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「若草物語」は女性なら一度は手にしたであろうオルコットの名作である。小説の発表以来、過去に何度も映画化されているが、当時のハリウッドの若手スターの競演ということでも、この作品が最高のものであろうと私は思う。長女メグにジャネット・リー、活発で男勝りの次女ジョーにジューン・アリスン、三女のエイミーにはエリザベス・テイラー、そして末っ子のベスには名子役だったマーガレット・オブライエンという配役だ。おてんばな次女ジョーが雪道を走り、ひょいと柵を飛び越える、そんなユーモラスなシーンで「若草物語」は幕を開ける。<ストーリー>南北戦争当時のマサチューセッツ州コンコード。マーチ家の四姉妹は慈愛に満ちた母を助けながら、牧師として従軍している父の留守を守っている。裕福ではないけれど、心豊かな毎日、だが、戦場での父の怪我、ベスの病気と、マーチ家を様々な災難が襲ってくる。「--父の言葉を忘れずに、母には優しき娘となり、再会のとき”わが小さき婦人たち”への愛がさらに増すように・・・」従軍している父からの手紙を読む母の回りで父への思いを募らせながら聞く四姉妹。クリスマスに、四姉妹にはそれぞれ欲しいものがあった。メグは羽根飾りのついた帽子、ジョーは新しい小説、エイミーは画用鉛筆、ベスは新しい楽譜。雑貨店のガラス窓から顔を覗かせる四姉妹の幻想的なシーン。一度は手に入れたクリスマスの品だったが、それは献身的に奉仕活動をしている母に贈るプレゼントに変わった。ツリーの下に置かれた娘たちのプレゼントに帰ってきた母は涙ぐむ。母娘の愛情にグッと来る場面だ。母は娘たちの寝室を覘いて回る。ベスと一緒に眠っているエイミー。エイミーの鼻には洗濯ばさみが・・・。こうしていると、鼻が高くなると信じているエイミーが可愛い。お隣のローレンス家の舞踏会に招待される四姉妹、ジョーもローレンス家の孫のローリー(ピーター・ローフォード)に誘われ、人気のない階段下で楽しく踊り始める。「一生、君のそばに・・・」ローリーがジョーの耳元で囁く。「--わかっているわ」「ずっと君を愛してた」だが、ジョーは小説を書き上げることを願っていたのだ。階段の上の物陰でじっと見ているエミーとベス。それを祖父ローレンスに見つかり、ベスはピアノを弾きにくるように頼まれる。メグはローリーの家庭教師ブルックと恋仲になる。ジョーはローリーと会うのを避けるようになる。何故ならローリーが来ると執筆の時間をくわれるからだ。逃げ回るジョーを追いかけるローリー。このシーンは笑わせてくれる。マーチ家に異変が起きた。父が負傷しワシントンで入院したというのだ。母はとるものもとりあえず病院に急いだ。そして更に悲運は続いた。母の留守中ベスがしょう紅熱にかかり、意識不明になったのだ。だが、ベスは命を取り留めたところへ母が急遽帰ってくる。後を追うように父が帰還。メグはブルックと結婚、今度は春が巡って来たのである。ジョーはローリーの結婚申込みを断り、ニューヨークのカーク夫人の下宿屋へ家庭教師として勤める。そこで、ジョーは音楽好きのベアー教授(ロッサノ・ブラッティ)と知り合う。彼のピアノを聞いたり、オペラの観劇もジョーには楽しかった。ベアーはジョーに作品のアドヴァイスをする。「ジョー、君には才能がある」「本当?」「もちろんだ、僕の助言を聞いてくれ」ジョーは期待の眼を向ける。「”才能を開花させるには、周りのドロを払え”。そのためには”真に書きたいことを綴る。若い間は簡潔で美しい話を書く”。君なら出来る」「頑張るわ」ジョーは実家に戻り、ベスの命か旦夕に迫っていることを知る。彼女はベスの身を思い、屋根裏部屋に籠もって泣いた。そこへベスがやって来た。「ジョーはカモメみたい。強くて野性的で風や嵐が好き。海の上を自由に飛び回る。内気な私と正反対とママが言ってたわ。ジョー、泣かないで。私、天国に行っても見守っていてあげる・・・」ハラハラと枯葉が舞い落ちる庭でジョーは、書き上げた小説の題名を表紙に書き込む。 『私のベス』 ジョセフィン・マーチーー今は亡き妹のベスに この作品を捧げるーーそして、ベアー教授の元へ作品は送られた。彼女は忠告をしてくれた教授にまづ読んでほしかったのだ。時が経過、叔母と欧州旅行に行き、彼の地でローリーと結婚したエイミーが実家に戻ってきた。メグは双子の世話で忙しい。そこえ教授が訪ねてきた。「ジョセフィン・マーチさんにこれを渡してほしい」入り口に出てきたローリーが受け取り、教授は帰っていく。ジョーが包みを開けると、それは製本された『私のベス』だった。教授の友人の出版社の手で公開されたのだ。彼女は教授の後を追いかけた。云いにくそうにプロポーズする教授。ジョーはベアー教授の手を取り、家に誘うのだった。1949年 アメリカ・カラー 監督 マーヴィン・ルロイ 出演 ジューン・アリスン マーガレット・オブライエン エリザベス・テイラー ジャネット・リー ピーター・ローフォード メアリー・アスター ロッサノ・ブラッティジューン・アリスンに興味のある方は↓http://plaza.rakuten.co.jp/chokosan/diary/200907120000/<トピック>テイラーを夢中にさせたローフォード「サー」の称号を持つイギリス陸軍の中将を父とするピーター・ローフォード。MGMは上流家庭に育ったこの二枚目の青年と美少女エリザベス・テイラーをコンビ売り出そうと考えた。1944年「ドーヴァーの白い崖」で初共演、4年後「奥様武勇伝」で再び共演した二人は撮影中に急接近。「若草物語」の撮影中は愛の絶頂期だった。しかし、撮影終了後、ローフォードは旅に出、この恋は終わった。ローフォードはその後、ケネディ大統領の妹と結婚した。原作や他の映画「若草物語」と違う点は?三女ベス、四女エイミーという姉妹の順番が逆になっているのに気がつかれた方はいらっしゃるだろうか。夭折の少女ベス役に当時17才でバスト89cm、ヒップ86.5cmという成熟したリズの肉体はあまりに不自然だ。そのためベスを四女とし、テイラー演じるエイミーを三女に”昇格”させたという。<一言>昨今の世相を見るとき、「若草物語」のような家庭は今の日本にあるのだろうかと思う。親子の絆、娘たちの愛情、かっては日本にも存在した”心のやさしさ”が欠如しつつあることを憂う。
2011.01.24
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家出した大金持ちの娘と失業寸前の新聞記者との珍道中の間に恋が芽生える。父の反対を押し切ってニューヨークの恋人のもとに向かおうとするお転婆娘エリー(クローデット・コルベール)は大陸横断バスに乗り込むが、このバスの中でピーター(クラーク・ゲーブル)と知り合う。バスの故障で安宿に夫婦と偽り泊まる羽目に陥る。ピーターは2つのベッドの間を毛布で仕切り、安心して眠るようにエリーに云う。高くて厚い壁、”ジェリコの障壁”と名付けた毛布の向こうからエリーが聞く。「あなたの名前は? あなたは誰なの?」「俺か? 夜は強いタカ、朝は君の頬をなでる風さ」ウイットに溢れたこのセリフはきっとエリーの胸にやさしく響いたことだろう。またピーターが本当に好きな女性が現われたら、太平洋の小さな島に連れて行きたいと夢を語るシーンがある。「夜になると月と波と彼女が一つになる、大自然に溶け込むんだ。そこに住みたい」ピーターの言葉にエリーが思わず毛布を越えて、「私を連れて行って」と叫ぶ場面が印象に残る。この映画は名セリフの宝庫と云えるだろう。口下手な人はこの映画で洒落たセリフを勉強するといいと思う。ピーターがヒッチハイクの講釈を垂れる名場面は笑わせてくれる。ともかく一級の作品だ。1934年 アメリカ モノクロ 監督 フランク・キャプラ 出演 クラーク・ゲーブル クローデット・コルベール
2011.01.20
