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エクアドルでもあったのだが、ボリビアでは、デスロードツアーが有名だ。馬鹿な奴らがいくところだ。勿論やっかみだ。そんな時間はない。まあそういうのはほっといて、私はどんな国でも市場に行くマーケットにいく。そんな国でもマルケットにいかないことには話しにならないのメルカードである。ラパスは巨大でよく分からんところをうろうろして終わった後に、通りにでる。通りの名は、かつての王様の名前である。その歴史にも多少言及しているんである。上の名前でだけではなく、下の名前も、カパック、ってなんだか、パクッと食べて美味そうで、往年のパックマンみたいじゃないか。パックマン知っている?やってみたらすぐ死んだ。 死ぬことを恐れないというのは、相当の洗脳が必要である。一番いいのは、死ぬのに対極の永遠という言葉であろう。そして対極の生、それを組み合わせて納得するのか、説かれるのかは知らないけど、死への恐怖を緩和する。年取ったら死が近づき、悟りつつあるのだとガキの頃は思っていたのであるが、70になっても80になっても死は怖いという発言を若者の頃に聞いてショックを受けた。そうか、いつまでも死ぬのは怖いのだ。だって、誰もその後どうなるか知らないから。知らないというか無になる。魂が残るかも知れないが、記憶は残らないと思う。輪廻転生しても、生まれ変わっても、前生のこと覚えてなかったら初めてと同じだ。インドで、死んでいる人を見た。脇にいたインド人が言った。フィニッシュと。死んだではなく、終わった、であった。やがて、終わることを感じつつある20歳であった。 インドはソイル(つち)だった。地球の反対側は、土ではなく空だと思っていた。やがて20年の月日が過ぎ去り、南米へ踏み入れた。スカイ(そら)、いや、それはエンプティ(から)であった。 死を恐れないことには、死の覚悟があり、それは、死のリレーといいうか連綿がある。私自身が死ぬ気はないがもし死ねといわれて一番死ねた時期は多分阪神淡路大震災の時だろう。身近で死んで、不条理に死んで、生き残りと死の神の選択がどうしてそうなったのか曖昧な時。何故オマエは生き残っている、何故オマエは死んでしまった?何度も問われるのである。偶然でしかないのに。偶然の仕業は神の気まぐれか?結局、死ぬときは死ぬ、それぐらいしか学べなかったのである。何だか、戦争ではそんなことがありそうだ。あとに続け、同期の桜死んじまった、近所の人死んでしまった、家族死んでしまった、恋人死んでしまった、もういいよ、あとに続く!そうやって死んでしまった人いっぱいいるんじゃないか?逃げたら助かったのに逃げなかった人いっぱいいるんじゃないか?感覚も麻痺して。 割と、そういうことが戦争、テロ、自爆テロ、エセイスラム国志願、死ねば死ぬほど躍起になって増えるんじゃねえか、次に続けと。センチメタルとヤケクソと弔いと、オレもすぐそっちに行くぞの連帯感。どこに連帯あるねん。でも煽られたら分からんね。怖いね。あいつはあんなに勇敢に死んで行った、といわれ、あいつはおれの親友(親戚)なのに・・・俺は何やってんだ!早く死ね!まあそう思うかもしれない。だから、減らないのじゃないか、テロ。他人の為国家のため、例え友人のためと勘違いしても、死ぬのは犬死だ、ちゃんと教えてやってくれ。英雄でもなんでもない。自ら立ち上がるレジスタンスもあるのかも知れないけど、ここで抵抗しないとやられちまうちうのはあるかも知れないけど・・・。それは絶望でしかないのに。ああ、死んでもいい=長い間冷静さを失う、か。・・・とにかく、マ○コ、パクっと通りであった。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.31
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ボリビア来たからにはウユニ行くか、行かないだろ、だって一人じゃ遠近感無視したトリックアート写真とれないジャン、いや、写真問題ではない。不思議である。いったいいつからウユニは有名になったのか、日本人には。ここ5年ぐらいか。知られるようになったのは10年ぐらいか。少なくとも、20年前の私は知らなかった。それは、一つ前の国、ペルーも同じである。ペルー来たからマチュピチュ行くか、ナスカ地上絵行くか、行かないだろ、だって首都からそうやすやすといけないんだぞ。エクアドルいったときのガラパゴス諸島と一緒である。ガラパゴス諸島ってエクアドルなんだけど、遠く海上の島だろいかないだろ。イースター島もチリ領である。チリの首都からもなんと7時間ぐらいかかる、いかないだろ。、まあそうやって、マチュピチュもウユニもイースター島もガラパゴスも綿密に調べたケド、日本から南米の首都(アメリカから直行)の行き帰りで4日、自分の休みが5~7日、南米滞在は2,3日である。会社員のオレには。南米内にあるウユニとマチュピチュなら、もうそれだけにターゲット絞ったら行けるけど、オレの矜持が許さない、食いしん坊なのである。南米まで来て一箇所かよ、貧乏矜持が許せねえ、ああ、許せねえ。今は大人だからウユニまで飛行機でいけてそっからラクラクいけるはずなのだが、とにかく、俺は急いでいる、南米来た時点からもう帰国モードなのである、会社員である、今回も、休暇1週間のうちでは南米滞在は3泊しかないのである。仕方ないのである、マチュピチュだのウユニだのは老後にいくのである。最近では卒業旅行で始めて海外でボリビア来てウユニじゃ、ケっ、羨ましいの、である。グループで来て楽しいのは3泊までである、それ以上は、まあ、私も怪しい探検隊みたいのを海外で2回したが(卒業旅行はボルネオ島河下り4人、バンコク集合、現地解散、まだ私が隊長だったから統率が取れてよかったものの、みな好き勝手である。隊長自らデモクラチックなジャンケンでツインベッドの取り合い、2人は地べたで寝るのである。寝袋がある文句はいわねえ、安酒は飲む、安宿はない分、蚊はいない、外に出るとジャングル蚊の嵐、何が楽しい、何がオラウータン、村の酋長との交渉おまえがやれや、いやや、じゃあ、ジャンケンで負けたやつが学校の校舎の片隅に泊めさせてくれやの交渉や、であった)まあ、要は長く一緒になってしまうなら返答は1度である、「腹減った、メシ食いいく?あ、いかない、じゃあおれ行って来る」「この観光地見に行かない?あ、いかない、じゃあオレ行って来る。」「え、そこいくの?おれ寝とくわ」「風邪ひいたみたいから1日寝とくわ、勝手にしてくれ」「ビール買ってこよか、あ、飲まない、おれいっぱい買ってきて飲むわ、ははは」まあ、だいたいそういうことである。だからウユニの仲のいい写真みると不思議だなあ。3泊目にウユニ来てもう帰ったのかなと思う。そういえば、学生時代、最初は一緒人旅行始めたのに男も女も男女も途中で別々に旅行しているのを見かけたな、いまもあるんかな。1ヶ月も、恋人ならいざ知らず、(恋人なら旅行慣れしとかんとヤバイと思うけど)、友達となんか、オエーじゃないか?ま、一週間やな。知らんけど。人によるけど。どこでも着いてきたり、一緒に何が何でもの人はあかんやろな。マア、そう考えたら学生時代の男友達やったら長い旅行も一緒にできるかもなあとも今重ってみたりして。3日後再度集合とか、4人いて、自分だけ寝とくわ、あと3人でタノシンデラッシャイーも何の問題もないし。(まあ楽しんで濃いって心の底からおもっているかというと、80パーセントぐらいしか思ってなくて、あとの20パーセントはトラブルに巻き込まれて話のネタ作ってきれや、である。)ところでウユニはリチウムが世界の半分ぐらい眠っているのである。でも取り出せない、まあそれだけだ。理由は意外と簡単だ、金と技術がないだけだ。あ、そういえば、ボリビアには海軍がある。内陸国なのにである。演習はチチカカ湖である。ボリビア戦争でチリに海の領土側を取られたからである。(他にパラグアイやオーストリアも内陸国だが海軍がある)いつか海に出る日を願って海軍を存続させているようだ。湖軍なのだが。てかその戦争ではアルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ペルー、そしてチリとボロ負け、国土はチリ、ブラジル、パラグアイに取られ半分に、海も失った。まあ、そういうことなのだ。ん、ペルーは味方か・・・。まあそういう事情もあって南米最貧国である。勿論、幸福度合いとは別だ。最貧国といっても、まあ、会社員旅行者は、それでもそこまでラベルを落とさないので、物価jは、安いなぐらいしか感じないのである。あ、ペルーもマチュピチュいてないね。首都リマから遠いんだよ、日本からじゃ最速1週間仕事で、マチュピチュだけで終わり!なんだよ。そうなんだよ。まあ、ああいうのは、死ぬまでに行けばいいんだよ、そう自分に言い聞かせるんだよ、あと20年もしないうちに、死ぬほど時間ができているか死んでいるか死ぬほど金がないかだからね。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.30
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テレフィリコに乗ると、間もなく広大な敷地に墓地マンションが現れる。 恐らくであるが、昔、墓地は、一番山の斜面の高いところにあったのだろう。そこに人口が増え、その上にも住宅がどんどん建てられ、ついに、山の上のエルアルト市(空港のある街)にひっついてしまいました、ってことではないだろうか。 マンションというかカプセルホテルみたいなものか。ツアーもあるようだ。6349メートルイリマニ山ただお盆みたいな日以外はまあ、閑散としていて、上からでも何組かちらほら見えただけ、といいつつも、子供たちがボール遊びしているのも見えた。なんていうの、3階建ての1階3層壁の向こうは全て墓眺めは、それにしても、壮観だ。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.29
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サン・フランシスコ教会の広場から坂道サガルンガ通りを歩いて行くと、リナレス通りの交差点があり右に曲がると土産物屋が並ぶ通りがあり、ウユニというショップを越えたあたりから「魔女市場」が始まる。胎児のリャマのミイラや薬草や漢方の木のようなものが並び、通りを終えると、更に左に曲がってサンタクルズ通りの坂を登っていっても、ミイラは続くのであるが、それは、ぬいぐるみのようで愛くるしいほどではないが、ミイラなのに何のおどろおどろしさもないのである。リャマは運搬用で、肉はあまり食べられないらしい。インカでは、重要な儀式の生け贄として捧げられたといわれ、リャマの胎児をミイラにしたものはその名残であろうか。リャマより高地に住むのがアルパカであり、更に高地に住み、高級な生き物がびく-にゃである。ビクーニャの毛は高級品である。毛が細いのである、繊細である、多分、あったかいのである。考えたら、割と意味なく、時差ボケを繰り返しているのもあるかも知れないが、9時頃からうろうろしているので、土産物屋。魔女屋もオープンまばら、商売気もあまりなく、こちらからコカの葉買いに行くぐらいである。コカ茶も、コカコーラもコカキャンデーも特に効きはしない。あ~、ミイラはイランかね~。参考:楽しいミイラのつくりかた。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.28
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普通の観光案内をご教授するので、あまり面白くないのである。しかし、不思議なことに、この町は、地形が勝手にだがエクアドルのキトに似ている感じがした。谷底を走るメインストリート、上っていく左側が旧市街の見所、泊まっているところが、もう少し低いところといった個人的事情によるものだが。サンフランシスコ寺院アロンゾ・デ・メンドーサ広場、と書いたものの、ノンビリ広場ムリリョ広場周辺に入る。ファンデバルガス博物館 ここは人形があるんだよなあ・・・なんか看板あがてたけど、アメリカ通りとにかく坂の町であり、基本坂しかない、世界広しといえ、上り坂の数と下り坂の数は同じなのである。メッカであるハエン通りに入る。まあここには楽器博物館とか、ムリリョの家とか黄金博物館とかが並んでいて、まあ、共通チケットをファンでバルガスで買えやこの野郎!てことなのである。ちょうど、学校が終わった頃だったのである。とにかく平日は13時~15時まで閉館するので、それに全く配慮してなかった私は13時に通り、結局スルーである。スルーしたので、時間ができた。時間ができても、ひたすら歩くのみである。サンクリント教会。サントドミンゴ教会。ムリリョ広場に着くが、それ誰よだろ?ムリリョ広場に着くが、それ誰よだろ?ボリビア独立の先駆者だ。今はそれしか、いえない・・・。カテドラル国会議事堂大統領官邸物々しい感じ。Gobierno Autónomo Departamental de La Paz マア、大雑把に言えばレストランであり、要人御用達のところじゃねえか。ロシアみたいに。カマッチョ市場ラ・メルセー教会あのトイレのマーク韓国の便所博物館でみたぞ。ほんまやったんや。ライカコタの丘ティワナク国立考古博物館ティワナク国立考古博物館 閉鎖中ケンチャン。学生広場ラパスメインストリート7月16日通り(サンタクルス通り)そん感じの7時間散歩であった。まあ、そんな感じである。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.27
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昨晩寝たのが、多分4時頃だったと思うのだが、起きたのは7時である。3時間で耐えられるのかと思われるかも知れないが、昨晩は夕方から3,4時間眠ってしまい、そこから空港に向かった記憶があるので、足したら6,7時間の睡眠+どうやら今更に調べてみたら、リマラパスはフライトタイムが2時間ぐらいで、先日の日記では1時間足らずで到着なんてイキッて書いてたけど、1時間ぐらいは気を失ってたようである。そんな訳で、割と目がシャッキっと状態で目覚めてしまうのであった。それでフロントに下りてみて、昨晩夜中2時に誰も歩いてなかった外は、人通りでごった返しており、街の中心部であり、人口集中しとるなと分かるのであった。うわっ、こんな中心地に宿とってたんやと改めて気がつくが、観光地的なものはちょっと歩いて30分ぐらい離れているのであった。 というか、これはたまにあるのだが、ラパスでも私の頭の中の地図が南北逆さであった。空港から中心地を越えて、更に南下してきていたのだ、と気がついたのは、地図を見てからだ。何セ、夜中の1時にタクシーから見る風景はどこもとてつもなく郊外に見えたのだ。町の中心部も郊外に見えていたのだ。ホテルも不意に着いた感じがしたな、そういえば。ん、郊外で降りろってか?と思ったぐらいだ。 朝ごはんどこで食べられるのかフロントで聞いて、2階に上がってメシ食って、やることなくなったので、遂に観光である。 パラスの中心は谷底である。谷底が一番偉いのである。 ボリビアとの出会いは、実は、ボリビアで最期を遂げたチェゲバラを知るより前の、学生時代にビデオで見たスカーフェイスである。デ・パルマ監督オリバーストーン編集、アルパチーノ主演の83年の映画であり、多分、ビデオで初めてみたのは90年頃ではなかったか。そこにビリビアのマヤク王ソーサが得てくるのだが、そこに一瞬ボリビア(多分ラパス)の風景が写る。それが、私のボリビアの印象の、ママなのである。実は、スカーフェイスは5回以上見ているのである。何でそんな好きなんだ、悲しいからだ。悲しいチンピラ映画だ。いや、アメリカンドリームだった。なにせ、2時間42分頃の私の日記、WORLD IS YOURS はここから来ているんだったよ。最期の1分前にも出てくるんだよ、痺れるよ。酸素が薄いのか、といわれると、そういうわけではない。そうなのだが、さすが4000メートルではそれは感じまい。それでも4000メートルを越えたのは、チベット(5000も越えた)、キト、そしてここで3回目だ。そして、チベットは高山病で苦しんだ。チベットの那曲で泊まったときは4500メートルで、かなりやられ、ラサ(3600メートル)に到着しても、随分ましになったが、結局下界まで高山病の程度はあれ治らなかった。 ラサは、10日程いたのだが、毎日、割と辛かった。高山病は多少治まっているが頭痛はいつもあるので、特に、ネパールからやってきたお土産をスパスパ楽しむと余計に増幅作用で、頭痛と歯の中に出来た気泡(多分上からかぶせたものとノ間に隙間が僅かにでもあったのだろう。気圧が番うので押しているのである。頭痛と歯痛が血管のドクンドクンの交互に痛みが往復するんである。それでも耐えた、耐える程度の高山病で、ほんまにやばかったらもう降りるしかない。しかし、あの頃、ほんまにヤバイ旅行者が大量にいて、割とドミトリーでは野戦病院化していて、誰だかな、八木さんという人だったかな、鍼の先生が旅行していてて、患者に禁断のツボとかいって、ブスブス刺して楽しんでいたなあ。またそれで和らぐというのだから人間の精神とは不思議なものだよ。それでも3600メートルと富士山程度のところで苦しんでいて、多分、高山病は程度はあれ一つの目安は3600メートル(指標はないが、ただの私の実感)であり、日本では富士山でなる人がでてくるかも、ということである。マア、富士山頂上で2泊も3泊もしないだろうから、症状はでないかもしれないが、5000メートルきたら、一気に来る人は来る(俺)。それに体調にかなり左右され、誰もがいってみるまで分からないロシアンルーレットなんである。高山病は慣れじゃないので、チベット人でも一度下界に降りて、戻ってくると高山病になる人もいるのである。勿論ずと住んでいるチベット人は特別であるが、下界に降りると普通になるのかも知れない。私が高山病になったチベット高原は吐き気はないが頭痛だけである、が、チベットからバスで2泊3日でネパールに抜ける時には眠気も漫才、ずっと寝ているのか、起きているのか分からない夢心地で、だって何百キロ走ってもチベット高原のスゲエ風景は変わらないのだ、薄目を開けてスゲエなと思って眠りに入り、またウトウト起きて、なかなかこんなキレイな景色ないなと思いながらでも意識はぼんやりだなと思い、眠り、もしかして、おきてるか寝ているかわからない状態で、オレは詩人だったんだと思ったぐらいだ。まだ詩を書いたことのない詩人。そう思ったんだ、マジで。まあ、全く結果的には風邪をひいてただけで、リマの海抜0から4000メートルまで一気に飛んできたが、高山病にはならなかったが、一応、コカ茶とコカキャンディーとビンロウ(は台湾か)キンマ?っていうのか、と水とコーヒーとビールを追加してくのである。多分、正しい方法ではあるまい。風邪ひいて咳がでるだけやないかい、ロキソニン飲んだら、一発で頭痛治まった、それ風邪や。痛み止めや、ちなみにダイヤモックスウ(アセタゾラミド)ってのが高山病の薬でラパスではやすう売っとるから、それ買うべきやな、オレ買ってないけど。2、300円や。日本やったら10倍やで。高山病ちゃうか、とやはり緊張はする。20年前以上の記憶が甦る。多分体質より体調次第とかタイミング次第のロシアンルーレットなんである、あ、また書いちゃった。チベットでは、正直、日本に帰りたくて仕方なかった。考えたら日本帰らなくても下界に下りればよかったんだけど。それでも、あの風景、あの情景、また長く滞在したいと思ってしまう。まあ、そんな感じで、チベットではなく、南米では高山病と縁なく4000メートルを終えるのであった、あ、まだ何もラパスのこと書いてなかった。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.26
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Museo de la Inquisición y del Congresoは、ボリバル広場に面した場所に存在する博物館、入場料はドドーンの無料。無料ガイドもいるが、スペイン語のみなので戦線離脱。日本にいていいことは、日本語が通じることだ、これは画期的に良いと思う。その次はなんだというと、どこでもトイレがあり、それが大抵世界最高水準でキレイなことだ。街中では、なかなか食事どころか美術館系にいかないとなかなかないのである。そう簡単にガソリンスタンドは貸してくれないだろうし、(カザフスタンでは貸して貰えたが、ホンジュラスとエルサルバドルの国境ではガソリンスタンド有料で汚かった)それで大抵の国ではなんだか公共では入口にゼニトリババアがいたりなんかして、5円だの30円だの取る、いやいやノルウエーなんか300円だぜ、出そうなのも我慢したぐらいだ。クロアチアのドブロブニクでは、皆、無人をいいことに金も入れずに柵飛び越えていたので、オレも真似をした。ニューヨーク52番街でも、うっかり商業棟から住居棟に紛れ込み、警備員に追いかけられたり、フィリピンではトイレに入ると勝手に肩揉んできてチップを貰おうとしたり、まあ、割と緊張なのである。これは日本はすばらしいのである。世界に誇る文化なのである。ウキペディアより抜粋リマは、ペルー共和国の首都。人口約800万人。2010年の国際連合の統計によると、近郊を含む都市圏人口は894万人であり、世界第27位。チャラと呼ばれる海岸砂漠地帯に位置する。リマは植民地時代に建てられた建物が多く残るセントロ地区(世界遺産)と海岸沿いの新市街に二分される。リマは1535年にインカ帝国を征服したスペイン人のコンキスタドール、フランシスコ・ピサロによって築かれた。リマの名前の由来は市内を流れるリマック川に由来すると言われているが、当初の名前は"La Ciudad de los Reyes"(諸王の街)であった。そういえば、大学生になったころ、海外に行って、トイレの下とかがあいていたり、チウゴクでは下どころか、全開だったりして、そこでウンチングクラウチングスタート状態の人間を見て、まあ厳しいと思ったが、今は、下が開いていて足元が見えるぐらいは平気になった。さすがに全開はまだ慣れていない、横も全開で、隣の人とぺちゃくちゃしゃべりながらウンチをすることも出来ない。いやそれよりひどいのは、便器が詰まっているのに、いつまでもウンチをし続けて、うんちが三角錐を崩したのになって、まわりに落ちまくっているやつである。しゃがむこともできないし、またぐこともできない、まるでウイスキーである、何も足さない、何も引かないである。いや便意が引くだけであり、その前に鼻がひん曲がっているのである。どうしたら人間ここまでやれるのだろう、と思う。インドじゃ、そんなところで掃除婦がメシ食ってたりするから、床も水浸しで、ウンコす割しながら弁当手に持って、正気の沙汰かと思うのだが、集団で談笑しているのである。こんなんに、金払えるかと思いながら、ぎりぎりまで我慢していたら5円10円は払ってしまう性である。いいのがあるよ1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.25
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ということだ。詳細を知りたければ、まあ日記題目か、華城とかでぐぐれば、おおよそのことは分かるってことだ。とにかく、私は、便所博物館から10分程歩いて幹線道に出てからタクシーに乗ったのだ。バスを予定したが、バス亭で待っていると、たまたまタクシーが止まっておばちゃんが降りたのである。前のマンションにお住まいのようであった、バス停には誰も待っておらず、フラフラ私はタクシーに吸い寄られてしまうの巻なのであった。何がどうなのか分からないが、私はカンコクジンなら特に年配なら漢字は読めるものと思っていたが、そのあたりは割りとあやふやで多少学がないと難しい面もあるようで、感じで水原城世界遺産とかかれた地図を見せたのだが(さっき、携帯電話カメラで案内図を撮ったもの)、どうもあまり分かっていないようで、それでも、まあ、それらしきところで降ろしてもらったわけである。向こうの方に門が見えるけど、その前のだだっぴろいのなんだ、ちうごくか?天安門広場か、と思ったぐらいである。人間サイズを越えている、100万人集会も可能だ。100万人コンサートも勿論可能だ、がそれは問題はトイレだ。40万人以上集まった伝説のウッドストックでもトイレは大変だったという。チケット買った2倍以上の人が押し寄せ、3日にわたるコンサートはほぼ無料状態となり交通マヒ、腹ヘリ、といれ、大雨、死者2人、出産2人、トリのジミヘンのときには会場に100人程度しか残ってなかった、そりゃ3日後だからね、という中で映画で収益はプラス。まあそれでも、仕方ないので門まで歩いていくのである。途中貸し自転車はあったが、もう門まで200メートルぐらいである。門の前に到着するとナにやらのエキスビションである。見物客も多数。マア、私のナにやらホゲーっと馬鹿面で眺めるの巻である。日曜14時からの催し物だったようである。そっか、1週間に一度の催しに遭遇したぞってわけか。ちょとだけ得した気分に2,3秒だけなった。記念撮影もあれば、無視する人もいれば、記念撮影を撮る人もいる。役者の休憩所は、マネキンに衣類を着せて収納している。もしかして、平日は見世物にしているのかも。すぐ横のグルメ道に入り何か食うかと思いを巡らす、まだ韓国来てからメシ食ってないし、何も飲んでいない。しかし、メシ食わず、何も飲まず、素通りしてしまう。マア、今回のスオン(水原)はトイレ見学が主な目的であったので、この辺はすっ飛ばしの省略形である。すっ飛ばし、て何の為に誰が為に鐘は鳴るのか・うまい具合に帰国のためのバスに乗るにも、30分ばかりの余裕が生じ、ソウルインチョン空港行バス停まで、30分程歩いて戻ることにする。ソウルから東京より10倍ほどヨハネスブルグは遠いということが漫然と分かった。お、水原城のこと書くの忘れたけど、水原勇気しってるかい?ドカベンの作者水島信司の漫画「野球狂の詩」の女性プロ野球ピッチャーである。ソウル香港は東京までの飛行時間、東京香港の飛行時間を鑑みたら2000キロってところなんだろうな。1995韓国日帰り 水原へ(リンク) うんこハウス公園編1(リンク) うんこハウス公園編2(リンク) うんこハウス室内編(リンク) トイレットハウス(リンク) 水原ロード(リンク) 水原世界遺産(リンク) 水原から空港へ(リンク) 行き帰り(リンク)
2015.08.24
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ラパスは世界で一番標高が高い首都である。 景色はどこがいいですか?という質問を受けることがよくあるのだが、首都としては、ボリビア(ラパス)は良い、良いのだ。ラパスはすり鉢状の町であり、高地であることと利便性から、すり鉢状の底が一番地下が高くオフィス街や高級住宅街になっており、高地に行くほど、傾斜ができていくほど貧民街となっていく。そんな訳で、街中が貧民街に囲まれてて、それが見えるのだが、崖みたいな勾配にへばりつく家並みが壮観である。色が統一されているのは、何故か分からないが、宇宙的な感じがするのだ。 ロープウエイはスペイン語で多分、テレフィリコというのだろう。キトもコロンビアも同じ名前だった。たまたま、ぶらぶらしていると、ロープウエイを発見し、急いでその麓らしきところに向かうのであった。廃止になった鉄道駅から墓地駅を経由してエルアルトまでいく。ここから空港近いやんという感じで、昼間なら、これで空港向かうのもいいのかもしれないなと思うのであった。勿論、タクシーは待っている。あとは、不得意の交渉でよろしくお願いします。空港からバスで10分ほどのすぐ近くらしいぜ。6349メートルイリマニ山ラパスの北に見えるのは標高6088mのワイナ・ポトシこれいいね、2往復しようかと思った思った程度、高低差400メートル、10分。途中、墓地駅にも降りてみる。ズイズイ上っていき、傾斜が限度に来ると、さすがに家はなくなる。あ、空港から来た道路だ。自動車がはまってます。一緒に乗ってたおちゃんが興奮気味に教えてくれた。棺おけに見えた。しかし、棺おけ状態である。同乗者のスペイン語の説明によると、6人乗ってて3人シンだってさ。まあ、数字しか分からなかったが、当たっているだろう。眺めは、それにしても、壮観だ。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.23
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中心のアルマス広場、市庁舎から後半は出発。政庁の横を通り抜けて、サンフランシスコ教会修道院。 ここは地下にカタコンベがある。何万もの骨である。勝手に行くことはできず、入口で入場料を払い、英語またはスペイン語のツアーとなっているので、暫く待たされる。英語の人~と5分程待つと声がかかり、ツアー開始である。若いボランティアポイ女性の説明である。1時間ぐらいあっただろうか。貼りポッターばりの古い図書館とか、装飾、これがオリジナルでとか、これはいつのもので、とかこれはフィリピンのマニラから来ましたとか、食事するところですとかを巡った後に、いよいよ地下に入っていく。そこでは何万体もの骨、埋葬されたものを一度掘り起こしてキレイに並べるというものだ。並べて並べて積もって12メートルとかである。ローマやマルタ、ウィーン(巴里はまだ、やっぱパレルモがすごそうだね、数は巴里の600万体より少ない1800体だが服着てるからね。)などのカタコンベ行ったけど、そっか、南米か、ということである。どういうことであるか。やりすぎコングレスサンペドロ教会。中はリマで1番荘厳じゃねえかという噂。しかし、世界各国、同じ名前の教会ばっかですな。マルケット。奥にはフードコートらしい1つの店に椅子が2~4席ぐらいの店が何十店舗もあり、楽しい感を醸し出すが、コスタリカメルカドでもこういうのあったなあ。チャイナタウン 中国人らしいのが見当たらない感じで、中華料理店の奥に引っ込んでいるのだろうか。ラ・メルセー教会。リマで最初にミサが行われたとか。メインストリート、ラウニオン通り。ラ・メルセー教会ってのは、グアテマラのアンティグアでも行った。何かガイドが突いて来たが、いやいやスペイン語分からんから「いいよ」と断った経緯がある。ラウニオンってとこも、フィリピンのマニラ北部にビーチがあるな。ラウニオンはかつて、露天で道がぎっしり埋まっていたらしいが、今はすっきりした普通の通りとなっている。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.22
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いらっしゃいまほ。とにかく、会社員のオレ、だらだらする暇ないんよ。だらだらする時しか。トートロジー?ノン!明日出発なのに、観光地検索とか宿屋検索とか、実は飛行機検索までしているだけ。急いで、地球の撃たれ方をふごそごそ書棚を探すと。お、割と新しい2012年度版じゃん。あ、エクアドルの時に中古本を入手したんだ。ところで、オレオレ振り込め詐欺の被害額がよく過去最高!なんて報じてマスコミは喜んでいるが、まあさすがにここまで啓蒙もしているので、件数にしたら、そらもう激減でっせ。つまり、件数が4分の1になったら被害額が1件あたり4倍以上になっているってことで、だまされるのは、まあ強欲ジジババということになったということである。チャンチャン。怖いねえ、お化けより。欲の皮ってのは。まあ、オレも、つっぱって金なくなったこと大小合わせて何回もあるけどな。まあ、大人のうちに騙されて、そうやって老人になっていくんよ(言い訳)1995静岡 リクエスト紀行 伊豆の踊子(リンク) 熱海秘宝管(リンク) 熱海城 前編(リンク) 熱海城 後編(リンク) まぼろし博物館 入口まで1(リンク) まぼろし博物館 入口まで2(リンク) まぼろし博物館 ビヨンド(リンク) まぼろし博物館 昭和前編(リンク) まぼろし博物館 昭和後編(リンク) まぼろし博物館 歴史編(リンク) まぼろし博物館 アート前編(リンク) まぼろし博物館 アート後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 前編(リンク) 怪しい少年少女博物館 後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 お化け屋敷(リンク) 伊豆極楽苑(リンク) 秘宝展(リンク) 伊豆蝋人形美術館(リンク)
2015.08.21
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宿投していたホテル前のまんらるてぃん広場からはじめる。へススマリア教会。サンアグスティン教会。サントドミンゴ教会100円200円だったのでサントドミンゴ教会に入る。入れば、まず中庭のベンチに座る、これ鉄則。疲れているから他ならない。南米でキリスト教が華やいでいるのを見ると、いつも、なんだか悲しくなる。野蛮な奴らが宣教師を先頭にやって来た!それで、本当に浸透してしまった!という感じだものね。人はいない。漫画みたいな人たちが埋め込まれてる他の入場者見た。敬虔なクリスチャン家族である。私の見学スピードの10分の1の速度で敬虔に巡っている。地下組織ヤプカグランダ並木道からサンクリフトバルの丘が見える。ピサロが抵抗する残党をやっつけ、多分その記念に十字架建てたってことで。セントロの中心アルマス広場カテドラル。まあ、ここに悪魔のピサロが眠っているというが、ウソだろう。考えたら、征服者が造った悲しい街なのである。リマ市役所ところで、ペルーの消費税は18パーセントらしいが、大体、消費税といっても、それは物価が安くあったり、トータル安かったら一緒である。ヨーロッパでも北では物価高いなと思うけど、税金が高いとは思わない。北欧は別にしても、消費税が2割3割でも元が安いので気にならない。日本は元が高いからね。社会保障と税の一体改革、どこいっちゃったんだろう。日本では、さすがに飲食などしたあとに、頭の中で勝手に計算したら、それより100円も200円も多くて台替わりしたりして、ずわりじわりとショックを受けるきょうこのごろ。再度ペルーを歩きながらのくせに、このじわりとくる悪の税金を思い出さすにはおれない。先日車検で20万30万という出費(15年ぐらい乗ってたらガタがくるのでなのか?)に8パーセントも消費税乗せられたらたまらないのである。なんのために?それは、消費税は、庶民から金を奪い易いからに過ぎず、盗り易いからに過ぎず、奪ったあとのことは特に考えられていないのだ。税は、調べると消費税で5兆円増えて、トータルで1兆円国家予算が増えたとのこと(54.5兆)だが、マアそういう増え多分はほぼ同時期に行われた企業減税や高額所得者減税で相殺されたって話。何セ、大企業さまは、献金してくれるし、高額所得者は税金を勉強しているから、何とかおだやかにしておきたい、お金持ちから1円増税するより貧乏人から1,000円増税するほうが簡単だから。そういえば、戻し税ってのがあって、輸出企業は、消費税払ってないどころか消費税国内で払っただろうからって、金戻してくれんだよ。TO○Y○T○だけでも2千億円国から貰っているし、いやはや1兆円以上大企業に戻されてんだよネエ。これって消費税全体の5~10パーセントぐらい占めるからでかいな。国民のための消費税じゃねえよな。ペルー政庁1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.20
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リマの空港までは旧市街から10数キロと近く、タクシーも10ドルから15ドルの間である。(交渉に交渉したらもっと安くなるのかも知れない)渋滞時間だからと、交渉は2回ほど金額の言い合いであったが、もうオレもいい年こいているので、妥協も早い。タクシーは、何度か渋滞につかまり、全く動かないこと10分とかあったが、空港に到着、かと思いきや、空港には入れない、ここから歩いて行きなよ、この壁の向こうが空港敷地内で、そこ開いているからと言われる。時々、こういう国とかタクシーの事情によってこういうことが起こる。多分、来た時も、安く空港からタクシー乗りたかったら空港を出て左に曲がって、人が行き来している道をずっと道なりに歩いていくと、空港の外の大通りに出られるので、そこにタクシーがいっぱいたむろしているので、そこからだと安くいけるだろう。そういえば、来る時、単位がよく分からなくて、空港タクシーでカウンターで金を払って、ボッタクリ交渉システムじゃないのだなあ、それも安いしとか思っていると、いや、違うぞ、無茶苦茶高いぞ、と気がついたのもあとの祭りである。12キロなのに、2,500円ぐらいしてるじゃん、オマケにベンツやし。これリムジンタクシーちゃうんか、しくった!と思ったのだが、後の祭りである、何を計算違いしたのか、まあ1,500円ぐらいならいいかと思ってしまったのであった。空港建物まで歩いて行くが、制服着たままの乗務員や機長もやたらすれ違う。どうやら自国民の人たちも飛行機降りて解散して、でもバスで帰りたくないなあという人たちは、空港の外まで歩いていって一般タクシーを拾うのだろうと想像された。まあ、歩くといっても、5分も歩かないけど。写真は失敗しているが、コカコーラの巨大ボトルが目印である。(いや、目印でもなんでもないか)、リマ空港ひといっぱいである。リマの空港は、最近無料WIFIが登場!無料時間は、たったの10分、それ以上は有料である。確か今は知らないが、フランクフルトも30分ぐらい無料で、切れたらまた登録してつなぎ直せるのであるが、ここは一回ぽっきり、なんだよ、という感じである。オペレートはエアロガルであるが、まあアビアンカ航空である。アビアンカはコロンビアのナショナルフラッグであるが、エルサルバドルとかペルーとかにも運営を広げ、もうTACAと一緒になったりよく分からない状態である。よく分からないが、現存する航空会社としてはKLMの次に古いそうである。スターライアンスである。乗務員の制服は真っ赤えあるが、オーストリアみたいに真っ赤という感じはないのである。AVとはアビアンカである。さっきから、であると、断言口調なのであるが、そういうことである。それにしても、ペルーは、遠いのに、日本人に大人気である。アメリカで乗り継いだのに、日本語の放送が2回流れ、良く見ると、日本のおばあちゃん観光客団体多数、え、アメリカ人ペルー人に次いで日本人多いんじゃないの?みたいな雰囲気であった。まあ、私は会社員なので、盆とか正月とかGWとかぼったくり時期にしか行かないので、若者(学生)に会うことはあまりないのであるが、こうやって、男ジジイは駄目だが、ダイタリティおばあちゃんには時々遭遇するんである。今年の正月もモンテネグロで日本人おばちゃん団体客見たし。そういえば、オレのオカンも、友達と2人でイギリス個人旅行2週間先月行ってたなあ。オトンは飛行機が怖いので海外には行かないのだが。ふと、結婚してたときも、相手方の母が、団体旅行だけど、ペルー行ってたなあ。まあ、リマの街中では日本人1度も見なかったけど。アビアンカ航空(AVIANCA)って、Aerovías del Continente Americanoの略ということは分かったが、どこをどう略してんだ?ボリビア首都ラパスまでのフライトタイムは、そうねえ、90分ぐらいだったかなあ。なんか、メシ食ったら着いてしまいましたって感じで、韓国より近い感じがしたのであった。さて、到着したのはエルアルト、ボリビアのラパス国際空港、エルアルトは地名である。何が有名かというと、世界最高標高の国際空港である。4060メートルである。風邪ひいているのだが、一瞬、高山病になったのではないかと間違えるほどであった。これはどっちだ!高山病で頭が痛いのか、いや咳が出るから、そっちか、どっちや。とう状態であった。両替場は1箇所であり、呼び出しボタンを押して呼び出す。一度、外に出てしまったのだが、外に両替所がなかったので、勝手に逆戻りして両替、というか何か変な空港のつくりで、出入り口の右側がアライバルで左側がデパーチャー、その出入り口も一般の人(タクシー呼び込みあんちゃんも)入ってきている。ラパス市内は約500m低い位置にある峡谷で、すり鉢を螺旋状に下る3号高速道路を使いタクシーで20分程度だろうか、10ドルぐらいである。小さな空港を出ると、すぐに、なんだか住宅街の端っこみたいなのところに出て、何か不思議な感じがしていると、すぐにまた大きな道となり拘束に突入。気の良いタクシーのじいさんも、何かと話しかけてくる夜中の2時であった。是非、すり鉢上に広がるラパスを機上から見たかったのであるがあいにくのアイル席であったので、高速道路から町をみるのである。こりゃなかなかすごい光景が広がっている。すり鉢の内側にびっしり電気が灯っている。山伝いに大きくカーブしながら永遠に降下していくのである。町の中心部ぐらいに宿とったつもりだったんだけどなあ・・・と思ったら、まあ夜中だからだが、朝外をみたら歩く人でごった返していた。 気温は、たまたま自国と温度計がホテルの前の公園に表示されており、4度である。日本から30度ぐらい下がっている。 とりあえず、夜中の3時頃だから寝ることとする。高山病か?頭が痛い、しかし、喉も痛いし、咳も出るので、風邪とのダブルパンチか?不明のまま浅い眠りにつくのであった。と、思いきや、テレビ映画でリュックベンソン、スカーレットヨハンソンのルーシーやってたので90分見てしまいました。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.19
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その前にこれが日本人女性の何歳か知らんけど平均像とのこと。 順調に朝食を終え、なんだか、大通りに面してるから一晩中クラクションで煩かったような気がするなあと思いながら、あれ、この部屋バルコニーあるやん、でも鍵開きっぱなしやったやん、ま、いっか、であり、携帯電話の時間が自動的に変わるのにