小指のゴールドは今日も,”私はここよ”と主張していた。ドライバーがサイドブレーキを引く音をきっかけに私は立ち上がった。 「さぁ,みなさん着きましたよ!起きて下さい!」ガイドに,もう一度出発時間を案内してくれ,と頼んで,私は先にバスを降りて鼻をかんだ。 つづく
2010/01/28
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3日目の行程は,平和記念公園・ひめゆりの塔・琉球ガラスを少し急ぎ足で回り,夕刻,那覇空港を出発し帰路に着く予定になっている。私としては,最終日はあまり密度の濃い行程にはしたくなかったが,沖縄を初めて旅する人たちに,この場所を省くわけにはいかない。もちろん私の勝手な意見だが,戦争を知らない世代こそ,ここを見ておかなければならない,と思っている。平和記念公園に向かう道中は,ガイドによりかなり時間をかけて沖縄の悲惨な歴史を語られることになるわけで,ひめゆりの塔に着く頃には,バスの中はシーンと静まりかえり,たまに聞こえるのは鼻をすする音ぐらいで,老若男女誰もが涙を抑えることなど出来なくなってしまうのだ。苦しく悲しい話ではあるが,ガイドの声は今までの口調とはちょっと異なり,悲しさの中にもしっかり伝えようという強い意志が感じられ,ウトウトしていた社員たちの目を覚まさせるくらいの気迫さえ伝わって来た。 日本における初めての地上戦は,米軍の上陸作戦により1945年3月 慶良間(けらま)列島で決行され,続いて読谷(よみたん)から 北谷(ちゃたん)の海岸線に上陸,次々と空港を占領していきました。 日本軍は地下陣地に立てこもり,本土決戦を遅らせるべく 持久作戦をとったが,・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・ 米軍の艦砲射撃・爆撃・火炎放射器などの近代兵器による攻撃により 最終的には,軍民合わせて20万人以上の犠牲者を出すことになってしまいました。 ガイドの案内は30分以上続いた。平和記念公園の入り口が見えてきた。ガイドは一端マイクを置く。静かだ・・・,やっぱり静まりかえっている。が,何か聞こえた。ガイドの声に隠れていたその音とは・・・イビキだった。 つづく
2010/01/26
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3日目,出発の朝。朝食を済ませた私は,一足先にチェックアウトをするためにフロントへ向かった。出発30前だが,迎えのバスはすでに玄関前に付けていた。添乗員は大抵,ここでの支払は追加の宴会費,つまり飲み代を現金で精算するのだ。2晩分の飲み代は,ほぼ予算額以内に収まり,スムーズにチェックアウトを終えた。思えばこの会社の社員旅行の費用は,前々回まで全部会社と社長が負担していたが,やっと社長も“やり過ぎ”だと気付き,去年から“2次会と部屋の冷蔵庫は個人負担とする・・・”と,通知したところ2次会に半数以上の社員が参加しなくなってしまったのだ。おごりだった時は全員参加していたのに,この変わりようは・・・私はあっけにとられてしまった。その年,宴会場を出て二次会の会場へ向かう人と,部屋に帰る人を後ろから眺めていた私は,無意識のうちに, 「なんてこった!」と,口走ってしまった事を忘れない。二次会費は再び会社の負担となり,今年も全部支払を終えた私は,そんな事を思い出しため息をついた。するとそこへ社長の奥さんがやって来た。 「空子さん,お金足りた?」と,いいながら財布を握っている。そしてそれはかなり分厚いものだった。誰に見られているかわからないフロントで,そんな財布を見せてはいけない・・・,と私は 「大丈夫ですよ。予算内です。」と,言いながら,手に持っていたホテルの封筒で奥さんの手元をそっと隠した。仲居さんたち数人とホテルのフロント5,6人のお見送りの中,最後にホテルを出た社長夫妻は, 「お世話になりました。」と,その風貌から想像も出来ない角度で,深々と頭を下げバスに乗り込んだ。私たちのバスは未だ戸惑いを隠せない仲居さんたちを横目に,予定通りホテルを出発した。 つづく
