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名古屋の部下が原稿を見てくれというので届いたファックスを手元に置いて電話でやり取りをしてた。「…ということなんですが」「ボケ」「はい…」「カス。アホ」「ひぇ~」「タコ。2文字の罵倒コトバは、いくらでも出てくるぞ」「私は、ふたつくらいで十分です」「なにぃ~。バカ」といった会話になった。俺は育ちはいいが、コトバが汚い。ボキャブラリーも主にお下品方面なら豊富な方だ。したがって部下と話をする時によく罵倒コトバが出るがそのほとんどは言いやすいからか2文字だ。ま、逆に俺がペーペーだった頃そうやって言われてきたからでもあるが。「バカ」「アホ」は、関東・関西のスタンダード罵倒コトバだが名古屋だけはどういうワケか「タワケ」の3文字なので意外と使わない。自分たちで作っといて名古屋人も同感らしくここはひとつ名古屋流に崩して「ターケェ」と言うケースが多い。自分が言われて嫌だった言葉はナンと言っても「カス」だ。これに「クズ」が加わり罵倒値が上昇するとさらに「ゴミ」「チリ」が続く場合もあった。業界に入って最初についたディレクター得意の4段活用だ。新米だった俺にはタマラナイ攻撃であった。本当に自分が吹けば飛ぶような存在に思えたものだ。言われたことはないが人から聞いたか読んだかでは「サル」というのもある。猿だ猿。同じ霊長類だし、まぁ、猿回しとか見てるとそこそこのアタマはあるようだから俺はそう言われても「まんざらでもないな」などと妙な満足感さえおぼえてしまいそうで相手の期待に応えられない気がするのだがどうか。「タコ」と言われたことはあっても「サバ」も経験がない。鯖だ。このコトバを言われて自分の何を反省すればいいのか。「アイツの目は死んでいて、まるで3日前のサバの目のようだ」などと比喩でなら使うが(一般的ではないかもしれないが、俺は使う)そーゆーニュアンスが含まれているのだろうか。「クソ」というのもあったな。これも活用形があって「クソ」のあとに「目くそ」「鼻くそ」「歯くそ」がくっついてくる。とても嫌な感じだ。生まれ変わった自分が「歯クソ」になってることを知ったらかなりショックだと思うし。まあ、しかし。罵倒も俺の場合は愛情であって、文字通りの罵倒ではないのだけども若い頃の俺が文字通り・額面通りに受け取ってけっこう傷ついたように、今、俺の部下も傷ついたりしてるのかしら。頑張れよ、若者ども(←反省する気ナシ)
2004年10月28日
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昨日は会社方面・仕事方面で色々あった。久しぶりに怒り爆発案件がひとつ。名古屋のスタッフに電話を通してカミナリを落とすことになった。広告関係の人でなければ、それがどういうことかわからないだろうけど、まぁ、早い話『今日、印刷会社に入稿しようとしてた案件を 再度プランから作り直してプレゼンしろ』ってことだ。ちょっとソレはどうか、って事態だが見過ごすことができないコトをやらかしてたんだから心を鬼にしてでも、今、差し戻さなきゃアカンかった。ぐったりしてるところへ別のクライアントから電話。これも名古屋オフィスがらみのクレームだった。まぁ、立場からいっても文句を聞くのは俺だろうし役割としてはわかっているのだけどさっきの今では、さすがにメゲる。しばしの時間を置いて、夜にクライアントのトコに行き打合わせ。どこかで時空が歪んでいるとしか思えないようなスケジュールの仕事を依頼されて倒れる。早い話が今夜打合わせして、明日作って、明後日中には印刷会社にデータを渡さねばならない。「そんなスケジュールになっちゃいますよ」と担当の人に念を押してみる。もちろん「それは無理ですね」という返事を引き出そうという魂胆なのだが、あいにく担当者はロボットなので「そうですか」とニコニコしている。さすがロボット。私情がない。そんな仕事を合計5本くらい頂戴する。倒れすぎて床に身体がメリ込んでしまったがロボットは意に介さず「さ、では行きましょうか」などと冷静に仕切る。今夜は、新卒入社したライターのタマゴによる初取材なのだ。ホントはコッチがメインの仕事で、俺は同伴者みたいなものなのだが「どうせ来ていただけるんなら打合わせを」といかにも『ついで』みたいに言ってたクセに、精神的に疲労が激しい打合わせを強要されたワケで取材前に大半のエネルギーを使い果たしてしまった。バトルゲームならあと1パンチでKOだ。そして実際の取材はというと、対象の高校生が『これで日本も安心だ』と思わせてくれるくらいにしっかりした子だったのでライターのタマゴによる初取材も無事終了。帰りの電車の中で「それにしてもスゴイ子だったね」「ホントですね」などと話してると俺のケータイが鳴った。相手は名古屋オフィスの部下からだ。入社した時から俺になついてくれて、よく飲んだし、時々そのまま泊めてもらったりしてたんだが俺のケータイを鳴らしてくるのは初めてだ。「お、どうした?」「すいません。ボク、やらかしちゃいました」「は?」「ちょっと、やっちゃったんですよ」「仕事?事故?」しばらく前に立て続けに事故ったので、ソッチかなと思ったのだ。「まぁ、仕事、ですかね」まるで要領を得ないのだが、あいにく電車の中だ。家に着いたら電話すると言って電話を切った。ま、ここでは書かないけれど、結局、彼は「アホやなぁ、お前」ってコトを確かにやらかしていた。この電話が本日最後のトドメだったのだけど、まぁ、なんやかんやでシンドイ日になってしまった。俺の手帳に書いてあった本日の予定とずいぶん違ってしまったのだけれど。
2004年10月27日
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家の近くに「粗食のススメ」という名の店がある。コッチに越してすぐ気がついたのだがずっと行かずじまいだった店だ。お店の外に張ってあるお品書きを見ればご飯は玄米だったり、一汁三菜とか1品あたりのお値段がけっこうリーズナブルだったりしたのでいつかは行きたいなと思っていながらせっかく東京で働くことになったんだからお店開拓するんなら、まずは都内からと、後回しになりがちだったのだ。で、昨日の日曜にやっと行ってきた。「ごめんなさいねぇ。今日はほとんど終わっちゃったのよ」入って早々に女将に言われてしまった。店には先客が1名だけだったが、6時からの開店ですでに一回りしちゃった後だったらしい。結局、サンマ定食とトロねぎまを頼んだ。うまうま。俺自身のことをいえば哲学としての粗食というより粗食を余儀なくされているのがホントのところだが、それにしても粗食が板についてきた。小食といってもいいのだけど。外食メインの生活はずっと前からだけど、ファミレス系が外れ、居酒屋グルメになってからはそれにりに舌が肥えた。タバコを止めたら、それに拍車がかかったのも間違いない。ポテトチップスとチョコレートは今でも好きだが消費量たるや激減だ。ここ数ヶ月続けてるダイエットが食事内容にかなり影響を与えているのだけどストレスはそれほど感じていない。自覚している以上に、俺は成果至上主義なのだろうか。1度、体重が減りだしたら嬉しくってしょうがないのだ。誰が今さら太れるか。ある時期までサスペンダー愛用者だったがついにベルトに切り替えている。ズボンがガバガバになってしまい、上から吊ってるだけでは妙なユルユルができてしまうようになったからだ。粗食のお店は、けっこう気に入った。お酒飲まずに、食事の店として使ってる人も多いと聞いた。そうだろうなと思う。こじんまりとしてて、開店3年のわりに小奇麗にしてる。女将ひとりだけでやってる気がねのいらない店だ。「ご飯食べに来た」って言うだけで何か出してくれそうだ。今は基本的に夜の食事は摂ってないが週末は食べるようにしてるから自炊を止める気はないけど、今後はこの店も利用しよう。サンマをムシャムシャやってた時、店内のテレビでは、日本シリーズの中継がオンエアされてた。目の前でちょうど西武が逆転した。「あ~あ。こりゃ明日までお預けだね」と女将。ドラゴンズファンらしい。こういう発見や出会いがあるから、お店開拓は止められない。
2004年10月25日
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東京で働くようになって思うのは救急車やパトカーのサイレンの音をほぼ毎日でわないかと思うほど耳にするってことだ。名古屋市内で長く働いてきたが、ここまでじゃなかった。まぁ、これまでのワタクシの経歴をここで披露するならば、パトカーを呼んだこと/1回パトカーに追われたこと/2回パトカーに止められたこと/数回救急車を呼んだこと/1回救急車で運ばれたこと/1回救急車に乗って付き添ったこと/1回消防車を呼んだこと/0回消防車を呼んでもいいんじゃないか、ってくらいの火遊び/1回といったところか。最後のは何だと言われそうなので書いておくが、子どもの頃の俺は、無類の火遊び好きで当時はまだ100ライターなどなく、世はマッチ全盛であったからどうかすると道にマッチ箱がよく落ちていた。拾って中を確認するとまだ数本マッチが入ってたりして見つけちゃったからには燃やしたくてたまらない。ふと目の前の田んぼを見るととっくの昔に刈り取りが済んだワラがうずたかく積まれており、思わず「これにちょっとだけ火をつけてみたらどうなるかな」と思ってしまった。どうなるも何も燃えるに決まってる。冬場で空気も乾燥してるし、ワラを燃やすには絶好の状態だが小学何年生かの俺はまだ酸素とか二酸化炭素とかを習っていない。ワラの山のふもとの辺をマッチで燃やしてみた。メラメラと燃え始め、おぉ、これは凄いぞ。何しろバカにはあの変幻自在にゆらめく炎の形に魂を奪われっぱなしだ。奪われるにしては長すぎる時間から、ふと我に返るのだがエテシテそーゆー時は手遅れ状態になっている。気がつけば相当な勢いで炎が燃え盛っててとても小学生の俺が水もないのに消せる程度ではない。「あわわわわ…」という次第で唐突にこの話は終わるが、まぁ、そーゆーコトだったのだ。で、ついでに書いておくが、これですっかり懲りたかというと全然なワケで、その後またマッチを拾い今度は我が家の庭にあった「棕櫚(しゅろ)」の木に目をつけた。この木はヤシの木の仲間みたいなヤツで、木の幹が繊維質のモジャモジャに覆われており、これがもう、火遊び好きにはたまらなく魅力的だ。今度は大丈夫。だって庭には水道があって、ホースがついてるからすぐ消せるし。さ、火ぃつけてみよっと。ボッシュ!いやあ、何にせよ冬場の乾燥期は凄いもんですな。あんなに一気に燃えるとは思わなかったよ。今でも十分そうだが、小学生の俺はすこぶる頭が悪かったので棕櫚の木が1本だったらバレバレだろうけど幸いまだ隣に2本並んでる。3本のうちの1本だったらバレないんじゃないか。どういう見解のもとに生まれた推察かいまだによくわからないがその時の俺は、そう結論を下し、親には内緒にしておいた。しかし内緒にしておけたのは、せいぜい2時間くらいでそのあと親に呼びつけられ、こっぴどく叱られた。確か正座付きだ。当然である。いや、まぁ、しかし。話が飛んでしまったが、そういうワケでサイレンの音を毎日のようにあちこちで耳にします。皆さん、戸締まり用心火の用心です。笹川会長のようなまとめ方になってしまったが、わかる人にしかわからないだろうなあ日本船舶振興会。
2004年10月23日
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う~ん。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』をモジリたかったんだがちと無理があったな。そんなワケで健康診断だ。身長、体重、血圧、視力、レントゲンと進み、いよいよ本日のメインエベント、バリウムの登場となった。ちなみにご報告だが身長は165.8cm、体重は74.3kg視力はメガネ込みで右が1.0左が0.7、血圧は数値は忘れたが正常だ。体重はココントコついに74キロ台に移行した。さて、バリウムはこれで3回目だ。実は、実はとカミングアウト調に言うほどのことでもないが俺は結構あの宇宙遊泳みたいなウネウネムーブが好きだ。何となく浮き浮きとさえしながらバリウムを飲み先生の指示に従って背中の台についてる手すりにつかまる。台がグィ~ンと仰向けに倒れていくのに身を任せる。いよいよだ。先生の指示がアナウンスされる。「右腰を上げてください」ん?何だ?ひねるのか?こうか?こう。「はい。反対側、時計回りに横を向いてください」人使いが荒い病院だな。はいよ。「はい、正面を向いて楽にしてください」ふぅ。こっちはゲップが出そうになるのを我慢してるのだから簡単なコトでも結構シンドイ。「でわ、時計回りに二回、回ってください」ヲイヲイ。何を言いだすか。時代劇で悪代官に帯を解かれる町娘の「ア~レ~!」状態だ。相当に苦しいが、ヘタに呼吸をするとゲップが出てしまう。どうやらここの病院の設備は、俺が今まで体験してきたような前後左右へ稼働できるタイプではなく前後(上下)オンリーらしく、左右は被験者が自らゴロゴロせなあかんタイプのようだ。そうとわかれば何一つ楽しい時間ではなくなった。その後しばらく撮影が続いたが、信じられない指示が出る。「ちょっとバリウムの回りが足りないので台を 頭の方に下げますけど、そのままじっとしていてください」「え?」事態がよく飲み込めないうちに台が俺の頭の方から下がっていく。テレビのクイズ番組でやる罰ゲーム状態だ。わぁ~っ!ちょっと待て待て。ンゲガッ(←ちょっとゲップが漏れる)たぶん角度でいえば5度とか10度なんだろうが相当に苦しい。頭に血が昇りはじめた。顔面がジンジンしている。はよ、素に戻さんかい。てか、頼むからバリウム回せよ、俺の胃。で、何とか撮影終了し、台が垂直に戻された。もはやゲップがノドチンコの裏側まで来ている。「では、今からお腹を押していきますので 痛いトコがあったら言ってください」というアナウンスと同時に昔の新幹線の鼻先というかビルの消火栓とこにあるカラータイマーみたいなのを先端にくっつけたアームが俺の腹をめざして近づいてきた。「んがっ…」ぐ~りぐりぐ~りぐり…。「痛いトコありませんかぁ?」痛くはないがもうだめだ。グェ~ッフ!ゲップ出てまったがや(←名古屋弁)まぁ、撮影も済んだことだしゲップしちゃってもいいのだろうが、何か最後の最後で負けた気がする。できればガマンしたかった。何に対する意地なのかよくわからないが。
2004年10月22日
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昨日の帰り際のコト。「健康診断は明日だっけ?」という俺の言葉に「そうです。午後からですけど、検便大丈夫ですよね」の声。そういえばずっと前に何か容器と数枚の書類をもらってた。俺が熱を出してしまったことで延期にしてもらって以来そんなモンは放ったらかしであった。大体検便は当日の朝に採りゃあいいんだし、きっと渡された書類には場所とか当日の注意が書いてあるんだろう。「検便は、今日と明日の当日、2日連続で必要ですよ」「…は?」ゲ!今日のウンコから必要なのか。今日ってもう夜やんけ。ウンコなら日中に2回くらいダバダバと済ませたぞ。早く言ってよと思ったが、3週間くらい前に渡されていたのに確認していなかった俺が悪い。「飲食の注意事項は確認されてますよね?」お前、俺が確認してないだろうと思って言ってるよね、それ。もちろん確認してないぞ。「前日の今日は夜9時までに食事を済ませてください。 飲酒は今夜はアウトです。 明日の朝は午前7時までに何もつけていない食パン1枚と牛乳という 簡単な食事で済ませてください」何でそんなことまで人から指示されなアカンのだ。健康診断するのにそんな不健康なことを強制されてはたまったもんじゃない。たまったもんじゃないが、目下の懸案事項は今日のウンコだ。まだ残ってるだろうか。残ってたとしてもそれは本来明日の朝出すためのウンコなのではないか。しかもここ最近のダイエットの食事サイクルは原則的に夜は食べないことにしているから午後にウンコを出しちゃったら、次のウンコの素は翌日の朝食・昼食を摂取しないことには体内に存在しないのだ。顔を引きつらせながら帰宅する。早速コーヒーを入れ利尿作用をひたすら待ちながら検便セットを用意する。洋式トイレに敷くペーパートレイなるものがついていた。穴の中にウンコが転がって採取しにくくなるのを防ぐためにあらかじめこのペーパーを敷いておけということらしい。何となく「出そう。出るかも」という機運が高まってきたのでそろそろと便器に座って腹筋に力を込める。あ、おしっこが出ちゃう。出ちゃうよぉ。今おしっこしたら、さっきのペーパーはどうなるんだろう。なぜ、先におしっこをしておかなかったのか悔やまれてならない。どうしよ、どうしよと思ってるうちにええいままよと放尿。続いて悶絶するうちに、ウンコが、こう…あえて文字にするなら「スマゥッ」って感じで少しだけ出た。やった!出た。とりあえず今日の分は出たぞ。お尻を拭いて急いで便座に向き直る。「う」あろうことか、ペーパートレイは小便に導かれて便器奥の穴に引きずり込まれて水面下まで達しておりなけなしの小さなウンコはその落ちくぼんだペーパートレイの真ん中に鎮座していた。トレイの意味、全然ナシ。まあ、しょうがない。そっとペーパートレイを引き上げ、便器の手前のとこで採取すりゃあいいや。ポトッ水に濡れたトレイは、あっさり破れ金魚すくいのように破れた穴からウンコが便器の穴に転がり落ちていった。あの穴ん中の水が黄色っぽいのは、さっき俺が小便をしたからだがその奥底に横たわっているウンコをどうやって取り戻そうか。何でかその時、何もかもが面倒臭くなりトイレの個室を出て割り箸を持って戻ってくる、という努力などする気になれなくなってしまった俺は、忍法『俺は今だけインド人』の術を操りだしてしまった。インド人はウンコを自分の手を使って水洗いする。日本人の俺ではダメだけど、インド人の俺だったらこの小便まじりの穴に手を突っ込み、ウンコをつかむことができる。念のため言っておくがこれは自己暗示ではなく忍術だ。「俺は今だけインド人!」ウンコ奪還成功。成功したのはいいが、やっぱり早く手を洗いたくて便器の後ろにあるレバーをひいて水を出そうとする自分に呆れる。たった今、インド人にまでなって取り戻したウンコを流してどうするか。そんなこんなで検便1日目は終了したが肝心の健康診断を書く時間がなくなった。まずは検便ネタで送信。
2004年10月21日
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鉄人といえば28号だが、今来てる台風は23号だ。鉄人まであと5号。何が何だかよくわからないがきっとイチローとかの記録更新を追いかけるクセがついているのだろう。つい、がんばってもらいたいとワケもなく思う(思いません)。などと台風ネタを追っかけてたら、「台風のアジア名」なるものを見つけた。そのサイトによると2000年から「北西太平洋領域で発生する台風には同領域内で用いられている固有の名前(加盟国の言葉で動植物や自然現象に関係する名前)をつけることに」なっていたらしい。台風の名前=女性の名前、というのが定説だと思っていたがアジア系の台風は、そんな定説とか常識などないらしくそりゃあもう大変なことになっていた。中国は『孫悟空』で、お国柄と雰囲気がマッチしてておぉ、キントン雲の勢いがあって大変共感できる。タイは果物の『ドリアン』を持ってきた。大きくて異臭を放つ台風は迷惑この上ない。ところが妙な名前もチラホラしている。北朝鮮は『マエミー』ときた。意味は『せみ』だ。せみかよ。せみでいいのか。ベトナムも妙だ。『サオラー』意味がスゴい→『最近見つかった動物の名前』わかんねえよ、そんなん。じゃあ、我が国はどうかと言えば『コップ』意味は『コップ座』しかも綴りは『Koppu』なんだそれ。容器のコップじゃイカンのか。星座から採るならもっと他にいくらでもらしいのがあるじゃないか。ケンタウロスとかペガサスとかは議題に上がらなかったのか。しかも『Koppu』ってローマ字だろう。この国はいつからこんなにダメになっちゃったんだ。「おい、コップが近づいてきてるらしいぜ」「そうらしいな。今度のコップはデカいらしい」「まったくコップにゃかなわないからな」誰が決めちゃったのか知らんが、お前は国民にこんな会話をさせたいのか。しかしコップ座って何だ。ギリシャ神話でどんな役割を果たしたのだろう。ひょっとして日本側からしか見えない独自の星座かもしれない。『Koppu』だもんなぁ。
2004年10月20日
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会議のための名古屋日帰り出張中だ。午前中は、犬山市で会議。千葉の俺の家から向かうとなると逆算の結果、午前6時起床となる。普段8時起きの俺としては、早朝というより「未明」だったり「明星」の時間で早い話がそんな早くに起きるなんて、とても自信がない。今回は部下の新人ライターと東京駅で待ち合わせすることにしていたのでついでと言っちゃあ何だがモーニングコールをお願いすることにした。で、今朝六時、俺のケータイが鳴らされた。飛び起きてケータイを見るが、登録されてない番号が表示されている。まだ身体が音に反応しただけで、脳みそは完全に熟睡している俺には誰が何のために電話をしてきたのか、さっぱりわからない。とりあえず電話に出る。「はい、もしもし」「おはようございます。私です」若い女性からの親しげな電話にパニくる。何だナンダ。まったく見に覚えがないぞ。新手の商売か。せめて会社役員として部下との約束とか、今日は出張とかの項目くらい覚えていてしかるべきだろうが寝起きの頭はただひたすらにハクチ化している。「えっと、誰ですか」ワケが分からないまま敬語を使ってる俺もどうかと思うが部下も面食らったに違いない。モーニングコールを頼まれた上司からイキナリ「誰ですか」と言われたのだからたまったもんじゃないだろう。「私です、私です!」「えーと…」ワタシじゃなくて、ちゃんと名を名乗らんかい!逆切れだろう、それじゃあ。アルツな父親に忘れられたムスメのような、悲痛な彼女の「私です」コールを聞くうちに、やっと事態が飲み込めてきた。途端に今までの会話のマヌケさ加減が恥ずかしくなりも、もちろん最初からわかっていたさ的態度を取り繕うために威厳のある声で話し掛けてみた。「今、何時かな」「六時です」だから六時に電話しろって頼んだのは俺だってば。威厳、大失敗。いろんな意味で目が覚めたので、彼女に礼を言う。「ん。そか。ありがとう。もう大丈夫だから。おはよう」「おはようございます」彼女は、ますます不安になったに違いない痛恨の帰路。 (AM 02:26)名古屋のオフィスで給湯室に入ったら、前々から気に掛けてた部下と二人きりになった。などと書くと、そこはかとなくオフィスラブなムードが漂ってしまうが相手の部下は男だ。それならそれで事態はさらに複雑化しそうだが残念ながら俺にはそんな趣味はない。今年の始めに中途採用した男で、俺とは仕事上では直接接点が持てないままに俺が東京に来てしまったので、ほぼすれ違いだったのだ。でも、頭の良さはすぐにわかったし、上手くポジションを作ってくれたらいいなと期待をしてたのだ。ところが、東京という離れた場所から見てても彼を取り巻く状況は、上手くなるどころか深刻になるばかりで早い話が彼にとっては「やってらんない」仕事と職場となっていってるのはすごくわかったので、何度か話をしたりその都度、後方支援とか遠隔操作をしてはきたけれど、その給湯室で彼から「今日、早くに東京に戻られます?」と訊ねられるにいたっては(あ、ヤバ)と思わずにいられなかった。互いに申し合わせて早めに退社し、一路名古屋駅辺りに。彼の案内でお店に入りとりあえずビールをあおりつつ「で?」「まぁ、その実は…」の先は予想どおりで、いや、予想以上か。もうすでにマネージャーに退社の意向を伝えました、という事後報告だった。そういうことは最初に俺に言え。思わずそう言いたくなったが、彼なりのスジの通し方もわかる。役員の俺が言っちゃいかんのかもしれないが、頭のいいヤツから辞めていく。逆に言えば、残念ながら頭のいいヤツが力を発揮できる土壌ができていないのだ。頭のいいヤツを生かせる上司もいないと言ったら言い過ぎか。でも、そうだ。そんな大きな部署でもないのに、小さな歪みを修復できないでいるからこんなことになる。今更ながら己の力不足を痛感した。「今日聞いた話は、無駄にはせんよ。動けることから動かすけど、それを引き止める材料だとは思わなくていい」そんな話をしてるうちに時間切れ。新幹線の時間がヤバくなってお開き。帰りの電車の中では、彼との会話を反芻してた。東京に彼を引っ張りたいと社長に進言したのは、この前の京都出張の時。来期の人事を考える時期であり、その話は社長の内諾を取り付けていたのだが矢先にこれだ。いろんなことが悔やまれてならない。でも悔やんだところで、もう遅すぎるのだ。
2004年10月19日
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寿司が大好物で、寿司のカテゴリーに含まれるモノまで基本的に何でもオッケエだ。たとえばチラシ寿司も好きだし、『べったら』も好きだ。そして自分のハンドルネームは『デッパラ』でなにが言いたいかと言うと、昨日の夕方、浦和に昔から伝わる「もんじゃ」とは似て非なる『ボッタラ』なるものを食べてきた。ベッタラ好きのデッパラがボッタラを食べた、と言いたかっただけで7行を費やしたが悔いはない。最近になって再び探検グセが顔を出してきたようでアチコチをうろうろするようになった。浦安のこの店も、「散歩の達人」で知ったのだった。今回は同好の士がご一緒で、ここの日記を時々覗きにきてくれていた繭さんだ。俺の日記は、トップページの最初の文にあるようにただひたすらに日記を書くことが目的でアクセスを増やしたいとか、ここを使って商売したいとかそーゆー野心は皆無、というスタンスでいる。誰かとの出会いとかも全然期待してないわけで。ものすごく例外というか心外というかタナボタというかま、その青天の霹靂(←読めますか)な事態だ。そのお店の名前は「小ばなし」といって教えてもらわなきゃわかるわけねえだろ、な場所にありました。「ぼったら」は、あらかじめキャベツやらエビやらの具がダシのきいた小麦粉汁でかき混ぜられた状態で鉄板焼きテーブルで待つ我々の目の前に現れた。これに好みに合わせてソースを混ぜつつ鉄板に流し込み焼けてかたまり出したころ合いを見計らって食べる、というものらしい。らしいというか、そうやって食った。もし「それは違う!」という浦安市民がいるのなら本当の食べ方を教えてくれ。もんじゃの手応えのなさを考えれば、俺はぼったらのが好きだ。ダシもきいてたし、同行者は何もしないで食うばっかだし。ま、それは、ぼったらとは関係ないが。そんなこんなでアジアジアジと言いつつ食べた次第です。えっと、今からお客さんのトコに行ってくるので唐突ですが、この辺で。
2004年10月18日
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明治時代は色んなコトがあったのだろうが日本語が一気に増えた時代とも言えるらしい。あの時代の人がスゴかったのは、西洋から入ってくる様々な物品・文化・概念を「外来語」「カタカナ語」ではなく日本語に置き換えようとしたことだ。俺は「日本語はどこから来たのか。どうやってできたのか」みたいなテーマでいくつかの書物を読み漁った時期があって、そうした中で、この明治時代にできた日本語などという部分に妙に感動したのだった。全部忘れたが。確か、「自由」という言葉もこの時代にできたはずだ。英語のFREEに対応する日本語がなかった、らしい。じゃあ、それまでの日本はどうだったのかというと「家」だったというのだな。個人の自由という概念が存在しない社会。そんなことしたら「家」の恥になる。ほほぅ。それよりスゴいのは、FREEを「自分があるぞよ」と漢字を並べたことだったりする。いみじくも文章を書いてイクバクかのお金をもらってる身分としては、この時代の人々の叡知と努力に頭が下がる思いだ。いや本当に。広告業界に身を置いているとやたらカタカナが飛び交ったりしてて、それが俺はスゴく嫌でだから、自分が作る企画書やコピーにはほとんどカタカナ語が出て来ない。コンシューマーとかイノベーションとかあるでしょ。そーゆー文章とか他人の企画書を目にするにつけ「なーに言うかぁ、このエセ外人がぁ! 日本語で言え、日本語で。日本語を作ってみろ」と、ワケもなく嫌悪感を露にしてしまう。とりもなおさずそれは、明治男への思慕というか敬愛みたいな気分がその奥底にあるのではないかと思われる。そんなワケで、今日も俺は『分かり易い(はずの)企画書』を作っております。何かが足りない夜。 (AM 04:12)西船橋は安さの殿堂「ドンキ●ーテ」に行ったのは午後11時を回っていただろうか。会社の帰りに、ふと思い立ったのだった。そろそろ炬燵のシーズンだと。俺の部屋には愛知から持ってきた炬燵がある。テーブル代わりに使っているのだが残念ながら炬燵布団とコンセントにつなぐスイッチ付きケーブルがない。こうなると炬燵は、全くもってテーブルでしかない。テーブルにしては裏側に赤い網アミのアレがヘバりついてるが心底テーブルだ。だから、テーブル炬燵化計画に沿ってドンキ●ーテには、炬燵布団とカーペットを見に行ったのだ。さて、およその市場調査を終えた俺は、西船橋駅には向かわず線路沿いに歩きだしたのだった。俺の住む行徳まで3区を歩いて帰ろうという魂胆だ。ここ最近、この日記にたびたび書いてる通り、俺は今、絶賛ダイエット中だ。