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ニュースを記録しようとしたら、これは魚拓禁止。47ニュースは取れました。 この 梅沢元守備隊長という人が、1審の時ニュースで、「あいつらは」と、沖縄の住人のことを呼んだのがとても印象にのこる。 久々に、これを貼っておく。歴史修正といえば、タイトルと離れるがこのニュースは記録しておかなければ。 「懸賞論文に応募して「日本が侵略国家だったとはぬれぎぬ」などと政府見解に反する主張を展開した田母神俊雄航空幕僚長を更迭」 47ニュース。 社民党の福島瑞穂党首は「防衛庁の省昇格や、陸自、空自のイラク派 遣、インド洋への海自派遣で、気分が大きくなり、侵略戦争を否定する雰囲気が省全体に広がっている危険を感じる」と指摘。参院外交防衛委員会での新テロ対 策特別措置法改正案の審議で、任命責任も含め、徹底追及する方針を示した。」 この空幕長、名古屋高裁の違憲判決が出たとき「そんなの関係ねー」と言ったあの御仁だ! じゅんさんのところに関連記事 。 本当に、更迭するだけでは充分ではない。省から庁に戻した方が良い。
2008年10月31日
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お題は「くじら」くじらとかけて お子様ランチと解く その心は 日の丸にグリーンピースがついてきます
2008年10月31日
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やはり映像の力を借りましょう。ヘンリーオーツさまの転載です。はじめ。「真実の情報が徐々に表に登場して来た!911、年次改革要望書。そして渋谷弾圧事件も!2008-10-30 14:00 ~山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう~ - ◎警察の実態を映し出す証拠映像は29日の植草一秀さんの記事をよりビジュアルに表現したものであり、植草さんの学者らしい観察とともに、多くの画像などともあいまって、(私の手になるものもある)説得力ある記事となっている。問題は「ドーガネ」という名前らしきタコ坊主が最初から逮捕を狙っていたことが動画で明らかになっていることだ。10/26 渋谷、逮捕前に打ち合わせするデカこの件について「麻生でてこい!!リアリティツアー救援会ブログ」では静止画とともに以下のように解説している。“一般常識”では、法に触れる事実があったから現行犯で逮捕する、はずです。警察は。しかしゆでだこにはそんな常識は通用しません。完全に自分のタイミングで逮捕のキュー出し、キブンは映画監督といったところなんでしょうか。助監督たちとの事前の打ち合わせにも余念がなかったようです。無理矢理俳優にされてしまった私たちはたまったもんではありません。撮影者もゆでだこはじめ警察からさんざん妨害されまくり機材触られて汚されまくり、こちらも無理矢理撮影技師にされてしまってたまったもんではありません。また 逮捕された3人は不当な拘留延長がされているとのこと。具体的には、住所不定、罪証隠滅の恐れ、逃亡の恐れが認められなければなりません。そして今回の3 人が、これらを満たしていないことは明らかで不当な勾留延長です。鵜飼哲さん (一橋大学教員)、ECDさん(ミュージシャン)、池上善彦さん(「現代思想」編集長)、太田昌国さん(編集者、民族問題研究家)、毛利嘉孝さん(社会学 者・東京藝術大学)、平井玄さん(音楽評論)など、どしどし有名人からのメッセージが寄せられているので見て欲しい。素晴らしいメッセージの数々だ。この ような動きが大きくなれば、いやがおうでも国会で取り上げざるを得ないようになることと思う。「このでたらめな弾圧は現支配秩序の崩壊の始まりとして記憶されることになるでしょう。(鵜飼哲さん)」 」 ここまで。 なお、ヘンリーオーツさまの次の記事で、植草教授のブログがアクセス禁止になっているとあります。何か隠したいことがあるようです。 こんなのも有りました。 こちらは「コーボー」についての別な考察。 面白いかも!コーボー大師??
2008年10月30日
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どうもニュースはおかしいと思っていた。方々で、関連記事も見た。今日はクマさんでまとめともいえるものがアップされたのでこれは転載です。はじめ。「2008年10月29日 いじめる側をいじめられる側へ [ 社会時評 ] 反貧困運動への弾圧だけではなくて、表現の自由に対する挑戦でもある今回の事件について、もう少し述べてみたい。 「麻生出てこい」救援会ブログ に此の間の状況がまとまっているので、そこに紹介されているyoutubeの動画を手がかりに今回の事件を若干検証してみたい。 渋谷署警察官との事前打ち合わせ@ハチ公前 主催者「麻生さんところに行こう、というもんなんです。」 警察「それだけだったらいいけど」 ※ほら「政治目的」で持って「デモ」だとはこの警察の人は判断していないじゃん 警察「ただ、今日は持ってきていないだろうけど、大きい声出してガンガンやるのは」 主催者「サウンドデモみたいなやつ」 警察「うんそんなんだったら駄目だけど」 主催者「そんなことはしないですよ」 ※拡声器はダメと言っていることに注意。肉声でぞろぞろついて来ている人に注意喚起するのやめろといっているわけではない。あれがダメならば、旅行の注意喚起の大声はすべてだめと言うことになる。 警察「今日はでも申請出していないから、車道はだめだから」 主催者「車道は歩かないですよ」 警察「だから歩道だよな。それで行くなんならいいです。」 ※ここで明確にこの警察官はデモ申請していなくても、行っていい、と言いました。 警察「(麻生邸の)外周のところから規制しているところから5-6名づつ行くには、いいです。」 ※麻生邸の規制線に近づいたならば、5-6人のまとまりになってください、と言っているわけでそこに近づくまでの約15分間の行進の仕方について注意して いるわけではない、と言う点に注意。反対に言えば、そこまでは歩いていっていいですよ、とこの警察官は言ってくれたというわけである。麻生邸についたとき に主催者がどのような行動を取るのかは、とうとう行なわれなかったのだから、かりに麻生さんが迷惑だといって逮捕するというようなこともありえないという ことである。そういうことができるのは、共謀罪が成立したあとであろう。しかし、この映像よく見ると、後ろの方にこの弾圧を指揮したはげ頭の公安がじっと 見ている。怖いですね。 10/26 渋谷、逮捕前に打ち合わせするデカ そのはげ頭の、まさに逮捕前の打ち合わせ映像が今日youtubeにアップされました。「警告を事前にさせないとですね」とセコンドが囁く。ところがその(なんの警告かさっぱりわからんが)警告さえなしに「行っちゃうね」とあせったらしく、いきなり逮捕に向かっちゃったということがよくわかる映像です。これだけの映像があっても、これはまだ「転び逮捕」ではないとしらを切るのでしょうか。 記者会見で、テレビ映像が何度も流れる。 そのなかで、どこかのテレビ局がこんなことを言っている。 「無届でデモ行進を行っていたグループのうちの三人が警察官に暴力をふるうなどして現行犯逮捕されました」私は思う。こんかいの事件は、テレビでのこの一言が大事だったのである。ようは反貧困とか言っている最近の流行の運動団体は違法なデモ行進をするような不穏な団体であるということを世間に印象つければそれでよかったのである。また、新聞報道の警察発表鵜呑みの「公 安部によると、1人の男は同日午後3時50分ごろ、事前に警察署に届けを出さず、渋谷駅ハチ公口の広場で集会し、デモをした疑いがある。同庁は主催者の1 人とみている。また、ほかの2人は、この男の逮捕を阻止しようとして警察官に抵抗し、暴れるなどした疑いがある。 」という言葉がほしかったので ある。今回は新聞記者たちはまるで新人記者に戻ったかのように警察発表をそのまま書き写したのみだ。主催者の言い分を取材しなかったはずはない。非常に意 図的である。さらに言えば、次の日に行われたこの記者会見にはマスコミが40人近く来たそうだが、私の検索技術がないのか、未だに一つも記事になっていな い。 たぶん検察は起訴しないだろう。目的はもう達しているのだから。かえって裁判になれば、真実が明るみになってまずいかもしれない。 けれども一方では、刑事裁判は検察側か99.9%勝利しているという苦い数字もあるので楽観はできないのではあるが。 これは古いタイプのエリート公安辺りが、仕組んだシナリオのような気がしている。要はちょっと前までの学校でのイジメのパターンである。じわじわと世論を操作してデモなどをするやからを孤立させるというわけだ。 しかし、重松清の小説などを読んでいると、イジメはさらに高度に発達していることを私は知っている。いじめる主体だった側は時々一夜にして苛められる側に変わるのである。理由は些細なことでいいのだ。 幾分「運」も関係してくるが、いじめる側に不利な印象操作が少しあればいいのである。 彼らは、マスコミさえ動かせればそれでいいと思っている。しかし、ブログの力はこんなときに発揮するのではないか。youtubeの動画はこんなときに力を発揮するのではないか。繋がる力に期待したい。 」以上です。 村野瀬さまも関連記事。 じゅんさんのところでも記事発見!まだまだあるはずです。捜してみて!