2010/01/25
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2日目の夜も社長の即興とは思えない演出で,社員たちも予想以上に盛り上がり,楽しんでいたようだった。ショーが終わってからは,社長に酒を注ぎに来るよそのお客さんがいるほどだったのだ。しばらくするとコンベンションホールには,ウチのお客さんしかいなくなり,お酒の追加注文をする社長の声がすこし遠慮がちになって来た。するとどこからかあの天然娘の声が聞こえてきた。 「社長のフンドシはどこで売ってるンですか?」その娘の座っていたのは,社長のテーブルではなく誰に話しかけた言葉なのかよくかわらなかったが,とぼけた口調のその声は,以外とはっきり社長の耳に届いたのである。 「エッ,何? ほしいの? じゃ,こあげる! 大丈夫,もう1つ持ってるから!」と,あの赤いフンドシを差し出した。天然娘のゆったりのんびりした口調に相反して,社長の早口な受け答えが相乗効果になり,バカうけしている。そして天然娘はこう続けた。 「エッ?それって社長が履いてたヤツですか?」 「ううン,違う投げたヤツ!エッ,履いてたヤツの方がいい? ・・・じゃぁちょっと待って!!」と,浴衣の紐をほどこうとしている。一同大爆笑だ。にもかかわらず,まだボケが止まらない天然娘は, 「やめて下さい!」と,止めに入り, 「奥さん怒られちゃいます!」と,言い放った。社長もおかしくてたまらないようだ。必死で笑いを堪えて答えた。 「冗談だよ!! しかも喜んでるし!!」と,のけぞって笑っている奥さんを指さしながら言ったのだった。こうして2日目の夜も大爆笑の中,更けて行った。 つづく[この物語は事実に基づいたフィクションです。]
2010/01/22
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同じテーブルの社員たちも,まったく予想していなかった様子で,驚いていたようだ。踊り子はすでにしゃがみ込んで笑っている。社長はその踊り子を抱き込むように浴衣を開けたため,その中がどのようになっていたのかは,回りの者たちもわからなかった。もちろん私たちは,その中身は“赤いフンドシ”にちがいない・・・と想像しながら爆笑していた。こうしてショーは終わった,と思ったら,ナント律儀にアンコールの拍手が沸き上がっているではなか。そして間もなく再び同じ曲が流れ始めた。今度は最初から社長も一緒に踊り出した。仕方なく近くにいた社員たちも社長に付き合い,踊らされていた。アンコールの曲も終盤にさしかかったころ,何か赤いものがひらひらと宙を舞った。・・・社長のフンドシだった。そしてまるでさっきのシーンを再生したかのように,踊り子の前で浴衣が開いた。女子社員からは悲鳴が上がり,ホール全体に響き渡ってしまった。みんなの視線がこちらに向いているのがわかった。でも,踊り子はさっきより動じる様子もなく,さっさと舞台へ戻っていくではないか。社員たちみんなが不思議そうにそれを目で追っていると,社長が今度はくるりと向きを変え,こっちを向いてガバッ。開けて見せた!・・・あった。赤いフンドシが・・・ちゃんとあった。 ホッ!そう,赤いフンドシはもう一枚持って来ていたのだ。社長はみんなを楽しませようと,水族館からの帰りのバスの中でふと思いついたのだと言う。そしてもう一つ小細工されていたのだった。社員はそれを聞いて社長のサービス精神には頭が下がります・・・と感心しきりだった。その小細工とは,社長が付けていたフンドシには,前の部分にマジックで“ぐなぁ”と,書かれていたのだ。沖縄の方言で“小さい”と言う意味だ。 つづく
2010/01/21
