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弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。」(イザ35:3,4) 目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。(1コリ16:13) 私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。(ホセ6:3) 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。(ロマ12:11) 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。(マタ26:41) なぜあなたはわたしに向かって叫ぶのか。イスラエル人に前進するように言え。(出14:15) 強くあれ。われわれの民のため、われわれの神の町々のために全力を尽くそう。主はみこころにかなうことをされる。(1歴19:13) 私たちは、私たちの神に祈り、彼らに備えて日夜見張りを置いた。(ネヘ4:9) わたしに向かって、「主よ、主よ。」と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。(マタ7:21) だれでも神のみこころを行なおうと願うなら、その人には、この教えが神から出たものか、・・・・わかります。(ヨハ7:17)
2009年04月30日
愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。愛のうちに歩みなさい。(エペ5:1,2) 御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。(ガラ5:22,23) 怒りをおそくする者は英知を増す。(箴14:29) 人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。…善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは、神に喜ばれることです。…キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。(1ペテ2:19-21) ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。(1ペテ2:23) 怒っても、罪を犯してはなりません。(エペ4:26) 主は彼の前を通り過ぎるとき、宣言された。「主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富む神。」(出34:6) 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテ3:9)
2009年04月30日
このことによって、愛が私たちにおいても完全なものとなりました。それは私たちが、さばきの日にも大胆さを持つことができるためです。なぜなら、私たちもこの世にあってキリストと同じような者であるからです。(1ヨハ4:17) だれでもキリストのうちにとどまる者は、罪のうちを歩みません。罪のうちを歩む者はだれも、キリストを見てもいないし、知ってもいないのです。子どもたちよ。だれにも惑わされてはいけません。義を行なう者は、キリストが正しくあられるのと同じように正しいのです。(1ヨハ3:6,7) みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。(1ヨハ2:5) 永遠の契約の血による羊の大牧者、私たちの主イエスを死者の中から導き出された平和の神が、イエス・キリストにより、御前でみこころにかなうことを私たちのうちに行ない、あなたがたがみこころを行なうことができるために、すべての良いことについて、あなたがたを完全な者としてくださいますように。どうか、キリストに栄光が世々限りなくありますように。アーメン。(ヘブ13:20,21)もし、私たちが神の命令を守るなら、それによって、私たちは神を知っていることがわかります。(1ヨハ2:3) だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。(ヨハ14:23)
2009年04月30日
お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペ4:32) 「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタ18:21,22) 神は、そのようなあなたがたを、キリストとともに生かしてくださいました。それは、私たちのすべての罪を赦し、いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。(コロ2:13,14) 主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。(コロ3:13) 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。(マタ6:12) 「悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。」こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。(マタ18:32-35)
2009年04月29日
祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われ。(テト2:13) この望みは、私たちのたましいのために、安全で確かな錨の役を果たし、またこの望みは幕の内側にはいるのです。イエスは私たちの先駆けとしてそこにはいられました。(ヘブ6:19,20) 万物の改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。(使3:21) その日に、主イエスは来られて、ご自分の聖徒たちによって栄光を受け、信じたすべての者の・・・感嘆の的となられます。(2テサ1:10) 私たちのいのちであるキリストが現われると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現われます。(コロ3:4) 「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。(黙22:20) 被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしています。そればかりでなく、・・・私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。(ロマ8:22,23) 愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現われたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。(1ヨハ3:2)
2009年04月29日
主がどれほど偉大なことをあなたがたになさったかを見分けなさい。(1サム12:24) あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。(申8:2,5) 主よ。私は、あなたのさばきの正しいことと、あなたが真実をもって私を悩まされたこととを知っています。(詩119:75) 苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。(詩119:71,67) 主は私をきびしく懲らしめられた。しかし、私を死に渡されなかった。(詩118:18) (主は)私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎にしたがって私たちに報いることもない。天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。主は、私たちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。(詩103:10,11,14)
2009年04月29日