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親友のハリーを訪ねて来たホリーは、ハリーは交通事故で死んだばかりと聞く。チターの軽快な音楽で始まるこの映画は、第二次大戦後の米英仏ソ4カ国共同分割統治下のウィーンを背景に、男同士の友情、男と女の愛憎が描かれたサスペンス映画の名作である。1949年製作のイギリス映画。監督は巨匠キャロル・リード、出演はジョセフ・コットン、アリダ・ヴァリ、オーソン・ウエルズ。音楽はアントン・カラス、撮影は見事な光りと影の映像美でアカデミー撮影賞に輝いたロバート・クラスカー。原作はグレアム・グリーンがこの映画のために書き下ろしたものだ。<ストーリー>映画はアメリカ人の西部劇作家ホリー・マーチンス(ジョセフ・コットン)が、親友ハリー・ライム(オーソン・ウエルズ)の招きを受けて、列車で駅に降りるところから始まる。荒廃したウィーンの町は至る所が廃墟と化し、物資の横流しや闇取引が公然となされていた。ホリーはハリーを訪ねるが、ハリーは交通事故で亡くなったばかりと聞かされる。葬式が行なわれている墓地へ駆けつけた彼はそこで舞台女優アンナ(アリダ・ヴァリ)を見かける。国際警察のキャロウエイ少佐(トレヴァー・ハワード)とも会い、ハリーが悪質な闇商人だったと聞き腹を立てる。「死人のことを悪く言うな。どうせガソリンの横流しぐらいだろう。考え方がいかにも警官らしい」「モノが違う」「タイヤかサッカリンでも大差はない、殺人犯の逮捕が先だろ」「奴は殺人犯も同然だ」ホリーはキャロウエイに殴りかかるが、キャロウエイの部下にパンチを浴びる。真相の究明に乗り出した彼は関係者に次々に面会、話を聞いて歩く。ホリーはクルツ男爵という男に会う。ハリーの親友だったという男だ。「彼の潔白を証明したい。協力を」と、ホリー。「したいのですが、オーストリア人は警察に用心せねば、残念ながらできるのは助言くらいです」二人は事故現場へ行きクルツは事故状況を説明する。道路の反対側から友人に呼ばれ、道路を渡りかけたとき、トラックが来たのだった。ハリーは友人のポペスコとクルツに道路の反対側に運ばれ、たまたま通りかかった主治医のヴィンケルが看取ったそうだ。運転手に過失は無かったと云う。そころが運転手もハリーのお抱え運転手だった。”何かありそうだ”ホリーに閃くものがあった。道路を掃いている門番の男。何か云いたそうな様子だ。アンナとも会った彼は、彼女がハリーの愛人だったと知り、一緒に証言を捜し求める。事故の時二階から現場を見たと言う門番の男は事故の後、ハリーを向こうの道路まで運んだのは3人だったという。現場に「第三の男」が確かに居たと言い張る。ホリーが追求すると門番は怒り出し、こんな奴をもう連れてくるなとアンナに云う。その言い争いを門番の小さい子供が目撃していた。アンナの部屋に警察の捜索が入った。旅券を差し出して見せるアンナ。チェコ国籍を隠すためハリーが手を回して作った偽造旅券だ。旅券とラブレターを押収され警察に同行を命じられる。ホリーはアンナに云う。「ハリーの疑いを晴らす、君の疑いもだ」事故現場をうろつくホリーに門番が話があるから夜来いという。その夜、出かけたホリーとアンナの二人は門番の所へ行くが、門番は何者かの手で殺されていた。家の前は黒山の人だかりだ。ホリーを見つけた門番の子供が「人殺し」と言ってホリーにすがりつく。アンナは慌ててホリーを人込みから連れ出し逃げる。人々が追いかける。先頭に立って追いかけて行く子供の姿が何とも不気味だ。モノクロ画面だけに余計に影の扱いが気味悪さを増す。警察に出向いたホリーは大佐からハリーの犯罪を証明するスライドを見せられる。ハリーは病院の看護人ハービンからペニシリンを横流しして貰い、それを水で薄めて大量に密売していたのだ。しかもその組織の元締めだったのである。その薬を打った子供や妊婦たちが死亡したり、脳病院へ入ったりと言う悲惨な目に会っていることも。「ひどい、ひどすぎる」ホリーもハリーのあくどい犯罪を認めざるをえない。組織の一味にはクルツ男爵らの名前が挙がっている。ホリーは帰国を考え、アンナに会いに行く。酒場の花売りから花を買い、部屋へ行く。花束でアンナの飼い猫をじゃらすが猫はあくびをして外へ出て行く。「憎らしい猫だ」「ハリーにはなついていたわ」「もうハリーの死なんかどうでもいい。誰に殺されようと犯人にも言い分はあるさ。私が殺してたかも・・・」「人は簡単に変わらないわ」「頭痛がしてきた。君が喋り通しだから」思わず笑うアンナ。「初めて笑ったね、もう一度」「2度は無理よ・・・」椅子にかけたアンナの顔から流れ出る大粒の涙。ハリーを偲ぶ涙であろうか。暗い表通りに出てくるホリー。猫の鳴き声がする。入り口の暗い扉の陰に猫がうずくまっている。アンナの猫だ。誰かいるようだ。「何のスパイのつもりだ、何故つける?返事をしろ!」答えはない。「出て来い!明るいところで顔を見せろ!誰の命令だ!」二階から女の声がして灯がつき、窓が開く。灯に浮き出た顔はーー、ハリー・ライムだ。ハリー、ニヤリと笑う。「ハリー!」ホリー、灯の消えた扉のほうに走り寄る。いない。足音が響く。追うホリー、角を曲がると、忽然とハリーの姿は消えている。広告塔が建っているだけだ。キャロウエイと一緒にハリーを見失った場所に来ているホリー。「足音を追いかけると、ここで突然消えた」「わかったよ、手品のように消えた・・・」キャロウエイ、広告塔に目をつける。扉を開けて中へ入っていく。そこは広大な地下水路が音を立てて流れていた。改めて警察の手でハリーの墓を掘り返して調べると、埋められていたのはハリーの手下でJ・ハーヴィン、行方不明になっている病院の看護人だった。アンナが旅券偽造で国際警察に逮捕される。ホリーは警察でハリーが生きていることをそれとなくアンナに知らせる。ハリーはクルツら仲間とソ連地区に潜んでいた。ホリーはソ連地区に出かけ、ハリーをプラター公園の大観覧車まで呼び出す。「やあ、元気だったか」と、ハリーが現われた。二人は大観覧車に乗り込み話をする。ハリーは大観覧車の中から眼下に見える人々を指してこううそぶく。「もし、あの点々の一つが永久に動かなくなっても、それを哀れだと思うか。もし一つ動かなくなるごとに2万ポンドやると云われたら、お前、その金を受け取るんじゃないのか。税金免除でな」ホリーは正義感とアンナへの恋心から、少佐の指示でハリーをおびき出す囮になる。交換条件はアンナをソ連の手から救い、逃がしてやることだ。だが、駅で列車に乗ろうとしたアンナはこっそり見送りに来たホリーを見かけて言う。「あなたが裏切っても私には出来ない 愛は消えても彼は私の一部、裏切れないわ。私はあの人を愛したのよ」アンナは決然とホリーに向かって云うのだ。「裏切り者の情は受けないわ」そして返して貰った旅券を破り捨て、離れて行く。ホリーはハリー逮捕のための囮役になった。約束の喫茶店でハリーを待つ。警察が大勢張り込んでいる。夜の闇に身を潜めて。緊張して待つホリー。アンナが姿を見せる。「どうしてここを?」と聞くホリー。「男爵たちは捕まった。でも、ハリーは来るはずないわ」そのとき、裏口にハリーの姿。「ハリー、逃げて!警察よ」ハリー、身を翻す。一斉に警官たちが後を追う。鳴り響く警笛。地下水路に逃げ込むハリー。後を追って地下水路に入り込む警官たち。逃げるハリー。キャロウエイに続いて部下とホリーも地下水路へ。逃げるハリー、逃げる、逃げる。追う警官たち。水路はまるで網の目のようだ。ハリー、出口のマンホールへ。だが、警官が待っている。ハリー、別の出口へ。そこも塞がれている。再び水路へ出るハリー。「ハリー!」ホリーが呼び止める。拳銃を構えるキャロウエイの部下。ハリー、銃を撃つ。斃れる部下。ホリー、部下の手から拳銃を取り、ハリーを追う。ハリー、無人のマンホールへ。指を出し、持ち上げようとするが力が出ない。ホリーが見つけて対峙。銃声。ハリーの2度目の葬式が行なわれている。参列しているキャロウエイ、ホリー、離れてアンナの姿も見える。アンナ、墓地を出て並木道を歩き出す。木の葉が舞い散る並木道をカメラに向かって歩いてくるアンナ。それを待っているホリー、無言の中に物悲しいチターの音が響く。アンナはわき目もふらずホリーの前を通り過ぎてゆく。愛する男を殺した憎い男を彼女は許せなかったのだろうか。従来の定石であれば、去っていく女の後姿をカメラは見送るのが普通だ。女がカメラ前を切れていく、そして何も見えなくなった並木道に男ひとり佇む。余韻を持たせた見事なラスト・シーンであった。<トピック>アントン・カラスちなみにチター一本でこの映画の全てを表現したアントン・カラスは、この映画を何と500回も観たそうである。録音前に見る数字としては想像を絶している。カラスは半年間、監督の家に軟禁状態にされて作曲に励んだらしい。アンナの衣装ハリーを愛するアンナ(アリダ・ヴァリ)。衣装担当をしたココ・シャネルは映画史上初めて、女優に男物のトレンチコートを着せることで、アンナの意志の強さや気丈さを表現したという。ジョセフ・コットンに興味のある方は ↓http://plaza.rakuten.co.jp/chokosan/diary/200908040000/<一言>友情を取るか、正義を取るか、正義感の強いホリーにはハリーが許せなかったのであろう。
