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御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください。」と言いなさい。(黙22:17) 御国が来ますように。(マタ6:10) あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。(マタ24:44) 「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。」と万軍の主は仰せられる。(ゼカ4:6) この王たちの時代に、天の神は一つの国を起こされます。その国は永遠に滅ぼされることがなく、その国は他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅してしまいます。しかし、この国は永遠に立ち続けます。一つの石が人手によらずに切り出されました。(ダニ2:44,34) 神の国は、人の目で認められるようにして来るものではありません。「そら、ここにある。」とか、「あそこにある。」とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。(ルカ17:20,21) あなたがたには、神の国の奥義が知らされているのです。(マル4:11) 神の国は、人が地に種を蒔くようなもので、夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して育ちます。どのようにしてか、人は知りません。実が熟すると、人はすぐにかまを入れます。収穫の時が来たからです。(マル4:26,27,29)
2009年03月31日
あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。(詩119:105) あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。(エペ5:8) 光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。(2コリ6:14) 人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。(ヨハ3:19) あなたがたはみな、光の子ども、昼の子どもだからです。私たちは、夜や暗やみの者ではありません。(1テサ5:5) やみが彼の目を見えなくしたからです。(1ヨハ2:11) 地の暗い所には暴虐が横行していますから。(詩74:20) 愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。(1ヨハ4:7,8) 悪者の道は暗やみのようだ。彼らは何につまずくかを知らない。義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴4:19,18) わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれもやみの中にとどまることのないためです。(ヨハ12:46)
2009年03月31日
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。(詩23:1)私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。(ロマ8:32) 私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神。(1テモ6:17) 神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。(2コリ9:8) 私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。(ピリ4:19) だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。(マタ6:33) すべては、あなたがたのものです。パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。そして、あなたがたはキリストのものであり、キリストは神のものです。(1コリ3:21-23) 何も持たないようでも、すべてのものを持っています。(2コリ6:10) 神なる主は太陽です。盾です。主は恵みと栄光を授け、正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。(詩84:11)
2009年03月30日
もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。(ヘブ10:37) 愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテ3:8,9) ああ、あなたが天を裂いて降りて来られる!・・・・神を待ち望む者のために、このようにしてくださる神は、あなた以外にとこしえから聞いたこともなく、耳にしたこともなく、目で見たこともありません。(イザ64:1,4) 幻を書きしるせ。これを読む者が急使として走るために、板の上にはっきり書きしるせ。この幻は、なお、定めの時のためである。それは終わりについて告げ、まやかしを言ってはいない。もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。(ハバ2:2,3) 主よ。あなたは、あわれみ深く、情け深い神。怒るのにおそく、恵みとまことに富んでおられます。(詩86:15)
2009年03月30日
すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。(ヤコ1:17) 主よ。いつまでですか。あなたは私を永久にお忘れになるのですか。いつまで御顔を私からお隠しになるのですか。(詩13:1) カナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。」しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。(マタ15:22,23) 信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのです。(1ペテ1:7) あなたはわたしに忘れられることがない。わたしは、あなたのそむきの罪を雲のように、あなたの罪をかすみのようにぬぐい去った。(イザ44:21,22) シオンは言った。「主は私を見捨てた。主は私を忘れた。」と。「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」(イザ49:14,15) イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。(ヨハ11:5,6)
2009年03月30日
私のたましいが脂肪と髄に満ち足りるかのように、私のくちびるは喜びにあふれて賛美します。ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけて私はあなたを思います。(詩63:5,6) 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。(詩1:1,2) 私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。(詩19:14) この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。(ヨシ1:8) イサクは夕暮れ近く、野に瞑想に出かけた。(創24:63) あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。(詩8:3,4) 主のみわざは偉大で、みわざを喜ぶすべての人々に尋ね求められる。(詩111:2)
2009年03月30日
最後まで耐え忍ぶ者は救われます。(マタ24:13) 堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。(1コリ15:58) あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのです。(1コリ15:58) あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい。キリストの中に根ざし、また建てられ、また、教えられたとおり信仰を堅くし、あふれるばかり感謝しなさい。(コロ2:6,7) 良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。(ルカ8:15) あなたがたは、信仰に堅く立っているのです。(2コリ1:24) わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行なわなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。(ヨハ9:4) 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行ないましょう。(ガラ6:8-10)
