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調布飛行場を離陸した小型機が墜落しました。「魔の五分間」といって、離着陸の五分間に、重大事故が多発します。まさにこの事故も、「魔の五分間」に飲み込まれた感じです。この事故では、二つの側面から考察いたしました。ひとつめ。「周囲が住宅密集地になっている飛行場は多数ある。普天間だけではない」軍用飛行場である横田や厚木、海自の下総などは、住宅地真っ只中です。さらには民間飛行場の伊丹なんかも、どうしようもないくらいの市街地ですし、少し田舎とはいえ、成田もけっこう密集してますよー。そして、この小さな調布もそうですよね。これらの空港は、種々の問題があって、移転するわけにいきません。「あんな重いものが飛ぶなんて危険だ!」といって、飛行機を全廃したり、飛行場を廃止するわけにもいきません。完璧な安全など、ヒューマンエラーまで考えればありえません。この地上には、完璧に安全な乗り物など、存在しないのです。かといって「完璧でない」という理由で排除するならば、自動車も船舶も、電車だって全廃しなければなりません。自動車事故で亡くなる方は、毎年7000人です。セウォル号転覆を見れば、船舶も大惨事があります。ロケットだって失敗します。多少の危険があったとしても、「どちらの逸失利益が大きいか」で考えるしかありません。まさか、交通手段は徒歩だけ、というわけにはいきますまい。また、馬か牛車に戻しますか?それも不可能でしょう。だから、できるだけリスクを減らすしか、現実的な解決策はありません。そう考えると、海に面しているだけ、羽田や那覇は安全です。それゆえ、移転が可能なら、海辺に飛行場を移設するというのは、安全上、かなり効果的でしょう。だが残念なことに、移転できる飛行場は、ほとんどありません。でもそれら「危険な飛行場一覧」の中で、たった一つ、海辺に移設可能なのがあります。「普天間飛行場」です。自然保護の観点は大事でしょうが、安全を追求する観点も、よほど大事です。反対闘争を継続している方々、調布の事故で、「だから危険なんだ!」と思われたなら、ほぼ全ての日本の飛行場で、「飛行機反対!」を叫ぶのみならず、自動車メーカーや鉄道各社の前でも、「自動車廃絶!」「鉄道全廃!」を叫ぶのが、スジというものだと思われます。理性的に考えてみては、いかがかと。
2015.07.30
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読売新聞によれば、チベット仏教の著名な高僧、テンジン・デレク・リンポチェ氏(65)が、今月12日に急死していたことがわかった。2002年の爆破事件に関与したとして中国四川省で収監中だったそうである。遺族に遺体を引き渡さずに火葬したことによって、当局の発表の「病死」ではなく「殺害」された可能性が大であるそうだ。中国は変わらない。経済が発展すれば自由化・民主化するようになると、識者も主張していたし、私の知人の中国人も、私に対して、そう抗弁していた。だが、世界第二位のGDPを誇るようになり、自他共に許す経済・軍事大国となっても、人権も自由もない。人権派の弁護士は大量に逮捕するし、チベットの僧侶は大弾圧の対象だ。キリスト教の地下教会は手入れされている。なんと、地下教会と隠れキリシタンだ!未だに中華人民共和国は、中世にある。中国は変わらない。旧満州、遼寧省遼陽の近郊に位置する千山には、無量観という道教の寺院がある。全満州の道教の聖地で、また抗日運動の総本山でもあった。多数の聖職者は、中国革命後に粛清された。現在は、ただの観光地に成り下がっている。かつての神聖な宗教性は、共産党によって、完全に破壊し尽くされている。この宗教弾圧は、中国全土で吹き荒れた。現在、残る宗教施設・団体は、本来の姿から見れば、「見世物」の「観光施設」でしかない。全く同じ漢民族に対してでも、これほどひどい弾圧をした、共産中国である。チベット人をいくら殺しても、髪の毛ほどの罪悪感もないであろう。7000を超えたチベット寺院は、ことごとく破壊され、信仰の対象である仏像等の宝物も、破壊されるか、略奪の対象となった。東京で開かれた「チベット展」で展示された仏教関連の至宝は、全て、破壊されたチベット寺院から略奪された、「チベット人の信仰の対象」である。かつて自分が参詣していた寺院の本尊が、見世物として東京で展示されている姿を見て、あの、ペマ・ギャルポさんは泣いたという。だが世界はこの惨劇に目をつぶる。中共を刺激すると、商売に差し支えるからだ。我が日本も似たようなものだ。儲かれば、何があってもかまわないのか。一国平和主義の偽善の下で、金儲けだけを考えるのが、日本人の分相応なのか。せめて、報道せよ。せめて、声に出すべし。過去70数年前の悲劇を、声を大にして主張するくらいなら。現在ただいま進行している、この悲劇に対しては、さらに大なる声を発すべし。日本は、自由と民主主義の、極東における、最後の砦である。