75kg辺りを境に二度目の停滞期に入ってるので積極的に歩け歩け運動を展開中なワケだ。俺の横を東西線の電車が通り抜けて行く。いいさいいさ。さぁ、追い越していくがいい。俺は歩くったら歩くのだ。ひたすら歩いていくと最初の駅が見えてきた。原木中山だ。バラキ。なんて響きなんだ、バラキ。何げに駅を覗く。当然そこには「メトロ」の看板があるはずなのだが今夜に限って「JR」書いてある。タチの悪いイタズラをするヤツがいるもんだ。しかもご丁寧に駅名まで「下総中山」などと書き変えているではないか。全くこれだから千葉県民は…と、なんとか現実逃避を試みようとしたのだが早い段階で俺の心がバキッと折れた。ものすごく動揺しながら駅の時刻表ですでに最終電車がないことを確認し、次にものすごく動揺しながらコンビニに駆け込み書籍コーナーにあった千葉県の地図で現在地点から俺の家までの道程を確認した。そーだよなぁ。西船橋からすぐに、こう、ビローンと枝分かれしてたよなぁ、東西線とヂェーアールって。沿って歩くべき線路を途中から完全に間違えていた。で、俺は今からこの距離を歩くのかよ。お前なぁ、歩くっつったってスゴいぞ、これは。地図の上でも15cmはあるぞ(←縮尺の計算をするといよいよ具体的に立ち直れなくなるので絶対しない)この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。(中略)迷わず行けよ。行けばわかるさ。人生の師・猪木の教えは深い。迷わず行ったら迷った。まだまだ修業が足りないということだ。家に着いた時間はあえて書くまい。疲れた身体を風呂で労りつつ、汗を流す。さ、体重を計ろう。75.4kg。修業が足りない。俺に足りないのは、もっと他にある気がしないでもないが、今夜は考えたくもない。
2004年10月16日
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ヘバっている間は、爆睡してて何もしてないので日記に書くことがない。俺的には何もないのだが、俺がいない間今年入社したばっかのライターの卵さんは相当に大変だったようだ。今も。そらぁ、まぁ。自分の予定に入ってなかった仕事が突然ブチ込まれたワケで、アワ食ったのは当然だろう。今も横で眉間にシワ寄せてカチャカチャとテキスト作ってる。「大丈夫?」「ええ、一生懸命やってます」答えになってない(笑)「一生懸命やるのは当たり前。そっからどうだって話だろ」「えと。頑張りますよ」やはり答えになってないが頑張るらしい。「お昼には仕上げますから見てください」やっとまともな返事が出た(笑)彼女は基本的にお嬢さん育ち。私立の中高一貫校から某私立難関大学に進んだクチだ。イマドキの子ではあるけど、ズレてもスレてもいない。頭のいい子なだけに使いやすい。ずっと広告業界にあこがれて専門学校に入って躍起になってるヤツって熱意は認めるし、戦力的には使えるかもしれないけどクセがあって上の立場からすると使いにくいヤカラが多いのだ。ま、俺なんかその典型だったけど、実は。かつての使いにくいヤカラは、今こうして使いやすい部下に働かせつつ、横でコッソリ日記など書いてたりして、やっぱり今も使いにくい上司に成り上がってたりするワケです。一生懸命、頑張ってね、部下さん。
2004年10月15日
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咳が停まらない。痰がからむ。熱が出ている。風邪の代表的諸症状がそろい踏みだ。そして、今日は会社の健康診断の日。診断される前から不健康な自覚がありすぎる場合はどうしたらいいのだろう。バリウムだ何だとやらされて「あなたは風邪です」なんて診断されてもかなわない。んなこたぁ、わかってら。なので、今日の健康診断は延期させてもらった。そんなワケで本日、デッパラは死んでます。また、お会いしましょう。さようなら。
2004年10月14日
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『入浴剤を溶かしたお湯を追い炊きすると、ごくまれに配管や風呂釜の汚れが出てくることがあります』どうやら俺がその『ごくまれに』の大ビンゴだったらしい。入浴剤が好きで、その日の気分に応じて「箱根」や「道後」の湯に浸かっている。温泉系が基本だがたまには違うのをと思い、しばらく前に『バブ』を使ってみた。ほのかな香りとアッタカイ気分が心地よく、いい感じで湯ブネでまどろんでいたら、何か浮いている。最初は「湯の花」かと思った。さすが『バブ』細かいワザが効いている、と思ったら、湯の花どころか、風呂釜に溜まった、いつかの俺の垢だったらしい。垢リサイクル。自分にやさしい新陳代謝。なんのことか。まぁ、それはそれとして今は風呂でノンビリしたいけんね。けんね、けんねと気にしつつも放っておいたんだがやはりガマンできず今日、会社の帰りにドラッグストアで買ってきた。『ウルトラパワーズ フロ釜クリーナー』何でこれにしたかというと、陳列棚の中で一番激しいパッケージだったからだ。商品名より大きな文字がパッケージに踊っている。『風呂水が危ない!』ときた。どうやら『浴槽に放出される雑菌が危ない』らしい。汚いのかと思ったら危ないそうだ。知らなかった。世の中どんなところに危険が潜んでいるかわからないものだ。我々は今一度、己の垢について認識を新たにする必要があるだろう。で、まぁ。早速やってみたのだが、いやはや…。ありゃあ、スゲエもんだな。どれくらいスゲかったかというとこの俺が「ひゃあぁ~っ!」と声を上げたくらいだ。でも、面白かった。前にも書いたが、洗濯とか成果の見える家事は好きなのだ。今回はその代償として、どうやら風邪をひいたらしく、熱っぽくなってしまったが、日記ネタもできたし悔いはない(笑)な、ワケでおやすみなさい。ふぅ。
2004年10月12日
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横浜は貴婦人・日本丸んトコまで行ってきた。小中学生相手のイベントなのだが、あいにくの雨模様だった。このイベントにはNPO団体として主に広告制作面から関わっていて、イベント初日の今日、俺は関係者各位にご挨拶するために行ったのだ。行ったはずなのだが、ご挨拶はハマの風に巻かれて飛んでしまい、気がつけば根性のネジ曲がった小僧どもを引き連れて会場まわりのゴミ拾いをしていた。どしたことか。基本的に今回のイベントは、ボランティア団体・個人によって運営されている。行政から降りる予算は「あれっ?!」というほど極小なので関係者は、すべからく現場スタッフとして借り出されることになったのだ。この場合の関係者とは、担当営業マンから出てきた今回の広告の見積書に「うぇ~っ!やっすぅ~!マヂでぇ~?ま、しゃあないわなぁ」と、答えただけの俺も含まれていた。おかしいではないか。大体、何で出来上がった大会運営委員名簿の上の方に俺の名前があるのか。さて、イベントには仕切り屋さんがつきもので俺がたまたま入ったブースこそ恐怖の仕切り屋ネエサンによる「はいコレ読んで」地獄だったのだ。そもそも、そのブースに入ったのは偶然でしかなくてゆーか、挨拶はどうしたか。まぁ、開場前だし初対面だし世間話でもして場をつなぐかぁ。「降り出しそうですけど、天気持つといいですねぇ」「ねぇ、ホントに。はいコレ」いきなり何か書かれた紙を渡される。「マニュアルです。御覧になってます?」