2009年03月29日
私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。(2コリ4:18) あなたがたは、しぼむことのない栄光の冠を受けるのです。(1ペテ5:4) 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。(2テモ4:8) 富はいつまでも続くものではなく、王冠も代々に続かない。(箴27:24) まことに、人は幻のように歩き回り、まことに、彼らはむなしく立ち騒ぎます。人は、積みたくわえるが、だれがそれを集めるのかを知りません。(詩39:6) あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。(コロ3:2) 自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。・・・・あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。(マタ6:19-21) 彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。(1コリ9:25) 義を蒔く者は確かな賃金を得る。(箴11:18)
2009年03月29日
小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:32) 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。(黙21:7) あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださるのです。(ピリ1:6) さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。(マタ25:34) 神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富む者とし、神を愛する者に約束されている御国を相続する者とされたではありませんか。(ヤコ2:5) 私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。(ロマ8:17) あなたがたがわたしを愛したので、父ご自身があなたがたを愛しておられるのです。(ヨハ16:27) 神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。(ヘブ11:16) 義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。(2テモ4:8)
2009年03月29日
愛する者たち。私たちはこのような約束を与えられているのですから、いっさいの霊肉の汚れから自分をきよめ、神を恐れかしこんで聖きを全うしようではありませんか。(2コリ7:1) 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。(ヨハ1:16) これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。(マタ17:5) 私たちが神の子どもと呼ばれるために、・・・・御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。(1ヨハ3:1) 神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。(ヘブ1:2) もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。(ロマ8:17) わたしと父とは一つです。・・・・父がわたしにおられ、わたしが父にいるのです。(ヨハ10:30,38) わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神。(ヨハ20:17) わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。(ヨハ17:23) 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。(エペ1:23)
2009年03月28日
眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。(1テサ4:13,14) わたしたちの友は眠っています。(ヨハ11:11) もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。(1コリ15:16-18,20) 民がすべてヨルダン川を渡り終わったとき、主はヨシュアに告げて仰せられた。・・・・「ヨルダン川の真中で、祭司たちの足が堅く立ったその所から十二の石を取ら。・・・・これらの石は永久にイスラエル人の記念なのだ。」(ヨシ4:1,3,7) 神はこのイエスを・・・・現われさせてくださいました。・・・・前もって選ばれた証人である私たちにです。私たちは、イエスが死者の中からよみがえられて後、ごいっしょに食事をしました。(使10:41,42)
2009年03月28日
私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。(ロマ8:37) 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。(イザ40:29-31) 立ち上がって、行ないなさい。主があなたとともにおられるように。(1歴22:16) ただ強く、雄々しくあってください。(ヨシ1:18) 主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。(詩27:1) この身とこの心とは尽き果てましょう。しかし神はとこしえに私の心の岩、私の分の土地です。(詩73:26) 神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ロマ8:31) 主は私の味方。私は恐れない。人は、私に何ができよう。(詩118:6) あなたによって私たちは、敵を押し返し、御名によって私たちに立ち向かう者どもを踏みつけましょう。(詩44:5)
2009年03月28日
主よ。偉大さと力と栄えと栄光と尊厳とはあなたのものです。天にあるもの地にあるものはみなそうです。主よ。王国もあなたのものです。あなたはすべてのものの上に、かしらとしてあがむべき方です。今、私たちの神、私たちはあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名をほめたたえます。まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んでささげる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたにささげたにすぎません。(1歴29:11,13,14) 私たちにではなく、主よ、私たちにではなく、・・・・栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください。(詩115:1) (主の)王国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。(マタ6:13) 主は、王であられ、みいつをまとっておられます。主はまとっておられます。力を身に帯びておられます。 (詩93:1,2) 主は・・・・力強い。(ナホ1:3) 神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ロマ8:31) 私たちの仕える神は、・・・・私たちを救い出すことができます。(ダニ3:17) わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。(ヨハ10:29) あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるのです。(1ヨハ4:4)
2009年03月27日
私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているのです。(2テモ1:12) あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。(1テサ5:24) 神の約束はことごとく、この方において「しかり。」となりました。それで私たちは、この方によって「アーメン。」と言い、神に栄光を帰するのです。(2コリ1:20) 神は真実な方です。(1コリ10:13) 神は人間ではなく、偽りを言うことがない。人の子ではなく、悔いることがない。神は言われたことを、なさらないだろうか。約束されたことを成し遂げられないだろうか。(民23:19) 主は誓ってこう言われ、みこころを変えられることはない。(ヘブ7:21) 神は約束の相続者たちに、ご計画の変わらないことをさらにはっきり示そうと思い、誓いをもって保証されたのです。それは、変えることのできない二つの事がらによって、──神は、これらの事がらのゆえに、偽ることができません。前に置かれている望みを捕えるためにのがれて来た私たちが、力強い励ましを受けるためです。(ヘブ6:17,18) 神のみこころに従ってなお苦しみに会っている人々は、善を行なうにあたって、真実であられる創造者に自分のたましいをお任せしなさい。(1ペテ4:19)
