《櫻井ジャーナル》

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2015.10.30
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 安倍晋三政権は反民主主義の本性を剝き出しにして辺野古を埋め立てしはじめている。かつて、沖縄では「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められたが、それを思い出すという人もいる。

 その軍事基地化は、1953年4月に公布/施行された布令109号「土地収用令」に基づいて行われた。真和志村案謝、銘刈、小禄村具志、伊江村真謝、宜野湾伊佐浜などで武装米兵を動員した暴力的な土地接収も行われた結果、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になってしまう。そうした軍事占領の始まりは、1949年9月に昭和天皇が出した「25年から50年、あるいはそれ以上にわたる長期の貸与(リース)というフィクション」のもとでおこなわれることを求めるという内容のメッセージだ。(豊下楢彦『安保条約の成立』岩波書店、1996年)

 こうした強制接収と並行して移民政策も推進している。土壌の豊かな土地が無償で提供され、未知の病気もなく、近い将来には鉄道が近くを通るとも琉球政府などは宣伝、それを信じて約4000名が応募する。

 最初の移民は1954年8月にボリビアへ到着するが、そこは鬱蒼としたジャングルで、そこから鉄道までの道もなく、大きな川に橋も架かっていなかった。水を得るためには何キロメートルも歩かねばならず、その水は塩分が含まれていたという。しかも、そこには原因不明の病気があり、大洪水やネズミの大群に苦しむことになる。当初の移民計画では1954年から10年間で1万2000名をボリビアへ送り込む予定だったようだが、3200名にとどまったという。「棄民政策」と言われても仕方がないだろう。

 この時期、リーダー格の人びとが排除されている。例えば、1954年7月には人民党中央委員の林義己と畠義基に退島命令が出され、10月には同党の瀬長亀次郎書記長らが逮捕され、それを不当だと抗議した二十数名がさらに逮捕された。弁護士のいない裁判で瀬長は懲役2年の判決を受けている。また、1956年10月には比嘉秀平琉球主席が55歳の若さで急死した。

 そうした中、1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたのが後の統合参謀本部議長、ライマン・レムニッツァーである。本ブログでは何度か登場した軍人で、ソ連を先制核攻撃しようとしていたグループのひとりだ。

 議長時代にはアメリカを戦争へ引きずり込むため、「偽旗作戦」を計画した。つまり、アメリカの諸都市で「偽装テロ」を実行、最終的には無人の旅客機をキューバの近くで自爆させ、あたかもキューバ軍が撃墜したように演出、キューバへ軍事侵攻する口実にしようとした。いわゆる「ノースウッズ作戦」である。

 レムニッツァーが統合参謀本部議長に就任したのはドワイト・アイゼンハワーが大統領だった1960年9月。翌年からジョン・F・ケネディ政権がスタート、その年の7月にレムニッツァーを含む軍や情報機関の幹部が300発の核爆弾をソ連の100都市に投下するという「ドロップショット作戦」を大統領に説明している。この計画は1957年からスタートし、63年の後半にはソ連を核攻撃する予定になっていたという。その頃になれば、先制攻撃に必要なICBMを準備できると信じていたのだが、ケネディ大統領は拒否する。そのケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのは1963年11月だった。

 沖縄が軍事基地化される背後で、アメリカの好戦派はソ連に対する先制核攻撃を目論んでいたということ。1963年後半ならソ連から反撃されることなく、圧勝できると考えていたようだが、ソ連消滅後にもアメリカの好戦派は似たことを妄想している。

ロシアと中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できると主張 した。ロシアや中国と戦争してもアメリカは圧勝、世界制覇は実現されると信じていたのだろう。

 その論文が出た前年、日米両国政府は「日米同盟:未来のための変革と再編」に署名、同盟の対象が極東から世界へ拡大され、「国際連合憲章の目的及び原則に対する信念」が放棄され、「日米共通の戦略」に基づいて行動することになった。

 言うまでもなく、「日米共通の戦略」とはアメリカ支配層の戦略。その頃、アメリカを動かしていたのは 1992年初めに国防総省で作成されたDPGの草案 だ。当時の国防長官はリチャード・チェイニー、次官はポール・ウォルフォウィッツで、ネオコン色が濃く、好戦的な布陣。

 こうした好戦派は1991年12月にソ連が消滅したことでアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、新たなライバルの出現を阻止するため、旧ソ連圏、西ヨーロッパ、東アジアなどを潰そうとする。同時に、ライバルを生む出す基盤になる資源が地下に眠る西南アジアを完全に支配しようと考えた。つまり、2005年の文書は、日本もアメリカの世界制覇に協力するという宣言なわけである。

 ウォルフォウィッツ・ドクトリンは今でも生きているが、中東やウクライナでロシアに行く手を阻まれた。そこで、アメリカの好戦派は東アジアで軍事的な緊張を高めようとしている。その手先として日本を差し出したのが安倍晋三政権であり、その安倍政権をマスコミは支えている。





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最終更新日  2015.10.31 13:12:39


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