2015.07.26
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戦前の海軍兵学校には、英語教師として英国人が雇用されていました。その英国人が、日本の海軍兵学校で、腰を抜かすほど驚いたというのです。もともと、日本の海軍は英国海軍を手本として創られました。海軍士官養成の場である、海軍兵学校では、生活様式から食生活まで、全て本場のダートマス海軍兵学校や、英国のパブリックスクールと同様に、教育がなされたのです。現在も江田島に残る、兵学校の赤レンガの建物は、レンガを、わざわざ英国から輸入して建築されたというほどに、完全に英国式の学校でした。その兵学校で、「本場の」英国人が驚倒したというのです。何に驚倒したかというと、それは「平等」でした。「日本の海軍兵学校では、農民や魚屋の子弟が、皇族と机を並べて学んでいる」これを聞いた現代の日本人で、驚く人は絶無のはずです。当たり前ではありませんか。しかし、当時の英国では(世界中でかもしれません)海軍士官は、貴族の名誉職だったのです。一般庶民が、皇族と机を並べるなど、ありえない光景だったわけです。実はこの光景こそ、明治維新の輝く成果の一つだったと思います。身分や生まれ、財産の多寡によらず、個人の能力と努力によって、いくらでも未来が開かれていく。これこそが、門閥主義の江戸時代から脱却しなければならない、大きな理由だったからです。有能で優秀な人材を登用するために、四民平等を実現した、その成果が、海軍兵学校の、この光景だったといえるでしょう。そう思うと、現在の教育自体に、多少の違和感がなくもありません。「どんなに恵まれない家庭に生まれても、 公立学校だけ行っていれば、努力によって道が開ける」どうもこれがウソになりつつあるからです。塾に行かなければ学力が付きません。荒れる公立学校を忌避して、私立に進学させます。保護者の経済力の限界が、子供の学力の限界になります。すなわち、富裕層だけが良い教育を受け、立身していくことになりかねません。これは、江戸時代とはまた違った、新たな身分制の始まりです。悪平等の教育が、公立学校を蝕み、壮大な「無駄」になりつつあるのかもしれません。明治維新の原点に戻り、公立学校の教育の見直しを。どんな環境の子供であっても、才能と努力によって、無限に道が開けていくように。素晴らしい教育を施し、今度は世界を驚倒させたいと、そんな夢想をしております。
2015.07.25
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安保法制の国会での論議、どうにも不毛でガッカリします。公聴会なんかで呼ばれた学者さんも、何だか、浮世離れしているみたいですね。これだけ、中国が明白な侵略の意図と能力を保持しているのに、日本では、相も変らぬ平和憲法の神学論争です。平和でいいですなあ。ヒマそうだし。それでもやはり、気になる言論はあります。それが表題にした、「東南アジアを侵略した」なんです。確かに、わが陸海軍は、南は、はるか赤道を越えて豪州まで空爆し、西はインド洋で大暴れ、アフリカ東岸マダガスカルまで遠征し、東はハワイを空襲。勢い余った潜水艦隊は、米国東岸で暴れまわったことは事実です。いやー、スゴイですね。しかし、アジア人と戦いましたかね?まああの中国は、別扱いしまして、後日、じっくりと論を張るとします。でも、他のアジア人とは戦争してませんよ。朝鮮半島の人たちは、当時は同胞。同じ大日本帝国の臣民ですから、敵味方ではなくて、当然、戦争なんかしてません。日本が戦ったのは、アジアを武力で占拠していた欧米の国家。そして、植民地支配をなして、アジア人を奴隷にしていた、「悪い」欧米人の軍隊を駆逐して追い払ったというのが事実です。論より証拠、大東亜戦争開戦後には、閣議で決定されています。今次大戦における占領は、暫定的なものとすると。なぜ暫定的かというと、それは将来の独立まで、ということ。被占領民として愚民化政策の犠牲となったアジア人は、単独で放り出されても国家運営ができません。だから、日本が手助けをして人材教育、社会資本の整備、衛生状態の改善等おこなって、近い将来の独立を手助けするというのが、日本のアジアにおける戦争の姿です。だから、日本はアジアの侵略なんかしてません。悪い欧米の植民地主義者を駆逐した「解放者」であり、「侵略戦争」ではなく、「アジア解放戦争」だと定義付けするべきです。学者ども!いつまでもアメリカの洗脳のままでいるな!しかも、それじゃ中国の手先でしかないじゃないか!少しは、自分の頭で考えてみましょう。それが無理なら、どうぞ引退を。それが、日本とアジアと世界のためになります。さらば、東京裁判史観よ!