2009年03月27日
わたしは、すぐに来る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。(黙3:11) 私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。(2コリ5:10) 義を蒔く者は確かな賃金を得る。(箴11:18) よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算をした。すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。「ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。」その主人は彼に言った。「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」(マタ25:19-21) 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。(2テモ4:7,8)
2009年03月27日
見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。(黙1:7) 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(1テサ4:16,17) すべての人を救う神の恵みが現われ、私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望むようにと教えさとしたのです。(テト2:11-13) キリストの来臨の約束はどこにあるのか。(2ペテ3:4) アダムから七代目のエノクも、彼らについて預言してこう言っています。「見よ。主は千万の聖徒を引き連れて来られる。すべての者にさばきを行なうためである。」(ユダ14:15)
2009年03月26日
さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。(マタ25:34-36,40) 善を行なうことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。(ヘブ13:16) 聖徒の入用に協力しなさい。(ロマ12:13) ダビデが言った。「サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのために、その者に恵みを施したい。」(2サム9:1) わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません。(マタ10:42) 神は正しい方であって、あなたがたの行ないを忘れず、あなたがたがこれまで聖徒たちに仕え、また今も仕えて神の御名のために示したあの愛をお忘れにならないのです。(ヘブ6:10)
2009年03月26日
管理者には、忠実であることが要求されます。(1コリ4:2) 多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求されます。(ルカ12:48) このような務めにふさわしい者は、いったいだれでしょう。(2コリ2:16) 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。(ピリ4:13) 天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。彼は、おのおのその能力に応じて、・・・渡し、それから旅に出かけた。(マタ25:14,15) あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷です。(ロマ6:16) 同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。みなの益となるために、おのおのに御霊の現われが与えられているのです。(1コリ12:11,7) それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。(1ペテ4:10)
2009年03月26日
あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。(マタ21:22) あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。(ヤコ1:5,6) 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴3:5,6) あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。(ヨハ16:23,24)知恵はどこから見つけ出されるのか。(ヨブ28:12) 神・・・・知恵に満ちた唯一のお方。アーメン。(1テモ1:17私訳) 自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。(箴3:7) 「ああ、神、主よ。ご覧のとおり、私はまだ若くて、どう語っていいかわかりません。」すると、主は私に仰せられた。「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。」──主の御告げ。(エレ1:6-8)
2009年03月25日
主よ。お知らせください。私の終わり、私の齢が、どれだけなのか。私が、どんなに、はかないかを知ることができるように。(詩39:4) 私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。(詩90:12) ある者は元気盛りの時に、全く平穏のうちに死ぬだろう。ある者は苦悩のうちに死に、何の幸いも味わうことがない。彼らは共にちりに伏し、うじが彼らをおおう。(ヨブ21:23,25,26) ちりはもとあった地に帰る。(伝12:7) 朽ちるもので蒔かれ、・・・・卑しいもので蒔かれ、・・・・弱いもので蒔かれ、・・・・血肉のからだで蒔かれるのです。(1コリ15:42-44) 第一の人は地から出て、土で造られた者です。(1コリ15:47) あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。(創3:19) 私の身もまた安らかに住まおう。(詩16:9) 私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。(ヨブ19:26) キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。(ピリ3:21)
2009年03月25日
先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。(ルカ5:5) わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。(イザ55:11) たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。(1コリ3:7) わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授けなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタ28:18-20) 天の御国は、海におろしてあらゆる種類の魚を集める地引き網のようなものです。(マタ13:47) 私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。(1コリ9:16,22) 善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。(ガラ6:9)
2009年03月25日
わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。(ヨハ14:18) 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。(創28:15) わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。(ヘブ13:5) 見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタ28:20) わたしは、・・・・生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。(黙1:17,18) 私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブ13:6) 強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身が、あなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。(申31:6) デマスは今の世を愛し、私を捨てました。私の最初の弁明の際には、私を支持する者はだれもなく、みな私を見捨ててしまいました。どうか、彼らがそのためにさばかれることのありませんように。しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。(2テモ4:10,16,17) 私の父、私の母が、私を見捨てるときは、主が私を取り上げてくださる。(詩27:10)
