全3件 (3件中 1-3件目)
1

1月24日タイから、無事に帰国しています。報告が遅くなりごめんなさい。朝5時に起きてラウンド、気温の上がる昼には終わり、ホテルに戻りプールデッキで昼寝したり読書。夕方には起きて、買い物や食事にぶらりと出かけ、夜9時には寝てしまう毎日で。持って行った司馬遼太郎の文庫本「坂の上の雲」全8巻をちょうど良く、ゆっくりと読み終わってきました。ゴルフと昼寝、読書をひたすら楽しむ、とても贅沢な時間を過ごしてきました。毎日、癒しの時間を過ごした場所です。レンタカーを借りている友人がいて、途中で2泊程度、遠くの島に行く計画に誘われていました。ですが、現地で時間調整をしてみると、少しハードなので、私と主人は遠慮し、結果的に連日ラウンド(12回)になりました。1月とはいえ、タイは旭川の真夏並みかそれより暑いです。カート付きで朝早い為に、暑さも感じず疲れもなく、とても楽です。タイのゴルフは、ゴルファー1人にキャディが1人付くのが当たり前ですが、歩かずに、カートも追加しています。(ゴルフ場によって違いますが、支払ったゴルフ代は5000円前後が多く、その半分近くはカート代です)2人乗りカートを2人で使用する事が多く、2人のキャデイさん達は、カート後方に立ち乗りします。1人1台の場合、スタート前のカートの列は長々と続き、圧巻です。サイアムカントリーのキャディさんとカートの列です。2010年、ホンダPTT・LPGAタイランドで、最終日に宮里藍ちゃんが6打差3位から逆転し、優勝したコースです。もうすぐ2月16日から、2012年の大会が行われると云う事で、藍ちゃんの笑顔の写真も貼られていました。名門コースと云う事で、他よりは若干高いゴルフ代のようです。(普通は200バーツ(約500円)のキャディチップですが、ここだけ300バーツにして下さいとの事でした)寝てばかりいたわけじゃなく、たまには出かけましたよ。タイの有名な歴史ショーをやっている地域に行ってきました。(ニューハーフショーではありません)タイ舞踊は何度か見たことがあるけど、この舞台は、上海雑技団を見た時より驚きました。レーザー光線や花火、水や炎が見事でしたが、何といっても驚いたのは、戦いの場面で、2匹のゾウたちが、走ったりひざまずいたり、牙を突き合わせるなど、踊り手を乗せたまま演技する事でした。もし、倒れている大勢の踊り子たちを、誤って踏んでしまったら・・?牙がそれて、相手の象や演技者を引っかけてしまったら・・?舞台の凄さに感動しましたが、あまりに良く訓練されている象たちに、逆に、なんだか悲しい気持ちも覚えました。私のゴルフはというと、20個以上持って行ったボールは全部池に消え、最終日はロストボールを買うハメに。1日平均2個以上なくしている計算です(苦笑)そんなで100叩きが多く、スコアはひどかったです。でも、ラウンドしている事が、ただただ楽しく、仲間に気前よく罰金を払い続けました(笑)そして、ハチャメチャな英語やタイ語でキャディさんと冗談を言い合ったり、なじみのフードコートのおばちゃんたちと会話が通じるのが面白く、とても楽しみました。そんな風に、のんきで優雅な日を過ごして帰国したのですが・・・帰国数日前から、自宅では、タケちゃんが原因不明の高熱で、娘が苦戦していたそうです。ちょうど病名がはっきりし、他の子に伝染するといけないので、保育園をしばらく休むようになったところでした。(ヘルペス性歯肉口内炎)職場を長く休めない娘に代わり、私が面倒を見ています。タケちゃんは、機嫌もよく食事もよく食べて、元気になってきましたが、27日(金)に再診察に連れて行きました。口内炎が完全に治っていないので、寝起きや食事を共にする保育園はもうしばらく休む事になるかも。来週、月曜もう一度診察です。しばらくお友達とは遊べないけど、おうちで「ばぁば」と、仲良く楽しく遊んでいます。おかげで私、アンパンマンやバイキンマンのキャラ絵を描くのが、とても上手になりましたよ。先日描いたテンドンマンの絵を、オットさんに写メで送ったら、絶賛されちゃいました~(o^-^o) ウフッアップしようとして、楽天フォトがもうクローズになったかと勘違い、他サイトから、写真を載せるのにちょい手間取りました。よく見たら1月31日からって書いてあるし・・(苦笑)旅行記とも言えず、遅れた帰国報告になっちゃいまして。すみません~~。ペコリ(o_ _)o))