「いや(挨拶に顔を出しただけなんだけど)「まず、上から4行目を読んでください。はいココ。覚えてください」「はぃ…」このオネエサンは知らないのだ。俺が何者で、なぜここにいるのかを。だから怒りゃあしないが、もう少し俺がこのブースにいることを考えてみる気はないかオネエサン。たとえば誕生日とか、血液型とか、好きな色とか、尊敬する人とか、まぁそんなことはどうでもよろしい。そんなこんなで、いつのまにか開場し来場者が増えるにつれそんなコトも言ってられなくなり、客をさばかざるを得なくなった。オネエサンに促されるまま、あれよあれよと言う間に、子供6名を引き連れてのゴミ拾いが始まってしまった。大人だろうが子供だろうが、人が6名集まれば必ずやる気がなくて不満ばかりこいてる、いわゆる「バカ」が紛れ込む。あまりに意味のわからないコトばかり言うので素直に「バカ」と言うと「子供にバカって言っちゃイケナイんだぞ」とコキやがった。「なにぃ~?バカバカバカバカァ!」子供と同じ次元でケンカすんなよ、俺。ボランティア精神のカケラもありゃしない。そんなことより挨拶はどうなったのか。
2004年10月11日
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低い断続的なリズムが寝ていた俺の耳が気付いたらしい。覚醒と呼ぶには、まだ少し足りない頭で、このマンションのどこかの階の住人が洗濯機を回しているんだろうか。あぁ、俺も溜め込んじまってるからやんなきゃな、と冴えない頭で考えた。などと少々ハードボイルド風な書き出し方をしてみたが、特に意味はない。気分だ気分。のそりと起き上がって洗濯機を回していると窓の外から「ワッショイわっしょい!」という子供たちの囃子声と太鼓や拍子木の音が聞こえてきた。どうやら先程のリズム音はこれだったらしい。なんでワッショイが洗濯機の音に聞こえたのだろう。午前中に洗濯と掃除らしきものを済ませたら、午後からは毎月恒例のお寺参りだ。あと自宅で仕事。明日は、横浜で東京オフィスが絡んだイベントの初日で、ご挨拶&ボランティア要員として借り出される予定なんでそれで一日が終わってしまう。だから、けっこう今日はやること満載なのだ。ので、これにて行徳メモリアルスタジアムよりお別れです。緑化運動、勃発。 (AM 02:33)名古屋オフィスに居た頃に、自分のデスクで育ててたホントの名前かわかんないけど「テンタクルなんとか」っていう「(かっこ)」付けて書いたワリには、やっぱり不確かな名前の観葉植物を育てていたんだが、千葉にはこいつも一緒に越してきた。千葉の水があったのか異常に育ったため鉢を替える必要があったのと、俺の部屋がイマイチ殺風景なワリにペットが飼えなかったりなのと、最近、ハーブの種を手に入れたのとが重なったんで『観葉植物を育てるアレコレ』セットをお寺からの帰り道に買ってきた。たった一人の緑化運動だ。これまでにも苗から何かを育てたことは何度かあるが、土まで用意して種から育てるなんて初めてだ。売場には、いろんな土だの培養土だの肥料だのが並んでたので一瞬ひるんだが『観葉植物の土』という、これ以上はないくらいのベストな商品名の土が売っていたのですべてを信じてコレを購入。植木鉢が必要だと思われたが『なんとかポッド』という木の繊維みたいなのを鉢の形に固めたヤツを見つけたので、これを鉢の替わりにしてみた。小さな鹿の糞みたいな石だか土だかわからないのが袋入りで売っていたので、何となくこれも購入。「なんかこーゆーのをどっかで見たことあるから」という、これまた不確か知識だ。もちろん、効果とか使い方は知らない。ついでに苗売りで「リボンカクタス」という、面妖な植物も見つけたのでナニゲに購入。初対面の植物の育て方など、もちろん知らない。あと勘で霧吹きも買ってみた。ここまで読んだ観葉植物好きの人なら相当にじれったいか不愉快な思いをしているのだろうが構うこたぁねえや。すべての名古屋人は今年から全員「オレ流」なのだ。確か市の条令でそうなったはずだ。家のベランダに出てさっそく取り掛かる。まず、テンタクルの鉢を替えることから初めてみた。『観葉植物の土』の袋に鋏を入れ、なんとかポッドに土を流し込もうと、袋を鷲掴みにしたら握力で土が溢れ、大量に畳の上にこぼれた。なんのために本人がベランダに出たか。メゲずに作業を続行する。今度は買ってきた物すべてをベランダに出してだ(←当たり前)ハーブの種蒔きに取り掛かる。なんとかポッドに土を入れる。オッケェ。種の入った袋を開けた。これもオッケェ。うわっ!種、小っせぇっ!こりゃあ慎重にばらまかないといけねぇな…。土の色で種を見失い、一瞬のうちに鉢の端っこの方に全部の種を流し込んでしまった。もう戻れない。覆水盆に帰らず。あぁ、高校受験の時に覚えたんだよなぁ、この言葉などと遠い昔を思い浮べてる場合ではないのだった。息を吹き掛けて種を散らそうかどうしようか鉢の外まで吹き飛んじゃいやしないかと、オロオロしてるうちに種は土の湿気に紛れ込んでしまい、もはやどこに種があったのかもアヤフヤだ。どうなるのだろう。こんなんで、ちゃんと芽を出すのだろうか。鉢の端っこからカイワレ大根みたいなのが群生してる絵が頭に浮かんだがどうにも手遅れだ。そんなこんなで、テンタクルとリボンと2つのハーブの4つの鉢が今、テ
2004年10月10日
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どうした。また何か宇宙人に埋め込まれたのかと言われてしまいそうなタイトルだが、そうではない。『キャラミル研究所』というリクルートが運営している性格診断サイト、みたいなアレだ。→http://www.charamil.comすっかり有名なサイトになったので知ってる人も少なくないだろう。俺もこのサイトができてスグに試したクチだ。今夜、仕事が押して終電に間に合わなくなり台風も来たことだしで突如「まぁいいや状態」になり事務所で過ごすことにした。仕事も一段落ついて、ちょっとネットを徘徊しているうちにこのサイトに再びたどり着いたワケだ。「どれ、久しぶりにやってみっか」と、質問に答えていったのだが、いやあ絶妙ですな。ここの診断っぷりは。その診断結果こそ、冒頭の『W・C・F/SLOW型』なのだが俺がどんなタイプ・キャラかというと、こんな、らしい。象徴的なフレーズを抜粋してみる。↓カテゴリー:ワイルド●思うがままに楽しいことをやりたい「イエーイ系発想」 ●柔軟かつ独創的な発想をする人です。●「いかに周りをあっと言わせるか」が人生のテーマです。●「ワクワクがムクムクだぜ!」とか本気で思っちゃうところが実にキュート。●時に「立つ鳥後をにごす」わがままぶりに、お友達の苦労も絶えません。※デッパラ注)「ワクワクがムクムクだぜ!」基本原則この生き方で、ここでのプロフに『おもしろき こともなき世を おもしろく』が座右の銘としていることからもドンピシャ。カテゴリー:キャプテン ●とにかく「仁義」にこだわり、仲間には惜しみなく思いやりを与えます。●他人の失敗を戒めたりする場面で、愛のある態度で接することができるしかり上手でもあります。●けっこうカタブツ。おせっかいなところもあります。※デッパラ注)口ぐせに『スジを通す』がある。マージャンのことでわなくそれをやるか、やらないか、の判断をする時などにこの言葉がアタマをよぎる。スジが通っているなら「やる」方だ。「叱る」と「怒る」を気にしてる日記を数日前に書いたばっかりだ。