2009年03月25日
苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。(詩119:71) あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。あなたの神、主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。(申8:2,5,6) キリストは御子であられるのに、お受けになった多くの苦しみによって従順を学ばれたのです。(ヘブ5:8) キリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしている・・・・。今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。(ロマ8:17,18) 神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように、出て来る。私の足は神の歩みにつき従い、神の道を守って、それなかった。(ヨブ23:10,11)
2009年03月24日
小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:32) (キリストは)敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。(ヘブ10:13) この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。(黙11:15) ご自身の御国と栄光とに召してくださる神。(1テサ2:12) わたしの国はこの世のものではありません。もしこの世のものであったなら、わたしのしもべたちが、・・・・戦ったことでしょう。しかし、事実、わたしの国はこの世のものではありません。(ヨハ18:36) 私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。(黙5:10) 私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。・・・・彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。(黙20:4) そのとき、正しい者たちは、天の父の御国で太陽のように輝きます。(マタ13:43) わたしの父がわたしに王権を与えてくださったように、わたしもあなたがたに王権を与えます。それであなたがたは、わたしの国でわたしの食卓に着いて食事をし、王座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくのです。(ルカ22:29,30) 御国が来ますように。(マタ6:10)
2009年03月24日
約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。(ヘブ10:23) 私たちの神は、天におられ、その望むところをことごとく行なわれる。(詩115:3) 神にとって不可能なことは一つもありません。主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。(ルカ1:37,45) 彼(アブラハム)は主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。(創15:6) 彼(アブラハム)は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。しかし、「彼の義とみなされた。」と書いてあるのは、ただ彼のためだけでなく、また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。(ロマ4:20-24) 世界の相続人となるという約束が、アブラハムに、あるいはまた、その子孫に与えられたのは、律法によってではなく、信仰の義によったからです。(ロマ4:13) 義人は信仰によって生きる。(ロマ1:17)
2009年03月24日
(マリヤは)主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。・・・・「どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」(ルカ10:39,42) 主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。(ミカ6:8) 主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。(1サム15:22) 「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして主を愛し、また隣人をあなた自身のように愛する。」ことは、どんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれています。(マル12:33) 神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。(ピリ2:13) 正義と公義を行なうことは、いけにえにまさって主に喜ばれる。(箴21:3) あなたはあなたの神に立ち返り、誠実と公義とを守り、絶えずあなたの神を待ち望め。(ホセ12:6)
2009年03月23日
私の愛している人。どうか教えてください。どこで羊を飼い、昼の間は、どこでそれを休ませるのですか。あなたの仲間の群れのかたわらで、私はなぜ、顔おおいをつけた女のようにしていなければならないのでしょう。(雅1:7) 私の愛している人を私は見つけました。この方をしっかりつかまえて、放さず、・・・・(雅3:4) 私の愛する方が庭にはいり、その最上の実を食べることができるように。(雅4:16) 私は、私の庭にはいる。(雅5:1) わたしは・・・・ヤコブの子らに「むなしくわたしを尋ね求めよ。」とも言わなかった。(イザ45:19) 見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタ28:20) わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。(ヘブ13:5) 「いっしょにお泊まりください。」と言って無理に願った。(ルカ24:29) 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。(黙3:20) ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるのです。(マタ18:20) 世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。(ヨハ14:19)
2009年03月23日
「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。・・・・わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した。(出3:5,6) あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい。それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。」と書いてあるからです。(ペテ1:15,16) 聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者。(黙4:8) あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。(詩22:3) 「わたしを、だれになぞらえ、だれと比べようとするのか。」と聖なる方は仰せられる。(イザ40:25) わたしが、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者、あなたの救い主である。わたし、このわたしが、主であって、わたしのほかに救い主はいない。(イザ43:3,11) あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。(1コリ6:19) 私たちは生ける神の宮なのです。神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。」(2コリ6:16) ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。(アモ3:3)