2012.01.28
コメント(14)
旅行の日程が迫ってきました。1月11日~24日、タイへ行ってきます。以前、同じ時期に同じように2週間旅行の時は、厳寒期に家を空ける事が心配でした。屋外が氷点下20度近くなることもある真冬の時期は、長く暖房を止める事は、ボイラーや水道の凍結などのトラブルが起きます。今回は、娘と孫たちがいるので、その心配はないけど、別な心配が色々と。調子が良くなかった、居間のFF温風ストーブを買い換えました。私たちがいない間に故障したら、対応が大変でしょう。実は、地下室のストーブや、家の床暖房のボイラーの方がずっと古くて、そちらの方も心配(1階の床暖房とトイレや2階の暖房も止まる)とりあえず、居間の新しいストーブは、床暖房が切れても、1階部分を温める力はあります旅行に行っている間に、家の重要な家電が故障しませんように・・・。娘や孫が、体調を崩したり怪我をしませんように。留守宅の娘が、困り果てるような事が、どうぞ起きないで、と祈っています。でもそれは年寄りのいらぬ心配だと、娘・息子に一喝されますね。多分、私たち老夫婦の旅行の方が、もっと心配されているでしょう。最近、買い物に行くにも「道路が滑るから運転気を付けて」とか、「鼻声だよ、体調どうなの?」と、毎日とても、娘が口うるさいです(苦笑)私、母が86歳で急逝するまで、こんなに母を心配してあげていただろうか・・・。うっかりものの私は、若いころから良く物忘れするので有名でしたが、最近は物忘れした事を忘れる?67歳で、ボケ進行中?(ヤバイです)とにかくメモやファイルに書き出し、持つ事で、気を付けています。娘・息子は、口に出して言わないけど・・・。この辺もきっと心配させているはず。なので、旅行保険がついたクレジットカードがあったので、今まで入らない事が多かった海外旅行保険。今回は、最初からきちんと旅行災害保険に、2人共入りました。でも、使う事なく帰宅するつもりです。 年越しとお正月を家族そろって過ごすために、郡山の自宅に帰った娘と孫たちは、無事戻り、元気に過ごしています。大きくなったマオちゃんとタケちゃんを、オットさんの実家のご両親に、会わせる事もできました。原発事故の後、取るものもとりあえず避難してきて、もう10か月経ちました。マオちゃんの幼稚園は、休園扱いになっているのですが、果たして戻ることができるのか・・・。今回、娘の友人が、放射線量計を持って訪れてくれたのだそうです。一緒に計測して、娘はとてもがっかりしたそうです。床の上で、0.2マイクロシーベルト/Hあったそうです。家の中でずっと暮らすと、年間外部被ばく量は、2ミリシーベルト/年です。それだけでも、幼児や子供にとっては、危険かそうじゃないかの境界線。もし、食べ物や水道水からの内部被ばくがあるかもしれないと考えると、子供たちがずっと暮らすのは、全然大丈夫じゃない。家の中がこうでは、まして、外のあちこちで、もっと高いところがありそうです。放射線量を測ってくれた友人は、やはり小さな子がいるそうです。ご主人だけが残り、避難先から時々帰る彼女の家は、2階建ての1階部分に住んでいますが、1階の庭に近い床が線量が高いだろうと思ったら、逆に、線量計を上に上げるに従って、数値が高くなったことの事。多分、屋根や雨どいが原因だろうとの事です。以前、それを聞いていた娘は、自分のところは大丈夫かもしれないと望みを持っていました。なぜなら、鉄筋コンクリートのマンションの4階、地上から遠く、屋上までは何階もあります。地上からも、屋根からも遠いので、大きな数値は出ないだろうと。でも、測定結果は、お友達の家とは逆でした。数値は、床の絨毯の上が1番高く、計器を上に上げると、低くなっていったそうです。3月に娘と孫が出て以来、マンションにはオットさん1人が住んでいます。オットさんは綺麗好きで、お掃除もきちんとします。日中は、出入りもない部屋でした。そんな部屋でも、やっぱり数値が出ている。何百万もする線量計ではないから、測定値は信用できないかもしれません。でも、同じ場所で、床の上と、その上部で、明らかに数値が違って、出ているそうです。1日数回しか外部から出入りがない部屋なのに、絨毯を替えるだけで済まないよね。幼い子供たちが戻って、家族そろって暮らせる日は、いつ来るのでしょう。