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真夏の出会い(後半) 連絡してきた女性の家には先住猫が一匹いた。 子犬を連れてくる前から必要なものを取り揃え、いつ来ても暮らせるように準備が整えられていた。ところがいざ子犬がやって来ると、その猫は家からぴょいと出て行ってしまい、ご飯を食べにも来なくなった。じっと塀の上に座り込み、それ以上近づかなくなってしまった。そんな状態が4日間続き、彼女はついに泣く泣く子犬を手放す決心をした。 その後しばらくして別の貰い手からも連絡があった。今度は先住犬が飼い主がいない間子犬に噛み付いていじめるのだという。 どういう状況だったのかはともかく、結局何の責任もない2匹が出戻ってきた。 その頃、私は隣町の木造アパートに引っ越してきたばかりだった。当時無職、求職活動中だった私は動物に対する興味どころではなかった。子供の頃大好きだった犬猫なども、長らく縁のなかった間自分とはすっかり別世界のものになっていた。前職で心身ともに消耗し、再就職のあてもなく、活動する度貯金は減り続けるだけで馬鹿馬鹿しくなり、2ヵ月後には一日の大半をご飯もそこそこに寝て過ごすようになった。 そんな様子を覗っていたのか隣部屋の女性が心配し、ある日表で出くわした時お茶に招いてくれた。玄関で体重8キロに及ぶ大きな猫2匹が足元に寄ってきた。「誰かのために存在すると、感じることが必要なの。」そんな話から始まって時は流れ、また同じアパートの住人が加わって、お茶がいつの間にかビールへ変わっていた。彼女の家にも猫がいた。後日、私のアパートは近所で動物園といわれるほど皆が犬猫と住んでいるのだということを知った。 それまで私は失ったものにばかり固執していた。社会的な人望やお金は何もないけど、拘束されないたっぷりの時間はあった。今の自分だからこそ出来る事を考えてみた・・・。 毎週ポストに入る地方紙に「もらってください」のコーナーがあった。 心強い留守番役がほしいと思い、目に留まったのは犬の貰い手募集だった。しつけに必要な時間は充分ある。連絡後、早速隣町までバイクで走った。 私が行った時、出戻り子犬は再度もらわれ最後の残り1匹になっていた。母犬のコーギーに似ず長い足のその子は、人形のように大人しく飼い主の小脇に抱えられて現れた。初めの貰い手が揃えていたドッグフードや室内トイレまで譲り受け、私は子犬をどきどきしながらバックパックに入れ、ハンドルにかけた後安全速度以下のスピードでパイクで走った。 11年後、すでにバックパックに入らなくなってしまった初老の犬は、今も健康で穏やかに暮らしている。 捨てる神あれば拾う神あり・・・、私自身も拾う神の見えない手で今まで過ごしてきた一人だ。
2010年08月29日
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休日の朝早起きしてチロルの散歩に行くつもりがこの日は寝坊してしまった。暑い日中外を歩かせることもできず、結局犬を置いてバイクで買物に行くため家を出た。 マンションの一階まで駆け下りたとき、肝心のバイクの鍵を忘れたことに気づいた。また四階まで汗をにじませ家へ戻った。又出かける前のチロルの真ん丸な瞳と視線が合った。「やっぱり私を置いていくのね...?」体を起こし、ピンと立てた耳を少し傾け、それが自分からは何も行動できない一抹の自己表示に思えた。しょうがない、連れて行こう。そう決心した。 太陽が降り注ぐ中、チロルをつないでスクーターの足元に座らせた。足で落ちないようにガードし、ゆっくりとバイクを走らせた...。 11年まえの6月、大阪のある町で7匹の子犬が薄暗いガレージの中で静かに誕生した。その家の家族は両親が共働き、子供たちは大きな学生で皆あまり犬に構わなくなっていた。ガレージにいつもつながれていた母犬は外からやってきた犬と知らぬ間にかかっていたのだ。その家の奥さんは子犬達が生まれた後、早速貰い手探しに奔走することになった。身近な手段で地方誌のもらって下さいコーナーに掲載した。母犬がコーギーでよく似た子犬もいたのだろうか、貰い手はあっけない位順調に決まっていった。平静だった母犬が最後の一匹がもらわれいなくなった時、鼻を鳴らしながらしばらく探し回っていた。。。 子犬達がいなくなってから一週間後、貰い手の一人から元飼い主のところに電話があった。「すみません、やっぱりうちでは飼えなくなりました...。」(つづく)
2010年08月12日
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