2011.01.19
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西部劇ア・ラ・カルト(4)銃声。疾駆する馬の蹄の響き、インディアンの叫び、酒場の床を歩く靴音・・・西部劇にもトーキー時代が訪れた。この新時代を担うのに最もふさわしいスター、それは誰あろうひょろ長いのっぽの男、ゲーリー・クーパーであった。クーパーはサイレント末期から活躍をはじめ、トーキー開幕と同時に大スターの座についた。のちにクーパーの好敵手となったジョン・ウェインはこの時期まだB級、C級の西部劇で格闘を演じているに過ぎなかった。トーキー時代の到来で西部劇に起こった新しい現象、それは作品が大規模になり、スペクタル化したことである。セシル・B・デミル監督の「平原児」「大平原」、そして開拓劇「シマロン」「新天地」など。西部劇はまさに黄金時代を迎えたのである。ゲーリー・クーパーは1926年、ロナルド・コールマン主演の「夢想の楽園」で、傍役としてスクリーンに初登場した。時にクーパー26歳、映画はまだサイレントだった。トーキー時代に入ると、クーパーは新しい魅力を発揮しはじめた。6尺豊かの長身で、一見バカかと思われるような風采だったが、拳銃を握ると不思議に水際立った西部男になりきった。「ヴァージニアン」と「テキサス無宿」がクーパー若き日の快作だ。しかもこの頃から西部劇スターに前例のないロマンティックな香りを漂わせはじめ、「モロッコ」「戦場よさらば」など西部劇以外の作品でも魅力を発揮、天下の二枚目として人気を一身に集めるようになったのである。ゲーリー・クーパーは西部劇専門のスターではなかったが、カウボーイに扮した時、最も颯爽としていたと云えようか。
2011.01.17
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あなたは恋人とガラス越しのキスを交わしたことがあるだろうか?この映画「また逢う日まで」は、太平洋戦争末期、戦地に行く青年とその恋人が窓ガラス越しに接吻する名場面で屈指の作品となった。恋人、蛍子(久我美子)のアトリエを訪ねた三郎(岡田英次)が、一度は帰りかけたが戻ってきて、窓辺で見送っていた蛍子と窓のガラス越しに口づけをする。外は雪。幻想的なこのシーンは明日を信じられない戦時中の恋の辛さ、切なさを描き見るものの涙を誘った。蛍子は降りしきる雪の中へ飛び出して行き、二人は更に熱い燃えるような抱擁を交わす。「僕を・・・僕をこのままで・・・死なせはしないね?・・・だったらいつ・・・いつ君は・・・僕のものになるの?」「ああ・・・いつでも・・・いつでもよ!」暗い戦時中の哀しい青春である。1950年 東宝 監督 今井正 出演 岡田英次 久我美子
2011.01.16
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西部劇の面白さはこれに尽きる。ジョン・フォード監督の名声を不動のものにし、ジョン・ウエィンを一躍スターたらしめた不朽の名作、「駅馬車」。映画の背景になるメサ(台地)、モニュメント・ヴァレーの1大パノラマ、その中を1台の駅馬車が疾駆する。軽快な主題曲「淋しい草原に埋めないで」に乗せて・・・。私など、もうこれだけで胸がワクワクしてくる。<ストーリー>開巻、一通の電信が入る。文面は途切れ、最初の一語だけ。ジェロニモ・・・。インディアンの蜂起だ。劈頭から緊張した画面に引き込む巧みさ。アパッチ蜂起の知らせの中、アリゾナのトントからニューメキシコのローズバーグに向けて1台の駅馬車が出発する。それぞれ個性溢れる乗客たち、酒場女ということで町の夫人会に追い出されるダラス(クレア・トレヴァ)、酔いどれ医者(トーマス・ミッチェル)、ウイスキー商人、賭博師(ジョン・キャラダイン)、守備隊の夫を訪ねてきた身重の夫人ルーシー(ルイーズ・ブラット)。それに町の出口で待っていた銀行の頭取。後は護衛の保安官カーリー(ジョージ・バンクロフト)と馭者のバック一行だ。人物ひとりずつの説明が手際よくなされて行く。馭者のバックはアパッチ蜂起の噂やリンゴ脱獄の報せを聞いて躊躇するが、カーリーに無理やり馭者台に放り上げられる。騎兵隊の護衛のもと、駅馬車は出発する。軽快なメロディに乗って駅馬車はモニュメントバレーの荒野を走る、走る、走る。保安官は頭取のことをしきりに訝る。「頭取はどうして電報をーー線は切れてる筈なのに」と。 「止まれ! 保安官が護衛とはな、ローズバーグまでか」片手でウインチェスターをクルッとまわし、リンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)が立ちふさがる。保安官のカーリーはリンゴに手錠をかけ、馬車に乗せてやる。駅馬車は再び走り出す。やがて馬車は宿駅に到着。全員、下車して軽食を取る。皆から白い目を向けられるダラス。リンゴだけがダラスに優しさを見せる。駅馬車は出発。身重のルーシーをしきりに気遣う賭博師ハットフィールド。酔いどれ医者はウイスキーに目をつけ、味見と称してやたらに飲む。銀行家は鞄をヒザに置いて抱え込んでいる。やがて次の宿駅アパッチウエルズに到着。ルーシーの具合がおかしい。産気づいたのだ。止む無くここで足止めになる。そして酔いどれ医者の出番だ。一同寄ってたかってコーヒーを飲ませ、挙句は頭から水をぶっかける。ダラスはルーシーに付ききりで世話を焼く。赤ん坊の泣き声が夜のしじまを破って聞こえて来た。医者に続いてダラスが赤ん坊を連れて出てくる。ワッと群がる一同。赤ん坊を母親に戻したダラスが外へ出て行く。気づいたリンゴが後を追う。「あなた なぜ逃げないの? 今すぐ国境を越えたほうがいいわ」ダラスがリンゴに云う。「父と弟がプラマーたちに殺された。この気持ちは君にはわからん」「私も子供の頃、家族を惨殺されたわ」「女には辛かろう」「でも、生きていかないと」「その通りだ。ダラスさん、俺たちはお互いに同じ境遇だ。赤ん坊を抱いたあなたは・・・国境の先に牧場がある。とてもいい所だ。牧草が生い茂り、水もいい、建てかけの家もある。二人で住むには丁度いい場所だ。来ないか」「私のことを知らないのに?」「知ってるつもりだ。来るか?」「やめて」ダラス、走り去る。ダラスにはリンゴのプロポーズが信じられなかったのだ。翌朝、密かに馬と銃を用意したダラスがキッドに脱走を勧めた。キッドもその気になり、逃げかけるが立ち止まる。後を追いかけたカーリー保安官がすかさず手錠をかける。「逃げやしない。アレを見な」リンゴの指差す彼方にインディアンの狼煙が上がっている。「戦いの合図だ」とリンゴ。猶予はない。直ちに出発。駅馬車の行く手にかかる橋は焼かれていたが、助け合って川を無事に渡った。ローズバーグはもう少しだ。その時、アパッチの矢が駅馬車の屋根に突き立つ。襲撃だ。脱兎の如く走る駅馬車、屋根に乗り銃を撃つリンゴ、保安官。賭博師と医者まで銃で狙い打つ。