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「そっそうか・・・,ゥン。」カマキリは体を後ろに残したまま,カバンと私の目を年度も往復しながらやっと返事している。私の手はまだカマキリ達の前に突き出したままなのである。 「このカバンは下のトランクに入れておきますね。」 「おォっ・・・,そっそうだな・・・。」 「お帰りの際はお忘れなく・・・。」と,言うより早く私はカマキリ達の返事を待たずに,カバンを持ってそこを離れたが,カマキリ達がどっちがカバンを持つかもめている様子を背中で感じていたのだった。そりゃそうだ・・・。これまで高齢の○×さんのカバンを,いつも誰かが持ってあげていたのだから・・・。これから,そのカバンを誰がもつのかそれは大問題だろう・・・,と人ごとのように心配している私に,またカマが振り下ろされたのだった。 「おっッ・・・,桜来さんよ-。空港へ着いたらアンタが 本人にカバンを渡してくれよ・・・。」 「・・・。」 「ンンン・・・,俺たちじゃあ“自分で持て”って 渡せないだろ?!・・・,ナッ!!」 「・・・。」 「・・・頼むよ-。」 「・・・わかりました。」カマキリ達はどうしようもなくなって人に頼み込んでいるような態度ではけしてなかった。私が即答をせずに黙っていたのはそのせいだ。そう言えば,無愛想な私の態度にも不満そうな様子を見せる事はなかったが,何か言いたそうな私に”いつでも相手になるよ”的な懲りないカマキリ達の構えは,私を益々不機嫌にさせた。空港までバスの中は何もなかった様に爽やかな風が吹き抜けとても静かに時が過ぎていた。それに反して,カマキリ達は自分たちが何もしないであのアクシデントをくぐり抜けた事が,余程嬉しかったのであろうくだらない話に引き笑いをしながら喜んでいる。私は全身包み隠さず・・・,とにかくムカついていた。このままでは終われない・・・,なぜか私はそう思い始めた。 つづく
2010/11/26
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カマキリ達は,恐る恐る・・と,言った感じで,中の様子を伺いながら入って来たが,雑巾片手の私の姿を発見すると,クルリと向きを変えバスを降りてしまった。何を恐れているのか,小心者のカマキリ達よ。私はバスの最前列に戻ったがやっぱり気になって,もう一度車内をクンクンしながら歩いて回った。やはり鼻がバカになっているのか?イヤな臭いは感じない。これでホントに何もなかった様にごまかせるだろうか?やれることは全部やった・・・。これ以上何が出来ると言うのか?そうだ・・・,カバン。私は○×さんのカバンを持ち,胸を張ってバスを降りるのだった。 「おゥッ・・・,キレイにしたか? 臭くねエ―か?」早速カマキリ達の洗礼を浴びる。 「・・・・。」私は,しっかりカマキリ達の目を見据えて,うなずいていた。 「窓,ぜ~~んぶ開けてあるか?」 「・・・・。無礼者めが!」私は下を向き小さな声だが,ハッキリと声に出した。もちろんカマキリ達に届いてはいないが,この時ばかりは,さすがの私も笑顔を無くしてしまったと思う。我慢の限界だった。 「もうバスに乗っても大丈夫か?」 「・・・。」(視線を外して再びうなずく)背の高いカマキリ達は私を睨みつけて,問い質す。どうしてこうなるのか? 到底私には理解しがたい。ヤツらはホントに人間なのだろうか・・・,とさえ思ってしまう。 「汚れた服はビニールに入れたか?」 「・・・ハイ。」(入れてくれましたか?ではないのか!) 「ギュゥーと,ギュゥーとしたか?」 「ハイ・・・。」(してくれましたか?と言え!) 「・・・そうか,ご苦労・・・ハハハッ!」カマキリ達は引きつった笑顔で,向かい合い胸をなで下ろしているのがわかった。 「ギュゥーっとして,このカバンに入れました。」と,私は後ろ手に持って隠していた○×さんのあのカバンをカマキリ達の目の前に指し出した。 「ウヮッ!」カマキリ達は,揃って後退りをした。 つづく
2010/11/18
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あの時いったい私は何に怒っていたのだろう・・・。誰を恨んでいたのだろう・・・。何もしないカマキリ達か?それとも本人に対してか?いや,違う。誰にぶつければ良いのかわからないから,イライラしていたように思う。後から考えてみても,これは添乗員の仕事だろうか,旅行形態は「主催」でなく「手配」であって,そこまでの責任が私にあるのだろうか・・・,でも私でなければこの始末はいったい誰がやるべきだったのか・・・,いやっやっぱり私だろう・・・私しかいなかった・・・,と諦めるしかなかった。でも,本来行く予定だった先輩添乗員には,会社へ着くより早くその時の思いをストレートにぶつけた。“いつもの事”なのになぜ引き継がなかったのかと詰め寄り,頭を下げっぱなしの先輩に掴みかかり,社長が止めに入るような事になってしまったのは,今でも後悔していない。バスへの戻り道,さっきまでのじめじめした風がウソのように,爽やかな空気が私の前を横切った。少し気が晴れた・・・気がする。さて,キレイにはしたものの車内の臭いが気になっていた。今まで強烈な臭いの中にいた私は,今の車内は何も臭わないのだが・・・。外から入って来る者は,何かを察してしまうかも知れない・・・と。今なら,「ファブリーズない?」と,ガイドに聞いただろうが,当時はそんな物はなく,車内の臭い消しに何を使おうかと,頭を悩ました。と言っても,せっかちで機転のきく空子さんは,3分とかからずあるものを手にしていた。それは,バスの掃除用具の中に入っていたガラスクリーナーだった。私はそのガラスクリーナーで,両サイドのガラスを互い違いに3枚づつ拭いた。汚れを拭き取っていたわけでなないから,その作業はアッという間に終わり,私はバスの最後尾から正面に見える時計を見た。出発予定時間の2分前だ。“よしっ,これで完璧だ!!」と,狭いバスの通路をゆっくりと,優雅に歩いて,おどけてみた。そして中央辺りまで来たところで,カマキリ達が入って来た。 つづく
2010/11/11
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その人が真っ直ぐバスの方へ歩いて行くことに気付き,私は慌てて追い越して行った。 「お疲れ様です。」私はガイドの声に反応している暇はなかった。 「さっきの新聞紙は?!」私がバスのステップに着く前に声かけたため,ガイドの差し出した新聞紙を受け取り,○×さんの座席へ着くまで,まるでバトンリレーの模範のように流れて行った。私はせっかちにまたガイドに言った。 「・・・窓,全部開けて!!」ガイドは,私の後を追うようにバスの奥へ進み,窓を開ける。私と言えば・・・,さっき捨てずにとって置いた新聞紙をいささか殺気立って○×さんの席に広げている。良かった捨てなくて・・・。 「お疲れ様でした・・・。」ガイドの変わらない声かけで,○×さんがバスに乗った事を確認した。○×さんは何も言わず,私が敷き詰めた新聞紙の覆い被さった自分の座席に迷わず座った。そしてようやく着替えが始まった。今私がしている事は,まるで老人介護のようなもので,初めは遠慮した方がいいのかもと思っていたのだが,狭い車内での着替えは思いの外面倒で,時々足下をふらつかせているその老人に,私は手を貸さずにはいられなかった。一段落して,私は雑巾を持ってバスを降りた。ガイドとドライバーの真横を通ったが,彼らに声をかけられることはなかった。きっと何と声をかけたらいいかわからなかったのだろう。ふと気付いて,私は振り返った。 「美波ちゃん(ガイド),幹事さんの顔わかる?」 「あッ,ハイ!」 「そろそろ売店に来る頃だから,“車内清掃をしているので出発時間ギリギリまでバスに戻らないで下さい“って伝えてくれる?」 「ハイ,わかりました。」トイレの洗面所で汚れた雑巾を私は,何度も洗っては絞っり洗っては絞り・・・。真新しかった固形石けんは薄っぺらになってしまった。どのくらい洗っていただろう・・・。私は,自分の着ている服もここで全部洗濯したくなって,胸元をジッと見つめた。泣きたくなった。せめて昨日の服に全部取り替えたい。ん゛~~~~,だんだん何かがこみ上げて来た。どうして必死になって雑巾を洗っているのだろう・・・! 「ん゛~~!!」こんなものもう使えないのに・・・!と,雑巾を投げ誰が使うんだこの石けん・・・!と,石けんを投げつけた。すぐ側のゴミが箱に向けて私は思いきり投げつけた。思いきり声を出した訳ではなかったが,思いをぶつけたせいか,私はようやく我に返った。 つづく
2010/11/01
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運転手のその青年は,気を利かせたのか?バスに横着けするのではなく,10m位手前で車を止めた。きっと真っ直ぐバスには乗れないだろうと,察したに違いない。私たちは速やかに車を降りた。慌てた様子など見受けられなかったが,○×さんは降りるより早く近くのトイレに向かって歩いて行った。本当は駆け込んで行きたいのだろうに,その老体は走る事を拒んでいるように見えた。私はシートに敷いてあった新聞紙を素早く剥がして車外に出し,運転手の青年に深く深く頭を下げ,車を見送った。振り返ると○×さんは,まだトイレに到着していない・・・。追いかけようか・・・,迷っている私にガイドが声をかけて来た。 「添乗員さん,何かお手伝いしましょうか・・・?」 「いやっ・・・大丈夫です。私がやりますから・・・。」私は広がったままの新聞紙を慎重にたたんでいた。どうやら,汚れていないようだ。それを見ていたガイドが,“私が捨ててきます。”といいながら手を差し出した。もちろん私は躊躇したが,渋々それを渡した。 「あのォ・・・,これ捨てないでとっておいて!!」何の考えもなかったが,捨てない方がいいと何となくそう思った。 「わかりました。・・・添乗員さん,大丈夫ですか?」私の悲壮な顔にとっさに出た言葉なのだろう。その言葉に思わずウルウルして来て,大きく首を横に振って“ダメ~~~!”と,言いそうになった。“空子しっかりしろ”私は意を決して向き直り,大きく深呼吸して息を止め,○×さんのいるトイレに向かって歩き出した。そのトイレはほとんどオープンエアーで,臭いはこもらないような設計になっていたが,○×さんがどの個室に入っているかは,わかってしまう。トホホ・・・。また,しばらく待たされて心配になってため声をかける。 「○×さん・・・,大丈夫ですか? 着替え持って来ましょうか?」 「ぅうん,大丈夫」“ウソつけっ~~”と,私の心の声が外に漏れて来そうだ。 「ここで,着替えた方がいいと思いますが?!」 「ぅうん,大丈夫」ここまで否定されると,私もどーしていいかわからなくなる。このままバスに乗せたら大変な事になってしまう・・・。ドアから少し離れて立っていた私は,若干の向かい風のためその臭いが通り過ぎるまで気付かなかった。そう,○×さんは静かにドアを開け,私を通り越していたのだった。私の前を歩くその人が,相変わらずもの凄い臭いの異物を身に付けていることは,すぐにわかった。 つづく
2010/11/01
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10分・・15分・・・20分,まだ出て来ない・・・。トイレ内で倒れてはいないか心配になって,何度となく声をかけていたが,返事が返って来ていたのでひたすら待つしかなかった。でも,バスには乗せられない・・・と判断し私は,乗務員(ドライバー,ガイド)に,バスを駐車場へ移動してもらってかまわないと,伝えた。 「ここから歩くのは大変だよ。待っていもいいですよ!」と,ドライバーは心配顔だったが,私は,バスの中を汚してしまうとみんなに気付かれてしまうと,○×さんを気遣っての決断だったが,駐車場までの移動手段を考えていた訳でもなかった。私がバスを見送ってから間もなく,○×さんはもの凄い臭いをまとったまま,トイレから出て来たのだった。何かを察したのか,管理事務所の人が心配して私たちを駐車場まで送ってくれると申し出てくれた。 「添乗員さん,駐車場まで送りますよ。」 「いえ・・・,でも・・・車を汚してしまうので,・・・ ・・・結構です。」 「大丈夫ですよ。きれいな車じゃないですから・・・。」 「いや・・・でも・・・,ダメです!」 「・・?上の駐車場まで,けっこうありますよ。送りますよ。」 「実は・・・,粗相をしてしまったので・・・無理です。」 「・・・?」 「タクシーを呼んで下さい・・・。」それが正しい選択だと思った訳でもなく,とっさに出てしまった言葉だったが,乗車拒否をされるかも知れない・・・と,すぐに後悔した。 「添乗員さん,大丈夫ですから,どうぞ乗って下さい!!」管理事務所のその若い青年は,粗相の意味がわからないのか,半ば強引ではあるが明るく対応してくれている。そして私が返事を迷っている内に,その車は私の前に横付けされた。もう,迷っていられない・・・,誰に頼るべきか?と,考えるとやはり関係機関に協力を得るしかない・・・,と諦めた。 「それじゃぁスイマセン,古新聞を少しもらませんか?」 「新聞紙ですか・・・?」 「はいッ!」やはり青年は粗相の意味がまったくわかっていないようだ。不思議そうな目で一瞬私を見た。私は,新聞紙を座席の背もたれから足下まで敷き詰めて,全部の窓を全開にした。私たちを乗せた車が走り出した。そして間もなく全員が無口になった。 つづく
2010/10/19