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私たちのテーブルは,笑いを堪えるのに大変だ。勝手に順番を付けて遊んでいた当の2人は,肩を震わせながら顔を上げることさえ出来ない。それを見ると回りの者たちは余計におかしくなるのだ。そうとは知らない踊り子は,私たちの笑顔に満足そうに応えながら踊っている・・・。なお,おかしい。私はハンカチで涙を拭いながら前のテーブルに目をやった。そこには社長たちが座っていた。そのテーブルでは,一番前に陣取っていた社長のすぐ横に,やはりそう若くはない踊り子がいたのだった。社長の顔をここららは確認できないが,機嫌良さそうに手拍子を打ち,体を揺すってリズムをとっていた。特別おかしな光景ではないのに,なぜか私は,“何かヘンだなぁー”と感じていたことは誰も知るよしもない。これから始まる社長の1人舞台など,社員はもちろん,隣に座っていた奥さんさえ知らなかったのだから。どうらや最後の曲らしい。沖縄民謡の中でもみんなが聞き覚えのある曲が聞こえて来た。ウチのグループにはいなかったが,少しお酒もまわって来た頃で,ホールのあちこちで,一緒に踊り出す宿泊客が増えてきた。そして最後の曲が終わった瞬間,今まで珍しくおとなしく座っていた社長が,いきなり立ち上がり,目の前の踊り子の直前で浴衣を観音開きに開けて見せた。そして何もなかったようにすぐに,席に戻っていた。 つづく
2010/01/20
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2日目の夕食が始まった。今夜は沖縄民族舞踊を鑑賞しながらの食事だ。貸し切りではなく,宿泊客が一堂に会して,コンベンションホールにて夕食を取るのだ。貸し切りではない・・・。と,言う事で私は安心して一緒に食事をしていた。食事が始まってから30分程経ったころ,そう若くはない女性たち20人位のショーが幕を開けた。初めのうちは,聞き慣れない楽器の音や,派手な民族衣装に気を取られ社員たちはオトナシイものだった。たまたま私が座ったテーブルは,比較的若い社員たちの席だった。若い社員たちは,あまり興味がわくわけでもなく,仕方なく時間をやり過ごしていたが,遠慮がちながらも,だんだんおしゃべりが聞こえ始めている。社員の1人が,舞台から目を離さないで一人言のようにつぶやいた。 「なんだかみんな同じ顔に見えるね・・・。」 「・・・・・・・・。」誰も,返事をしないようだった。 「そうか・・・みんな同じ顔なんだ!」と,続けてつぶやいた。 「ンなわけねェーだろ!」 同一テーブル,我慢しながら大爆笑。 「みんな姉妹か?ツーの! 誰なンだ,長女は?」ボケはいつでも天然だが,中々いいツッコミで笑わせてくれるものだ。 ボケはまだ続いていた・・・。 「たぶん右から2番目の人が長女ですヨ!ちょっとしわが目立ち過ぎっス! で,次女が左から4番目だと思うな。で,次が右端っスね・・・。」 「イヤッ,3番目は2番目の隣だろ!」 「エッ・・・・・,3番が2番目って・・・わかんないっス!!」私たちのテーブルは,この2人のおかげで大いに盛り上がっていた。すると,踊り子たちは客席に降りていたではないか。ホール全体に等間隔で立ち,お客さんのすぐそばで踊り始めたのだ。ナント私たちのテーブルには,長女が・・・!! つづく
2010/01/19
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それは見覚えのあるレイバンのサングラスだった。 「これは・・・,たぶん社長のものだと思います。」と,言いながら私は玄関の扉のまえで,せっかちそうに待っていた若い男の方へ歩いて行った。 「わざわざありがとうございます。これはたぶん社長のものだと思い ます。確認しますので少しお待ち頂けますか?」と,私が部屋に電話をかけようと,フロントに向かって歩き出そうとするとその男が迷惑そうに言った。 「間違いないから・・・。雪駄を履いてたのは社長でしょ? その人のもので間違いないから!!」と言うやいなや,さっさと帰ってしまった。