2009年03月23日
あなたの嘆き悲しむ日が終わる。(イザ60:20) あなたがたは、世にあっては患難があります。(ヨハ16:33) この幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。(2コリ5:4) 私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。(ロマ8:22,23) 彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。(黙7:14-17)
2009年03月22日
主があなたといっしょにおられる。・・・・あなたのその力で行きなさい。(士6:12,14) 主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブ13:5,6) 主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように、私は彼らを追い払うことができましょう。(ヨシ14:12) 神なる主よ。私は、あなたの大能のわざを携えて行き、あなたの義を、ただあなただけを心に留めましょう。(詩71:16) 義は平和をつくり出し、義はとこしえの平穏と信頼をもたらす。(イザ32:17) しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着けなさい。(エペ6:14) 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。(エペ6:12,13)
2009年03月22日
思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。(ガラ6:7) ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと(主がソドムとゴモラを滅ぼされる以前であったので)その地はツォアルのほうに至るまで、主の園のように、どこもよく潤っていた。それで、ロトはそのヨルダンの低地全体を選び取った。(創13:10,11) 義人ロト・・・・義人。(2ペテ2:7,8) ロトの妻を思い出しなさい。(ルカ17:32) 不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません。正義と不法とに、どんなつながりがあるでしょう。光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ。(2コリ6:14,17) 彼らの仲間になってはいけません。あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。そのためには、主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。実を結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。(エペ5:7,8,10,11)
2009年03月22日
愛をもって互いに仕えなさい。(ガラ5:13) 兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。(ロマ12:10)だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。(ロマ13:8) みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。(1ペテ5:5) 私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい。(ヤコ5:19,20) 兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。(ガラ6:1,2) あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。(1ペテ1:22) 私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。(ロマ15:1)
2009年03月21日
私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。(ヘブ13:15) わが神、主よ。私は心を尽くしてあなたに感謝し、とこしえまでも、あなたの御名をあがめましょう。それは、あなたの恵みが私に対して大きく、あなたが私のたましいを、よみの深みから救い出してくださったからです。(詩86:12,13) 神への賛美を栄光に輝かせよ。(詩66:2) 私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。(詩69:30) わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。(イザ43:21) わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしにそむいたすべての咎を赦す。この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。(エレ33:8,9) 主よ。神々のうち、だれかあなたのような方があるでしょうか。だれがあなたのように、聖であって力強く、たたえられつつ恐れられ、奇しいわざを行なうことができましょうか。(出15:11) 彼らは、神のしもべモーセの歌と小羊の歌とを歌って言った。「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。」(黙15:3)
2009年03月21日
私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。(2コリ1:3,4) 神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。(ヘブ2:17,18)主の恵みは、永久に絶たれたのだろうか。(詩77:8) その恵みはとこしえまで。(詩136:23) 主は怒るのにおそく、恵み豊かである。(民14:18) あなたは、咎を赦し、・・・・怒りをいつまでも持ち続けず、いつくしみを喜ばれるからです。もう一度、私たちをあわれみ、私たちの咎を踏みつけて、すべての罪を海の深みに投げ入れてください。(ミカ7:18,19) 神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、・・・・私たちを救ってくださいました。(テト3:5,6)
2009年03月21日
身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。(1ペテ5:8) 目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。(黙3:2) 万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。(1ペテ4:7) あなたは、ひたすら慎み、用心深くありなさい。あなたが自分の目で見たことを忘れず、一生の間、それらがあなたの心から離れることのないようにしなさい。(申4:9) 「わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。(ヘブ10:38,39) わたしがあなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです。目をさましていなさい。(マル13:37)
2009年03月21日
私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください。(詩90:12) 主よ。お知らせください。私の終わり、私の齢が、どれだけなのか。私が、どんなに、はかないかを知ることができるように。(詩39:4)ちりはもとあった地に帰る。(伝12:7) 朽ちるもので蒔かれ、・・・・卑しいもので蒔かれ、・・・・弱いもので蒔かれ、・・・・血肉のからだで蒔かれるのです。(1コリ15:42-44) 第一の人は地から出て、土で造られた者です。(1コリ15:47) あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。(創3:19) ある者は元気盛りの時に、全く平穏のうちに死ぬだろう。ある者は苦悩のうちに死に、何の幸いも味わうことがない。彼らは共にちりに伏し、うじが彼らをおおう。(ヨブ21:23,25,26) 私の身もまた安らかに住まおう。(詩16:9) 私の皮が、このようにはぎとられて後、私は、私の肉から神を見る。(ヨブ19:26) キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。(ピリ3:21)
2009年03月20日