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私は迷いなく,男子トイレの中に入り奥にある個室のドアを開け,○×さんを中へ入れてドアを閉めた。「どうしよう・・・。」(心の声)取りあえず,男子トイレから出てきたものの,固まってしまった。いやまて,やばっ,と私は気付き,バスの方へ急いで戻った。そして○×さんが座っていた座席周りをチェックした。さすがに血相を変えていた私に気付いたのだろう,カマキリが追いかけて来て言うのだった。 「間に合わなかったのか? またやっちゃったか?!」私は無言で,座席の下へ潜り込んでいた。 「おぃっ! やっちゃったのか?!」 「・・・,バスの中は大丈夫のようです・・・。」 「じゃあ,間に合ったのか・・・?」 「・・・,着替えないとバスに乗れないと思います。」 「そッそ・・ゥか,まいったなぁ・・・。」 「しばらく時間がかかると思いますので,皆さんは先に見学に 入って下さい。 ・・・私は○×さんに付き添いますので他 の皆さんをお願いします。」と,馬鹿げた事に私はカマキリ達に頭を下げていた。 「おォっ,そうだな。そうするよ! じゃあなッ!!」“じゃあな”とは・・・何事だ。今考えれば蹴飛ばしてやりたいくらいだ。いやっ,今どこかでカマキリ達に会ったら絶対蹴り入れてやる。と,未だに忘れられない一言になっている。でもこの時の私は,この状況をどう収拾するか,そしていかにして○×さんを消臭するか考えるだけでイッパイイッパイだった。私は男子トイレの入り口に戻り,・・・考え込んだ。その入り口をふさぐように腕組をしながら行ったり来たり・・・。どこで着替えてもらえばいいのか・・・?汚れた衣類を身に付けたまま,バスに戻る訳にもいかないだろう。そうだ,絶対ダメだ!!そう言えばバスは?ここはバスのお客様を降ろすだけのスペースしかなく,バスは玉泉洞の出口付近にある,駐車場へ移動しなければならない事を思い出した。慌ててバスに戻ると,ドライバーは, 「大丈夫よ添乗員さん,待ってるからさぁ。」南国の気候のせいか,ゆっくりとした穏やかなその口調は私に一瞬落ち着きを取り戻させた。 「でも,バスには乗れないから・・・,先に行って下さい。」そう言って私はまたトイレの入り口まで戻って来たが,ガイドから借りて来たぞうきんを持って,行ったり来たり・・・。私はいよいよ気合いを入れて,その奥のドアの前に立った。 「○×さん,大丈夫ですか?」 「・・・ウン・・・。」その臭いはトイレ中に充満していて,大丈夫であるはずがないことは,すぐにわかった。 「着替えお持ちしましょうか?」 「ウン・・,大丈夫。」私は息継ぎに外へ出て,また考え込んだ。 つづく
2010/10/15
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ホテルを出発して30分位経った頃だろうか,後ろから静かに“トイレ”の声がかかった。 「おッ,○×さんトイレだってよォ! 早く止めろよ。」カマキリが慌てた様子で私に迫った。 「はいッ・・・。」私は急いでドライバーとガイドに相談に行くが, 「あと5分位で着きますよっ,添乗員さん!!」ドライバーは明るく答える。改めて見回すと,バスは熱帯雨林の中の曲がりくねったさほど広くない道を走っていた。中型バスと言えど,こんな所で駐停車するのはマナー違反であることは,誰もが感じることだろう。私は,まず向き直ってカマキリに相談した。 「この辺りでは止められそうにないので・・・, あと5分位で到着しますから・・・。」 「あぁぁ・・・,大丈夫か?」 「聞いてきますね!」本人と言えば, 「わかりました,大丈夫です。」と,落ち着き払って言うのだが,カマキリ達の動揺に私も少し焦りを感じなければいけないような,変な責任を感じていた。少しして,隣のカマキリに目をやると,まるでカマキリ達がトイレを我慢しているかのように青ざめている。やっと事の重大さに気付き始めた私は,もう一度○×さんに声をかけた。 「もう少しですよ,大丈夫ですか?!」○×さんはこの時言葉はなく,大きく頷いて返事をしてくれた。窓の外に向けたそのまなざしは,さっきと変わらず穏やかだが,○×さんに向けられたカマキリ達の視線は,行き場を無くしているようだった。 「お待たせ致しました。ご到着です。バスは出口の方の 駐車場移動いたします。 出発時間は10:40です。」ガイドの案内は,バスのドアが開くと同時に終わった。誰も降りて来ない。ガイドと共に先におりていた私は,バスの奥を覗いて見た。トイレに行きたいと言っている○×さんを先に降ろそうと,通路を開けているのだ。だが,長老の○×さんの動きは鈍く中々出てこられないのだった。ゆっくりとステップを降りて,顔を上げる。辺りをぐるり見回す。まるでスローモーションのようだったが,私がせっかちそうに話しかけた。 「お待たせしました。トイレはあちらです・・・。 ・・・ご案内します。」すぐそこに見えているトイレまで,案内することもなかったのだが,一瞬私の鼻を突いたいやぁ~な臭いに反応し,“ご案内します。”と,言っていたのだった。
2010/10/13
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3日目(最終日)の行程は,玉泉洞見学の後昼食を摂ってから那覇空港へ向かう,と言うもので,至って楽な行程であり時間にも余裕があったため,?気な私は,珍しく緊張感に欠けていたのかもしれない・・・,と,今更ながら反省するのだった。 玉泉洞:沖縄県南部に位置する玉泉洞は昭和42年に調査が 行われた結果,総延長は5000m(公開しているのは890m) を誇ります。ホテルの玄関前に付けたバスに,せっかちそうに乗り込む金バッチや,出発時間ギリギリまでコーヒーを飲みながら煙草をふかしている金バッチに惑わされることなく,私はバスの乗り口でひたむきに彼らが揃うのを待った。大半が乗ったであろうか・・・?出発まではまだ時間はあるが,人数を数えてみようとバスのステップに片足をかけたとき,私の視界に○×さんが入って来た。カマキリにあれ程言われたのだから,私も忘れるわけもなく,足を戻してその方向へ向き直った。 「○×さん・・・,トイレは大丈夫ですか?」 「うン,大丈夫・・・。」顔色も良くないし少し元気がないな・・・と感じながらも,年も年なのでさほど気にも止めず,バスの中へ進む○×さんを見送った。 「トイレ行かせたか?!」カマキリが私のすぐ後ろで,吠えた! 「は・・はぃ,“大丈夫”とおっしゃっていました。」そんなに近くにいたンだ・・・,“なら,自分で聞け”と,思わずボヤいてしまいそうだ。 「・・・,ホントだろうな?!」 「・・・?」何故そこまでしつこく言うのだろう?私が今ひとつ理解していないと察したのであろうか。カマキリは顔を引きつらせながら,こう言った。 「朝はヤバインだよ,間に合わねェから・・・,大変な事に なるからな!! 気を付けろよ!!」私の口は作り笑顔で“はぃ”と言い,心の声は“お前が気を付けろ!”と,叫んでいた。そんなンだから,私は事の重大さにまだ気付いていないのである。ああ・・・我ながら あ・き・れ・る。 つづく
2010/10/12
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一応8時と決めた朝食の時間は,早く目覚めてしまう年配者にとっては待ち遠しかったであろう。私が10分前に会場に着いたときは,既にほとんどの人が席に着いていた。ここは,一般の人も利用する大きな朝食バイキングの会場でこの時間,とても賑わっていた。私は目立たぬようにあちらこちらに散らばる金バッチ達を目で追いながら,人数を数えてみた。2人足りないようだが・・・。そうだ,カマキリだ!寝過ごしてはいないだろうか?世話役である事務局の人間が寝坊していては,金バッチ達に大目玉だろうに・・・。当然,幹事であるカマキリ達に気配りするのも添乗員の仕事なわけで,あまり気が進まなかったが部屋に迎えに行くことにした。エレベーターの前には,朝食後部屋へ戻る人達で比較的混雑していた。私は昇りのボタンを押す必要もなく,その人混みに紛れていると,最初に開いたエレベーターの中からカマキリが降りて来た。 「おはようございます・・・!」混雑していたその中では,私の声が届かなかったようで,カマキリ達は無反で通り過ぎる。私は小走りで近づき,カマキリ達の背中に向かってもう一度声をかけた。 「おはようございます・・・!」 ほんの一瞬だったが,カマキリ達は過剰反応を示した事を私は見逃さなかった。 「おはようご・・・。何だ,今来たのか!!」カマキリは振り向きざまに挨拶を返そうとして,やめた。私には挨拶も出来ないのか・・・?と,ムッとしたのは間違いないが,人を見て挨拶するカマキリ達の行動は,公の人々の中では珍しくもなく,これが一般人と隔たりがあり上手に交われない由縁なんだと立場上とは言え,若輩者の私が納得せざるを得ないのは,単純に大人の判断だと思うのである。全員食事を始めたのを確認し,時計を見ながら慌ただしく私も朝食を摂り始めた。すると,カマキリ達が食事を終えて,私のテーブルに近づいて来た。 「おゥ・・・。」挨拶言葉はこれしか知らないのか・・・?まったく・・・。私は到底笑顔で迎えられそうになかったので,あえて箸を置かずにカマキリを見上げた。 「出発前に必ず○×さんにトイレに行かせろよ!」 「・・・ぁはぃ?!」 「絶対だぞ!!」 「はぃ!!」そんなに目の色を変えて言わなくてもいいだろうに・・・。そう言えば夕べもカマキリは○×さんを気にしていたようだが・・・。私は初めて,どうしてそんなにムキになるのか,と考え始めた。でもその疑問は,2,3度首をかしげている間に私の頭の中を右から左へ通り過ぎてしまった。 つづく
2010/10/05
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私としてはコンパニオンの真似事など御茶の子さいさいで,それほど苦にはならなかったが,夕食を食べ損ねた上お酒を飲んでしまったせいで,いささかボーッとしていまっていた。予想通り,コンパニオン達と二次会へ行くこともなく,宴会が終わって,金バッチ達は速やかに部屋に戻って行った。最後までコンパニオンに延長をせがまれていた,金バッチのボスはカマキリ達に守られ廊下へを出てて,後ろ向きになってから私に手を上げて“おやすみ”の挨拶をしている。私はそれをボンヤリと見送りながら取り巻いている人達が,カマキリかバッタかわからなくなり,何度も瞬きをしていた。添乗員の夕食として“お好き処で召し上がって下さい”と,渡されたミールクーポンには,21:00まで・・・とあったので,そのまま食事に行くことにした。和・洋・中どれも美味しそうなお店ばかりだ。どこも捨てがたかったが,酒のせいで体が重かったので,ここから一番近い中華を頂く事にした。そんなに高級ホテルでもないし,レストランのメニューを見てても庶民に手が届かない価格設定ではないようだが,内装は黒と白で統一され,レストランには珍しく薄暗くなった店内にはいたるところにキャンドルが揺れていた。ホールを担当している30歳前後の男性も,教育が行き届いて誠にスマートな振る舞いをしている。この雰囲気に飲まれ私は,もう一杯・・・飲みたくなって,海鮮焼きそばと杏露酒(シンルチュウ)をオーダーした。益々フワフワして来た私は,久しぶりに至福の時を味わっていた。このしっぺ返しが明日の朝にもやって来る事など,この時の私に想像できるはずもない・・・。 つづく
2010/09/29
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宴会場を彩り男達を高揚させるコンパニオンは,そりゃぁ若いに超したことはないのだろうが,“若ければいい”ってもンでもなくて,中高年以上のオジさま達の中には,“あまり若すぎても話しが合わないンだよ”と,思っている人も少なくなく,少し落ち着いた30代のコンパニオンも結構好まれるのである。だが,今夜の場合は辛うじて30代に見えるのは,1人か2人だ。後の3人は紛れもなく40代で,ややもすると50代か?と,思われるのが1人いる。私は,なるべくカマキリ達と目を合わせないようにして,少しの間忙しくしている仲居さんを手伝って,飲み物を運んだり,時にはお酒を注いだりしていた。実は,何故か治まらない胸騒ぎを不安に感じ,ジッとしていられなかった・・・と,言うのが正直なところだった。 「よォっ・・・」大きく手招きをして,相変わらず横柄な態度で私を呼ぶのは・・・,やっぱりカマキリだった。隣に座った金バッチがそれに気付いて, 「“よォっ”て,なんだよ!! すてきなレデイ―に向かって。 それは失礼だよな・・・空子さんっ?!」 「・・・,いやぁ・・・。」と,私は照れ笑いをしてごまかすしかなかったが,カマキリも笑ってごまかしているので,私の笑顔は引きつっている。カマキリの後ろでひざまずいて,用件を聞く・・・。カマキリは金バッチに聞かれないように小さな声で言うのだが,傲慢な態度は変わらない。 「アンタよォ-,なんだこれは?! 酷すぎないか? オバちゃんばっかりじゃないか?!」 「・・・はぃ,申し訳ありません。」 「アンタの責任だな・・・, アンタの責任だよな!」 「・・・あぁ,・・・・はぃ・・。」 「これじゃぁ,アンタがコンパニオンやるしかないなっ。 責任取って最後までやるしかないだろ,6人目のコンパニオン。」 「・・・はぃ,わかりました。」 「しょうがねーよ,これじゃぁ,なぁ。」そう言ってカマキリは,グラスを持って一気にビールを飲み干した。仕方なく私はカマキリにビールを注ぐ・・・。そして,カマキリの指令はまだ続いた。 「それからっ,○×さんにはあんまり飲ませるなよ,焼酎のおか わりは,薄~く作れよっ,薄~くなっ!他のコンパニオン にも言っとけよ!明日大変だからなっ。」カマキリの言う○×さんとは・・・,今回の金バッチの中では一番の年配者で,これまでもカバンを持っあげたり階段では手を貸してあげたりと,みんなが気遣っていたことはわかっていたので,ご高齢のため,旅先で何かあっては困る・・・と,言う事なのだろうと,私は勝手に解釈をしていた。そう,だから私は明日の朝襲われる災難がここから始まる・・・って事を,まだ知らないのである。 つづく
2010/09/27