2015.07.23
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いつも使用しているPCのデスクトップの画像は、最近、この戦闘機の列線の写真を使っています。中島飛行機が製作した、2式単座戦闘機「鍾馗」が、千葉県の柏飛行場で待機している写真です。奥のほうは、47戦隊からのお下がりの機体が並んでいますので、同戦隊が4式戦闘機に機種改変した後の、昭和二十年に入ってからの写真でしょう。米軍の大空襲を阻止するため、47戦隊や70戦隊は、終戦まで死戦を繰り広げます。たぶん、この写真に写っている戦闘機たちも、終戦時には、ほとんど喪失していたはずです。高高度を来襲するB29を邀撃するには、性能が不足していた「鍾馗」。体当たりしてB29を撃墜するものまでいました。そうした「空の特攻機」の墜落現場に、供養塔が建てられている場所があります。都営亀戸7住宅にある、飛行第70戦隊の熊谷軍曹の供養塔です。防空戦闘機は、撃墜されても捕虜になる心配はありませんが、住宅に落ちるわけにはいきません。それで、最後まで脱出せずに、自爆する場合があるのです。この熊谷軍曹も、落ちる機体を操りながら降下してきて、最後に市街地を避けるため失速、墜落しているようです。デスクトップの写真を見ると、私は勇気が出てくると同時に、少し悲しくなります。空を圧するB29の大編隊に挑んだであろう「鍾馗」。「オレも同様に勇を奮わなきゃイカン!」と思います。しかしまた、終戦までには、ほとんどが散華したであろう「鍾馗」。この写真の「鍾馗」も、そしてその操縦者も、大空で散華したことでしょう。悲しいのは、そのことを、まったく評価しない今の社会と国民です。目を開けていられないほどスゴイB29の防御射撃。それを冒して攻撃する、性能の足らない「鍾馗」。体当たりも辞さず、空襲を阻止しようとする戦闘機操縦者。それが今、「侵略戦争」の「戦争犯罪」を犯した、犯罪者扱いです。熊谷軍曹のような戦闘機操縦者はたくさんいました。慰霊碑も、名誉もなく、その事実すら知られずとも、生命を投げ出して戦った若者たちが、柏や松戸、成増、調布を飛び立って、再び帰りません。せめて、かれらの事実だけでも、語り継ぐわけにはいきませんでしょうか。東京が焼け野原にされ、都民が皆殺しにされていたとき、それを護るために、大空で生命を投げ出して戦った、一群の若者たちがいた、ということを。
2015.07.21
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日本は、秩序の取れ、安定していた世界を、根底から覆した。1 白人の圧倒的な力の象徴である、 不沈戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を、簡単に撃沈した。2 有色人種に「神のように」君臨していた白人植民地軍を、 マレー・シンガポール・フィリピン・ビルマ・仏領インドシナ・蘭領インドシナ等々、 東南アジア一帯で、簡単に撃破、一掃した。3 白人の奴隷として、大人しく搾取されていた有色人種が、 日本人の勇戦敢闘で奮い立ち、歯向かうようになった。4 「大東亜共栄圏」などという「アジア人のためのアジア」を、ぶち上げて、 独立運動に火をつけた。等々結果、白人による、世界の植民地支配は終焉を迎えた。人種、民族の平等は(建前としては)達成され、植民地は(中国等一部を除いて)消滅し、有色人種の上に白人種が存在し、世界を支配する構図は、完全に消滅した。日本が欧米に叛旗を翻さなければ、世界は白人の天下のままであった。日本が矛を持って立ち上がらなければ、有色人種は奴隷のままであった。インドを支配した英国の200年。インドネシアを支配したオランダの300年。富の源泉であった東洋の宝物は、日本が戦ったせいで、欧米から奪われた。世界秩序を破壊した日本。植民地を欧米の手から奪い去った日本。民族・人種の平等の口火を切った日本。人類史を転換させてしまった日本!
2015.07.16
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神風特別攻撃隊の第一号は、フィリッピンのマバラカット飛行場から出撃した、「敷島隊」で、指揮官は、海軍兵学校70期の、関行男大尉です。しかしどうやら本当の特攻第一号は、セブ島から出撃した「大和隊」の久納好孚中尉だ、という説があります。。久能中尉はH大学出身の、ペンを操縦桿に代えた学徒兵。特攻第一号は、どうしても職業軍人から出す必要があったのでしょう。結果として、久能中尉は戦史上、無視された結果になっています。実は、このH大学に、我が家の息子が通っております。「本学の卒業生が、実は特攻第一号である!」って、キャンペーンしないのか?そう聞いてみましたが、国防オタクでもある息子に、鼻で笑われました。まあ仕方ありませんね。世の中の風潮からすれば、1 バカな侵略戦争で2 無駄な自殺攻撃をしたという価値観でしょうから。でも、こういう見方もできませんでしょうか。兵学校出身の職業軍人から比べれば、軟弱ともいわれる私学の文系が、国難に際して、勇躍、死地に赴いたんですよ。せめて母校くらい、評価できませんかねえ。うーん残念・・・またこれも似た話で、知人が働く会社、聞いてみたら、あの99艦爆や流星艦攻を作っていた会社。そうです。ということは、製造製品が、連合国艦船を最も多く撃沈した会社だったんです。工場に「連合国艦船撃沈、世界一」なんて看板掲げたらスゴイでしょうね。まあ、これは妄想ですが。実際は、ホームページには、それら海軍関連の記載は絶無です。まあ「恥ずべき歴史」なんでしょう。現在、日本を覆っている価値観からすれば、仕方のないことだと思います。「戦争は絶対悪だ」という考えもあれば、日本の獅子奮迅で、アジア・アフリカが解放された、という考えもあります70年前、日本がトボケていて、今のように一国平和主義でいたならば、世界は未だ、植民地で満ちていたかもしれません。見方を変えれば、これまで日本がなしてきた最大の国際貢献は、「世界から植民地支配を絶滅した」という、必死の大東亜戦争だったかもしれません。南冥に散った、海鷲たちに感謝・・・
2015.07.14
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副題を、こう付けましょう。「自民党税調のアホっぷり」テレビのニュースで見ただけですが、どうやら酒税法を改正するようですね。特にニュースになるのが、ビール関連の改正です。本物のビールの税金を安くして、発泡酒と第三のビールの税率を高く。どうやら、三つとも税率を一緒にするらしいです。これを「減税します」と、言い切ることが、腹の立つことなんです。そもそも、安い値段で庶民の口に入るようにと、酒造メーカーが努力して、発泡酒を開発したわけです。それが売れたら、「脱法行為だ!」と財務省が騒いで、企業の努力も、個人の家計も全く考慮せずに、発泡酒の税率を上げたじゃないですか。それにメゲないで、第三のビールが開発され、庶民に歓迎された歴史ですよね。今度は、それを「全部上げる」だって。家計の所得は、ここ数年上がっていません。切り詰めて、どの家庭でも大変です。「美味いビールが飲めるから、いいだろう」なんて、口車が聞こえてくるようで、ホントに腹が立ちます。さらにガッカリさせるのが、自民党の税調。財務省の手のひらの上に乗って、増税案を嬉々として受け入れる。見識もポリシーも、何も感じません。これでは、国会議員の存在価値は『ゼロ』です。「税率を上げる」のではなくて、「税収を上げる」ことを考えよ!消費を拡大すれば、経済を余分に回せば、同じ税率で、税収はアップする。仕事を増やせ!経済を活性化させよ!これこそが政府の考えるべきことだ!まあ、それに必要な「智慧」は、財務省にも議員の皆さんにも欠落しているのが、日本の一番「痛い」ところですかねえ・・・とりあえず、「増税は、仕事を減らす」これだけは自分の頭で考えてみよ!自民党の議員諸公よ!