心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴3:5,6) 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。(詩62:8) あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。(イザ30:21) もし、あなたご自身がいっしょにおいでにならないなら、私たちをここから上らせないでください。私とあなたの民とが、あなたのお心にかなっていることは、いったい何によって知られるのでしょう。それは、あなたが私たちといっしょにおいでになって、私とあなたの民が、地上のすべての民と区別されることによるのではないでしょうか。(出33:15,16) わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。あなたがたは、悟りのない馬や騾馬のようであってはならない。それらは、くつわや手綱の馬具で押えなければ、あなたに近づかない。悪者には心の痛みが多い。しかし、主に信頼する者には、恵みが、その人を取り囲む。(詩32:8-10)
2009年04月28日
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。(1テサ5:16-18) いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。(ピリ4:4) 感謝のいけにえをささげる人は、わたしをあがめよう。(詩50:23) 私は主を愛する。主は私の声、私の願いを聞いてくださるから。主は、私に耳を傾けられるので、私は生きるかぎり主を呼び求めよう。(詩116:1,2) 私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。(詩34:1) 神よ。あなたの御前には静けさがあり、シオンには賛美があります。(詩65:1) 私自身は絶えずあなたを待ち望み、いよいよ切に、あなたを賛美しましょう。(詩71:14) 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。(ピリ3:12) 私たちは、キリストについての初歩の教えをあとにして、成熟を目ざして進もうではありませんか。死んだ行ないからの回心、神に対する信仰、・・・など基礎的なことを再びやり直したりしないようにしましょう。(ヘブ6:1,2) 義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴4:18) 昼も夜も絶え間なく叫び続けた。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者、昔いまし、常にいまし、後に来られる方。」(黙4:8)
2009年04月28日
彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。(イザ53:7) 見よ、神の小羊。(ヨハ1:29) 雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません。ですから、キリストは、この世界に来て、こう言われるのです。「あなたは、いけにえやささげ物を望まないで、わたしのために、からだを造ってくださいました。あなたは全焼のいけにえと罪のためのいけにえとで満足されませんでした。そこでわたしは言いました。『さあ、わたしは来ました。聖書のある巻に、わたしについてしるされているとおり、神よ、あなたのみこころを行なうために。』」(ヘブ10:4-7) ほふられた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です。(黙5:12) あなたがたが・・・贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。キリストは、・・・この終わりの時に、あなたがたのために、現われてくださいました。あなたがたは、・・・神を、キリストによって信じる人々です。あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。(1ペテ1:18-21)
2009年04月28日
私は知恵の道をあなたに教え、正しい道筋にあなたを導いた。あなたが歩むとき、その歩みは妨げられず、走るときにも、つまずくことはない。悪者どもの道にはいるな。悪人たちの道を歩むな。それを無視せよ。そこを通るな。それを避けて通れ。あなたの目は前方を見つめ、あなたのまぶたはあなたの前をまっすぐに見よ。あなたの足の道筋に心を配り、あなたのすべての道を堅く定めよ。右にも左にもそれてはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ。(箴4:11,12,14,15,25-27) 主は私を、すべての悪のわざから助け出し、天の御国に救い入れてくださいます。主に、御栄えがとこしえにありますように。アーメン。(2テモ4:18) 主は聖徒たちの足を守られます。(1サム2:9) もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行なってはいません。しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。(1ヨハ1:6,7) 水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです。(ヨハ13:10)
2009年04月27日
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。(1コリ6:20) 私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。(ガラ6:14,15) 愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。あなたがたの間では、聖徒にふさわしく、不品行も、どんな汚れも、またむさぼりも、口にすることさえいけません。あなたがたは、・・・今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。(エペ5:1-3,8) 新しい名。(黙2:17) 弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。(使11:26) 主の御名を呼ぶ者は、だれでも不義を離れよ。(2テモ2:19) キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。(ガラ5:24)
2009年04月27日
女から生まれた人間は、日が短く、心がかき乱されることでいっぱいです。花のように咲き出ては切り取られ、影のように飛び去ってとどまりません。(ヨブ14:1,2) 世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。(1ヨハ2:17) 兄弟たちよ。・・・時は縮まっています。(1コリ7:29) 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。(ロマ13:12) 万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。(1ペテ4:7) あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。」(ヘブ10:35-37) アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」(1コリ15:22,55) もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。(ロマ14:8) 生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。(ピリ1:21)
2009年04月27日
それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。(ピリ2:15,16) あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、・・・・今も、また世々限りなくありますように。(ユダ24,25) 私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者としてくださいます。(1コリ1:8) 愛する人たち。このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、平安をもって御前に出られるように、励みなさい。(2ペテ3:14) あなたがたは、キリストの日まで純真で非難されるところがない者でありますように。(ピリ1:10) あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行ないの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。ただし、あなたがたは、しっかりとした土台の上に堅く立って、すでに聞いた福音の望みからはずれることなく、信仰に踏みとどまらなければなりません。(コロ1:21-23)
2009年04月26日
(大声で言った)「私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行ないである。」(黙19:7,8) 暁の光のように見おろしている、月のように美しい、太陽のように明るい、旗を掲げた軍勢のように恐ろしいもの。それはだれか。(雅6:10) 神がご自身の血をもって買い取られた神の教会。(使20:28) キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。(エペ5:25-27) 巨大なしるしが天に現われた。ひとりの女が太陽を着ていた。(黙12:1) イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。(ロマ3:22) わたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。(ヨハ17:22)
2009年04月26日
あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。(1ペテ5:7) 主に愛されている者。彼は安らかに、主のそばに住まい、主はいつまでも彼をかばう。彼が主の肩の間に住むかのように。(申33:12)あなたがたに触れる者は、わたしのひとみに触れる者だ。(ゼカ2:8) 彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。(ヨハ10:28,29) あの方の左の腕が私の頭の下にあり、右の手が私を抱いてくださる。(雅2:6) 永遠の腕が下に。(申33:27) ペテロは風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください。」と言った。そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」(マタ14:30,31) 人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。(詩37:23,24)
2009年04月26日
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──主の御告げ。──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。わたしはあなたがたに見つけられる。──主の御告げ。(エレ29:11-14) 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。(ヤコ4:8) (それゆえ)兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスは・・・・この新しい生ける道を設けてくださったのです。また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。そのようなわけで、私たちは、・・・・全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブ10:19-22) エノクは神とともに歩んだ。(創5:24) ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。(アモ3:3) 私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。 (詩73:28) あなたがたが主とともにいる間は、主はあなたがたとともにおられます。もし、あなたがたがこの方を求めるなら、あなたがたにご自身を示してくださいます。もし、あなたがたがこの方を捨て去るなら、この方はあなたがたを捨ててしまわれます。・・・・その悩みのときに、彼らがイスラエルの神、主に立ち返り、この方を尋ね求めたところ、彼らにご自身を示してくださいました。(2歴15:2,4)
2009年04月25日
神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ、・・・ただ御子によってご自分と和解させてくださったのです。(コロ1:19,20) 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。御子は、御使いたちよりもさらにすぐれた御名を相続されたように、それだけ御使いよりもまさるものとなられました。(ヘブ1:3,4) キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にされたのです。(ピリ2:6,7) 私たちの主イエス・キリスト・・・は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。(2コリ8:9) すべては、あなたがたのものです。パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。そして、あなたがたはキリストのものであり、キリストは神のものです。(1コリ3:21-23) 狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。(マタ8:20)
2009年04月25日
彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。・・・主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。(イザ53:5,6) 悔い改めと罪の赦しを与えるために、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。(使5:31) あなたがたに罪の赦しが宣べられているのはこの方によるということを、よく知っておいてください。モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方によって、解放されるのです。(使13:38,39) 主の御名によって、あなたがたの罪が赦されたのです。(1ヨハ2:12) その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。(マタ1:21) キリストは苦しみを受け、・・・その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、・・・あらゆる国の人々に宣べ伝えられる。(ルカ24:46,47) キリストは、ただ一度、・・・ご自身をいけにえとして罪を取り除くために、来られたのです。(ヘブ9:26) キリストが現われたのは罪を取り除くためであったことを、あなたがたは知っています。キリストには何の罪もありません。(1ヨハ3:5) それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。(1ペテ2:24) したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。(ヘブ7:25)
2009年04月25日