カテゴリー:フィーリング●がちがちのお役所的発想とはまったく逆。ユルユルです。●ときには「いいよいいよ」のお目こぼしもアリ!という寅さん気質です。●しかし、話に一貫性がない、約束したことを守らない、といった風まかせの一面もままあります。●「ふやーっとモノを考えるのが好きです」※デッパラ注)こと、職業が広告屋ですから、仕事面で主に発揮される側面だ。風まかせの一面も含めて。カテゴリー:スロウ●うわべだけの会話、社交辞令がきらいでおべんちゃらは言いません。●自分では口下手と思っているフシがあり、パーティや大人数が集まる社交の場はどうも居心地が悪く感じるようです。●逆に少人数でいるときは語らうことを好みます。※デッパラ注)祇園の高級クラブで押し黙り、コンパで居心地悪くしてるのはつまり、そーゆーことだと思われる。あんまり抜粋しちゃうと著作権に抵触するのでこの辺で止めておくが多分、ここの日記を読み返していただくとビシバシとハマるはずだ。それなりにチョット良すぎる分析のされ方だが、向こう(リクルート)も商売だからマイナス要因は控えているのだろう。時々、誰かに自分を見てもらいたいとか客観的に自分がどう見られているかを知りたい欲求ってのが出てくるようで、それが今夜だったりするワケだがまぁ、そんなコトよりやっと眠くなってきたので突然ですが、おやすみなさい。う~ん、風まかせ。
2004年10月09日
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昨日は久しぶりに「叱る日」だった。部下達の仕事の進め方とか意識とかそういった部分で何だか立て続けに「よくない」ことが重なったのだ。「怒る」んじゃなくて「叱る」、ってことを心がけてはいるけれど1日の中で何度もソレが重なると、つい「怒る」にシフトしてしまいそうになる。そのたびにクールダウンと称して部屋を出たり、ウンコしてみたり、コンビニに行って食玩の「犬の生活」シリーズを買って「お、今日は茶飲みレトリバーか」と、ほくそ笑んでみたり、イスに座ったままワケもなくクルクル回転してみたり、電話で話をすりゃあ相変わらず妙にリアルにオジサンの絵などを描きあげてしまったり、ところで俺は今日、予定してた仕事を全然してないよなどうしよっかなとチョットだけアセってみたり、多面的重層的な取り組みによって冷静さを取り戻してみたりしたのだった。まぁ、叱るにせよ怒るにせよ、こーゆーコトはパワーが必要だ。年々、妙に物分かりがよくなって角が取れて丸くなってしまったからこういうことはすっかり苦手になってしまった、というのは全然ウソで、どちらかといえばいつでも戦闘態勢に入れる。ケンカっ早いワケじゃなくて、いつでもスイッチを入れられる感じだ。そのスイッチがどこにあるのか未だにわからないが。左手の内側に昔からホクロがあるのだがなんか気になってチョクチョク見てしまうので、意外にこれがスイッチなのかもしれない。ところで今、トイレに行ってきたのだが何でかパンツを前後ろに履いてることに気がついた。クールダウンし過ぎたのかもしれない。
2004年10月08日
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東京は人が多い。人が多いと中には「ちょっとどうしちゃったの」という人も少なからず現れてくる。まぁ、人それぞれ。主義も主張も宗教も違うワケで人様に御迷惑さえかからなきゃ、何をやったってかまわんのだけど、対応に困る時も少なくない。今朝、都内の事務所に向かう途中のことだった。地下鉄の階段を昇ろうとしてたら向こうから推定年齢50代半ばのカップクのいいオジサンが降りてきた。無造作に伸ばしたロマンスグレーの髪を後ろで束ねてオールバックにしている。着る服が紋付き袴とかなら、どっかの道場の先生と紹介されたってかまわない。別に紹介される筋合いもないが。しかし、現実に俺が見た時のオジサンは白い薄手のポロシャツを着ていた。問題はそのポロシャツに黒いブラジャーが透けて見えていたことだ。どういう主義か。モーホとは違う気がする。女装癖でも、ましてニューハーフでもなさげだ。ごく普通に着用していたように見える。道場の師範なのに。このことからわかることは、人は身なりから職業やグループをイメージしてしまいがちで異なるモノ同士の組合わせには、ひどく動揺してしまうということだ。昔、在籍していた広告制作プロダクションの裏にヤクザさんの事務所があった。ヤクザといえば黒塗り・スモーク外車が相場だろうがある日その事務所の駐車場に、当時発売されたばかりの真っ青なRAV4が納車された。それは困る、と思った。黒塗りスモークはヤクザの身分証明だからだ。日本の交通事情を乱してはいけない。人間わかりやすいことが大事だ。18歳から21歳までを東京で過ごしたのだが、その頃の強烈な思い出として、こんなエピソードがある。場所は新宿だ。伊勢丹辺りの人通りの多いトコだった。人の群れの中で頭一つ分抜き出るほど大きな彼に目が釘付けになったのは、その体格の良さではなかった。紺色のスーツにトラッドな赤いネクタイまで未だに覚えているが、なぜそんなに覚えているかというと彼は尺八を一心不乱に吹きながらこちらに向かってきたからだ。どう見てもサラリーマンなのに尺八を吹く体格のいい男。どういうことか。あれから20年が過ぎ、再び俺は東京に来て向こう側からやってきた男によって対応に苦慮している。東京は変っていない。俺も変っていない。
2004年10月07日
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千葉県は旭市に仕事で行ってきた。生まれてこの方初めての地だったのだが、何より仰天モノだったのは住所。名古屋人の合理主義が産んだ住所と言えば名古屋駅界隈を「名駅一丁目」。『駅んトコら辺だから名古屋駅だし、メンドくさいから略したらええがや』という、ちょっとそれはないんじゃないか的な副産物を産んでしまったりするのだがこんなモン、目じゃねえ的地名に今回の旭市出張で出会ってしまったのだった。千葉県旭市イ千葉県旭市ロ千葉県旭市ハ千葉県旭市ニえっと。これが何なのかというと冗談ではなく住所だ。いずれもこのあとに「0000番地00号」みたいなのがくっつく。俺がいただいた名刺にも、そう書いてあった。あんまりじゃないか、イロハニ。もっと郷土を大事にしようぜ、イロハニ。帰りに旭駅で電車を待っていると、ホームにホームレスなオジサンがいた(シャレてるワケじゃないよ)それはいいんだが、俺が彼に目が釘付けになったのはどこから入手したのかわからないが視力測定に使われる縦3段に「C」が並んでるクシャクシャになったアレを両手で持ってしきりに顔をかしげながら一人測定をしていたからだ。おいおい、オジサン。それはもうちょっと離れたとこから見るもんだぞ。壁に貼れ、壁に。てか、駅のホームでナニやってんだ。ほうら見ろ。適当な住所にしちゃうから住民に混乱が起きてるぢゃないか。というのは言いがかり以外の何者でもないがいやぁ、イロハニ。本年度下半期の歴史に残る発見でありました。
2004年10月06日