私たちのために今や和解を成り立たせてくださった私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。(ロマ5:11) 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。(ロマ8:33)ほふられた小羊。(黙13:8) ノアは、全き人であった。(創6:9) 義人は信仰によって生きる。(ガラ3:11) ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。主は、そのなだめのかおりをかがれた。(創8:20,21) 信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。(ロマ5:1) 律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。(ロマ3:20-22) 召した人々をさらに義と認められました。(ロマ8:30)
2009年03月20日
あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。(エペ5:8) あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。(1ペテ2:9) みことばの戸が開くと、光が差し込みます。(詩119:130) 神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。(1ヨハ1:5) 「光が、やみの中から輝き出よ。」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。(2コリ4:6) ことばは神であった。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。(ヨハ1:1,4) もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。(1ヨハ1:7) あなたに罪を犯さないため、私は、あなたのことばを心にたくわえました。(詩119:11) あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。(ヨハ15:3)
2009年03月20日
あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。・・・・まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。ですから、もし子があなたがたを自由にするなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。(ヨハ8:32,34,36) キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。律法の全体は、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」という一語をもって全うされるのです。(ガラ5:1,13,14) 私は広やかに歩いて行くでしょう。それは私が、あなたの戒めを求めているからです。(詩119:45)完全な律法、すなわち自由の律法。(ヤコ1:25) (あなたがたは)罪から解放されて、義の奴隷となったのです。(ロマ6:18) 夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます。(ロマ7:2) キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したのです。(ロマ8:2)
2009年03月19日
いのちを与えるのは御霊です。(ヨハ6:63) 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。(ロマ8:26,27) 私たちを生かしてください。私たちは御名を呼び求めます。(詩80:18) すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、・・・・忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。(エペ6:18) 私はあなたの戒めを決して忘れません。それによって、あなたは私を生かしてくださったからです。(詩119:93) わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。(ヨハ6:63) 文字は殺し、御霊は生かすのです。(2コリ3:6) あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。(ヨハ15:7) 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(1ヨハ5:14) 聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。(1コリ12:3)
2009年03月19日
私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。(ロマ8:32) 彼のいのちによって救いにあずかるのです。(ロマ5:10) 神は、まずそのしもべを立てて、あなたがたにお遣わしになりました。それは、この方があなたがたを祝福して、ひとりひとりをその邪悪な生活から立ち返らせてくださるためなのです。(使3:26) 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。(1ペテ1:3) 私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望むようにと教えさとしたからです。キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。(テト2:13,14) あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい。それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。」と書いてあるからです。(1ペテ1:15,16) 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。(エペ1:3) キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。そしてあなたがたは、キリストにあって、満ち満ちているのです。(コロ2:9,10) 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。(ヨハ1:16)
2009年03月18日
見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。(イザ59:1) わたしの手が短くて贖うことができないのか。わたしには救い出す力がないと言うのか。(イザ50:2) 主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。(2歴14:11) たとい、主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか。(2列7:2) 神を信じなさい。(マル11:22) 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。(ヘブ11:6) 神にはどんなことでもできます。(マタ19:26) わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。──主の御告げ。──天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザ55:8,9) こうしてわたしをためしてみよ。──万軍の主は仰せられる。──わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。(マラ3:10) 自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。(2コリ1:9)
2009年03月18日
祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望みます。(テト2:13) 私の目は、上を仰いで衰えました。(イザ38:14) 主よ。私をあわれんでください。私は衰えております。主よ。私をいやしてください。私の骨は恐れおののいています。私のたましいはただ、恐れおののいています。主よ。いつまでですか。あなたは。帰って来てください。主よ。私のたましいを助け出してください。あなたの恵みのゆえに、私をお救いください。(詩6:2-4) 私の心は、うちにもだえ、死の恐怖が、私を襲っています。恐れとおののきが私に臨み、戦慄が私を包みました。そこで私は言いました。「ああ、私に鳩のように翼があったなら。そうしたら、飛び去って、休むものを。」(詩55:4-6) あなたがたに必要なのは忍耐です。(ヘブ10:36) イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」(使1:10,11) 私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。(ピリ3:20)
