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子供の頃、田舎の川でよく泳いだ。川の水は、冷たく、特に、底のほうは冷たかった。今でも、キャンプで清流に行けば泳ぎ、底に鮎を見る。海なら、ぼんやり浮かび、耳も水の中に入ってしまえば、周りにどれだけ人が泳いでいようが、自分の世界に入り、世界は私のものになり集中力が増し、瞑想状態となる。海水浴場やプールでビキニのおねえさんにぶち当たって、初めて、あっ、と気がつき、恥ずかしくなる。或いは、南国の誰もいないビーチの海で、どんどん流されていると、気がつけば、陸から離れ、急に怖くなるという体験もしばし。 ラプラタ川は、泥川であった。今日の晩飯を釣りしているのだろうか。いまだに、発展途上国の子供の目は澄んでいて、無邪気で純粋だという奴もいる。初めて海外に出かけてそう思えるなら仕方ないだろうが、目が澄んでいることと、純粋とか純朴とかいうことは違う。生活の辛さ、貧困が精神を蝕む。教育のなさや貧困が犯罪に走りやすくする。子供で目がくりくりしていれば、どんな心がすさんでいても、かわいくみえるんではないかい?その奥にある悲しみが見えないかい?2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.31
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24時間ワシントンDC待機となった私御一行様は、空港近くのホテルに宿泊していたので、空港から市内に向かわねばなるまい。地球の騙し方より何故か安く行ける 5A公共バスがあり、6ドルであり、1時間に2~3本あり、所要時間50分だが、スミソニアンの近くが終点なので、大変重宝するバスなのである。DCは不便な空港である。L`enfant plaza stationから5分も歩くと、スミソニアン軍団である。悪の根源も見えるのであった。 しかし、特に飛行機ファンという訳ではないのだが、自然と、まずは、そちらに足が向くというか、これら博物館美術館御一行様が無料というのは、これ、アメリカの底力だ!と、都合のいい時だけ褒めるのであった。勿論X線検査はあるのだが、すんなり入ってしまう。昔のシュツワデスの条件が書いてあった。背の高さと体重のほか、女性であること、白人であること、英語を話すこと、看護婦免許もっていること、硬いプラスチックに入れて当時は食事を運んでくれたのでしょうか。整備士もフィギアになりました。鉄火面になりました。今、アメリカを飛んでいる飛行機で、ハエのようにウジャウジャ動いています。ヴァンクーバーの博物館でも見ました。ハマキさんのお好み白い人、ここにも発見される。TWAもパンナムもノースウエストももうないね。浣腸でしょうか。ハマキさん、どうでしょう、ニューバージョン、透明な人新登場。2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.30
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アルゼンチンタンゴの発祥の地は、諸説あるだろうが、ブエイスアイレスの旧港、ボカだとされる。ヨーロッパからマルコがやってきたところである。ボカ地区は、今、治安の悪い所として、ホテルの従業員にも、ボカのカミニート以外は行くなと注意されたのだが、そのカミニート(小径)は、笑っちゃう程キッチュな地域であり、しかし、メランコリックなタンゴが流れており、各レストランでタンゴを踊っている他、道脇で踊っていたりなんかする、が、勿論、商業的なものである。ボカで一番古い通りカミニートはキンケラマルティンというアーチストが造ったそうなのだが、ペンキで無意味に色を塗りたくっている良く分からない地域で、木彫り人形が、迎えてくれるというシステムである。湾港で働く労働者の集まる安酒場の片隅から、日々の辛さを忘れるかのように、官能的なタンゴが生まれたのだろうか。そもそも、元は、男同士で踊るもので、その後、客と娼婦が踊るようになったとか。それにしても、日本とは逆の季節なので、ダウンジャケットとセーター持参したのだが、微妙な気温で、日陰にいるとやたら寒くなり、日向にいると、半そででも大丈夫というような状態で、日陰でビール飲んでいたら震え出したのであった。気温は、10度台だと思われるのだが、体感温度は、違うもので、日本の熱帯から急遽変わったので、体内温度調節がムチャクチャになったのかも知れない。ちなみに、ボカジュニアーズってサッカーチームがあるのだが、世界的に有名だとのこと。2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.29
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先日はアルゼンチンの子供について熟考を重ねたが、今日は、一転して、女性についてである。南米といえば、女!なんて、イメージがないかというと、何となくあるような気がしてきた。小学生の時、アリスが、「女はやっぱりメキシコ~、酒ならやっぱりテキーラ、そらそらそら(か、ほらほらほら)シェリトリンド~」って。あ、分からない。シェリトリンドって誰や、と思っていたら青い空って意味だね。 まあそれとして、南米というか、有名なのは、3Cだよなあ。コスタリーカ!コロンビア、チリが美人の産地ってことを急遽思いつき、チリの隣だし、メスチーソがいっぱいいて、美人多いか、と思いきや、皆さん、コレもそろって洋ナシ体型の方々の連続で、びびったのであった。まったく母を訪ねて三千里の母がいっぱいなのであった。 小学生の時、毎週見ていたが、今更ネットで見ると、すごい旅をしたものだ。原作は、素敵な名前で、「アペニン山脈からアンデス山脈まで」である。3000里どころではない。イタリアからアルゼンチンまでである。まさに旅行名作日曜カルピス劇場である。しかし、不思議だったのが、アルゼンチンに行っちまった母が手紙の一つもくれなかったことだろう。いやもしかしたら、来たのだったか?後ろめたい仕事でもしていたのであろうか?送金はしていたのであろうか?お金を使い込んで、後ろめたい気持ちだったのであろうか。家族が嫌になって逃げちゃったのであろうか。 強烈なマザコンなのか、子供なら致し仕方ないのか、強烈な行動力である、マルコは。金もないのに、皆さんに助けられながら、旅を続けるが、子供心によく、人さらいの被害に合わなかったものだと思ったものだ。マルコが遂に再会を果たした時も、素直に母は受け入れてくれたが、後ろめたくなかったのか、まるで、ミツバチハッチを思い出した。子供を捨てて音信不通だったのに、はるばるやってきたら、何かそれなりの事情がありそうなのに、素直に涙の感動の再会ということで、それが、いかなる事情があるにせよ、例えば、誰かの愛人になっていたとか、後ろめたい仕事をしていたとかでも、一瞬は、感動の再会なのであろうか。感動の再会のあと、はて、この息子にどういう言い訳をしよかと思ったのであろうか。病気だったって、病気でも手紙は書けたのでは。そういえば、昔、ダスティンホフマンの卒業という映画があったが、女性はマックイーンと結婚したアリマクレガーだっけ、結婚式を邪魔して、嫁を奪う、残された男性のことを考えちゃいない映画であるが、そのあと、ラストシーンを覚えているだろうか。二人は、バスに乗り込み、始め笑いあって、凄いことしちゃったものだというのだが、何故か、1分ぐらい、車の中の無言シーンがあるのだ。二人は、時々顔を合わせながらもだんだん笑顔が消えていき、不安な顔になる、えらいことしちまったという顔になり、将来どうしようというか、前途多難な道をこれからどうしようという焦点の定まらない顔になっている。あれが全てだったんだ。昔、小学生低学年の頃初めて買ったカセットプレイヤーは、直接録音であり、テレビに近づいてテーマソングを録音していたのだが、ちょうど妹と父が喧嘩のいいあいをして、俺が、録音中だから静かにしてくれよーと叫んでいる中で、マルコーオマエは来たんだ~などとテーマソングがバックに流れるシュールな感じを思い出したのであった。2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.28
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2年前はベッカムに会い、そして年末にはロバートカーライルに会った。 そして、今回、機内で出会ったのは、というか、席の近くに座ったのは、まあ、いわばレンホウである。 考えてみれば、大きな声では言えないが、同世代である。子育てもして仕事もバリバリの女性エリートの象徴の1人といえようが、いわゆる、バルブの申し子である。 経歴は、覚えているものと、ネットで検索してみると、在日台湾人、で青山学院大学卒、グラビアアイドル。在学中にクラリオンガールになった理由は、フェアレディーZが欲しかったと。なんと、バブル世代の車。どうよ、男がコレのって女ナンパしたら成功率100パーセント程度であった(のか?)、それは、微妙に地域性か、何かで違い、私の頃は、ソアラであった。ヒラカナでソアラって書く奴、死刑と私は思ったぐらいである、というか、車のことは詳しくなかったので、どれがソアラか分からなかったがせれでも、フェアレディー乙は、見たら直ぐ分かった。(その後、2003年にトモダチが、1967年のフェアレディー乙を購入、格好良いと思った次第) まあ、話は戻ってレンポーはその後、タレントからキャスターに転身したわけだが、結局、同世代の私の中では、レンポーと杉本あやとは同じであり、なんていうの?二人とも昔は美人だったけど、なんていうの40越えたら確かに美人なんだけど、トリガラ美人なんだよねえ。このまま60になると、不健康な感じがしてヤバイよ、今でも、結構ヤバイよ。まあ、ヤバイはまあ、いいとして、そうなんだよね、タレントになれたのは、美貌にプラスまあ一応の学歴なんだよね。そんな賢いタレントいないよあまり、という時代だったんだね、まだ当時は。というより、やぱり、キャスターに、にもなれたのは、バルブの好景気だったからなんだよねえ。時代が味方したのだと思うぜ。 そして、結婚もして、双子を出産、参議院になり、大臣にまでなってしまう、いまで言うところの、結婚して子育てをしてしかもバリバリのキャリアウーマンという女性の勝ち犬を体現しているのである。 どうよ、オレはあまり芸能界に詳しくないが、いまは、聞くだけでも高学歴の芸人、芸能人多くなったでしょう。問う大卒も、昔は加藤登紀子しかしらなんだが、今はようけおりよるみたいである、というか、今じゃあ、グラビアアイドルで、キャスターになれるかな。まあ、難しいであろう。いやはや、あの頃は、無能だけが取りえの私も、一番価値が高く世間に評価されたものだ(でもあまりシミジミにはならない。その後、ボルブ組は場違いな高級会社に入り、その後不況に入ってきた真性エリートに抜かれる冷遇を浴びるのだが、私は、そんな目にはあったことがない。理由は簡単で、どの部署にいても、不況で部下が入ってこないので、冷遇もされなかったのである。しかし、指導力や管理能力を発揮する必要性はついぞないままである) そういえば、出馬当時のキャッチフレーズを覚えているかい?今も多くの女性議員が使っている「母として立候補」「子育てしながらの立候補」「子育てと仕事を両立!」である。ああステイタス!でも、俺の隣に座るのだったら、空席にしてもらえませんか、次の便じゃダメなんですか?トイレ行きにくいでしょ? 綺麗な英語喋ってたけど、それが、日本人って分かるねえ。レンホーさん。一言も喋りませんでしたが、私はここまで、邪推してしまいました、すみません。2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.27
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過去2年間、年末に南米に行こうとして、期説が逆なので冬場は南米やオーストラリア系の南半球コースが人気なので、チケットにすらかすらず、検討段階で断念し、それではGWにどうだと、この前、挑戦して失敗しよった。 そういう訳で、南米ルートは、アメリカ経由、ドバイ経由、オーストラリア経由が考えられるが、勿論、何が勿論ナノか不明だが、リクエストの関係上、先ず、西海岸であるサンフランシスコに飛びよったんです。飛行時間は約10時間。乗り継ぎ時間は90分。以前、メキシコ乗継を失敗した悪夢が蘇らないよう、慎重に飛行時間が短縮されることを祈りよるのであった。 そんな訳で、1時間で乗り継ぎ場まで税関を抜けて到着し(アメリカは第3国へ経由でも、とにもかくにも、一度は入国手続きをしなければならないシステム)、30分前に到着したのであるが、何と、飛行機がディレイしており、今からワシントンDCに行って、DC22時の飛行機に乗る予定であったが、非常にやばい状態になっていた。もともと、国内線乗り継ぎで1時間の待ち時間であったというのに、2時間遅れることになり、夢破れたり状態になりよったのであった。1泊サンフランシスコにするか、一応夜中にDCまで行ってしまうか迷ったのであるが、明日も朝から満席状態が続いていたらヤバイので、このまま、とりあえず、DCまで行くことに意志固めよったのである。 ソルトレイクシティなどを越えて、DCに向かうんであったが、いかんせん、西海岸から東海岸、アメリカは予想以上にでかく、フライト時間は5時間、時差が3時間もあったのであった。 しかし、果敢にも、女性機長は、アナウンスで、もう燃料大目に積んだからね、ぶっ飛ばしていくわよ、なんて勇ましいことをいいつつ、各種乗り継ぎ便に間に合わせてあげたいわよ、なんて気概が感じられ、勇ましく微笑ましく感じよったんであった。しかし、5時間っていったら、3時間で台北、4時間で香港やマニラ、6時間でバンコクまで飛べるのである。どんなけ遠いねん。 結局DCには、4時間で到着、乗りなれた乗客が数人、こんなに速く飛んだ飛行機は初めてだわと多少興奮気味に紅潮していよったので、ついつい時計を見ると、おお!まだアルゼンチン行きの飛行機は飛んでいないじゃないか、それに5分、10分の乗り継ぎなら待っていてくれるんじゃないか!という淡い期待が私の心の内から芽生え始め、急いで、愛車のカートを転がすのであった。 走れ!走れ!アルゼンチン行きのゲートまで走れ亡者!あれ、猛者!しかし、ゲートは係員が数名おり、ゲートは閉ざされ、そして、飛行機はまだ見えた。コレ乗せてください!と頼むも、もうゲートと飛行機も閉めちゃいました。パソコンも電源落としました(みたいな意味)を言われて、ゲートからその30秒後に動き出したアルゼンチン行き飛行機を見送る弱者、敗者となりよったのであった。 そんな事情も鑑みて、24時間後の飛行機を待つことにしたが、もう愛車ゴロゴロは面倒になってきて、疲れたので、空港近くのホテルで一番安いホテルかどうか分からないが、空港周辺のホテル案内パネルから4ホテルぐらい連絡してみて、一番安かったホテルに行くことにするのであるが、もう夜中に突入し始め、ホテル巡回バスなんかは来る由もなく、タクシー10分転がすのであった。実は、サンフランシスコで入国する際に、入国審査官が南米系の男で、トランジットで南米に行くというと、何故か、スペイン語を教えてやるとか何とか言っちゃって、通るのに、4,5分かかってしまったことを思い出し、タクシー運転手も南米系だったので、今日南米行き飛行機に乗り遅れたんだよね、なんて話するが、話には乗ってこなかったのであった。そんな訳で5分でホテルに到着し、腹減りよったのであった。 仕方なく、背広姿のまま、自動販売機でスナックを購入した次第であった。 24時間という危機を乗り越えよった。 乗り越えた後は、ヒタスラ南下し、10時間半のフライトタイムを楽しむのみでありよったのであった。 そんな訳で、地球の裏側まで自宅から換算すると、55時間かかりよったのであった。 (帰りは、DC成田経由で帰ったので、DCの待ち時間は6時間あったものの、36時間で自宅に着きよった)とにもっかくにも、今回はトラブルがなくってよかったよ!ご安全に!2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.26
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London Bridge is falling downアルゼンチンの子供 子供 子供アルゼンチンの子供 アールゼーンちん子ウルトラマンの子供 子供 子供ウルトラマンの子供 ウールトーラまん子アルゼンチンっと子って、元気だね。注)2023年4月1日7979アクセス。2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.25
