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「そっそうか・・・,ゥン。」カマキリは体を後ろに残したまま,カバンと私の目を年度も往復しながらやっと返事している。私の手はまだカマキリ達の前に突き出したままなのである。 「このカバンは下のトランクに入れておきますね。」 「おォっ・・・,そっそうだな・・・。」 「お帰りの際はお忘れなく・・・。」と,言うより早く私はカマキリ達の返事を待たずに,カバンを持ってそこを離れたが,カマキリ達がどっちがカバンを持つかもめている様子を背中で感じていたのだった。そりゃそうだ・・・。これまで高齢の○×さんのカバンを,いつも誰かが持ってあげていたのだから・・・。これから,そのカバンを誰がもつのかそれは大問題だろう・・・,と人ごとのように心配している私に,またカマが振り下ろされたのだった。 「おっッ・・・,桜来さんよ-。空港へ着いたらアンタが 本人にカバンを渡してくれよ・・・。」 「・・・。」 「ンンン・・・,俺たちじゃあ“自分で持て”って 渡せないだろ?!・・・,ナッ!!」 「・・・。」 「・・・頼むよ-。」 「・・・わかりました。」カマキリ達はどうしようもなくなって人に頼み込んでいるような態度ではけしてなかった。私が即答をせずに黙っていたのはそのせいだ。そう言えば,無愛想な私の態度にも不満そうな様子を見せる事はなかったが,何か言いたそうな私に”いつでも相手になるよ”的な懲りないカマキリ達の構えは,私を益々不機嫌にさせた。空港までバスの中は何もなかった様に爽やかな風が吹き抜けとても静かに時が過ぎていた。それに反して,カマキリ達は自分たちが何もしないであのアクシデントをくぐり抜けた事が,余程嬉しかったのであろうくだらない話に引き笑いをしながら喜んでいる。私は全身包み隠さず・・・,とにかくムカついていた。このままでは終われない・・・,なぜか私はそう思い始めた。 つづく
2010/11/26
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カマキリ達は,恐る恐る・・と,言った感じで,中の様子を伺いながら入って来たが,雑巾片手の私の姿を発見すると,クルリと向きを変えバスを降りてしまった。何を恐れているのか,小心者のカマキリ達よ。私はバスの最前列に戻ったがやっぱり気になって,もう一度車内をクンクンしながら歩いて回った。やはり鼻がバカになっているのか?イヤな臭いは感じない。これでホントに何もなかった様にごまかせるだろうか?やれることは全部やった・・・。これ以上何が出来ると言うのか?そうだ・・・,カバン。私は○×さんのカバンを持ち,胸を張ってバスを降りるのだった。 「おゥッ・・・,キレイにしたか? 臭くねエ―か?」早速カマキリ達の洗礼を浴びる。 「・・・・。」私は,しっかりカマキリ達の目を見据えて,うなずいていた。 「窓,ぜ~~んぶ開けてあるか?」 「・・・・。無礼者めが!」私は下を向き小さな声だが,ハッキリと声に出した。もちろんカマキリ達に届いてはいないが,この時ばかりは,さすがの私も笑顔を無くしてしまったと思う。我慢の限界だった。 「もうバスに乗っても大丈夫か?」 「・・・。」(視線を外して再びうなずく)背の高いカマキリ達は私を睨みつけて,問い質す。どうしてこうなるのか? 到底私には理解しがたい。ヤツらはホントに人間なのだろうか・・・,とさえ思ってしまう。 「汚れた服はビニールに入れたか?」 「・・・ハイ。」(入れてくれましたか?ではないのか!) 「ギュゥーと,ギュゥーとしたか?」 「ハイ・・・。」(してくれましたか?と言え!) 「・・・そうか,ご苦労・・・ハハハッ!」カマキリ達は引きつった笑顔で,向かい合い胸をなで下ろしているのがわかった。 「ギュゥーっとして,このカバンに入れました。」と,私は後ろ手に持って隠していた○×さんのあのカバンをカマキリ達の目の前に指し出した。 「ウヮッ!」カマキリ達は,揃って後退りをした。 つづく
2010/11/18
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あの時いったい私は何に怒っていたのだろう・・・。誰を恨んでいたのだろう・・・。何もしないカマキリ達か?それとも本人に対してか?いや,違う。誰にぶつければ良いのかわからないから,イライラしていたように思う。後から考えてみても,これは添乗員の仕事だろうか,旅行形態は「主催」でなく「手配」であって,そこまでの責任が私にあるのだろうか・・・,でも私でなければこの始末はいったい誰がやるべきだったのか・・・,いやっやっぱり私だろう・・・私しかいなかった・・・,と諦めるしかなかった。でも,本来行く予定だった先輩添乗員には,会社へ着くより早くその時の思いをストレートにぶつけた。“いつもの事”なのになぜ引き継がなかったのかと詰め寄り,頭を下げっぱなしの先輩に掴みかかり,社長が止めに入るような事になってしまったのは,今でも後悔していない。バスへの戻り道,さっきまでのじめじめした風がウソのように,爽やかな空気が私の前を横切った。少し気が晴れた・・・気がする。さて,キレイにはしたものの車内の臭いが気になっていた。今まで強烈な臭いの中にいた私は,今の車内は何も臭わないのだが・・・。外から入って来る者は,何かを察してしまうかも知れない・・・と。今なら,「ファブリーズない?」と,ガイドに聞いただろうが,当時はそんな物はなく,車内の臭い消しに何を使おうかと,頭を悩ました。と言っても,せっかちで機転のきく空子さんは,3分とかからずあるものを手にしていた。それは,バスの掃除用具の中に入っていたガラスクリーナーだった。私はそのガラスクリーナーで,両サイドのガラスを互い違いに3枚づつ拭いた。汚れを拭き取っていたわけでなないから,その作業はアッという間に終わり,私はバスの最後尾から正面に見える時計を見た。出発予定時間の2分前だ。“よしっ,これで完璧だ!!」と,狭いバスの通路をゆっくりと,優雅に歩いて,おどけてみた。そして中央辺りまで来たところで,カマキリ達が入って来た。 つづく