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“受けて立つ”とは・・・,売られた喧嘩を買うわけではなく,“私に任せろ”と言う事で,納得いかないお客様にはとことんご説明しますよ,と,言いたかったのである。 「どなたか,早く部屋の番号を知りたいと,言っている方 はいらっしゃいますか?」 「言われる前に,やらなきゃいけないの!!どんだけ俺らが じーさん達に気を使ってるかわかるか?!・・・。」 「わかりました。私の方からご説明致します。」プンプンして鼻息の荒いカマキリを横目に,私は車内のマイクを取った。 「これから本日お泊まり頂くホテルへ向かう事になりますが, いつものように,前もってお部屋番号をご案内することが できません。 このホテルは,チェックインの際に簡単なミーテイングが あり,カードキーやお部屋の使い方などをご説明致します。 そして,最後にそれぞれのルームキーをお渡しすることに なりまが,その際に,事務局(カマキリ)様のお部屋及び 添乗員の部屋番号をお知らせ致しますので,どうぞ ご理解の程,よろしくお願いします。」 「はいヨ-,わかったよォ―。」どこからか,そんな声が聞こえてきた。“どうだ,聞いたか?カマキリ!”と,言うような事は顔に出さないように気をつけながら,通路を挟んで隣に座るカマキリを横目で見た。当然,目をそらしている。こういったタイプの旅行は,世話役である事務局の人達の神経の使い方は異常だど,いつも思う。ピリピリした緊張感は,私にも伝わって来て,気の毒にも思えるのだ。だからこそ添乗員としては,出来る限り事務局の人達の背負っているものを軽くして上げようと気遣うのだが・・・,今回ばかりは,空回りだ。心配していたチェックインもスムーズに運び,私たちは最後の宴会時間を迎えた。今夜のコンパニオンは5人。ご指定通り,あまり若くない人で・・・,揃えた。ところが,あまり若くないどころか明らかにオバサン5人が揃っている。でも,こっちの平均は65才前後なわけだから,たとえ40才のオバちゃんだったとしても,相当若いだろ・・・,と,私は自分の胸騒ぎをなだめていたのだった。 つづく
2010/09/17
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こんな風に何かと,どやしつかれながら2日目,予定通り今夜のホテルへ向かうことになった。今夜のホテルは昨夜と違い,那覇市内のシテイホテルに止まる事になっていて,温泉ホテルとは勝手が違い,泊まり慣れない人達にとっては戸惑うことも多いのである。でも,金バッチ達はいろいろな視察旅行で場慣れしているため,私はあまり心配してはいなかったのだが,慣れていない人がいた。それは,カマキリたちだった。朝から,“今日の部屋割り(部屋番号)を早く聞け”と,鬼のような目で私を急かしているのだった。“今夜止まるホテルは,温泉ホテルと違って前もって部屋番号を教えてくれないンです。“と,言っても,カマキリは,“松田君(先輩添乗員)が当日にわかるって言ってたぞ!“と,責め立てるのだ。“早くホテルへ電話しろっ!”と,朝から何度言われたか,わからない。私は,2度ホテルへ電話を入れて頼んでみたが,最後の電話に出たコンシェルジュが落ち着き払って言うのだった。 「どうしても部屋番号を教えてもらえませんか?」 「はぃ,申し訳ございませんが,まだご案内出来ません。」 「お偉い方々ばかりなので,チェックインの時お待たせする 訳にはいかないンです。」 「お待たせ致しませんよっ,16名様ですから・・・,少しご説明 をさせて頂いてから,すぐにお部屋へご案内できます。 私どもでは,修学旅行のような100名200名の団体様でも,この様に させて頂いております。心配いりません。大丈夫ですよ,お任せ下さい。」 「はぁ・・・。」私の返事はほとんどため息に近かった。まるでたかが16名で何を騒いでいる・・・,と言わんばかりだ。それはそれでしゃくに障るが,すっかり気落ちしてしまった私は,それから電話をしていないが,カマキリの攻撃は未だ続いている。 「おうッ,部屋わかったか?」 「いいえ,まだです。・・・・・・・・・・。」“こういったホテルは通常,事前に部屋番号は出ない”と,改めて言ったところで,納得しない事ぐらいわかっているし,いささか私は困り果て,ホテルの言い分をそのまま伝えたところ,やっぱりカマが振り落とされたのだった。 「わかってンだヨそんな事! それを何とかするのがアンタの仕事 だろっ,ったく・・・交渉するのがアンタのシ・ゴ・ト!!」2回繰り返した“アンタの仕事”と,私の顔の目の前まで迫っているカマキリの人差し指が,私を威嚇しているように思えた。そして,同時に心の声が聞こえた。”よしっ,受けて立とうじゃないか!!” つづく
2010/09/16
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お客さんの先頭と酒屋の軽トラは,ほぼ同時にバスに到着した。それに気付いたた金バッチが,嬉しそうに言った。 「おやおや,早速酒ですか・・・。」カマキリ達と目を合わせないように背を向けていた私は,背中に近づいて来たカマを感じながら,酒を受け取っていた。すると程なく,背中からカマが振り下ろされた。 「おう,ご苦労さんっ,ビール冷えてるの持って来たか?!」カマキリは酒屋のお兄さんに無作法に話しかけている。そう,カマキリ達は,金バッチ以外には誰にでも同じ態度で接するのだ。ここぞとばかりに,お腹を前に突き出して顎を無駄に動かしながら,上の方から不機嫌そうに話しかける・・・。私は酒屋のお兄さんがどう答えたのか聞こえなかたが,答えを聞くまでもない・・・と,思っていたのだ。なぜなら,私が会計してすぐに軽トラに積み込んでいたのを見ていたし,荷台に載せられたビールの箱を見て,店のテープが貼られていた位置まで憶えてた私は,紛れもなくだいぶ前に冷蔵庫から出されたビールであるに違いないと,悟ったからだ。私は,ビールだけを持って先にバスに乗り込み,戻って来た人達に,“お帰りなさい”“お疲れ様です”と,声をかけながら,涼しい顔で冷蔵庫へビールを移していた。そしてそれは予想通り,やって来た。 「ようっ,ビール冷やしとけって言ったよなっ!」 「はぃ・・・。」 「今頃,冷やしたって間に合わないだろっ!!」 「申し訳ありません・・・。」 「ったく,気が利かねェなぁ・・・。」私は,ずっと頭を下げたままで,言い訳などはしなかった。カマキリに言葉は通じないと思っていたし,顔を見るのもイヤになっていたからだ。初日からこんなで,私は耐えられるのだろうか・・・? 「これ1本もらって行くよ!」1人の金バッチは,“待ってました”とばかりに,ビールを掴んだ。 「あっ,スイマセン,まだ冷えてなくて・・・。」と,私は慌てて声をかけた。すると金バッチは,くるりと向きを変えて,カマキリに向かってこう言った。 「・・・,酒屋すぐそこだから,冷えてるやつ少し買って 来いよ。」 「ハイッ,わかりました!!」カマキリは,すかさず私の方を見て,顎で指図した。“オマエが行け!!”と。私は驚くほど素直に,遠ざかる軽トラを追いかけるように,走り出すのであった。 つづく
2010/09/14
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那覇到着後,すぐに視察へ向かいとある市の市庁舎へ入った。ここで約1時間30分,私たち(乗務員)は,待機することになる。2泊3日の視察で研修・視察と思われるものは,ここだけである。本当にここだけで用が足りるのであれば,1泊2日の日程で充分なわけで,ついでに組まれる行程の方が遥かに多くなるのだ。その時代,視察旅行と言えばどこでもそんなもので,得にバブル崩壊前までは,お役所までもが豪勢旅行をやっていたのだった。当然,費用のほとんどが税金で支払われるわけで,我ら一般人としては腑に落ちないところもあるのだが,お役所の仕事を数多く取り扱う我が社としては,大事な顧客であることに間違いない。視察の間の待ち時間に,お酒を買って来るように言われていた私は,早めに近くの酒屋へ向かって歩き出した。頼まれたのは,ビール1ケース,焼酎1本,ミネラルウオーター2本等々。当然一人では運べないため,前もって配達をしてもらえるか,確認をしておいたのだ。平日の昼間だ,酒屋が混んでいるわけもなく,私は手早く商品を選び,会計を済ませた。店の中からは見えないが,すぐ近くの駐車場に止まっているバスまで届けてほしいと,告げると,あっさり“わかりました,すぐでいいですか?”と聞くので,“はい,すぐでいいです!”と,答えた。私はもう一度,“ビールは冷えているものをお願いします。”と,念を押した。一人でバスへ戻った私は,ガイドさんが入れてくれたお茶に手をつける暇もなく,目を閉じてしまった。そう,私は眠るつもりなど毛頭なくただ目を閉じただけなのに,目を開けると,出発時予定時間の10分前だった。“ヤバッ・・!”と,思い,バスのシートにすっぽり埋もれていた体を持ち上げた。すると冷蔵庫が目に入って,ダブルで“ヤバッ!!”だ。まだ酒屋が来ていない・・・。慌てて酒屋に電話をかけた。“今出ましたよ!!遅くなってごめんなさいねェー”沖縄独特ののんびりした口調は,何故か私の全身の力を抜いて行くのであった。目の前のに,カマキリの姿を発見!!彼らがゴキブリなら,ゴキブリホイホイでも置いて来たのに・・・,なんて思いながら私は・・・,覚悟を決めた。 つづく
2010/09/10
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空港でろくな挨拶もなく声をかけて来たのは,金バッチの世話役である公の人・・・,つまりどこかの役所の職員ってことだ。一度顔合わせはしたのだが,予想通り横柄で人の話を聞かない人達だなぁーと言う印象と,やたら色が黒く細身でひょろっと背が高かったので,緑色ではない茶色のカマキリを連想させた。よってこの2人をカマキリと呼ぶことにする。 「搭乗券は俺らに先によこせよなっ!」 「はい,お席はこちらになりますが・・・。」と,私は手にしていた座席表を見せた。たった16席の座席表だ,迷うこともなくカマキリは,自分の席を決めた。 「俺らは,ここなっ!!」私は彼の指さしたその席に○の印を付けて記録し,彼らの搭乗券を探した。すると,彼らは名簿を出して指さしながらこう言うのだった。 「俺らの周りに,これと・・これと・・・これは,近くに 座らせるなよ!!」 「ぁハイ・・,もう一度,伺ってよろしいですか?」慌てたように,早口でまくし立てる彼らを落ち着かせようと,私はゆっくりと聞き直した。 「朝からこの人達にこき使われるのは,イヤだからなっ! 絶対離せよっ!!」“はぃ,わかりました。”と言いながら私は,少し戸惑っていた。初めてのグループで,私は顔と名前が一致しないのだ・・・。私は極々丁重にお願いしてみた。 「あの・・・お顔と名前が一致しないので,搭乗券を配って 頂けませんか?」 「バカやろ-,アンタがやれっ!・・・俺らがやったら わがまま言ってきりがないだろ!アンタがやるンだよ!!」 「はぃ,わかりました。」日頃から金バッチを付ける先生方には,相当手を焼いているのがうかがえるが,まだ,羽田を出てもいないのに,こう何度も私の頭上にカマを振り下ろされると,同情する気もなくなるわけで,私は一生懸命,“かわいそうな人達なンだ・・・“と,自分に言い聞かせ,・・・堪えたのだった。 つづく
2010/09/09
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長年の添乗員生活の中で,忘れられないエピソードが2つある。それはどちらも,金バッチを付けた人に同行した,名ばかりの視察旅行と言われるものだった。金バッチを付けたおじさま達には,長年の経験で培った私の愛嬌で可愛がられる事はあっても,いじめられることなどほとんどないのだが・・・。私の想像を遥かに超える人間たちは,良くも悪くも私の心に残っていて,私の添乗員履歴に深く刻まれているのだ。思い出すのも腹立たしいが,打ち明ける事にしよう。一つ目は,“金バッチを取り巻くカマキリたち”二つ目は,“ある金バッチの性癖”まずはカマキリを紹介しよう。そのカマキリとは,今回の視察旅行を企画・催行した,一般的には社員旅行の幹事さんと言われるものに値するが,金バッチ達を連れて行く視察旅行の場合は,お世話係といった意味合い強い人だ。その人達の気遣いには,時に気の毒に思うほどなのであるが,このカマキリは,異常なまでに金バッチに気を遣い,添乗員を顎で使い,非常識なことを当たり前のように要求する,人間の顔をした昆虫だ。それは,梅雨真っ只中の沖縄へ行った時のことである。集合場所の羽田空港で,一匹のカマキリが早速カマを振り上げた。 「ようっ!搭乗券もらって来たか?」と,いきなり声をかけられたが,私は落ち着いて挨拶をした。 「おはようございます。添乗員の桜来空子と申します。 よろしくお願いします!」私は,笑顔で挨拶したものの,いきなり“ようっ!”とは何だ?と思っていたのは間違いないなく,世間から遠いところにいる公の人たちに,初めからバカにされてなるものか,と,きっと私の笑顔は引きつっていたのかも知れない。カマキリはもう一度言い直した。 「桜来さんよっ,搭乗券もらって来たのか?」実は,去年まで担当していた先輩の添乗員が,今回他の仕事とダブってしまい,急遽私が行くことになったのだが,その先輩があまりにも申し訳なさそうに引き継ぎをするので,“あの何か問題でも?”と,問いかけると,“本当に大変な人たちなんだ・・・”と,重い口を開いたのだった。私は自信満々でこう言った。 「金バッチのおじさま達は,私,得意ですから・・・”」先輩は何故か今にも泣き出しそうな顔で言うのだった。 「どちらかと言うと,そっちじゃないンだ。いつも同行する 2人の職員が問題ありなんだ!」 「えっ・・・,そうなんですか?どんな風に?」 「金バッチに気を遣うあまり,無理な要求を平気でして来 るし,出来ない,無理だと言うと怒り出す。・・・・・ ・・・,とにかくわがままな人たちなんだ。 どうしようもないジジイもいるし・・・。」 「・・・??」 「・・・どうか堪えてくれ!! 空ちゃん頼む!!」 「・・・?あっ,はぃ・・・。がんばります!」先輩の悲痛な姿に,私はそれ以上聞くのが怖くなった。 つづく [この物語は事実に基づくかもしれない,フィクションです 。]
2010/09/08
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私は,早速ドライバーさん達の集まっている場所へ急いだ。通常ならドライバーは既に運転席に戻り,出発の準備をしているはずだが,私たちのやり取りと聞いて一塊(ひとかたまり)になり,待機していてくれたのだ。 「お待たせしました!予定通り帰ります。」失笑が起きていたが,気を取られずに続けた。 「予定より1時間早く進んでいますので,これから時間調整を お願いします。高速道路は,80キロ位で行きましょう。 それから,1つ手前の×××インターで降りることにします。」 「ハイ,了解です!」ドライバーさん達はみんな口々に言いながら,バスへ戻って行った。すると,1号車のドライバーが私を追い越してから間もなく振り向いてこう言った。 「大丈夫,時間ぴったりに正門に着けてやるから!!」 「よろしく!!」顔見知りのそのドライバーの自信たっぷりな一言は,疑う余地はなかった。私は改めて各号車を周り,1つ手前のインターで降りることを担任の先生に伝える。“抜かりはない・・・絶対時間通りに着けてやる!!“と,私も心に誓った。間もなく私たちのバスは,最後の見学地“国会議事堂”を後にした。再び乗った高速道路は,やっぱり空いていた。と,言うよりここから先はあまり渋滞をしないところだから,返って時間が読み易い。バスは私のもくろみ通り,高速道路をゆっくりと進んでいる。バスの中は,いつの間にか静まり返っていた。後ろの席へ目をやると,子供達も,さすがに疲れを隠せない。夕べはしゃぎ過ぎたツケが回って来たようだ。無邪気な寝顔に心も癒されるようだった,が,その寝顔の中に青田先生を見つけてしまった。戦い敗れたモンスターは無残な姿で眠っていた。私は慌てて子供達の寝顔に目を向けて,もう一度癒された。定刻1分前,バスは小学校入り口の信号で,止まった。私は,胸の高鳴りを抑えられない。ナント,最後の5号車が学校の正門をくぐった時が,ジャスト到着時刻であったのだった。ドライバーがサイドブレーキを引いた時私は,“good job”と静かにドライバーへ親指を立てて合図を送った。子供達が全員降りて,最後にガイドが忘れ物をチェックしていた頃,赤木先生が声をかけて来た。 「終わって見れば,こんなもンだよね!さすが添乗員さん, プロだね。」 「恐れ入ります。」 「アイツ(青田先生)何か言ってた?」 「いえっ,別に・・・。」 「言える訳ねェよな!!」ガッハッハッハ・・・。遠慮がちではあったが,私も一緒に笑ってしまった。そんな時,赤木先生のクラスの生徒が別れの挨拶にやって来て, 「ミ・サ・エ~,バイバイ!」と,言うやいなや,逃げていった。 「テメェーこの野郎・・・,先生を呼び捨てにするなー!」と,追いかけて行ったが,追いつかないと察したのか,立ち止まってつぶやいた。 「ったくっ,親の顔が見てみてェよ!!」少し離れていた私にも聞こえたのだから,そのつぶやきは,割と大きな声だったと思う。すると妙に落ち着き払った声で誰かが返事をした。 「どうもスイマセン。」私が先生の立場だったら,その声の方向に目を向ける事さえためらうだろう。でも,驚くことに赤モンスターは,迷わずその声の方を向いて,言うのだった。 「いいえ,どういたしまして!!」 「・・・・・???!」仕事上,吹き出して大笑いすることも出来ず,あまりの衝撃に私は固まり,しばらく息継ぎを忘れる位だった。落ち着きを取り戻して私は,帰り車の中でふと考えるのであった。お客様の中には,それはそれはいろンな人がいて,自己中な人,あまのじゃくな人,ただエロい人,やたら威張る人,等々。若い頃は,いちいち腹立たしかったが,最近は人間観察することでこの感情が抑えられているのを知り,なおもこの観察が楽しくなって来たのだった。だから,今回の仕事はとても楽しかった・・・と,言えなくもないのだが,自分の子供があの学校へ通い,あの先生達に何を教わるのだろう,と,考えると・・・とても怖くなる。だが,避けては通れないこともわかっている。こうなったら,“私もモンスターになるっきゃない!”と,結論づけたのだった。 おわり
2010/09/03
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任侠のごとく縦社会を守り抜く教育界で,目上の人を手招きして呼び寄せるなど,あってはならないことだろう。だが,その中にあってもけして流されることなく,自分を貫き通して来たのだから,赤木先生は勇者であることには間違いないだろう。そして,白崎校長と言う心強いパートナーを得て,同じ船に乗っているように思う。穏やかな海を静かに進みたい白崎校長に相反して,小さなオールで大きな波を自ら起こしながら船をこいでいる赤木先生に,必死でつかまりながらも,優しいまなざしで見守る校長先生を想像した。他のドライバーさん達と談笑しながら一服していた校長先生は,赤木先生の呼びかけに,すぐさま反応し急いで煙草を消しこちらへ走って来た。 「あのさぁ校長,・・・・・。 青田先生の・・・・。・・ ・・ 添乗員さんが・・・・・・・・,どうする?」と,赤木先生は,これまでの私と青田先生のやりとりを,大ざっぱに説明してくれた。何度となくうなずきながら聞いていた校長先生は,青田先生の顔を顔を見ながらゆっくりと話し始めた。 「青田先生の心配は,そのお母さん達の事だけ?」 「・・ええェ,そうです!」 「それ誰・・・?」 「1組の黒澤君のお母さんです!!」 「あぁ・・・,いつもの。 それから?」 「・・・それだけです。」 「うん,わかった!ウンウンウン・・・ もし何か言って来たら,私がお話ししましょう・・・。 添乗員さんが時間調節してくれる・・・と言うのであれば, おまかせしましょう。 予定になかったところに立ち寄って,もし何かあったら・・・ と,考えると,やっぱり避けた方がいいでしょ?! もう,私も後1年(定年まで)ですし! ァハッハッハハ。」最後まで穏やかにゆっくりと話すその口調は,私たち3人も穏やかなキモチにさせられた。 「っつー事で,チャンチャンだね。校長もう一服したいでしょ? 添乗員さん,時間大丈夫?」 「はぃ,・・・あと3分です。」 「じゃ急ごう・・・,・・・アタシにも1本ちょうだい?!」そんな気もなさそーな校長先生を,赤木先生は引きずるようにさっきの喫煙所に連れて行くのであった。その姿を,私はとても微笑ましく見送っていた。ふと気付くと,もうそこに青田先生の姿はなくなっていた。 つづく
2010/09/02
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「そんな事を言う父母がいるンですかぁ・・・,大変ですねェ。」私は,少し驚いて見せたり同情して上げるのも礼儀だと思い,先生を労ったつもりだった。 「そうです。いるンです!私たちの苦労がわかりますか? わからないでしょ?! アナタには!」何度も繰り返されるその言葉にあきれかえっていたため,顔に出さないように堪えていると,私の顔は顔面神経痛のように引きつっていた。“アンタに私たちの苦労なんてわかりっこない・・・”とばかりに涙目になって,何度も何度も訴えている青モンスターは,日頃からこれらのモンスターペアレントに悩まされているのだろう,と察した。いずれにしろ,自分勝手でわがままな親たちにもあきれるが,理不尽な要求に唯々ひれ伏しているだけで,モンスターペアレントを怖がってばかりいるモンスターには,親たちを上手に納得させる事など出来るはずもなく,思いがけず巻き込まれてしまう者にとってこの両者が,同じようなモンスターに思えるのである。「それじゃぁ,これからの道中も何が起こるかわかりませんから, このまま時間調整をしながらゆっくり帰る,って方法もあります けれど・・・。」「???どうして,&$*記念館に行ってくれないの? このまま帰っても予定時刻に到着するって,アナタ約束出来るの?」どうやら私の意見など聞くつもりはなかったようだ。私は自信を持って“約束します!”と言いたかったが,少々私の顔色も変わって来ていて,同じモンスターになりそうな予感がして来て・・・,その言葉を飲み込むことにした。私としては,こんな大きな団体を引き連れ,行程の急な変更はなるべくしたくなかったのが正直なところだったが,ここまで言われては仕方がない。諦めよう・・・。 「わかりました。それでは・・・」 「よォよォよォ・・ 青田先生! 黙って聞いてりゃよォ!!」と,割り込んで来たのはこの2日間,青田先生とぶつからないよう少し距離を置いていた赤木美沙絵先生だった。 「ナニわけわかんねェ事言ってンだぁ? 親がどうの・・・って 添乗員さんには関係ねェーだろう・・・! だいたい,校長の許可取ったンですか,ツゥの?」 「・・・添乗員さんと相談しろって・・・。」予想外に,青モンスターは怯んでいる。 「青田先生,アンタのは相談じゃねェだろ!ったくっ。」と,言いながら赤木先生は辺りをぐると見回して,校長先生を見つけると, 「オーイ・・・,校長!」仕事上,いろんな学校の先生方を見て来たが,どこよりも上下関係の厳しい教育界において,校長先生の事を“オーイ,校長”なんて呼ぶ人はいない。おまけに赤木先生は手招きをして,校長先生をこっちへ呼び寄せているではないか・・・。 つづく [この物語はあくまでもフィクションです]
2010/09/01
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「この時間にここにいる,と言うことは,アナタの読みが甘かった ・・・と言う事になりますよねっ!」 「はぁ・・・。申し訳ありません。」言葉は丁寧でも,偉そ~なもの言いは相変わらずだ。 「アナタッ,プロでしょ?!どうしてこんなに・・・。」 「はい,おっしゃるとおりです。プロだからこそ渋滞を予想して 余裕を持って行程を作りました。」今度は私の方から青モンスターの言葉をさえぎってやった。 「とにかくウウウ・・・,早く着いてしまっては困るンですウッ~!」青モンスター(青田先生)は,今にも火を噴きそうな勢いだ。私は純粋な疑問を,首をかしげながら素直に投げかけた。 「あのォ・・・,どうして早く着くとマズイんですか?」いつの間にか私たちの周りには,自然とドライバーやガイドが集まって来て,血相を変えた青モンスターの言葉に,一緒に耳を傾けていた。 「早く着くと,家へ入れない子供達がいるンです!」 「・・・(はぁ?)・・・。」キョトンとしていたのは,私だけではないだろう。青モンスターは続けた。 「共働きのお母さん達は,子供の帰る時間に合わせて 帰って来るンです。それまでは迎えに来られないンです!!」 「・・・(それでェ?)・・・。」 「親が迎えに来なければ子供達は,歩いて家に帰ってしまいます!」 「・・・(それから?)・・・」私は,心の声を見破られないように言葉を選んでいたら,しばらくの間相づちすら打てないでいたのだった。 「子供は,鍵がかかっている家へ入れない・・・,って事になる。 “どうしてこんなに早く帰って来るの?” “時間通りに帰って来てくれなくちゃ困るじゃない” って,私たちがお母さん達に攻められるンです!!」 「・・・そんなぁ・・・。」やっと出てきた私の言葉は,青モンスターの耳には届いていないようだ。青モンスターの怒りは頂点に達した。 「そう言う親たちがいるンですッ。私たちはそこまで気を使わなくては ならないンです!アナタにわかりますか?!わからないでしょっ!!」青モンスターは,とうとう火を噴いたようだ。周りの人たちが1人,2人と離れて行くのがわかった。 つづく
2010/08/31
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学校の教師と言うものは,とかく一般社会から遠ざかっており,子を持つ親の目で見ても立派な先生に見えるのだが,なぜか世間に出ると小さい世界で右往左往している,浮世離れした社会人に見えてしまうものだ。 私が思うに,教育界と言う狭い社会の中でこれが全てだ,と思い込んでいる人が多いからこそ,小さい人間になってしまうのだろう。子供教育に命までかけなくても,大きな使命感を持った志の高い先生ほど,一端の人間の振りしたモンスターになってしまうように思われる。タイプは違っても,青田先生も赤木先生もモンスターである事に違いはないのだ。そして,恐らくこの青モンスターと赤モンスターが,火花を散らす場面を何度も見ることになるだろう・・・と,私が密かに楽しみにしている事は,誰も知らない。ところが私の期待を大きく裏切り,今回の修学旅行の最終見学場所である,国会議事堂に着いてしまった?!トラブルを期待していたわけではない。子供達の旅行は,どんな仕事よりも神経が張り詰めているもので,たかがトイレ休憩でさえ,サービスエリアときては神経の使い方は,ハンパない!! 駐車場内での交通事故を防止するため,先生方はもちろん,ガイドもドライバーも全員で子供達の行方に集中するのだった。だからこそ,この最終見学地の出発を待つ間は,少しホッとして私たち乗務員の表情も緩んで来る頃なのであった。幸い渋滞に巻き込まれることもなく,予定時刻より1時間も早く行程は進んでいたため,ここ最終の見学場所では,少々ゆっくり時間を取っていたのだった。そのせいか,出発10分前にはほとんどの生徒がバスに戻っていて,先生方はトイレを済ませるように・・・と,子供達に声をかけ始めていた頃,それは始まった。 「桜来さん,これじゃぁ早すぎるからどこか寄ってくれない?」と,青田先生が唐突に言い出した。 「・・・でも140名ですから・・・そう簡単には・・・」 「運転手さんに聞いたら,この近くに&$*記念館がある らしいわよ。」 「えェ・・・,でも行程表にないところへ行ってもよろし いンですか?」多分,私の言葉は最後まで聞いていなかっただろう。イライラした表情の青田先生はいきなり口調が変わった。 「このまま1時間も早く着いてしまたったら困るンです!! アナタの責任でしょ?!」 「・・・???。」私は,この言葉の意味が良くわからないのと同時に,もの凄い剣幕で迫る青田先生に対して,言葉を失ってしまった。 つづく
2010/08/30