2008年10月29日
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会ったことはないけど、長い付き合いのうちにはいろんなイメージが湧く。たとえばヨーコさんはクシャナ。トルメキア王国の皇女。アニメでなく、コミックスの方。たとえばクマさんは、長井さん。(ミャンマーで殉職した)村野瀬さまはもちろん自由の女神。自由の旗をうち立てて民衆を率いる、なんてかっこいいんでしょう!kuronekoさまは石川淳。博学で、飄々とした様子。Gedさんは「博士」。例の数学者の博士です。生徒にとって最高の先生。ルートはすくすくと伸びました!Blog bluesさまは楊海(ヤンハイ)さん。「ヒカ碁」で数少ない「大人」の碁打。薔薇豪城さんは、懐の深さは紫式部。でも、全然ちがうところは、あんなに意地悪じゃないところ。心配りは凄いけど、温かみがある!皆さん、勝手なこと言ってすみません・・・・反論などありましたらお知らせください。
2008年10月26日
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期せずして2人のひろしの新しいテレビ番組がはじまった。初回は、なかなか良い感じ。姜尚中さんが、2番組を通して出演していた。関口さんは腹が据わったようだ。サンデーモーニングが最近良くなったと思っていたら、今回はもっと覚悟を決めた感じ。与党から圧力がかかるだろうことは容易に想像できる。どこまでやれるかは視聴者しだい、と思われる。どうかすぐに潰されたりしませんように・・・・・テレビってヤツは。の方はたぶん大丈夫(すぐ潰されない程度に支持を集めるでしょう)。筑紫氏が療養中の今、久米さんも少し責任を感じているのか?まともなテレビが少しは無いと、あんまりな現状です。 期待して見守りましょう!
2008年10月23日
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ちょっと時間がないので、転載はしませんが、確保!
2008年10月22日
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今回で終わります。楽天の禁止ワードに引っかかる言葉を、ひとつローマ字標記に変えました。 『エリュアールは、「穢れた」(souillée)という語と「獣」(bête)という語を二度繰り返す。彼はそれらの語の 重要性を強調しているのだ。なぜなら、その二語はその若い娘の最も重要な性質を意味しているからである。その二語には不潔さと道徳の欠如という二つの強い 意味が秘められている。エリュアールは「汚されたけれども、汚されたことも理解できない」(Souillée et qui n'a pas compris / Qu'elle est souillée)と言いながら、一つの問いを投げかけている。それはこの詩の最初のいざないに似ている。彼と読者との関係はとても私的で緊密なものであ る。「汚された」(souillée)という語は第一行の最初と第二行の最後に配置されている。これは一つの語の中に二行を封じ込めて強い印象を残すもの だ。この詩でのエリュアールの技法は、女性たちを責め苛んではならなかったと読者を説得するために力を込めて証拠を提示するというものである。最 後の段落はこの若い娘の悲しい状況に私たちを再び導く。女性たちの命の環は「女性」(femme)と「母」(mère)という二語によって完結する。エ リュアールは一人の若い娘について語り、次に一人の母親について語った。エリュアールは、彼女の母親はこの追い詰められたこの娘のイメージを彼女よりも強 く意地悪な力によって守りたいと望んでいると言っている。最後の行で、エリュアールはこの状況の不幸は彼女の母親の不幸であると言っている。しかし、彼女 の母親というのは単に彼女の母親だけにとどまるものではない。なぜなら、エリュアールは最初の行で「女性たる彼女の母親」(ma mère la femme)と言っており、彼女の母親はすべての女性たちという最も大きなカテゴリーの一部であると示唆している。こうして、彼女の母親をフランスのすべ ての女性と娘のための象徴として見ることができるようになる。エリュアールは、この不幸は女性一人一人の不幸であると言いたいのだ。女性たちは現実を詩的 に表現したイメージであるこの「理想的なイメージ」(image idéale)を「やさしくあやし」(dorloter)たいと願っていると彼は言っている。「やさしくあやす」(dorloter)という動詞は非常に 母性的で、女性たちの苦悩を強調している。本当の愛の代わりに「この理想的なイメージ」(cette image idéale)を守る一人の女性、子どもや夫のための自分の愛を苦悩の肖像に置き換える一人の女性をエリュアールは示唆している。エリュ アールは、女性の髪を刈り取ることはもはや無視することのできない大きな問題であると伝えたいのである。これが彼の詩のねらいである。つまり、彼は女性た ちに、彼女たちの姉妹たちの髪を刈り取ることに反対するように呼びかけようとしている。「不幸」(malheur)という語はまた、この詩の最初で使われ た「不幸な女性」(la malheureuse)という名前を示唆している。最後の語句、「地上で」(sur terre)も、二重の意味を持っている。最初の意味は生きている間の「この世」ということである。この不幸はもっと大きな不幸であり、あらゆるところに 生きる女性の不幸である。第二の意味は、この若い娘が「舗道の上」(sur le pavé)、あるいは地べたに倒れていているという、この詩の最初の部分との関連である。この不幸は特にこの若い娘と関連しているので、もっと具体的なも のである。「その気があれば理解せよ」(Comprenne qui voudra)の最後はこの詩の環になった構造を完成させている。最初に、エリュアールはフランス人たちに挑みかけた。この詩の本体は、ある女性について の彼の目撃事例のための証拠を示している。詩の最後では、この若い娘の問題をすべての女性たちに広げて、なぜ彼女のことを無視することがもはやできないの かを説明している。誰からであっても自国民に対して暴力が加えられることをエリュアールは決して受け入れなかった。フランス人たちが他のフランス人たちを その行為によって罰した時、本来最大の敵と闘うために団結することが必要なのに、フランス人が二つに分断されてしまったとエリュアールは思っていたのだ。(翻訳引用ここまで)長い記事をお読みいただきましてありがとうございます。これだけでは何のためにこれだけの手間をかけて訳したかピンとこない人もいるかもしれないと思いますので、あえて個人的な思いの一言を付け加えたいと思います。高 遠さんや今井さんや郡山さんといったイラクでの日本人人質に向けられた恐ろしいまでの非難や罵倒、マスコミで煽られるある種の殺人犯と担当弁護士たちへの 過剰なまでの憎悪、沖縄や岩国での米兵による[goukan]の被害者女性に向けられた非難のことを思います。あるいは、少し状況はちがいますが、集団的暴力に歯止め のきかない状態であったある相撲部屋での「かわいがり」や、自衛隊内での「はなむけ」のことも思います。そ れらのことは、ナチスドイツへの憎しみが高じて、衆を頼んでこの同国人女性の服を破り、殴り、丸刈りにして路上に放置した1944年当時のこのフランス人 群衆のことを思わせました。彼らは自分の行いを正義と信じていたのでしょうが、エリュアールはこの詩を通じて彼らの行いに異議をとなえたのです。私 自身は改めて、このような一方的で暴力的な集団的狂気(fanatisme)には決して加わらないと自分に誓います。こういう文学作品に長い間触れると、 集団的暴力に加わりたくないという歯止めの感情が自然に自らの中に肉体化されずにはいられないと思うのです。こういう文学作品が残っている社会には、集団 的誤りへの歯止めが残っていると思うのです。』 以上でした。 分割しない本記事はこちらで・・・