私たちは・・・・絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。(コロ1:9) 主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。 (エペ5:17) その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。(ヨハ17:3) 神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。(1ヨハ5:20) 神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。(1テサ4:3) さあ、あなたは神と和らぎ、平和を得よ。そうすればあなたに幸いが来よう。(ヨブ22:21) どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、・・・・私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。(エペ1:17-19)
2009年04月24日
主は正義の神である。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。(イザ30:18) その日、人は言う。「見よ。この方こそ、私たちが救いを待ち望んだ私たちの神。この方こそ、私たちが待ち望んだ主。その御救いを楽しみ喜ぼう。」(イザ25:9) すべての目は、あなたを待ち望んでいます。(詩145:15) 神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。(使17:25) 主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。(詩145:9) 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。(マタ6:26) 同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるのです。(ロマ10:12) 私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。(詩121:1) ご覧ください。奴隷の目が主人の手に向けられ、女奴隷の目が女主人の手に向けられているように、私たちの目は私たちの神、主に向けられています。主が私たちをあわれまれるまで。(詩123:2) もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。(ロマ8:25)
2009年04月24日
草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。(イザ40:8) 約束された方は真実な方です。(ヘブ10:23) 主は、約束されたとおり、サラを顧みて、仰せられたとおりに主はサラになさった。(創21:1) 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。(詩62:8) 「わたし(主)は、確かにエジプトにいるわたしの民の苦難を見、そのうめき声を聞いたので、彼らを救い出すために下って来た。」(使7:34) ダビデは彼の神、主によって奮い立った。(1サム30:6) 神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。(創50:24) この人(モーセ)が、彼らを導き出し、エジプトの地で、紅海で、また四十年間荒野で、不思議なわざとしるしを行ないました。(使7:36) 主がイスラエルの家に約束されたすべての良いことは、一つもたがわず、みな実現した。(ヨシ21:45) 神は言われたことを、なさらないだろうか。約束されたことを成し遂げられないだろうか。(民23:19) この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。(マタ24:35)
2009年04月24日
主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。(詩23:3) わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。(ヨハ10:27,28) 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。(イザ53:6) あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。(1ペテ2:25) 私は、滅びる羊のように、迷い出ました。どうかあなたのしもべを捜し求めてください。私はあなたの仰せを忘れません。(詩119:176) もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。(1ヨハ1:8) 義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。(ロマ3:10-12) あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。(ルカ15:4)
2009年04月23日
主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。彼らが叫ぶと、主は聞いてくださる。そして、彼らをそのすべての苦しみから救い出される。(詩34:7,17)主は私のささえであった。(詩18:18) 主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。(詩18:2) 私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブ13:6) まことに、主のほかにだれが神であろうか。私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。(詩18:31,32) 神の恵みによって、私は今の私になりました。(1コリ15:10) シオンに住む者。大声をあげて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。(イザ12:6) 確かに、もろもろの丘も、山の騒ぎも、偽りでした。確かに、私たちの神、主に、イスラエルの救いがあります。(エレ3:23) 昔よりの神は、住む家。永遠の腕が下に。(申33:27)
2009年04月23日
私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜わったものを、私たちが知るためです。(1コリ2:12) 私はひざをかがめて、天上と地上で家族と呼ばれるすべてのものの名の元である父の前に祈ります。どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力をもって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。・・・・愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。(エペ3:14-19) わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。(ヨハ15:15)神の深み。(1コリ2:10) あなたがたには、天の御国の奥義を知ることが許されているのです。(マタ13:11)
2009年04月22日
恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。(イザ43:1) わたし、このわたしが、主であって、わたしのほかに救い主はいない。わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。(イザ43:11,25) わたしは身代金を得た。(ヨブ33:24) あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かしてくださいました。(エペ2:4,5) たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。(マタ10:28) この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。(使4:12) あなたの恵みが私に対して大きく、あなたが私のたましいを、よみの深みから救い出してくださったのです。(詩86:13) おのれの財産に信頼する者どもや、豊かな富を誇る者ども。人は自分の兄弟をも買い戻すことはできない。自分の身のしろ金を神に払うことはできない。たましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならないのだ。(詩49:6-8)