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ドライバーもガイド面喰らっている。もちろん,校長も保健の先生も一斉に青田先生を見つめた。私は,あきれ顔にならないように注意して静かに言った。 「高速道路上で駐停車は出来ませんので,パーキングまで 少しお待ち下さい。」 「休憩するパーキングまで校長先生を待たせるってこと?」 「いえいえ,次のパーキングで止まりますから。」 「そんなとこ,予定にないじゃなぃ?!」 「そうなンですが・・・,時間のロスもさほどではありま せんし・・・ちょっと寄らせて頂いて・・,私,2号車 へ走りますから・・・。」 「そんなこと,アナタが勝手に決められるの?!」私もいささかキレそうになった頃,校長先生が青田を諫めた。 「青田先生,落ち着いて下さい。」青田先生はかなり鼻息が荒くなっていたが,校長先生の一言で,やっと座席に腰を下ろした。程なく,バスはパーキングエリアに入り停車した。当然のとこながら,3台のバスが後に続く。まだ全部のバスが駐車場へ収まらない内に,私は速攻バスを降りて2号車へ走る。私の姿を発見するなり,2組担任の先生がお弁当をもって降りて来た。 「すいませーん,青田先生怒ってますよね-。」私は,小刻みに何度もうなずきながら, 「・・・大丈夫です・・・!」と,肯定してるのか否定しているのかわからない返事をしていた。もちろん私は,折り返し走って戻り,バスは何事もなかったように滑り出す。3,4号車は駐車場に入ることなく,1,2号車の先行を待って,そのままパーキングエリアを通過することになった。 「申し訳ありませんでした。」バスに戻るより早く,私はお弁当を青木先生に手渡した。先生は無言のままそれを受け取り,早速,校長先生の分を取り出した。 「校長先生,朝食が遅くなって申し訳ありませんでした。」深々と頭を下げ,まるで卒業証書をもらうときのように,両手を前に差し出している。 「そんなことは何でもないことです!」と,言いながら校長先生は,私に両目でウィンクのような合図を送っている。私は,恐らく謝っているのだなぁ,と思い,静かに微笑んでうなずいた。やれやれこの先が思いやられる・・,と思い知らされた出発だった。 つづく
2010/08/27
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さて,今回私を悩ますのはこの教育界の風雲児“赤木先生”ではなく,この1号車に乗る1組の担任であり学年主任でもある,“青田先生”である。年齢など聞いたことはないが,恐らく40才前後・・・と,思われる女性。打ち合わせの時からずーっと感じていたが,青田先生は教頭と校長以外の全ての人に,見下したような態度で接し,いつも上から目線でものを言う上に,非常識な要求を平気でする人なのだ。出発前から私は,恐らくこの人に悩まされるなぁ・・と,覚悟していたのものの・・・。それは予想以上に早く私を襲った。出発してから間もなくクラス別の朝の会が始まり,生徒達が司会進行し,引率の先生への挨拶,バスガイド・ドライバー・添乗員の紹介までやってくれるわけで,バスの中といえどもガイドに主導権はないのである。朝の会が終わると,朝食タイムになった。早朝出発のため,朝ご飯が早すぎるとか,早すぎて子供達も食欲がわかない・・・などの父母達の要望があり,車中にて“朝食の時間”をとることになった。だから,子供達は朝・昼2食分のお弁当を持ってバスに乗り込むのである。その頃,バスは高速道路を爽快に走っていた。だが,先生達の朝ご飯にトラブル発生!朝食用のお弁当を各号車毎に分けて袋に入れ,まとめておいた箱を,私は2組の先生(副主任)に渡していた。 「号車毎に分けてありますので・・・。」そう,箱ごと渡してしまったのが間違いの元だった。2組の先生が1組にだけ配るのを忘れてしまったらしい。1組の先生達の朝のお弁当がない事に気付き,2組の先生に電話を入れた。 「すいませ-ん,ここにありますぅ!!」青木先生の携帯電話から,2組の先生の声が漏れて聞こえた。これは私のミスでもある事を,認めざるを得ない。 「はじめから私が配って置けば良かったンだと思います。 申し訳あ・・・。」 「ちょっとその辺でバス止めて・・・!!」 「・・・?!」私の言葉をさえぎったのは,青田先生のありえない言葉だった。 つづく
2010/08/26
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赤木美沙絵(自称29才)独身,教員歴・・・多分10年位?我が県の教育界では知らない人はいないであろうこの先生は,校長だろうと教頭だろと,言いたいことを言って自分流を貫き通し,分からず屋の父母たちには遠慮会釈なく,“家庭教育”に問題あり・・・,と言ってのけ説教を始めてしまう。それがまた,べらんめェー口調ときては,誰も彼女をかばうものなどいるはずもなく,お堅い教育界では一匹オオカミにならざるおえなかった。当然ながらどこにも引き受け手がなく,毎年実家近くの小学校へ異動願い出すものの,受け入れてはもらえず,たまたまここの白崎校長と縁あって,教頭時代から共に異動しているのだと言う。つまり,白崎校長がどこにも行けない赤木先生をいつも引き連れて異動している・・・と言う事が本当らしい。だから,赤木先生の通勤時間は2時間なんてことはざらで,このような早朝(5時30分)集合なんて時は,赤木先生は一番眠そうにしているのだった。当然ながら1組が1号車で,2組が2号車・・・・となり,1号車に校長先生と,保健先生が乗ることになる。もちろん私,添乗員も1号車だ。後列3台のドライバーから無線が入り,各号車の人数の確認が済み,大型バス4台は静かに出発の合図を待っている。 添乗員 「OKです!」 バスガイド 「はぃ,OKで~す!」 ドライバー1 「はい了解! ・・・出発しま~す(無線で交信)」 ドライバー2 「2号車,了解です!」 ドライバー3 「3号車,了解です!」 ドライバー4 「5号車,了解です!」1号車からゆっくりと滑り出す・・・。 「みなさ~ん,左手にお見送りの先生方と,お母さん達が いらっしゃいまぁす。手を振りましょう・・・。」ガイドのかけ声で子供達は一斉に左を向いて手を振っている。学校の正面玄関前は,大抵,大型バスが回転できるスペースを確保している。但し,必ずギリギリの幅なっていて,余裕のある設計にはなっていないのが通常だ。気になって,後に続くバスに目をやると,バスは静かに・・静かに,同じ間隔でついてくる。一糸乱れぬプロフェッショナルなドライバー達の妙技に私はしばらく見とれていた。 つづく
2010/08/25
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「#&%小学校6年生のみなさ~ン,おはようございます。 みなさんの旅行が安全で,かつ楽しく,いい思い出がたっくさ~ん できますように・・・,先生方のお手伝いをさせて頂きまぁ~す。 今日から2日間,皆さんとご一緒することになりました, ○×ツアー 添乗員の桜来空子と申します!! どうぞ よろしくお願いしまぁ~す。」 出発の朝,大抵,校庭(雨天時は体育館)に集合し,“朝の会”とやらが始まる。早朝のため,校長先生の簡単な挨拶,生徒達の宣誓,人数の確認など,いたって簡潔に進められる中に,添乗員の挨拶も含まれるのだ。添乗員が全員の前で挨拶するのは,これが最初で最後になることが多く,子供達にとってはなぜ私が同じバスに乗っているかさえ,良く理解していないことも珍しくない。つまり,ここで私の存在をアピールしておかなければ,旅行中,生徒達と話しをすることすら,ままならないのだ。特別おもしろいことも言えない私は,いつも元気に,はつらつと,ややもすると,うっとうしい位に明るく挨拶をするよう,心がけているのだった。どうやら今年も,掴みはOK・・・と,いったところだろうか?私の存在は印象付けられたに違いない・・・,と感じた。なぜなら,子供達の顔を見ればわかるのである。あのキラキラした純粋な瞳から,何の疑いもなく私を受け入れてくれている素直な心が,伝わって来るのだ。全4クラス,総勢138人の子供達は,バスガイドやドライバーに丁寧に挨拶をしながら練習通り,整然とバスに乗り込む。恐らく,バスの指定席に合わせて整列していたのであろう。座席はキレイに後ろから埋まって行った。全号車,ガイドによる人数確認の報告を待ちながら私は,見送りに来た父母達を見つけ,軽く会釈した。まぁ・・ナント言うことでしょう?その中に,涙を拭う母親が,2,3人いるではないか?!初めて見る光景ではないが,私にとってけして“感動もの”ではないのだった。そんな心の内を,けして隠さない先生が一人いた。 「おぃオイおぃ・・・,誰かのかぁちゃん泣いてンぞ~! 勘弁してくれヨなぁ~!!」何かの間違いで,この名門#&%小学校に赴任して来てしまった,#&%小代表する,先生なのに“風雲児”,赤木先生(女)の登場だ。
2010/08/24
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ウチの会社は5月に入ると修学旅行ばかりで,一般団体の取扱がほとんどない。一般団体が暇なのではなく,通常,約一年前から決まってしまっている修学旅行の仕事がイッパイいっぱいで,他の仕事が受けられないのが現実だ。ある年の5月,私は富士・箱根1泊2日 小学校6年生の修学旅行に同行した。いわゆる子供達を旅行に連れて行くわけだから,一般団体よりも面倒な仕事に思われがちだが・・・,実は違う。バスの座席や場所毎に変わる整列方法,電車の乗り降から,お風呂の入り方まで,様々な場面で統率を計るために,先生方は細部にまで渡って指示・指導を重ね,時には予行練習までして分刻みのスケジュールを徹底的に先生達が管理してくれるのだ。先生達の厳しい指導も,この時ばかりは子供達にとって旅行前の楽しい時間なのだった。いつも問題ばかり起こす問題児も,こう言う時にはやたらと素直になるらしいが,それでも要注意人物はいつの時代も1人や2人いるようで,同じグループのリーダーの子供にも,注意を促し,当日の先生方の緊張感たるや・・・,端から見ていて気の毒に感じるほどだった。つまり,バス5,6台を引っ張る修学旅行も,私たち添乗員にとってさほど大変ではない。先生の号令一つで,子供達は静かに整列し人数確認までしてくれる訳で・・・,私は,その報告を待っていればいいのだから・・・。わがままなおばちゃん達を15人連れて行く方が,はるかに気を遣い,私たち(添乗員)を疲れさせるのだ。つまり,子供の方がとても素直で失礼ない言い方だが,扱いやすいのである。しかし,今回の仕事で私は,少し前に話題になったモンスターペアレントに悩まされる先生達も,また,別の種類のモンスターであることを知る事になるのであった。
2010/08/23
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「・・・駐・禁・・?」 「大丈夫だろ?!」優子は相変わらず私を抱きかかたまま,車に近づいた。 「悪っ,開けて!!」なんと驚くことに優子は駐車禁止の切符を切ろうとしていた警察官に,“ドアを開けろ“と,言ったのだ。以前から掟破りでマナーの悪い優子だったが,ここまで度胸が座っていれば,大した物だ。警察官は,大きな荷物を持ちながら病人を抱えている優子の言葉に,ごく自然に従っていた。私を車に乗せ丁寧にドアを閉めてくれた警察官,と優子が一言二言会話をしていたようだが,すぐに優子は運転席に乗り込んできた。気になって聞いてみた。 「何か言われた?」 「いやっ,俺が“しょがねェ~だろ?”って言ったら,“ハイ” だって!!」 「あっ,そうなの?」 「でも,ドア開けてくれたから,“ありがとなっ”って行って来たよ」実は・・・,優子は中学校の制服以来,スーカーを履いた事がない。高校からは大好きなハンドボールに勤しみ,毎日ジャージで過ごした。それでも,学校行事の式典や集会の時には“制服を着用するように・・・”と,先生に促されたことがあったが“俺はスカートは履かない!!”と,言い張り,先生や家を困らせていた。それでも特にカミングアウトすることもなく,ただ“自分は女ではない”と,みんなに主張し続けたのだった。そう,優子は戸籍上は“女”でも,見かけは紛れもない“男” なのである。そして最近改名し,“優”になったらしい。私たちの車は,駅に入って来るバスに少々邪魔者扱いされながら,やっとの思いで,ロータリー出口の信号まで来たのだった。すると,さっき別れたばかりのアンジーたち6,7人のグループを見つけた。彼らは駅前の赤ちょうちんを探して,マゴマゴしていた・・・と,思われる。彼らは赤信号で止まっている車に私を発見し,一斉に手を振ったり,気づかない振りをしている私の名前を,遠慮なく叫んだり,と,大騒ぎだ。 「バイバァ~イ・・・。桜来さ~ん!」 「ヤルじゃなぁ~い 空ちゃん!!」 「・・・お疲れ・・・気をつけてね!! ヒューヒュー! 」 「やっぱ最後までモテモテねェ~。 」 「桜木空子バンザーイ・・・。」だんだん冷やかしが大きくなって来たが“彼らの勘違い”に,反論する元気もなかった。それを知ってか知らすか,優子が言った。 「空子,お前モテるなぁ-。」私は,めんどくさそーに優子に言うのだった。 「そうなンです,添乗員はモテモテです!!」 「・・フン~ン,少しは謙そんすれば?」 「アッハハハ・・でも,優子のこと男だと思ったからだよ!」 「そっか・・・ってか,優子って,“子”って言うなっ!!」 「あっそうか・・・ゴメン“優子”」 「オマエ・・・っ,送ってやンねーぞ!」こうして,久しぶりに会ったいとことふざけ合いながら,私は徐々に平常心を取り戻して行くのであった。 おわり [この物語はフィクションです。]
2010/07/15
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私が改札を出る頃は,一緒に降りた人たちには私の恐怖体験が知れ渡っていて,みんな口々私を慰めてくれたが,中には“旅行中,桜来さんばっかりモテてたよねエ・・・。”“でも痴漢にモテても嬉しくないよね・・・。” などと,ちゃかしている人もいたのだったが,そんな話し声の中,私は少しずつ落ち着きを取り戻していった。 「空ちゃん,アタシたちこれから“打ち上げ”やるンだけど ・・・,一緒にどう?!」と,アンジーは少し遠慮がちに誘ってくれた。 「ありがとうございます。でも・・・今ドッと疲れが・・・。」 「そうよねっ。今日は早く帰りなさい・・・ねっ。 お疲れ!」改札を出て,駅前でみんなと別れた後,私は電車を降りて初めて後ろを振り向いた。そう,私は,ヤツを乗せた電車が出て行くのを確認していたはずなのに,また誰かが付いてくるようで,怖くて振り向くことが出来なかったのだ。 「オッ!! 空子,今帰り?! 」 「・・・・。」 「どこ行って来たの?! 北海道?・・・・沖縄?・・・」駅構内から出て間もなく,懐かしい声が聞こえて来た。その人は私の返事が返って来ないので,近づきながらキョトンとしていた。 「送ろうか?・・・・・,どうした?!」 紛れもない身内の顔が私の目にハッキリと映ったっ時,私はゆっくりと膝から崩れ落ちた。 「オイオイ・・・,どうした? 具合でも悪いの?!」倒れかけた私を慌てて抱きかかえてくれたのは,偶然,居合わせた,いとこの優子だった。優子は私と同い年のいとこので,久しぶりに顔を見たのだったが,なぜかとてつもない安心感が私を襲い,私を崩れさせたのだった。 「とにかく・・・車へ行こっ! 大丈夫か,歩けるか? すぐそこだから・・・。」私はその言葉に反応して力なく顔を上げた。ホントにすぐそこに優子の車があった。相変わらずだ・・・。こんな駅のロータリーの駐停車禁止の看板だらけの中で,優子の車は我がもの顔でハザードを揺らしている。いつもなら“ルールを守れ・・マナーが悪い・・・”と,説教の一つもしてやるものを,今日はこんな掟破りな優子の行動が,ありがたく感じるのだった。そして,私たちが車へ数歩近づいたとき車の中をのぞき込む警察官の姿を発見し,2人同時に足が止まった。 つづく