2008年10月21日
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続きです。『このページには、詩だけではなくて、ていねいな解説も載せられています。フランスの歴史や当時の情景を知らないとピンとこないかもしれない詩句まで一つ一つ解説しているので、訳してみることにします。(あ、もちろん、私も当時の情景は知りませんけど...。)ポール・エリュアールは20世紀前半の非常に重要な詩人であった。二つの第二次大戦の間に発表された彼の詩はフランス民族の価値と自由の大切さを強調していた。しかも、彼はサルバドール・ダリ、アンドレ・ブルトン、ルイ・アラゴンとともに超現実主義(シュールレアリスム)運動に参加していた。また、彼はピカソ、マックス・エルンスト、マン・レイの友人でもあった。彼の詩はその率直さとその明晰さで多くの人に感動を与えている。ポー ル・エリュアールは「その気があれば理解せよ」を1944年に発表した。この詩は、『ドイツ軍の集合地にて』(Au rendez-vous allemand)と題された一群の詩の一つであった。しかし、この詩「その気があれば理解せよ」だけはそれ以外の詩とは異なっている。それは、エリュ アールがフランス人への激怒を表現しているからである。彼は対ナチスドイツ協力者の粛清の間に髪を刈り取られて丸刈りにされた女性たちをこの詩のテーマに している。「丸刈りにされた女性たち」とは、ナチスに協力したりナチス高官と「寝た」ために「罰せられた」女性たちのことである。それは、フランス人に対 する、フランス人による暴力の儀式であった。しばしば、レジスタンス運動家自身によってその暴力行為はおこなわれた。ここでは、エリュアールはナチスへの 怒りは表明していない。彼はただ、フランス人への暴力はこれ以上必要ではないと示唆しているだけである。特に、フランス人が自らの国の人々に暴力を向けて いるならば。エリュアールは、もちろんナチスを嫌っていたが、女性たちへの同情も抱いていた。彼はいつも女性たちの苦しみを理解していた。母親や娘や(ナチスドイツの)愛人(だったフランス人女性)たちが戦争の間に失ったものがいちばん多かったと彼は信じた。このテーマは、フランス人女性たちに対して加えられた暴虐を語るこの詩の全編にわたってはっきりしている。こ の詩の前に、エリュアールは、自分の詩を紹介しその意味をはっきりさせるための短い一節を書き加えており、そこに彼の落胆ぶりが明らかに示されている。彼 は、本当に罪ある責任者はナチスなのに、ナチスが責められるのではなく、女性が虐待されていたと言う。この詩のそれ以降の部分はその女性たちの濡れ衣を晴 らすためのものだが、エリュアールはここに本当の犯罪性が存するという彼の信条を表現している。彼は過去形を使い、戦争中の行為と戦争の後の行為を分けて いる。丸刈りにされた女性たちはそれによって歴史的存在、歴史と戦争の犠牲者となるのである。この詩の最初の一行はこの詩の題名でもあ り、この詩へのいざないであるが、ひょっとしたら、挑戦かもしれない。「その気があれば理解せよ」とエリュアールは言い、そして、聞くことを求める。当 時、政府の人間だけではなく、多くのフランス人たちが女性たちを丸刈りにした。そこで、エリュアールはすべてのフランス人に向けてこの詩を書いたのであ る。題名と最初の一行はあらゆる人に向けて開かれている。最初の一行から、彼はフランス人たちに対して、「考えを変えよ。彼女たちを断罪することなく、当 時彼女たちが必要としていたことと彼女たちの行いを受け入れよ」と挑む。このいざないの後、彼は自分の「悔恨」を語る。彼自身の声で語ることが有用なの は、彼の言うことに耳を傾け、彼の気持ちを分かちあうようにいざなうという考えがあるからである。さらに、エリュアールは、彼の悔恨がフランス人たちが止 めようとしたナチスの暴力に向けられているのではないと言おうとしている。彼の悔恨は、フランス人によるフランス人への暴力に向けられているのである。そ の後、彼は、丸刈りにされて路上に放置された一人の女性を見た個人的経験を語る。彼は彼女のことを描写するのに、短く単純な行の中で悲しい言葉を使ってい る。彼はその娘を「不幸な女性」(la malheureuse)と呼んでいる。これは、この状況の特徴である悲哀と絶望を示している。続く数行が表現しているのはこの女性の性格である。彼女は 「思慮ある」(raisonnable)犠牲者であり、そのことは、彼女の行ないの理由が理性的で人間的であることを示している。彼女の衣服は「破かれ」 (déchirée)ている。ふつう、犠牲者の女性は丸刈りにされるときは半裸または全裸にされたものである。その不幸な女性は「迷子になった子ども」 (enfant perdue)のようで、歳若く、無力な存在である。エリュアールは彼女が犠牲者であると強調している。続く二つの形容詞は韻をふみ、彼女の美しさが破壊 されたことを示唆している。彼女は「冠を奪われ」(découronnée)、社会の中での自らの価値と居場所を失っている。彼女はナチスドイツに協力し たりそのことで丸刈りにされたりしてその美を失ったのかもしれない。しかし、その組み合わせは彼女の名誉にとって確実に致命的であった。彼女はまた、(殴 られて)「歪んだ顔にされ」(défigurée)ているが、その言葉は彼女の名誉が失われたことを示唆しているだけではなく、物理的暴力があったことも 示唆している。この暴力は二つのことを示しているのかもしれない。一つは、彼女がナチス高官と「寝た」という仮定、もう一つは、彼女が公衆の面前で暴力的 に丸刈りにされたときのことである。したがって、エリュアールは、この二カ国、この戦争の敵どうしが一人の娘を陵辱したと言っているのかもしれない。エ リュアールは続ける。服を破かれて舗道の上に放置された「彼女は死者に似ている」(ressemble aux morts)と。たとえ彼女がナチスによって冠を奪われて(殴られて)「歪んだ顔にされた」のだとしても、彼女を死者に似せるようにしたのはフランス人た ちだったことに疑いはない。さらに、彼女は「愛されたゆえに命を落とした」(qui sont morts pour être aimés)ようなものである。そのことは、彼女が似たような理由で「死んでいた」ことを示している。フランス人たちが彼女を「殺した」のは、たぶん、彼 女がナチス高官と寝たからだろうが、彼女は「愛されている」と感じるためにそうしたのかもしれない。戦争は誰にとっても困難なことであった。エリュアール は対ドイツ抵抗運動の価値を信じたが、同時に、彼は愛の大切さも信じていた。彼にとって愛とはいつも特別なことであり、この歴史的瞬間をかえりみることな く愛さなければならないのである。しかし、この女性は、そんなに単純ではない。彼女はまた、ナチスの犠牲になったフランス全土を表してい るのかもしれない。つまり、一つの暴力の階層があるのだ。ナチスがフランス人たちを陵辱し、フランス人たちがこの女性を陵辱した。もし、この娘がフランス であると考えたら、これらの人物たちの二つの側面を見ることになる。もしこの若い娘がナチスに協力したのなら、彼女には正当性はたぶんないであろうが、彼 女を責め苛む前に彼女の理由を理解しなければならない。多くの場合、丸刈りにされた女性は、政治にかかわることのできない娼婦であった。彼女も食べていか なければならなかったのである。同様に、フランスという国も、より力の強かったナチスの支配を受け入れなければならなかった。彼らは抵抗してはいたが、生 き、食べていかなければならなかったのである。それなら、もしこの不幸な女性がフランスを表しているとしたら、ナチスがその価値を破壊したことは明らかで ある。「冠を奪われた」(découronnée)という語は、この女性がフランスの象徴であることを強く示唆している。