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ブエイノスアイレスのホテルのフロントで、今から日帰りでウルグアイに行きたいのだがどうすればいいのか尋ねた。首都モンテネビオまで45分のフライトであるが、それも、国内線専用空港から飛んでいるので近いのだが、調べてみると、午後からの便が全て満席で帰ることができない。 しかし、ラプラタ河対岸の町にウルグアイの小さな町がある。その船に乗るにはどうすればいいのか聞くと、ホテルから歩いて10分程度のことろに、ブケバスのオフィスがあり、そこでチケットを買えるという。いくらフロントでも、アジア諸国では結構、こういう話はいつも信憑性が薄いのだが、歩いていくと、オフィスはあり、チケットを購入した。 そこから歩いて30分程度か、第4ドッグの北港に到着し、少し、最近流行り出したという、どの国もあまり面白くもない何処に国も同じようなウォーターフロント再開発地域を少し散歩する。サクラメントデルコロニアまでの船は1時間で着く速い船と3時間かかるフェリーがあり、1日6往復であった。往復2000円程度。チェックインもスムースで、どういうわけだか、乗客を荷物のように預かっていないかと外人目当てにアンケートをとっている係員にインタビューを受けるが、結構オーストラリア人が多い。確かに距離的には、日本からアメリカに行くようなものか。イミグレには、2人係員がいて、パスポートを渡すと、手前の係員が、アルゼンチン出国のスタンプを押し、奥の係員にパスポートを渡し、ウルグアイのスタンプを押す。 船内は、3等席は満席状態。腹ごしらえする人々は、多分、このままブケバスに乗って、首都モンテネビオに向かうのであろう。船は出港し、泥の川を進み始める。ラプラタ河。中学生の時に、アマゾン河と一緒に学んだ河の名前。河口の幅は世界一で、対岸のウルグアイは見えない。というより、湾である。4,50キロはある。銀の河という意味である。しかし、川底は浅く、大型船は中に入れなかったので、奥地の都市の発展には寄与しなかった。結構皆ビール買ってたし、免税だろうと思って(免税店が裏にある)、買ってみたら440円もした。街中のスーパーではビール1リットルが150円程度で買えるのにである。不思議なことに、330観るのビールが100円程度なのに、1リットルの3倍になっても、1.5倍まで値段が上がらないのが、良く分からないアルゼンチーナスタイル。ウルグアイに1時間で到着。ほとんどの人々は、そのままバスに乗るか迎えに来ていて、歩き出すのは、観光客らしき十数人のみ。町は小さく、タクシーも必要なく、市内バスも走っていない。ノンビリ歩いて回れる街である。いや、村だなこれは。10分も歩けば、いわゆる歴史地区にはいっていく。しかし、その前に、恒例のスーパーマーケット巡り。どの国もスーパーは楽しい。同時に物価も把握できる。ウルグアイはビールの種類が豊富だ。(写真は一種類)大都会のベイノスアイレスから来ると、やたら落ち着く。特に何を見るではなく、何となく世界遺産、何となく、メキシコのティファナを落ち着かせた感じ、ホンジュラスのコパンみたいな感じ、20年前のネパールのポカラを少しラテンにした感じ、スペインのセビリアの裏通りという感じ。ラプラタ河、広いなあ、近くに寄ってみよう、ああ、魚いっぱい死んどる。その死んだ魚を喰らうナマズ。しかし、ウルグアイといえば、我々の年代は、ウルグアイラウンドである。というか、その記憶しかない。1980年代後半、GATTで、日本も米の自由化問題で盛んに新聞を賑わせたなあ。一番高い建物、灯台に登り、風をあおる。ウルグアイこそ、日本の真裏にいるという感覚が面白い。日本から一番遠くまで来ているんだ、という感覚が愉快。(正確には真裏はウルグアイ沖の海だけど)2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.24
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木曜、9時、日本の裏側に到着し、パソコン開けたら同じ時間、ああ、12時間違いか、とまあ、そんな風に、速攻でホテルからタクシーに乗り、国内線空港(AEP)の横にあるサンタティエラに行く。しかし、ゲートは閉じられており、係員が今日は休みだ、金土日のみオープンだ、明日、10時に来いといわれ、退散土曜日、11時にいくと、土日は12時からであり、1時間、向かいのラプラタ川沿いでぼさっとする。12時になると、いよいよオープン、仏陀系の珍スポは多いのだが、キリスト教系人形系は、結構少ないと思われる。しかも、会場には、3組程度の来場しかなく、これじゃあ、平日も休みになって、そのうち、閉館だなあ、と思って、暇そうに、コスプレしたおっさんんの横を通り抜ける。切符売り場も閑散。隣は、飛行場なので、ガンガン近くの李発着で五月蝿いし、迫力あります。敷地は、これまた広い。いわゆるディズニーキリストランドである。 4時(何と飯含めて4時間も滞在)帰り、何と、遠足なんか何か知らないが、子度たちで一杯であり、満載であり、キリスト教を学びましょう、由緒正しきところだったんだなあ。と反省した次第。そんな訳で続く。2009年夏USA・アルゼンチン・ウルグアイ旅行 スミソニアン、ワシントンDC1 スミソニアン、ワシントンDC2 スミソニアン、ワシントンDC3 スミソニアン、ワシントンDC4 マダムタッソー、ワシントンDC1 マダムタッソー、ワシントンDC2 マダムタッソー、ワシントンDC3 ワシントンDC逍遥 ワシントンDC,罪と罰博物館1 ワシントンDC,罪と罰博物館2 南米への道 南米のパリ、アルゼンチン アルゼンチン子 アルゼンチン女性 ブエイノスアイレス珍光景 ブエイノスアイレス、カフェトルトーニ アルゼンチンの神 アルゼンチン、ボカ地区カミニート ティエラサンタ1 ティエラサンタ2 ティエラサンタ3 ティエラサンタ ティエラサンタ4 歴史蝋人形博物館、アルゼンチン ラプラタ河のほとりにて ウルグアイ、コロニアデルサクラメント世界遺産 ウルグアイ、コロニアその歴史 ウルグアイその歴史 ウルグアイ、アルゼンチンgourmetの旅 有名人
2010.08.23
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ところで(何がところでか)、こうやって高齢者が、年金受け取りだまし討ちとかのために、行方不明になっているが、当の身元不明の高齢者の死亡は年1000人らしいねえ。しかし、高齢者は、毎日、何をしているのだろうねえ。やっぱりテレビを見ているのだろうか。高齢者にとってテレビって面白いのだろうか。程度の低いバラエティやお笑い番組はどうなんだ。どうなダカ、こう何だか、知らないが、毎日、予定がなかったら暇というか、ボケるんじゃないのか。俺もあと20年したら、どうなるのか、子供の頃は、あと2,30年したら立派な大人になるというか、性格もオトナになると思っていたのに、まあ、一応、オトナとして飯を自分で食えるように世間が与えてくれたのだが、子供時代から性格は大人になったかと言うと、あまりそうですとはいえず、あと20年たっても、もしかしてそう変わらないのではないかと薄々感じてきたのであった。 最近、毎日、そうなんでも起こるわけでも、毎日何かを考えている訳でもないので、傑作は生み出されないのだが、というか、元々そういった傑作もないのだが、アクセス数は、毎年50ずつぐらい増えていっているようで、恐らく、検索されているのではなかろうかと思う次第である。あと1年たてば、竹亭さんみたいに、50位にランキングしてしまうのではないかという感じである。しかし、アクセス数と反比例して、内容はしょぼくなっていくのであった。まあ、自分で、何かを検索したときに、やっぱり自分に興味があることなのでだと思うのだが、1ページ目に自分の日記が登場してきたりなんかして、あれれ、と思うこともある。 まあそういった中、一度は、本になったのだが、このたび、また宝島編集部さんよりメールを頂き、放浪の達人さん愛読のバウ22に掲載させてもらってもいいかいという内容で、まあ、もしかしたら載るかも知れません。何だかんだいって、お盆といわれる期間は麻の通勤電車も会社も空いていた。よろしいのが、電話がちっともかかってこないことであった。しかし、電話の親電話というのか元電話は少し離れたところにあり(各人の電話はPHSである)、そこに3部署ぐらいの電話が置いてあり、電話が鳴っても、どの部署が鳴っているか不明なのである。そんな訳で、やっとこさ、電話を取ると、「○○ですが・・・」といわれると、「どちらの○○様ですか」と組織に属してないものが何で電話してくるのじゃ、という反応をして、個人が電話してくることは滅多にはないが、そのときは、「○○市の○○です」と答えざる得ない。それに、お世話にもなってなくても、枕詞として、「お世話になってます」という。本当にお世話になってたら、「マイドー」か、「マイドデスー」であり、まあ、オセワニナッテマスーとカタカナでいうのである。 何だかんだいって、3日ほど連続して、生協の弁当食べた(そのうち1日は昼も)ので、さすがに、胸焼けで気分悪くなった。いつの間に、デリケートストマックになったんだろうか。かつての聖なる胃はどうなったのか。年にはかてないのおふぉふぉふぉ。恒例の背広買いも無事終了した。しかし、買い物をするのは、居場所がないなあと居心地の悪さ、消えないなあ。大人になったら変わると思ったんだ、嗚呼堂々の日本人になると思ったんだ。きっと、みんな、分かってくれると思うんだ。何ガだ。さあね。じゃあね。