馭者が撃たれ、手綱を放す。「リンゴ、先頭の馬だ」とカーリー。リンゴ、馭者台から疾駆する馬に飛び移る、二度、三度飛び移り先頭馬に跨る。このシーンはスタントシーンも織り交ぜた見事なものだ。遂に銃弾が尽きる。これまでとみた賭博師はルーシーに銃口を向ける。と、銃口が落ちる。インディアンに撃たれたのだ。そのとき、ラッパの音。あわや最後というときに騎兵隊がかけつけたのだった。 無事、目的地のローズバーグに到着、銀行家は公金横領の罪で逮捕され、リンゴはダラスに「待ってろ」と言い残してプラマー3兄弟との決闘に向かう。残しておいた弾は3発・・・。不安そうな顔で見送るダラス。銃声が響いて!!この決闘場面も一工夫も二工夫もされている。縁起の悪いと言われている黒猫をプラマー兄弟の前方を横切らせ、兄弟の一人が射ち損じる。射撃の音の後、ルーク・プラマーが酒場に入ってきて・・・。本当にラストまで楽しませてくれる一篇と言えるだろう。リンゴとダラスの二人は物静かに仲むつまじく暮らしていくであろうと思える。<駅馬車とは?>駅馬車とは、ヨーロッパやアメリカで旅客、小荷物、郵便物を運搬する目的で、定期的に運行されていた馬車のことを言う。アメリカでは、18世紀末に東部大西洋沿岸地方で運行が始まり、その後、各地に広がった。1848年、カリフォルニアで金が発見され、ゴールド・ラッシュが起きると西部にも駅馬車が出現した。1858年には、セントルイス~サンフランシスコ間の大陸横断馬車が開通。22日間の行程を200ドルの運賃で運んだ。やがて駅馬車は鉄道の普及により、次第に寂れ、1869年の大陸横断鉄道開通後は主要な駅馬車路線が消えて行った。現在、全米を網羅する長距離バス、グレイハウンドは駅馬車の名残といえるかもしれない。1939年製作 アメリカ・モノクロ 監督 ジョン・フォード 出演 ジョン・ウエイン クレア・トレヴァ トーマス・ミッチェルジョン・ウェインのことをもっとお知りになりたい方は↓http://plaza.rakuten.co.jp/chokosan/diary/200906200000/http://plaza.rakuten.co.jp/chokosan/diary/200906200001/
2011.01.15
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西部劇ア・ラ・カルト(3)ジョン・フォードの登場近年、ジョン・フォードをご存知ない若い人が増えているようだ。映画ファンは彼の名を心に止めておいて欲しい。ハリー・ケリーの西部劇専門の監督だったジョン・フォード青年が、大作を発表した。無名の新人ジョージ・オブライエンを主役にした「アイアン・ホース」と「三悪人」(1924)である。前者は大陸横断鉄道建設をめぐって反対派とインディアンがからむ大活劇だ。後者は、三人の無頼の西部男が任侠の精神から善人に味方し、若い男女の犠牲になるという波乱に満ちた物語。フォードはこの二作で西部劇作家としての腕を立証したが、「駅馬車」を次に発表するまでの15年間、西部劇を手がけなかった。 バッファロー昔はアメリカ大陸各所にいて、これがインディアンの衣食住の全てをまかなっていた。1850年以後、ミシシッピ河より西の地域に白人が進出し、大量の乱獲がたたってその数が減った。その肉は中々の美味だそうで、乾燥肉は長期保存に耐え、皮も利用範囲が広かった。 ブーツ(靴)軟らかく軽い皮で作る事が必要とされていて、牛皮、仔牛皮(キッド)などが普通だが最高級のブーツはカンガルー皮製の物だという。
2011.01.13
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危ないキスシーンをご紹介しよう。ジャン=リュック・ゴダールの作品「気狂いピエロ」の1場面である。「愛しているよ」「私もよ」ラスベガスの広場で、マリアンヌの青い車とフェルディナンの赤い車がすれ違いざま、二人はキスを交わす。二人、フェルディナン(ジャン=ポール・ベルモンド)とマリアンヌ(アンナ・カリーナ)はかっての恋人同士。偶然から5年ぶりに再会、フェルディナンは彼女のアパートに泊まるが、殺人事件に巻き込まれる。日々の生活に”倦怠”を感じていたフェルディナンは彼女の求めに応じ、一緒に南フランスに逃避行。孤島での愛の生活・・・「何見てるの?」「・・・自分・・・」「どう見えるの?」「時速100キロで破滅に飛び込もうとしている男の顔」「私には時速100キロで破滅に飛び込もうとしている男に恋している女の顔が見えるわ」「キスしよう」ダイナマイトを体中に巻きつけたフェルディナンは・・・。破滅に向かう”滅びの美しさ”を描いたこの作品、ジャン=リュック・ゴダールの哲学的なセリフと洒落た映像美で伝説的な評価を得た映画だ。フランス映画・1965年製作
2011.01.12
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この映画は不朽の名作である。私は軽く50回以上は見た、そしてその都度泣いた。幾ら泣くまいと思っても涙腺の方が云う事を聞いてくれないのだ。今回もまた泣いてしまった。心地よい涙である。ジェームス・スチュアートとジューン・アリスン、アメリカの“理想のカップル”が謳いあげた強く、美しい夫婦愛の物語。公開当時は絶賛を博した作品だ。1953年製作、監督はアンソニー・マン、主演は上記の二人、それにルイ・アームストロングやジーン・クルーパー、ベイブ・ラッシンと言ったジャズ界の大御所が多数出演している。またチャミー役のヘンリー・モーガンの存在を忘れてはなるまい。<ストーリー> 物語はグレン(J・スチュアート)が質屋へ楽器のトロンボーンを請出しに行くところから始まる。音楽に情熱を持ちながらも商売道具の楽器を質屋に出し入れしなければならない貧しい生活。彼はコロラド大学時代の恋人ヘレン(ジューン・アリスン)に首飾りをプレゼントしたいのだが手が出ない。楽器を持ってバンドのテストを受けに行くが落ちて、トロンボーンは又も質屋の飾り物になる。ある日、質屋の主人が声をかけてくれた。ベン・ポラックが新バンドを編成するためにオーディションをしているというのだ。彼は早速友人のピアニスト、チャミー(ヘンリー・モーガン)と出かける。チャミーは逢うたびに違う車に乗っているという車キチだ。チャミーはベンに採用され、グレンも編曲者として職に有りつけた。楽団は早速旅に出た。 旅の途中、グレンはヘレンに電話して無理やりデートの約束を取り付ける。ヘレンは婚約者とのデートも断ってグレンを今か今かと待つが、グレンからは何の連絡もない。「許せない、せめて電話すべきよ」と彼女はおおむくれだ。時計は11時半。 「ふざけた人、二度と顔も見たくない」持っていた本を机に叩きつけて怒る。深夜である。やって来たグレンがヘレンを小声で呼ぶ。彼女は目覚めない。グレンの声が次第に大きくなる。そして、怒鳴る。「ヘレン!!」と。 ビックリして飛び起きるヘレン、二階の窓から顔を覗かせる。 「いたのか」とグレン。 「帰って」 「いやだよ、逢いに来たんだ」 「静かにしてよ、近所が起きるわ」 「話をしにきたんだ、いいだろう」 「大きな声を出さないで。降りていくわ」 ヘレンは寝巻き姿のまま、玄関へ出て行く。ヘレンは怒りを爆発させるが、グレンの 「変わらないな、すぐ怒るけど、きれいだ」という殺し文句に負けて、入り口の階段に並んで坐る。グレンは質屋で安く手に入れた真珠の首飾りを彼女にプレゼントする。その日、グレンとヘレン、池の畔で話をする。大学のグリークラブの歌う「茶色の小瓶」が聞こえてくる。「私、あの歌が大好きなの」とヘレン。 「僕にははっきりした将来の目的がある。トロンボーンを吹くだけじゃない、楽団を持って自分の音楽をやるんだ。楽団も個性を持つべきだ。うまく言えないけど、編曲で独特の音が出せる筈なんだ」時が経過、いつしか2年の歳月が流れていた。ある夜、ニュヨークの町を歩いていたグレンは「茶色の小瓶」の歌をレコード店の前で聞く。