フランスは歴史的には強力で巨大 な君主国であり、そのイメージを本当に破壊したのはナチスである。ナチスはフランスの栄光と壮麗さを奪い去った。ナチスはまた、長い間仏独二国の間で争い の対象であったアルザス地方を占領してフランスを歪めた。第一段落の最後の語句は、祖国と自由のために死んだフランスの兵士たちのことかもしれない。彼ら は愛されたがゆえに命を落としたと言うこともできるかもしれない。なぜなら、彼らは祖国と自由への愛のために、そして、続く世代が生きて愛することができ るようにするために死んだからである。第二段落は、陰気な雰囲気の三行から成り立っている。「一輪の花束が添えられて 覆われた」 (faite pour un bouquet / Et couverte)一人の若い娘は、死という考えを表している。しかし、その若い娘の死には立派な埋葬をする価値がなかったのである。彼女の人生すべては 一輪の花束の価値しかなかったのだ。そのうえ、彼女は豊穣な土で覆われているのではない。普通の埋葬ではなくて、彼女は舗道の上に打ち捨てられ、「暗闇か ら吐かれた黒い唾で」(noir crachat des ténèbres)覆われているのである。唾とは、不名誉の中で迷子になった彼女を尊重する気持ちが(当時のフランス人には)欠けていたことを示してい る。反対に、続く段落は彼女が「みやび」(galante)であると言っている。そこで、彼女の運命が不当なものであることをエリュアー ルは強調している。彼は彼女を「5月1日のオーロラ」(une aurore de premier mai)、つまり、大きな希望を示す天気にたとえている。5月1日は労働者の祭典(メーデー)であり、歴史的に、無産階級や普通の人々によって祝われる日 である。5月1日のオーロラはフランス人全員にとって多くの希望の瞬間を示す。なぜなら、それは彼らにとって勝利の日の始まりだからである。この日は、フ ランス人全員にとっても世界中の人々にとっても、新しい平等の始まりを象徴している。最後の行で、エリュアールはこの若い娘を「とても愛らしい獣」(la plus aimable bête)にたとえている。「獣」(bête)という言葉は、たぶんその娘をナチス高官との性的関係に導いた性的本能を示唆している。同時に、この語は彼 女の無垢さと無力さを示唆している。獣という発想はその次の段落でも続く。エリュアールは彼女を「罠に落ちた獣」(une bête prise au piège)と呼び、彼女の純朴さと無垢さを示唆しつづける。もしこの若い娘をフランスの象徴と見るなら、フランスにとっての「罠」(piège)とはヒ トラーの沈静状態であったと言うこともできるだろう。ペタン元帥は 強制労働の労役を若いフランス人たちに与えようとしていたが、実際は、やり取りがヒトラーの罠だったのである。「汚された」(souillée)という、 美の破壊という発想を示す語は第一段落の発想の続きである。かつて彼女は美しく、無垢で純粋だった。しかし、彼女はナチスとフランス人に同時に陵辱された のである。彼女は堕落した、穢れた存在になった。最初の二行の形式にも意味があるのである。』さらに続く
2008年10月21日
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転載です。村野瀬さまは、秘書として八面六臂の活躍ですが、今日のような仕事が私はいっとう好きです!長いので、3分割になります。保存版ですよ。はじめ。 『 狂信的集団暴力への抵抗: ポール・エリュアール(フランスの詩人) (不定期連載『異議申し立てのための文化的インフラ』) ジャンル : 学問・文化・芸術スレッドテーマ : 自由への道程 『異議申し立てのための文化的インフラ』シリーズ、今回は、ポール・エリュアール(Paul Eluard)というフランスの詩人の話をさせてください。●Wikipedia 「ポール・エリュアール」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%ABhttp://fr.wikipedia.org/wiki/Paul_%C3%89luardポール・エリュアール(Paul Éluard、(1895年12月14日 - 1952年11月18日))は、フランスの詩人。ダダイズム、ついでシュールレアリスム、の運動を盛り上げた一人。反ファッショ、レジスタンスの闘士、そして『愛』を多くうたった。(引用ここまで)以前何度か取り上げた、ルイ・アラゴンとも交流があった人です。ポール・エリュアールの作品のいくつかはこちらで読むことができます。●大島博光の詩と訳詩を読むポール・エリュアールhttp://www.geocities.jp/oshimahakkou/eluard/eluard.html「自由」という詩が特に有名です。フランスでは大部分の生徒が習うんじゃないかな。この詩を知らないのはフランス人のモグリ、みたいな。「よき正義(法則)」という詩もすばらしいです。興味ある方はリンク先でお読みになることをおすすめします。「二十面相の娘」というアニメでさりげなく(公式サイトのトレイラーで)使われてもいるんですよね。オタク文化に理解のあるという麻生太郎氏は知っているかどうか知らないですけど。参考→ http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E4%BA%8C%E5%8D%81%E9%9D%A2%E7%9B%B8%E3%81%AE%E5%A8%98%E3%80%80%E3%82%88%E3%81%8D%E6%AD%A3%E7%BE%A9&lr=今 回紹介したいのは、残念ながら大島博光さんのサイトには載っていない、だからこそここで紹介したい、「その気があれば理解せよ」(Comprenne qui voudra)という1944年、フランスがナチスドイツのくびきから解放された直後の作品。第二次大戦でドイツが敗北した時、ナチスドイツに「協力」し ていた同国人やナチスドイツの将校の「愛人」だった同国人女性たちをフランス人たちが集団リンチしていた情景を悲しみをもって見つめている詩です。こちら↓に解説付きで原詩が載っています。まず原詩を訳してみましょう。http://www.french.pomona.edu/MSAIGAL/CLASSES/FR102/SPRING02/Alejandra/Paul%20Eluard.htmその気があれば理解せよ (Comprenne Qui Voudra)ポール・エリュアール (訳 村野瀬玲奈)【その時代、本当に罪ある責任者が責められるのではなく、女性が虐待されていた。彼女たちの頭髪を刈り取って丸刈りにするまでに。】その気があれば理解せよ 私の悔恨、それは舗道の上に取り残されたその不幸な女性 服を破かれた思慮あるその犠牲者 迷子になった子どものようなまなざし冠を奪われ、顔が歪んでいる愛されたゆえに命を落とした死者に似た彼女 一輪の花束が添えられて暗闇から吐かれた黒い唾で覆われた娘 5月1日のオーロラのようにみやびな娘 汚されたとても愛らしい獣汚されたことも理解できない獣罠に落ちた獣美を愛でる者たちの罠そして、女性たる彼女の母親はこの地上の彼女の不幸のこの理想的なイメージをやさしくあやしたいと願っている(翻訳引用ここまで)』つづく
2008年10月21日
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このニュースはちょっとびっくり。 「パウエル前米国務長官は19日朝の米NBCテレビの番組で、米大統領選で民主党大統領候補のオバマ上院議員を支持すると表明した。パウエル氏はブッシュ政 権で国務長官を務めた人物で、共和党候補のマケイン上院議員には大きな打撃となる。11月4日の投票日を控え、党派を超えてオバマ氏を支持する動きが広が りつつある。」パウエル氏といえば、日本で高遠菜穂子さんたちに、自己責任論でバッシングが起こったとき、その高い志を誇りに思わないといけないという発言をしたのだったと思う。 「イラクの人たちのために、良いことをしようとした人を、日本人は誇りに思うべきだ」こういう言葉だった。 政治家は言葉で人を動かせなければ一流ではない。日本にそういう人は何人居るだろう。 もやいがピンチだそうです。支援の仕方。