2010.08.17
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書き言葉と話し言葉は違うものだが、女性やじいちゃんや田舎の人といったもの、文章の中の会話、考えたらカナリ偏見というか、そんな話し方しないよなあ。というのが多くてクフフと笑ってしまう場合もあり、何というか、吹き替えなんか、特にwらっちゃうよなあ、と思う。南米のの老人に話を聞きましょう。「ワシが子供の頃は、この辺り空気はもっと綺麗だっんじゃわい。最近は公害で空気も汚くなってのう・・・」なかなかのステレオタイプだわのう。世界の裏側から映像が見れるなんで、世の中も変わったもんじゃ。これが、南米の片田舎の農民なんかへのインタビューになると、「おらの畑では、悪天候で収穫が減っただっぺ。んだども・・・」なんて、なかなか、地球の裏側に来ても、約は東北便みたいに、なるのがや?しかし、まあ、女性ともなれば、「あなた、よくってよ。そうだわ、あれっと本当かしら」ってさ、最近女性から直接聞いたことないような気がするわ、ってか、そんな言葉を話しているのは、今はオカマだけだわ。オカマなら女性を強調するからこれで良くってよ、女性より女性らしいかしら。そういえば、前にも書いたけど、痩せた女性増えたねえ。しかし、統計的には、BMIでいいとされているより、一行絵の段階の少し太り気味というほうが平均寿命が長い、それも5年ぐらい長いというデータがあり、テレビが、ウソついているのだが、まあ、我々分別あるオトナはまだいいのだが(或いは、某家のようにテレビが壊れているとか)、子供はそのまま信じてしまう危険性が高いわけで、多分、今、CM産業界の中で大手顧客は、化粧品やサプリメント、ダイエット商品業界であるからその意向に沿っているのだろうねえ。(あまりトヨタの批判される番組なんかないんじゃないの?) いやいや、それどころか、年金が破綻している政府が、早死にさせるために、わざとやっているのではないか。確かに、保険制度がまだ外国より充実している日本は、メタボといわれる人がそうでない人より医療費がかかっているが、国民保険制度のない国では、特に太っている人の医療費がかかっているという事実はない。 まあ、国としては、早目に年寄りが死んでくれるのは、助かるのだが、少子化している中、若年層が飢餓状態になってては、大変困るのではないか?将来の税金の卵であるというのに。
2010.08.16
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昨年はいろいろ失敗したのでソレに対し、傾向と対策を立てた訳だが、その対策一は、というか最大にして唯一の対策として、お盆休みをずらす作戦に出たのであるが、今のところ何故だか裏目に出ている。日本にお盆に一時帰国して帰る人が多いのであろうか、混んでいるのである、日本出国がボン開けの日から。一体全体どういうことなんだ。また出国1週間を切りつつあるというのに、行き先が決まらないのである。というか、やる気もなくなってきているような気がしてきた、とほほ。 今年は余裕だからね~ははは!と2,3週間前にわが心のうちの叫びだったのだが・・・・・。 そんな心配を心に止めつつ、展覧会に行って来た。報道展に結構、女性とか、カップルとかキテルネンナアという率直な感想。爆撃の様子・・・・アフガニスタン、アメリカ軍の空爆・・・ん・・・アフガニスタン空襲ではないか・・・・やられるほうは空襲ではないか。どちらの視点から見るかによるのだろうが、欧米人ジャーナリストってどうみているのだろうか。やらでか。そんな敗戦記念日の今日。ああ、終戦ってまた言葉の言い換え、侵略と進出というのもあったねえ。
2010.08.15
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IAD-EZE 2200-940Castelar Hotel & SpaDazzler Suites Arroyo Hotel Imperial Park HotelBohemia Buenos Aires Hotel Boutique Waldorf Hotel Castelar Hotel & SpaDazzler Suites Arroyo Hotel Imperial Park HotelBohemia Buenos Aires Hotel Boutique Waldorf Hotel MUSEO HISTORICO DE CERA歴史博物館 Sheraton Colonia Golf And Spa ResortPosada del Bosque正規水中翼船ルート ブエノスアイレスとコロニアのウルグアイSFO-SYD 2250-620シドニーオークランド、NZrobert ripley museum san franciscoMcDonald's Museum and Store No. 1マダムタッソーバンコク2010年9月オープンマダムタッソーDCDCバス5番
2010.08.15
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旅行に行くときは、ホテル予約として、香港資本のエクスペディアを時々利用するが、そしてネットでは、お馴染みウィキペディアを利用するが、今回は、会社から支給されたエクスペディアである。多くの外出する社員に配られたため、わざわざドコモ人間が説明会を開いてくれたほどである。設定である、Gメールの設定と、GPSの設定であったが、GPSはONにしといてくださいといわれたが、そんなことしたら直行○○にして家で寝ていたり、直帰○○と報告しといて飛行機に乗ってたりなんかしたら困るんじゃないかと危惧し、即刻GPS機能をOFFにしたのであった。というか、いちいち社員が何処にいるかなんか監視するほど暇じゃないとは思うのだが、何か不祥事が起これば、そのときにいろいろ調べられるという算段かもしれない。そういう面では、私も公正明大というか、そんなに美味しい目に合うような背任行為に当たるような場面も取引も地位もないので、今のところ問題ないと考えられるのである。あまり大きな声では言えないが、今までは、会社支給でない個人の携帯電話を使っていたので、それでも、仕事人間(取引先や社内)からじゃんじゃん、電話がかかってくるので、まあ、かかってくるにはいいのだが、かけるときは、何となく仕事なのに個人が電話代払ってるんだよなあ、と会社員的不満を3パーセントほど持っていたのであった(まあそんなに不満がないのは、生活(家計)に影響がほとんどなかったからであろう。但し、影響が感じられないのは、引き落としだからである。)そんな訳で、会社にいると、3分の1ぐらいは、携帯電話から相手先の電話番号を探し出して、固定電話からわざわざ電話していたのであるが、今後は、まあ、そういう手間も省けるなあと、結構セコイことを考えたりする地元密着生活密着型である。 まあ、それはそれで置いといて、このスマートフォン関係、自分がまるでデジタルディバインドになった気がしてくる。ここから行動管理(日報ですな)を打ち込めといわれても、大多数の人間と同じく指が太いので、そう易々と打ち込めるはずもなく、全くの無視状態である。ゲームもしないし、新聞も大きな画面でみたほうがいいので、ほんまネットも緊急のときに見るぐらいであろうか、ネットも見ることが出来るが、画面が小さいのはまだいいとして、操作盤も小さいので、押し間違い神経イラツキなのである。まだ分からないが、道に迷ったり新しいところに行くときにGPSで確認したり、電車を確認したり、ブログを確認したりぐらいしかすることないか、何だか、今のところ宝の持ち腐れおもちゃという按配であった。
2010.08.14
