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2月22日にメキシコ軍の部隊がCJNG(ハリスコ新世代カルテル)という麻薬組織を率いていた「エル・メンチョ」ことネメシオ・オセゲラ・セルバンテスを殺害した。その後、エル・メンチョの配下の者たちが各地で銃撃戦を引き起こし、社会を混乱させている。 武装蜂起したCJNGの一部メンバーはウクライナで軍事訓練を受けていて、武器も保有、内戦の様相を呈した。ウクライナ帰りのメンバーはドローン技術にも精通し、麻薬の密輸はスターリンクを利用して遠隔操縦された水上ドローンで行われているようだ。ウクライナでは武器弾薬の横流しが指摘されてきたが、メキシコへも流れているのだろう。 ラテン・アメリカではCIAと結びついた麻薬組織の力が強く、メキシコでも政府に対抗してきた。2008年11月にはフアン・カミロ・モウリーニョ・テラッソ内務長官(当時)が搭乗していたメキシコ内務省の航空機が墜落して死亡したが、これは暗殺だったとも言われている。テラッソ長官はメキシコの麻薬カルテルを一掃しようと厳しく取り締まっていた。 今回の作戦はアメリカの情報機関から支援を受けているとされているが、これが事実なら、CIAが運営しているシステムの秩序をCJNGが壊したのかもしれない。 ドナルド・トランプ大統領も麻薬業者に寛大な姿勢を見せている。その象徴的な出来事がフアン・オルランド・エルナンデス元ホンジュラス大統領(2014年1月から22年1月)の恩赦。 エルナンデスは兄のトニー・エルナンデスやポルフィリオ・ロボ・ソサ元大統領(2010年1月から14年1月)らと共謀して麻薬を取り引きして資金を稼ぎ、政治権力を維持、強化したとされている。エルナンデスは2021年1月に終身刑を宣告され、22年4月21日にアメリカへ引き渡されていた。 エルナンデスのアメリカにおける裁判は2024年2月にニューヨーク市で始まり、3月に有罪判決が出ている。同年6月に懲役45年が言い渡されたが、2025年11月、ホンジュラスにおける大統領選挙の直前にトランプ大統領はエルナンデスに連邦恩赦を与えると発表したのだ。 ホンジュラスはCIAが拠点にしていた国のひとつ。1981年から85年までホンジュラス駐在アメリカ大使だったジョン・ネグロポンテは2002年からエリオット・エイブラムズやオットー・ライヒとベネズエラの体制転覆工作を始めた。ホンジュラス駐在大使時代、ネグロポンテはアメリカの傀儡政権による人権弾圧に協力した疑いが持たれている。 ネグロポンテ大使時代、アメリカからホンジュラスへの軍事援助は400万ドルから7740万ドルへ膨らみ、反体制派狩りが展開された。その当時、ホンジュラスでは200名近くが行方不明になっている。そうした政治的な暗殺を指揮していたのはCIAに近かったグスタボ・アルバレス・マルチネス将軍。CIAを後ろ盾にする「死の部隊」はラテン・アメリカにネットワークを持ち、1980年3月にはそのネットワークがエル・サルバドルの首都でオスカル・ロメロ大司教を暗殺している。 ベトナム戦争では東南アジア産のケシを原料とするヘロイン、アフガン戦争ではパキスタンからアフガニスタンにかけての山岳地帯で栽培されているケシを原料とするヘロイン、そしてニカラグアの反革命ゲリラ支援ではコカインをCIAは使った。 1979年7月にニカラグアの独裁政権がサンディニスタによって倒されると、その直後から革命政権を倒すためにアメリカはコントラと呼ばれる反政府ゲリラを編成した。旧体制の武装集団、国家警備隊の隊員を再編成したFDN(ニカラグア民主戦線)と元サンディにスタのエデン・パストーラをリーダーとするARDE(民主的革命同盟)である。両ゲリラの資金源がコカインの密輸だった。 コントラが反革命工作を開始したころ、チリの独裁者オーグスト・ピノチェトの側近たちもコカインで儲けていたとする報道がある。イギリスのオブザーバー紙が2000年12月10日付けの紙面で伝えている。ピノチェトは1973年9月11日、ヘンリー・キッシンジャーを黒幕とする軍事クーデターでサルバドール・アジェンデ政権を倒した人物だ。 1980年代初頭からピノチェト体制の軍隊と秘密警察は膨大な量の麻薬をヨーロッパに密輸出、その量は1986年と87年だけで12トン。こうした麻薬の取り引きを監督していたのはストックホルムとマドリッドのチリ大使館に赴任していた秘密警察の担当官だとオブザーバーは伝えている。 コカインはコカの葉を原料とするが、一次加工までの大半はボリビアやペルーで行われ、コロンビアを経由してアメリカへ運ばれるケースが多いとされている。 スーザン・ジョージが指摘しているように、こうしたラテン・アメリカの国々にとって麻薬は重要な産業になっている。例えば、ボリビア政府が1986年に決定したIMF公認の新経済政策にもコカイン経済が計算に入っていたことは公然の秘密だ。 つまり、アメリカの情報機関が工作資金の調達や私服を肥やすために麻薬に手を出しているだけでなく、ウォール街も麻薬取引が根絶されては困るのである。 CIAが麻薬取引の中心的な存在だということはジャーナリストや研究者だけでなく、麻薬が流入する都市であるロサンゼルスの警察官も指摘していた。1980年代にロサンゼルス市警は麻薬特捜隊を編成して捜査しているが、その結論だ。 特捜隊は1987年に解散するが、その直後から司法省は警察官を調べはじめ、税務申告のミスを理由にして1990年頃には警察から追い出されてしまった。警察の腐敗を追及しなければならないのは当然だが、司法省が動いた本当の理由はロサンゼルス市警が麻薬取引の黒幕的な存在であるCIAに肉薄していたからではないかとも言われている。 しかし、CIAとコカインの関係を疑う声は広がり、当時のCIA長官、ジョン・ドッチは内部調査の実施を決定。その結果が1998年1月と10月に公表されている。CIA監察室長による報告書、いわゆる『IGレポート』である。10月に出た『第2巻』では、コントラとコカインとの関係を認めている。 ところで、トランプ政権には麻薬取引に関係していた人物も含まれている。国務長官を務めるルビオだ。彼の姉が結婚した相手のオーランド・セシリアは1987年に麻薬取引の容疑で逮捕された人物。彼は1983年にペット・ショップで働き始め、マルコもそこで雑用を任されていた。ルビオも働いていたそのペット・ショップは麻薬業者のフロント企業で、セシリアは1989年に懲役35年の判決を受けている。ルビオも麻薬取引に関係していたようだが、問題にされていない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.28

二・二六事件と米英金融資本 今から90年前、1936年の2月26日に日本陸軍の「青年将校」が下士官と兵を率いて決起して政府要人を襲撃し、首相官邸、陸軍省、警視庁など永田町や霞ヶ関を占拠した。2・26事件だが、天皇の「奉勅命令」を受けた戒厳部隊に決起軍は包囲され、収束した。決起した将校たちは中国への軍事侵攻に反対していたが、37年7月の盧溝橋事件を切っ掛けにして日本と中国は全面戦争に突入した。 日本政府が推進していた政策は新自由主義に近い「レッセ-フェール」に基づくもので、貧富の差を拡大させていた。アメリカでは1920年代の金融バブルが29年の株価暴落で弾け、恐慌に突入。庶民の生活は苦しくなる。 そうした政策を推進する政治家、官僚、財閥、そのトライアングルに取り入ることで自分たちの野心を実現しようとした軍幹部に対する怒りが軍の内部にあったことは否定できない。中学、高校、帝国大学へと進むにはそれなりの資産がなければならず、親はエリート。庶民の優秀な子どもは士官学校や海軍兵学校へ入学していた。国民の惨状は軍人の方が理解していたのだ。明治維新とアヘン戦争 いわゆる「近代日本」は明治維新から始まるが、その背後にはイギリスが存在していた。中でも有名なジャーディン・マセソンはアヘン戦争で大儲けした麻薬業者。19世紀における麻薬取引を支配していたのは、ジャーディン・マセソンと「東方のロスチャイルド」ことサッスーン家である。19世紀のイギリスの政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)が大きな力を持ち、ビクトリア女王に対してアヘン戦争を指示していた。 アヘン戦争でイギリスは勝利したのだが、それは海戦でのこと。陸軍の力が圧倒的に足りず、中国(清)を征服することはできなかった。イギリスは自分たちの代わりに陸上で戦う戦闘集団が必要だったわけだ。そこで目をつけたのが日本だろう。日本は軍事力を増強、琉球を併合、台湾へ派兵、そして江華島事件を引き起こし、日清戦争、日露戦争へと突き進んだ。中国への軍事侵略 こうした流れの背後にはアメリカやイギリスの外交官がいた。例えば厦門のアメリカ領事だったチャールズ・ルジャンドル。この外交官は台湾から帰国する途中に日本へ立ち寄り、そこでアメリカ公使を1869年から務めていたチャールズ・デロングと会っているが、そのデロングから日本政府に対して台湾を侵略するようにけしかけているという説明をルジャンドルは受けている。(James Bradley, “The Imperial Cruise,” Little, Brown and Company, 2009) デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦、受け入れられた。ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任している。顧問になった彼は外務卿の副島種臣に台湾への派兵を勧めた。 ルジャンドルはアメリカに妻がいたのだが、離婚しないまま1872年後半から73年前半のどこかの時点で池田絲なる女性と「結婚」している。この女性は松平慶永と腰元との間に生まれたのだが、絲が生まれて間もなく母親は自殺していた。 1894年に朝鮮半島で甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らぐ。それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争につながったわけだ。この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになる。 清の敗北でロシアへ接近することが予想された閔妃をこの年、日本の三浦梧楼公使たちが暗殺している。日本の官憲と「大陸浪人」が閔妃を含む女性3名を惨殺したのだ。暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になっているが、この判決は暗殺に日本政府が関与している印象を世界に広めることになる。その後、三浦は枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。 日本が閔妃を惨殺した4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万の兵を派遣する。その翌年の9月、事件を処理するために北京議定書が結ばれ、列強は北京郊外に軍隊を駐留させることができるようになった。ロシアの動きを見てイギリスは警戒感を強めるが、自らが乗り出す余力がない。そこで1902年に日本と同盟協約を締結する。ロスチャイルドとモルガン 日本は1904年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃した後に宣戦布告して日露戦争が始まるが、日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系金融機関クーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。日本に対して約2億ドルを融資、その際に日銀副総裁だった高橋是清はシッフと親しくなっている。 日露戦争の後、アメリカ大統領だったセオドア・ルーズベルトは日本がアメリカのために戦っていると語り、日本政府の使節としてアメリカにいた金子堅太郎はアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦ったと説明していた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) 1923年9月1日に東京周辺を巨大地震が襲い、被災者は340万人以上に及んだ。死者と行方不明者を合わせると10万5000名を上回り、損害総額は55億から100億円に達していたという。 復興資金を調達するために外債発行を日本政府は決断、ウォール街を拠点とする巨大金融機関のJPモルガンと交渉する。この巨大金融機関と最も深く結びついていた日本人が井上準之助だ。井上がJPモルガンと親しくなったのは1920年に対中国借款交渉を行った時だという。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年) JPモルガンはロスチャイルドからスピンオフした金融機関だ。ジョン・ピアポント・モルガンの父親であるジュニアス・モルガンはジョージー・ピーボディーとロンドンで銀行を経営していたが、その銀行の業績が1857年に悪化、倒産寸前になる。そのときにピーボディーと親しくしていたロスチャイルド一族が救いの手を差し伸べた。その際、ロスチャイルドはジョン・ピアポント・モルガンに目をつける。ジョンは1899年にロンドンで開かれた金融機関の会議に出席、アメリカへ戻ったときにはロスチャイルド系金融資本のアメリカにおける代理人になっていたのだ。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) JPモルガンを率いていたトーマス・ラモントは3億円の外債発行を引き受け、1931年までの間に融資額は累計10億円を超えたという。必然的にJPモルガンは日本に大きな影響力を及ぼすようになる。日本の通貨を支配するために金本位制を強制、今の用語を使うならば「新自由主義経済」を導入させた。その結果、日本からは金が流出して不況はますます深刻化、東北地方で娘の身売りが増えることになる。 そうした政策に反発する人たちもいた。例えば血盟団は1932年に井上準之助や団琢磨らを暗殺、そして36年2月26日に陸軍の青年将校が軍事蜂起したわけだ。腐敗した政治家や財界人を排除すれば天皇が素晴らしい政治を行ってくれると信じていたようだが、勿論、間違っていた。天皇も彼らの仲間だったのだ。ウォール街のクーデター計画 ウォール街は帝国主義の牙城だが、その中核がJPモルガンにほかならない。そのウォール街を揺さぶる出来事が1932年にあった。大統領選挙で彼らに担がれていたハーバート・フーバーがニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトに敗れたのだ。 フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた。利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街に目をかけられたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) その当時、大統領の就任式は選挙から4カ月後の3月に行われていた。式の直前、ルーズベルトは1933年2月15日にフロリダ州マイアミで開かれた集会に参加したのだが、銃撃事件に巻き込まれている。イタリア系のレンガ職人、ジュゼッペ・ザンガラが32口径のリボルバーから5発の弾丸を発射したのだ。弾丸はルーズベルトの隣に立っていたシカゴのアントン・セルマック市長に命中、市長は死亡したものの、ルーズベルトは無事だった。 ザンガラの足場が不安定だったうえ、そばにいたW・F・クロスという女性がザンガラの銃を握っていた腕にしがみついて銃撃を妨害、すぐ別の人も同じようにザンガラの腕にしがみついたと報道されている。クロスによると、ザンガラはルーズベルトを狙っていた。(‘Woman’s courage foils shots assassin aimed at Roosevelt,’ UP, February 16, 1933) 次期大統領の命が狙われた可能性が高いのだが、徹底的な調査は行われていない。事件の真相が明らかにされないまま、ザンガラは3月20日に処刑されてしまった。 ルーズベルトが大統領に就任した後、ウォール街の住人はクーデターを計画する。1933年から34年にかけてのことだ。この事実は名誉勲章を2度授与されたアメリカ海兵隊の伝説的な軍人であるスメドリー・バトラー少将が計画の詳細を聞き出した上で議会において告発、明らかにされた。(Public Hearings before the Special Committee on Un-American Activities, House of Representatives, 73rd Congress, 2nd Session) バトラーによると、ウォール街の住人たちはドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にしていた。50万人規模の組織を編成して政府を威圧、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の重責を引き継ぐとしていた。動員する組織として想定されていたのは在郷軍人会だ。 クーデターを計画したグループはアメリカに金本位制を復活させようとしていた。ウォール街に利益をもたらすからだ。失業対策として彼らが考えていたのは強制労働収容所にすぎず、労働者の権利を認めたり公教育を充実させるといった政策は考えていない。 クーデター計画を聞き出したところでバトラーは反クーデターを宣言した。50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分は50万人以上を動かして対抗すると応じた。内戦を覚悟するようにバトラーは警告したのだ。(前掲書)JPモルガンの属国 関東大震災から日本の政治経済に大きな影響を及ばしたJPモルガンをはじめとするウォール街の金融機関とはファシストにほかならない。そのJPモルガンは1932年に駐日大使としてジョセフ・グルーを日本へ送り込んでくる。この人物のいとこにあたるジェーン・グルーが結婚した相手はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥だ。 また、グルーの結婚相手であるアリス・ペリー・グルーの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリー。ジェーン自身は少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通ったという。 グルー夫妻は官僚や財界人だけでなく天皇周辺にも強力な人脈を持っていた。例えば松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らがその人脈には含まれていた。(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945~1952』時事通信社、1994年) しかし、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在した。離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)戦前レジームと戦後レジーム 明治維新以降、日本では民主主義勢力が徹底的に弾圧されていたが、1925年4月には治安維持法が公布され、5月に施行された。1927年5月には第一次山東出兵、28年4月に第二次山東出兵、5月に第三次山東出兵、6月には張作霖を爆殺、31年9月に柳条湖で満鉄の線路を爆破(柳条湖事件)、32年3月に「満洲国」の建国を宣言した。 そして1937年7月には盧溝橋事件。当時、特務機関員として活動していた人物によると、その事件では迷子になった日本兵を野営地へ送り届けた中国人戦闘員を歩哨に立っていた日本兵が射殺、その報復として冀東防共自治政府の保安隊が通州の日本人約200名を殺害している。8月には蒋介石が上海で日本軍との戦闘を開始した。 1937年12月に日本軍(事実上の指揮官は朝香宮鳩彦)は南京を占領するが、その際に住民を虐殺している。その際、秩父宮雍仁は財宝略奪作戦(金の百合)を指揮、竹田宮恒徳が補佐役を務めた。大戦後、その財宝をアメリカの軍や情報機関の幹部、そしてウォール街の大物たちはナチ・ゴールドと一体化させ、ブラック・イーグルとして管理している。(Sterling & Peggy Seagrave, “Gold Warriors”, Verso, 2003) 1939年5月には中国東北部(満州国)とモンゴルの国境も近いノモンハンで日本軍とソ連軍が軍事衝突して日本が敗北、41年6月にはドイツ軍がソ連への軍事侵攻を開始、同年7月から9月にかけて日本軍は中国東北部や朝鮮半島に部隊を移動させる。 これが関東軍特種演習だが、ソ連への軍事侵攻を想定していた。大本営陸軍部は8月にこの計画を年内に実施することを断念したという。そして1941年12月にマレー半島、そしてハワイの真珠湾を攻撃してアメリカとイギリスを相手に戦争を始める。 豊下楢彦が指摘しているように、第2次世界大戦後の日本を動かしていたのはダグラス・マッカーサーと吉田茂でなく、天皇とジョン・フォスター・ダレスをはじめとするウォール街。1945年4月のフランクリン・ルーズベルト大統領急死を境としてアメリカは再び巨大資本がホワイトハウスを支配する時代になっていた。 そうしたウォール街の人脈を後ろ盾とし、ジャパン・ロビーと呼ばれるグループが戦後日本の基盤を築き上げていく。そのグループの中核的な団体が1948年6月にワシントンDCで創設されたACJ(アメリカ対日協議会)である。その中心にはジョセフ・グルーがいた。1932年からウォール街の代理人として駐日大使を務めていたファシストのグルーにほかならない。戦前レジームと戦後レジームの基本構造は同じだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.27
ロシアの対対情報機関SVR(対外情報局)は2月24日、フランスとイギリスがウクライナへ核兵器を密輸する計画を立てていると発表した。両国は核兵器に関連するヨーロッパ製の部品、機器、技術をウクライナへ秘密裏に移転することを検討、ウクライナの潜水艦発射弾道ミサイルに搭載できるフランス製核弾頭のTN 75を提供する案もあるという。また、放射性物質を内部に詰め込んだ爆弾、いわゆる「汚い爆弾」の製造を促しているともしている。NATOがキエフ政権に核兵器を提供した場合、ロシアはあらゆる手段を行使して報復、そのターゲットには兵器の供給国も含まれるという。 すでに戦場ではウクライナ軍が壊滅状態で、イギリスやフランスを中心とするNATO諸国はオペレーターや特殊部隊だけでなく、通常の戦闘部隊も送り込んでいると言われているが、ロシア軍の主張によると。そうしたNATO軍の幹部がどこにいるかを彼らは把握、攻撃目標にしはじめ、ウクライナ西部やハリコフにあるNATO軍の司令部を破壊、イギリスをはじめとするNATOの高官数十名は死傷したと伝えられている。この攻撃でロシア軍はプラズマ兵器をテストしたようで、ハリコフの南西50キロメートルあたりで大きな爆発があったが、放射線量は上昇していない。 ロシア軍はすでにマッハ10以上で飛行するミサイルを実戦で使用している。ひとつは空中発射型弾道ミサイルのキンジャール、もうひとつは中距離弾道ミサイルのオレーシニクだ。オレーシニクは独立して目標を設定できる複数の再突入体を搭載している。NATO側は保有する迎撃システムでそうしたミサイルを撃墜できるとしているが、実際には撃墜できていない。現時点ではおそらく不可能だ。こうしたミサイルを使う頻度が高まるかもしれない。 ネオコンのような好戦派はロシアとの戦争が始まっても簡単に勝てると言う前提で2014年2月のキエフにおけるクーデターを実行したのだろうが、その間違いはすぐに判明する。内戦でロシア文化圏の人びとに勝つため、クーデター体制の戦力増強に8年を要している。その時間を稼ぐために結ばれたのが 2022年2月にロシア軍は攻撃直前だったウクライナ軍を攻撃、主導権を握ったのだが、西側の兵器をウクライナへ供与すればロシアを簡単に倒せるとイギリスは考えていたようで、同国の首相だったボリス・ジョンソンは2022年4月9日にキエフへ乗り込み、ウォロドミル・ゼレンスキー政権に対してロシアとの停戦交渉を止めるように命令した。(ココやココ) しかし、兵器を供給してもNATOの傀儡軍であるウクライナ軍はの劣勢は変わらない。NATOは時間を稼ぐため、2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」、ふたつの停戦合意をロシアに人事込ませ、ドンバスの周辺にマリウポリ、マリーインカ、アブディフカ、ソレダルの地下要塞を結ぶ要塞線を築く。この地下要塞を陥落させ、要塞戦を突破してからロシア軍の進撃スピードは上がった。NATOに残された手段は核兵器だけなのかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.26