2008年10月20日
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地元のラジオに秋山ちえこさんが出演して、「秋山ちえこの岩手談話室」という特別放送をしたのを聴いた。●秋山ちえ子“かわいそうなぞう”CD(2008/8/13)長年続けてきた「談話室」を終えて、何故今岩手に来ているかといえば、このかわいそうなぞうの朗読CDを岩手の中学校に寄贈するためだという。シンディー・ローパーが英語バージョンの朗読をしたこれは以前も紹介記事を書いたことがある。91歳になった秋山さんと、シンディーは面白い取り合わせだと思うが、中学生にというのは良いアイディアだ。アメリカの子供たちもシンディーの朗読でこの話を知ってくれたら良いのにと思う。 でも、CDの解説に、シンディーの名前が載っていないのは何故だろう??? アマゾン こちらには書いてある。楽天さん、ちょっと不親切です。
2008年10月19日
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http://www.haheisashidome.jp/kaihou/kaihou19_6.htmじゅんさんの所で見つけた。転載が良いかな・・その1 「 [ カテゴリ未分類 ] 10/5 戦争あかん!基地いらん! 08関西のつどい っていう会に、出た。 同じ建物の5階で行なわれる「リブ・イン・ピース☆9+25」の発足会に出るつもりだったのに、一階の横断幕「戦争あかん!基地いらん!」に吸い寄せられて、ア、っちょうーどわたしの聞きたかった話、と、500円払ってまぎれこんじゃった。 ワ、なんか男くさい雰囲気。 首にタオル巻いたおっちゃんがようさん。 受付のお姉さんは親切で、「二階席もありますよ。」と二回も声をかけてくださる。 演台では、「名古屋高裁自衛隊違憲判決と派兵恒久法」を「自衛隊イラク派兵差し止め訴訟の会代表」の池住義憲さんが、熱演の真っ最中。 ひとり芝居で、入れ替わり立ち代り、裁判官になったり、被告、国の代理人になったり。 なんか、コンサートより熱いゾ。 http://www.haheisashidome.jp/kaihou/kaihou19_6.htm 国の代理人!現代の戦争では、後方支援つまり兵站活動、武装した兵士、弾薬の輸送、給油などの補給、が戦争の7割を占める。兵站活動は、戦争そのものである。 つまり、自衛隊がイラクでやっていることは、戦争である。日本は、イラク戦争に「参戦中」だと、憲法9条第一項違反だと、認めるんですね?―事実認否 代理人、はい、認めます。どうぞ、それで結審して下さって結構です。 ―と、裁判で事実を認めてしまった国は、反論できない。 日本はただいま、「戦争中」。 国は、勝ったので、最高裁に、上告できない。 名古屋高裁の判決が「確定」し、今後の裁判所の判断根拠となる。 国は、「傍論だ」などとして、ショックを隠し、この判決を潰そうとした。今も、皆が忘れてしまうのを待っている。 しかし、08年4月という違憲判決が出された時期以降、すぐさま法案提出、成立だ、とされていた「派兵恒久法」は、-その内容は、9条改憲に他ならず、大変危険!!!―提出さえできなくなっている。 今提出が予定されている「海外派兵恒久法」は、「戦争の自由化」を狙う。 国際協力に名を借りた実質改憲だ。 安全確保活動=治安掃討作戦ができる。 警護活動=米軍の直接警護ができる。 大型武器を携帯、使用できる。 正当防衛を超えて、戦闘行為ができる。 戦争そのものだ。 平和的生存権の具体的権利性を認めた。 この点がスゴイ。 平和であることが、すべての人権の根本にある、と明言した。 戦争の準備行為に加担することを強制されないことは、国民の権利である、として、国の軍事政策に、待ったをかけた。 !!!今後、我々は、戦争の遂行、戦争の準備行為への加担・協力も、平和的生存権の侵害であると、裁判で争える。!!! つまり、全国で進められている日米軍事再編、厚木基地に統合指令部が来る、自衛隊が米軍と一体になって海外派兵する、これらのすべてに、平和的生存権の侵害を、今後、権利として主張できる。 日米軍事再編を、止めさせる法的根拠を、我々は得た。 沖縄の人、聞いた?日米安保を、違憲だとして、憲法の力で、粉砕することができる。 最後に、池住さんは言った。 この違憲判決を勝ち取るため、最も大きな要因は、なんだったのでしょうか?と聞かれたら、 「提訴したから。」 みんな言った、どうせだめですよ、棄却されるに決まってます。 でも、池住さんは、こんな馬鹿なことがまかり通るのは許せない、何とかしたい、の一念で提訴した。 これを、しなかったら、何にも始まらなかった。 声をあげましょう。 そして、この判決を力に変えて、政府・財界の軍事国家化を頓挫させよう。 もし、三権の一つ、司法が示した違憲審査に、政府行政が従わなかったら、日本は法治国家ではなく、エタイの知れないグロテスクなものになるぞ。 Last updated 2008年10月16日 06時42分49秒コメント(1) | トラックバック(0) | コメントを書 」 その2.その3. 以上です。
2008年10月16日
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何だか釈然としないが気になっていた。何が気になっているのかもはっきり自覚していなかった。これを読むまでは。 「三浦和義元社長死亡の深層」植草一秀の「知られざる真実」 目からウロコですから、読んでみてください! 自殺でなく死亡であるところに注目。三浦夫人のコメントも今日ニュースで見ました。深層、ですね・・・・
2008年10月15日
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村野瀬さまの転載です。 文字数制限で半分くらいだけ・・・はじめ 「ノーベル賞学者の平和主義 ジャンル : 政治・経済スレッドテーマ : 戦争・原爆 日本からノーベル賞受賞者が出たことを喜ばしいとするなら、今回は二重の意味で喜ばしいニュースだと思います。それはなぜ?海舌さんがトラックバックで知らせてくれた毎日新聞の記事を紹介します。●『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsuhttp://blog.kaisetsu.org/?eid=686543<ノーベル物理学賞>反戦語る気骨の平和主義者…益川さん10月8日10時35分配信 毎日新聞中略こういう益川敏英先生の姿勢を日本の誇るべき古き良き伝統として根付かせようとすることに私は異存ありません。ところが、一部の「政治」ブログでは、益川先生を「反日」扱いしていてびっくり。...はあ。『反戦歌「脱走兵」は、「従軍した者」への侮辱ではない。 (ボリス・ヴィアンの公開書簡より) (不定期連載『異議申し立てのための文化的インフラ』)』に出てきた、アインシュタインの言葉の部分だけこちらにも転載しておきましょう。軍事優先主義思想、国家主義に対する強烈な批判が込められた一節です。「こ の話題が出ると、私は最悪の人間について語らなければならなくなる。それは軍事政体の武装した群衆という人間である。私はそれを嫌悪している。音楽に乗っ て隊列を組んで喜んで行進できる者を私は心から軽蔑している。そのような者が頭脳を得たのは何かの間違いでしかありえない。そのような者にはおおむね脊髄 だけで十分なはずである。できるだけ早く、文明からこの恥を消さなければならないはずである。命令に応じて発動される英雄的行為、愚かな事実の道筋、国家 主義という厄介な心性、これらすべてを私がどれだけ憎んでいることか。