2009年04月22日
私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子。(ガラ2:20) 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。(2コリ5:21) 神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵み。(エペ1:6) わたしは・・・喜んでこれを愛する。(ホセ14:4) 神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださる。(創22:8) 見よ、世の罪を取り除く神の小羊。(ヨハ1:29) 多くの人のための、贖いの代価。(マタ20:28) イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。(ヘブ10:10) だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。(ヨハ10:18) もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。それを、主に受け入れられるために会見の天幕の入口の所に連れて来なければならない。その人は、全焼のいけにえの頭の上に手を置く。それが彼を贖うため、彼の代わりに受け入れられるためである。(レヒ1:3,4)
2009年04月21日
あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、・・・・今も、また世々限りなくありますように。アーメン。(ユダ24,25) 神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加えてくださいます。(2コリ2:14) 力ある神。(イザ9:6) 見よ。神は私の救い。私は信頼して恐れることはない。ヤハ、主は、私の力、私のほめ歌。私のために救いとなられた。(イザ12:2) あなたは人の子らにまさって麗しい。あなたのくちびるからは優しさが流れ出る。神がとこしえにあなたを祝福しておられるからだ。雄々しい方よ。あなたの剣を腰に帯びよ。あなたの尊厳と威光を。あなたの威光は、真理と柔和と義のために、勝利のうちに乗り進め。・・・・神よ。あなたの王座は世々限りなく、あなたの王国の杖は公正の杖。(詩45:2-4,6) あなたは、かつて、幻のうちに、あなたの敬虔な者たちに告げて、仰せられました。「わたしは、ひとりの勇士に助けを与えた。」(詩89:19) わたしの仲間の者・・・・─万軍の主の御告げ。─(ゼカ13:7)
2009年04月21日
私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。(1ヨハ1:3) (神は御子の)十字架の血によって平和をつくり、・・・あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行ないの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。(コロ1:20-22) 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。(2コリ13:13) ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。(アモ3:3) エノクは神とともに歩んだ。(創5:22)以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。(エペ2:13) もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。そればかりでなく、・・・私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を大いに喜んでいるのです。(ロマ5:10-11)
2009年04月21日
最後まで耐え忍ぶ者は救われます。(マタ24:13) 目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい。(1コリ16:13) 主にあってしっかりと立ってください。(ピリ4:1) 私の足は神の歩みにつき従い、神の道を守って、それなかった。(ヨブ23:11) まことに、主は公義を愛し、ご自身の聖徒を見捨てられない。彼らは永遠に保たれる。(詩37:28) あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。(黙3:11) 勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。そして、わたしは、彼の名をいのちの書から消すようなことは決してしない。(黙3:5) 主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。(詩121:7) (主は言われた。)「わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。(ヘブ10:38,39) もし私たちの仲間であったのなら、私たちといっしょにとどまっていたことでしょう。しかし、そうなったのは、彼らがみな私たちの仲間でなかったことが明らかにされるためなのです。(1ヨハ2:19) もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。(ヨハ8:31)
2009年04月21日
こうしてわたしをためしてみよ。──万軍の主は仰せられる。──わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。(マラ3:10) 見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。(イザ59:1) 主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。(2歴14:11) 自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。(2コリ1:9) たとい、主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか。(2列7:2) 神を信じなさい。(マル11:22) 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。(ヘブ11:6) 神にはどんなことでもできます。(マタ19:26) わたしの手が短くて贖うことができないのか。わたしには救い出す力がないと言うのか。(イザ50:2) わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。──主の御告げ。──天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザ55:8,9)
2009年04月20日
たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。(詩23:4) 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。(ロマ8:34,35) あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしが、あなたの神、主、・・・あなたの救い主であるからだ。(イザ43:2,3) 「主よ。あなたはどなたですか。」・・・「わたしは、・・・イエスである。」(使26:15) しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。(マタ14:27) インマヌエル・・・神は私たちとともにおられる。(マタ1:23) その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。(マタ1:21) もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。(1ヨハ2:1)