グレン、急に思い立ちヘレンに電話を入れて「ニューヨークまで出て来れるか、結婚しよう。もう待てない」という。そして、プロポーズに応じて出てきたヘレンと結婚する。ハネムーンは コニーズ・インだ。そこではジャズの王様ルイ・アームストロングが出演中でルイはジーン・クルーパーやベイブ・ラッシン、グレンをステージに呼び上げる。ここで演奏される「ベイジン・ストリート・ブルース」は前半の白眉。ここでの競演はジャズファンにとっては応えられない熱いジャム・セッションだ。ヘレンは疲れでうつらうつら。グレンは劇場の仕事で忙しい。そんなある日、ヘレンが「夢はもう捨てたの?新しい音は」とグレンに聞く。作曲の勉強を続けるには金がいる。ためらうグレンにヘレンは勉強を続けるように言う。「夢を諦めては駄目。ホテル暮らしなど勿体ないわ。アパートをかりましょ」と。グレンは再び作曲の勉強を再開した。経済的には更に逼迫した。しかし二人は明るかった。目標を忘れなかったからだ。自分の音をみつけるという・・・。勉強の再開は名曲と言われる「ムーンライト・セレナーデ」の誕生となって結実した。だが、編曲は安っぽく単なるダンス音楽にすぎない。「折角の曲が滅茶苦茶だ」と怒るグレン。「自分のバンドを持つのよ」とヘレン。グレンの部屋で友人のドン、チャミーを交えて経費の計算をしているグレン。「どうしても1800ドル足りない」とドン。「 問題ないわ」へレンがケロッとした顔で言う。「楽団を持つのに1800ドル必要なんだ」グレンが云う。引き出しから預金通帳を出してくるヘレン。「グレン・ミラー楽団口座?」残高を見るグレン。「1842ドルだって?」ヘレンの傍へ行くグレン。「ヘレン、あれは全部僕のポケットから?」「そうよ」グレン、ヘレンを優しく抱き寄せてキス。かくしてミラー楽団は発足した。各地を巡業しての闘いだ。泥道に車輪を落として遅れたりで収入は僅か一日一ドル。楽団を維持するのがやっとの有様だ。気を取り直してサイ・シュリブマンとの契約先のボストンに向かうが、今度は雪道でグレンの車がエンコ。ヘレンとチャミーに事情を説明に先に行って貰い、グレンは数日遅れて到着する。ヘレンはボストンで入院していた。疲労による流産が原因だった。グレンは「妊娠してたとは・・・」と絶句した。医師の説明では母体も危なかったそうで、二度と子供を産めないそうだ。更に悲運が続く。金が底をつき、車も売却、楽団は解散になった。チャミーも自分の車迄売って協力する。グレンはヘレンを病院に見舞った。そして言うのだ。 「僕たちの子供を持とう。男の子と女の子をひとりずつ」 「私は・・・」 「医者から聞いたよ。分かってる。子供を欲しがっていた君のために・・・」 泣かせる場面である。 「僕は文無しの失業者だぞ」 「でも愛してるわ」 「僕も愛してる」 「嬉しい。結婚して初めて聞いたわ」 微笑み合う二人。そして転機が来た。そっぽを向いていた成功の女神がやっと微笑みかけたのだ。サイ・シュリブマンの経営するダンスホールは専属の出演バンドを探していた。グレンにバンドを再結成しろという。金は出すから助けてくれと義侠心に訴える。グレンはOKした。新バンドの練習が始まった。練習の最中にリード・トランペッターが唇を切るアクシデントが発生、窮余の一策でクラリネットのリードに変える。これが成功した。新しいサウンドが遂に発見されたのだ。ダンスホールは連夜の超満員、ミラー・サウンドは大衆に受け入れられたのである。満員のホールでグレンが演奏中に舞台を降りてヘレンの傍へやってきた。 「誕生日の贈り物だ」 「私の誕生日は11月よ」「去年の誕生日のだ。今度のは本物だ」と真珠の首飾りをヘレンにつけてやる。 こうしてグレンは成功の階段を登りはじめた。私が最も感銘したシーンを次に記しておこう。場面はグレンの邸宅だ。グレンの両親、ヘレンの両親にドンやシュリブマンら親友たちを集めて結婚10周年を祝うパーティだ。ヘレンには何も知らせず内緒で実行するというのが泣かせる。「ヘレン、出かけるよ」「すぐ行くわ」と、階段を下りてくる。グレン、メンバーに合図。急に鳴り響く音に驚くヘレン。一同、「コングラチュレーション!」と。ヘレン、父母と抱擁を交わす。ここで演奏される曲は「ペンシルバニア65000」だ。二人の思い出の電話番号を曲にしているのがユニークだ。そして、一同の会食シーン。チャミーが乾杯の挨拶をする。「グレンとヘレンによる最高のもてなしと、成し遂げた成功に。今夜のような幸せが永遠に続くように」「ありがとう、すばらしいスピーチだ」「当たり前だ、1日中、練ってた」チャミーの答えに笑う一同。グレンが云う。「結婚記念のプレゼントがある。カードも用意した。”アハハ、君と僕、いつも仲睦まじく、だから進呈しよう。茶色の小瓶を僕から君に」グレン、茶色の小瓶をヘレンの前に置く。第2次世界大戦が勃発し、グレンは応召する。そしてバンド編成の許可を貰って戦地の慰問をして将兵を元気づける。「イン・ザ・ムード」「アメリカン・パトロール」などの名曲が次々に披露される。そして、グレンはパリで特別番組に出演することになり、ロンドンから霧の深い海に向かって飛び立つ。だが、先発した筈のグレンの乗った飛行機はパリに到着していなかった。行方不明になったのだ。ラストのラジオから流れてくる放送に耳を傾けるヘレン。チャミーとサイ・シュリブマンもヘレンの傍にいる。「この曲をアメリカのご家族に捧げます」ラジオから聞こえてきた曲は、「茶色の小瓶」である。ヘレン、グレンの写真のそばに飾ってある茶色の小瓶を取り上げて頬ずりする。その頬を伝い落ちる涙・・・・・。この場面は涙なしにはみられない。私にとっては。画面がいつもかすんでしまうのだ。この映画で教えて貰えるのは、目標を持つことの大切さだ。そして、目標を決して忘れないこと、チャンスは必ずやってくると云う事だ。<トピックス> 音楽が不得手だったミラー少年グレン・ミラーは大工の父、オルガンが得意な元小学校教師の母という家庭の次男坊に生まれた。小学校時代、唯一成績が悪かったのが音楽だったという。ところがトロンボーン出合ってから熱心に練習に取り組み、プロのバンドに加わるまでに成長。大学進学後、ベン・ポラック楽団と巡り逢い、のちにスウィング・ジャズの第1人者として脚光を浴びた。妻のヘレンは大学時代の友人。醜聞の多いバンド界にありながら、浮いた噂ひとつない彼の人柄を、同様に”真面目”なジェームス・スチュアートが演じた。これはまさに適役であった。 登場するカラシックカーは見もの売れないトロンボーン奏者から大ヒットを次々に飛ばす楽団を率いるまでになったグレン・ミラー。彼の成功を物語るのが、今では”クラシックカー”となった名車だ。質屋から出てきたグレンに友人チャミーが自慢するのは、当時、最もポピュラーな大衆車だったダッジのフェートンで、その後、ピアス・アローのセダンに乗り換える。一方、レコード売上げ新記録を達成したグレンが乗るキャデラックのクーペや、2人めの養子を抱いた妻のヘレンが乗るクライスラーのデソート、デューセンバーグなどの高級車も登場する。多彩なクラシックカーをチェックしてみるのも、この映画のもう一つの楽しみ方である。ジェームス・スチュアートを知りたい方に↓http://plaza.rakuten.co.jp/chokosan/diary/200906250000/
2011.01.11