少なからず私たちは、放射能と向き合って生活して行く事になると思います。過去の核実験やチェルノブイリの原発事故で、大気圏に放射性物質が放出されています。現実には、チェルノブイリで、高濃度の汚染地域に生きる野生動物もいます。人間の体がどれくらい対応できるか未知数ですが。福島の事故以来、調査されている子供たちのデータが、その目安になるような事はないかしら。あと数年たてば、「ただちに健康に害はない」けど、「後で健康を害する」で、あったなんて事になりそう。心配が杞憂(きゆう)に終わる事を願います。この生活がいつまでになるか分かりませんが、今は、とにかく、孫たちが健やかに育ってほしい。北海道の自然を、生き生きと楽しんでほしい。娘とオットさんには、二人で心通わせ、焦らず前向きに、頑張ってほしいと思っています。というわけで、今年も色々ありそうな年ですが、私たちも、まず自分たちの健康も気を付けながら、あまり気張らずにゆるゆると頑張っていこうと思います。今日は、保育園の餅つき大会に行ってきました。勤務の娘に代わって、私が参観。冬休みの卒園児たち遊びに来ていて、手伝っていました。これが頼もしかったです。卒園児といっても、中学生と高校生の男の子で、お父さん達の代わりとなって、力強くお餅をついていました。私は「あいどり」(キネを振り下ろす合間に合間に、お餅を手返しする事)をして手伝いました。とても忙しくて、写真を撮る暇がありませんでした)(笑)タケちゃんが少し風邪気味なので、昼食後に早引けさせて連れ帰りました。明日、私は出発ですが、こういう時の事を考えると、やはり少々心配です。では、皆様 しばらくは(*^o^*)/~ バイ (*^-^*)/~バイ (*^▽^*)/~ マタネッ♪
2012.01.10
コメント(12)

あっという間に、新年が明けました(笑) 郡山に単身で残っているパパと一緒に年越しをしたいと、タケちゃんマオちゃんたちが福島に行っています。 30日早朝から、千歳空港まで送って行き、午後帰宅したら、すっかり気が抜けて・・?? その日は、オセチを作る気力もなく、ぼ~~っとしてました(笑) 31日も、家事は手抜きと決めて、主人とゴルフ練習場へ。 冬になって閑散としていた練習場が、珍しい事に1階打席は満席に近く混んでいて、私たちは2階へ。 ところが、こんなに賑わっているのに、男性ばかりで、女性は1人もいませんでした。 普段の練習場は、年配の女性もかなりいるのですが、みなさん主婦だったのね(笑) 私も、大みそかに練習に行くなど、ゴルフを始めて以来、初めの事でした。 大みそかの年越しと、元旦のお雑煮は、いつもと同じにお隣の息子家族と過ごしました。 私は、手抜きオードブルでしたが、M子ちゃん手作りのお料理の差し入れが、とても美味しかった。 そして、私と主人のために、アオちゃんが焼いた目玉焼きのプレゼントがありました。 卵を焼く事より難しかったのは、黄身を崩さずに、フライパンからお皿に移すことだったそうです。 お皿に取ろうとして、うっかり黄身を破いちゃったのを自分が食べる事って、私もよくやったな~(笑) アオちゃんは何度か練習したそうですが、綺麗に3つ連なって焼いてあり、小学2年生にはかなり難しかったと思います。 そういえば、目玉焼きはずっと食べていなかったの。 卵アレルギーの子供がいると、卵を使った料理は、大人も自然に減っていました。 久しぶりの目玉焼き、ふっくらと半熟に焼けていて、美味しかったです(*^-^)ニコ 大みそかのお料理も、M子ちゃんのお蔭で賑やかでしたが、元旦の食卓です。 こちらのお雑煮は、昆布とかつおだし、薄いお醤油仕立てで、具は、人参、ごぼう、筍、三つ葉、鳴門巻き、鶏肉、焼き海苔(又は青海苔)などが多いです。 お餅は、角餅になります。 日本全国各地、地方によってお雑煮の作り方が違いますよね。 北海道は、明治時代に開拓者として本州各地から入植した人たちの子孫ですから、同じ北海道でも先祖の出身地による違いがあると思います。 私が小さいころ、開拓者であったひいおばあさんの家では味噌仕立て丸もちでしたが、その娘であるおばあさんの家では、旦那さんの出身地のせいか、しょうゆ味角餅でした。 自分の父親の味を受け継いだ母が私に伝えたのが、今、我が家で作るお雑煮の基本になってます。 最近は、白いお餅は、角餅ばかりで丸いおもちをみかけません。 