2010/07/13
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カツ・カツ・コツ・コツ・・・。私の5センチヒールの靴音は,空いている車内にクリアに響き,ヤツを威嚇しながら近づいた。私はヤツの目の前で右手を振り上げ,間髪入れずに振り下ろした。・・・・・。固く握った右手の旗は,さっきまで私が座っていたヤツの隣の席に叩き付けられた。ヤツは,突然の逆襲に微動だに出来ず肩をすぼめて顔を隠した。そしてドアが閉まる寸前,私は電車から降りたのだった。ホームに降りてからは,振り向きもせず,改札へ向かう階段の方へ足を進めたが,震えが止まらなかった。階段を上り始めると,聞き覚えのある声が耳に入る。ウチのお客さん達も何人か,同じ電車に乗っていたのだった。 「空ちゃん! お疲れ~。」アンジーの声だ。ホンの少し前まで一緒にいたのに,とても懐かしく感じそして同時に嬉しくて,涙が出そうだった。隣に並んだアンジーは,何かを察した。 「同じ電車に乗ってたンだねェ~,知らな・・・・。 空ちゃん・・・どうした? 顔・・・真っ青ヨ?!」私は,震えた声で新幹線の中からの出来事を掻い摘んで話した。 「そうだったンだ・・・。一緒にいれば良かったねェ。」と,汗ばんだ私の手を握り励ましてくれた。 「空ちゃん,アナタ痴漢初めてじゃないでしょ?こんなに! 震えちゃって・・・。」 「・・・ゥン,でも付けられたのは初めてだから・・・。」 「そうかそうか,でももう大丈夫だよ。」と,アンジーは,私の背中をさすりながら,旗が固く握られていてほどけなくなった私の右手の指を,一本一本優しく外してくれたのだった。 つづく
2010/07/12
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“ウゥ~~・・・逃げ場がない・・・どうしよう・・”私が座っていたのは一番端っこで,まるでヤツにコーナーに追い込まれたように,肩身を狭くして窮屈そうにしていたのだった。そうだ,“立てばいいンだ”。こんな事に気付くまでしばらくの時間を要してしまった。人は追い詰められると,思いがけず思考が麻痺してしまうものなンだと思い知らされながらも,こんな事で冷静でいられない自分が,ますます情けなく思えた。意を決して・・・,立ち上がる・・・。ヤツのスニーカーを思いきり踏んづけて・・・。真新しいスニーカーに黒っぽい足跡が,少しだけ付いている事を,確認した。もうすぐ降りる私は,すぐ近くのドアの前に立ったが,怖くてヤツの方を振り返る事さえ出来ない。“あぁ゙~~私としたことが・・・。”今更ながらもどかしいのだ。1つ手前の駅に着いたとき,ふと考えた。私が降りると・・・ヤツはまた付いてくるのだろうか?もしまた付いてきたら・・・,どうしよう・・・。小さい駅だから駅員もすぐ側にいるはずだ。そうだ!交番も近い。ヤツを捕まえて駅員に突き出すまで,どんなシナリオを描くべきだろうか。それにしても荷物が多すぎる・・・,片手を空けるのだけで精一杯だ。もしヤツがまた私のどこかに触れようものなら・・・,それを払いのける大事な右手に目を落とす。 “・・・,キモイ!!”直にヤツに触れる事を想像するだけで,ゾッとする。何かないか・・・?と考えて,私の相棒の存在を思い出した。バックから相棒の旗を取り出し,右手で力強く握った。すると,沸々と怒りがこみ上げ,勇気が沸いてくるのを感じた。こんな風に,あれこれと考えを巡らせていたら,あっという間に着いてしまったようだ。電車は駅を手前に減速し始めた。本来ならば自分の降りる駅に着くまでの最後の一駅は,一番長く感じたはずだろうに。それが私は,この間があっという間に過ぎていたのである。しかもホームに入り,ゆっくりゆっくり減速して停車するまで間,勇気が沸き過ぎたのか? “もしヤツが私に付いて降りて来なかったら・・・”と,思い始め,“ヤツを懲らしめる機会を無くしてしまうは・・・納得いかない ・・・“などと,考えていた。そして,“このままで済むと思うなよ!!”と,ハッキリと声に出してつぶやいた。電車は私に何かの合図を送るかのように,停車した。 つづく
2010/07/09
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ウト・・ウト・・にも程がある!時々目を覚ましても,目の前に立つヤツの足下しか見ていなかった。ハッキリと“痴漢だ”と気付き,パッチリと眼を見開いて顔を上げたとき,混雑などしていなかったのだ。私のいた車両は,空席が目立ち,立っている人など1人もなく,ヤツだけが私の前に立ち,私の膝をこじ開け自分の膝を無理矢理割り込ませていたのだった。“ウワ~~~ッ”と,声を張り上げれば良かったが,その時私はヤツの顔を見ることさえ出来なかった。・・・逃げるしかなかった。今思えば情けない話しだが,怖くて怖くてそこから逃げる事が精一杯だったのだった。私は目を伏せたまま,膝に置いていたバックでヤツの足を押し出し,立ち上がった。そして隣の車両へ移って行った。ハッキリは憶えていないが,多分2,3両離れた車両の空席を見つけて腰掛けた。横目でさっきの車両の方を見てみたが,追って来るようすもなく,静かに深呼吸をして自分に“落ち着け・・・。”と,言い聞かせた。クーラーの弱い車両だったのか,私が走ったせいか,少し汗ばんできてジャケットを脱いでしまった。ジャケットの下はノースリーブだったため,私も若干気が引けて,腕組みをしたまま,目を閉じていた。 ・・・しまった!!。私は証拠にもなくまたウトウト・・・していたようだ。その時私の隣に座っていた人が,いつどこの駅で降りたのか,まったく記憶にないのだから。 夢の中・・・私は電車の中で,隣に座った落ち着きのない 子供にイラついていた。その子は靴を履いたまま窓の方を向いて 座り,足をバタバタさせていて,時々私の脇の下に触るのだった。 その度に,私は少しづつ向きを変えたり,組んでいた手で足を払った りを繰り返していた。・・・・が,夢ではなかった。空席ばかりのこの車両で,いつの間にかヤツは,私の隣にピッタッと張り付くように座り,ナント私の脇の下から手を入れようと何度も試みていたのだった。そう,私が何度も払っていたのは,子供の足ではなく,”ヤツの手”だった。 つづく
2010/07/08
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改札口を出てからは,三三五五散らばって行くお客さんの中で,その男に気付いた数名が,私を心配してくれている。“付けられている・・・”と,言われても私は初めての経験で・・・,この時は半信半疑だったと思う。そして“ちょっと移動してみようか?”と,まだ付いて来るか試してみようと言う意見に,私は従った。私たちは,どこを目指すわけでもなく,ひたすら上野駅の構内を歩き回った。その間,何度か後ろを振り向いて見たものの,あの男の影を見ることは出来なかった。 「ご心配頂いて・・・ありがとうございます!もう大丈夫です。 次の電車で帰ります。」と,在来線の時刻表を指さした。発車まであと2分だった。 「大丈夫?1人で・・・。」 「大丈夫です,走って行ってあの電車に駆け込みますから・・・。 ありがとうございました。みなさんもお気を付けて・・・。」私は丁寧にお辞儀をして,早速走り出した。幸いその出発ホームは近かったが,ホームへ着くと間もなく発車のベルが鳴り響いた。私は無意識に,見えない誰かを振り切るように走り続け,先頭車両まで来てしまった。そして,空ている席を1つ見つけると,迷わずその先頭車両に乗り込んだ。私が座ると同時にドアが閉まり,大きく深呼吸をしてホッとしているのは,この電車に間に合ったからではなく,見知らぬ男を“振り切った”と,錯覚していたからだった。安心して目を閉じ,眠りに着くまで5分足らずであったろう・・・,最初の停車駅に着いたことさえ憶えていないのだから。それでも私は熟睡していた訳ではなく,少し混んできたらしく,私の前に立つ人の膝がぶつかっていることと,その人の靴はおろし立ての白いスニーカーだったことを,ウトウトしながらも認識していたのだった。恐らくこの時間が20分以上続いていたのだろう,私が,前の人の膝がぶつかるのは混雑していたからではなく,私の膝の間に割り込もうとしている痴漢行為に気付くまで。 つづく
2010/07/07
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行きとは大違いだが,少しの緊張感を持って上野到着に備え,私はA4のファイルが入る大きめのバックの持ち手を長い方に替え,たすき掛けにかけて片手を空けた。そしていつもならその手に相棒の“旗”が収まるのだが,今日は先頭を任せた幹事さんに託していた。上野到着,ドアが開いた。打ち合わせ通り,幹事さんが2人先頭で降り,ホームで立ち止まらずに,一番近い階段を昇るよう指示をする。私は開かない方のドアの内側から,開いているドアの方を向き,“立ち止まらずに進んで下さい!”と,繰り返した。最後に同じ車両のもう一つのドアの方を見て,ウチのお客が残っていないか,確認して私が降りる。この間約2分,あっという間の出来事だ。こう言う時の集中力は,私の場合,息継ぎをしたかどうかわからなくなる程なのだ。さてホームは,ラッシュアワーを目前にして,予想外に混雑していた。ここから改札口まで,1人残さず誘導しなければならない。同じ階段を,前の人を見失わずに付いて行けば,必ず同じ場所へたどり着けるはずなのだが・・・。時々脇見をしたり,トイレを探し横道にそれる人も少なくない。私は最後尾で,このような人はいないか目を光らせているのだが,それと同時に,先頭を行く誰かの持つ私の旗を,愛おしく見つめているのだった。そして,私は前方にばかり気を取られていて,自分の後ろにピタっとくっついて歩くその男に,まだ気付かずにいたのだった。改札口を出る直前再度全員集合させ,人数の確認し,改札口を出るとその直後から解散になる旨,私は改めてみんなに伝えた。そして,最後にお別れの挨拶を簡単に済ませた。団体用の専用口から,私が一番先に出て,整列している全員を通過させる。ここ(改札口)では,駅員が団体切符の人数の確認はしても,実際の人数を数えているところを見たことがないのだが・・・,まぁ,今日も小さいことを気にせずに,通り過ぎる事にしよう・・・。全員が出てきたのを確認して私は,駅員に軽く会釈をして向き直る。すると,1人のお客さんが疑念たっぷりの目で,私に声をかけて来た。 「ねェ,あの人,さっきから桜来さんの後,付いて来てるヨ。」と言う,その人の視線の先には,さっき新幹線の中で私に“グー”サインを出して来た,見知らぬ男が視線を逸らして立っていた。 つづく
2010/07/06
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上野駅到着20分前,眠りこけていたお客さん達はみんなスッキリと目を覚ましていた。上野は終点ではないため,停車時間はやはり2分しかなく,確実に全員を車外へ出さなければならない。先に出た人たちがホームで立ち往生してしまうと,後から続く人たちが時間内にホームへ出られなくなる可能性があり,ホームに出てからもけして立ち止まらないよう,幹事さんに協力を依頼する。そして全員には, 「停車時間は2分しかありません。速やかに車外へ出て下さい。」と,だけ伝えた。私もいよいよ添乗員モード全開だ。この緊張感がいつからかゾクゾクするような感覚になった頃,私はこの仕事を天職と思い始め,自信が持てるようになったのだった。そう言えばこの頃からだ,けして美人でも可愛くもない私がモテ始めたのは・・・。恋をすると女性は美しくなると良く言われる。これも間違ってはいないが,人は自分の仕事に自信を持った時,男性は頼もしくなり,女性は凛として輝くものなンだと,今になってわかるのだ。このとき,恐らく一層輝きを増した私,桜来空子30才は,通路を往復し,荷造りを終えた人達に忘れ物はないか,気配りをしながら歩いた。そしてウチのグループの最後尾に位置する自分の席まで戻った時,トンネルに入って真っ黒な窓ガラスに映る自分の姿をチェックした。背筋を伸ばして胸を張り,曲がった名札と乱れた髪を整えた。ガラスに向かって“良し”と言う,心の声が聞こえてしまったのか,同じガラスに映る見知らぬ人が,こちらを見て親指を立て,微笑んでいたのだった。恐らくgoodの意味だろうが,私は何の迷いもなく微笑み返してしまった。これが,後々自分を苦しめる一大事になるなんて,私は想像も出来なかった。 つづく
2010/07/02
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帰りの車内は,静かなものだった。ほとんどの人が遊び疲れて眠っている中で,本を読んでいる所長の姿を見つけた。私は,少し離れた前方のその席まで,忍者のような忍び足で近づいた。 「社長,先ほどはお気遣い頂きまして,ありがとうございました。」社長はオシャレな老眼鏡から,上目遣いで私を見つけると, 「イヤイヤ・・・,迷惑をかけましたね。申し訳ない・・・。」 「いえいえ,大丈夫です。」すると社長は,メガネを外して私の耳元へ近づいて来たので,私も自然と顔を寄せて行った。そして小さい声で社長が言った。 「カニ・・・1つじゃ足りなかったネ!!」 「・・・,じゃぁもう1つ追加しますか?!」と,私たちは顔を寄せたまま,冗談を言って笑いあった。 「これに懲りずに,またよろしくね!」 「こちらこそ・・・。」と,私は軽く会釈をして,顔を元の位置に戻した。私たち話しは,あくまでも静かで,隣に座る人の安眠を妨げる事もない“密談”だった。でもたった一人,私たちの会話に耳をダンボにし,目を光らせている人がいることを,私だけは気づいていた。それは,社長の斜め後方に座っていた,愛人と噂される事務員だった。私は自分の席に戻ろうと,振り向きざまにその愛人へ視線を向けると,彼女はもう目を閉じていた。もちろん私もすました顔で通り過ぎようとしたが,通路側の席に横たわる妖怪2人が目に入って,吹き出した。酒が抜けて正気に戻ってはいるものの,ますます人間界から遠ざかってしまう谷ヤンと,美しくなるための化粧が悲惨な表情を生んでしまう寝顔のアンジーが,折り重なって寝ている様は,まるで魂をぬかれた妖怪のようにおぞましい・・・,が,笑える。私は,落ちそうになっていたアンジーのスカーフを手に取り,2人の顔に被せて・・・,手を合わせた。(南~無~~) つづく