2009年03月18日
小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:32) 主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。(イザ40:11) 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。(ヘブ4:15) あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。(1ペテ2:25) (イエスは言われた。)「かわいそうに、この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、食べる物を持っていないのです。彼らを空腹のままで帰らせたくありません。途中で動けなくなるといけないから」(マタ15:32)人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。・・・・イエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。(マル10:13,16) 私は、滅びる羊のように、迷い出ました。どうかあなたのしもべを捜し求めてください。私はあなたの仰せを忘れません。(詩119:176) 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。(ルカ19:10) わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らをいこわせる。──神である主の御告げ。(エゼ34:15)
2009年03月17日
試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。(ヤコ1:12) 罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。(ヘブ4:15) すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。(1ヨハ2:16) 女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く(肉の欲)、目に慕わしく(目の欲)、賢くする(持ち物の欲)というその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。(創3:6) 試みる者が(イエスに)近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい(肉の欲)。」イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」今度は悪魔は、・・・・この世のすべての国々とその栄華(目の欲、持ち物の欲)を見せて、言った。・・・・イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。」(マタ4:3,4,8,10) 主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。(ヘブ2:18)
2009年03月17日
ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。(1ペテ1:18,19) あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。(ユダ24,25) あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。(1ペテ2:5) 兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。(ロマ12:1) その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。(レビ1:4) (キリストは)自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。(1ペテ2:24) 神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光。(エペ1:6)
2009年03月17日
わたしは彼らのためにお願いします。世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのためにです。なぜなら彼らはあなたのものだからです。わたしのものはみなあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。そして、わたしは彼らによって栄光を受けました。彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。(ヨハ17:9,10,15,16) 世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された。(ヨハ13:1) 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。(ヨハ15:9,13,14) あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。(ヨハ13:34) あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。(ピリ1:6) キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためです。(エペ5:25,26)
2009年03月16日
御霊に満たされなさい。詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。(エペ5:18,19) 感謝をもって主に歌え。立琴でわれらの神にほめ歌を歌え。(詩147:1,7) 霊において賛美し、また知性においても賛美しましょう。(1コリ14:15) キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。(コロ3:16) 私の口が主の誉れを語り、すべて肉なる者が聖なる御名を世々限りなくほめたたえますように。(詩145:21) ハレルヤ。まことに、われらの神にほめ歌を歌うのは良い。まことに楽しく、賛美は麗しい。私は天からの声を聞いた。大水の音のようで、また、激しい雷鳴のようであった。また、私の聞いたその声は、立琴をひく人々が立琴をかき鳴らしている音のようでもあった。(黙14:2)
2009年03月16日
女から生まれた人間は、日が短く、心がかき乱されることでいっぱいです。花のように咲き出ては切り取られ、影のように飛び去ってとどまりません。(ヨブ14:1,2) 世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。(1ヨハ2:17) あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現われて、それから消えてしまう霧にすぎません。 (ヤコ4:14) 私の日々は飛脚よりも早い。それは飛び去って、幸せを見ない。それは葦の船のように通り過ぎ、獲物に襲いかかるわしのように通り過ぎる。(ヨブ9:25,26) あなたが人を押し流すと、彼らは、眠りにおちます。朝、彼らは移ろう草のようです。朝は、花を咲かせているが、また移ろい、夕べには、しおれて枯れます。(詩90:5,6) これらのものは滅びるでしょう。しかし、あなたはながらえられます。すべてのものは衣のようにすり切れます。あなたが着物のように取り替えられると、それらは変わってしまいます。しかし、あなたは変わることがなく、あなたの年は尽きることがありません。(詩102:26,27) イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。(ヘブ13:8)
2009年03月16日
あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。(詩8:3,4) 主が、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造られた。(出20:11) 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。(詩19:1) 主のことばによって、天は造られた。天の万象もすべて、御口のいぶきによって。(詩33:6) まことに、主が仰せられると、そのようになり、主が命じられると、それは堅く立つ。(詩33:9) 見よ。国々は、手おけの一しずく、はかりの上のごみのようにみなされる。見よ。主は島々を細かいちりのように取り上げる。(イザ40:15) 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。(ヘブ11:3)
2009年03月15日
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