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日本の教育というのは、道徳や平等の押し売りみたいなものだ。例えば、国語の教科書では「蜘蛛の糸」を教え、自分だけ抜け駆けする心をきつく戒める。運動会では極端に運動能力の差が出ないよう徒競走の順番に配慮する。だが、そんな子供たちも長じて社会人になれば皆、競争社会に巻き込まれる。そこでは一転して、他人を出し抜くことを教えられ、能力差で収入に差をつけられる。誰か、「義務教育で習ってきたことと違うじゃないか」と怒ったらどうかといつも思う。ということで、ぼくは大学の存在意義というのは、競争社会に巻き込まれる前の予行演習の場だと思っていた。だから学生が少々ハメをはずしても、教官がつまらない授業をしても、大目に見てあげようと思っていたが、実はいま、大学は予行演習の場にもなり得ていないらしい。最近出版された「最高学府はバカだらけ」(石渡嶺司著)には、学生や大学のアホさ加減が縷々紹介されている。いまどきの学生は、○×を調べて来いと言われると、「インターネットで調べても分かりませんでした」と平気で答えるのだとか。また、精神がヤワなため就活の面接で突っ込まれると、「ひどい、圧迫面接だ」と震え上がるという。ひどいのは大学側も同じである。受験生増進委員会(JJC)とかいう大学側の団体の某氏講演録が本の中で紹介されている。「推薦・AO入試は金のなる木です。なにしろ、バカな高校生でも人間性とか適当な理屈をつけて合格通知を出せばいいんですから」とか、「定員割れは、正直に公表してバカを見るよりは隠してしまうことを強くお勧めします。マイナス情報を隠すのは当然です。その間に留学生や自治体職員を社会人学生扱いでかき集めましょう」とか、「就職率は分母に学生数ではなく、就職希望者数を据えましょう。この工夫一つであなたの大学も就職に強い大学に早代わりします」とか平気でしゃべっている。こんな大学のために、日本では年1兆5300億円もの税金が投入されている、と著者は嘆く。だが、ぼくは最後に著者にも言いたい。「掃いて捨てるほどある」とか「敬意を表するとしよう」とかいう表現の乱発は、読んでいるこっちがしらけてしまう。取り上げるエピソードも小さい。就活中の学生が会社のロビーで着替えたとか、「ノリ貸してください」と言ったとか、そんなに目くじらを立てることだろうか。著者が1000万円の大学紹介本の執筆依頼を断ったというくだりも、活字にしない方がよかったのでは。もしかしたら、著者こそ自分の学歴にコンプレックスを持っているのではないだろうかと最後に思ってしまった。著者が慶応生を取材したとき、出身大を聞かれ、「その大学ってどこにあるんですか?」「フリーターと五十歩百歩のあなたにお話してもお分かりになるかどうか」と言われた場面もやたら筆に力が入りすぎている気がしたのはぼくだけだろうか。【DEERS百貨店】 本・雑誌 ◇ パソコン・家電・AV ◇ 生活・インテリア ◇ スポーツ・アウトドア ◇ ファッション・ブランド ◇ ダイエット・健康 ◇ トラベル ◇ 趣味・ペット ◇ フード・ドリンク・ワイン ◇ 出品30日間無料 ◇ 人気blogランキング ◇ 大感謝祭セール蓮4044
October 30, 2007
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この4月、大好きなチェリスト、ロストロポーヴィッチが亡くなった。その追悼なのか、先日テレビで「ロストロポーヴィッチ 人生の祭典」というドキュメンタリー映画を放送していた。「ソ連の若い作曲家達の間で悪い病気が流行っている。マーラーリアだ」と話すあたり、相変わらずのお茶目ぶりだった。その映画の中で、豪邸の中が繰り返し映され、美術品がたくさん並べられていたのに目を丸くした。