世界の要人に関する情報を集め、それを利用して恫喝するためにイスラエル軍の情報機関が使っていたジェフリー・エプスタインは2019年8月にニューヨークのメトロポリタン矯正センターの独房で死亡した。自殺とされているが、他殺だと考える人は少なくない。中には独房から連れ出されてイスラエルで生きていると言う人もいるが、いずれにしろ、エプスタインが法廷に立つことはなくなった。 現在、司法省が保有するエプスタインに関連した文書や映像、いわゆるエプスタイン・ファイルが公開されているが、公開されたのは約600万件のうち公開されたのは半分にすぎず、しかも黒塗りだらけだ。それでも幼児を含む未成年者に対する不適切な行為が明らかになっている。そうした中には拷問、殺害、そして人肉を食べるという行為も含まれている。 エプスタインに関連したファイルは財務省にもあるようだが、それ以外にエプスタインが極秘の保管庫に隠したファイルが存在しるとイギリスのテレグラフ紙は報じた。彼はライリー・キラリー私立探偵事務所を雇い、自宅にあったコンピュータ、映像、写真、文書などを少なくとも6つの保管庫へ運び込んだのだが、当局はまだ捜索していないという。これらの保管庫は2010年に借りられたとされている。 こうした証拠隠滅工作をエプスタイン個人が行ったとは思えない。少なくともイスラエル軍の情報機関、つまりアマンは関与しているはず。そのほかイスラエルのモサド、アメリカのCIA、イギリスのMI6が関係している可能性もある。隠されたファイルはすでに処分された可能性おある。 エプスタインはイスラエルや西側世界に張り巡らされた人身売買ネットワークの一部にすぎない。養子縁組という形で子どもが取り引きされているとも言われている。 ビル・クリントン大統領は第2期目に国務長官を戦争に消極的なクリストファー・ウォーレンから好戦的で反ロシア感情の強い好戦派のマデリーン・オルブライトへ交代させた。オルブライトはコロンビア大学でポーランド出身のズビグネフ・ブレジンスキーから学んでいる。この国務長官人事を大統領に働きかけていたのはヒラリー・クリントン、つまり大統領の妻だと言われている。 オルブライトは1998年秋にユーゴスラビア空爆を支持すると表明、翌年の3月から6月にかけて実際に爆撃した。4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃された。中国大使館を空爆したのはB-2爆撃機で、目標を設定したのはCIA。アメリカ政府は「誤爆」だと弁明しているが、3機のミサイルが別々の方向から大使館の主要部分に直撃していることもあり、中国側は「計画的な爆撃」だと主張している。 1991年12月にソ連が消滅した後、ネオコンは世界征服プロジェクトの手始めに、ユーゴスラビアを解体しようとした。それに反対したクリントン大統領はスキャンダル攻勢で身動きが取れなくなっている。それが沈静化するのは第2期目に入ってからだ。 オルブライトがユーゴスラビア空爆を支持すると表明した1998年にアメリカは麻薬業者を使い、「コソボ独立」を仕掛けた。その麻薬業者が中心になって組織したのがKLA(コソボ解放軍、UCKとも表記)にほかならない。KLAを率いてたひとりで後に首相となるハシム・サチはアルバニアの犯罪組織とつながり、麻薬取引や臓器の密売に関与していたと言われている。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中で、KLAによる臓器の密売に触れた。 彼女によると、コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたというのだ。 この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティの報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。 ネオコンは2014年2月、ネオ・ナチを使ったクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。その後、ウクライナでは臓器売買が盛んになった。クーデター政権軍と反クーデター軍が戦っていたドンバスで臓器を切り取られた軍人と民間人の遺体数十体を発見したとOSCE(欧州安全保障協力機構)の代表は語っている。コソボの臓器売買業者がウクライナへ入ったとも言われていた。 ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は『ロシイスカヤ・ガゼータ』の2023年8月7日号で、ウクライナにおいて臓器がオンラインとオフラインで取引されていると批判している。 子どもが臓器売買の犠牲になっているとも言われている。2023年6月には、生後11ヶ月の子どもを外国に連れて行こうとしてデニス・バロディなる男がウクライナとスロバキアの国境で逮捕された。子どもの臓器を国外で売ることが目的だったという。バロディは孤児院で教師として働いた経験があり、慈善財団の代表を務め、孤児青少年団体を創設していたという。 警察の発表によると、男は母親に対し、EU内の善良な人物の養子にすると説得、5000ドルを母親へ支払うことになっていたが、養子縁組の計画はなく、2万5000ドルで移植業者に子どもを売る予定だった。バロディは1歳から2歳の子どもを少なくとも3回売っていたというが、彼は逮捕されて間もなく保釈金100万フルブニャ(約2万7000ドル)を積んで釈放されている。彼は密輸業者として逮捕されたのであり、臓器売買業者としてではなかったようだ。そして彼は姿を消した。ウクライナの女性を「代理母」として子どもを産ませ、その子どもを取り上げて売りさばいているとする話も伝わっている。 ウクライナでは2021年12月、「人体解剖材料の移植問題の規制について」なる法律が成立、生体ドナーとその親族が移植に同意したことを証明する必要がなくなったという。書類があれば、署名の確認や認証は必要なくなり、死体から臓器を摘出する手続きは大幅に簡略化された。 2022年3月22日には、ウクライナで「赤ちゃん工場」を発見したロシア兵の証言とされる映像がアップロードされた。そこで生まれた赤ん坊は内臓が摘出されたり、別の犯罪に利用されるとされている。西側ではロシアのプロパガンダだとされたが、その根拠は示されていない。そうしたプロパガンダにもかかわらず、その映像は注目されている。 ウクライナを舞台とした人身売買にはイギリスの貴族階級が関係しているという噂があったが、エプスタイン・ファイルはその噂に真実味を帯させる。ここでも「陰謀論」という呪文の効力がなくなりつつある。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.25
未成年者を性的に搾取/虐待したとしてされているジェフリー・エプスタインはイスラエルの情報機関のために働いていた可能性が高い。単なる犯罪者ではなく、イスラエル、アメリカ、イギリスに張り巡らされた情報機関ネットワークの一部を構成しているだけだ。このネットワークは支配システムの柱のひとつでもある。 未成年者を性的に搾取/虐待したとしてエプスタインは2019年7月に逮捕され、8月にニューヨークのメトロポリタン矯正センターの独房で死亡したとされている。エプスタイン・ファイルの公開により、未成年者の中に幼児が含まれ、拷問、殺害、そして人肉を食べるという行為も世界の有力者たちは行っていた疑いが濃くなった。これまで噂として囁かれていたことが現実だった可能性が出てきたのだ。 そうした行為の中心にいたエプスタインは2008年6月にも未成年者の性的な搾取/虐待の容疑で起訴され、懲役18カ月の判決を受けているのだが、このときは刑務所に収監されていない。 検察の姿勢が異様に甘いと批判されたが、その時に地方検事として事件を担当したのは2017年4月から19年7月まで労働長官を務めたアレキサンダー・アコスタ。エプスタインの事件が発覚し、辞任を余儀なくされたということだ。アコスタによると、上司からエプスタインは「情報機関に所属している」ので放っておけと言われたとしている。 1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタイン、彼と親密な関係にあったギレイン・マクスウェル、彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルはいずれもイスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために働いていたという。ロバートは1960年代から、エプスタインとギレインは1980年代の後半からその情報機関に所属してたとベンメナシェは語っている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) イスラエルにはモサドと呼ばれる対外情報機関やシン・ベトと呼ばれる国内の治安を担当する組織もあり、「情報共同体」を構成、この共同体はアメリカやイギリスの情報機関と連携している。 エプスタインはアリアンヌ・ド・ロスチャイルドとも会っている。この人物はエドモン・ド・ロスチャイルド・グループのCEOを務め、エプスタインがニューヨークに保有していた自宅を訪れたこともある。 イスラエルの元首相エフード・バラクともエプスタインは親しく、その関係で同国の軍事情報局特殊作戦部に所属する秘密技術部隊の81部隊の人脈と繋がっていた。またエプスタインはバラクとロスチャイルド家との間のメッセンジャーを務めていたともされている。 初代FBI長官で、1935年3月から72年5月までその職にあったJ・エドガー・フーバーは有力者のスキャンダルを集め、そうした人びとに影響力を行使していたが、アメリカ、イギリス、イスラエルの情報機関はそれを世界規模で実行してきた。エプスタインはその仕組みの一部に過ぎず、有力者の弱みをイスラエルの情報機関に伝えていたことは間違いないだろう。彼らは自国の政府も監視対象にしている。 エプスタイン・ファイルにはチベットの宗教指導者であるダライ・ラマの名前も出てくる。ダライ・ラマ側は否定しているものの、エプスタインと親しく、有名メディアに寄稿しているマイケル・ウルフは、マンハッタンにあるエプスタインの家でダライ・ラマと会ったと主張している。この話を聞いて、ダライ・ラマが2023年、少年にキスした映像を思い出した人もいるだろう。 ダライ・ラマとエプスタインを結びつけたのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)でメディアラボ所長を務めていた伊藤穰一だとされている。伊藤の友人でMITの「ダライ・ラマ・センター」の責任者だったテンジン・プリヤダルシがエプスタインをダライ・ラマに紹介したようだ。伊藤は2019年、エプスタインとの金銭的関係を隠蔽していたことを認め、MITを辞めている。 ダライ・ラマがCIAと関係していたことを思い出した人もいるのではないだろうか。 1949年10月に中華人民共和国の建国が宣言された後、北京政府はチベットを再統合しようとし始めるが、アメリカ国務省にとってダライ・ラマは中国の新体制を倒す道具として使おうとする。 しかし、ダライ・ラマは1951年、チベットと中華人民共和国を統合する「17ヶ条の綱領」平和条約を正式に受諾、54年には中国の国民会議副議長に選出された。 それに対し、チベットの部族連合はCIAから援助を受け、地元住民に中国人と戦うよう呼びかけた。何人かが選抜され、サイパン島のアメリカ軍基地で小型武器の使用、爆破、地雷敷設、破壊工作の訓練を受けている。こうした運動の精神的支援と指導力をダライ・ラマに期待したが、拒否された。 チベットのゲリラ組織、チュシ・ガンドゥクは1958年6月に国民義勇防衛軍を結成、この年にCIAはゲリラ戦闘員を育成するための軍事プログラム「コロラド計画」をコロラド州のバッツフィールド空軍基地で開始、200人以上のチベット人が訓練を受けた。そして1959年3月のチベット蜂起につながる。 この蜂起が失敗に終わった後にダライ・ラマはインドへ逃れるが、彼はその後、数十年にわたってCIAから年間18万ドルを受け取り、チベットの反中国運動はCIAから年間170万ドルを受け取った。こうした資金の供与は全米民主基金(NED)などのフロント組織を通じて行われている。こうした関係は1972年にリチャード・ニクソン大統領が中国を公式訪問した2年後まで続いたという。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.24
アメリカのスティーブ・ウィトコフ中東担当特使は2月21日、フォックス・ニュースのインタビューで、アメリカ海軍がイラン周辺に空母を中心とする艦隊を展開、軍事態勢を強化し続けているにもかかわらず、なぜイラン政府が屈服しないのか、ドナルド・トランプ米大統領は疑問に思っていると語った。 この発言が事実なら、トランプは「脅せば屈する」というネオコンのドグマをいまだに信じていることになる。ロシアや中国と同じように、イランは脅しに屈しない。ネオコンのドグマと現実のギャップに戸惑っているらしいトランプ大統領はイラン攻撃についての決断を2月22日に下すと言われている。このブログが公開された直後に何らかの動きがあるかもしれない。 アメリカ空軍は一晩に輸送機で数十回にわたり、中東へ防空システムや弾薬を運んだというが、すでにヨルダンのムワッファク・サルティ空軍基地にはF-35戦闘機、ドローン、ヘリコプター、防空システムを配備し、通常の約3倍にあたる60機以上の攻撃機を駐留しているとも伝えられている。 また、アメリカ陸軍はシリアにいた部隊をイラクへ移動させているようだが、イラクで活動しているダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)と連携してイランへ攻め込むのではないかと考えている人もいる。そうしたこともあり、IRGSはイランとイラクの国境沿いの部隊を増強しているともいう。 イランの最高指導者であるアヤトラ・アリ・ハーメネイ師は2月17日のテレビ演説で、アメリカが展開している軍艦は確かに危険だが、「軍艦よりも危険なものは、それを海の底に沈めることができる兵器だ」と発言していた。トランプがイラン攻撃を決断した場合、空母を含むアメリカの艦船を撃沈すると言ったわけだ。2月22日にIRGC(イラン革命防衛隊)の幹部であるモハメド・ジャファル・アサディ准将はイラン軍の防衛態勢が強化されていると強調、アメリカ軍の中東における艦船や航空機の増強については芝居がかったジェスチャーにすぎないと切り捨てた。 政府の上層部や軍がアメリカ側へ寝返っていたベネズエラと違い、イランはアメリカ軍が攻撃してくるという前提で反撃する準備を整えてきた。昨年6月の段階ではロシアや中国からの軍事的な支援を拒んでいたイランだが、現在は支援を受け、防空能力が大幅に強化ていると言われている。 しかも、タッカー・カールソンのインタビューでマイク・ハッカビー駐イスラエル米国大使は、イスラエルが聖書に登場するすべての土地を占領しても問題ないと主張、「親米派」とされる国も含むイスラム14カ国、OIC(イスラム協力機構)、アラブ連盟、GCC(湾岸協力会議)はハッカビー発言を批判せざるをえなくなった。 また、イラクにおけるイスラム教シーア派の指導者であるアリ・シスターニ師は、アメリカ軍の攻撃でハメネイ師の命が狙われた場合、アメリカ軍に対するジハードを命じるとも伝えられている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.23
タッカー・カールソンによると、彼と彼のスタッフは2月18日、テルアビブのベン・グリオン国際空港で短時間ながら拘束された。パスポートを取り上げられ、エグゼクティブ・プロデューサーは尋問室に連れ込まれ、尋問者はカールソンと大使が何を話したかを問い質そうとしたという。その日、拘束される前にカールソンらは空港のターミナル内でマイク・ハッカビー駐イスラエル米国大使にインタビューしていた。ハッカビーは元アーカンソー州知事であり、キリスト教シオニストであり、ドナルド・トランプ大統領と親密な関係にある。 ベン・グリオン国際空港での出来事について、アメリカ大使館は空港における通常のセキュリティ・チェックにすぎないと説明しているが、カールソンは世界を飛び回るジャーナリストであり、彼の経験からして通常のセキュリティ・チェックではなかったと考えたのだ。アメリカ大使館の説明に説得力はない。 カールソンはハッカビーの招待でイスラエルを訪問したのだが、イギリスのデイリー・メイル紙によると、イスラエル政府は当初カールソンの入国を拒否していた。アメリカの国務省を交えて協議した結果、「外交問題」の可能性を回避するため、カールソンらの入国を許可したという。カールソンは西側の有名記者としては珍しく、パレスチナ人虐殺やキリスト教徒の扱いなどでイスラエルを批判している。 インタビューの中でハッカビーはイスラエルが聖書に登場するすべての土地を占領しても問題ないと主張した。そうした土地はアブラハムの子孫に神が与えたと旧約聖書に書いてあるというのだ。ハッカビーは事実上、中東全域をイスラエルに支配させるべきだと言っている。本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、イスラエルを作り上げたのはイギリスであり、ハッカビーの主張はイギリスが19世紀に打ち出した戦略に合致する。 一般的に「近代シオニズムの創設者」とされている人物は1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルだとされているが、その前からシオニズムという考え方は存在した。海賊行為で富を蓄積していたエリザベス1世の時代(1593年から1603年)、イングランドに出現した「ブリティッシュ・イスラエル主義」が始まりだと考えられている。 その当時、イングランドの支配層の間で、アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だとする信じ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まっていた。 イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られているが、17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世も自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。 その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたとされている。クルムウェルはユダヤ人をイングランドへ入れることを許可したが、稼ぎ方を海賊行為から商取引へ切り替えるためだったとされている。ユダヤ人は商取引や金貸しに長けていた。 エリザベス1世が統治していた時代、イングランドはアイルランドを軍事侵略、先住民を追放し、イングランドやスコットランドから入植者をアイルランドのアルスター地方へ移住させた。好ましくないと判断した人びとを排除し、好ましいと考える人びとを移住させたわけだが、その後、そうした手法を彼らは繰り返す。 ピューリタン革命の時代にもアイルランドで先住民を虐殺している。クロムウェルは革命で仲間だったはずの水平派を弾圧した後にアイルランドへ軍事侵攻して住民を虐殺したのだ。 侵攻前の1641年には147万人だったアイルランドの人口は侵攻後の52年に62万人へ減少。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたと言われている。ピューリタンはアメリカへ渡り、先住民である「アメリカ・インディアン」を大量虐殺し、ヨーロッパ系移民が入れ替わった。 ダブリン出身でプリマス・ブレザレンを創設したジョン・ネルソン・ダービー牧師は1830年代から宗教活動を始めたが、彼はキリストの千年王国がすべての文明を一掃し、救われるのは選ばれた少数のグループだけだと考えていた。 世界の邪悪な力はエゼキエル書で特定されている「ゴグ」であり、そのゴグはロシアを指すと主張、ユダヤ人がイスラエルに戻って神殿を再建したときに終末を迎えるとしている。つまりキリストが再臨するということ。シオニストにとって対ロシア戦争とパレスチナ制圧は一体のことである。 19世紀のイギリス政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)が大きな影響力を持っていた。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務めている。ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。 このように始まったシオニズムは19世紀に帝国主義と一体化し、パレスチナ侵略が具体化してくる。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。 2023年10月7日にハマス(イスラム抵抗運動)を中心とするパレスチナの武装グループがイスラエルを攻撃した直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、パレスチナ人虐殺を正当化している。聖書の中でユダヤ人と敵だとされている「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を彼は引用、「アマレク人」をイスラエルが敵視しているパレスチナ人に重ねたのだ。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」と書かれている。「アマレク人」を家畜と一緒に殺した後、「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神は命じたとされている。 これこそがガザでイスラエルによって行われていることだと言える。ネタニヤフによると、「われわれは光の民であり、彼らは闇の民」なのだ。ネタニヤフは8月23日、ナイル川からユーフラテス川に至る大イスラエルを創設するという「歴史的かつ精神的な使命」を宣言している。 シオニストは自分たちの主張を正当化するための拠り所として旧約聖書やトーラーを持ち出すが、言うまでもなくこれは神話に過ぎず、歴史ではない。昔から旧約聖書にピラミッドが登場しない不自然さが指摘されていたが、最近の考古学はエジプトにユダヤ人が捉えられていたとする話に疑問を投げかけている。記述内容に適合する地域はバビロニアだとする学者もいる。 勿論、聖書に書かれていることが事実だとしてもシオニストがパレスチナ人を虐殺し、中東全域を支配することは許されないが、その聖書の内容自体を歴史とすることはできないのだ。それでも宗教活動の中に止まっていれば問題ないのだろうが、現実世界を宗教世界に合わせようとしているのがシオニストだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.22