どれほど戦争が醜悪で軽蔑に値することであるか。私は戦争というこのような悲惨な行 為に加わるくらいなら八つ裂きにされたほうがましである。そういうことすべてにもかかわらず、私は人類についてとても良く思っているから、もし諸民族の良 識が一貫して腐敗していないとしたならば、学校教育によって、報道によって、政界と実業界の当事者によって、戦争というこの幽霊はずっと前から消え去って いたはずだと確信している。」(引用ここまで)「そのような者が頭脳を得たのは何かの間違いでしかありえない。そのような者にはおおむね脊髄だけで十分なはずである。」の一節、ちょっとすごすぎです。国家主義に対する批判も容赦ありません。それから、ついでと言ってはなんですが、今回ノーベル賞を受けた三人の科学者の出身大学である名古屋大学には、こういう平和宣言があるということも偶然知りました。■名古屋大学平和憲章http://www.nagoya-u.ac.jp/out/heiwa.html名古屋大学平和憲章 わが国は、軍国主義とファシズムによる侵略戦争への反省と、ヒロシマ・ナガサキの原爆被害をはじめとする悲惨な体験から、戦争と戦力を放棄し、平和のうちに生存する権利を確認して、日本国憲法を制定した。 わが国の大学は、過去の侵略戦争において、戦争を科学的な見地から批判し続けることができなかった。むしろ大学は、戦争を肯定する学問を生みだし、軍事技 術の開発にも深くかかわり、さらに、多くの学生を戦場に送りだした。こうした過去への反省から、戦後、大学は、「真理と平和を希求する人間の育成」を教育 の基本とし、戦争遂行に加担するというあやまちを二度とくりかえさない決意をかためてきた。 しかし、今日、核軍拡競争は際限なく続けられ、核戦争の危険性が一層高まり、その結果、人類は共滅の危機を迎えている。核兵器をはじめとする非人道的兵器のすみやかな廃絶と全般的な軍縮の推進は、人類共通の課題である。 加えて、節度を欠いた生産活動によって資源が浪費され、地球的規模での環境破壊や資源の涸渇が問題となっている。しかも、この地球上において、いまなお多 くの人々が深刻な飢餓と貧困にさらされており、地域的および社会的不平等も拡大している。「物質的な豊かさ」をそなえるようになったわが国でも、その反面 の「心の貧しさ」に深い自戒と反省がせまられている。戦争のない、物質的にも精神的にも豊かで平和な社会の建設が、切に求められている。 今、人類がみずからの生みだしたものによって絶滅するかもしれないという危機的状況に直面して、われわれ大学人は、過去への反省をもふまえて、いったい何をなすべきか、何をしうるか、鋭く問われている。 大学は、政治的権力や世俗的権威から独立して、人類の立場において学問に専心し、人間の精神と英知をになうことによってこそ、最高の学府をもってみずから を任じることができよう。人間を生かし、その未来をひらく可能性が、人間の精神と英知に求められるとすれば、大学は、平和の創造の場として、また人類の未 来をきりひらく場として、その任務をすすんで負わなければならない。 われわれは、世界の平和と人類の福祉を志向する学問研究に従い、主体的に学び、平和な社会の建設に貢献する有能な働き手となることをめざす。 名古屋大学は、自由濶達で清新な学風、大学の管理運営への全構成員の自覚的参加と自治、各学問分野の協力と調和ある発展への志向という誇るべき伝統を築い てきた。このようなすぐれた伝統を継承し、発展させるとともに、大学の社会的責任を深く自覚し、平和の創造に貢献する大学をめざして、ここに名古屋大学平 和憲章を全構成員の名において制定する。一、平和とは何か、戦争とは何かを、自主的で創造的な学問研究によって科学的に明らかにし、諸科学の調和ある発達と学際的な協力を通じて、平和な未来を建設する方途をみいだすよう努める。 その成果の上に立ち、平和学の開講をはじめ、一般教育と専門教育の両面において平和教育の充実をはかる。 平和に貢献する学問研究と教育をすすめる大学にふさわしい条件を全構成員が共同して充実させ発展させる。二、大学は、戦争に加担するというあやまちを二度とくりかえしてはならない。われわれは、いかなる理由であれ、戦争を目的とする学問研究と教育には従わない。 そのために、国の内外を問わず、軍関係機関およびこれら機関に所属する者との共同研究をおこなわず、これら機関からの研究資金を受け入れない。また軍関係機関に所属する者の教育はおこなわない。三、大学における学問研究は、人間の尊厳が保障される平和で豊かな社会の建設に寄与しなければならない。そのためには、他大学、他の研究機関、行政機関、産業界、地域社会、国際社会など社会を構成する広範な分野との有効な協力が必要である。 学問研究は、ときの権力や特殊利益の圧力によって曲げられてはならない。社会との協力が平和に寄与するものとなるために、われわれは、研究の自主性を尊 重し、学問研究をその内的必然性にもとづいておこなう。学問研究の成果が人類社会全体のものとして正しく利用されるようにするため、学問研究と教育をその あらゆる段階で公開する。 社会との協力にあたり、大学人の社会的責任の自覚に立ち、各層の相互批判を保障し、学問研究の民主的な体制を形成する。四、われわれは、平和を希求する広範な人々と共同し、大学人の社会的責務を果たす。 平和のための研究および教育の成果を広く社会に還元することに努める。そして、国民と地域住民の期待に積極的に応えることによって、その研究および教育をさらに発展させる。 科学の国際性を重んじ、平和の実現を求める世界の大学人や広範な人々との交流に努め、国際的な相互理解を深めることを通じて、世界の平和の確立に寄与する。五、この憲章の理念と目標を達成するためには、大学を構成する各層が、それぞれ固有の権利と役割にもとづいて大学自治の形成に寄与するという全構成員自治の原則が不可欠である。 われわれは、全構成員自治の原則と諸制度をさらに充実させ、発展させる。われわれは、この憲章を、学問研究および教育をはじめとするあらゆる営みの生きてはたらく規範として確認する。そして、これを誠実に実行することを誓う。(1987年2月5日 名古屋大学豊田講堂にて制定宣言)(転載ここまで)科学的思考と理性の声が軍事優先主義や国家主義に明快に反対していることに勇気がわいてきます。なお、最初のところで「日本からノーベル賞受賞者が出たことを喜ばしいとするなら」という書きかたをしましたが、本来、研究者の偉大な成果が日本のために喜ばしい、のではなくて、人類のために喜ばしい、ということであるべきだという意味です。...と記事を書いて公開の順番を待っていたら、「大脇道場!」さんが現在の日本の「基礎研究軽視」の政策への警鐘を鳴らしながら良い記事を書いていらっしゃいますので、リンク。●大脇道場!NO.642 ノーベル賞4人受賞の快挙の教訓は?http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-704.htmlまた、益川先生が京大基礎物理学研究所の所長だった当時、国立大学の独立行政法人化に反対する運動「独法化阻止全国ネット」に益川さんが賛同者として名前を連ねていらっしゃったそうです。ペガサス先生のブログを見てください。●ペガサス・ブログ版2日前に講演を聴いた人がノーベル賞をhttp://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2008-10-07-1明月さんの橋下徹批判も苛烈。●反戦な家づくり橋下徹はノーベル賞益川氏らの言葉を聞けhttp://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-621.html」ここまでです。 コメント欄も面白いので読みに行くことをお勧めします。
2008年10月15日