2015.07.12
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南方の海軍航空隊での話しです。「ラバウル快晴、ブカ小雨 ブイン・バラレは弾の雨」最前線では及びもつきませんが、後方の基地では、慰問の映画の上映会などが結構あったそうです。航空隊関係者だけではなくて、現地の人たちも一緒に映画を楽しんでいました。戦前の映画の定番は時代劇。気合の入った立ち回りは迫力です。映画など見たことのない現地の人には、さぞやきつい刺激だったことでしょう。そんな風に、現地の方たちとは、和やかに触れ合っていたそうです。そうした中で、パイロットが冗談でピストルを持ち出して、突きつけて脅したそうですが、これがぜんぜん怖がらない。ところが、日本刀を抜いた途端、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったそうです。「映画の見すぎ」まあ、これと同じかどうか知りませんが、戦後、GHQの指示で、切り合いの場面のあるチャンバラ映画は全廃されました。サムライ精神を根こそぎ、日本人から奪おうとしたのですね。東京裁判史観に、GHQの、ウォーギルト インフォメーション プログラム。(意訳すれば、戦争犯罪洗脳計画でしょうか)特攻隊や硫黄島・沖縄戦と、怖い怖い日本を骨抜きにする計画が実行され、見事に成果を挙げました。その結果が、この国の、現在の「ていたらく」です。サムライが絶滅危惧種に指定され(既に絶滅したか?)「命あってのものだね」の町人が、「儲かりまっか?」という価値観だけで、国さえ売りそうな勢いです。(伊藤忠、中国に6000億の新たな投資!)日本は古来より、二つの側面を共存させてきました。「和を以て尊しとなす」という、和御魂(にぎみたま)の面と、「尚武の国」という、荒御魂(あらみたま)の面です。日本が、かつて欧米の植民地支配を撃滅した、誇りある「尚武の国」であること。不断は、「和御魂」の「大和心」の国でありながら、一度、矛を取るならば、鬼人となりても奮戦する、誇りあるサムライの国であること。これだけは知ってしかるべきではないでしょうか。「さむらい」が、完全に絶滅し、「町人国家・日本」に堕する、その前に。
2015.07.11
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しばらく見ていなかったNHKの大河ドラマ。「八重の桜」あたりから、また見始めまして、日曜の晩は、少し楽しみにしています。しかも今年は幕末の長州が舞台、松下村塾の志士たちが出てくると見れば、これは見ない訳には行きません。でも少し、ドラマの設定に危惧を感じていました。主人公が、松蔭先生の妹!家族から見たら、どんな味付けになるのか・・・こりゃ不安です。最初は面白く見ていたんですが、やはり最近は、「こりゃないだろう!」と、怒り、「やっぱりNHKだなあ」と、ためいきばかり。何が気に入らないか、皆さんにぶつけさせていただきます。久坂玄瑞の描き方、腹が立ちませんか?これほどダメに描かれることに不自然さを感じます。コンプレックスだらけ優柔不断失敗・挫折観たっぷり失意・いじけetc.家族の立場から見れば、どんな偉人もただの人。メシも食えば、トイレにも行きます。屁もしますし、酔いつぶれることもあるでしょう?その視点でしか、久坂玄瑞を描いていないんです!その精神性や志の高さ。戦略性や行動力。カリスマ性や偉大さがなければ、あの理屈っぽい長州の志士たちが、付いていくはずがありません。この大河では、わざと「ダメな家庭人」として描いています。その根底に流れる価値観は、「偉人は認めない」という、価値観です。優れた人を認めない、悪平等の「引き摺り下ろす」考えです。そんなダメな家庭人の集まりが、自分の生命を捨てて、回天の偉業をなしたんです。「大義、親を滅す」と言う言葉があります。親族が滅びたとしても、大義に生きる、という意味でしょうか。だから明治維新ができたのです。それを家族の側からみれば、イエス様だって、お釈迦様だって、みなダメな家庭人ですよ。久坂玄瑞と同じく禁門の変で戦死した、木島又兵衛。