私は本人から直接お礼を言ってもらった方がいいだろうと,追いかけようとしたが,午前中に遠目から眺めていたあの時の青年たちの印象とはかけ離れていて,乱暴な印象に足が止まってしまった。私がボーっとしていると,待っていた担当者に声をかけられた。 「アイツらにぼったくられなかったですか?」 「はぁ?」 「アイツら地元のチンピラですよ!! それにしてもアイツらが 落とし物をけるなんて珍しい事もあるもンですねー?!」 「そうなんですかぁー?」私は1人で納得していた。きっとウチの社長のことをただ者ではない・・・と思ったのであろう。アイツらにとって,始めは午前中からいいカモが現れたと思っていたろうに,よく見ればどこかの親分が大勢子分を引き連れて来たよう・・・これでは,ヤツラにとってのまともな商売は出来なかったのだろう。もし大きい組の親分だったら・・・大変だ!!と,わざわざ届けに来たに違いない!ホテルの従業員もたぶんあの社長の本当の姿を知らない。もしかしたら,ここまで顔が知れている?“もしかしたら大きい組の親分なのかも・・・”と思っているかもしれない。 つづく
2010/01/18
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パラセイリング,ジェットスキー,バナナボート,シュノーケルなど社員たちは思い思いにマリンスポーツを楽しんだ後,集合時間に遅れること20分,真夏のような日差しにひるむことなくマリンスポーツを満喫した若者たちは,体全体を高揚させたまま,バスに乗り込んだ。再びバスに揺られること1時間,みんなの希望で急遽コースに加わった,海洋博公園に到着した。美ら海水族館はこの公園内にあり,この中には“おきなわ郷土村“ ”海洋文化館“ ”マナテイー館“など数々の施設があり,公園北側には”エメラルドビーチ“と言うコーラル(瑚礁)ビーチがあって,夏休みには大変賑わう,人気のスポットである。ここでまた数時間フリータイムとした。私もここは初めてだったので見ておこうと思い,乗務員休憩室へ向かうドライバー・ガイドと分かれて歩き出したが,あまりの暑さに室内の施設ばかり見て廻っていた。私は沖縄の初夏を甘く見てはいけない・・・と,ひどく反省した。社員たちも想定外に沖縄の夏を満喫しているようだった。私たちは,予定より1時間遅れでホテルに戻った。今夜は沖縄民族舞踊を鑑賞しながら夕食をとることになっていた。夕食の集合時間までは30分足らず,社員たちは急ぎ足で部屋に戻って行った。私はそのままロビーのソファーに腰をおろし,夕食時の席の確認をしようと,担当者を待っていた。今日は待機時間が長かったせいか・・・疲れたなぁと感じてはいたが,私は自然に目を閉じていたらしい。その時ホテルの玄関には,全部スモークガラスに覆われたアメ車が無造作に駐まっていることに私は気がついていなかった。 つづく
2010/01/15
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3人の青年たちはようやく子分たちに話しかけたようだった。私が勝手に想像するに・・・, “あの-・・・,そのパラソルのセットは無料ではなくて・・・。” “あっそうなんだ!いくら?” 子分が答える。 “バカヤロー,お前ら勝手に持って来たのか?まず謝れ” と親分。 “すいませんでした。いくらですか?”ってな具合だろう。すかさず親分が出てきて申し訳なさそうに頭を下げている。が,その3人は何度も親分より頭を下げ,おでこに砂がくっつきそうだ。ただの社長とも知らずに・・・。今回は悪戯心がなかったにしても,彼らがあんなに怖がっているのを見ていると,親分の趣味も罪深いような気もして来た。3人の青年は手早くパラソルとチェアーをセットして,とっとと帰って行った。しばらくの間姉(あね)さん(社長夫人)はパラソルの下で親分と子分,いやっ社員たちのバカ騒ぎっぷりを眺めていたが,おもむろに動き出してさっきの青年たちのお店へ向かって歩き始めた。誰も後を追う物はいない。