後日の報道によると、同氏の死後、美術品450点がロシア有数の大富豪に一括で売られたという。名画とか骨董とか言われると一歩引く。価値がよく分からないし、それが本当にホンモノだろうかとつい疑ってしまう。バブル期、安田火災がゴッホの「ひまわり」を57億円で落札したことは、狂乱日本そのものだった。きっと、いまでも日本人の多くは「ひまわり」を見るたび、きまりの悪さを感じているはずだ。同様に、ロストロポーヴィッチが世界中の名画を買い漁っていたことは意外であり、どこか複雑な気分にさせられた。骨董の世界というのは騙し合いが日常茶飯事らしい。腕利きの汚し屋の手にかかれば、そこらのガラクタが瞬時に何百年も遡り、古伊賀の花生けや下河原の茶杓に化ける。それを骨董業界では「時代づけ」というらしい。あくまで騙された奴が悪い。買ったものをキャンセルすることをこれまた業界用語でションベンと言うらしい。一度ションベンするとこの世界で生きていけない。仁義といえばヤクザと同じである。だが困ったことに、以前は素人にニセモノを取らせることはなかったが、昨今は一般客を騙す商売も盛んらしい。これも、市民に銃を向ける最近のヤクザと同じか。ただ、何が本物で何かニセモノかという境界は、一筋縄ではいかない。きょう読んだ「ニセモノはなぜ、人を騙すのか?」(中島誠之助著)によれば、名作をたくさん描いた横山大観は、より多くの人に自分の作品を見てもらうため、精密に印刷された工藝品を自ら認めていたという。本物なら一億円でも、工藝品は十万円くらいだそうだ。狩野探幽も、勉強のため弟子にそっくりの掛け軸を描かせていた。これらも何百年かたてば、写しも本物と呼ばれるようになる。江戸の大家松村景文は、そっくりの絵を描く弟子に自らの判子を押すことを認めていたという。たとえホンモノでなくても中島誠之助流に言えば、愛着さえあれば、「どうぞ大切にしてください」ということなのだろうか。【DEERS百貨店】 本・雑誌 ◇ パソコン・家電・AV ◇ 生活・インテリア ◇ スポーツ・アウトドア ◇ ファッション・ブランド ◇ ダイエット・健康 ◇ トラベル ◇ 趣味・ペット ◇ フード・ドリンク・ワイン ◇ 出品30日間無料 ◇ 人気blogランキング ◇ 大感謝祭セール蓮4044
October 26, 2007
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兵庫県加古川市の小学2年生が刺殺される痛ましい事件からもう10日になる。いまだ犯人は見つかっていない。最近では、刺殺された現場から半径2キロ圏内の空き地や駐車場で、首を切断された猫やハトの死骸が相次いで見つかったという。神戸の少年Aの事件を思い出させ、生臭さが増す。物証が少なく、今後の頼りは防犯カメラしかない状態に陥っている。現場近くのコンビニ店がカメラを回していたらしく、警察は映像の任意提出を受け、不審者の割り出しを進めている。防犯カメラは最近では、06年、川崎のマンションで9歳の男の子が投げ落とされた事件で脚光を浴びた。敷地内に18台設置され、映像が公開されるや、丸一日たたず犯人が出頭してきた。95年、オウム真理教の井上被告が逮捕されたのも、自動車ナンバー自動読取機、通称Nシステムが決め手だった。だが、悲しいかな、犯人を逮捕できたとしても、亡くなった命が戻ってくるわけではない。そのうえ代償として、普通の住民のプライバシーが常に犯され、さらに、例えばNシステムの場合1台1億円というとてつもない税金が使われるのである。イギリスでは国内に300万台の監視カメラが設置されているが、結局、05年のロンドン同時爆破テロは防げなかった。オウム真理教の信者「A」を追った映画の監督は、「現代の日本社会は花粉症社会だ」と言っているそうだ(「監視カメラは何を見ているのか」大谷昭宏著)。スギやヒノキの花粉は人の体にとってまったく毒でもないのに、過剰に防衛反応し、くしゃみや鼻水で懸命に追い出そうとしているという。警察にあおられるがまま、いま日本社会は監視社会化が進んでいることを憂いている。一方、被害者サイドの視点から、犯罪者たちを野放しにできない(「この国が忘れていた正義」中嶋博行著)のも事実だ。大事件が起きるたびに、ぼくらは監視社会の諸刃と向き合わされるのである。【DEERS百貨店】 本・雑誌 ◇ パソコン・家電・AV ◇ 生活・インテリア ◇ スポーツ・アウトドア ◇ ファッション・ブランド ◇ ダイエット・健康 ◇ トラベル ◇ 趣味・ペット ◇ フード・ドリンク・ワイン ◇ 出品30日間無料 ◇ 人気blogランキング ◇ 大感謝祭セール蓮4044
October 25, 2007
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その昔、秀吉の御伽衆である曾呂利新左衛門が、主君から「お前になにか褒美をやろう。何でも言ってみろ」と言われ、「では秀吉さま、将棋盤の81の升目のうち、第一の目には米1粒、第二の目には2粒、第三の目には4粒という風に、倍倍で並べていき、その合計のお米をください」と答えたというお話が残っている。秀吉は「なんだ、欲のない奴だなあ」と笑ったが、計算してみてびっくり。その合計は24のゼロが並ぶとてつもない数字で、日本国中のお米を集めても足りなかったという。ネズミ算的な幾何級数というのは、かくも恐ろしい。「世界の人口は幾何級数的に増え続ける」と言ったのは、18世紀末の経済学者マルサスである(「人口論」マルサス著)。彼は続けて「ただし、食糧は算術級数的にしか増えないから、この過剰人口による貧困の増大は避けられない」と警告している。さらに、「それを防ぐには、禁欲を伴う結婚年齢の延期しかない」と続けた。だが皮肉なことに、いま先進国ではマルサスの懸念とは別の問題が生じている。少子化である。国連によれば、少子化現象が起きている地域の人口は地球の43%を占めるという。実はマルサスのお膝元のヨーロッパでは、19世紀後半にはすでに出生率低下がクローズアップされていた(「人口学への招待」河野稠果著)。顕著なのはフランスである。1870年、普仏戦争でビスマルクに完膚なきまでやられた同国では、青壮年人口の少なさが問題となった。第1次世界大戦では、兵役に適した二十代人口がドイツの半分だったと指摘され、ドイツ軍にパリを占領された第2次世界大戦では、総力戦のさなか、工場労働者がドイツの半分しかいなかったことが敗因に挙げられたという。ひるがえって日本である。2005年、出生率は史上最低の1.26に落ち、同年、初めて人口が減少した。韓国の1.08や、台湾の1.12よりマシだが、これだと国力衰退は免れず、かつてのフランスの二の舞になってしまう。ではどうしたらいいのか。ヒントは欧州にあるらしい。さきの「人口学への招待」によれば、出生率が1.5以上の国はある緯度以上にあるという。具体的にはオランダ、ベルギー、イギリス、スウェーデンなどである。これは偶然ではない。この地域は伝統的に、家庭内で家事・育児・介護の分担が進んでいる。日本の出生率アップのカギは男性が握っているのである。ちなみに、あのフランスは昨年、普仏戦争の屈辱から百年以上かけて少子化問題に取り組んできた結果、出生率が欧州一の2.0に回復している。【DEERS百貨店】 本・雑誌 ◇ パソコン・家電・AV ◇ 生活・インテリア ◇ スポーツ・アウトドア ◇ ファッション・ブランド ◇ ダイエット・健康 ◇ トラベル ◇ 趣味・ペット ◇ フード・ドリンク・ワイン ◇ 出品30日間無料 ◇ 人気blogランキング ◇ 大感謝祭セール蓮4044 border="0">蓮4044
October 23, 2007
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