阿修羅の奮戦、戦国の荒武者の再来。この木島さんは、今でいう経済官僚の能吏。政治活動に入れあげて、奥さんに頭が上がらない方だったそうです。兵を上げ、京都に上洛する際にも、「道楽はいいかげんにしてください!」と怒る奥さんに、「これっきりでやめるから・・・」と、頭を下げて出陣。これをダメ家庭人としてだけ描いたら、維新の話が分からなくなります。こんな感じで、久坂玄瑞が変に描かれているんですよ。このドラマ。「偉人」は、日本の歴史上、たくさん存在しています。これを貶めることが、戦後の流行でした。学問の世界でも、マスコミも、そして教育もです。今回の大河ドラマも、「偉人なんかいない」運動の一環です。それは、悪平等推進運動でもあり、最終的に自虐史観につながります。「ほめる」べき人は「ほめよ」!「ほめず」に「けなす」者は、心貧しく、おろかであると知れ!君に言っているんだよ!NHK君!
2015.07.09
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本日は、趣味の話をひとつ。なでしこ、残念でした・・・ネットで外人が試合中に書き込んでたらしいんですが、「ミッドウェー海戦みたいだ!」って。うーん、まあ似てるかなあ・・・太平洋の覇者だった日本の第一航空艦隊と、ディフェンディングチャンピオンのなでしこ。名人揃いの帝国海軍航空隊と、バルサ張りのなでしこは似てますかね。しかも、5対2というのは、沈没した艦艇の数と一致。日本 空母4隻 巡洋艦一隻 の計5隻 沈没米 空母1隻 駆逐艦一隻 の計2隻 沈没アメリカの奇襲による大被害なのも似てますね。ミッドウェーも、今回の「なでしこ」も、世界の頂上決戦でしたし、勝利した米国も、敗者である日本に対して尊敬の念を抱いているのも同じです。米太平洋艦隊司令長官の公室には、ミッドウェー海戦の航跡図が掲げてあるとか。さあリバウンドだ!なでしこ!さてしかし、ここに多少の問題が。強者に対する尊敬の念は、確かに米国に存在するのですが、硫黄島の海兵隊の星条旗の像や、このミッドウェー海戦の航跡図が示すように、アメリカの正義と栄光の象徴は、悪の帝国、日本を粉砕したことになっています。片や中共も全く同じ!抗日戦だけが、政権の正当性を示します。うーん、少しイヤーな感じしませんか?栄光も名誉も経済的興隆も、米中双方にかげりが見えた場合に、根底の価値観を共有する米中双方が、ある時、手を組むのではないかと・・・スポーツの問題だけだったらいいんですけどねえ。米中が組んだら、けっこうヤバイっすよ。危惧で終わればいいんですが・・・
2015.07.07
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今日は、「言論の自由」について考えて見ます。今回の「沖縄の新聞懲らしめ事件」ですが、テレビ各社の報道の姿勢を見て、考えを新たにしました。やはり現行の「言論の自由」には、あきらかに制度的欠陥があります。基本的に先ず、新聞テレビなどの報道機関は、沖縄の二紙の報道内容についてはノータッチのようです。どんな内容の報道かは、全く問題とされず、どのような内容であれ、言論の自由は保障されているということです。ただし、この自由は、報道機関のみに行使できます。悪口雑言だろうと罵詈だろうとも、偏向しようが私利私欲に満ちようと、「言論の自由」の名の下には、フリーハンドを与える。こう言われても、「その通りです」という返事しかできないと思われます。これが『欠陥』の第一点です。 (第一点)報道機関の言論については、内容をに関しては完全に自由であり、責任は一切問われない。更に二点目もはっきりしました。 (第二点)言論の自由は、実質的には言論機関だけに行使が可能。第一点でも少し触れましたが、どのような滅茶苦茶な論陣を、言論・報道機関が張ろうとも、その報道機関に反論する手段は、、通常、一切存在しないということです。もちろん、抗議は可能です。裁判による損害賠償も可能でしょう。しかし、流布された言説による影響力は、もう覆せません。たとえば、従軍慰安婦の強制連行という虚構を、朝日新聞は世界に垂れ流しましたが、もうこの「常識」を覆すことは、かなり困難です。