2009年04月20日
愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。(1ペテ2:11) 愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現われたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。キリストに対するこの望みをいだく者はみな、キリストが清くあられるように、自分を清くします。(1ヨハ3:2,3) すべての人を救う神の恵みが現われ、私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望むようにと教えさとしたからです。キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。(テト2:11-14) この聖絶のものは何一つ自分のものにしてはならない。(申13:17) 彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。汚れたものに触れないようにせよ。(2コリ6:17)彼らによって汚されたその下着さえも忌みきらいなさい。(ユダ23)
2009年04月19日
あなたがたはすでに、主がいつくしみ深い方であることを味わっているのです。主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。(1ペテ2:3-5) あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたがたもとに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。(エペ2:19-22) あなたは、あなたの城壁を救いと呼び、あなたの門を賛美と呼ぼう。(イザ60:18) 都の城壁には十二の土台石があり、それには、小羊の十二使徒の十二の名が書いてあった。(黙21:14) 神よ。あなたの御前には静けさがあり、シオンには賛美があります。(詩65:1)
2009年04月19日
主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。 (エレ20:9) そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。(1コリ9:16,18) (議会は)彼らを呼んで、いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない、と命じた。ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「・・・私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」(使4:18-20) キリストの愛が私たちを取り囲んでいます。(2コリ5:14) 「私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。」・・・「悪いなまけ者のしもべだ。・・・おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。」(マタ25:25-27) あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。(マル5:19)
2009年04月19日
私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。(ロマ5:1,2)私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。(ヘブ10:19,20) まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。(ヨハ10:7) わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。(ヨハ10:9) わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハ14:6) 私たちは、このキリストによって、一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。(エペ2:18,19) 神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。(マタ27:51) キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、・・・私たちを神のみもとに導くためでした。(1ペテ3:18) 前の幕屋が存続しているかぎり、まことの聖所への道は、まだ明らかにされていないということです。(ヘブ9:8)
2009年04月19日
あの方はゆりの花の間で群れを飼っています。(雅2:16) だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。(ヨハ14:23) もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。(ヨハ15:10) 私の愛する方が庭にはいり、その最上の実を食べることができるように。(雅4:16) 私の妹、花嫁よ。私は、私の庭にはいり、没薬と香料を集め、蜂の巣と蜂蜜を食べる。(雅5:1) 御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。(ガラ5:22,23) ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるのです。(マタ18:20) あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。(ヨハ15:8) 実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。(ヨハ15:2) イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされている者となり、神の御栄えと誉れが現わされますように。(ピリ1:11)
2009年04月18日
私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているのです。(2テモ1:12) わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え、あなたととこしえの契約を立てる。(エゼ16:60) キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。(ヘブ10:14) 神の賜物と召命とは変わることがありません。(ロマ11:29) 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。(ロマ8:35) 永遠の慰め。(2テサ2:16,17) (キリストは)ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブ7:25) 御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。(黙7:17) 私たちは、いつまでも主とともにいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。(1テサ4:17,18) ここはいこいの場所ではない。(ミカ2:10) 私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。(ヘブ13:14)
2009年04月18日
わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。(マタ11:29) あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。(ピリ2:5-7) わたしは彼らの同胞のうちから、彼らのためにあなたのようなひとりの預言者を起こそう。わたしは彼の口にわたしのことばを授けよう。 (申18:18) 神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。(1テモ2:5) モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。(民12:3) 私(モーセ)は主とあなたがたとの間に立ち、主のことばをあなたがたに告げた。あなたがたが恐れたからである。(申5:5) モーセは、しもべとして神の家全体のために忠実でした。それは、後に語られる事をあかしするためでした。しかし、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし私たちが、確信と、希望による誇りとを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、私たちが神の家なのです。(ヘブ3:5,6)
2009年04月18日
(主は)飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。(ルカ1:53) まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ、飢えたたましいを良いもので満たされた。(詩107:9) 神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。人の子らは御翼の陰に身を避けます。彼らはあなたの家の豊かさを心ゆくまで飲むでしょう。あなたの楽しみの流れを、あなたは彼らに飲ませなさいます。いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。(詩36:7-9) 私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。(詩65:4) 私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。(詩27:4) 義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。(マタ5:6) わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハ6:35)
2009年04月17日
永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。(エレ31:3) 私を引き寄せてください。私たちはあなたのあとから急いでまいります。(雅1:4) わたしは、人間の綱、愛のきずなで彼らを引いた。(ホセ11:4) わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます。(ヨハ12:32) 見よ、神の小羊。(ヨハ1:36) モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。(ヨハ3:14,15) 天では、あなたのほかに、だれを持つことができましょう。地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません。(詩73:25) 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。(1ヨハ4:19) 私の愛する方は、私に語りかけて言われます。「わが愛する者、美しいひとよ。さあ、立って、出ておいで。ほら、冬は過ぎ去り、大雨も通り過ぎて行った。地には花が咲き乱れ、歌の季節がやって来た。山鳩の声が、私たちの国に聞こえる。いちじくの木は実をならせ、ぶどうの木は、花をつけてかおりを放つ。わが愛する者、美しいひとよ。さあ、立って、出ておいで。」(雅2:10-13)
2009年04月17日
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。(1コリ6:20) あなたがたは、・・・王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。(1ペテ2:9) あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。(1ペテ2:5) ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。(ヘブ13:15) 私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう。(詩34:2,3) 感謝のいけにえをささげる人は、わたしをあがめよう。(詩50:23) キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。(コロ3:16,17)
2009年04月17日
もしひとりの人の違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、なおさらのこと、恵みと義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりの人イエス・キリストにより、いのちにあって支配するのです。(ロマ5:17) 死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。(1コリ15:21,22) 私たちの救い主キリスト・イエスは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。(2テモ1:10) 神が私たちに永遠のいのちを与えられた、そしてこのいのちが御子のうちにある。御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。(1ヨハ5:11,12) わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。(ヨハ10:10) それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。(創2:17) 女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。(創3:6) 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ロマ6:23) 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。(ヨハ3:17)
2009年04月16日
ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。(1歴4:10)彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。(詩91:15) 神がソロモンに現われて、彼に仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」ソロモンは神に言った。「今、知恵と知識を私に下さい。そうすれば、私はこの民の前に出はいりいたします。」(2歴1:7,8,10) 神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心とを与えられた。(1列4:29) アサはその神、主に叫び求めて言った。「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。・・・主よ。あなたは私たちの神です。人間にすぎない者に、あなたに並ぶようなことはできないようにしてください。」主はアサの前とユダの前に、クシュ人を打ち破られた。(2歴14:11,12) 祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者が参ります。(詩65:2)
2009年04月16日