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ベルギー第二の都市、ユダヤジンが多く、ダイヤモンド研磨の都市として有名であり、日本人には何と言ってもフランダースの犬。飾り窓もある。 アムステルダムからたった2時間列車に乗り、アントワープへ向かう中、空いていたのでタバコを吸おうと、肘掛の灰皿を開けると、ぎっしり、マリファナたばこを吸ったシケもくがぎっしり詰まっていた。あ、何となく困惑し、駅員が来て、コレ見られたら嫌だなあと思いながらも、タバコを吸うのはやめた。誰だよ、コレ、国際列車だよ、勘弁してくれよ、と思う。 アントウイペンについては、観光局で予算内の宿を紹介してもらって、寝て、なんだか、次の日、オランダに戻りましたしか覚えてません。以上。しかし、結構、いろいろ調べていったんだけどね。あ、終わりかけの酒屋に入って、サケクレーって、飲んだわ。でも時間的にはそんな遅くなかったような気がするんだけどな。そういや、観光局でほんとにこの部屋でいいんだな、って念押しされたことも思い出してきたが、そういえば、値段の割りに、いみなく広い部屋で清潔だったような気がするのだが、気のせいか。 ちょうど、オランダに行く数週間前に、アントワープの本が偶然にも、2,3冊目に入り、読書。おまけに、雑誌を買うと、アントワープ特集。俄然、何だか、アントウイイペンという響きも重なり、是非行って見たいという気体が高まり、そのあとも、結構調べたのであった。 それで、行ってみて、よかった・・・が、今、何も、ほとんど覚えていないのである。中央駅がすごい建物であること以外に、何となく、ルーベンスも良く覚えてないし、ファッションにもあまり興味がなかったのであった。100メートル以上の市内何処からでも見える大聖堂、何かあった気がするだけ。何なのだろう、通りの片隅しか覚えてない。まあ、そういう都市もあろう。そういうこともあるだろう。ああ。
2010.08.13
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例えば、会社をリストラされても、それがきっかけで、仕方なく起業したら、うまくいっちゃった。とか、気の進まない嫌な仕事を引き受けたら、時期や時代が味方して大成功し出世してしまいましたとか、要は、先が分からないから面白くもあり不安でもある。だいたい予定通りでうまく行った人はなかなかおらず、世の中の成功者と呼ばれる人のほとんどは、インタビューではラッキーでしたと、言っている。それに、宝くじで急遽金を得たものや、親が大金持ちな子供はだいたいにおいて、不幸としかいいようのない人生を送ってしまうことも知られている。 考えてみれば、私も、それなりには、頑張るところは頑張ってきたが、やる気のないところは流されるままにやってくると、まあ、結局は、今のところ、自分の実力よりも、何となくラッキーなところの方が大きいような気がする。そんな訳で、結構、満足はないなりに、何となく、というところが味噌なのであるが、感謝しているのである。やはりそれには、老後は誰でも心配ではあるが、収入に寄るところが大きいのではないか。お金がなかったり、、実入りが低かったり、或いは商売人のように、収入と支出のバランスが大変だったりすると、仕方ないんだけど、いやなんだけど、お金のことを常に考えなければならなく、お金に常に左右されてしまう。確かに若いうちはそれでも平気なんだけど、なかなか年齢もいき体がボロくなってくると大変である。幸運なことに、物欲も少なく、まあ、そんなに欲しいものもないし、贅沢は毎日すると慣れてしまいマヒする。100万円以上の買い物は不動産と車以外にはなさそうだし、10万円以上の買い物は、10アイテムないんじゃないか。しかし、毎日、これしか食べることができないとか、たまにでも飲みに行くことができないというわけではないし、何だか、考えれば、就職してなんだ何打何処に無駄があるのだ、どこに金消えたんだって感じである。あ、半分税金か・・・損した気になってきた・・・。結局、どんな選択をしようと、選択を迫られて、それが正しかったのかそうでなかったのか、振り返っても分からないというのが、人生たる所以か。
2010.08.12
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最近、職場のメンバーが変わったり、取引先も変わったりしていって、もしかして、傲慢大胆不敵の私もストレスに災悩まされているのかもしれない。まあそれはそれで、そういった人々と、夜、ちょっと飲みにいったりなんかして徐々に私の正体がばれつつあったりなんかもする。しかし、先発隊の私の20年来やっいる上司が膨らし粉をつけて私の勝手な噂を振りまいていたものだから、笑っちゃうほど、火消しに大変だということも判明したのであった。思いのほか、私が、ヤバイ人間のようにいわれていたのである。アレレ、きいてた話とえらい違いますねと。それに、今まで、職場で、総務経理辺りの顔しか知らない女性が何人か、あのー、結構、旅行されてて面白いエピソードお持ちだそうで、と数回言われたりなんかして、そんな話はした覚えはないので、何だか撒き散らされているようである。いやいや、私なんか、ちょっと、その、なんていいますか、すみません、普通ですよ、まあとお茶を濁すのである。オマケに、仕事も、いつも、いみなくニヤニコしながら、業者には一番値段交渉厳しいとか、言いにくいことをズバズバいうとか、言いにくいことをズバズバいうのに、嫌われたり嫌がられたりしないとまるで、死語tが出来るように喧伝されていると思いきや、意味なく、打ち合わせ中に寝てるとか、重要な打ち合わせにイキナリ長期休暇に入るとかまあ、いろいろである。でも結局、あとから笑い話にされるのである。今までの職場みたいに、アイツはシャーナイナ、そういう地位を確立しようとしているのである。ずるい悪い奴である。ゴメンな。人は皆、違う。ところで全然関係ないが、車を運転していると、ラジオからビートルズのフールオンザヒルが流れた。ゴアのヒッピービーチの砂浜の丘の上、朝までえるえすでーで踊っていたバカを思い出した。
2010.08.11
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外は、雨が降り、それでも、場違いな蝉が鳴いている。夜に鳴く蝉の声を聞くと、いつも、馬鹿だなあと思う。世界で最も五月蝿い昆虫の中でも、蝉の中で最も五月蝿いクマゼミは午前中にしか鳴かないし、夕方にしか鳴かないヒグラシでもない。例外なく、夜中に鳴くことない。体内時計の狂った蝉はそれ以外の蝉なのだ。それは、哀しい。まるで、コンビニのレジでいる、研修中のバッチをつけたおじさんみたいに哀しい。そんなバッチいらないよ。・ ・汗を流しながら、夏を、今を、過ごし、本を読みながら、ネットサーフィンし、酒を飲む寝る前。昔、学生の頃、体験的に、苦あれば更に苦あり、楽あればさらに楽ありと思ったものだが、加えて、いいことしたって、報われるかどうかも分からないし、悪いことしたって、それでいい目にあうかも分からないというものだ。世の中、あくどいことをしたり、人を出し抜いたり、うまく立ち回ろうとしたりして、結局、それで幸せになったのか、どうなのか、全然分からない。今後、どうなるのか、予想もつかないから、楽しくワクワクし、不安で心配し、ああ、心配が体の調子を悪くするんだよね。だから、分からないことを、どんどん保守的になっていく思考と身体を無視して、・・・なんだろう。【中農ソースって生まれて初めて見ました】真っ暗闇に放り込まれたら怖くて不安で仕方ないが、こうなりますと決められていたら面白くもないし、決められた運命に覚悟を決めなければならない。旅行を例に取ると、パック旅行で決められた場所に行くとか、調べすぎたりすると、写真の確認になってしまったり、ちょっとハプニングが会って行程が狂うといらいらしたりしそうだから、金をかけてでも自由旅行にして、交通手段と時刻表とまあ、今は時間がないからホテルだけ決めるんだけど、その他の行程は緩やかなものにしておく。そこに、何か予定外のものが入ってくる、そのために旅行するんでしょ、楽しむのでしょ、それと同じようなものだよね、先行き。 まあ、そうはいっても、結局、選択の毎日、ことの大小はあれ、どんな選択をしても誤っており、正しくもある。そういうことが分かってくると、ほら、結構、なんでも、どうでもよくならない?投げやりやシニカルにさえならなければ。え、何が、ほら、やねん。ははは。
2010.08.10