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懐かしのラブシーン(2)まさに惚れ惚れとする18歳のBBの姿態。官能的でありながら媚びないBB。成熟した肉体とは対照的な、あどけない表情が観る者を魅了する。「素直な悪女」はブリジット・バルドーの魅力を描いて女性の解放と自由を謳歌した公開当時の話題作である。奔放な生き方は人々に強烈な衝撃を与えた。バルドー扮する主人公ジュリエットは海岸通りを裸足で歩き回るような女性。そして、男たちと自由に恋愛を楽しむのだ。同じ町に住むアントワーヌ(クリスチャン・マルカン)に思いを寄せるジュリエットだが、彼に愛されていないことに気づき、腹いせに弟のミシェル(ジャン=ルイ・トランティニャン)と結婚。だが、結婚生活に満足できず、夫の留守中、義兄アントワーヌと海岸の砂浜で肉体関係を持ってしまう。義兄になったアントワーヌを抱きしめるジュリエット。果たして彼女は満足出来たのだろうか。自責の念に駆られた彼女は、酒場で酒をあおって踊り狂う。身長168センチ、バスト99センチ、ウエスト49センチ、ヒップ89センチの見事なプロポーションが、画面に躍動する。はだけたスカートから脚もあらわに金髪を振り乱して踊るこのシーンは、官能的な見せ場の一つだ。そのことを知った弟はジュリエットを追いつめ、抑えきれぬ怒りから、彼女に銃口を向ける・・・。 この映画はバルドーの夫でもあった当時28歳のロジェ・ヴァディム監督のデビュー作にして出世作となった。製作費わずか40万ドルというこの小品は、最終的には実に1億ドルを稼ぎだしたのである。
2011.01.08
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無名の新人女優がアカデミー主演女優賞を獲得、ショート・カットのヘップバーン・カットは日本女性を虜にした。「ローマの休日」、この映画は世界中で大ヒットを飛ばした記念碑的名作である。監督はウィリアム・ワイラー、主演オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック、カメラマン役のエディ・アルバートがいい味を出している。1953年製作のモノクロ作品で、撮影の全てはローマで行われた。“永遠の古都“ローマの名所が満載である。観光映画として見ても面白い。<ストーリー>映画は某国のアン王女が親善旅行で各国を廻りローマに到着、大使館でレセプションを行うところから始まる。王女にとってなんとも辛い旅であることを分からせてくれる。お相手するのは老人や貴族ばかりでつまらない。部屋に戻った王女は疲れでヒステリー症状になり、付き添いの医師から睡眠薬の注射をされる。王女は外の賑やかな夜景が気になって仕方がない。こっそりベッドを抜け出し、大使館に商用で入っていた軽三輪トラックの荷台に乗り込んで大使館から脱出する。道を渡る人を避けるためトラックが止まったとき、王女は車から飛び降りる。そして、フラフラ夜の街を歩き出す。一方、ジョーは新聞記者仲間とポーカーをやっていたが、明日は王女の会見に出るからと帰って行く。ジョーの連れのアービングは「もう一勝負やるか」と残る。その帰路、ジョーが道端で寝ている王女と出会う下りが面白い。睡眠薬が効いてトンチカンな受け答えをする王女を、ジョーは酒に酔っていると勘違い、タクシーを呼んで送ろうとする。「どこに住んでいる?」と聞くジョーに「コロシアム」と答える王女。彼は仕方なく自分の安アパートに連れて帰る。翌朝、目覚めたジョーは12時を回っているのに気がつきがっくり。11時45分から王女の共同記者会見には間に合わず、出社する。編集長は「今頃まで何をしていた?」と聞く。「王女の会見に出ていた」と答えるジョー。「フーン、会見ねえ・・・。で、王女はどんな服装をしていた?」「服装・・・(つまる)」。アン王女の会見は王女が高熱のために中止と知っていて、ジョーに色々質問していじめる編集長が面白い。挙句、新聞で王女の顔写真を見たジョーは、編集長と特ダネを取る賭けをするのだ。家に飛んで帰ったジョーはアン王女がまだ眠っているのを見てホッとする。新聞を手に写真と見比べるジョー、そばに屈み込んで「王女さま」と耳元に語りかける。「はい、何ですか」と王女が夢うつつで答える。完全に目覚めたアン王女はジョーと会う。「こんにちは」とアン。「君の名前は何て云うの?」「私は・・・アーニャ」「こんにちは。アーニャ」アンはジョーに促され浴室で着替えをする。その間、ジョーはアービングに電話をして「大きな声で云えないが大変な特ダネなんだ。写真を頼みたい」という。王女はジョーにお別れの挨拶をして外へ出て行く。こっそり後をつけて行くジョー。アンは美容室に入る。トレヴィの泉のすぐ傍だ。ここでかの有名なヘップバーン・カットの誕生だ。サンピエトロ広場でアイスクリームを買って舐めながら歩く王女。つけて来たジョーが階段を下りてきて、アンに偶然出会ったようなふりをしてみせる。「やあ、君か。(と見る)」「似合って?(と後ろを見せる)」「とてもね」「あなたに白状しないといけないことがあるわ。実は昨夜、学校を逃げだしたの。ほんの1,2時間のつもりだったのが、睡眠薬が効いて」「フーン、そうだったのか」「そろそろ帰らなきゃ。タクシーで帰るわ」「もう少し遊んでからにしたまえ」「ではあと1時間・・・」「思い切って一日中遊ぶんだ」「前から憧れてたことをしたいわ。」「どんな?」「何でも気が向くままにしたいの、一日中」「髪をきるようなこと?」「カフェに入ったり、ウインドー・ショッピングをしたり、雨の中を歩いたり、楽しみたいの。冒険も少し・・・、下らないと思うでしょ」「素晴らしい、よし、では一緒に遊んで回ろう。最初はカフェだ」ジョーはアンの手を取って立ち上がる。カフェの奥にアービングを連れて行き、アンの話をするジョー。「凄い特ダネだ。5000ドルにはなる。6:4でどうだ」「悪くない話だ」とアービングは話しに乗る。ここからは名所巡りになる。まずはコロシアムを見学、ライター型カメラで王女を写真に収めるアービング。次はアンをスクーターの後ろに乗せて、ローマの町を走るジョー。その後を無蓋者で追いかけながら写真を撮るアービング。『真実の口』。ジョーが説明する。「真実の口だ。嘘つきが手を入れるとーー咬まれるという言い伝えがある」「恐いのね」「やってごらん」おそるおそる手を口に入れかけるアン。ライターを構えるアービング。アン、慌てて口から手を離し、「あなたが」とジョーに言う。「いいとも」そういって手を口に持って行く。じっと見守るアンの真剣な顔。ジョーが口の奥まで手を入れる、途端、ジョーが叫ぶ。「ウワッ」アンがジョーの体にすがりつく。ジョー、抜いた手をアンに見せる。手首が無い。絶叫するアン。ジョーは背広の袖から手を出す。アンはジョーの胸を両手で叩きながら言う。「ひどいわ。騙したのね」ジョーはアンを抱くようにしていう。「ごめんよ。大丈夫?」「びっくりした」「次、行こう」とジョー。王女探索の秘密警察官が、飛行機からぞろぞろ降りてくる。その夜、ジョーとアンは船上のパーティ会場へやって来る。ダンスをする二人。アンは目を閉じてジョーに抱かれて踊る。曲が終わる。「ブラッドリーさん、何故私に一日中お付き合いしてくさったの?」「何となくだ」「本当にご親切ね」「それほどでも」「私のためにこんなにまで」「・・・・・(答えられない)バーで何か飲もう」アンと連れ立ってバーへ。そこで美容師のマリオと会う。アンを踊りに誘うマリオ、秘密警察のボスが王女にダンスの相手を求める。踊りながら耳元で囁く。「王女さま、お帰りを。橋の上に車が待っています」「人違いです」だが、部下たちが強引に連れ出そうとする。ジョーを必死で呼ぶアン。ジョーが駆けつけ秘密警察官との間で乱闘になる。カメラを手に椅子の上でギターを振り回しているアンの姿を狙うアービング。マリオも乱闘に加わる。水に飛び込みびしょぬれになってジョーのアパートに帰って来た二人、服が乾くまでの会話。ニュースが聞こえてくる。国民が王女の病状を憂いているとの報道だ。アン、ラジオのスイッチをきる。「聞きたくない・・・・・もう帰らなければ(泣きながらジョーに縋りつく)」「(優しく抱きながら)話がある・・・」「云わないで、なにも」抱き合い頬を摺り寄せる二人。二人それぞれの思いが痛いほど伝わってくる名場面だ。アンを車で送って行くジョー。「次の角で止めて」「ここ?」と車を止める。そこは大使館の入り口が見える場所だ。じっと門を見詰める王女。「ここで降ります。私はその先の角を曲がります。あなたは、このまま帰って。私の行き先を見ないと約束して。