イスラエルによるパレスチナ人虐殺が続くガザにドナルド・トランプ大統領は1.4平方キロメートルのアメリカ軍基地を建設、5000人の兵士を収容する計画だという。昨年11月に国連の安全保障理事会はトランプ大統領のガザ計画を承認する決議を採択、13カ国が賛成し、中国とロシアは棄権している。 ガザでは建造物が徹底的に破壊され、多くの遺体は瓦礫の下にあるため、何人が殺されたかは明確でない。医学雑誌「ランセット」は2023年10月7日から24年6月30日までの間にガザで外傷によって死亡した人数は6万4260人と推計、そのうち女性、18歳未満、65歳以上が59.1%だとする論文を発表した。 「ハーバード大学学長およびフェロー」のウェブサイト「データバース」に掲載されたヤコブ・ガルブの報告書では、イスラエル軍とハマスの戦闘が始まる前には約222万7000人だったガザの人口が2025年の時点で185万人に減少、つまり37万7000人が行方不明になっているという。状況から考え、行方不明者の大半は死亡している可能性が高く、死亡者の約4割は子ども。女性を含めると約7割に達すると言われている。アメリカ、イギリス、ドイツをはじめとする欧米諸国はイスラエルによるこの大量虐殺を支援していた。トランプ大統領はその大量虐殺を「地上げ」と認識しているのだろう。 ガザでの大量虐殺は2023年春にイスラエル政府が始めた挑発行為から始まった。その年の4月1日にイスラエルの警察官がイスラム世界で第3番目の聖地だというアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺、4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクへ突入し、ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/今年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃している。そしてユダヤ教の「仮庵の祭り」(今年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入した。 そして2023年10月7日、ハマス(イスラム抵抗運動)を中心とするパレスチナの武装グループがイスラエルを奇襲攻撃するのだが、その際、イスラエル側の監視システムが機能していない。 この攻撃では約1400名(後に1200名へ訂正)のイスラエル人が死亡したとされ、その責任はハマスにあると宣伝されたのだが、イスラエルのハーレツ紙によると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊。殺されたイスラエル人の大半はイスラエル軍によるものだと現地では言われていた。イスラエル軍は自国民を殺害するように命令されていたというのだ。いわゆる「ハンニバル指令」である。ハマスの残虐さを印象付ける作り話も流された。 襲撃の直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、パレスチナ人虐殺を正当化している。聖書の中でユダヤ人と敵だとされている「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を彼は引用、「アマレク人」をイスラエルが敵視しているパレスチナ人に重ねたのだ。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」と書かれている。「アマレク人」を家畜と一緒に殺した後、「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神は命じたとされている。 これこそがガザでイスラエルによって行われていることだと言える。ネタニヤフによると、「われわれは光の民であり、彼らは闇の民」なのだ。 ネタニヤフは8月23日、ナイル川からユーフラテス川に至る大イスラエルを創設するという「歴史的かつ精神的な使命」を宣言している。中東をイスラエルが征服、エネルギー資源を支配するというわけだ。ネタニヤフがイランを攻撃したがり、そうした行為や計画を欧米諸国が支援してきた理由のひとつはここにある。それに比べれば、イランの核開発は大した問題ではない。 ネオコンは1980年代にイラクのサダム・フセイン体制の転覆を主張していた。イラクに親イスラエル体制を樹立、イランとシリアを分断して両国の体制を転覆させるという計画だ。 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めた経験のあるウェズリー・クラークによると、2001年9月11日の攻撃から10日ほど後、彼は統合参謀本部で攻撃予定国のリストを見たという。そのリストにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが記載されていた。(ココやココ) 昨年6月13日にイスラエル軍はイラン国内から発射されたミサイルとドローンで同国を攻撃、イラン軍のモハンマド・バゲリ参謀総長や革命防衛隊(IRGC)のホセイン・サラミ司令官を含む軍幹部、さらに少なからぬ核科学者が殺害された。アメリカでの報道によると、イスラエルは数カ月かけてドローンの部品を商業貨物として秘密裏にイランへ持ち込み、組み立て、主要地域に配置し、トレーラーに設置された発射装置などから攻撃したという。アメリカの軍や情報機関が協力していた可能性がある。その際、イランの防空システムが麻痺したが、8時間から10時間で回復している。 それに対し、イランは報復攻撃を開始。テルアビブやハイファといったイスラエルの都市がイランのミサイル攻撃を受けた。ネゲブ砂漠にあり、F-15戦闘機とF-35戦闘機の大半が配備されているネバティム空軍基地をはじめとする軍事基地、あるいはイスラエル軍のアマン情報本部が破壊され、同時にモサドの本部にも命中している。軍事研究の中枢であるワイツマン科学研究所も壊滅的な被害を受けた。またイランはイスラエルの兵器企業「ラファエル」への攻撃にも成功し、ハイファの港湾施設も大きな被害を受けている。 イランの攻撃がイスラエルや欧米諸国の予想を上回り、イスラエルやアメリカはミサイルが不足、そのまま戦闘が続くとイランに負けてしまうことは不可避だった。イランが停戦に合意しなければ、イスラエルは数日、あるいは数週間以内に崩壊していたと言われていた。今回はイランの最高指導部を壊滅させることに注力するかもしれない。 そして現在、トランプ政権はイラン周辺に2隻の航空母艦を派遣、再びイランを攻撃する姿勢を見せている。少なくとも2週間は攻撃を継続できる規模だ。民主党のリーダーたちは戦争に反対していない。中東をイスラエルに支配させるというプランは彼らも支持しているが、自分たちが矢面に立つことは嫌がっている。2024年の大統領選挙で民主党に勝つ意欲が見られなかったのはそのためだという人もいる。所詮、共和党も民主党も帝国主義政党にすぎない。 アメリカ軍がイランを攻撃した場合、イラン軍はホームでの戦いになる。アメリカ軍はミサイルや砲弾の補充が容易ではない。昨年6月の戦闘でイランの保有するミサイルが枯渇したわけではない。過去にイラン政府は地下に建設されたミサイル保管施設の映像を公開している。 昨年の戦闘でイランが発射したミサイルの92%は撃墜されたとイスラエルは主張、それを西側メディアは垂れ流していたが、マサチューセッツ工科大学(MIT)のセオドア・ポストル名誉教授はイランが発射したミサイルの迎撃成功率は5%程度だと推計している。アメリカ製防空システムのパトリオットによる迎撃成功率はせいぜい1割程度と言われているので、適切な数値だろう。 実際の被害状況から判断しても、ポストルの主張が事実に近い。昨年6月のイランによる攻撃ではイスラエルの情報機関モサドの司令部、軍情報部アマンの施設、イスラエルの核開発計画でも中心的な役割を果たしてきたワイツマン研究所、ソロカ医療センターなども破壊され、軍事基地にも着弾、石油施設や発電所などの重要なインフラも被害を受けている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.21
映画業界やテレビ業界が制作するドラマの中には権力犯罪、スパイ活動、政界の内幕などをテーマにした作品が少なくない。その中には政府組織や大企業を舞台にしたものもあるが、基本的に犯罪者は個人、あるいは無法者集団であり、組織自体が犯罪を働くというプロットは見当たらない。これはCIAがハリウッドで映画を検閲する時の規準だと言われている。 1975年12月、警視監を最後に依願退職した松橋忠光によると、アメリカは59年から「1年に2人づつ警視庁に有資格者の中から選ばせて、往復旅費及び生活費と家賃を負担し、約5か月の特殊情報要員教育を始めた」という。その前は「数か月の期間で3、4人の組というように、あまり秩序立っていなかったようである。」(松橋忠光著『わが罪はつねにわが前にあり』オリジン出版センター、1984年) 公式文書に記載された渡航目的は「警察制度の視察・研究」だが、実際はCIAから特殊訓練を受けるのだという。CIAから受けた講習の中で派遣された日本の警察官はハリウッドのスパイ映画を何本か見せられ、「その製作に相当関与」していることをそれとなく教えてもらったとも書いている。映画を検閲し、修正させているというわけだ。ハリウッド映画に限らず、映画やテレビドラマとはそういうものだと考えなければならない。 ソ連、中国、イスラム政界などのイメージを悪くするだけでなく、西側の支配システム自体は健全だと人びとに信じさせることも検閲の目的だ。ロシアを侵略して資源や穀倉地帯を奪うことに失敗した欧米諸国は急ピッチで経済が破綻、社会が崩壊しつつある。そのあとを追いかけているのが日本にほかならない。 西側の支配システムは1970年代に行き詰まり、製造業を放棄して金融中心のシステムへ切り替えた。通貨カルトの影響力が強まったということだ。通貨カルトによる金融マジックは新自由主義という仕組みを生み出し、それによって一部の富裕層へ資金が集中して貧富の差が拡大、社会が弱体化するスピードが速まる。本ブログでは繰り返し書いていることだが、1991年12月にソ連が消滅した後、ネオコンをはじめとする西側の好戦派は軍事侵略による略奪に乗り出した。帝国主義を全面に押し出してきたのだ。 ヨーロッパは十字軍による侵略で知識を手に入れてルネサンスは実現したが、富の蓄積はその後、15世紀から17世紀にかけての「大航海」という略奪のによってだ。スペインやポルトガルはそのときにアメリカ大陸を侵略し始め、1521年にエルナン・コルテスは武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼしている。 莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、ヨーロッパの侵略者は先住民を酷使して鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。 ただ、略奪の詳細は不明で、全採掘量の約3分の1は「私的」にラプラタ川を経由してブエノスアイレスへ運ばれ、そこからポルトガルへ向かう船へ積み込まれていた。16世紀の後半にスペインはフィリピンを植民地化、銀を使い、中国から絹など儲けの大きい商品を手に入れる拠点として使い始める。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021) そうした財宝を運ぶスペインの船を海賊に襲わせ、奪っていたのがイギリスにほかならない。エリザベス1世の時代にイギリス王室が雇った海賊は財宝を略奪しただけでなく、人もさらっていた。つまり人身売買だ。 ジョン・ホーキンスという海賊は西アフリカでポルトガル船を襲って金や象牙などを盗み、人身売買のために拘束されていた黒人を拉致、その商品や黒人を西インド諸島で売り、金、真珠、エメラルドなどを手に入れている。こうした海賊行為をエリザベス1世は評価、ナイトの爵位をホーキンスに与えている。 フランシス・ドレイクという海賊は中央アメリカからスペインへ向かう交易船を襲撃して財宝を奪い、イギリスへ戻るが、ホーキンスと同じように英雄として扱われた。女王はそのドレイクをアイルランドへ派遣して占領を助けさせるが、その際、ラスラン島で住民を虐殺したことが知られている。その後も海賊行為を働いたドレイクもナイトになっている。 ホーキンスやドレイクについで雇われた海賊のウォルター・ローリーは侵略者のイングランドに対して住民が立ち上がったデスモンドの反乱を鎮圧するため、アイルランドにも派遣された。ローリーも後にナイトの爵位が与えられている。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020) イギリスが帝国主義の時代に入るのは19世紀。その象徴的な人物が反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)である。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで彼は首相を務めている。ビクトリア女王に対し、アヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だった。 しかし、アヘン戦争でイギリスは海戦で勝利したものの、中国(清)を征服することはできなかった。陸軍力が圧倒的に不足していたからである。その代理として登場してきたのが日本。明治維新を仕掛け、「近代化」という名目で軍事力を増強させたのはそのためである。ウクライナにNATOが兵器や資金を投入した目的も同じだ。 その過程で多額の債務を背負い込んだ日本は後に中国を侵略、財宝を略奪する。「金の百合」だ。第2次世界大戦後、日本は天皇制を維持、米英金融資本に対する債務はなくなった。 その日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれている。1992年2月に作成されたアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」は唯一の超大国になったアメリカが世界を征服するというプロジェクト。そこには新たなライバルの出現を防ぐこと、またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。 1995年2月になると、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」をジョセイフ・ナイは発表してアメリカの政策に従うように命令した。 このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次いだことも忘れてはならない。1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。 そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆した。 1990年代から日本の経済は下降し続け、貧富の差は拡大、庶民は思考する余裕をなくした。日本の支配システムが壊されたのだが、システムが崩壊したと人びとが認識したなら、そのシステムを何とかしようと思うだろう。そこでシステムは健全だが、「悪い外国人」によって日本は悪くなっているという話が広められている。ミスディレクションだ。 CIAが行なっている心理操作が日本でも実行されているようである。問題はシステムにあるのだ。日本の支配システム、支配理念は中曽根康弘政権から大きく変わった。新自由主義の導入だ。その背後には米英の金融資本が存在している。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.20
ジェフリー・エプスタインに関連したファイルによって引き起こされた欧米支配層の動揺は治りそうもない。エプスタインは世界の有力者を未成年者との性的行為へ引き摺り込み、その様子を記録して映像などを利用してその有力者を操っていたとされていたが、ここにきて未成年者の中に幼児が含まれ、拷問、殺害、そして人肉食という凶悪犯罪が行われていたという話も出てきた。そうした話自体も大きな問題だが、そうしたファイルがなぜ出てきたのかということを疑問に感じている人も少なくない。過去の例から類推すると、権力抗争が起こっている。 こうした凶悪犯罪をエプスタインがひとりで行ったわけではない。彼はイスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために活動していた人物だと証言しているのはアリ・ベンメナシェ。この人物は1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた。 エプスタインはギレーヌ・マクスウェルという女性と親密な関係にあり、内縁関係にあったとも言われている。彼女の父親はミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェル。この親子もアマンの仕事をしていた。ロバートは1960年代から、エプスタインとギレーヌは1980年代の後半からその情報機関に所属してたとベンメナシェは語っている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) 有力者の弱みを握って操るということは昔から行われてきた。アメリカの場合、禁酒法時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールもそうしたことを行っていたひとり。ローゼンスティールの妻だったスーザン・カウフマンによると、元夫はCIAの秘密工作にも協力していたユダヤ系ギャングの大物であるメイヤー・ランスキーと親しかった。 ローゼンスティールの部下だったロイ・コーンは1947年にコロンビア・ロー・スクールを卒業した後、ニューヨーク南部地区連邦検事局の事務官として2年間勤務、1948年にはニューヨーク州弁護士資格を取得している。その一方、ニューヨークの犯罪組織、ガンビーノ・ファミリーのメンバー何人かの法律顧問にもなっているが、そのひとりがジョン・ゴッチ。ローゼンスティールとは「親子のように」親しく、1953年から54年にかけて「赤狩り」のジョセフ・マッカーシー上院議員の法律顧問を務めた。マッカーシーの黒幕はFBIのJ・エドガー・フーバー長官だが、そのフーバーとローゼンスティールは繋がっていた。後にコーンはドナルド・トランプの顧問弁護士になるが、エプスタインとも関係があった。(Jonathan Marshall, “Dark Quadrant,” Rowman & Littlefield, 2021) エプスタインの事件を明るみに出す上で重要な役割を果たしたひとりは被害者のバージニア・ジュフリーだが、彼女はフランスのモデル・スカウト、ジャン-リュック・ブルネルがエプスタインの人身売買に協力していたとも告発していた。1998年から2005年にかけての時期、ブルネルはエプスタインのプライベート・ジェットに25回搭乗した記録が残っている。 ジェフリーは2015年の宣誓供述書の中で、エプスタインが「ブルネルの少女1000人以上と寝た」と自慢していたとも主張、またブルネルは2008年にエプスタインが逮捕された際、拘置施設でエプスタインと70回以上面会した記録が残っている。そのブルネルは2020年12月、未成年者へのセクハラと性的犯罪の罪で起訴されたが、22年2月に独房内で「自殺」した。 エプスタイン・ファイルで浮かび上がったネットワークは単なる性犯罪集団ではない。性的倒錯の話は世界の支配システムに関係した重大な話から人びとの関心を逸らすことが目的ではないかという人もいる。西側世界は自分たちのシステムを自由、人権、民主主義といったタグで飾り立てているが、その実態は帝国主義にすぎないことを隠したがっているというわけだ。 このファイルに「9/11」や「COVID-19ワクチン」の話た出てこないことを不思議に感じる人もいる。イスラエルやアメリカの情報機関と関係が深く、ビル・ゲイツと親しかったエプスタインの人脈を見れば、こうした話が出てこない方が不自然だ。COVID-19騒動がアメリカ国防総省のプロジェクトだということが判明しているが、それについて何らかのやりとりがあったはずだ。この騒動は最大で82兆ドルの損害をもたらし、これを仕組んだ者たちは数兆ドルの利益を得たと推測されているのだが、社会の仕組みを変えてディストピアを作ろうとしていたとも考えられる。 エプスタイン人脈の中にロスチャイルドの名前が出てくる。エプスタインはイスラエルの情報機関モサドとロスチャイルドのフランスやスイスの人脈のために情報提供者ネットワークを組織していた。ギレーヌによると、イギリス王室のアンドリュー王子(ヨーク公爵)をエプスタインに紹介したのはエべリン・ド・ロスチャイルドの妻、リン・フォスター・ド・ロスチャイルドだった。ビル・クリントンとエプスタインが親しかったことも知られているが、ヒラリー・クリントンがリン・フォスターと親しいことを示す電子メールも漏洩されている。 また、エドモン・ド・ロスチャイルド・グループのCEOを務めるアリアンヌ・ド・ロスチャイルドは「2013年から2019年の間に、銀行での通常業務の一環としてエプスタインと面会していた」という。彼女はエプスタインがニューヨークに保有していた自宅を訪れたこともあるようだ。新たに公開された電子メールによると、アリアンヌはエプスタインとブロードウェイ公演や2014年のモントリオール旅行など、私的な旅行や社交を計画していた。 エプスタインはイスラエルの元首相エフード・バラクとも親しく、その関係で同国の軍事情報局特殊作戦部に所属する秘密技術部隊の81部隊の人脈と繋がっていた。またエプスタインはバラクとロスチャイルド家との間のメッセンジャーを務めていたともされている。 帝国主義の中心には米英の金融資本が存在しているのだが、その中でもロスチャイルド家は大きな存在だ。そのライバルと見なされてきたモルガン家の祖と言われているのはジョン・ピアポント・モルガンだが、物語はその父親であるジュニアス・モルガンから始まる。 ジュニアスはロンドンでジョージー・ピーボディーと銀行を経営していたのだが、1857年に業績が悪化、倒産寸前になる。その時に救いの手を差し伸べてくれたのがピーボディーと親しかったナサニエル・ロスチャイルドにほかならない。 1864年にピーボディーは引退し、モルガンが引き継ぐ。その息子であるジョン・ピアポント・モルガンに目をつけたロスチャイルドは彼をアメリカにおけるロスチャイルド系金融機関の代理人に据えた。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) アレックス・クレイナーによると、そのモルガンが死亡した時、彼が保有していた銀行の株式は全体の9パーセントに過ぎず、銀行を本当に所有していた人物はロンドンの金融街、いわゆるシティにいたという。モルガンは受託者にすぎなかったということだ。おそらく、ジョージ・ソロスも同じだろう。 ソ連が消滅し、ロシアが欧米資本の植民地になっていたロシアにはオリガルヒと呼ばれる富豪が存在した。そのひとりがミハイル・ホドルコフスキー。ジャーナリストのマイケル・グロスによると、ソ連時代に彼はコムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者だったが、そのときにロシアの若い女性を西側の金持ちに売り飛ばしていた疑いがある。ソ連時代の1989に彼はリチャード・ヒューズなる人物とロシアの若い女性を「モデル」としてニューヨークへ送るビジネスを始めたのだ。(Michael Gross “From Russia with Sex”, New York, August 10, 1998)この年にホドルコフスキーは銀行設立のライセンスを取得、メナテプ銀行を設立した。違法送金やマネー-ロンダリングが目的だったとみられている。1995年に彼はユーコスを買収した。(The Village Voice, September 7, 1998) ホドルコフスキーによると、会社の大株主を監視している「保護者」が存在、その株主に圧力がかかった場合、管理書類を別の人物に渡すのだという。会社を本当に支配しているのはその「保護者」だが、ホドルコフスキー場合、それはジェイコブ・ロスチャイルドだった。 ロスチャイルドはロシアの石油利権を奪うつもりだったのだろうが、ウラジミル・プーチン大統領はロシアの国営石油会社ロスネフチにユーコスの資産を買収させ、ロスチャイルドの計画を阻止した。 2014年2月にバラク・オバマ政権がキエフで実行したクーデターはロシアとヨーロッパを弱体化させることが目的で、それが計画通りに進めばウクライナだけでなくロシアの資源や穀倉地帯を奪うことができた。その黒幕もロスチャイルドを中心とする米英金融資本だろう。 エプスタイン・ファイルには元駐米英国大使のピーター・マンデルソンの名前も出てくる。この人物は「ニュー・レイバー」の立役者として知られ、イスラエルの資金で動いていたトニー・ブレアの顧問として重要な役割を果たしていた。マンデルソンは2010年にエプスタインとデスモンド・シュム(沈棟)を引き合わせている。イギリスはアヘン戦争以来、中国の制圧も狙っているわけで、イスラエルや米英の情報機関と密接な関係にあるエプスタインが中国に対する工作に関係するのは必然だろう。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.19