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朝起きると、蝉がスンゴク五月蝿いが、何故か眠ると聞こえない。私の夢にも影響を及ぼさないのだ。 小学校の頃は、永遠に続くと思われる夏休みであった。 学校がないため、意味なくワクワクして5時過ぎには目が覚め、クマゼミの五月蝿さを無視して、山に行く。裏山のクヌギの木を数箇所回るのが朝の日課である。だいたい、コクワが採れるのである。蚊にやられまくる。ムヒかキンカンを体中に塗りまくる。 昼からは、海に泳ぎに行く。須磨海岸の横、今はホモビーチとして有名になってしまったが、当時は、地元民しか来ない平凡な海であったが、近いので、直ぐに行ける。 宿題は?何だか、小学校って「宿題」あったっけ?何も覚えがないのだ。なかったような気がする。しかし、高校となれば、もうオレはすごい、夏休み入る前に徹夜状態で、3日で全ての宿題を終えてしまうのである。 まあ、それはそうとして、インセプションという映画やってるね。コンセプトが面白くて夢の中の夢の中の夢の中にもぐりこんでいく話。あまり夢のことを書かないのであるが、夢の中の夢というのは、時々見る。夢の中の夢の中の夢、それも1度見た。起きても(起きたと思っても)それが夢。 一番覚えている2重の夢は、金縛りと交じり合っている。今でも、時々金縛りにあるが、慣れてしまうと怖くもなく、でも、何度体験しても嫌なもので、来る時に、来るぞクルゾと分かってしまう。脳は起きても体が寝ている状態なのだが、目を開けると天井が見えるのが怖い、天井を阻む何かが出てくるのではないかと思うのである。今や、金縛りの外し方も体得した私ではあるが、そのときも、同じように、何とか、金縛りを外して、ベッドから起き上がったのはいいのだが、そこに、えらく痩せた顔色の悪い幽霊系の女性が全裸でこちらを向いて立っていた。そのin毛が、2メートルぐらいあり、振り回している。うわっと後ずさると、毛がまとわりついて、私の首を絞め、やめてくれー!と叫んだのであった。
2010.08.09
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最近もよく、インド料理を食べる。月、2,3回食べているような気がする。ふと、思い出した。働いてから1度インドへ行った。それでも、もう15年ぐらいたつだろうか。ベンガル州の田舎にいた。実はそのとき、初めてインドでタンドリーを食べた。定食(大皿・・・ターリー)にタンドリーとインド人M君とほおばる。ターリーはたいていの食堂ですぐ出され、インド人は猛烈な食欲を持って、勢い余って目をぎらつかせて食べる光景が食堂のあちこちで展開される。「オイ、小僧!米のお代わりだ!」と下男を呼び出し、皿を突き出し、小僧は米の入った大きな容器からお玉で皿に移す。満腹までお代わり自由が原則である。 また今日も、そんな展開が繰り広げられるぞ、と思っている昼下がり、突然、目が血走り血相変えた男が二人が店に入ってきて、M君の両脇に座り、M君の腕を両方からつかみ、隣のテーブルに彼を連れて行き、唾を飛ばしながら、彼に向かって怒鳴り始めた。彼は、唖然、呆然とし、かなり困惑していた。 私は、静かな昼下がりが破られ、急激な状況の変化とその緊迫感に愕然とし、様子を見守った。何が起こったのだか分からない。 そこに、ターリーがその2人の男に運ばれると、大声でまくし立てていたはずなのに、そのパワーはメシに向かい、全神経を体内食糧注入に方向転換され、ガッガガッガガと音がする程猛烈にメシを喰らいはじめ、何だこの変わり身の速さは、と圧倒される。その隙に、私は、M君に一体何があったのか尋ねると、どうやら第三者である彼にいざこざの仲裁を頼まれているようであった。M君は、階級でいうと、バラモンである。カースト制度は、法律上はなくなっているが、脈々と生きている。彼は、問題解決の仲裁や相談を多く抱えているようで、どんどん相談事が舞い込んでくるようなのだ。バラモンは人格者でなければならず、自分を律さなければならないのである。英語で言えば、ジェントルでなければならないようだ。 一様に、皆が貧乏で金で解決できない、法律はあてにならない、行政も役所も腐っている、そんな中で、評判のいいバラモンが重宝されるのだ。あいつに相談したら、解決する、不利な判断をされても、彼のいうことなら仕方ないと納得できる。考えれば、彼は、私の抱く、インド人像から離れていた。数日間彼と共にいたが、いつも自分を正し、人々から尊敬を受けていることが分かった。階級制度はケシカラン、そういった一元的な見方だけではダメだと思わせてくれるのであった。
2010.08.08
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確かに、昔は、30度越えたらムチャ暑いなって感じだったけど、35度越えている日が多く、昔、こんなに暑かったかなあと、結構皆が思っているのではないだろうか。この暑さの向こうに快楽があるのだろうか。 マレーシア、クアラルンプールから、マレーシアの国境パダンベサール、タイ国境のサダオまでバスでやってきた。汗がダラダラ出て、顔から塩を吹く。ここから更に、先にスラッタニーまで行き、そこから船に乗って4度目のコサムイに向かうのであった。8時間後ぐらいの、ビーチの快楽を想像すると、窓を全開にした不快バスの熱風に耐えられる。スラタニーまで5時間だったか、6時間だったか、ハジャイ経由でバスはゆく。8時間たてば、ビーチでハンモックに揺られ、涼しい風を存分に浴び、一服する。そういうことを想像しながら、ヒタスラ時間を待っている。バスは揺られ、不快の汗をダラダラ流しながら、満員バスの中で、眠っている。不快の中、意識がどこかにとび、砂埃まみれの暑い風を汗をかきながら、うとうとしていると、不意にバスが止まり、急に静かになり、目が覚める。着いたか、3時間も早く・・・いや単なるトイレ休憩か。そんな中、2,3年前の国境の村、パダンベサール、サダオに行くまでのことを思い出していた。 マレーシア、ペナン島の九月の夜明けは遅い。昨夜遅くまでの屋台国際無情会議の盛り上がりの為に寝過ごした。まだ暗い中、ペナンのジョージタウン最安値の大安旅社のドミトリーをチェックアウト、フェリー乗り場を急ぐ。暑さで目が回り、昨夜の議題が頭の中を回った。ベホミアンはどうやって生きていくのか?芸術家はどうやって食っていくのか?最も安い宿はどこにあるのか?ターバンを巻いたシク教徒はバイクに乗るときにヘルメットをつけなくてもいいというのは、法律は宗教にかなわないということなのか? 涼しかったインドネシアのスマトラ島べラワンからフェリーでマレーシアのペナンに着き、急激に暑くなり、浅はかにも急激冷水を大量に腹の奥底に注入した結果、不覚にも下痢をおこしていた私は、大量の汗と重い荷物の加算に耐えつつも、単純に気弱になった。 ペナン島には本島(マレー半島)から来るときに復路の料金も徴収するので、私の場合は無料。七時五分。二十分で対岸のバターワースに着き、西洋人が国際列車の窓口に並んでいるのを遠巻きに見る。そして財布の中味を見る。結果、普通列車の切符を買う。 乗客はまばらで、各駅に止まっては、鶏を持った農民が乗り降りする。 九時十五分。アロールスターという少し大きめの町に着き、何となくフラリと降りてしまう。国境行きのバスや乗合タクシーはないものかと、人々に聞いたが、親切で興味深々の黒山の人だかりを作るだけだった。北上するバスに乗り、更に四十キロ進む。二リンギット。 カンガーという町。あと財布には三リンギット。バス停の近くに国境行き乗合タクシーがあった。乗客が満員になるまで三十分。三十五キロ先の国境の町、パダンベサールへ。目の視線が、船から列車、バス、タクシーと大地に近付きつつあり、快感だ。私は安全な国境へ行くが、それでも何か緊張する。世界中で国境線に悩まされている人々がいる。私はいかにも簡単に国境の南から北に抜けようとしている。この免罪符のおかげで。菊のパスポート。このときだけは非国民状態を都合良く翻し、愛国者と豹変する。 隣り合わせたおじさんはポートピア博覧会に行ったといって、話が盛り上がる。「あの人工島は、市当局が儲け主義で地盤が固まるのを待てず、どんどん建物を建てたので、今、地盤沈下に苦しんでいるんだよ。神戸市の市長は社長といわれているんだぜ。そのうちしっぺ返しを食らうさ」といえば、「なんだ、マレーシアと同じだな」といわれた。 乗合タクシーを降りると、乗り合わせた一人が「タイのスタンプがいるだろ」といって、私は彼の後をついていく。国境の壁に穴が開いていて、皆がそこを通りぬけている。現地の人ならともかく、私の場合は不法入国ではないのか、という疑問を呈しつつ、尋ねる。「ああ、大丈夫、問題ない。イミグレーションなら数キロ先にある」 ムスリムのおじさんが、どこからともなくバイクで登場して、「後ろに乗れ」という。風は壁を隔てても同じであった。醸し出す空気も変わるものではなかった。この国境は過去何度も国際バスで超えた。しかし、ここにも生活があったのだ、特殊事情があるにせよ、市場や家、他と変わらずの生活を営んでいる。宇宙から見ると、地球に国境線は引かれていなかったと宇宙飛行士がいったのは本当だ。 スタンプを押してもらい、また国境線に戻る。