決して振り返らないでね、私もそうするわ」「・・・分かった」「お別れの挨拶も・・・、(涙ぐみ)云えないわ」「云わなくていい」アン、ジョーを見詰めていたが、ひしと縋りつく。キスを交わす二人。別れを惜しむ長い抱擁。アンの頬を流れ落ちる熱い涙。やがてアンは車から降りる。そして、振り返ることなく角を曲がって行く。じっと見送ったジョー、やがて車を発進させる。翌日、記者会見場である。アンはジョーとアービングに気づいてはっとなる。ジョーはそれとなく会見の中で心配させないように話をする。「記者の皆さんにご挨拶を」とアンがいう。そして、最前列に立つ記者一人一人と挨拶を交わして行く。アービングの番になった。二人は握手を交わし、アービングはポケットから紙袋を取り出して、「ローマご訪問の記念写真をお受け取り下さい」とアンに手渡す。開けて見るアン。乱闘の場面である。手にしたギターを秘密警察官に叩きつけているショット。「本当にありがとう」そして、ジョーの番になった。万感の思いを込めて、しばし見つめ合う二人。ジョーに手を差し出すアン。握り返すジョー。「お目にかかれて嬉しいです」とアンがいう。最後の別れ、言葉の無い顔の表情だけの演技だ。アンは踵を戻して奥へ入って行く。会見は終わった。一人になっても立ち尽くしているジョー。王女との恋にも幕が下りたのだ。やがてジョーは静かに会見場を後にする。こうして有り得ないお伽話は終了した。有り得ないお話を有り得るお話として、感動物語に仕上げたワイラーの手腕に感服。<トピックス> 主演を決めたオードリーの”盗み撮り”フィルム「ローマの休日」の監督ワイラーに当時まだ無名だったオードリの起用を決断させたのは、”盗み撮り”のフィルムだった。スカウトの目に留まったオードリーはカメラ・テストを受けることになったが、ローマを視察中のワイラーは国際電話で指示を飛ばした。ーーテストの後もカメラを廻し続けて、素顔の彼女を撮影するように、と。「カット!」カメラ・テストを終えたオードリーは、ほっとして無邪気な笑顔を見せた。素顔のオードリーを”盗み撮り”したフィルムは直ちにローマのワイラーのもとへ送られた。監督は開口一番「なんて可愛らしい!」。この瞬間、主演女優はオードリーに決まったのである。 90回のキス・シーン???名匠、巨匠で鳴る監督は大抵完全主義者が多いものだが、ワイラーも例外ではなかった。「ナインティ・テイクのワイラー」と呼ばれるように、90回も撮り直しを命じる完全主義者であった。「ローマの休日」でも、キス・シーンをはじめ、たびたびシーンを撮り直したそうである。キス・シーンを何回撮り直したかは不明だが・・・・・。1953年 アメリカ・モノクロ 監督 ウイリアム・ワイラー 出演 グレゴリー・ペック オードリー・ヘブバーン エディ・アルバートオードリー・ヘブバーンのことをもっとお知りになりたい方に・・・↓http://plaza.rakuten.co.jp/chokosan/diary/200909100000/
2011.01.07
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アカデミー賞物語(1) ”映画の都”はかくして誕生毎年3月、アカデミー賞授賞式にハリウッドは沸く。”映画の都”としての歴史は100年以上前に遡る。映写機の特許権を握るトーマス・エジソンは、1908年、共同で映画の特許を管理する会社MPPCを設立。これに対抗したのが、のちにパラマウントやユニヴァーサルと云った大会社に成長する新興製作会社だった。彼らはMPPCに参加せず、フィルム、カメラ、映写機などに課せられる特許料から逃れるため、秘密裡に撮影を開始した。それもMPPCの本拠地ニューヨークから遠く離れた土地で撮影を開始したのである。それが、ロサンゼルスの中心から約13キロ西に位置するハリウッドだった。「ヒイラギの森」を意味する名前が物語るように、当時のハリウッドは広大な森林地帯、未開の地に等しかったが、11年に初の撮影所が誕生。以後、各社が相次いで撮影所を建設した。17年には独占禁止法が発布されて特許権は違法とされ、ハリウッドは本格的な”映画の都”へと成長していったのである。 「週刊 20世紀シネマ館」より
2011.01.06
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西部劇・ア・ラ・カルト(1) ウエスターンウエスターンというだけで、<西部小説>あるいは<西部劇映画>を意味するようになったのは、そんなに遠い昔のことではない。1929年ごろから使用されるようになったと、モノの本には書かれてある。ところで、当然のことだが、西部小説は、西部劇よりずっと歴史が古く、開拓時代の初期から西部を背景にした小説はあった。西部小説の生みの親と言われているのはオーウェン・ウィスターで、有名な「ヴァージニアン」は1902年の作である。 ミシシッピー・ライフル(ケンタッキー・ライフルとも云う)初期の開拓民の守り神であったのは先込めのライフルだったが、18世紀の初頭に近代的な構造をもつ銃が生産された。これがミシシッピー・ライフルである。 「画報 西部劇60年」(昭和37年刊)より転載又は一部引用
2011.01.05
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懐かしのラブシーン(1)年配の方はこの映画の強烈なラブシーンを覚えておいででしょうか。浜辺での熱い熱い抱擁とむさぼるような二人のキスシーン。役者はバート・ランカスターとあの気品あるデボラ・カー。「初めてだわ、誰もこんなキスしてくれなかったわ」「誰も?」「そう、誰もよ」抱き合う二人の激しい恋を砂浜の波が洗う。下士官と将校の妻の密かな情事を知るのは海の水ばかりだった。この映画のもう一つの印象深いシーン、それはイタリア系というだけで、上官にいじめ抜かれて死んでいったアンジェロ(フランク・シナトラ)を悼み、真夜中にプルウ(モンゴメリー・クリフト)がラッパを吹奏する切々たる場面である。
2011.01.04
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「シルバー世代の映画雑感」 【中古】美品! 風と共に去りぬ 前編DVD/洋画ドラマまずはこの名作をどうぞ。「風と共に去りぬ」は永遠の名作だ。クラーク・ゲーブルとヴィヴィアン・リーの名演がこの作品を不朽の映画に仕上げている。不敵に笑う男、レット・バトラー、彼こそがスカーレットを強く大きな愛で包んでくれる男だったのだが・・・。一大ベストセラー、マーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」を3年の歳月と製作費600万ドル(当時)を投じて映画化した大作。"暴君”セルズニックだからこそ作り得た大作。脚本家を17人も動員し、監督も途中交代させ、すべてに完全主義を貫いた本作。 <ストーリー>南北戦争が始まる直前のジョージア州アトランタ。ここが大作の舞台である。大きな時計に箴言が書かれている。 時間をムダにするな 人生は時間の積み重ねだからここタラの一画にある大農園主の娘スカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)は勝気な性格で、幼馴染のアシュレー(レスリー・ハワード)を熱愛し、結婚するものと決め込んでいた。園遊会に出かけるため、召使のマミーにウエストを締め上げるように命じるスカーレット。娘時代のスカーレットのウエストは約47センチだったという。アシュレーが結婚する相手はいとこのメラニー(オリヴィア・デ・ハビラント)だった。彼女はアシュレーに会う。「アシュレー、愛してる」「スカーレット・・・」「心の底からよ。私と結婚したくないの?」「メラニーと結婚する」「私を愛しているのに?」「分ってくれ、君は結婚を理解していない」「メラニーなんか愛してないくせに」「僕とメラニーは似ている。互いに理解しあえるんだ」「ウソつき!(アシュレーの頬にビンタを張る)」アシュレー、憮然として去る。