程なく戻っ来たが,姉さんの後を沢山の袋を下げてついて来る男がいる。そう,3人の青年の中の1人だった。どうやら大量に飲み物やら,お菓子やら買い込んで来たらしい。きっと子分たちの罪ほろぼしに,買って来たのだろう。若いのに社長の奥さんはホント気が利くなぁ・・・,と感心して見ていると,ナント,荷物を運んできたその青年にチップを渡している。はじめは“いらない・・・”と断っていたようだが,奥さんの勢いに負けて受け取っているようだった。そこまで気が利くと,ますますカタギには見られなくなるのを,知ってか知らずか・・・,奥様はそっと汗を拭った。 つづく
2010/01/14
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その少年にも近い青年は,子分たちにつかず離れず後をついて行っている。なぜか,その様子が妙だ。子分たちはそのパラソルとチェアーを親分のところまで運んで行くと,平らなところを見つけて,さっさとセッテイングを始めている。後をついてきた青年は,何かに気付き後退りしながら,どこかへ戻って行った。そうだ,親分の姿を確認したからだ。子分たちのセッテイングは思いの外,手間取っていた。パラソルがなかなか固定しない・・・。親分が,“お前らもう少し頭を使え-!”とでも言っているようだ。一緒に見ていたドライバーがつぶやいた。 「ちゃんとお金を払っていたら,セットしてくれるはずなンだけどねェー。」私はいつまでも苦労している子分たちをこのまま見ているだけでは申し訳ないような気がし始めたていた。そんなとき,私の視界の右端からカットインして来た2人の青年がいた。さっきの青年ともう1人。私の視界に入って3,4歩 歩いただろうか・・・,また2人で引き返してしまった。しばらくすると,青年たちが今度は3人でやって来た。やっぱり近づいて何かを確認するとまた帰って行く・・・。 「そうか!怖いんだ,親分が怖いんだ!」 バスの中には私たち3人の笑い声が響き渡っていた。未だまとまらないパラソルにも,3人の青年たちにも笑いが止まらない。するとまた3人がやって来た。一番年上そうに見える男の人を盾にするように,2人の青年が後ろに隠れながら前の人を押し出しているように見える・・・。やっと子分たちは3人に気がついた。私は思わず“遅いよ”とツッコンでいた。 つづく
2010/01/13
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このビーチには乗務員休憩室はないので,近くのレストランで待機しましょう・・・って事になっていたが,まだ開いていないので私たちは,しばらくの間バスの中で待つことにした。ドライバーは,運転席の真後ろにある席に移動し靴を脱いで脚を伸ばし,寛いでいた。そしてガイドはお茶を入れてくれている。 「添乗員さんものんびりしてくださいねェ-。」と,土地柄か?沖縄なまりの穏やかなドライバーの声が私をリラックスさせてくれた。私も靴を脱いで,リクライニングシートを思いきり倒した。お茶を入れ終わったガイドも私の後ろに座り靴を脱いだ・・・様子だった。私がガイドの入れてくれたお茶を飲もうと,体を起こし何気なくビーチに目をやると,子分たちが白いビーチパラソルと,セットのチェアーを運んでいるところだった。ん 「あれ・・・?どこから持って来たのかなぁ?」と,私は1人言のようにつぶやくと,ドライバーが答えてくれた。 「あれはどこかで貸してくれるはずですヨ。」 「無料で?」 「はぃ,いやお金取られると思います。ホテルの宿泊者だけは 無料とか,聞いたことがありますが・・・。」 「ふぅーん・・・。」この会話の間,私は目を離さず彼らを見ていた。と言うより,目を離せなかった。何故なら,彼らの後ろか一見して現地の人とわかる,ランニングにショートパンツ,はき慣れたビーチサンダルの青年が,子分たちと少し間をおいてついて来ていたのだ。何かを言いたげに・・・。 「まさか黙って持って来た?!」 「・・・???・・・。」 つづく