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仕事のついでに、愛知から俺を訊ねてくれた友がいて、東京駅界隈で逢おうって話になった。せっかくなら「東京らしい店」に連れてってやりたくて、それなら名古屋時代から憧れてたバーに行ってみようということになった。銀座5丁目『バー・ルパン』知る人ぞ知る、老舗の文壇バーだ。太宰治がそのバーの椅子に座ってるスナップ写真はあまりに有名だが、俺もその写真でルパンを知ったクチだ。事前にネットで調べたんだけど公式サイトがあるわけでもなく住所はわかっても地図付きで紹介してるページにヒットすることもなく、そのうえ俺は右と左がわからない。こりゃあ、ダメかなと思ったけど、歩くこと20分。ついに細い路地裏にルパンを見つけた。ほんとだぁ。古いわぁ。昭和だぁ。見ろこのランプ。いやいや、あの扇風機はどうだ。店に入った途端に、店内のあれやらこれやらに目が行ってしょうがない(笑)バーテンさんに「名古屋時代から憧れだったんですぅ」と俺は俺で、情けないほどミーハーなことこの上ない。俺は偶然、席の空き具合からカウンターの奥に陣取ったんだけどその席こそ、太宰治が座った椅子だということが判るに至っては感極まり「今夜から俺のことを、平成の太宰と呼んでくれ」と、完全に自分を見失ったのであった。ルパンは昭和3年の開店。店を愛した作家達は、泉鏡花、川端康成、坂口安吾、太宰治、小松左京…。スゴい客層だがその中に俺もいるのだ(←激しい勘違い)いやぁ、勘違いも撤すれば生きる糧となるのであります。
2004年10月05日
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久しぶりに美術館に行ってきた。名古屋市立美術館で、愛知人時代から好きな場所の一つだ。お金払わなくても入れるエントランスで、ひたすらダラダラするのがお気に入りなのだ。名古屋に戻れば必ず顔を出す馴染みのバーに、夕べも行ったのだが、その時にバーテンダーさんから「明日、博物館に仏像を観に行きませんか」と誘われた。「じゃあ、明日連絡を取り合って」で終わってたんだが明けて翌日、午前中に一人で市内をブラブラするうちに前述の美術館に辿り着いてしまい特別展示会として「リキテンシュタイン」開催のポスターを目にした途端、『今日はコレ』と、スバヤク答えを出してしまった。寝ている間に宇宙人に何か仕込まれたに違いない。バーテンダーさんとの約束はどうなるのだ、と人道的な問題が横たわっていたのだがアッサリ電話でお断わりしてしまった。だって「仏像」と「リキテンシュタイン」ではねぇ。と、俺の中で育ち始めた「宇宙の子」が早くも俺の脳を支配しだしたに違いない。きっと。キースへリングやウォーホール達と横一線に並べていいのか、わからんがアメリカンポップアートは意外に好きなのだ。重みとか伝統とか、そういった歴史的な裏付けみたいな制約からはじき出された身軽さが楽しくて。まぁ、小難しいことを言うつもりもない。早い話がけっこう楽しんで観ることができた。途中歩き疲れたので、休むつもりで椅子に座ったのだが途端に20~30分記憶が飛んだことが二回くらいあったがこれも俺の中枢神経を支配してしまった「宇宙の子」の仕業に違いない。帰り道にかなり大きな100均ショップを見つけ店内に入る。品数がやたら豊富で嬉しくなってしまい気がつけばお会計、1700円を払っていた。明日東京に帰る、っちうにナゼ荷物を増やすか。宇宙の子の仕業に違いない。たった半日でかなり支配されてしまった。そう考えなければ自分の行動に説明がつかないのだ。
2004年10月03日
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広告代理店は、お仕事を受注するためにお客さんを接待しまくるのが普通だろうがお客さんに接待とかオモテナシをしてもらう広告代理店ってはどうしたものか。申し訳ない。それは俺の部署のことだ。てか俺かしら。そんなことぢゃイカンだろうさすがに、と思うのだけどなかなかコッチの財布を開かせてくれない。別に俺は「大先生」でも何でもないのだけど、どうしたことだかそうなってしまう。京都の夜は、祇園の夜でありました。最初に連れてかれたのは京都で一番の、てとこの高級クラブだ。実は俺は、こーゆー店が一番苦手だ。初対面のオネイサンとなんの話をしたらいいのか、さっぱりわからないからだ。だからキャバクラにも行ったことないし、コンパも苦手でほとんど参加したことがない。しかし、ここで俺は胸を張って言い切るが女性が好きだ(きっぱり)別に宣言などすることじゃないだろうがご静聴ありがとうございました。結局、隣についたオネイサンがケーワン好きということが判明し、「総合格闘技のがエゲツなくて面白いよ」「え、どんな」「ボクシンググローブと違ってパンチがあたるとドムッとかグキッて音が生々しいし」「見たい見たい」「血がドバドバ出るしね」「見たい見たい」「関節極めるから骨折れたり外れたり」「見たい見たい」どこが高級クラブやねん、な会話になってしまった。やはりダメだな。などとケータイでこの日記を書いているのは、明けて翌日、奈良への移動中だ。今日はどんな接待が待っているのだろう。いや、仕事の打ち合せが目的なんであります。確か。きっと。オール・ザット・TENRI! (PM 10:50)今日は奈良の天理にいた。三時間ほどお客さんとこで打ち合せしたらまた再び「この続きは焼肉でも食べながらどうですか?」と、お食事のお誘い。「はっ。ありがとうございますっ」と速答。なぜ、断れないのか。連れてかれたお店のお座敷に通されてステーキハウス並みの厚さだけど、赤白だんだら模様の異常に分厚いお肉が出てきてしまってはオッチャンうふふ♪な顔になって困ってしまふ。口の中に入ったお肉は、噛む必要もなく舌の上で溶けていってしまうのできっと、お一人様ウン万円なんだろうなぁ、と頭ん中で勘定しつつありがたくいただきました。げふ。俺の体重は今、何キロになってんだろう。考えたくもない。昼ご飯を待ち合わせの天理で摂るつもりで約束の時間よりかなり前に着く。ところが駅前にはものの見事に食事ドコロがなく、しばし呆然とするも、駅からやや離れたところにアーケード街を見つけたので、土産も含めて物色してみる。お!和装小物の店がある。さすが奈良。和風テイストは大好きなのだ。教本入れ、お守り袋、…天理教信者の装身具専門店であった。視界にちらりと三味線が見える。楽器屋さんのようだ。おぉーっ。雅楽とか?高いだろうが小さいモンなら買えるかも。何なら三味線のバチみたいなパーツだってちょっと変わった土産になるものだ。…何というかその、これまた天理教の関連グッズであった。そもそも天理で雅楽なワケがない。いいところまで行ってんだけど、そのすべてに天理マークがついているのは、どうか。何だかものすごく悔しい気分になる。勝ち負けで言ったら敗けてる気がする。そんな感じで駅前辺りを小一時間ウロウロしてた。結論からいえば、昼ご飯はアーケード街から外れたとこにあった王将で済ませ、土産を天理で買うのは諦めた。ただ、スゲエなぁと思うのは、天理はつくづく天理教なのだということ。街の至る所にちょっとした団地みたいな建物があるんだけどそこに「第174詰所」などと看板が出てたりする。あれは何だと、あとでお客さんに聞いたら全国の信者が天理教の祭事に来たときに泊まる宿泊施設と教えてもらった。一体いくつ詰所を作る気か天理教。そりゃあ、外食なんかせんのだろうなぁ。そんなことを考えたりするうちに約束の時間になったんで探険打ち切り。その数時間後、焼肉をご馳走になるデッパラさんだが、今はまだ彼はそれを知らない。
2004年10月01日
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