スカーレット、置いてあった陶器を投げつける。「おっと、危ないな」レット・バトラー(クラーク・ゲーブル)が顔を覘かせる。スカーレットは、当てつけで愛してもいないメラニーの兄チャールズと結婚式を挙げる。ところが始まった戦争でチャールズは戦死、スカーレットはたちまち未亡人になってしまう。アトランタ陸軍病院の大バザー舞踏会に彼女は喪服で臆面もなくメラニーと出席、バザーの手伝いということだが、本音はダンスだ。余興でダンスの相手を競り落とすことになり、レット・バトラーはハミルトン夫人を150ドルの大金で落とす。「ハミルトン夫人は喪中です」「ハミルトン夫人と踊りたい」「他にいるでしょう、アトランタ美人が・・・」「お受けします!」スカーレットの凛とした声ーー。仰天する一同。喪服のスカーレットを恭しく迎えるレット。この場面ではダンスが苦手なゲーブルは踊ることが出来ず、回転する板の上に乗せられてダンスシーンを撮ったそうである。踊りながらレットはスカーレットに云う。「アシュレーに云った言葉を云ってくれないか、愛していると」「そんなこと、云うもんですか」戦局は次第に南軍の旗色が悪くなってきた。明らかに敗色濃厚だ。アトランタの人々は祈り続けた。祈るしかなかったのだ。アトランタ市街地は一面負傷者の野戦病院となった。メラニーは虚弱な体質も省みず献身的な看護をする。「誰もがアシュレーに見える」とメラニーは云う。負傷兵で埋め尽くされたアトランタの町。このシーンには数千人のエキストラが必要だったが、集まったのは僅か500人だった。不足分は人形で補ったそうである。「北軍来る」の報に人々は争うように町を逃げ出す。スカーレットも町を後にしょうとするが、産気づいたメラニーを放っておけない。医者も負傷者の救護で忙しく、来てくれない。彼女は黒人奴隷少女プリシラを助手にメラニーから赤子を取り上げる。だが、北軍は目前に迫っていた。アトランタの町は早くも火の海。スカーレットはプリシラにレットを呼びに行かせる。レットは馬車で来てくれた。「目的地は?」「タラに帰るの」「病人と赤ん坊、頭の弱い黒人を連れて敵陣を突っ切るのか」「歩いてもいい、帰りたいの!」猛火のアトランタを脱出する。このシーンは迫力満点だ。「キング・コング」で使われた巨大な門のセットに5000ガロンの油をかけて、7台のテクニカラー・カメラで撮影された。万一に備えて、300人の消防隊が出動したそうである。真っ赤に染まる空を背景に馬車が止まる。「どうしたの?」「俺は降りる。軍隊へ入る。南部の最後を見届けるつもりだ」「負けると分っているのに何故?」「自分でも分らない。下りろ、別れの挨拶をしたい」スカーレットを強引に抱き下ろし、抱きしめる。「スカーレット、俺を見ろ。俺たちは似ている。利己的だが自分を主張する強さをもっている。こんなに愛した女は初めてだ、こんなに辛抱強く待ったのもだ」「離してよ」「お前を愛する南部の兵士だ。腕の感触、キスの思い出を励みにしたい。一度でいいから、キスしてくれ」強引にキスするバトラー。スカーレットは一人で馬車を引き、タラの邸に戻ってきた。疲弊したタラの生家へ。マミーと従僕が迎える。だが、母は前日に死亡、父は気ガ触れていた。金もない、食べ物もない、そんな中で家族の全生活がスカーレットの肩にのしかかってきたのだ。やがて、アシュレーが戦地から戻ってきた。タラの土地の税金300ドルが大きな重荷になっていた。だが、アシュレーにも金はない。スカーレットは北軍の捕虜になっているレットを訪ねる。しかし、魂胆を簡単に見透かされてしまう。その帰り、彼女は妹のエスレンの婚約者と出会う。彼が建築景気で1000ドルもの金を溜め込んでいることを知ったスカーレットは妹の婚約者フランク・ケネディに「妹は近所の人と結婚する」ウソをついてまで横取りし、結婚していまうのだ。呆れ顔でスカーレットを見るマミーの顔が印象的だ。悲嘆にくれる妹を歯牙にもかけないスカーレットの冷淡さには恐れ入る。そして税金分の小切手をフランクに書かせる。彼女は経営する製材所へ行くため貧民街を馬車で突っ切ろうとし、危ないところを元使用人のサムに助けられる。アシュレーとフランクは貧民街焼き討ちの秘密の会合に出席、襲撃実行し危ないところをレットの機転に救われるが、フランクは死ぬ。レットはスカーレットに結婚を申し込む。「亭主が死ぬのを待つのはもう飽きた。結婚してくれ」云うやいなや強引なキス。「気絶するかと思ったわ」「フランクやアシュレーとは違うぞ。結婚すると言え」「するわ」彼女はバトラー夫人になる。歳月が経過、二人の間に愛嬢ポニーが生まれた。だが、それでもアシュレーへの未練は断ち切れなかった。手鏡のアシュレーの写真を見ているスカーレット、やって来たレットに見られる。「かわいそうな女性だ」「私が?」「そうだ、幸福を自分で投げ捨て、不幸を追い求めてるんだ」「何のこと?」「アシュレーを手に入れたら幸せになれると思うか?お前にはあの男を理解できん。お前に理解できるのは金だけだ」レットとスカーレットを結んでいた唯一の絆、ポニーが落馬事故で死亡。病気の床にあったメラニーは愛息を残して死去、スカーレットに息子とアシュレーを頼むと言い残して逝った。「先妻のお許しが出たか。俺と離婚してアシュレーと暮らせるな」「違うわ、別れるなんてイヤ!愛しているのはあなたよ」「遅すぎたよ、お別れだ」レットとの生活は破綻、レットは彼女の前から消えた。そのとき、初めてスカーレットはレットを愛していることに気づくのだが、すでに手遅れだった。ラストシーンが強く印象に残る。全てを失ったスカーレットは、タラの大地と共に力強く生きる決意をするのだ。ヒロインのスカーレットは桁外れの女だ。わがままでも何でも自分を貫き通すタイプであろうか。自由奔放なレットでさえ軽くあしらえない気品高き女性である。スカーレットの波乱万丈の生き方をとおして、女性の立場からアメリカン・スピリットを謳い上げた点に時代を越えて輝く作品の原点があると云えよう。<トピック>2年以上を費やした”スカーレット探し”製作者セルズニックが理想の”スカーレット女優と出会うまでに費やした時間は実に2年に上った。アトランタで行なわれたオーディションには500人もの”自称スカーレットが殺到した。キャサリン・ヘプバーン、ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォードなど、数多くの大物女優が候補に挙がっては消えていった。ヘップバーンは「ゲーブルが10年も追い続ける女には見えない」という理由で落選。デイヴィスと専属契約を結んでいたワーナーは、同社の看板スター、エロール・フリンをバトラー役にするならデイヴィスを貸すと提案したが、セルズニックはノーと答えた。そして、カメラテストでポーレット・ゴダードが最有力候補となった直後、運命の女神はヴィヴィアン・リーに微笑んだのである。彼女はアトランタ炎上のシーンの撮影が終りかけていたスタジオに偶然見学に来ていた新人女優だったのである、38年12月10日のことだった。衣装デザイナーは5500着もの衣装を作ったスカーレットの衣装は19世紀半ばの南部美人のシンボルである。細いウエストを強調するデザインを基本に、何不自由ない娘時代にはロマンティックなオーガンジーやチュール、強く生き抜くことを決意してからは重いベルベットを素材として使った。なかでも、落ちぶれた様子をレットに見られたくないスカーレットがカーテンで作らせた「カーテン・ドレス」は、スカーレットの心境が表現された印象に残る1着である。1939年製作 アメリカ・カラー 監督 ヴィクター・フレミング 出演 クラーク・ゲーブル ヴィヴィアン・リー レスリー・ハワード オリヴィア・デ・ハヴィランドスカーレットを演じたヴィヴィアン・リーのことをお知りになりたい方は↓http://plaza.rakuten.co.jp/chokosan/diary/200907280000/
2011.01.03
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