そこにバスが一台止まっていて、ハジャイに行くのだという。バスに乗るとすぐバスは出発し、イミグレーションで止まった.検察官が入って来て、一巡しただけで、すぐバスは出発した。ムスリムおじさんに連れていってもらわなければ私は密入国者になるところであった。 時差で一時間戻り、十三時十五分ハジャイ着。 列車に乗る。サングラスをかけ、への字の口をした物々しい警官が私のもとにやってきた。反射的に何かまずいものを持っていたのではないかと思い、「すみません」といいそうになると、彼は再度物々しく一枚のカードを無言で手渡してくれた。英語で「荷物に注意」と書かれてあった。私は頷き、プラステックに入ったカードを返した。警官は照れくさそうに笑った。私も少し嬉しそうに愛想笑いした。今後、観光立国を目指すタイにおいて治安は重要な問題である。それゆえ、いまのうちから旅行者には注意してもらわないと困る。お上からの通達なのだろうか。英語が話せないのならいつもこのカードを携帯し、外国人を見つけたら片っ端から渡すのだといわれているのかも知れない。頑張って欲しいものだ。 二十時四十五分スラタニー着。コサムイ島の船乗り場に行くため乗合タクシーに乗る。これがすし詰め状態で、私の股の間にギアチェンジがあり、ギアを変える度に私は赤面する。場外ビキニメニメニガールダンシングのディスコで降りるデブおやじもいて赤面する。十四キロ離れたバンドン港着。二十三時、コサムイ島に向けてナイトボートは出航。薄暗い港の明かりさえ、なくなっていった。
2010.08.07
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最近のニュースで、老人が失踪していることが流されているが、年金不法受給か相続問題だろっ!ってことは皆分かっているとは思うのだけれども、そして、役人は、他人の金(税金)だと思うと、ロクロク調べずに年金送り込んでいて、これ、普通の民間企業だったらクビになると思うんですけどってな感じなんですけど!本人確認できなかったら、病院の記録でも介護保険でも何でも調べられるでしょう。多分、役所内で部署が違うからつながってないんじゃんろ。それらの利用のない高齢者がいたら、それこそ、やあどうもどうもと元気な老人に会えるはずである。それらの利用もないのに、年金だけ受給、貧乏でなくても、勝手に振り込まれてきたら、あれれ、使っちゃっていいの?へー、じゃ、もらっとこと思うのも、無理ない話である。失踪届けもだしていないぐらいだから、入金されても、うち、おじいちゃん住んでないから困るんですと役所に言いに行くとは思えない。さすが、脈々と続く無責任体制。(官僚が立派だったから日本は成長してきた、今はその制度が合わなくなってきたといわれるが、違うと思う。優秀!な官僚がいなくても、朝鮮戦争やベトナム戦争好景気のラッキーさに加え、日本民間企業の勤勉さが日本を成長させてきたと思う。官僚は関係なかったはず) ソレはソレで置いといて、これ、結構、小説なんか書いたら面白くないか?と思った人も多いのではないか。小説の中盤で、消えた老人たちの行方が明らかにされていくのである。ヒッピーコミューン形成へ。臓器搬出業者工場で犠牲者になっている、一同特殊な薬を飲まされ炭鉱で働かされている、秘密80歳以上限定熟女バー集団生活、樺太コルホーズでラーゲリ強制労働状態、モウロクジジイヤクザ集団、とにかく、どこかに一同に集まり何かをやっているかやらされているか殺されているか。或いは、もう死んでいるのに、民生委員が来る時だけその家族に成りすましバイトしてる老人とか。いやもしかして全国不給年金同盟ができていて、100歳ぐらいになったら、70歳ぐらいで死んだ人の死体を調達してきて死んだことにする。70歳で死んだ人は、30年後、また次の70歳の人から死体をもらってくる、デッドサイクルシステムの普及とか、NHKや税務署と結託、ちゃんと払ってもらうために、不在と分かっていながら年金振込みする国家的詐欺。 まあ、「すみません!次回から年金止めますから!役所に出向くかご連絡下さい!」ってやってみたら?しかしすごいねえ、平成元年に全国100歳以上が4000人弱がたった20年で4万人って・・・。あ、そうだ、年金もらったらさ、発信機体に埋めたら?海外行く時は申請して、心臓音止まったら年金停止、故障なら申請したらすぐ発給するとか、余計に金かかるか・・・あ、平成元年って昭和天皇が死んでから22年たつんだね。あはは、もっと下血頑張ってさ、他人殺してでも輸血しまくって、ただ生きているだけで、毎日、じゃんじゃん、輸血して生きてます!だったら、今年、いいねえ、62タス22=昭和84年!やっぱあれか、平成天皇が、もういいよ、死なせてあげてくださいっていったのかね。あはは。老人免許いるな。きんさんぎんさんも懐かしいな、100歳で特別にお金もらって、そのお金どうしますかって質問されて、老後に備えますだってさ。
2010.08.06
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イランのイスファーンでは、闇両替のレート差のため、元宮殿に5ドルで泊まった。 ずっと夜中の移動や安宿を泊まり歩いてきたため、バスタブに3ヶ月ぶりに入ったどころか、快適さとその快適さにたった1日で慣れてしまう恐ろしさに緊張しながら、朝8時半に目覚めて、朝風呂。9時半にチェックアウト。荷物を預け、元マクドナルド(アメリカ企業はホメイニ、イスラム革命で全て接収された)だった店舗であるシシカババーガーを食らう。昨日知り合った人は来ず、隣にいたアリさんと共に、王のモスクへ散歩。その後、ハージュ橋の下で水パイプを浴びる。煙を肺に大量に溜め込むと、自然とナチュラルハイへと導かれ、河の水の反射がキラキラうるさく、しかし、穏やかで滑らかであった。 14通、溜まりに溜まった手紙を出す。14人の相手は別々だが、内容は、移動ごとに書いているので、異なる。それにしても、闇両替のため、14通だしたところで1ドルかかっていない。オマケに、手紙も葉書も50リアルという同じ料金の適当さ。キリスト教もそうだが、イスラム、生まれ育った宗教の地は沙漠であり、天国の理想郷は、まさしく、オアシスであり、緑や水があふれるのが理想郷である。イスファーンの都市は緑が多い。大通りは、すべからく並木道であり、都市丸ごとオアシスを具現化しているように見える。街の通り沿いに無料の水のみ場が設置されており、その蛇口を捻れば冷たい水が出てくるアルミの樽が配置されていて、ふたを開けてみてみると、大きな氷が入っていた。まるで水が豊富にあるような錯覚に陥るのだが、バスで少し走ると、もう砂漠地帯が始まるのだ。こういう風土や季節感もない気候では人生観も優しさや厳しさという概念も、全く違ったものになるのも間違いない。そして、町中には、やたら手足のない若者が多く、中には、乞食にならざる得ないものもいたが、人々は小まめに小銭を与えていたのであった。結局、戦争の犠牲者は、力のないものからなのだ。 闇両替のために何もかもが安いといえばそうではなく、それは移動手段と宿泊施設と公共的なものだけで、飯屋は高い。イラクとの戦時中ということもあるのか、基本、国から出されたクーポン券や食券や生活必需品をまかない、それ以上は、メシを買うのだ。クーポン券がないと、飯も一食、2,300円もするのである。バスは、7時間走って50円なのだが。戦時中ということをやはり思い起こさせる光景であった。また違う33橋の橋の下で、明日イラクへ向かうという軍人フセイン君と水パイプを決めるが、彼も落ち着いた雰囲気を醸し出しながらも、水パイプを2段にし、しんみりも、静かに吸い、無事を祈りながらチャイで乾杯した。 バスステーションまで見送ってくれ、20時半、バスは出た。椅子も天井も高く、窓も広く、星が怖いくらいに見えた。見ながら寝付けぬ移動を続け、寝ているか寝ていないかよくわからない状態で、午前2時50分、テヘランに到着した。
2010.08.05