アメリカのマルコ・ルビオ国務長官は2月14日、ミュンヘン安全保障会議における演説の中で、1945年から西側世界はコロンブスの時代以来初めて縮小の道をたどったと嘆いている。先住民であるアメリカ・インディアン虐殺を無視、そして侵略による植民地拡大を肯定しているわけで、帝国主義への回帰を夢見ているとしか理解できない。 ルビオが言うところの「コロンブス」とは、1492年10月12日にバハマ諸島のグアナハニ島へたどり着いたクリストファー・コロンブス(クリストバル・コロン)を指しているが、それは南北アメリカにおける大量虐殺と略奪の幕開けだった。 コロンブスがバハマ諸島へ到着した当時、北アメリカには100万人とも1800万人とも言われる先住民が住んでいたとされているが、1890年にウーンデット・ニー・クリークで先住民の女性や子ども250人から300人がアメリカ陸軍第7騎兵隊に虐殺された時には約25万人に減少していた。北アメリカの主だった地域では90%を超す住民が殺されているとされているので、コロンブス以前の人口が100万人ということはないだろう。生き残った先住民を「保留地」へ押し込めるため、「強制移住法」がアメリカでは施行されている。 こうした侵略と虐殺を正当化するためにルビオが前面に出していたのは「キリスト教」だが、本来のキリスト教はそうした強欲な行為を否定していたはずだ。彼が考えているのはプロテスタント、より正確に言うならばカルバン派だろう。カルバン派は強欲を肯定する。 カール・マルクスは『ユダヤ人問題に寄せて』の中で、「キリスト教徒はもともとは、教義を重視するユダヤ人だった。だからユダヤ人は実利的なキリスト教徒であり、実利的なキリスト教徒はふたたびユダヤ人になった」(中山元訳『ユダヤ人問題に寄せて/ヘーゲル法哲学批判序説』光文社、2014年)と主張している。つまりカルバン派はユダヤ教徒だということになるだろう。 そのユダヤ教の基盤は「人間の実利的な欲求、すなわちエゴイズム」であり、その神は貨幣だともマルクスは指摘、「貨幣は人間のあらゆる神を引き摺り下ろし、それらの神々を商品に変えてしま」い、「人間はこの貨幣に祈りを捧げている」としている。(前掲書) マルクスは『資本論』の中でも通貨を呪物に準えている。資本主義は通貨という呪物を崇めるカルトだというわけだ。ルビオによると、その神をコミュニズム革命が冒涜、反植民地主義の蜂起を引き起こして「帝国」を衰退させたと嘆いているのだ。ルビオがこの演説を行った後、ヨーロッパ各国の首脳は拍手喝采している。 こうしたルビオの主張は、1992年2月に作成されたアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」と基本的に同じである。唯一の超大国になったアメリカは世界を征服するため、好き勝手に行動できるとしている。 このドクトリンによると、最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐこと。またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。ソ連が消滅してロシアはアメリカの属国になり、中国は新自由主義にどっぷり浸かっているという前提に基づくドクトリンだ。 アングロ・サクソンが世界を征服するべきだと19世紀に主張した人物がいる。セシル・ローズだ。 1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出して大儲けしたセシル・ローズは1877年6月にフリーメーソンへ入会した後、彼は『信仰告白』を書いている。その中で彼はアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張、その優秀な人種が住む地域が増えれば増えるほど人類にとってより良く、大英帝国の繁栄につながると主張、秘密結社はそのために必要だとしている。この考えは帝国主義として現実化した。 その前に世界征服も目論んだイギリスの政治家が存在する。イギリスの政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)だ。 彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで彼は首相を務めている。ビクトリア女王に対し、アヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。 こうしたイギリスの世界征服プランをまとめ、1904年に発表した学者がハルフォード・マッキンダー。彼はユーラシア大陸の周辺部分を海軍力で支配、内陸部を締め上げるという理論を発表、それをアメリカが継承した。封鎖帯の西端がイギリス、東端が日本だ。 ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もマッキンダーの理論がベースになっている。冷戦もこの戦略の一幕にすぎない。 1933年から第2次世界大戦が終わる直前までアメリカ大統領を務めたフランクリン・ルーズベルトはファシズムと植民地に反対、米英金融資本と対立していた。1933年から34年にかけて、JPモルガンを中心とするウォール街の金融業者はルーズベルトが率いるニューディール派の政権を倒そうとクーデターを計画したが、その理由はそこにある。 しかし、大戦後も植民地を否定する主張は消えず、世界各地で独立する国が相次いだ。その過去をルビオは嘆いたのだ。 ルビオたち帝国主義者はソ連が消滅した後、植民地の拡大を目論んだのだが、その前に立ちはだかったのが再独立したロシアだった。2014年に帝国主義者はロシアを屈服させるためにウクライナでクーデター、また香港で反中国運動を仕掛けたが、失敗した。米英の本性を理解したロシアと中国は手を組み、パイプラインや鉄道などでつながりを強めている。その同盟をルビオは崩したがっているわけだ。日本はこの愚か者たちに従い、ロシアや中国との戦争へ向かっている。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.18
ヨーロッパの主要国はウクライナでの戦争を継続しようと必死だ。特にイギリス、フランス、ドイツの政治家や軍人がロシアとの戦争に積極的な姿勢を見せている。イギリスのリチャード・ナイトン参謀総長とドイツのカーステン・ブロイアー連邦軍総監はミュンヘンでの会議後、軍事予算の大幅な増額を国民に理解させる義務があると述べた。 イギリスで実施された世論調査では、軍事費増額のための増税や歳出削減を支持する人は少数派。ドイツやフランスでは軍事予算の増額を支持する人の比率は昨年より低下している。ウクライナでの戦争でNATOはロシアに敗北、ヨーロッパ諸国の経済は破綻、社会が崩壊していることを一般の人びとは理解しているのだ。 ウクライナでの戦争はイギリスが19世紀に始めたロシア征服戦略の一環である。本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、その基本はドイツとロシア/ソ連を戦わせることにある。第1次世界大戦、第2次世界大戦、そして冷戦はひとつの舞台の場面にすぎない。 1991年12月にソ連が消滅した時、西側諸国の少なからぬ人は冷戦でアメリカが勝ったと認識、ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと考えた。1992年2月に作成されたアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」もそうした考え方に基づいている。 このドクトリンによると、最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐこと。またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。ソ連が消滅してロシアはアメリカの属国になり、中国は新自由主義にどっぷり浸かっているという前提に基づくドクトリンだ。 しかし、21世紀に入ってロシアが再独立に成功、状況は大きく変化する。そこでネオコンをはじめとする好戦派は再びロシアを属国にしようとした。バラク・オバマ政権が2014年2月にキエフでネオ・ナチを使ったクーデターを実施、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した理由もそこにある。 1941年6月にも似た状況があった。約300万人のドイツ軍がウクライナやベラルーシを通ってソ連へ軍事侵攻したのだ。バルバロッサ作戦である。その時、西部戦線に残ったドイツ軍は90万人にすぎなかった。この兵力配分はアドルフ・ヒトラーが決めたのだが、まるで西から攻めてこないことを知っていたかのようだ。1990年代からのNATO拡大はロシアから見ると新たなバルバロッサ作戦にほかならない。 2014年のクーデターによってロシアは非常に危険な状態になったわけだが、ロシア政府は動かない。クーデター直後、西側の大手メディアはロシア軍がウクライナへ軍事侵攻したと宣伝していた。おそらくアメリカ政府のそのように推測、メディアへそのようにレクチャーしていたのだろうが、ロシアは動かなかった。 ヤヌコビッチの支持基盤でロシア文化圏の東部や南部では住民がクーデターを拒否、南部のクリミアはロシアと一体化する道を選び、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)では武装抵抗が始まり、内戦になった。キエフが送り込んだ部隊は占領軍にすぎず、しかもクーデター後に軍や治安部隊のメンバーが合流していた反クーデター軍は優勢だった。そこでNATOはクーデター政権の戦力を増強するための時間を稼がねばならなかった。2014年9月と15年2月の停戦合意、いわゆるミンスク1とミンスク2はそのために締結されたわけだ。 2022年に入るとキエフはドンバスに対する攻撃を激化、大規模な軍事侵攻が噂されていた。そこでドンバスから子どもや女性を中心にロシアへ疎開しているのだが、それを西側諸国は誘拐だと主張した。 2022年2月24日にロシア軍はドンバス周辺に終結していたウクライナ軍や軍事基地、あるいは生物兵器の研究開発施設を攻撃しはじめた。ロシア外務省によると、その時にロシア軍が回収したウクライナ側の機密文書にはウクライナ国家親衛隊のニコライ・バラン司令官が署名した秘密命令が含まれていた。 ロシア国防省のイゴール・コナシェンコフ少将によると、「この文書は、国家親衛隊第4作戦旅団大隊戦術集団の組織と人員構成、包括的支援の組織、そしてウクライナ第80独立空挺旅団への再配置を承認するもの」で、この部隊は2016年からアメリカとイギリスの教官によって訓練を受けていたという。 NATO側は8年かけ、兵器の供与や兵士を育成するだけでなく、マリウポリ、マリーインカ、アブディフカ、ソレダルの地下要塞を結ぶ要塞線をドンバスに築いていた。ウクライナの軍や親衛隊はドンバスへ軍事侵攻して住民を虐殺、ロシア軍を誘い出して要塞線の内側に封じ込め、その間に別働隊でクリミアを攻撃するという計画だったのではないかと推測されている。 グレイゾーンによると、イギリス国防省の監督下、「代々続く海賊や海賊の血筋」だと自認するチャーリー・スティックランド中将が2022年2月26日に「プロジェクト・アルケミー(錬金術計画)」なる対ロシア計画を遂行するためのグループを組織した。 そして同年4月9日、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込み、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令(ココやココ)する。イギリスを含む西側諸国はロシアを過小評価していた。 2023年にウクライナは「反転攻勢」で戦況を逆転させると宣伝されていたが、この計画を策定したのはアメリカの国防総省だったと言われている。その計画はロシア軍に打ち砕かれた。その軍事的な敗北をヨーロッパの支配層は理解できていなかったという。 しかし、ウクライナ軍が壊滅状態にある現在、イギリスやフランスは特殊部隊だけでなく一般の部隊もウクライナへ派兵、少なからぬ死傷者が出ている。戦死者の中には将軍も含まれていると伝えられている。 戦争を仕掛けた西側諸国は「劣等なスラブ民族」を簡単に打ち破れると考え、短期間に資源や穀倉地帯を奪えると計算していたのだろうが、ロシアの勝利は確定的。これまで戦争を継続するために偽情報を広めただけでなく、生物兵器の研究開発、マネーロンダリング、人身売買、臓器取引なども行ってきた。戦争に勝利すれば隠蔽できただろうが、敗北が決定した場合、こうしたことを表面化する可能性が高い。そうしたことからも、西側諸国は戦争をやめることができない。戦争が長引けばロシア軍はそれだけ厳しく対応する。 ヨーロッパ諸国の支配層は自分たちを優秀な人間であり、ロシア人は劣っていると信じ、破滅へ向かうことになった。同じように日本では自分たちは優秀であり、中国人は劣等であると信じ、戦争になれば簡単位勝てると思っている人もいるようだ。明治維新以降、日本人はそのように刷り込まれてきた。アメリカの思惑通り、日本と中国が戦争になれば日本は軍事的にも経済的にもヨーロッパより酷いことになりそうだ。 日本の現状を考えるためには米英金融資本との関係のほか、明治維新について理解しなければならない。また日本の歴代天皇がイギリスのガーター勲章を授与されている意味も考えるべきだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.17

ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領がアメリカ陸軍の特殊部隊デルタ・フォースによって拉致されたのは今年1月3日のことだった。アメリカ政府は事前にベネズエラの政府や軍の幹部を買収していた可能性が高く、作戦を実行する際には指向性エネルギー兵器を使って敵兵士の方向感覚を失わせ、混乱させたとも言われている。そうした中、買収されていなかった警護担当のキューバ兵は皆殺しになった。防空システムが機能しなかったのは、電磁波兵器云々という以前に、買収が効果的だったのだろう。 では、誰が買収されたのかということが問題になるが、拉致後の展開を見ると、大統領代行を務めているデルシー・ロドリゲス副大統領やその周辺が怪しいと推測する人が少なくない。彼女はアメリカの指示に従うつもりはないと発言していたが、行動がその発言を否定している。 マドゥロが拉致された直後、ロドリゲスはアメリカのマルコ・ルビオ国務長官に電話をかけ、作戦の進捗状況を尋ねたと伝えられていた。彼女は1月15日にジョン・ラトクリフCIA長官とカラカスで会談、2月11日にはクリス・ライト・エネルギー長官ともカラカスで会い、両者はオリノコ油田地帯を視察、シェブロンとPDVSAの共同施設を訪れた。 ラトクリフCIA長官がロドリゲスと会談した翌日の1月16日、アメリカ石油協会(API)が石油業界のリーダーやロビイストを集めた「アメリカエネルギーの現状」サミットを開催したが、その参加者はドナルド・トランプ大統領の強引なやり方に不満を抱いていたという。 石油業界が抱いている懸念は、大統領が簡単に原油を手に入れられると考えているらしいこと。ベネズエラへ乗り込んで蛇口をひねれば日量300万バレルの原油が出てくると大統領は信じていたらしいのだが、そうしたことにはならないと業界サイドは認識しているのだ。そうした石油業界の否定的な発言にトランプ大統領は苛立っている。欧米のエネルギー企業は原油より天然ガスに興味を持っているのだという。 トランプ政権の中でベネズエラ侵略を最も強く望んでいたと言われているキューバ系のマルコ・ルビオ国務長官はキューバの政権転覆も望んでいる。そうした目論見に立ちはだかっているのがロシア、中国、イランだ。ベネズエラでは裏切り行為があり、国民の意思を無視してアメリカの支配下に入ったようだが、キューバではそうした展開にならないだろう。この3カ国が1月29日に調印した戦略協定は、外交、経済、安全保障における包括的な連携の枠組みを定めている。 アメリカはキューバ革命の直後に軍事侵攻を試みて失敗、その後は経済戦争を続けてきた。そうした中、キューバを支援したのがウゴ・チャベスにほかならない。チャベスは1998年に実施されたベネズエラの選挙で勝利、99年2月から大統領を務めている。それに対し、ジョージ・W・ブッシュ政権は2002年からチャベス政権を倒すための秘密工作を開始した。 秘密工作の中心にはイラン・コントラ事件に登場したエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そして81年から85年までのホンジュラス駐在大使を務め、2001年から04年までは国連大使、04年から05年にかけてイラク大使を務めたジョン・ネグロポンテがいた。 ホンジュラス駐在大使時代、ネグロポンテはニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊(アメリカの巨大企業にとって都合の悪い人たちを暗殺する組織)にも関係している。 アメリカの支配層はベネズエラの体制を転覆させるため、2007年に「2007年世代」を創設、09年には挑発的な反政府運動を行った。こうしたベネズエラの反政府組織に対し、NEDやUSAIDといったCIAの資金を流す組織は毎年40004万ドルから5000万ドルを提供していた。 その2年前、つまり2005年にアメリカの支配層は配下のベネズエラ人学生5名をセルビアへ送り込んでいる。そこにはCIAから資金の提供を受けているCANVASと呼ばれる組織が存在、そこで学生は体制転覆の訓練を受けている。このCANVASを生み出したのは1998年に組織されたオトポール!なる運動だ。 この運動の背後にはCIAの別働隊であるIRIが存在した。このIRIは20名ほどのリーダーをブダペストのヒルトン・ホテルへ集め、レクチャーする。講師の中心的な存在だったのは元DIA(国防情報局)分析官のロバート・ヘルビー大佐だ。 抗議活動はヒット・エンド・ラン方式が採用された。アメリカの政府機関がGPS衛星を使って対象国の治安部隊がどのように動いているかを監視、その情報を配下の活動家へ伝えている。(F. William Engdahl, “Manifest Destiny,” mine.Books, 2018)同じ手法がウクライナでも香港でもとられている。こうしたクーデター/カラー革命工作による政権転覆には失敗したものの、チャベスは2013年3月、58歳の若さで死亡した。発癌性ウイルスが利用されたという噂がある。そしてトランプ政権はチャベスの後継者であるマドゥロを拉致することに成功した。 そして次にアメリカはキューバを狙っているのだが、キューバ駐在ロシア大使のビクトル・コロネリは、ロシアがキューバを見捨てることはないと述べている。キューバへ原油、石油製品、食糧を含む物資を送るだけでなく、軍事支援の準備。中国もロシアと協調して支援し、緊急プログラムに基づいて3万トンの米を供与したほか、太陽光発電プロジェクトも支援している。ロシアや中国は新たな金融や安全保障のインフラを構築しつつあるが、これは世界各国を惹きつけることになりそうだ。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.16
このブログは読者の皆様に支えられてきました。ブログを存続させるため、カンパ/寄付をよろしくお願い申し上げます。【振込先】巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦 西側諸国では言論弾圧が強化され、支配層にとって都合の悪い事実を伝える人びとの銀行口座が閉鎖されるということも珍しくありません。支配システムが衰退するにつれ、「自由と民主主義」が幻影にすぎず、「ルールに基づく国際秩序」がアメリカの権力者が望む秩序にすぎないことも明白になりつつあります。そこで彼らは自分たちのシステムを維持しようと必死で、なりふりを構っていられなくなったようです。 アメリカではジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された後、「リー・ハーベイ・オズワルドの単独犯行」という公式発表を信じない人びとを排除し、社会的に孤立させるために「陰謀論者」なる呪文が使われ始めました。この呪文の効果は絶大で、公式発表を信じず、支配構造を問題にする人びとに対し、盛んに使われています。 こうした呪文だけでなく、支配層にとって都合の良い物語を広めるための仕組みがマス・メディアや教育システムに他なりません。マス・メディアには新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、出版、あるいは映画が含まれていますが、インターネットの発展にともなってソーシャル・メディアが存在感を強め、さまざまなプラットフォームが登場しています。 すでに大きなプラットフォームは検閲機能を強めていますが、「有害コンテンツ」や「偽情報」を排除するという名目で言論に対する法的な規制も強化され始めました。言うまでもなく、「偽情報」とは支配システムが流す公式情報に反するものであり、新たな呪文には法的な処罰も伴います。ソーシャル・メディア上で自分の意見を表明することを不可能にする仕組みが築かれつつあると言えるでしょう。 アメリカは中露という新たなライバルを潰すために戦争を始めましたが劣勢です。そのため、西側世界の支配層は恐怖や利益でマス・メディアを誘導、自分たちにとって都合の悪い情報を隠し、都合の悪い情報は誇張、21世紀に入ると作り話で人びとを操るようになりました。そしてソーシャル・メディアを管理する仕組みを築き始めたのです。アメリカの属国である日本でも同じことが行われています。 そうした支配層の動きに対抗するため、現状を正確に認識する必要があるでしょう。本ブログがその一助になればと考えています。櫻井 春彦【振込先】巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦
2026.02.15
アメリカでは公開されたジェフリー・エプスタインに関連したファイルが欧米支配層を揺るがしている。欧米の大手メディアはエプスタインについて「KGB(国家安全保障委員会)のスパイ」だとする話を広めているが、根拠はない。1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレーヌ・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じように、イスラエル軍の情報機関、つまりアマン(情報部)のために働いていたのである。エプスタインは「モサド」のエージェントだと言われることもあるが、ベンメナシェによると、それは正しくない。 このファイルは司法省が保有していたもので、トッド・ブランシュ司法副長官によると、司法省が保有するエプスタインに関する文書約600万ページのうち公開されたのは約300万ページ。つまり半分は公開されていない。しかも公開されたファイルは加害者などの名前は黒く塗られているのだが、そもそも600万ページで全てなのかどうかもわからない。この「エプスタイン・ファイル」の公開は支配層内部の権力抗争の結果だと思われ、必要以上に公開されることはないだろう。 公開されたファイルによると、人身売買に伴う性的サービス、拷問行為、胚や臓器の取り引き、人肉食などが行われていた。必然的に人が殺されている。凶悪犯罪だが、捜査機関の動きは鈍い。削除された資料には、トランプ大統領が未成年者を含む複数の女性と性的な関係を持ったとする当事者やその関係者の証言が含まれていたという。削除された文書のひとつはトランプが人身売買に関与していた主張しているとされている。 欧米では人身売買と関係した養子縁組がある。例えば、2001年にはイスラエルの養子縁組機関と移植用臓器売買の関連性をルーマニア当局は調査している。ハアレツ紙によると、一部のイスラエル人医師はトルコ、ルーマニア、その他の東欧諸国で違法な腎臓移植やヒト卵子の売買に関与していたという。 前にも書いたことだが、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中で、KLAによる臓器の密売を告発している。 彼女によると、コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたというのだ。この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティの報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。 こうしたことはアメリカでも問題になっている。例えば、ロバート・F・ケネディ・ジュニア長官率いるアメリカの保健福祉省(HHS)の保健資源サービス局(HRSA)による調査の結果、患者が生命の兆候を示している時点で病院が臓器提供プロセスを開始させていたことがあったというが、アメリカでは闇市場での臓器売買、それに伴う殺人が横行しているとも言われている。 以前からジェフリー・エプスタインの自宅から持ち出された「黒い手帳」が問題になっていた。それは顧客名簿だと言われているのだが、の中にコートニー・ラブの連絡先も書き込まれていた。この女性は人気バンド「ニルバーナ」のリード・シンガーだったカート・コバーンの妻だ。(Nick Bryant, “Here is Pedophile Billionaire Jeffrey Epstein’s Little Black Book,” Gawker, January 23, 2015) ニルバーナのメンバーは新自由主義に反対、WTO(世界貿易機関)を強く批判していた。コバーンとラブは1992年2月にハワイで結婚しているが、それは彼女の妊娠が明らかになったからだとされている。その結婚式にバンドのベーシストでコバーンの親友だったクリスト・ノボセリックや新郎新婦の家族は式に列席していない。 このコートニー・ラブは1964年7月、ハンク・ハリソンとリンダ・キャロルの子どもとして生まれたが、この両親は離婚、コートニーは施設に預けられた。1979年にハリソンは娘のコートニーと再会、施設から連れ出して一緒に生活しはじめる。コートニーは「サンフランシスコのマダム」なる人物に操られ、会社重役などを性ビジネスの客として彼女に紹介していたとハリソンは語っている。 16歳になっていたコートニーは日本において広域暴力団の管理下でストリッパーとして働いていた、あるいは10代のときに台湾で売春していたとも言われている。人身売買のネットワークで売り買いされていた可能性がある。欧米の人身売買ネットワークは日本にも繋がっている。 彼女は1985年にはロサンゼルスへ戻り、映画監督のアレックス・コックスと性的な関係を持つ。コバーンが住むシアトルへコートニーが現れるのは1991年の初秋だ。1991年10月にコバーンの親友だった詩人のスティーブ・バーンスタインは喉を切って死亡する。自殺とされているが、バーンスタインと親しかった映画監督のオリバー・ストーンは殺されたと考えている。 1993年からコートニーのバンド「ホール」に参加していたクリステン・ファフは94年6月に麻薬の過剰摂取で死亡している。その朝、バスタブの中で昏睡状態で発見されたのだが、前夜、コートニーの「元恋人」であるエリック・エルランドソンがファフのアパートへ入り、30分ほどして立ち去るところをファフの友人、ポール・エリックソンが目撃している。クリステンの母親によると、コバーンはファフに対し、新しいバンドで一生にやろうと誘っていたという。 ファフが死亡する2カ月、コバーンは死んでいる。ショットガンで自殺したことになっているが、血中から致死量の70倍以上のモルヒネが検出されたと伝えられている。つまり、モルヒネを体内へ入れた時点で彼は即死していたはず。ショットガンの引き金を引けないだろうと考えれうひとが少なくない。ショットガンから判別できる指紋もなかった。 警察では上層部の命令で殺人の捜査をしない。それに反発した捜査官のひとり、アントニオ・テリーは独自に調査を開始するのだが、1カ月後に高速道路の出口で銃撃された。自家用車で帰宅する途中で、旗を振っている人を助けようとしたところを撃たれたのだ。(John L. Potash, “Drugs as Weapons Against Us,” Trine Day, 2015) アメリカやイスラエルの情報機関が人身売買や臓器取引に関与している疑いは以前から指摘されていた。そうした告発は「陰謀論」という呪文で封印されてきたが、エプスタイン・ファイルはそれが事実だということを明らかにした。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.14

今回の衆議院議員選挙で自由民主党と日本維新の会が負け、高市早苗が首相の座から降りたとしても、日本の状況が良くならなかった可能性が高い。 高市はアメリカ政府の命令に従い、中国やロシアと戦争する準備をさらに進めようとしているのだが、その方向へ舵を切ったのは民主党。その民主党へ維新の党が合流して作られた政党が民進党。立憲民主党はその流れだ。 一時期、国民は民主党に期待していた。その期待を受けて登場したのが鳩山由紀夫政権にほかならないのだが、その鳩山政権は検察やマスコミから激しく攻撃されて倒壊、2010年6月に菅直人内閣が成立した。その直後に菅政権は閣議決定で尖閣諸島周辺の中国漁船を海上保安庁が取り締まれることに決め、2000年6月に発効した「日中漁業協定」を否定してしまう。この出来事で中心的な役割を果たしたのは国土交通大臣を務めていた前原誠司。彼は9月に外務大臣となり、外交的に問題を修復する道を断ち切ることになった。 日本と中国の関係を修復、経済的なつながりを強めたのは田中角栄である。田中は総理大臣として1972年9月に北京を訪問、日中共同声明の調印にこぎつけた。その際、尖閣諸島の領土問題は「棚上げ」にすることで合意している。日本の実効支配を認め、中国は実力で実効支配の変更を求めないというもので、日本に有利な内容だった。そして1978年8月に日中平和友好条約が結ばれ、漁業協定につながる。この協定を菅直人政権は壊したのだ。 菅直人政権が中国との関係を断ち切る方向へ舵を切ってから間もない2011年3月11日、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0、震度7という巨大地震「東北地方太平洋沖地震」が発生した。それが原因になって東京電力の福島第一原発で炉心が溶融する大事故が引き起こされる。原発は津波に壊されたと信じている人もいるようだが、データは揺れで壊れたことを示している。 原発の専門家であるアーニー・ガンダーセンも指摘しているように、福島第一原発から環境中へ放出された放射性物質の総量はチェルノブイリ原発のそれを大幅に上回ることは間違いない。この事故で放出された放射性物質はチェルノブイリ原発事故の1割程度、あるいは約17%だとする話が流されたが、その可能性は小さいのだ。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書) 福島のケースでは圧力容器が破損、燃料棒を溶かすほどの高温になっていた。そのため、放射性物質を除去することになっている圧力抑制室(トーラス)の水は沸騰、しかも急上昇した圧力のためトーラスへは爆発的な勢いで気体と固体の混じったものが噴出したはず。放射性物質を除去できたはずがないのだ。 つまり、トーラスで99%の放射性物質が除去されるという計算の前提は成り立たない。チェルノブイリ原発事故で漏洩した量の十数倍、少なくとも2~5倍を福島第1原発は放出したと考えざるをえない。その大半は太平洋へ流れたのだろうが、風向き次第では東日本が壊滅していたはずだ。 その事故を受け、2011年9月に総理大臣は菅直人から野田佳彦へ交代するのだが、この政権は12年6月、公約だった最低保障年金や後期高齢者医療制度廃止を投げ捨て、消費税増税を決めている。裏切られた国民は怒る。その怒りがおさまらないまま野田首相は解散、与党は惨敗することになった。 前原誠司や野田佳彦は政界から去るべきだったが、2024年9月に立憲民主党の代表に選ばれた。前の枝野幸男は菅直人政権や野田佳彦政権で外務大臣、経済産業大臣、内閣官房長官を務めた人物であり、問題だったのだが、野田佳彦は話にならない。この人物を代表にするような政党に期待できるはずはないだろう。立憲民主党は高市早苗を後押ししているとも言える。 高市と野田はアメリカに従属し、中国と戦争する方向へ日本を導いてきたという共通項がある。田中角栄の失脚からそうした動きは始まったと言えるが、本ブログで繰り返し書いたきたように、1992年2月が大きな節目だ。 この時にアメリカ国防総省が作成したDPG(国防計画指針)草案(通称、ウォルフォウィッツ・ドクトリン)には新たなライバルの出現を防ぐと書かれ、またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。 アメリカは日本も潜在的なライバルだと考えていたはず。ソ連が消滅してロシアはアメリカの属国、中国は新自由主義にどっぷり浸かり、アメリカにコントロールされているとネオコンは考えていた。アメリカの支配層から見ると、日本の存在意義は薄らいでいたはず。日本の経済が1990年代から経済が低迷している理由はそこにあるだろう。失政ではなく計画だということだ。 このドクトリンは世界征服プランでもあり、軍事力の行使が想定されている。そのためにドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。この宣言をトランプは実践しようとしている。 ところが、当初、日本政府はウォルフォウィッツ・ドクトリンを受け入れようとしなかった。1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗、94年4月に倒されたが、同年6月から自民党は社会党やさきがけを巻き込んで連立政権で樹立して戦ったが、押し切られてしまう。 こうした姿勢を見て、日本が独自の道を歩もうとしているとネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補(当時)に報告、1995年2月になると、ジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令している。 このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次ぐ。1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆した。 1995年は日米関係の大きな節目になった年だ。第2次世界大戦後、アメリカは日本列島から南西諸島、さらに台湾にかけてを大陸侵攻のための「航空母艦」と認識、軍事基地を建設した。ひとつのピークはアメリカでソ連に対する先制核攻撃が計画されていた1950年代から60年代前半だが、ソ連消滅後、ロシアや中国を征服するという戦略が再浮上してきたのだ。 アメリカの戦略に従い、自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、それに続いて2019年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を建設した。 2024年3月には陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として統合作戦司令部が編成された。この司令部を設置することで「自衛隊とアメリカ軍の部隊連携をより円滑にする」とされているが、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入るとも理解されている。 高市政権の登場は日本にとって非常に危険だということは言うまでもないが、それは1995年に日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれた流れの中での出来事だ。福島県南相馬市に建設されたRNA技術を利用した製品の製造工場にしろ、大深度地下を掘り進めているリニア中央新幹線にしろ、そうした視点から見る必要があるだろう。ちなみに、アメリカはクーデター後のウクライナで生物化学兵器の研究開発を進め、巨大な地下要塞を軸とする要塞線を建設していた。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.13

2月11日はイランのイスラム革命記念日だ。人びとは祝いの行為として古代カナンの精霊だというバアルの像に火を放っていたが、その像にはダビデの星が描かれ、アメリカやイスラエルの国旗も一緒に燃やされている。ちなみに、ジェフリー・エプスタインの通信には「バアル」と書かれていた。 イランでは1979年1月16日にムハマド・レザー・パーレビ国王は王妃を伴い、約40億ドルを携えて国外へ脱出。王制の崩壊が不可避だと判断した王党派はイランを脱出する前に資産をヘロインへ換えてアメリカへ持ち込んでいるが、こうしたことをCIAは許していたと言われている。(Henrik Kruger, “The Great Heroin Coup,” South End Press, 1980) 2月1日にはアヤトラ・ルーホッラー・ホメイニがフランスから帰国、2月11日に実施された国民投票の結果、「イスラム共和国」への移行が決まった。ホメイニは4月1日に「イラン・イスラム共和国」の樹立を宣言している。 ナイル川からユーフラテス川に至る「大イスラエル構想」を実現しようとしている勢力がイスラエルには存在する。ベンヤミン・ネタニヤフ首相もその構想を信じ、それは「歴史的かつ精神的な使命」だと主張しているのだが、イスラエル建国を計画したイギリスの支配層から見るならば、それは中東全域の石油利権を手に入れるということを意味する。アメリカやオーストラリアと同じように先住民を一掃し、自分たちに支配地にしたいのかもしれない。 ネタニヤフ首相はイランの体制を転覆させようとしているが、軍事的に倒すことはできない。昨年6月13日にイスラエル軍はイラン国内から発射されたミサイルとドローンで同国を攻撃、イラン軍のモハンマド・バゲリ参謀総長や革命防衛隊(IRGC)のホセイン・サラミ司令官を含む軍幹部、さらに少なからぬ核科学者が殺害された。その際、8時間から10時間にわたってイランの防空システムが麻痺している。アメリカでの報道によると、イスラエルは数カ月かけてドローンの部品を商業貨物として秘密裏にイランへ持ち込み、組み立て、主要地域に配置し、トレーラーに設置された発射装置などから攻撃したという。アメリカの軍や情報機関が協力していた可能性がある。 しかし、イランは報復攻撃を開始、テルアビブやハイファといったイスラエルの都市がイランのミサイル攻撃を受け、ビルが破壊された。ネゲブ砂漠にあり、F-15戦闘機とF-35戦闘機の大半が配備されているネバティム空軍基地をはじめとする軍事基地、あるいはイスラエル軍のアマン情報本部が破壊され、同時にモサドの本部にも命中している。軍事研究の中枢であるワイツマン科学研究所も壊滅的な被害を受けた。またイランはイスラエルの兵器企業「ラファエル」への攻撃にも成功し、ハイファの港湾施設も大きな被害を受けている。 イランの攻撃がイスラエルや欧米諸国の予想を上回り、ミサイルが足りなくなったところで停戦になったが、続けていたならイスラエルは数日、あるいは数週間以内に崩壊していたと言われていた。 ドナルド・トランプ政権はB-2戦略爆撃機7機のほか、偵察機、空中給油機、戦闘機などを含む125機以上の航空機を投入、6発の大型地中貫通爆弾(バンカー・バスター)GBU-57をイランに投下したものの、この空爆でイランを屈服させることはできなかった。 イスラエル政府からの圧力でトランプ政権はイランに対するさらなる攻撃を計画している。アメリカ政府は昨年12月28日にイランの通貨リアルを暴落させて経済を混乱させ、反政府デモを誘発した。これはアメリカのスコット・ベセント財務長官も認めている。 その上で、経済状況に抗議していたデモに潜入していたアメリカやイスラエルを含む国々の情報機関のメンバー、あるいはその協力者はデモを暴力的なものへ変化させ、銃撃を始めている。 そのデモをコントロールするため、トランプ政権は約5万台のスターリンク端末をイランに密輸、政権転覆工作のために編成したグループに資金と共に渡したとされている。スターリンクのシステムを通じ、アメリカやイスラエルの情報機関からイランの治安部隊がどのように動いているかを知らせ、指示していたのだが、イラン政府はスターリンクを遮断することに成功した。中国やロシアが協力したと言われている。その結果、デモは沈静化、トランプ政権が目論んだような不安定化は起こらなかった。 また、サウジアラビア、カタール、トルコはアメリカに領空を通過する許可を与えなかったとも言われている。アラブ首長国連邦、クウェート、イラク、ヨルダン、オマーン、アゼルバイジャン、そしてパキスタンも同様だという。サウジアラビアはイランに対し、イランが湾岸やサウジアラビアのアメリカ軍基地を攻撃しても、サウジアラビア人が殺されない限り中立を保つと通告したと伝えられている。 アメリカ政府はUSSエイブラハム・リンカーンを中心とする空母打撃群を中東へ派遣、イランを威嚇したものの、効果はなかった。空母は過去の遺物であり、2隻目を派遣しても同じことだろう。もし、アメリカ軍が再び攻撃した場合、イランからの反撃で受けるダメージは前回より大きくなると見られている。 中国やロシアからの支援も強化されているはずで、イランはこの2カ国と2月下旬にインド洋北部で「海上安全保障ベルト2026」と名付けられた合同海軍演習を実施する予定だ。中国はイラン地域に展開するアメリカ軍の高解像度衛星写真を公然と公開しているが、それでもアメリカはイランを攻撃する可能性がある。アメリカはハッタリをかませ、騙し討ちし、相手が怖気付くのを期待しているのだろうが、効果はない。 イランに対する攻撃はアメリカを苦境に追い込む可能性が高いが、このまま引き下がるわけにもいかない。なんとか交渉に持ち込み、それをアメリカの勝利であるかのように宣伝したいのだろうが、それも成功していない。進退きわまった。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.12