2010/01/12
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社長のニヤついた顔に気を取られていたが,彼女のボケはまだ続いていた。 「じゃぁ,ガイドさんは来たことあります??」ガイドは“鳩(はと)豆(まめ)”(鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔)で,固まってしまった。もちろん後ろの方からのツッコミが,半端じゃない。 「まだ・・・かよ!」 「どう見ても添乗員さんより若いから!!」 「沖縄生まれだし・・・!」「おぃおぃおぃ・・・誰か止めろ!」私は笑いすぎて声が出なくなり,しまいに涙が出てきた。社長はと言えば,まだニヤついている。どうやら社長はこの娘が気に入っているらしい。そうこうている間に,バスは万座ビーチに到着した。当初は1日自由行動だったが,“午後から美ら海水族館に行きたい人は,2時間後に,バスに戻ること“・・・とし,私たち3人(添乗員・ガイド・ドライバー)は,海に向かって散らばって行く親分と組員たちをバスの中から眺めていた。親分は今日も健在だ。あくまでも社長の趣味がこんなンだから,社員たちの悪ふざけが始まり,社長が親分に仕立てられ,だんだんエスカレートしていったのだ。鯉口シャツも雪駄も社長の普段着で,この沖縄のビーチに合わせてセレクトしているのだから・・・笑える。大股で歩く社長の後ろを,大きな帽子を押さえながら小走りで追いかけるけなげな奥様も,どこか滑稽だ。 つづく
2010/01/08
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2010/01/07
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バスの中の社員たちは,眩しさに目を細めながらも,窓の外の見慣れない穏やかすぎる海岸線に釘付けになっていた。女子社員の1人がつぶやいた。 「何だか日本じゃないみたい・・・。」みんな海に見とれているせいか?相づちさえ聞こえてこない。見かねて私が返事をした。 「そうです!日本じゃなかったンですよ。30年前までは・・」 「あっ,そうか・・・。」 「千九百七十・・・,何年だったかな?」と,私はガイドに振った。 「1972年5月15日,沖縄はアメリカから日本へ返還されました。」ガイドがマイクで答えたせいで,みんなの視線が一斉に前に集まった。すると,今年入ったばかりの女子社員が私に聞いて来た。 「添乗員さんは,その頃来たことがありますか?」 「エッ・・・?!・・・・あの・・・。」私が言葉に詰まるより早く,みんなが吹き出した。 「お前,添乗員さんをいくつだと思ってるンだ!」 「30年前って言ってンだろ!」 「それは失礼だろ!!」バスの中では,あちこちからツッコンで来る声に私の声はかき消された。その娘は,“スイマセン”と言いながらも“キョトン”としているため,隣に座っていた,先輩の社員が説明している。 「だから・・・,添乗員さんは今30歳位だから30年前は添乗員さん やってないから・・・。」 「あぁぁ,・・・そうか。」そうなのだ。この社員は相当な“天然”だったのだ。私も一緒になって笑ってしまったが,車内はまだまだ笑い声やツッコミでざわついていた時,私は社長の声を確かに聞いた。 「カワイイね・・・。」 つづく
2010/01/07