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頭が痛い。喉が痛い。くしゃみがでる。鼻水が出る。涙目。悪寒がする。・・・・・・・・・・・・・仕事は休めない。もう何ヶ月になるかなぁ・・・・・・
2008年10月15日
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http://s01.megalodon.jp/2008-1013-2244-43/book.jiji.com/kyouin/cgi-bin/edu.cgi?20081013-1 どう考えても、教育基本法は元に戻した方が良い!
2008年10月13日
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こんな結末になるとは思わなかった。 薔薇豪城さんの記事参照。
2008年10月12日
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これは速攻記録です!受験は教育汚染。どんどん発言していただきたいです。ニュース47。
2008年10月10日
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今日ラジオで小耳に挟んだ。上映中というこの映画。 観たいけど、イナカにまで来てくれないだろうなぁ・・・・・
2008年10月09日
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愛読する「ヒカルの碁」の12巻に登場する御器曽(ゴキソ)プロという人物がいる。読んだ人にはすぐ分かる話と思うが、この人、麻生総理がモデルだと思う。何しろ顔がそっくりなのだ!ところが19巻で再び登場したときは少し違う顔になっていた。 何故そうなったのか考えてみた。麻生さんは自他共に認める漫画好き。当然ヒカ碁のことは知っていると思う。だからゴキソプロの顔を見て自分はこんな奴と似た顔は嫌だとクレームをつけたのだろうと思う。何しろ、このゴキソ、多々あるこの漫画の登場人物のなかで「一番卑怯でせこくて汚い奴」だと私は思う!興味のある方は読んでみて欲しいが、ホント嫌なやつなんですよ!!作者はストーリーは変えられないから、やむなく顔のほうを変えた、のだと思いますよ。 今日の村野瀬さまには、ジャック・ブレルの歌声と貴重な情報へ辿れるリンク付き!
2008年10月08日
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実は別なことを書こうとしていたのだけど、偶然見つけたこれを転載します。はじめ。「 <ノーベル物理学賞>反戦語る気骨の平和主義者…益川さん 10月8日10時35分配信 毎日新聞 ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英・京都産業大教授(68)。穏やかでちゃめ気のある益川さんだが、「反戦」を語る気骨の平和主義者でもある。 【関連写真特集】湯川さんから益川さんらまで 日本人ノーベル賞受賞者の軌跡 作家の大江健三郎さんらが作った「九条の会」に連動し、05年3月、「『九条の会』のアピールを広める科学者・研究者の会」が発足した。益川さんは呼び かけ人の1人だ。同時期に誕生したNPO法人「京都自由大学」では初代学長に就任し、市民の中に飛び込んで平和を語った。 原点は幼少期の体験にある。益川さんは名古屋市に生まれた。小学校入学前、第二次世界大戦を体験し、焼夷(しょうい)弾が自宅の屋根を突き抜けた。「不発だったが、周囲はみな燃えた。両親はリヤカーに荷物を積んで逃げまどった。あの思いを子孫にさせたくない」と言う。 05年、自民党が憲法改正に向けた要綱をまとめた。中国で反日デモが相次ぎ、JR福知山線事故が発生した。平和と命の重みが揺らいだ。当時、益川さんは 「小中学生は憲法9条を読んで自衛隊を海外に派遣できるなんて考えない。だが、政府は戦車をイラクに出し、更に自衛隊の活動範囲を広げるために改憲を目指 す。日本を戦争のできる国にしたいわけだ。僕はそんな流れを許容できない」と猛然と語った。 1955年、アインシュタインら科学者11人が核兵器廃絶を求め「ラッセル・アインシュタイン宣言」に署名した。その1人が益川さんが尊敬する日本人初 のノーベル賞受賞者、湯川秀樹博士だ。「湯川先生の原動力は核で人類が滅ぶ恐怖だったと思う。僕はより身近に、一人一人の今の生活を守りたい。その実現 に、戦争はプラスですかと問いたい。殺されたって戦争は嫌だ。もっと嫌なのは自分が殺す側に回ることだ」と強調する。 受賞から一夜明け、「専門外の社会的問題も考えなければいい科学者になれない。僕たちはそう学んできた」と力を込めた。【奥野敦史】」素晴らしいですね!そしてまた今日は、ノーベル化学賞! 今日の村野瀬さまは、脱走兵を歌うジュリーが見られます! 反戦歌「脱走兵」は、「従軍した者」への侮辱ではない。 (ボリス・ヴィアンの公開書簡より)
2008年10月08日
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本当に近年まれな明るいニュースなので、これはやはり記録です。本当は讀賣のニュースが面白かったのだけど、キャッシュ禁止とかで魚拓が取れなかった。期間限定でも一応記録しておこうかな・・・http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081007-4686911/news/20081007-OYT1T00627.htm開高健に似た 益川さんは小林さんとは対照的な人柄のようだ。インタビューがとても面白い。
2008年10月07日
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TBいただいたblogbluesさまの 記事の転載です。はじめ。「 アフガンの星になった男 先月の中頃「ペシャワール会」から、会報の号外が届いた。故伊藤和也氏の追悼特集である。通勤電車の中で封を切ったのは、失敗だった。涙がこぼれてならなかった。読者諸姉諸兄にも貰い泣きして欲しく、抜粋してご紹介。いい人はいいね。」 以上です。本当に、人前でよんではいけませんね。
2008年10月07日
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村野瀬さまの転載です。はじめ「 汚染米資料の公開を自民党が検閲。 ジャンル : 政治・経済スレッドテーマ : 自民党の腐敗 自民党が検閲によって、国民の代表である国会議員(この場合は野党の国会議員ですが)による国政調査権を侵害していることが明るみに出ました。自民党は汚染米についての調査の妨害をしていることになります。国民の知る権利、つまり国民主権をないがしろにしながら情報を隠すことによって自党の利益を優先する自民党の姿がまたも露呈したわけです。何が起こったのか、何が問題なのか、次のようなブログで十分に説明されています。●保坂展人のどこどこ日記■役所の「資料提出」に自民党の事前許可制がhttp://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/4885893501125d24917dcc50aa29589d■なぜ、自民党による事前検閲が悪いのかhttp://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/ceb2ee0f37f47ef9ff9214b5865aa70b●情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)野党への資料提供を自民党が検閲した重大事件~はっきり言って連日一面でしょうhttp://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/b05b9c97fb22097586f595f628f7945f●大脇道場!NO.625 検閲で国政調査権・国民の知る権利を侵害する、えげつない自民党。