アメリカ司法省は保有するジェフリー・エプスタインに関するファイルの約半分を公開した。残りの半分は封印したいようだ。 公開された文書や映像では加害者を特定できる情報は厳格に隠されているが、被害者のプライバシーが明らかにされるケースがあり、問題になっている。公開されたのは約600万ページのうち約300万ページだけで、非公開の理由として、児童の性的な虐待を描写したものがあり、「死、身体的虐待、負傷」を描写した文書や画像が含まれからだという。犯罪だが、捜査が始まったという話は聞かない。 エプスタインとの関連で名前が浮上した人物は多い。勿論、ロスチャイルドの名前も出てくるが、イギリスのアンドリュー王子(現在はアンドルー・マウントバッテン-ウィンザー)、サラ・ファーガソン、アメリカの政界ではビル・クリントン、ヒラリー・クリントン、ドナルド・トランプ、アル・ゴア、ロバート・ケネディ・ジュニア、俳優のレオナルド・デカプリオ、ケビン・スペイシー、ブルース・ウィルス、キャメロン・ディアズ、クリス・タッカー、映画監督のジョージ・ルーカス、歌手のマイケル・ジャクソン、モデルのナオミ・キャンベル、理論物理学者のスティーブン・ホーキング、言語学者のノーム・チョムスキー、ハーバード・ロー・スクールで教鞭をとっていた弁護士のアラン・ダーショウィッツなども含まれている。 体制に批判的な言論人と見なされてきたチョムスキーがエプスタインと親しかったことを意外だと感じる人もいるだろうが、本当の反体制派がアカデミーの世界で生きることはできないと彼はかつてプリンストン大学の大学院で博士号を取得しようとしていたノーマン・フィンケルスタインという学生にアドバイスしている。 シオニズムについて研究していたフィンケルスタインは1984年に出版されたジョーン・ピーターズの『太古の昔から:パレスチナをめぐるアラブ・ユダヤ紛争の起源(日本語版:ユダヤ人は有史以来)』に興味を持ち、読んだのだが、疑問を持つ。この本はベストセラーで、著名な劇作家のソール・ベローや歴史家、ジャーナリスト、作家として知られているバーバラ・タックマンなどから絶賛され、ワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙などの大手メディアも誉めたたえていた。 その本の主張はパレスチナ人は存在しないというもの。パレスチナ人はユダヤ人が国を築いた後に移住してきたのであり、イスラエルが彼ら全員を追い出しても道徳的な問題はないと主張していたのだ。その本の主張が作り話であり、完全に捏造された代物だということにフィンケルスタインは気づいたのだ。 チョムスキーによると、フィンケルスタインは予備的な調査結果をまとめた25ページほどの短い論文を書き上げ、そのテーマに興味のありそうな30人ほどの学者などへ送り、意見を求めたのだが、返事を出したのはチョムスキーだけだったという。 チョムスキーはフィンケルスタインに対し、「確かに興味深いテーマだと思うが、もしこれを追求すれば面倒なことになるだろう。アメリカの知識人社会を詐欺集団として暴露することになり、彼らはそれを気に入らず、君を破滅させるだろうから」と警告、「この問題を追求すれば君のキャリアは台無しになる」とも注意したという。(Norm Chomsky, “Understanding Power,” New Press, 2002) しかし、その警告を読んだ上でフィンケルスタインは論文を書き上げて学術誌に投稿し始めたが、反応は何もなかった。唯一、イリノイ州で発行されている「In These Times」という小さな雑誌が一部を掲載しただけだったという。プリンストン大学の教授陣はフィンケルスタインと口を聞かず、彼の論文を読まなくなる。こうした事情をフィンケルスタインはチョムスキーに話し、アドバイスを求めた。結局、大学は彼に博士号を授与したが、チョムスキーによると、これは「恥ずかしさから」だとしている。(前掲書) その後、フィンケルスタインはデポール大学で助教を務め、大学は彼に終身在職権を与えようとしたのだが、ハーバード・ロー・スクールで教授を務めていたアラン・ダーショウィッツは妨害工作を始める。彼のフィンケルスタインを攻撃するキャンペーンは数カ月に渡って続けられた。ちなみに、ダーショウィッツはエプスタインの弁護団に名を連ねていた人物。 彼はフィンケルスタインの著作が世に出ることを阻止するためにカリフォルニア大学出版やカリフォルニア州知事だったアーノルド・シュワルツネッガーに働きかけ、大学はフィンケルスタインとの雇用契約を打ち切らざるをえなくなる。 シオニストのダーショウィッツはフィンケルスタインを許せなかったのだろうが、フィンケルスタインの母親はマイダネク強制収容所、父親はアウシュビッツ強制収容所を生き抜いた経歴の持ち主で、ソ連軍に助けられたとしている。その母親はベトナム戦争におけるアメリカ軍の残虐行為に強い憤りを抱いていたと息子は語っている。その息子はガザにおけるイスラエル軍の残虐行為に強い憤りを抱いている。 ナチ政権下のドイツがソ連へ軍事侵攻、敗北したという事実を消し去り、ガザにおける大量虐殺を正当化しようとしている西側支配層にとってフィンケルスタン親子は好ましくない人たちだ。ダーショウィッツのようなシオニストはフィンケルスタイン親子のようなユダヤ人を「自己憎悪」という用語を使って批判する。これを真似したのか、日本には「自虐史観」という用語がある。 フィンケルスタインは自分が正しいと信じる道を歩き続けているが、チョムスキーがフィンケルスタインに警告したように、キャリアは台無しになった。それに対し、チョムスキーはアメリカの「知識人社会」に溶け込み、その背後に存在する支配層とも友好的な関係を結んでいた。必然的にある一線から先へは踏み込まない。そのひとつの結果がエプスタインとの関係だろう。 チョムスキーはジョン・F・ケネディ大統領暗殺について歴史的な意味はないと主張していた。ケネディ政権も次のリンドン・ジョンソン政権も政策に大差はないと主張、暗殺に深入りすることを嫌っていたようだ。2001年9月11日に引き起こされたニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)への攻撃について、彼は公式見解を受け入れている。 ふたつの出来事は事実が公式見解を否定しているのだが、チョムスキーはこの問題へ踏み込もうとしない。そこに支配層が引いた「レッドライン」があるのだろう。似たような生き方をしている「文化人」は日本にもいる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.11
2月6日にモスクワでロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のウラジーミル・アレクセーエフ第一副局長を銃撃したルボミール・コルバがアラブ首長国連邦のドバイで逮捕され、モスクワへ移送された。コルバは1960年にウクライナの西部地方で誕生した人物で、2025年12月下旬にウクライナ情報機関からテロ攻撃を命じられ、モスクワへ入っている。ロシアのパスポートを最近取得していたという。 コルバにはふたりの共犯者がいるとされている。ひとりはコルバの後方支援と資金援助を担当していたビクトル・バシンであり、もうひとりはアレクセーエフと同じアパートに住み、ターゲットを監視していたジナイダ・セレブリツカヤ。この女性は遅くとも2023年にはモスクワでの生活を始めたとされている。バシンは2月7日にモスクワで逮捕されたものの、セレブリツカヤはウクライナへ逃亡したとされている。 アレクセーエは銃弾は腹部に2発、足に1発命中しているが、胸部や頭部には当たらず、一命は取り留めたようだ。銃撃の際、GRU副局長が反撃して銃口を上へ向けられなかったと見られている。 ウォロディミル・ゼレンスキーらは暗殺未遂事件への関与を否定しているが、ウクライナ内務省に所属する国家親衛隊第1軍団「アゾフ」を率いるデニス・プロコペンコはアレクセーエを必ず殺すと宣言、自分たちが暗殺計画で何らかの役割を果たしたことを示唆した。暗殺計画を立てたのはSBU(ウクライナ保安庁)だった可能性が高いが、その背後にはイギリスの対外情報機関MI6がいるとも考えられている。 コルバが拘束されたアラブ首長国連邦ではロシア、アメリカ、ウクライナの3カ国による会談が開かれている。その会談へロシアから派遣された代表団の団長はGRUのイーゴリ・コスチュコフ局長。ウクライナやイギリスの情報機関がGRUの第一副局長を殺そうとした目的はここにあると見られている。 また、2月5日から6日にかけてOSCE(欧州安全保障協力機構)は事務総長のフェリドゥン・シニルリオグルと議長のイニャツィオ・カシス・スイス外相をモスクワへ派遣、ウクライナ戦争を終結させるための取り組み、公正かつ永続的な平和の実現に貢献するOSCEの潜在的な役割について議論されたと言われている。OSCEの交渉団はロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談した。暗殺未遂はこの会談にタイミングを合わせているとも言える。 ロシアに対するテロ攻撃の背後にアメリカがいることも間違いないだろう。ロシア政府に対して猫撫で声で話しかけるドナルド・トランプ米大統領を信用することはできない。西側世界に生きている人なら明白なことだが、当然、ロシアや中国も気づいているだろう。 アメリカとロシアの首脳がアンカレッジで会談した数週間後にトランプ大統領はジョー・バイデン大統領時代の「制裁」を密かに延長し、ロシアの大手石油会社に新たな制裁を課したとロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は指摘、「裏切り行為」だと批判している。 ジョージ・W・ブッシュにしろ、バラク・オバマにしろ、ジョー・バイデンにしろ、そしてドナルド・トランプにしろ、ロシアを征服し、中国から略奪しようとしている。 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、この戦略は19世紀のイギリスで始まっている。その当時、イギリスの政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)が大きな影響力を持っていた。戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで彼は首相を務めている。ビクトリア女王に対し、アヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。 1904年にハルフォード・マッキンダーはユーラシア大陸の周辺部分を海軍力で支配、内陸部を締め上げるという理論を発表、それをアメリカが継承した。封鎖帯の西端がイギリス、東端が日本だ。ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もマッキンダーの理論がベースになっている。冷戦もこの戦略の一幕にすぎない。 冷戦が熱戦に転化しかかっていた1982年6月7日、アメリカのロナルド・レーガン大統領はローマ教皇庁の図書館で教皇ヨハネ・パウロ2世(ポーランド人のカロル・ユゼフ・ボイティワ)とふたりきりで50分にわたって会談している。同じ時、別の場所でアレキサンダー・ヘイグ国務長官とウィリアム・クラーク国家安全保障補佐官が教皇庁の要人と会っていた。 会談のテーマはイスラエルのレバノン侵攻だとされたが、ジャーナリストのカール・バーンスタインによると、レーガンと教皇がその問題を話し合ったのは数分にすぎず、大半はソ連の東ヨーロッパ支配の問題に費やされ、ソ連を早急に解体するための秘密工作を実行することで合意したという。(Carl Bernstein, “The Holy Alliance,” TIME, Feb. 24, 1992) ヨハネ・パウロ2世の前任者、ヨハネ・パウロ1世は若い頃から社会的な弱者に目を向けていた人物で、1978年8月に教皇となったのだが、翌月に急死してしまう。その当時から他殺説が噂され、それは今でも消えていない。 当時、イタリアでは金融界を揺さぶる事件が発覚していた。アンブロシアーノ銀行による数十億リラの不正送金が明らかになったのだが、この事件にはバチカン銀行(IOR/宗教活動協会)が深く関係していた。ヨハネ・パウロ1世が生きていれば、この問題を徹底的に調べた可能性が高い。 当時、バチカン銀行の頭取だったのはシカゴ出身のポール・マルチンクス。この人物が頭取を務めたのは1971年から89年にかけてだが、その間にさまざまな不正を働いていた。1974年からバチカン銀行の経済顧問はアンブロシアーノ銀行のロベルト・カルビが務めていた。(Richard Hammers, “The Vatican Connection,” Holt, Rinehart & Winston, 1982) マルチンクスはパウロ6世の側近だったが、この教皇はジョバンニ・バティスタ・モンティニ時代からヒュー・アングルトンとジェームズ・アングルトンの親子と緊密な関係にあったことが知られている。つまりアメリカの情報機関OSS/CIAの影響下にあったのだ。マルチンクスも同じである。ヒューは第2次世界大戦の前からイタリアに住み、ファシストとの間に太いパイプを持ち、1930年代にはアレン・ダレスと知り合っている。 モンティニにはヒュー・モンゴメリーという同性愛の愛人がいて、枢軸国側の収容所から脱出に成功した連合軍の兵士を逃がす手助けをしていた。イギリスは秘密裏にローマで逃走ルートを作り上げるが、その組織を統括していたサム・デリーに協力していたのだ。大戦が終わるとモンティニはナチスの大物にバチカン市国のパスポートを提供し、逃走を助けはじめた。この逃走ルートを動かす上でインテルマリウムのクルノスラフ・ドラガノビッチ神父も重要な役割を果たしている。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) さて、カルビ頭取は裁判の最中、1982年6月10日にローマのアパートから姿を消し、6月18日にロンドンの金融街の近くにあるブラックフライヤーズ橋の下で首吊り死体となって発見された。生前、彼はアンブロシアーノ銀行経由で流れた不正融資がポーランドの反体制労組「連帯」へ流れていると家族や友人に話していた。この労働組合は1980年9月にグダニスクのレーニン造船所でレフ・ワレサたちによって設立されている。(Larry Gurwin, “The Calvi Affair,” Pan Books, 1983 / David Yallop,”In God's Name,” Corgi, 1985) こうした米英金融資本を中心とする支配システムは全世界に張り巡らされ、日本もその中に組み込まれている。このシステムを「ディープ・ステイツ」と呼ぶ人もいるようだ。このシステムがロシアや中国に対して戦争を仕掛け、反撃されて窮地に陥り、テロ攻撃に走っている。アレクセーエフ暗殺未遂もそうしたテロ攻撃のひとつにほかならない。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.10
2月8日は衆議院議員総選挙の投票日だった。イギリスとアメリカの金融資本を中心に動いてきた世界の秩序が崩れつつある中を日本はどのように進むのかを決めなければならなかったのだが、日本は崩れつつある米英金融資本への従属を強める道を選んだようだ。 本ブログでは繰り返し書いてきたように、日本は1990年代前半にアメリカの戦争マシーンへ組み込まれた。ソ連が1991年12月に消滅、アメリカが唯一の超大国になったと考え、他国や国際機関に気兼ねすることなく好き勝手に行動できる時代になったと信じたネオコンは92年2月に国防総省のDPG(国防計画指針)草案(通称、ウォルフォウィッツ・ドクトリン)を作成したが、そのドクトリンはソ連に替わる新たなライバルの出現を防ぐと宣言、またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げると謳っているのだ。1995年から日本はこのドクトリンに従っている。 ソ連の消滅はアメリカが冷戦に勝利したことを意味し、ロシアはアメリカの属国になったという前提でドクトリンは作成されているのだが、21世紀に入ってロシアが再独立に成功してその前提が壊れた。そこでロシアを再び属国にするため、2014年2月にウクライナでクーデターを仕掛けたが、反クーデター派が武装闘争を開始、2022年2月にはウクライナを舞台としてロシアとNATOの戦いに変化、そして現在、ロシアの勝利が決定的になっている。 ネオコンは2014年当時、NATO諸国は簡単にロシアを打ち破れると思い込んでいた。ロシアの利権や富を奪うことで投入した資金は短期間のうちに回収できると信じていたのだろうが、ウクライナは軍が壊滅しているだけでなく、国とは言えない状態。しかも少なからぬNATO軍の将兵が死傷している。ロシアとの関係を断ち切ったEUは消滅へ向かっている。 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めた経験のあるウェズリー・クラークによると、2001年9月11日の攻撃から10日ほど後、彼は統合参謀本部で見た攻撃予定国のリストを見たという。そのリストにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが記載されていたという。(ココやココ) イラクのサダム・フセイン政権を倒して親イスラエル体制を樹立、シリアとイランを分断して個別撃破するという計画をネオコンは1980年代に立てていたが、さらにパレスチナに隣接するレバノン、アフリカの独立を主導していたリビア、戦略的に重要な場所にあるソマリア、資源の豊富なスーダン、そしてイスラエルが最も恐れているイランをアメリカ軍に破壊させるという計画。そして現在、ドナルド・トランプ政権はイランの体制を転覆させようとしているが、思惑通りに進んでいない。 ユーラシア大陸で支配力が弱まっているアメリカはラテン・アメリカの再植民地化を目論んでいるようで、ベネズエラの大統領を拉致した。シオニストが実権を握っているアルゼンチンではパタゴニアで大規模な山火事が発生したが、これは燃焼剤かガソリンを使った放火だった可能性が高い。知事は根拠を示すことなく先住民のマプチェ族に火災の責任を押し付けているが、現地では退役したイスラエル軍兵士が火をつけたと少なからぬ人が証言、火災で相場の下落した土地を買い占めようとしていると主張する人もいる。 そして、東アジアも戦いの場になりつつある。アメリカはその戦いで日本に重要な役割を演じさせようとしている。ウォルフォウィッツ・ドクトリンにしたがって日本は戦争の準備を進めてきた。 国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が2022年4月に発表した報告書にはGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するというアメリカ軍の計画が示されて、こうしたミサイルを配備できるのは日本だけだとしている。この報告書が発表されたのは、こうした計画が動き出し、安定期に入ったと判断したからだろう。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、それに続いて2019年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を建設している。2024年5月には駐日米国大使だったラーム・エマニュエルが与那国島をアメリカの軍用機で訪れ、その後に新石垣空港へ向かった。 RANDコーポレーションが出した報告書では日本の掲げる専守防衛の建前、そして憲法第9条の制約を気にしている。そこでASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力するという形にするとしていたのだが、2022年10月になると「日本政府が、米国製の巡航ミサイル『トマホーク』の購入を米政府に打診している」と報道された。亜音速で飛行、核弾頭を搭載できる巡航ミサイルを日本政府は購入するというのだ。アメリカの命令だと考えるのが自然だ。 そうなると、憲法第9条や「非核三原則」の制約は邪魔であり、「改憲」しなければならないということになる。高市早苗首相はそれを主張している。 2024年3月には陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として統合作戦司令部が編成された。この司令部を設置することで「自衛隊とアメリカ軍の部隊連携をより円滑にする」とされているが、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入ると理解できる。 そして昨年11月7日、高市早苗首相は衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言した。歴代の日本政府と同じように高市首相も「ひとつの中国」を受け入れているので、彼女の発言は中国で内戦が始まった場合、日本は中国に対して宣戦布告するという意味になる。干渉戦争だ。これを「失言」で片付けようとする人もいるが、質疑の流れから考えても確信犯であり、台湾での動きと連動しているだろう。 米英金融資本が支配する帝国主義体制は崩れようとしている。中国やロシアに押されているのだが、米英の支配層はその体制が崩れても自分たちが世界支配の主導権を握ろうと必死だ。日本はその戦いの真っ只中にいる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.09
ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のウラジーミル・アレクセーエフ第一副局長が2月6日、モスクワの自宅前で背後から狙撃されて数発が背中に命中、病院へ搬送された。重体だとされている。 アラブ首長国連邦のアブ・ダビで行われているロシア、アメリカ、ウクライナの3カ国による会談へ派遣されたロシアの代表団はGRUのイーゴリ・コスチュコフ局長が率いていることから、今回の暗殺未遂はその代表団に対する攻撃と見做す人もいる。 アブ・ダビでの会談はすでに2度開催されているが、その直後、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーは次回会合について、「おそらくアメリカで行われるだろう」と述べたが、これは会談を打ち切りたいという意思表明にほかならない。 また2月5日から6日にかけてOSCE(欧州安全保障協力機構)は事務総長のフェリドゥン・シニルリオグルと議長のイニャツィオ・カシス・スイス外相をモスクワへ派遣、交渉団はロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談した。 この会談ではウクライナ戦争終結に向けての取り組み、公正かつ永続的な平和の実現に貢献するOSCEの潜在的な役割について議論されたと言われているが、この交渉に合わせてアレクセーエフを銃撃したグループが存在するわけだ。ロシアの重要人物を殺して感情的な行動をとらせて戦争を続けさせようとしたのだろう。 ウクライナに対してロシアとの戦争を続けるよう圧力をかけている勢力のひとり、マーク・ルッテNATO事務総長は2月3日、ウクライナ最高会議で演説、ロシアとウクライナの和平協定が締結され次第、直ちにイギリスとフランスで構成されるNATO軍をウクライナへ派遣すると宣言した。ロシアが軍事行動に出た理由はNATOの東方への拡大、つまり新たな「バルバロッサ作戦」を止めるためだ。ルッテはウクライナでの戦争を続けさせようとしている。銃撃はその3日後だ。 ルッテは演説を「ウクライナに栄光あれ!」で締めくくったが、これは第2次世界大戦当時、ファシストが使っていたスローガン。ルッテも和平を望んでいない。 ウクライナの治安機関SBU(ウクライナ保安庁)は以前にも戦争を終えるために行われていた交渉を潰すため、交渉団のメンバーを暗殺したことがある。2022年2月24日にロシア軍がドンバスに対する攻撃をはじめたが、その直後からトルコやイスラエルを仲介役として停戦交渉が始まり、合意に達している。仲介役のひとりだったイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは交渉の内容を長時間のインタビューで詳しく話している。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会った。SBUはその3月5日、キエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺している。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われ、やはり停戦でほぼ合意に達していた。その際に仮調印されているのだが、「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団が2023年6月17日にロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示している。 こうした和平交渉を止めるため、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンが2022年4月9日にキエフへ乗り込み、ゼレンスキー大統領に対して戦争継続を命令(ココやココ)、4月30日にはアメリカ下院のナンシー・ペロシ議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。 ウクライナでの戦乱は2014年2月にバラク・オバマ政権がネオ・ナチを使い、暴力的にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したところから始まる。このクーデターはキエフで実行されたのだが、ヤヌコビッチの支持基盤である東部や南部の住民はクーデター体制を拒否、南部のクリミアは素早くロシアと一体化し、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)では武装抵抗が始まったのだ。その際、ネオ・ナチの集団はオデッサで反クーデターの住民を虐殺している。 ヘンリー・キッシンジャーも説明しているように、ロシアの歴史はキエフで誕生したキエフ・ルーシで始まる。宗教もそこから広がり、ウクライナは何世紀にもわたってロシアの一部だったが、その前から両国の歴史は複雑に絡み合っていた。 東部や南部はソ連時代、住民の意思に関係なくロシアからウクライナへ割譲されたのだが、その当時はソ連という同じ国だったことからロシアとウクライナは行政区画の問題にすぎず、大きな意味はなかった。 1991年1月20日にクリミアではクリミア自治ソビエト社会主義共和国再建の是非を問う住民投票が実施され、94.3%の賛成多数で承認されているが、その半年後、ウクライナの最高会議で独立宣言法が採択されて問題が浮上する。 ウクライナを征服しようとしていた西側諸国はクリミアの住民投票を無視、ウクライナの独立は認めた。こうした動きを潰すためにキエフ政権は特殊部隊を派遣してクリミア大統領だったユーリ・メシュコフを解任、クリミアの支配権を暴力的に取り戻している。 1991年12月8日にはロシアのエリツィン大統領、ゲンナジー・ブルブリス、ウクライナのウクライナのレオニード・クラフチュク大統領、ビトルド・フォキン首相、ベラルーシのソビエト最高会議で議長を務めていたスタニスラフ・シュシケビッチとバツァスラフ・ケビッチ首相がベロベーシの森で秘密会議を開き、国民に諮ることなくソ連からの離脱を決め、ソ連は消滅。ロシアとウクライナは行政区画の問題ではなく、国の問題になった。 日本にも「ウクライナ人」という均一な集団が存在していると考えている人がいるようだが、実態は違う。ロシアとウクライナは人の交流も盛んで、親戚はそうした区域をまたいで広がっている。特に東部や南部ではロシア語を話し、ロシア文化の中で育ち、ロシア正教を信仰、自分たちをロシア人だと考えている人が多いのだが、ウクライナではクーデター後、そうしたロシア文化圏の人びとを粛清する動きが強まり、東部や南部では武装抵抗が激しくなる。 クーデター直後、キエフのクーデター政権の基盤は弱く、ドンバスでの戦闘は反クーデター軍が優勢だった。そこで西側諸国は停戦を持ちかけ、ウクライナ、ドネツク、ルガンスク、ロシアは2014年9月と15年2月に停戦で合意している。いわゆるミンスク1とミンスク2だ。 この合意を利用してNATOはキエフへ兵器を供与、現役の兵士だけでなく青少年に対する軍事訓練を実施、戦力を増強した。ミンスク1とミンスク2が戦力回復のための時間稼ぎだったことはアンゲラ・メルケル元独首相やフランソワ・オランド元仏大統領が認めている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.08

ドナルド・トランプ米大統領はルール無用の傍若無人な言動を繰り広げているが、これは彼ひとりの問題ではない。ソ連が1991年12月に消滅すると、アメリカが唯一の超大国になったと考え、他国や国際機関に気兼ねすることなく好き勝手に行動できる時代になったと信じた人は少なくないのだ。シオニストの一派であるネオコンもそのように認識、1992年2月に作成されたアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案もそうした考え方に基づいている。 このDPG草案は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれているが、そこには新たなライバルの出現を防ぐと宣言されている。ソ連が消滅してロシアはアメリカの属国になり、中国は新自由主義にどっぷり浸かり、アメリカにコントロールされているとネオコンは考えていた。アメリカの権力者にとって、日本の存在意義は薄らいだ。日本が1990年代から経済が低迷している理由はそこにあるだろう。 このドクトリンは世界征服プランでもあり、軍事力の行使が想定されている。そのためにドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。この宣言をトランプは実践しようとしている。 ところが、当初、日本政府はウォルフォウィッツ・ドクトリンを受け入れようとしなかった。1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗、94年4月に倒されたが、同年6月から自民党は社会党やさきがけを巻き込んで連立政権で樹立して戦ったが、押し切られてしまう。 こうした姿勢を見て、日本が独自の道を歩もうとしているとネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補(当時)に報告、1995年2月になると、ジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令している。 このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次ぐ。1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆した。 アメリカの権力者は自分たちの意思が「ルール」である時代になったと考え、それに抵抗した日本政府を屈服させた。それ以降、日本政府が言うところの「ルールに基づく国際秩序」とはアメリカの権力者が望むことであり、「日本はアメリカに従属します」という宣言にほかならない。このアメリカの命令に高市早苗首相は従い、中国やロシアと戦争する準備をさらに進めようとしている。明治維新の前後に言われた「万国公法」は帝国主義国間の取り決めだったが、現在、西側世界で言われている「ルール」も似たようなものだ。 しかし、「アメリカが唯一の超大国になった」というネオコンたちの妄想は崩壊している。ユーゴスラビアの破壊と解体は成功したものの、イラクへの軍事侵攻は計画通りに進まず、ウクライナではNATOがロシアに負けてしまった。イランに対する攻撃も失敗、イスラエルやアメリカは窮地に陥っている。東アジアで中国やロシアを相手に戦って勝利できるとアメリカ政府は考えていないだろう。火をつけるとしたら、ウクライナと同じように日本を代理国として戦わせることになりそうだが、そうなると日本は破滅する。 ロシアの安全保障会議で議長を務めるセルゲイ・ショイグ議長は中国の王毅外相に対し、ロシアは台湾問題で引き続き中国政府を支持しており、日本の「加速する軍事化」を注視していると述べたという。日米軍事同盟は中露共通の敵だということだろう。中国が「ひとつの中国」を譲らないのは、日本が派兵して台湾を植民地化するまで台湾を国とする認識はなかったという歴史もあるが、台湾が「独立」すれば、アメリカの「航空母艦」になるからだ。中国人はアヘン戦争を忘れていないだろう。 日本はアメリカの命令に従えば、破滅へ向かう。軍需や消費税で大企業を救済しても国民は疲弊、社会は崩壊するしかない。すでにヨーロッパではそうしたことになっている。かつて、日本は中国へ攻め込んで利権や富を奪ったが、結局敗北した。現在の国力を考えると、利権や富を奪うこともできないだろう。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.07
ジェフリー・エプスタインに関する文書や映像、いわゆるエプスタイン・ファイルの公開が一段落したが、司法省が保有する約600万ページのファイルのうち、約300万ページは非公開だ。公開されたファイルでも犯罪行為があったことは明らかなのだが、本格的に捜査が始まったという話は聞かない。罪を犯した人が責任を負わされそうにないということだ。公開された文書や映像では被害者のプライバシーが明らかにされるケースがあるが、加害者に関する情報は厳格に守られている。 しかし、それでも西側諸国の「エリート」が未成年者を一種の性奴隷として扱っていたことは明らかにされた意味は小さくない。公開されない資料の中には児童の性的な虐待を描写したものがあり、「死、身体的虐待、負傷」を描写した文書や画像が含まれるとしている。 そこで、西側の政府や大手メディアはこうした犯罪行為を隠蔽し、人びとの怒りの矛先を自分たちの権力システムに向くことを避けようとしている。そこで再び「ロシアゲート話」が使われ始めた。西側権力者の犯罪行為は全てウラジミール・プーチンやロシアのせいだ叫ぶのだ。その発信源はアメリカ、イギリス、そしてイスラエルの情報機関だと見られている。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、エプスタインは単なる金融業者でも人身売買業者でもない。1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経歴を持つアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレイン・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じようにイスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために働いていた。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ロバートはソ連とも繋がりがあり、ソ連の消滅にも深く関係していたと言われている。KGBの頭脳と言われ、政治警察局を指揮していたフィリップ・ボブコフをはじめとするKGBの幹部たちをジョージ・H・W・ブッシュをはじめとするCIAの人脈が買収してクーデターを実行したという。「ハンマー作戦」だ。クーデターの直前、1991年8月にマクスウェルは7億8000万ドルを持ってソ連へ入った。この資金の出所はCIAである。(F. William Engdahl, “Chubais - The Next Neoliberal Head to Roll in Russia?”, the Saker, December 10, 2016) ロバート・マクスウェルはイスラエルの情報機関モサドから4億ポンドを脅し取ろうとして1991年11月にヨットから転落死した経緯が2018年に書かれたエプスタインのメールに記載されている。ひとつの仮説だが、何らかの事情でエプスタインもモサドを信頼できなくなり、ロシアに接近、それで処分された可能性もあるだろう。 ところで、「ロシアゲート」の開幕はアダム・シッフ下院議員が2017年3月に下院情報委員会で宣言している。2016年の大統領選挙にロシアが介入したとする声明を出したのだが、その根拠は「元MI6」のクリストファー・スティールが作成した報告書で、それ以外にシッフは証拠は何も示していない。 アメリカの電子情報機関NSAの不正を内部告発したことでも知られているウィリアム・ビニーも指摘しているように、ロシアゲートが事実ならすべての通信を傍受、記録しているNSAからその傍受記録を取り寄せるだけで決着が付くのだが、それをしていない。 2016年の大統領選挙はヒラリー・クリントンが勝利すると15年6月には言われていた。オーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合にジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席していたからだ。 しかし、2016年2月にヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と会談したことで「風向きが変わった」と言われるようになった。キッシンジャーはビルダーバーグ・グループで中心的な役割をはたしてきたひとりで、ネルソン・ロックフェラーと親しかったことで知られている。ビルダーバーグ・グループのアメリカ側の中心メンバーはロックフェラー色の濃いCFR(外交問題評議会)と結びついている。 支配層の内部でヒラリー・クリントン離れが起こった一因は、おそらく、2014年のウクライナにおけるクーデター。ネオコン人脈がネオ・ナチを使い、合法政権を倒したのだが、戦略的に重要なクリミアの制圧に失敗してロシアへ追いやることになり、ウクライナ東部のドンバスでは戦闘が続いている。それ以上に大きかったのは、こうしたアメリカ側の手口を見たことで中国がロシアへ急接近、この2カ国が戦略的な同盟関係に入ってしまったことだ。 2016年3月16日には内部告発の支援活動をしていたWikiLeaksがヒラリー・クリントンの電子メールを公表し始めた。7月22日にはDNCに関係した1万9000件以上の電子メールと8000件の添付資料を明らかにしたが、その中にはバーニー・サンダースが同党の大統領候補になることを妨害することを民主党の幹部へ求めるものも含まれていた。そこでサンダースの支持者は怒り、ヒラリー敗北の一員になった。 この電子メールはロシア政府によってハッキングされたと民主党/クリントン陣営は主張したが、ビニーも指摘しているように、それが事実なら証拠をNSAは握っている。それを出せないと言うことは、証拠がない、つまりハッキング話が嘘だと言うことを示している。 また、IBMのプログラム・マネージャーだったスキップ・フォルデンは転送速度など技術的な分析からインターネットを通じたハッキングではないという結論に達している。DNCの内部でダウンロードされ、外へ持ち出されたというわけだ。 電子メールをウィキリークスへ渡したのはDNCのコンピュータ担当スタッフだったセス・リッチだと推測する人は少なくない。その漏洩した電子メールをロシア政府がハッキングしたとする偽情報を流たのはCIA長官だったジョン・ブレナンだと言われている。そのリッチは2万件近い電子メールが公表される12日前に殺された。 WikiLeaksの電子メール公表はヒラリー陣営やDNCにとって大きなダメージになった。その責任をロシアに押し付けるために始められたのがロシアゲートにほかならない。エプスタイン・ファイルのダメージを軽減するため、西側諸国の有力者は再びロシアゲートを宣伝し始めたわけである。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.06

【ネオコンが動かす米国】 ビル・クリントン政権は1999年3月にユーゴスラビアを空爆、ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月にイラクへ軍事侵攻、バラク・オバマ政権は2011年春にジハード傭兵を利用してリビアとシリアに対する軍事作戦を開始、14年2月にはウクライナでクーデターを成功させ、ロシアとの戦争へ突き進んだ。オバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデンも大統領に就任すると、ロシアとの戦争へ向かった。 ロシアとの関係修復を訴えたドナルド・トランプも結局、ほかの政権と似た政策を推進することになり、ウクライナでの戦争やガザでの住民虐殺を継続、予定通りにイランに対する攻撃を開始、先日はベネズエラで大統領を拉致し、中国に対する圧力を強めている。 アメリカの歴代政権は軍事や外交をネオコンに委ねているため、こうした分野の政策は似てくる。1963年6月10日にアメリカン大学の卒業式で「平和の戦略」と呼ばれる演説を行い、ソ連との平和共存を宣言したジョン・F・ケネディはその年の11月22日に暗殺された。 アメリカの軍事や外交をコントロールしてきたネオコンとはシオニストの一派で、その思想的な支柱はシカゴ大学教授だったレオ・ストラウス。そこでネオコンを「ストラウス派」と呼ぶ人もいる。 ストラウスは1899年にドイツのヘッセン州で熱心なユダヤ教徒の家庭に生まれ、17歳の頃にウラジミール・ジャチンスキーのシオニスト運動へ接近した。ジャボチンスキーが1925年に結成した「修正主義シオニスト世界連合」の流れの中からリクードは生まれている。 1932年にストラウスはロックフェラー財団の奨学金でフランスへ渡り、中世のユダヤ教徒やイスラム哲学、そしてプラトンやアリストテレスの研究を始めた(The Boston Globe, May 11, 2003)が、カルガリ大学のジャディア・ドゥルーリー教授に言わせると、ストラウスの思想は一種のエリート独裁主義で、彼は「ユダヤ系ナチ」だ。(Shadia B. Drury, “Leo Strauss and the American Right”, St. Martin’s Press, 1997) 1934年にストラウスはイギリスへ、37年にはアメリカへ渡ってコロンビア大学の特別研究員になり、教授として受け入れられた1944年にはアメリカの市民権も獲得。1949年から73年までシカゴ大学で教えているが、教授を務めたのは68年まで。その間、1954年から55年にかけてイスラエルのヘブライ大学で客員教授にもなっている。ネオコンの中核グループの属すポール・ウォルフォウィッツはシカゴ大学におけるストラウスの教え子にほかならない ストラウスと並ぶネオコンの支柱とされている人物が、やはりシカゴ大学の教授だったアルバート・ウォルステッター。冷戦時代、同教授はアメリカの専門家はソ連の軍事力を過小評価していると主張、アメリカは軍事力を増強するべきだとしていたが、その判断が間違っていたことはその後、明確になっている。【ファイブ・アイズ】 1990年代からアメリカの政権内で反ロシア派として活動、2014年2月のウクライナにおけるクーデターでは国務次官補として現地に入り、ネオ・ナチを指揮していたビクトリア・ヌランドもネオコン。彼女は2021年5月から24年3月まで国務次官を務めている。2024年2月から国務副長官を務めているカート・キャンベルもネオコンだが、ヌランドと違って東アジアを担当してきた。ウクライナでの戦争でロシアの勝利が確定的になったことからターゲットをロシアから中国へ切り替えたのだろう。 キャンベルが国務副長官に就任した2024年の5月には、イギリスの戦略司令部がポーツマスにある英国海軍戦闘センターで「ファイブ・アイズ合同デジタル・リーダーシップ・フォーラム」を主催、イギリスとアメリカのほか、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのデータ、デジタル、テクノロジーの専門家が参加している。テーマは同盟国軍をハイテク戦争に統合するためのファイブ・アイズの新システムだった。本来「ファイブ・アイズ」とはアメリカのNSAとイギリスのGCHQを中心とするアングロ・サクソン系電子情報機関の集合体だったが、最近では5カ国による軍事組織の名称としても使われるようになったという。 その際に配布された文書がメモが2025年8月に発見された。ハットバレーの救世軍のリサイクルショップへ誤って寄贈されていたのだ。ポーツマスでの会議で議論された最優先プロジェクトは、地球規模で統合された全領域(海軍、陸軍、空軍、宇宙軍)指揮統制システムと称されるネットワーク。指揮統制システムとは、敵軍と友軍の全てを追跡し、攻撃命令を出すことを可能にするコンピュータプログラムだ。このシステムは2027年から2030年に運用開始される予定だとされている。 この会議に出席した人物の記録によると、計画の中心部分は「対中国作戦のための信頼性と効果の高い統合全領域(指揮統制)能力を開発すること」で、中国との戦争を想定している。キャンベルは会議の直前、2024年3月19日から23日まで日本とモンゴルを訪問した。【日米軍事同盟】 アメリカ、イギリス、オーストラリアのアングロ・サクソン3カ国は2021年9月、太平洋でオーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)で構成される軍事同盟AUKUSを創設していた。この同盟に日本が参加するという話もあったが、その目的はロボット工学とサイバー技術分野への寄与が期待されていたようだが、「非核三原則」が障害だとされていた。 2024年3月には陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として統合作戦司令部が編成された。この司令部を設置することで「自衛隊とアメリカ軍の部隊連携をより円滑にする」とされているが、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入るとも理解されている。司令部編成の理由として「台湾有事」を挙げる人もいるようだ。 2024年5月には駐日米国大使だったラーム・エマニュエルが与那国島をアメリカの軍用機で訪れ、その後に新石垣空港へ向かった。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設しているが、それに続いて2019年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を建設している。 こうした軍事施設を建設する理由をアメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」は2022年4月に発表した報告書で説明している。こうした設備の建設はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するというアメリカ軍の計画に基づいているのだ。 昨年11月7日、高市早苗首相は衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言した。歴代の日本政府と同じように高市首相も「ひとつの中国」を受け入れているので、彼女の発言は中国で内戦が始まった場合、日本は中国に対して宣戦布告するという意味になる。干渉戦争だ。これを「失言」で片付けようとする人もいるが、質疑の流れから考えても確信犯であり、台湾での動きと連動しているだろう。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.05