2010/07/01
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“そうだったのか・・・。社長は私を守るように指示してくれたンだ・・・。“そんな事を考えてたら顔がニンマリしていたらしく,やっぱりアンジーに“喝っ”を入れられた。 「空ちゃんっ!! いい加減におし!! 顔・・緩み過ぎ!!」 「・・・,アハ・・アハ・・ハハハ・・・ゴメンわかり易くて・・・。」新幹線の発車時刻15分前,改札口前に再集合してもらった。行きと同じように班ごとに人数の確認をすると,今度はみんな揃っていた。ただ・・1人気になったので探してみる。両脇を他の社員に抱えられるように並んでいる“柳さん”も目視で確認することが出来た。 「それでは皆さん,12番線へ向かいますので後に続いて下さい。」と,私は先頭で待っていた社長にちょこんと頭を下げ,私のバックの中でずーと出番を待っていた,添乗員用の旗を掲げた。未だに私を囲んでいる3人のSPにも心躍らされるが,私にはもっと従順で優しくて無口だが,いつも側で見守ってくれている,そんなヤツがいる事を忘れていた。紺地に白の文字で,会社のロゴマークが入ったこの旗は,紛れもない私の相棒だ。コイツはいつも“1人じゃないよ・・・”と,側にいて励ましてくれるのだった。私が添乗員デビュー間もない頃,この旗を持つことが楽しみでならなかったが,いざやってみると,これを出す機会が割と少なく,そのくせいつも私と行動を共にしては,バックの中でお行儀良く待ってくれているこの旗には,とても愛着があるのである。久しぶりの出番だ!この次はいつ会えるかわからない。風のない室内で遠慮深く翻るこの旗を,私は大きく左右に振って,精気を注ぎ込んだ。また,ホームにて少しの待ち時間を経て,新幹線に乗り込んだ。私は全員乗った事を確認すると,出入り口へ戻り,ホームに忘れ物はないか,のぞき込む・・・。そして“OK”と,つぶやいた。私にとっては,これが新潟への”別れの挨拶”のようなものだった。私は,長く伸ばしてしていた旗をバックしまうため短くしていると,カチッと音がして止まった。と,同時に発車のベルが鳴り,間もなく新幹線は東京へと滑り出すのであった。 つづく
2010/06/30
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帰りの新幹線を待つ間,行きとは打って変わって私はのんびりとしていて,何の緊張感もなく時間が流れるのを待っていた。それというのは,行きの上野と違ってここ燕三条には,沢山の新幹線が乗り入れている訳でもなく,新潟方面か東京方面の2つのホームしかないのだから間違いようもなく・・・,お客さんへの案内も簡単なものだった。帰りの新幹線の座席表を見ながら,私はさっきのSPたちの事を考えていた。どこから現れ何処へ消えていったか? そう言えば私はお礼も言ってないような気がする。私は顔を上げて周りを見回した。 「大丈夫です・・・! もう柳さんはいませんヨ。」と,優しく声をかけてきたのは,通路を挟んで私の真っ正面に座っていたK君だった。 「・・・?・・・」よく見ると私の両側にも1人づつ座っていて,引き続き私を警護していてくれたようだ。そして,私が“怖々と”? 周りを見回したから,K君が優しく声をかけてくれたのだった。私は感動して言葉にならない・・・。 「ずっと居てくれたンですか?!」 「も・ち・ろ・ん!!」 「・・どうも・あり・がとう・ご・ざいますゥ,ウル・・ウル。」と,私は目頭を指で抑え,彼らに感動を伝えた。 「ちょっとアンタ・・・,随分嬉しそーじゃない?」私とSPの間に無理矢理お尻を割り込んで,オレンジの足をこれ見よがしに張り上げながら,足を組んで隣に座ったのは・・・,アンジーだった。アンジーは座るより早く“アンタもういいわよ。”と,私の左側のSPに顎で指図した。 「ダメです!! 社長命令ですから・・・。」 「エ?~・・・エ,??」私とアンジーは同時に発声し,顔を見合った。 つづく
2010/06/29
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「・・・。」 「柳(やな)さんっ!!何そんなに怒ってンすか?!」そうか“柳さん”だ。私がこのグループの添乗を初めて任されたとき,誰に聞いたかは憶えていないが,“酒癖の悪い柳さんには,気をつけろ。”と,言われた事を思い出した。 「この女が,グダグダ言ってっからだよ!謝れッこの バカ!!」 「・・・あの・・私,何か気に障る事,言いましたか?」 「バカヤロー!お前のせいでこんなに待たされてンだろっ!」 「申し訳ありませんが,時間に余裕を持って案内する事も, 私の仕事ですから・・・。ご理解をお願・・」 「うるせー!!このヤロー・・○*+×△*」と,その時,私と柳さんの間をずっといい距離感で見守ってくれていた背中合わせの椅子を,柳さんはあっけなく飛び越て来たのだ。そしてその瞬間,私の前に立ちはだかって柳さんを制止した人がいたのだった。それは,まるでSPのごとく私の前で盾となり,柳さんから私を守ってくれているのだ。先頭に1人,左右に1人づつ¥・・・3人もだ。椅子を飛び越えてきた柳さんにもけっこう驚いたが。この3人の身のこなしまでもが,それらしく見えて・・・,やたら感動した。柳さんは相変わらず,訳のわからない事をブツブツ言っていたが,他のSP達に確保されるまで,1分もかからなかった。そして,柳さんはSP達の手によって,待合室からどこかへ連行されて行ったのだった。もちろんSP達とは,他の社員たちの事だが,当然,両方を守るためにした行動なのはわかっている。でも私には彼らが,ウルトラマンやスパイダーマンのような正義の味方にさえ,思えてしまう。私も余計な事を言わずに,そこから逃げてしまえば良かったものを,と,反省もしたが,またどこかに現れるかも知れない私のSP達に,”また会いたい”と期待してしまうのだから,手に負えないのだ。私は逃げも隠れもしない。だって私は,ひどく満足しているのだから・・・。 つづく
2010/06/25
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燕三条の駅には,発車時刻の50分前に着いてしまった。しまった・・・と,言っても予定通りだ。この辺りは新幹線の線路が高架橋になっていて,大きな駅ではあるが停車する本数が少ないため,構内も割と閑散としている。そして,駅ビルも余った時間をもてあましそうな殺風景なものだった。 「ちょっと早すぎたンじゃない?!」ほ~ら来た。待合室で私の隣に座っていたお客さんが切り出した。大勢の中には必ずこんな苦情を言うヤツがいるものだ。 お土産は余るほど買って・・・お腹もいっぱいで・・・,この殺風景な駅の待合室で時間をつぶさなければないわけで,お客さんの立場に立って考えれば,少しの苦情は仕方ないと思うのである。だから私は笑顔でこう答える。 「団体旅行で列車や飛行機を使う時は,時間が余って当たり 前なンです。 充分に余裕をもって行程を作りますから ・・・。 小さいドラブルや,渋滞に巻き込まれても, 間に合うように計算していますので・・・。」 「そうなんだ・・・。」 「余裕にも程があるでしょ?!」と,私の真後ろに背中合わせで座っていたお客さんが割り込んで言ったのだった。 「・・・,はぃ!」突然後ろから大きな声がして驚いた私は,返事をするのが精一杯だった。 「もう,いいから・・・。」と,隣にいた人がその男の腕を取り,私から離そうとした。ケンカをしている訳でもないのに,早々と仲裁にでも入ったかのような周りの反応に,私は少し戸惑った。 「ごめんね桜来さん,昼間ちょっとヤリ過ぎたみたで・・。」と,お猪口を持って飲むような手振りで,申し訳なさそうにしている別の社員にも,食いついた。 「なんで謝ンだよォ! 悪いのはこの添乗員だろ!!」その男の声は,待合室にいた人たち全員を振り向かせた。 つづく
2010/06/24
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私が,バスの前でお客さんを迎えていたガイドを,目前にしたとき,既にガイドの手には重~い車止めがぶら下がっており,“私が最後”になってしまった事が,明らかだった。 「皆さん,お揃いです!」 と,嫌みのない優しい声で迎えられた私は,バスのステップに上がる直前2,3度深呼吸をして息を整え,何もなかったようにバスの中へ入って行った。 「・・・?。」何か空気がおかしい・・・。みんなの視線が一瞬だが突き刺さった。“確かに集合時間ギリギリで戻って来たが,遅れた訳ではない・・・?”一番最後が添乗員とは何事か?とでも言いたいのか・・・??“私は首をかしげながら,一番前の定位置に腰掛けた。 「空ちゃんっ, 今度は若い男が追いかけて来てるわヨっ!」 「・・・・・・」車内ではあちこちから冷やかしの声が聞こえていたが,ピンと来ない私は,あきれたアンジーの声にも,すぐに反応出来ないでいた。すると,ガイドが乗って来て, 「添乗員さん,お店の方がお呼びですよ!」 「えッ,ぁあッ,ハイ!!」急いでバスを降りると,そこにはさっきの市場には似つかわしくない美男子が,立っていた。 「添乗員さん,一応,名刺もらえる?!」 「アッ,ハイ。」私は,さっさと店へ戻って行くその美男子を”まだタメ口かよ”と,見つめながら・・・,アンジーの言葉を思い出していた。この男子が私を追いかけて来ていたのを,バスの中からみんなに見られれていたようだ。カニの送り先の確認のために,私を追いかけただけなのに・・・。“やれやれ・・・”と,ゆっくりバスのステップを上がって行くと, 「ヒューヒュー・・・・。」 「モテモテだねェ~・・,空子ちゃん!」 「なかなかヤルじゃん・・・・!」と,益々冷やかしの声が飛び交っていて,マイクを持ったガイドも,話し始めるきっかけを無くしているようだった。ただ“お土産の送り先を聞きに来ただけなンだ”と,説明したかったが,“何を買ったのか?”とか“添乗員は割引になるンだろう”とか,面倒な事になるので,取りあえず頭をかきながら謝った。 「どうもスイマセン・・・!」 「やだぁ~認めるわけ~?!」と,相変わらずアンジーの妬みが収まらないようだったが,バスは予定時刻を4分遅れで動き出した。 つづく
2010/06/21
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暗~い店の奥からこっちに向かって来る,女性の姿が少しずつハッキリしてきた。社長の彼女の事務員さんだった。 「桜来さん!!」と,呼びながら私に手招きをしているので,奥の方へ行ってると,そこにはリラックスした様子の社長がいたのだった。 「空子ちゃんも何か選んで!!」と,社長は冷蔵庫に並べられた高級そうな蟹やいくらの箱を指さしながら言った。 「いえッ,私は結構です!」 「遠慮しなくていいから・・・!」 「ありがとうございます・・・お気持ちだけいただきます。」 「そんな事言わないで買ってもらいなさいヨ!!」と,彼女が言うと, 「そうだよ!添乗員さん,これがいいンじゃない?!」と,調子に乗った店員が蟹の箱を1つ持ち上げ,私たちに割り込んで来た。しかたなく・・・いやっ,必要以上に断る理由もなく・・・,私は社長のご好意を受け取ることにした。ザッと冷蔵庫を眺めていて気が付いた。 「ここのは,高い物ばかりですね,表にもっと 安いのがあったみたいだけど・・・。」 「いいものは表に出してないの! 陽が当たるから・・・。 だから社長さんにもこっちへ来てもらったの。」若い男性店員はどう見ても年下だが,タメ口で話して来る。少しムッと来て,電卓を叩きだしたその男の顔をチラ見した・・。・・・そして,ジッと見た。2度見するほど,私的にはなかなかお目にかかれないような美男子だったのだ。私はどれくらい見とれていたか憶えていないが,社長の声で我に返った。 「空子ちゃん,カニ・・好き?」 「はぃ,大好きです。」 「じゃあ,これにしよう!!俺と同じの, ねッ!」 「あっ・・・はぃ!」私はこの時ちゃんと社長の方を見て返事をしたのだろうか,後で思い返してもよく憶えていないのだった。 「さぁ,空子ちゃん行くよ!!」と,再び社長に言われて気が付いた。もう出発時間5分前だった。私は店先で,奥にに潜んでいる美男子に“会社へ送って下さい”と,だけ告げて,バスへ急いだ。よほど慌てていたのか・・・・私としたことが・・・,私の後を追いかける誰かの気配にまったく気付かなかった。 つづく
2010/06/18
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子供が遊園地の駐車場から興奮するように,地味ではあるがこう言う場所で大人もけっこう落ち着きがなくなるものだ。私は,さっきまで飲み疲れてボーッとしていた社員たちが,足取り軽く元気に市場へ向かう姿を,バスの横で見送っていた。先を急ぐ社員たちとは対照的に,社長と事務員の女性がゆっくりとバスから降りて来た。手をつなぐわけでもなく,肩を抱わけでもなく,つかず離れず社長の後を付いていくこの女性は,会社の経理を任され,長年,事務所を仕切っている50才位の社員の一人だ。だんだん彼女より年上の社員が少なくなり,今では陰で“お局さま”などと呼ぶ人もいるようだ。私はずーと前に,誰かからこの女性は“社長の彼女”であると,聞いたことがあったが,私の知る限り,旅行中それらしい現場を見たことはない。最後と思われる2人が降りると,ガイドが残っている人はいないか?確認のため車内へ戻った時,私は,初めて見る仲むつまじい2人の姿を微笑ましく見送っているのだった。ややもすると社長にまとわりつく女性達に,ヤキモチさえ感じる私が,なぜ“微笑ましく”・・・なのか,自分でもよくわからないが,2人にエールを送りたい・・とさえ,思っていたのだった。予定通り食事の時間には全員集合し,寺泊らしい,大きなお椀の蟹汁,新鮮な刺身の盛り合わせ等に,舌鼓を打った。珍しいことに,ここでも社長の隣にあの女性が寄り添って座っていた。が,社員たちはそんな事を気にする暇もなく,買い足りないのか?さっさと食事を済ませ,買い物に戻って行く人が多かった。20分位経っただろうか,私が別室で食事を済ませみんなの席に戻った時には,もう誰一人残っていなかった。昼食代の精算を済ませた私は,何を買う宛もなく市場をブラブラしていると,店の奥の方で誰かが私を呼んでいる。 「空子ちゃん・・・!」細長~い店の奥へ目をやるが,目の悪い私はどの辺から誰の声がするのか,すぐにわからなかった。 「桜来さん,こっちよ。」 つづく
2010/06/17
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「お疲れ様でしたっ!寺泊に到着しました。 ただ今,11時ジャスト。 約40分間,ショッピングをお楽しみいただきまして, その後,ご昼食となります。 昼食場所は,正面に見えております ○×屋 の2階です。 ここへ11時40分に集合して下さい。 ショッピングがお済みでない方も,一旦こちらにお集まり下さい。 また,集合時間より早すぎても,食事のお支度が整わない場合は, お席へご案内できませんので,ご了承下さい。 ・・・・・。」 私の滑舌の良い的確な案内に,お客さん達は耳を傾けてはいるが,目の前に立ち並ぶ市場に目が釘付けになっていて,早く降りようと,もう立ち上がっている人も数人いるのだった。こういう時だからこそ私は,ゆっくりとハッキリと,お客さんの顔を見ながら話すのだった。私はますます大きな声で威嚇した?! 「尚,ここ寺泊の出発時刻は12時40分となっておりますので, ・・・・・・・。 バスを降りますと,そこから自由行動となりますが,道路を 横断する際は,充分,ご注意下さい。 それでは,お気をつけて行ってらっしゃい!!」こんな具合で添乗員は,絶対伝えなくちゃならないことを言うときは,大人であろう子供であろう関係なく,はしゃいでだり,興奮しているお客さん達を落ち着かせるため,威嚇することもあるのだ。でも,けして不愉快にさせるようなことはないのだ。そう,私は“プロ”だから・・・。 つづく
2010/06/16
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私はもう一度軽くお辞儀をして,バスに乗り込んだ。 「気に入られちゃったみたいですねェ・・・。」 「桜来さんは,年上にモテるンだね!」私がまだ座席に着かないうちに,どこからか聞こえて来た。通路を挟んで,隣に座っていた社長がすかさず反応した。 「それは失礼だろ! まるで空子ちゃんが年寄りにしかモテ ないみたいじゃないか!!」“空子ちゃんに失礼”? 私に取ってはどっちもどっちだった。 「でも,社長も桜来さん好きでしょう?!」車内は一斉に笑いに包まれた。社長は,逆に突っ込まれて,ばつが悪そうに笑っている。 当の私は,手首まで流れてきそうなソフトクリームと格闘中・・・なわけで,ゆっくり味わうことも出来ず,一心不乱で口の中へ押し込んでいた。バスはガイドの案内の中,弥彦スカイラインを重そうに登って行く。時間に余裕があれば,ロープウエイで山頂を目指すのだが,今日は余裕がない。最終日,飛行機や列車を利用するときは決して無理をしないのが団体旅行の常識だ。私たちは,弥彦山山頂を横目にバスを走らせ,日本海側へ下りて行った。次の目的地は寺泊(てらどまり)の魚市場。この魚市場を通称“アメや横町”と呼び,新潟を旅する観光客の多くが,ここで新鮮な魚介類を食し,尚かつ大人買いして行くのだ。私たちも今回の旅を締めくくる場所としてここに立ち寄り,昼食を兼ねてお土産のショッピングを楽しんでもらうことになる。ガイドの話は尽きることなく,バスは寺泊アメや横町の大きな駐車場へ入って行った。ここから,数多くの魚やさんが軒を並べる,アメや横町が一望できるが,気が早るお客さん達を一旦落ち着かせるのは,私の役目だった。なめらかで,歌うようにリズムをみ,時にはさりげないBGMのようでお客さんの安眠を邪魔しない・・・,そんなガイドを黙らせて,私はマイクを握る。 つづく
2010/06/15
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「プッッ・・!」 バスに寄り添って立っていたガイドが遠慮がちに吹き出した。 「アレッ・・,ガイドさん,あなたも探してくれたの?」ガイドは口を押さえ,笑いを堪えながら大きく頷いた。 「アナタも・・・,仕事だから・・・?!」 「アッ・・いやぁ,・・・スイマセン・・・。」新米ガイドは笑って言いのか?謝って言いのか?わからない様子で,社長を見つめる・・・。 「・・・そんな顔で見つめないで・・・。正直な空ちゃんも大好き だけど,ウブなガイドさんも捨てがたいな・・・!」 「・・・社長!! イヤラシ~イ顔になってますよ!」と,私は社長の腕を取り,バスへ押し込んだ。“待てよ・・・,あたし・・ヤキモチ・・焼いてる?”“・・バカな?!”と,自問自答して振り返ると,いつの間に来ていたのか,アンジーの顔が目の前にあって,マジマジと私の顔をのぞき込んで言った。 「アンタ何ムッとした顔してンの?・・もしかして今日,アレ?」 「・・・??・イヤッ・・別に!!」アンジーは不思議そうな顔をしながら,私の前を通り過ぎて行ったが,私は・・・と言うと,“アレっ?って・・・,アンジーは女でもないのにアレの時の女心がわかるのだろうか・・・? わかりっこないくせに!“と,うかつにもアンジーにまで八つ当たりしそうな勢いでその背中を目で追っていた。“いったい私は何をしてるンだ”と,気を取り直して,時計を見る。時計の針は出発予定時刻の9時50分丁度を指していた。それを見ていたガイドが, 「あと2名様です!」と,手元のカウンターを見ながら答えた。そして,私がバスから程近い売店の方へ目をやると,ソフトクリームを手に,小走りで近づいてくる2人を見つけた。 「あの2名で,お揃いです!」と,私がガイドに告げると,ガイドは早速タイヤに添えていた車止めを拾い上げ,ステップにしまい始めた。待たせている・・・と,察したのか,最後の2人の小走りはだんだん早くなっている。 「走らなくていいですよォ~!」と,声をかけると,2人の足取りはゆっくりになった。 「お待たせして・・・,ハイ これどうぞ!」と,1人のお客さんが2つ持っていたソフトクリームを1つ差し出した。 「イェッ,私は結構です」 「違います! あの店の人が“添乗員さんに上げて”って!」 「・・?・・??」溶け出して,今にも手を伝って来そうなソフトクリームを,取りあえず受け取った私は,売店の方を見て,表に突き出したソフトクリームコーナーに目を凝らした。誰かを捜している様子を店の中から見ていたのだろう。中から一人の年配の男性が出て来た。それは,さっき私がトイレを借りに行った時,挨拶した人だった。“お疲れ様です”“おはようございます”の会話だけだったのに,その人はとても親しげに手を振っている。私は2,3歩前へ歩み出て,“ありがとうございます”と,叫んだ。私の声は先方に聞こえたか?聞こえないか?位のものだったが,その人の“またおいで”の声は,弥彦山にこだまするように響き渡った。 つづく
2010/06/14
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「うっそー,やだ! アタシ ちゃんと乗せたわよ~~~!」私とアンジーの会話で何か良からぬ雰囲気がバスの中に漂い始め,ボーッとしていた殆どの人が,一斉に我に返った様に見えた。にわかにバスの中がざわめき出したが,私はあまり焦っていなかった。もちろん,お客さんを置いて来てしまった添乗員の責任は重大だが,往復10分あれば迎えに行く事ができる場所だったため,今後の行程に支障は出ないと履んでいたからだ。私はもう一度,今度はじっくりと車内を見回した。“怪しい・・・左の最後部・・・。” 私は心でつぶやいていた。最後部の右側には男性が1人,深い眠りに入っているらしく,車中のざわめきをも子守歌のように,力なくうなだれて目をつむっていた。私は迷いなく歩き出していた。 「ちょっと失礼します・・・。」通路にはみ出しているお客さん達をよけながら進む私は,最後部左側の座席へ焦点を合わせる。前列まで来てもやはり寝ている1人の男性以外は確認できない。 「・・・ンん?・・・,ホラッ・・いた!!」谷ヤンは,最後部左側の席に座っていたにちがいない・・・だろうが,隣に誰も座らなかったため,ついつい横になって眠ってしまったようで,車内前方からは死角になっていて,すぐ前に座っていた人たちが先に降りてしまった事で,誰にも気付いてもらえなかったのだった。アンジーは私に付いて来ていたため,私に覆い被さるようにのぞき込んで,谷ヤンを確認した。 「あらっ,やだ~いたじゃない!! ったく,人騒がせよね!」私はなんとなくはじめから確信めいたものがあって,慌てることはなかったが,さっきまで一定の緊張感のあったバスの空気が,一気に和んでって行った事に,少し申し訳ないような気持ちになった。出発時間5分前,社長が1人で戻って来て,悪戯っぽく話しかけてきた。 「空ちゃん・・・,何か事件が起こった?」 「はぃ!!」 「どんな事件?!」 「 “谷ヤン紛失未遂事件” です!」 「・・・空ちゃんが落とし主・・・なの?」 「ハイ!そうです!」 「探さなくても良かったのに・・・どうして探したの?」 「仕事だからです!!」 つづく
2010/06/11
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私たちは,予定通り9時ちょうどにホテルを出発した。最初の目的地は弥彦神社。ガイドの朝の挨拶も終わらない内に,バスは5分程で神社の駐車場に到着した。ドライバーがギアをバックに入れる直前,ガイドはバスを降りて笛を口にくわえた。バスはゆっくりとバックしながら,まだガランとしている大型専用駐車場に,お行儀良く入って行った。お客さんと言えば,さっき乗ったばかりで気分が乗らないようだ。誰も降りる準備をしていない。それでも,ガイドは急いでバスに戻り再びマイクを握り,出発時間を告げた。 彌彦神社(いやひこじんじゃ) 越後国開拓の祖伸,伊夜彦神を祀っていて, 弥彦山の麓に位置し,弥彦山全体を神域とする。 正式には彌彦(いやひこ)だが,地名が弥彦(やひこ) であることから,一般的には彌彦(やひこ)神社と,呼ばれ ている。自由に見学して頂く時間は,約30分。そんなにゆっくりしてはいられないのだが,飲み疲れた様子のみんなは中々腰を上げないのだった。そこで,一番元気な社長が先に席を立つと,しかたなくそれに続く数名がいて,ポロリ・・・ポロリと,10人位が降りた頃だろうか,若い男の社員がつぶやいた。 「谷ヤン,乗ってる?・・・見当たらないけど・・・。」 「エッ・・・!!」私はガイドと一緒に先にバスを降り,中々降りてこない人たちを気長に待っていて?気な顔をしていたが,途端に2人の顔は強ばった。 「数えたよね・・・。」 「はぃっ!! 社長さんが1人増えて・・・34名ですよね?」ガイドが自信を持って答えた。 「そう・・,私も数えたし・・・???」私は急いでバスに乗り込み,座席後方から前方へ目を移した。2,3度繰り返したが,谷ヤンは確かに見当たらなかった。私の顔色を見て何かを察したか?まだ車中に残っていたアンジーが言った。 「どうしたの?」 「谷ヤンが・・・いない・・・!」と,同時に前の方に座っていたアンジが後方へ目を向けて探していたが, 「アラッ・・・ホント・・!!」 つづく
2010/06/10
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さて,今日は3日目,最終日の朝は雲一つない晴天だった。私は,自分のむくんだ顔にひるむことなく,朝食会場でお客様を迎える。どうせお客さんの方が飲み過ぎて,ひどい顔してるに違いない・・・とか,私の顔など,そう気になる人もいなかろう・・,と,高をくくっていたのだが,社長に見破られていた。 「空子さん,おはよう。 寝不足? それとも飲み過ぎ?」 「・・アハッハハハハ・・・,バレバレですね!」 「あれから・・・,誰かに捕まったの?」 「まぁ・・,あのォ・・・アンジーに。」 「何?女同士で飲んだの?・・・。 アイツ昨日は完全に女だったよももンね!」 「・・・あっ,・・イヤっ・・そのォ~・・・ハイ。」 「だったら俺が捕まえときゃ良かったなぁ・・・。」と,社長はニコニコしながら自分の席へ向かった。こんな風に,社長はいつもスマートな会話をする。私のような者に対しても,必ず顔を見て挨拶して,差し障りのようにご機嫌伺いをする。そして,女性を程よく建てて,さりげなく褒め,けして深追いしない・・,この加減がいつも絶妙なのである。 「おはよう・・・,・・ちゃん・・。」相変わらず,乾ききった声の主はアンジー。(本名:山村 賢治 通称ケンじぃ)寝坊して化粧が間に合わなかったと言っても,自然とハンカチを持った左手は小指が立ち,究極の内股で歩く姿はやっぱり変だ。 「どうしたの?」と,私の方が聞いたのに, 「アンタ・・・ひどい顔ねェ~。」 と,アンジーが言った。 「・・・・。」私は無言でアンジーの顔をのぞき込んだ。 「・・わかったわよォ~,アタシに言われたきゃないわよネ!」静かに食べていたみんなもアンジーに気付き,笑い始めた。遠くの方にいた同僚がアンジーに声をかける。 「何ンか変だと思ったら,今日は顔が“ケンじぃ”なのに, 歩き方がアンジーかよ!!」 「・・・ヒド~~イぃ,ってか,ヒドイのはアタシの顔か?!」・・・一同大爆笑。今日も朝一で,みんなの笑顔が見れた。いい日になりそうだ。 つづく
2010/06/02
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