2010/11/11
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その人が真っ直ぐバスの方へ歩いて行くことに気付き,私は慌てて追い越して行った。 「お疲れ様です。」私はガイドの声に反応している暇はなかった。 「さっきの新聞紙は?!」私がバスのステップに着く前に声かけたため,ガイドの差し出した新聞紙を受け取り,○×さんの座席へ着くまで,まるでバトンリレーの模範のように流れて行った。私はせっかちにまたガイドに言った。 「・・・窓,全部開けて!!」ガイドは,私の後を追うようにバスの奥へ進み,窓を開ける。私と言えば・・・,さっき捨てずにとって置いた新聞紙をいささか殺気立って○×さんの席に広げている。良かった捨てなくて・・・。 「お疲れ様でした・・・。」ガイドの変わらない声かけで,○×さんがバスに乗った事を確認した。○×さんは何も言わず,私が敷き詰めた新聞紙の覆い被さった自分の座席に迷わず座った。そしてようやく着替えが始まった。今私がしている事は,まるで老人介護のようなもので,初めは遠慮した方がいいのかもと思っていたのだが,狭い車内での着替えは思いの外面倒で,時々足下をふらつかせているその老人に,私は手を貸さずにはいられなかった。一段落して,私は雑巾を持ってバスを降りた。ガイドとドライバーの真横を通ったが,彼らに声をかけられることはなかった。きっと何と声をかけたらいいかわからなかったのだろう。ふと気付いて,私は振り返った。 「美波ちゃん(ガイド),幹事さんの顔わかる?」 「あッ,ハイ!」 「そろそろ売店に来る頃だから,“車内清掃をしているので出発時間ギリギリまでバスに戻らないで下さい“って伝えてくれる?」 「ハイ,わかりました。」トイレの洗面所で汚れた雑巾を私は,何度も洗っては絞っり洗っては絞り・・・。真新しかった固形石けんは薄っぺらになってしまった。どのくらい洗っていただろう・・・。私は,自分の着ている服もここで全部洗濯したくなって,胸元をジッと見つめた。泣きたくなった。せめて昨日の服に全部取り替えたい。ん゛~~~~,だんだん何かがこみ上げて来た。どうして必死になって雑巾を洗っているのだろう・・・! 「ん゛~~!!」こんなものもう使えないのに・・・!と,雑巾を投げ誰が使うんだこの石けん・・・!と,石けんを投げつけた。すぐ側のゴミが箱に向けて私は思いきり投げつけた。思いきり声を出した訳ではなかったが,思いをぶつけたせいか,私はようやく我に返った。 つづく
2010/11/01
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運転手のその青年は,気を利かせたのか?バスに横着けするのではなく,10m位手前で車を止めた。きっと真っ直ぐバスには乗れないだろうと,察したに違いない。私たちは速やかに車を降りた。慌てた様子など見受けられなかったが,○×さんは降りるより早く近くのトイレに向かって歩いて行った。本当は駆け込んで行きたいのだろうに,その老体は走る事を拒んでいるように見えた。私はシートに敷いてあった新聞紙を素早く剥がして車外に出し,運転手の青年に深く深く頭を下げ,車を見送った。振り返ると○×さんは,まだトイレに到着していない・・・。追いかけようか・・・,迷っている私にガイドが声をかけて来た。 「添乗員さん,何かお手伝いしましょうか・・・?」 「いやっ・・・大丈夫です。私がやりますから・・・。」私は広がったままの新聞紙を慎重にたたんでいた。どうやら,汚れていないようだ。それを見ていたガイドが,“私が捨ててきます。”といいながら手を差し出した。もちろん私は躊躇したが,渋々それを渡した。 「あのォ・・・,これ捨てないでとっておいて!!」何の考えもなかったが,捨てない方がいいと何となくそう思った。 「わかりました。・・・添乗員さん,大丈夫ですか?」私の悲壮な顔にとっさに出た言葉なのだろう。その言葉に思わずウルウルして来て,大きく首を横に振って“ダメ~~~!”と,言いそうになった。“空子しっかりしろ”私は意を決して向き直り,大きく深呼吸して息を止め,○×さんのいるトイレに向かって歩き出した。そのトイレはほとんどオープンエアーで,臭いはこもらないような設計になっていたが,○×さんがどの個室に入っているかは,わかってしまう。トホホ・・・。また,しばらく待たされて心配になってため声をかける。 「○×さん・・・,大丈夫ですか? 着替え持って来ましょうか?」 「ぅうん,大丈夫」“ウソつけっ~~”と,私の心の声が外に漏れて来そうだ。 「ここで,着替えた方がいいと思いますが?!」 「ぅうん,大丈夫」ここまで否定されると,私もどーしていいかわからなくなる。このままバスに乗せたら大変な事になってしまう・・・。ドアから少し離れて立っていた私は,若干の向かい風のためその臭いが通り過ぎるまで気付かなかった。そう,○×さんは静かにドアを開け,私を通り越していたのだった。私の前を歩くその人が,相変わらずもの凄い臭いの異物を身に付けていることは,すぐにわかった。 つづく
2010/11/01
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