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2日目,万座ビーチで自由行動。ホテルのプライベートビーチもあったのだが,小さすぎて物足りなく,近くの万座ビーチへバスで送り,”帰りは自由”って事になっている。出発時間の10時30分,社員たちは色とりどりのビーチウエアで続々と現れた。女性たちも,ショートパンツとTシャツにビーサン,といったところだ。その中でひときわ目立っていたのは,やはり,社長だった。社長の格好と言えば,ここ沖縄にはふさわしくない,場違いのそのものだった。白無地の”鯉口シャツ”に,同色のパーフパンツ,首にひものようなもので掛けられているのは,”お釈迦様のペンダント”,足下と言えばビーサンではなく”雪駄”なのである。もちろんサングラスは欠かせない。今日のパンチも揺るぎなくクルクルだ。よくぞそこまで極めてくれた・・・,と,私は感動すらおぼえたのだった。さて,忘れていたわけではないが,ここで今日の奥様の出で立ちを紹介しよう。白地に黄色い花柄のフレアーたっぷりの袖無しワンピース。奥様の左手には,白いシフォンのストールとフリフリレースの日傘があった。顔の半分が隠れそうなサングラスは,中に潜んでいるつぶらな瞳を隠すには,少し大きすぎるかもしれない。そんな社長夫妻に,気を取られる社員などいない。きっと上から下まで嘗めるように見つめていたのは,私の他にドライバーとガイドくらいだろう。気を取り直して,ドライバーは目的地へとバスを走らせた。 つづく [この物語は,事実に基づくフィクションです。]
2010/01/06
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笑いすぎて疲れてしまった仲居さんもようやく動き出して,こう言った。 「楽しい社長さんですね・・・。何の会社なんですか?」 「今かよ・・・・。」と,私の心の声が叫んでいる間に,隣にいた社員の1人が代わりに答えてくれた。 「いたって普通の会社です。普通じゃないのは“社長”だけです!」納得したのかしないのか,仲居さんは満足気に笑いながら,やっと本来の仕事に戻って行った。社員たちのカラオケは,止まることを知らず,二次会の予約時間まで続いた。仕方なく私は,途切れない社員たちの歌に割って入り,宴会を締めた。そして,みんなをホテル内の二次会の会場(カラオケパブ)まで案内して,一足先に部屋に戻った。翌朝,若い社員たちに聞いたのだが,社長は二次会でも脱いだらしい・・・。浴衣の上半身を脱ぎ,桜吹雪の肌着を見せた後,その肌着を脱ぎもう一つの“絵”を披露したのだと,言う。その絵は“ピカチュー”だったらしく,社員たちよりもお店の従業員たちに大うけだったらしい。そう,ホテルに着いてすぐ社長の部屋に行ったとき,誰かがうつぶせに寝ている社長に馬乗りになって何かしていたのは・・・,”ピカチュー”を描いていたいたのだった。あの時間から二次会の準備をしていたとは,感心してしまう。日頃,社員たちを厳しく指導し,誰よりも早く工場へ来て掃除を始める社長の姿など誰が想像できるだろう。そしてこの話をしてくれた社員は,最後にこう付け加えた。 「一番楽しんでいたのは,社長だった。」と。 つづく
2010/01/05
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でもショータイムはこれで終わりではなかった。ナント社長はその剥がしたガムテープを・・・投げたのだ!もちろん浴衣は羽織ったままで, 一 枚 一 枚剥がしては投げ,剥がしては投げ・・・。引き始めていた女性陣からは,とうとうブーイングが聞こえてきた。それを見ている男性陣は,相変わらず楽しそうだ。私のそばでひっくり返っていた仲居さんは・・・と言えば, 「あら,まぁぁ・・・」と言いながらまた,ひっくり返ってしまった。社長は,全部剥がし終わると正面を向き,深々とお辞儀をしながら,また,ストンッと浴衣を足下へ落とした。同時に照明が落ちて,ここで終了。男性陣から大きな拍手の波は,完全に引いていた女性たちを巻き込み溺れそうになっていた仲居さんたちを救い上げ,大きな讃美の渦巻きとなって,宴会場を飲み込んでいったのだった。照明が戻り,再び舞台の方へ目をやると,舞台袖で社長が浴衣の帯を締めているところだった。なぜか,みんながホットして,元に戻って行くように感じた。 つづく
2010/01/04
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