アメリカの司法省はジェフリー・エプスタインに関する資料を公開したが、その中からドナルド・トランプ大統領に関係した数百万件のファイルを削除したと伝えられている。削除された資料には、トランプ大統領が未成年者を含む複数の女性と性的な関係を持ったとする当事者やその関係者の証言が含まれていたという。削除された文書のひとつはトランプが人身売買に関与していたとも主張しているとされている。 トッド・ブランシュ司法副長官によると、司法省が保有するエプスタインに関する文書は約600万ページあるが、約300万ページは非公開。公開されない資料の中には児童の性的な虐待を描写したものがあり、「死、身体的虐待、負傷」を描写した文書や画像が含まれるとしている。つまり、そうした犯罪的なことが行われていたわけだが、捜査が開始されたという話は聞かない。非公開の理由は重大な犯罪を隠蔽するためだと言われても仕方がないだろう。 1991年12月にソ連が消滅した後、アメリカの軍事と外交を支配しているネオコンはユーゴスラビアを軍事侵攻するが、その際、麻薬業者を利用してコソボを奪い取った。 KLA(コソボ解放軍、UCKとも表記)はその麻薬業者が中心になって組織されたのだが、そのKLAを率いてたひとりで後に首相となるハシム・サチはアルバニアの犯罪組織とつながり、麻薬取引や臓器の密売に関与していたと言われている。 旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中で、KLAによる臓器の密売を告発している。彼女によると、コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたというのだ。 この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティの報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。 2014年2月、バラク・オバマ政権が仕掛けたクーデターで西側の支配下に入ったウクライナでも人身売買は横行している。若い女性が性ビジネスへ売られていることは早い段階から指摘されていたが、2022年後半から子どもの売買が注目されている。その多くは「ホワイト・エンジェル」によって拉致されたロシア語系住民だという。 ウクライナにおいて奴隷として取り引きされた人数は30万人とも55万人以上とも言われ、その中心地はウクライナ西部にあるテルノピリ、ウジゴロド、チェルニフチ。ウクライナでは人身売買だけでなく、臓器売買も行われている。 子どもの売買で重要な役割を果たしていると疑われている慈善団体がある。ウォロディミル・ゼレンスキーの妻、エレナ・ゼレンスカヤの財団だ。フランス人記者のロベル・シュミットの調査によると、財団の元従業員の証言から、未成年の子ども数十人がウクライナから連れ出されて、その多くが性的搾取を稼業とする犯罪組織に引き渡されている。ゼレンスカヤの財団がフランス、イギリス、ドイツの小児性愛者へ子どもを組織的に引き渡していたことを示す内部文書をシュミットは入手したともいう。 自分の子どもをゼレンスカ財団へ引き渡したシングル・マザーのオクサナ・ゴロバチュクによると、2023年6月の避難が発表された後、家族は「かろうじてやりくりしている」状態のため、避難しないことに決めたところ、数日後にゼレンスカ財団のスタッフ員が予告なしに自宅を訪れ、書類を見せ、ゴロバチュク家は低所得者支援プログラムの対象であると述べた。下の子どもふたりを安全な場所へ避難させるという話で、彼女は同意したという。 ゼレンスカ財団の元従業員によると、財団には「プロの霊能者や詐欺的なリクルーターがいて、さまざまな口実で親を騙し、子どもを渡すよう説得している」。 キエフのクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権が倒された直後の2014年3月、エプスタインはエドモン・ド・ロスチャイルド・グループのCEOを務めるアリアンヌ・ド・ロスチャイルドと電子メールのやり取りしているが、その中で彼はウクライナのクーデターは「多くの機会」をもたらすはずだと主張している。アリアンヌは「2013年から2019年の間に、銀行での通常業務の一環としてエプスタインと面会」、エプスタインがニューヨークに保有していた自宅を訪れたこともあるという。 エプスタインを単なる人身売買業者だと考えてはならない。1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経歴を持つアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレイン・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じようにイスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために働いていた。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ロバート・マクスウェルは1960年代から、ジェフリー・エプスタインとギレイン・マクスウェルは1980年代の後半からイスラエルの情報機関に所属してたとベンメナシェは語っているが、ロバートはイギリスの対外情報機関MI6やCIAとも関係していた。 有力者の弱みを握り、操り、自分たちの利益を図る人たちは昔からいた。そのひとりが禁酒法時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールだと言われている。 ローゼンスティールと「親子のように」親しく、犯罪組織ガンビーノ・ファミリーのメンバー、例えばジョン・ゴッチの法律顧問にもなっていたのがロイ・コーンなる弁護士だ。 コーンはコロンビア法科大学院を卒業後、親のコネを使ってマンハッタンの地方検事だったアービン・セイポールの下で働き始めたが、この検事はコミュニストの摘発で有名。1950年にソ連のスパイとして逮捕されたジュリアス・ローゼンバーグとエセル・ローゼンバーグの夫妻の裁判でコーンが重要や役割を果たしたことも知られている。 コーンは1950年代にジョセフ・マッカーシー上院議員の側近として活動、反ファシスト派の粛清でも重要な役割を果たした。この粛清劇は「マッカーシー旋風」や「レッド・バージ」とも呼ばれている。マッカーシーの黒幕はFBI長官だったJ・エドガー・フーバーで、コーンはマッカーシーとフーバーの間に入っていた。 化粧品で有名なエステイ・ローダーもコーンが親しくしていたひとりで、エスティの息子であるロバート・ローダーはドナルド・とペンシルベニア大学時代からの友人。ベンヤミン・ネタニヤフと親しく、「世界ユダヤ人会議」の議長だ。1973年にコーンはトランプの法律顧問になり、AIDSで死亡する85年までその職にあった。 このコーンの後継者ではないかと疑われているのが2019年7月に性犯罪の容疑で逮捕され、同年8月に房の中で死亡たジェフリー・エプスタインにほかならない。 エプスタインのスキャンダルは西側の支配システムを崩壊させかねないため、人びとの目をアメリカ、イギリス、イスラエルなどの情報機関から別のものへそらす必要がある。いわゆるミスディレクションだ。 こうした時、判で押したようように出てくるのがロシア(ソ連)、中国、朝鮮。今回も「KGBのハニートラップ」という話が出てきたが、人脈や歴史を調べれば嘘だということがわかる。こうした話に飛びつくのは、体制の中に安住しながら「右翼」、「左翼」、「リベラル」などを演じている人だろう。 エプスタインが死んで数週間後、シリアの大統領だったバシャール・アル-アサドは「イギリスとアメリカの体制、おそらくほかの国ぐにおける要人に関わる多くの重要な秘密を知っていたために彼は殺された」と語っているが、これは正しいだろう。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.04
イランのメディアは2月中旬にインド洋北部地域でイランが中国、ロシアと合同海軍演習を実施する予定だと1月31日に伝えている。アメリカ政府はUSSエイブラハム・リンカーンを中心とする空母打撃群を中東へ派遣、それに合わせてAFCENT(アメリカ中央空軍司令部)は1月25日、数日にわたる即応演習を実施するとに発表したが、それに対抗する意味もあったのだろう。 ドナルド・トランプ米大統領が「大規模な艦隊」がイランへ向かっていると発言、イランに対して「交渉のテーブルに着く」ように呼びかけたが、アメリカが主導権を握っているという彼の演出なのだろう。イラン側はアメリカによるいかなる攻撃にも「迅速かつ包括的な」対応が取られる、つまり中東全域を巻き込む戦争になると警告している。交渉は「公正でバランスが取れ、かつ非強制的な条件」の下でのみだとイランは主張、トランプに屈服することはないとしている。 アメリカとイスラエルの政府は1月31日から2月1日にかけてイランを攻撃をするという話が流れていたが、そうした動きはなかった。アメリカやイスラエルがイランを攻撃した場合、中東にあるアメリカ軍の基地やイスラエルが攻撃される可能性が高い。 昨年6月13日から24日にかけてイランとイスラエルが行った「12日間戦争」を考えると、そうしたアメリカ軍の基地やイスラエルの主要施設が大きなダメージを受けることは不可避。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールといった「親米」とされる産油国がアメリカに対し、自国の領土からの、あるいは自国領土を通過するイランに対する攻撃を認めないと宣言しているのはそのためだ。トランプ政権はサウジアラビア政府に対し、イラン攻撃を支持するように求めているが、成功していないようだ。 中東へ派遣されたアメリカの艦船もイランのミサイルやドローンで攻撃されることになる。その場合、防空システムはその2倍のミサイルを発射しなければならないが、攻撃用の巡航ミサイル、トマホークが搭載されていることを考えると、積み込める迎撃ミサイルは最大でも100機だという。イランが50機以上のミサイルやドローンを発射したなら対応できない。迎撃できなければ航空母艦撃沈という事態もありえる。トランプ大統領がイランに対する攻撃を控えているのはそのためだろう。 トランプ政権は象徴的な攻撃で自分たちの「勝利」を演出し、矛を納めるつもりだったのかもしれないが、それは難しい。ベネズエラでは政権を転覆させられず、キューバに矛先を向けた。勿論、ウクライナでの戦争はNATOがロシアに負けている。ロシア軍の進撃を少しでも遅らせたいのか、NATOは特殊部隊だけでなく一般の部隊も投入しているようだが、戦死者が増えるだけ。1月31日にもイギリスのSBS(特殊舟艇部隊)の隊員を含む部隊が壊滅させられたようだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.03
ドナルド・トランプ米大統領はキューバに石油を供給する国に対して一律に関税を課すと宣言、ベネズエラからの石油供給が途絶えたキューバでは燃料不足が深刻化しているようだが、その一方でアメリカも窮地に陥っている。 1991年12月にソ連が消滅した直後からアメリカの軍事や外交をコントロールしてきたネオコンは世界征服プロジェクトを作成、2001年9月11日に引き起こされたニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)への攻撃を切っ掛けにしてプロジェクトは始動したのだが、2003年3月のイラクへの先制攻撃以来、計算間違いの連続。アメリカが衰退する速度ははやまっている。 その後、例えばジョージアのミヘイル・サーカシビリ政権は2008年8月、北京で夏季オリンピックが開催されるタイミングで南オセチアを奇襲攻撃、ロシア軍の反撃でジョージア軍は完敗した。そのジージア軍に兵器を供与、兵士を訓練していたのはイスラエルとアメリカであり、事実上、この両国の戦争だった。ネオコンの対ロシア戦争はここから始まるとも言える。 ところで、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は今年1月3日、アメリカ陸軍の特殊部隊デルタ・フォースによって拉致され、デルシー・ロドリゲス副大統領が大統領代行に就任した。 トランプ政権はロドリゲス大統領代行に対し、中国、ロシア、イラン、キューバとの経済関係を断絶し、ベネズエラの石油はアメリカが独占的に扱うと宣言したというが、ロドリゲスはアメリカの指示に従うつもりはないと発言している。その発言が事実かどうかはキューバへ石油を供給するかどうかでわかるだろう。 デルタ・フォースがベネズエラでマドゥロを誘拐する前からトランプ政権のマルコ・ルビオ国務長官はキューバの体制転覆を望んでいると言われていた。その望みをトランプ大統領は実現しようとしている。 トランプ政権はマドゥロ大統領を誘拐する際、ベネズエラの麻薬取引を理由に挙げたが、これが作り話だということは本ブログでも書いてきた。 CIAや巨大金融機関のパートナーでもある麻薬業者に対し、アメリカの歴代政権は寛容な姿勢を示してきた。トランプ政権の場合、フアン・オルランド・エルナンデス元ホンジュラス大統領(2014年1月から22年1月)。 エルナンデスは兄のトニー・エルナンデスやポルフィリオ・ロボ・ソサ元大統領(2010年1月から14年1月)を含む人びとと共謀して麻薬を取り引きし、政治権力を維持、強化したとされている。エルナンデスは2021年1月に終身刑を宣告され、22年4月21日にアメリカへ引き渡された。 エルナンデスのアメリカにおける裁判は2024年2月にニューヨーク市で始まり、3月に有罪判決が出て、6月に懲役45年が言い渡されたのだが、25年11月、ホンジュラスにおける大統領選挙の直前にトランプ大統領はエルナンデスに連邦恩赦を与えると発表。選挙ではトランプが支援していたナスリ・アスフラが当選している。 また、トランプ政権で国務長官を務めるルビオの姉が結婚した相手のオーランド・セシリアは1987年に麻薬取引の容疑で逮捕されている。セシリアは1983年にペット・ショップで働き始め、マルコもそこで雑用を任されていた。ルビオも働いていたそのペット・ショップは麻薬業者のフロント企業で、セシリアは1989年に懲役35年の判決を受けているが、ルビオは問題にされていない。 アメリカの支配層が麻薬取引に手を出したのは、おそらくイギリスが中国に対して仕掛けたアヘン戦争。その後、ベトナム戦争では東南アジアで生産されるヘロイン、ラテン・アメリカにおいてアメリカの巨大資本の利益に反する勢力を軍隊や情報機関を使って潰す工作を展開した際にはコカイン、アフガン戦争ではヘロインというように続く。その中心にいるのはCIAにほかならない。 要するに、トランプ政権がベネズエラの大統領を誘拐した理由を麻薬取引に求めることはできない。ラテン・アメリカを含む西半球の支配を確かなものにし、石油をはじめとするエネルギー資源を独占することが目的だろう。 バラク・オバマ政権が2013年11月から14年2月にかけてウクライナでクーデターを実行した理由のひとつは、ロシアからヨーロッパへ安価な天然ガスを運んでいたパイプラインがウクライナを通過していたからだ。このパイプラインをアメリカが抑えることでロシアからマーケットを奪い、ヨーロッパから安価なエネルギーの供給を止めることができ、ロシアとヨーロッパを弱体化させることができる。 ロシアとドイツはこうしたことも想定していたようで、ロシアからドイツへ天然ガスをバルト海経由で輸送するパイプラインの「ノードストリーム(NS1)」と「ノードストリーム2(NS2)」を建設していたのだが、2022年9月26日から27日にかけての間に爆破された。ウクライナの情報機関が実行したとされているが、実際はアメリカとイギリスの情報機関が主犯だと考えられている。 この当時、すでにロシアがウクライナに対する攻撃を始めていたが、NATO諸国はロシアの収入源を奪い、ウクライナに西側の兵器を供与すれば簡単にロシアを潰せると考えていたようだ。兵器の性能は西側が優れているはずで、生産力も西側が圧倒していると思い込んでいたようだが、それが間違っていることはすぐに判明する。兵器の性能はロシアがNATO諸国より数十年先行、ロシアの生産力は西側諸国の数倍だ。こうしたことは戦場で証明されたが、それは西側世界が弱体化していることを世界に知らせることになった。 トランプ大統領は「強いアメリカ」というイメージを復活させようとしているが、成功していない。現実がイメージを破壊している。 見えないところでもアメリカは劣勢にある。例えば、マドゥロ大統領が誘拐された直後の1月4日、中国の人民銀行はアメリカの防衛部門と関係のある企業との米ドルでの取引を一時停止すると発表した。アメリカの兵器企業は中国とのすべての取引が凍結されたのである。 同じ日に国家電網公司はアメリカの電気機器供給業者とのすべての契約における技術的な見直しを、中国石油天然気公司は世界的な供給ルートの戦略的再編をそれぞれ発表した。これはアメリカの精油所との石油供給契約が解除されることを意味、また中国の貨物船がアメリカの港を使用しなくなり始め、ロングビーチ、ロサンゼルス、ニューヨーク、マイアミでは通常のコンテナ輸送の35パーセントが突然失われたと言われている。 中国の王毅外相は1月4日、ブラジル、インド、南アフリカ、イラン、トルコ、インドネシアを含む23カ国に対し、アメリカによって政権を握る可能性のあるベネズエラ政府を承認しないと公に誓約した国に対し、即時に優遇貿易条件を提供すると提案した。 1月5日には中国の銀行間決済システム(CIPS)はSWIFTシステムが回避しようとしているあらゆる世界的な取り引きを含めるため、運用能力を拡大すると発表した。試運転が始まってから48時間で890億ドル相当の取り引きが決済されたとされている。 ウクライナでのクーデターもロシア征服を念頭においてのことだろうが、ウクライナ人、特に東部や南部の人びとはロシア語を話し、ロシアの文化の中で生活していた。行政区画は「ウクライナ」でも自分たちをロシア人だと考えていた人たちだ。つまり、キエフが送り込んだ親衛隊は占領軍であり、2022年2月に攻撃を始めたロシア軍は「ホーム」で戦うことになる。この要素に兵器の高い性能や生産力の高さが加わる。 そうした現実を西側諸国は理解できないままロシアとの戦争を開始して敗北、イランの体制転覆にも失敗、そしてベネズエラの大統領を拉致したのだが、アメリカやその属国が置かれた状況は悪くなる一方だ。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.02

【エプスタイン・ファイル】 ドナルド・トランプ米大統領は1月3日、アメリカ陸軍の特殊部隊デルタ・フォースを使ってベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を誘拐、その後にイランを攻撃するとしてUSSエイブラハム・リンカーンを中心とする空母打撃群を中東へ派遣したが、トランプの思惑通りに進むとは思えない。 イランはアメリカやイスラエルからの攻撃を想定、ドローンやミサイルの準備を進めてきた。その性能や数を考えると、イランがアメリカの艦隊に対して数百発のミサイルとドローンを発射すれば、アメリカ側は数日間で戦闘不能になってしまう。 トランプ大統領はイランに対する攻撃を「限定的」なものに止め、形式的な譲歩を得て撤退するつもりだとも言われているが、イラン側はどのような攻撃でも全面的な反撃に出ると宣言している。そうなれば中東にあるアメリカの軍事基地や大使館、そしてイスラエルが攻撃の目標になる可能性が高い。 カリブ海でも中東でも軍事的な緊張が高まっているわけだが、そうした中、エプスタイン・ファイルの公開がひと段落した。このファイルには数百万ページに及ぶ文書、画像、動画が含まれ、ジェフリー・エプスタインと親しくしていた政治家や著名人による犯罪的な行為が記されているのだが、エプスタインの周辺で行われていた犯罪的行為が全てが記録されているとは言えないだろう。【エプスタインとイスラエル】 1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレーヌ・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じように、イスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために働いていた。ロバートは1960年代から、エプスタインとギレーヌは1980年代の後半からその情報機関に所属してたとベンメナシェは語っている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ところで、エプスタインの事件を明るみに出す上で重要な役割を果たした被害者のバージニア・ジュフリーは昨年4月25日に西オーストラリア州の自宅で死亡した。 その前、3月31日に彼女は自分の自動車が時速110キロで走行していたバスと衝突、腎不全に陥ったとインスタグラムへ投稿している。彼女の家族によると、警察に通報したものの、現場に駆けつける人がいないと言われたという。その後、容態が悪化したため病院に搬送されたという。彼女は退院後に死亡、「自殺」とされている。 ジェフリーはフランスのモデル・スカウト、ジャン-リュック・ブルネルがエプスタインの人身売買に協力していたと告発していた。1998年から2005年にかけての時期、ブルネルはエプスタインのプライベート・ジェットに25回搭乗した記録が残っている。 また、ブルネルは2008年にエプスタインが逮捕された際、拘置施設でエプスタインと70回以上面会した記録が残っている。そのブルネルは2020年12月、未成年者へのセクハラと性的犯罪の罪で起訴されたが、22年2月に独房内で「自殺」した。 エプスタインがロスチャイルド家と親しかったことも有名。エプスタインと親密な関係にあったギレーヌ・マクスウェルによると、イギリス王室のアンドリュー王子(ヨーク公爵)をエプスタインに紹介したのはエべリン・ド・ロスチャイルドの妻、リン・フォスター・ド・ロスチャイルド。リン・フォスターはエプスタインの友人で、クリントン夫妻とも親しい。 なお、アンドリューはエプスタインとの関係や子ども時代からの性生活が暴かれた(Andrew Lownie, “Entitled,” William Collins, 2025)こともあり、貴族としての称号を返上すると10月17日に表明、同月30日に国王から剥奪された。 また、エドモン・ド・ロスチャイルド・グループのCEOを務めるアリアンヌ・ド・ロスチャイルドは「2013年から2019年の間に、銀行での通常業務の一環としてエプスタインと面会していた」という。彼女はエプスタインがニューヨークに保有していた自宅を訪れたこともあるようだ。 エプスタインはイスラエルの元首相エフード・バラクとも親しく、その関係で同国の軍事情報局特殊作戦部に所属する秘密技術部隊の81部隊の人脈と繋がっていた。またエプスタインはバラクとロスチャイルド家との間のメッセンジャーを務めていたともされている。 欧米の有力者と親しくしsていたエプスタインはイスラエルの情報機関の指揮下にあったと見られるが、あくまでもネットワークの一部に過ぎない。エプスタインと同じようなことをしているグループはいくつも存在し、そのネットワークの罠に落ちた「世界の要人」は少なくないはずだ。【人身売買と性的儀式】 アメリカのラスベガス警察は昨年8月16日、小児性愛者を標的にした囮捜査を実施、8名を逮捕したのだが、そのうちのひとりはイスラエルの国家サイバー局で局長を務めるトム・アレクサンドロビッチだった。専門家会議に出席するため、アメリカに滞在していたという。この捜査にはFBI、警察、国土安全保障省、ネバダ州司法長官事務所が参加していた。 アレクサンドロビッチは尋問後に釈放されてホテルへ戻り、2日以内にイスラエルに帰国。警察の記録によると、この容疑者はヘンダーソン拘置所に収監され、その後判事の面前で1万ドルの保釈金を支払われているいるが、誰がその保釈金を支払ったのか、どのようにして出国してイスラエルへ戻れたのかは不明だ。 イスラエルのクネセト(国会)では昨年6月3日、数人の女性が未成年時代に宗教儀式の一環として受けた性的虐待について証言した。イスラエル軍がイランを攻撃する10日前の出来事だ。 証言した被害者のひとりであるヤエル・アリエルによると、彼女は5歳から20歳まで儀式的な虐待を受け、ほかの子どもたちに危害を加えることを強要されたという。警察に被害届を出したものの、数カ月で却下され、しかも彼女が自分の体験を明かにすると脅迫を受けたという。 別の被害者、ヤエル・シトリットによると、人身売買は全国で行われていた。薬物も使用され、レイプを含むサディスティックで残酷なことも行われ、その行為は撮影されていたとされている。被害者がそうしたことを証言しても荒唐無稽の話だと思われ、信じてもらえなかったとしている。 被害者たちによると、聖書の物語を模倣した虐待を受けたともいう。例えば、加害者がイサクの縛りを真似て被害者の女性を縛り付け、間に合わせの割礼の儀式を行うという儀式に強制的に参加させられたと複数の女性が証言している。【人肉を食べていると叫ぶ女性】 メキシコのモンテレイ市にある高級ホテルの前でひとりの女性が多くの権力者を罵る様子を撮影した映像が2009年に流れた。その女性の名前はガブリエラ・リコ・ヒメネスで、スーパーモデルだとされている。地下基地に住む権力者が子どもを誘拐し、人肉を食べていると彼女は主張していた。 また、2008年11月に搭乗していたメキシコ内務省のチャーター機が墜落して死亡したフアン・カミロ・モウリーニョ・テラッソ内務長官(当時)は殺されたのだとも彼女は主張。その当時、テラッソ長官はメキシコの麻薬カルテルを一掃しようと厳しく取り締まっていた。その時、ヒメネスもメキシコにいた。そのヒメネスを警察は連れ去るが、それ以降、彼女の行方は不明だ。この映像が何度も取り上げられ、有力紙も記事にしている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.01
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