「踊るお父さん」の「踊る情報局!」
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始めてその存在を知ったのは、小学生の低学年の頃だった。 毎週木曜日、テレビで『歌えヤンヤン』と言う番組が放送されており、司会は『フォーリーブス』と言う四人組のアイドルグループだった。 まだ、『ブラウン管』だったテレビの向こう側で、大きなステージに四人が登場すると、客席からは黄色い歓声がキャーキャー沸き上がる。 均等に並べられた4本のスタンドマイクの前に四人が並び、歌って踊り出す。 何だこれ?と思いながらもその異様な番組を見せられていた。 2歳年上の姉が、そのフォーリーブスのファンで、他の番組を見ることは許されなかたのだ。 歌っている途中か、終わり頃になると、画面向かって左側の『コーちゃん』と呼ばれている人が、『バク転』を決める。 これは流石に『おー!スゲー、カッコいい!』と、身を乗り出した。 当時、ハナタレ小僧だった俺は、『バク転』は仮面ライダーか、ウルトラマンぐらいしか出来ないと思っていた。 それが、音楽に合わせ歌い踊って、『バク転』をするのだから、『スーパーマン』位に思えた。 それからは、毎週木曜日のその番組を見るのが楽しみにもなってきた。 もちろん『バク転』が見たいからである。 見ながら姉が、左側にいるのが『コーちゃん』北公次で、『マー坊』はおりも政夫、『ター坊』は青山孝、『俊ちゃん』は江木俊夫って言うのだと教えてくれた。 姉のお気に入りは『ター坊・青山孝』、だった。 筈だが………、暫く後、『弟分、郷ひろみ』がデビューをすると、呆気なく気移りをした。 その、アイドル達のバックで踊っているのが『ジャニーズJr.』と言うグループで、その中から、3人の人気者がデビューをして、それを『ジャニーズJr.スペシャル』、略して『JJS』と呼ぶのだと姉が教えてくれた。 フォーリーブス、郷ひろみ、ジャニーズJr.、ジャニーズJr.スペシャル、全部が『ジャニーズ』と言うグループ何だと教えてくれた。 ハナタレ小僧ながらに『ジャニーズ』って凄いんだと思えた。 その後…自分が深く関わる事になるとは、その時のハナタレ小僧の俺は知るよしもなかった。 ―――――――――――― 女性の情報収集能力、行動力と言うのは凄いもので、特に『ジャニーズ・ファン』は昔から顕著である。 二つ年上の姉もそうであった。 テレビを見て、『公開放送のお知らせ』何てものにいつの間にやら応募し、しっかり当選し、『中野サンプラザ』なる所に、母、姉、自分の3人で行く事になった。 子供心ながらに、『テレビの中の世界』に触れるのはワクワクするものだ。 その日、学校から帰宅すると片道約2時間ほどかけてバスと電車を乗り継ぎ、中野サンプラザに向かった。 記憶が正しければ、当時はまだ、バスの子供料金は\15円の時代である。 中野駅に着き、改札を出ると、目の前には、聳え立つ新築のビルディングとその周りに沢山の女性だらけの行列が出来ていた。 やたら長い間、行列に並んでいた事を微かに覚えている。 ホールの中に入り、後ろから数えたほうが早い、右側の通路の隣の席に並んで座った。 後方中央の席は、テレビカメラが置かれておりカメラマンが練習らしき事をしていた。 すると、係員が階段を降りながら大きな声で、『始まりますとこの通路をフォーリーブスが通りますが、絶対に立ち上がったり、手を出したりしないで下さい!見かけた場合は直ぐに退場していただきます!!』 と、ステージの方へ慌ただしく、同じ事を繰り返し言いながら降りて行った。 通路の隣の席は姉が座っていた。フォーリーブスの誰が隣を通るのか?と言う会話で盛り上がった。 やがて、場内が暗くなり、ザワザワした観衆の声がなくなり、いつしか、水を打ったような静けさの中、本番が始まった。 『歌え!』 『ヤンヤン!!』 と、フォーリーブスの声が聞こえるとステージは目映いばかりの照明と客席からは黄色い大歓声に包まれ、と、同時に隣の通路を白い衣装を着た二人が通り過ぎ駆け降りて行った。 ほんの一瞬の出来事で、それが、ター坊こと青山孝と、マー坊ことおりも政夫だと気づいた時には、既にステージ上に駆け上がる所であった。 通り過ぎて行った二人、両サイドで四人を追い掛けるようにヒートアップした歓声が追いかけていった。 四人はステージに置かれていたスタンドマイクの前に並び歌い始めた。 俺は幼心に『凄い!』と言う思いと、テレビでは、いつも画面一杯にタイトルがテロップで写し出されるのに、何にも出ない…と、当たり前の事を不思議に思っていた。 オープニングの曲が終わり、ゲストが次から次へと登場し、番組が進行して行く。 何かのコーナーで、終了後、『宛先はこちらまで!』と言って指で下を指差した。 場内は大爆笑に包まれた。 もちろん、何もないが、テレビを見るとその場面では指差した下に、テロップで郵便番号や、宛先が写し出されていた。 収録の1時間は、本当に『あっ!』と言う間に過ぎて行った。 きらびやかなステージ… 大歓声、大観衆に見られるアイドル… ハナタレ小僧の自分とは無縁の世界。 芸能人が自分の1メートル先を通り過ぎて行っただけで、自慢してるような何処にでもいるような、ハナタレ小僧が、10年後に、このフォーリーブスの『踊り子』、『急げ若者』を踊る事になるとは、この頃は夢にも思っていなかった。 子供の頃、1番初めに憧れた『アイドル』が亡くなった。 フォーリーブス解散後の人生は、さぞ険しく、辛い道のりであったろう事は、その後の暴露本、ジャニーズ、ジャニーさんへの批判と言う型で、現れている。 そこらへんは深く触れる気はないが、一瞬でも、憧れ、一瞬でもジャニーズに在籍した後輩として、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
2012.02.23
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