お雑煮に、丸餅を使ううちは、いなくなったのかな? もしかして、それって旭川だけなのかもしれません。 明日には、にゃおとマオちゃんタケちゃんを迎えに千歳空港に行ってきます。 タケちゃん、長い旅行で疲れていないかな。 久しぶりの我が家に興奮してテンションが上がりっぱなしだったらしいマオちゃん。 懐かしい家や、大好きなパパと別れる悲しみに耐えられるかな。 やりたい事、やらなくちゃいけない事が一杯なのに、限られた時間が厳しかったでしょう。 気苦労もあるでしょうし、精神的にも体力的にも、娘はキツかったでしょうね。 そんなことを思いながら、日記を入れています。 昨年は、大災害がありました。 政府や東電の対応はひどいものでしたが、一般の人たち誰もの心の温かさ、思いやりを心強く感じる1年でした。 そして、 復興と再生への願いや思いの強さを、テレビの番組を見ていても、いつも強く感じます。 阪神淡路大震災の時のように、いつか復興を遂げたいという住民と、それを応援する人たちの声も力強いです。 災害で失った命や大切な思い出の品は、辛いけど戻りません。 でも、住まいや仕事などの環境は、支援で助けていくことができます。 ただし、今回の原発事故だけは、復興がとても難しいでしょう。 原発暴走のメルトダウンが起きている時でさえ「なんでもない」と、情報をひた隠しにした政府。 その後、隠しきれない情報が次々出てきましたが、まだ情報は制御されていると思います。 放射能マップでググると、民間の測定資料や、文科省公式のサイトも出てますが、地図を見ると福島県にとどまらず、東京の一部も、それ以外の県も入っています。 山林も農地も、広い範囲で放射能汚染されてしまいました。 報道はされていないけど、今もこれからも漏れ出る可能性はあります。 一般的には、自然界において、よう素は半減期が8日、セシウム137は30年と言われています。 これまでに、セシウムが検出された地区は、今も土中にあると思います。 学校のグラウンドなどは、表土をはがして除染していますが、そのはがした膨大な汚染土の行き場はどこへ? グラウンドの土ははがしても、舗装されていない通学路脇の草むらや、公園の芝生や木製の遊具は数値が高いままです。 汚染マップの広大な山林や、田畑全部の表土をはがす事は不可能に近く、そのままになるでしょう。 これからも、野山に降る雨は、放射能を含んで川へ、そして地下水脈へと浸透していきます。 千葉でも、住民の測定で偶然見つかったホットスポットがあり、屋根や側溝にたまった高放射能を洗い流して除染していましたが、その洗い流した水の行き場はどこでしょう。 除染活動をしなくても、汚染地域の下水処理場や、川が流れ込む海の周辺は、濃縮されてひどいことになっているはずです。 下水道の汚泥処理はどうしているの? そんな事を考えると、他の災害のような復興の感覚では無理だと、正直思えます。 放射能を含んだ土やがれきを、どの自治体が引き受けて、わざわざ被爆したいでしょうか。 保管できる場所の確保も難しい状態で、「消えない放射能物質」を、どこに移動すると。 20011年、東北大震災の災害は終わり、苦しいけど、復興へ向かって少しずつ歩み始めました。 でも、その中のフクシマだけは、2011年は、災害のほんの始まり(序章)だと思っています。 災害は続いていて、これからも続き、その対策は、かってないほど難しい。 チェルノブイリとの比較、日本政府の対応。 住民に配布された被ばく線量積算計や、行動記録調査、これから集まるデーター。 それって、世界中の国が、今後のために注目している事でしょうね。 国には、日本の未来のために、場当たり的な対策や、補償費のばらまきじゃない、根本的な対策を立ててほしいと願っています。 私たちの今年の抱負は、苦しみに負けない強い心と身体を持つことです。 今、家族が離れていても健康で無事であることに感謝します。 温かい思いやりと、強い絆で家族一緒に頑張ろうと思います。 年寄の私たちは、まず自分たちの健康に注意して、息子夫婦・娘夫婦に心配をかけないようにしないとね~(*´∇`*) ブログは飛び飛びになるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。 皆様にも、どうぞ今年が素敵な年になりますように~~♪
2012.01.01
コメント(22)
全3件 (3件中 1-3件目)
1