http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-692.html与党にある自民党を支持するということは、汚染米についての情報を隠すことに加担するということです。自民党を支持する思いを断ち切れない方には、汚染米についての情報を隠すことが何をもたすか、ぜひじっくりと考えてほしいと心からお願いします。築地市場の豊洲移転に反対して食の安全を守ろうと情報を伝えるRolling Beanさんへの応援よろしくお願いします。●Like a rolling bean (new) 出来事録■2008-09-30 「11月15日」に要注意です!東京都の豊洲新市場PFI(民活)公告が可能なってしまいます!http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10145441265.html■2008-10-01 豊洲移転技術会議情報非開示への異議申立書(中央区議小坂さんのブログより)http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10145843383.html■2008-10-02 最新の『財界展望』に豊洲汚染調査捏造疑惑の記事(自ら墓穴を掘った?東京都の弁明書)http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10146258974.html■2008-10-03 豊洲新市場予定地への「新技術」公募に120社(しかし報道がミニマムで液状化対策に言及なし)http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10146732496.html「税制について世界の片隅でニュースを読もう」ミニキャンペーン■世界の片隅でニュースを読む 「税制」カテゴリーhttp://sekakata.exblog.jp/tags/%E7%A8%8E%E5%88%B6/「消費税と社会保障と国家予算についての知られざる真実を大脇道場で学ぼう」ミニキャンペーン■NO.540 消費税増税反対関連エントリー集。http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-588.html「民主党に投書しよう」ミニキャンペーン■自公政権の退場を望むなら、その代わりに望む政策をどしどし民主党に伝えようhttp://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-792.html」 以上です。 http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/64f10e6894f6c050847c1a3f2b2c8f52 これは保坂さん最新記事。 今夜のニュース23で本人の生々しい話も聴けました。
2008年10月06日
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関組長による、あしたの国会スケジュールは以下の通り。『 10月7日(火曜日)の衆議院/予算委員会の質問者一覧 朝9時~ ▼9:00~10:30 1:民主党 菅直人さん http://www.n-kan.jp/ ▼10:30~11:15 2:民主党 筒井信隆さん http://nobutaka221.com/ ▼11:15~12:00 3:民主党 松本剛明さん http://www.dpj.or.jp/member/?detail_224=1 ~昼の休憩~ ▼13:00~13:55 4:民主党 岡田克也さん http://www.katsuya.net/ ▼13:55~14:50 5:民主党 前原誠司さん http://www.maehara21.com/ ▼14:50~15:31 6:民主党 川内博史さん http://www2c.biglobe.ne.jp/~kawauchi/ 7:日本共産党 志位和夫さん http://www.shii.gr.jp/ 8:社会民主党 阿部知子さん http://www.abetomoko.jp/ 9:国民新党 亀井静香さん http://www.kamei-shizuka.net/ ~夕方5時まで』こうだそうです。面白そうです!
2008年10月06日
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関組長のメールから、田中康夫さんの質問全文の転載はこちら。長いので、少し抜けがあるかもしれません・・
2008年10月04日
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コメ話つづき冷夏、コメ不足の年、タイ米やらカリフォルニア米がそこらにあふれ、国産米は品薄の上に値がドンドン上がった。そんななか、店舗で接客サービスをしない安売りの「ジョウナンデンキ」のめいぶつ社長がジュラルミンのアタッシュケースに札束を詰め込んで、自ら秋田県は大潟村へコメを買い付けに行った。大潟村は埋立で大規模に水田を開発して入植者を募ったは良いが 、国の政策が減反に転じて減反に応じない農家はコメのマーケットを自分達で開拓しなければならなくなった。そこへジョウナンデンキである。この社長、いつも儲けさせてもらっているお礼と言って、自分の電気屋で、買い付けてきたコメを普段どおりくらいの値(このコメ不足で高騰した価格でない)で売った。 売名とか言う人もいたが、ナカナカやるなぁと思ったものだ。 写真は本文と関係ありません。
2008年10月03日
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以前ちょっと書いた、ジョージワシントンはニュースが少ないので、色々記録。じゅんさんのところで、とてもインパクトのあるサイトを知った。 クマさんも改めて。
2008年10月02日
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ヨーコさんの今日の記事を読んで、1993年の冷夏のコメ不足のときを思い出した。あの時は、本当にコメが買えなかった。以下思い出すまま・・・外食で、すし屋が国産米が確保できず外米混じりの「変なにおいのシャリ」で出していたのに遭遇したことがある。すし屋でパートをしている奥さん、売上ダウンを連帯責任のように賃金カットされる。(うちのバイトのお母さんの話)ナカナカコメが買えないと聞いて田舎の義母が地元米屋に行ったら、国産10kと外米5kの抱き合わせ販売をされた。(それで無いと売れないと言う)マスコミは、外米のおいしい食べ方やら、「カリフォルニア米は安くておいしい」という情報やら流し続ける。あまりのコメの無さに、自然食の店に玄米を買いに行ったら、2kだけ特別に売ってくれて、「でも、あるところには有るみたいなんですけどね・・・」と聞く。 つづく
2008年10月02日
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今日の国会はアソーさんの所信表明に各党の質問。小沢さんのところは聞き逃した。面白かったのは鳩山由紀夫氏。政治家は喋りが肝心。充分 堪能しました。 ラジオと言えば、この前の日曜喫茶室。落合恵子さんが、仕事の「本」の関係でアメリカへいった話をしていた。ポートランドの「パウエルズ」という本屋の話。 msn journal 。ポートランドと言えばル=グウィンと思っていたら、案の定パウエルズには時々ご本人がひょっこり現れるということ!こんな本屋、近くにあったら良いなぁ!!
2008年10月01日
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