私は深い泥沼に沈み、足がかりもありません。私は大水の底に陥り奔流が私を押し流しています。(詩69:2) 水は私の頭の上にあふれ、私は「もう絶望だ。」と言った。「主よ。私は深い穴から御名を呼びました。あなたは私の声を聞かれました。救いを求める私の叫びに耳を閉じないでください。私があなたに呼ばわるとき、あなたは近づいて、『恐れるな。』と仰せられました。」(哀3:54-57) 私はあわてて言いました。「私はあなたの目の前から断たれたのだ。」と。しかし、あなたは私の願いの声を聞かれました。私があなたに叫び求めたときに。(詩31:22) 「主は、いつまでも拒まれるのだろうか。もう決して愛してくださらないのだろうか。主の恵みは、永久に絶たれたのだろうか。約束は、代々に至るまで、果たされないのだろうか。神は、いつくしみを忘れたのだろうか。もしや、怒ってあわれみを閉じてしまわれたのだろうか。」セラそのとき私は言った。「私の弱いのはいと高き方の右の手が変わったことによる。」私は、主のみわざを思い起こそう。まことに、昔からのあなたの奇しいわざを思い起こそう。(詩77:7-11) ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったなら。(詩27:13)
2009年04月15日
あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。(ヨハ15:7) 私たちを生かしてください。私たちは御名を呼び求めます。(詩80:18) いのちを与えるのは御霊です。(ヨハ6:63) 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。(ロマ8:26,27) すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、・・・・忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。(エペ6:18) 私はあなたの戒めを決して忘れません。それによって、あなたは私を生かしてくださったからです。(詩119:93) わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。(ヨハ6:63) 文字は殺し、御霊は生かすのです。(2コリ3:6) 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(1ヨハ5:14) 聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。(1コリ12:3)
2009年04月15日
あなたは、自分のために大きなことを求めるのか。求めるな。(エレ45:5) わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。(マタ11:29) あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。(ピリ2:5-8) 自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。(マタ10:38) キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。(1ペテ2:21) 満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。(1テモ6:6-8) 私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。(ピリ4:11)
2009年04月15日
私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。(ロマ8:35,38,39) あなたがたを、つまずかないように守ることができる方。(ユダ24) わたしの手が短くて贖うことができないのか。(イザ50:2) 彼らを贖う方は強い。(エレ50:34) 私は、あなたがたのそむきの罪がいかに多く、あなたがたの罪がいかに重いかを知っている。(アモ5:12) わたしが主、あなたの救い主、あなたの贖い主、ヤコブの力強き者である。(イザ49:26) 救うに力強い者、それがわたしだ。(イザ63:1) 罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。(ロマ5:20) わたしは、ひとりの勇士に助けを与えた。(詩89:19) 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。(ヨハ3:18) ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。(ヘブ7:25)
2009年04月14日
すべての人を救う神の恵みが現われ、私たちに、不敬虔とこの世の欲とを捨て、この時代にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福された望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるキリスト・イエスの栄光ある現われを待ち望むようにと教えさとしたからです。キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。(テト2:11-14) 肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、・・・・そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。(ガラ5:19、21,22-25) もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。 (ロマ8:13)
2009年04月14日
「背信の子らよ。帰れ。わたしがあなたがたの背信をいやそう。」「今、私たちはあなたのもとにまいります。あなたこそ、私たちの神、主だからです。」(エレ3:22)あなたの救いの喜びを、私に返してください。(詩51:12) わたしは彼の道を見たが、彼をいやそう。わたしは彼を導き、彼と、その悲しむ者たちとに、慰めを報いよう。(イザ57:18) 「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。」(イザ1:18) 主よ。感謝します。あなたは、私を怒られたのに、あなたの怒りは去り、私を慰めてくださいました。(イザ12:1) 私をささえてください。そうすれば私は救われ、いつもあなたのおきてに目を留めることができましょう。(詩119:117) わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやされる。(詩103:2,3) 私は、主であられる神の仰せを聞きたい。主は、御民と聖徒たちとに平和を告げ、彼らを再び愚かさには戻されない。(詩85:8) 主は私のたましいを生き返らせてくださる。(詩23:3) わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。(イザ43:25)
2009年04月14日
あなたの愛はぶどう酒よりも快い。(雅1:2) 私の愛する方が若者たちの間におられるのは、林の木の中のりんごの木のようです。私はその陰にすわりたいと切に望みました。その実は私の口に甘いのです。あの方は私を酒宴の席に伴われました。私の上に翻るあの方の旗じるしは愛でした。(雅2:3,4) その姿はレバノンのよう。杉のようにすばらしい。そのことばは甘いぶどう酒。あの方のすべてがいとしい。エルサレムの娘たち。これが私の愛する方、これが私の連れ合いです。(雅5:15,16)私のたましいが脂肪と髄に満ち足りるかのように、私のくちびるは喜びにあふれて賛美します。ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけて私はあなたを思います。(詩63:5,6) 神よ。あなたの御思いを知るのはなんとむずかしいことでしょう。その総計は、なんと多いことでしょう。それを数えようとしても、それは砂よりも数多いのです。私が目ざめるとき、私はなおも、あなたとともにいます。(詩139:17,18) あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。(詩119:103) 天では、あなたのほかに、だれを持つことができましょう。地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません。(詩73:25) あなたは人の子らにまさって麗しい。(詩45:2)
2009年04月14日
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