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靖国神社のことについては、書物も読み、映画も観てみたし、ニュースでも政治問題でもたびたび登場してくるのだが、主張はここでは、辞めておこう。何故なら、5秒で語るには語り尽くせないからだ。しかし、常に、金持ちのためや、権力闘争のために、犬死したくない。侵略されたら立ち向かわなければならないけど、誰が仕組んだのか、考えると嫌になる。例えば、安重根、伊藤博文を殺した英雄だが、彼は、伊藤の顔を知らなかったし、何故、大陸進出慎重論の伊藤を殺してしまったのか。当時の日本軍部は、大陸に出たくてうずうずしてたのに、目の上のたんこぶの伊藤を疎ましく思っていた。それが、暗殺されたものだから、結果的に、安重根は中国進出の速度を速める役目を果たしてしまったのだ。例えになってないな。ここに限らず、私は、神社お寺好きの一味ではあるが、賽銭も基本的にせず、手を合わせたり拝んだりはしない。それが、聖なるものなのかも知れないが、それは、建築物として立派だが、神も仏もそこにはいないと思う。立派な入れ物には違いないが、中味は、空だと思っている。神社や寺院を大切にすることは分かるが、それは、自己の鍛錬のためであって、拝むものではないと思っている。 特に、靖国ともなれば、そっか、反対している人は来ないのだろうか。私以外全員が手を合わせ、拝み、賽銭する。それも、ジジババだけでなく、若者も結構来ていたのである。不思議な感覚だった。そして、敗戦日とは違い(何で終戦日っていうんだろうね。敗戦日だろ)、右の人も左の人もおらず、暢気にフリーマーケットなんかやちゃったりなんかして、平和だねえ、てな空気が漂っていた靖国であった。
2010.08.04
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子供の虐待相談件数が増えているということらしいが、通報件数が増えたこともあるだろう。殺されたばかりの子供は生まれたばかりの幼児の割合が高く、望まれない出産が原因ではないかということであったが、アメリカの犯罪低下原因のことを思い出した。アメリカは昔に比べると犯罪が減っていることは知られている。一時期、ニューヨークでは、窓割れ理論(建物やビルの窓ガラスが割られて,そのまま放置しておくと,外部から,その建物は管理されていないと認識され,割られる窓ガラスが増える。建物やビル全体が荒廃し,それはさらに地域全体が荒れていくという理屈。小さなそういうところを直して、住民意識を改革するといった理屈)がもてはやされ、ジュリアーニ市長は成功したと豪語していたが、実は、アメリカ全体の犯罪が低下していたのであった。誰だったか、因果関係は分からないが、いろんな統計と照らし合わせると、結局、堕胎が許可されるというか増えだした70年代とリンクして犯罪は減っているという統計と一致したということであった。つまり、望まれない子供が生まれるのが減ったということであった。いやはや、確かに、私自身も、今、ニートになったら、生活できないので、なるになれないのではあるが、それでも、考えてみれば、ちょうど、高度成長期を進んできた親の世代は、裕福ではないとしても、はっきりいって、年金がまあまああるので、家の借金もないとして、ずっと勤めてきて定年退職して、大病を患っていないとすれば、という条件が叶えられれば、一応、生活自体に困ることのない世代である。まあ、生活維持なら2,30万あれば済むだろう。それは年金でまかなえる。そこに、1人紛れ込んでも、食費がドンと上がって困るということは確かに当分の間はないだろう。しかし、やがてどちらかが痴呆ちなり、もう一方が介護となり、そうして息子は世間が怖くて両親の面倒をみているという名目で、全員が年老いていく不安でたまらんだろうなあ。この前のミイラになりたい、結局は年金詐欺っての、今後増えるだろうなあ。しかし、本人確認なしで金が出ること事態、結局は税金、他人のどうでもよい金なんだね。これが個人の金とまでいかなくても、企業の金なら、必ず本人の状態確認を係員がしないで、金じゃんじゃん配ってたら、その企業からクビを言い渡されること間違いなしだけどねえ。こんなことだから、税金払いたくないんだよ、皆さん、税金がクリーンに使われてたら、倍になっても文句いわんよ。政治家が税金上げるっていうとブーブー言われるのは、その政治家や政党や政府役人に信用がないからですね。税金パーセントが決められて税金行き先振り分けが個人ができたらいいですね、あ、そうしたら人殺しに加担する防衛費や、自分も苦しいのに知らん他国の人に金なんか出せるかのODAみたいなの、限りなく0になっちゃうか。(同じ雲を時系列に追いかけましたと)
2010.08.03
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ベリベリサンに見習って、思い出してみた。食べ物にハエが寄り付かないように被せておく網・・・自宅にハエいなくなったものねえ。亜細亜の食卓行ったら見られるよ。でも、働いてから亜細亜の民家に泊まったことないです。残念。新婚旅行に行く時、車にガラガラ付ける空き缶・・・日本で見たことないねえ・・・。ギリシアで一度見たけど、去年ドイツでは、クラクション鳴らしっぱなしの5台くらいの車が来たと思うと新婚カーだった。後続車の4台は、皆窓を全開にして、握りこぶしを上げてイエイイエイしていた。俺もイエイイエイした。出航時の紙テープ・・・神戸港から上海行く時、やった。コレ結構、いいものなんだねえ。トモダチが遅れてきて、やっと出航前に現れ、私にガムを投げてくれた。ガムには、リボンが巻かれてあった。船内でガム噛んでいたら、これって不法輸出品になってしまうのでは?と思う。今は、ゴミになるから辞めてくれっていうような器量の狭いこといってんじゃないの?ベータマックス*今やVHSも・・・高校の時に、正にベータマックスVHS戦争がわが高校でも勃発していたのであるが、まだ自宅にはビデオが導入されておらず、戦争参戦しないまま、戦争終結後、VHSを購入。7,8年前に1台購入したが、5年以上見ていない死蔵品となりつつある。なくなるね。ウイスキーボンボン・・・何故か子供時代から酔ったことがないんです。あれは、洋酒が高かった時代の産物なんでしょうね。外国にはないし、と思ってたら、わが郷土が生み出したお菓子企業の一つ、ゴンチャロフが考えたものらしいねえ。ゴンチャロフ、そうです、モロゾフと同じで、ロシアから疎開してきた人たちの立ち上げた企業ですね。土産のペナント・・・ゴメン、集めてました。小学校ともなるいと、部屋一面、壁も天井もペナントだらけとなってました。いとこの結婚式に出ると、あの部屋に憧れてよお、と従兄弟が懐かしんでいました。通りで、彼の部屋の壁はベタベタ汚かったのか。ソノシート・・・小学校の時、ありとキリギリスを聞いていて、直ぐ、針が飛んで、「オマエだな!」で飛んでたので、「オマエだな!」ブチッ、「オマエだな!」ブチッ、「オマエだな!」ブチッ、「オマエだな!」ブチッ、「オマエだな!」ブチッ、「オマエだな!」ブチッ、「オマエだな!」ブチッ、「オマエだな!」ブチッ、と気が狂いそうになりました。オレじゃねえ。後ろ向きにおしっこするお婆ちゃん・・・これは、私もありませんが、小学校の帰り、上半身裸のおばあちゃんみて、悪夢にうなされました。駅員さん持ってるハサミ&硬券切符・・ ・改札口に切れた硬券が落ちてたね。切符切ってないのに、暇そうに、カチカチ、駅員さんが職業病やっていたねえ。子供心に、働くと職業病で体がおかしくなるんだと思った。だから、今できるだけ働かないように努力しているのかしらん。昆虫採集セット・・・大人になってから、青い液と赤い液の注射って全然意味がなかったことを知ってショックを受けた。何もしなくても、乾燥するんだな、昆虫。実験セットでそれらしく、実験心を子供心に与えてくれたのだが、事実を知ったらショックだわ。上皿天秤・・・ 目分量で、人生を天秤で測るような人間になるなという教訓だったんでしょうか。地球&人類・・・最近、地球や人類の危機を煽って、商売にしている「感」の悪意を感じられて仕方なくないですか。或いは、政治の駆け引き材料として使われてる感がって、ああ、何だかやだやだ、消えちまえ。
2010.08.02
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東京駅(改修中) 新丸の内ビル 東京駅皇居最短距離堀郵船ビルから東京海上火災・・・確かこのビルは古く、皇居が見えてしまうということで、高さ制限されたビルである。明治生命館 東京會舘 帝国劇場ビル DNタワー21 ペニンシュラ東京 日生劇場 帝国ホテル 日比谷公会堂 新生銀行ビル 左 中小企業庁 右 経済産業省外務省国会屋根農林水産省(隣財務省。裏金融庁。しかし、内閣府看板)議員会館、(裏 総理大臣公邸)国土交通省 裏桜田門(警視庁)国会議事堂 社民党(議員へっても縮小しないのか)国会図書館 民主党(新しい政党やのに、金あってんな)最高裁判所 警察がさすがに、あちこちに配置され、自分がまるでてろりすとの下見という感じで、イヤーな気分になりつつ、日本の中枢が、こんなにコンパクトにまとまってんだと再認識した次第であった。
2010.08.01
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