捏造報道が朝日紙面に踊っていた際、事実と真実を知っていても、それを発表する場は、どこにもありませんでした。「報道・言論の自由」の美名の下、誤報に反論する手段は、報道機関以外には存在しないのです。これは、かなりの欠陥です。この二つの問題点は、双方とも報道機関側の問題点です。(1)今回、沖縄の報道機関の報道の内容は吟味されませんでした。「何で問題視されたのか」その記事の偏向性は、他の報道機関から不問にされています。そして(2)他の報道機関からの指摘や解説は絶無であり、当事者の沖縄の二紙も、自己反省や自己観照は絶無でした。この欠陥を内在させたまま、現状の「報道・言論の自由」を行使・維持するためには、どうしても必要なことがあります。それは、一つには、報道機関自身による「自己反省」です。過失も過誤も人間社会にはありえます。その際、反省できるのが「人間」です。「自由には責任を伴う」ことは、当たり前で、国家や国民の将来まで、言論は左右します。他者の非難糾弾は自由自在にしながら、自己反省は不能では、まともな言論など不可能です。さらにもう一つは、報道機関自身による「自己観照」です。どのような価値観に基づいて報道しているか。「報道しない自由」を標榜して、自己に都合の悪い情報を無視したり、反対意見を封殺して、自己の価値観に国民を誘導するなど、百害あって一利なしです。自己の持つ権力の大きさ、影響力の大きさを自覚しつつ、公正か、世論誘導をしていないか、厳しく自己を振り返るべきです。上記の二点が、全く機能せず。三権分立の上位概念として、報道機関が暴走しているのが、現代の問題点である「言論の自由の大欠陥」であると思います。特に問題になるのは、その報道機関が寄って立つ「価値観」です。「自由には責任を伴う」その価値観で国民が幸福になるのか。世界は幸福と平和が増進するのか。その反省と観照が不能ならば、その報道機関に存在価値なし。誇りと名誉があるならば、他の報道機関は、沖縄二紙の分析をなし、国民に報道し、必要ならば建言せよ。報道の自由を免罪符として、政治活動するような愚挙は、これを許してはならない。報道機関の諸氏の、猛省を促したい。
2015.07.05
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少し、言いづらいのだが、勢いで言ってしまおう。沖縄は、何か勘違いをしていると思う。もちろん、沖縄のマスコミが、その元凶であるとは思うし、それに、特定の政治的意図や野心を持った人たちが、背後で跋扈しているのも事実だろう。あのなんとも言えない、まったりした空気は、「なんくるないさ~」と言うフレーズと共に、私の肌にピタリと合う。あの別物のような青空と海。美味な島料理と泡盛のロック。山羊の金●と共に、私の心の拠り所だ。それに、おかげさまで、ラジオの番組までやらせてもらっている。それでも敢えて言おう。何を勘違いしてるのかを。それは、「沖縄だけが被害者ではない」ことだ。沖縄だけが酷い被害に会い、沖縄だけが日本本土の犠牲者になった。これは公平に事実だけを見れば、全く正しくはない。もちろん、沖縄が大した被害に合わなかったと、言っているのではない。それに、沖縄県民が悲劇に合わなかった言っているのではない。こんなこと言われれば、沖縄県民が激昂するかもしれないとは知りながら、あえてもう一度言おう。「沖縄だけが被害者ではない」と。沖縄戦での県民の被害者は、約9万名地上戦に巻き込まれた死者としては、本当に、その悲劇には絶句せざるを得ない。しかし、東京大空襲はいかが。3月9日だけで10万名を超える死者が出た。下町では、一家全滅などざらだ。それが、東京は更に数度。横浜、名古屋、大阪・・・・日本中の都市は虐殺されている。沖縄だけではないのだ。それでも、日本国民は沖縄に感謝している。県民の奮戦が、その勇気が、日本本土侵攻を食い止め、日本が独立国家でいられる基を作り上げたからだ。勇者であるが故に、我らは沖縄を特別に思う。悲劇の故ではない。酷い被害者だからではない。どうか勘違いしないでほしい。沖縄は唯一の被害者ではない。一番、気高く勇敢だったのは、我が沖縄県であったのだと。そう誇りを持ってもらいたいのである。
2015.07.04
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ギリシャの姿は、偏見かもしれませんが1ユーロという強い通貨を享受して2強いドイツにオンブしつつ3せっせとお金を借りては浪費する4それで稼ぐのが苦手こんなもんでしょうか。でも、このギリシャの借金が怖いのは、外国からの借金だということなんですよね。「取り立てられる!」ということです。これが今回のギリシャの問題です。これでこじれて、ユーロ離脱したら大変ですよー!ドラクマなんかじゃ、何も買えませんからね。ギリシャは混迷の極致までいくでしょう。さてここで先ほどの1から4まで、沖縄と似てませんか?1「円」が使えるというのは、人類の中でも限られた一部です。 北朝鮮のウォンと違い何でも買えます。これは「日本人」だからです。2日本全国の道府県は、強い「東京」に依存して生きています。東京の経済力にオンブです。3資金の流れは中央政府から各県に。 沖縄は特に「後世特別のご高配を」と、勇者の配当を余計に受けています。4観光産業がメインなのは、ギリシャと同じ。経済的自立はかなり困難。てなもんで、偏見かもしれませんが、かなり似てると思います。ギリシャと沖縄の違いは、独立国と地方自治体であること。独立国では、完全な自己責任。国家破綻もありえます。しかし地方自治体は違います。全国の仲間と一蓮托生。中央政府も尻拭い。甘えてられるんです。だから、県知事の思うとおりに琉球独立なんかしようものなら、それは大変!ユーロ離脱後のギリシャと、沖縄の置かれた条件は全く一致します。いや更に大変だ、という考えも。なぜなら、とんでもない隣人をかかえているからです。「目を血走らせた、飢えたパンダ」襲い掛かってきますよー。群れから離れたシーサーに。拙文に反感を持たれた方がいるならば、どうか反論を。ギリシャと沖縄が違うことを、なにとぞ論駁してください。さすれば、当方も、多少は安心できますので。
2015.07.02
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百田さんと自民党若手の沖縄二紙に対する「宣戦布告」報道は、本当にすごかったですねー安全保障関連法案つぶしと、安部降ろしに必死になっている勢力には、格好の「材料」を提供したことでしょう。まあ、失言を完全に「取り締まる」現今の風潮は、ある意味では言論封殺の「言葉狩り」かもしれません。この「失言」を受けて、左翼やマスコミが舞い上がるくらい喜んでいるのは良く分かります。でも、その真意を報道するのが、国民の知る権利を満たすんだと思うんです。それを掘り下げずに、自分の主義主張だけを声高に述べているだけじゃ、どこぞの他国の手先になっているような気がして、仕方がありません。ここまでは多少「失言犯」の擁護をしましたが、この一連の発言を聞き、私は本当は失望しました。「国会議員に人材はいないのか」、という失望です。沖縄の二紙が「ゆがんだ報道」の「外国の手先」なのは、私も意見が一致します。しかし、それに対するに、圧力と営業妨害ですか?言論で堂々と戦うのが、言葉を武器とする政治家のなすべきことではありませんか?国会で堂々と論陣を張れば良いではありませんか。安全保障関連法案にしても、安部総理以下、小手先で国民をごまかして通過させようとしているように見えて、仕方ありません。なぜ中国の脅威を国民に開陳しないのか?憲法に違反したとしても、国民を守るためには断固として進むと、堂々と主張すればよいのだ。冒頭の沖縄二紙に対しても、左翼ジャーナリズムや似非学者に対しても、論戦を張れる国会議員が必要なのだ。それが一般市民ならいざ知らず、「圧力」と「営業妨害」とは・・・その発想だけでも、議員の資格そのものを疑う。堂々と戦え言論にて戦え国会での論陣こそ、国会議員の戦いの場である諸君の見識をこそ問おう
2015.07.01
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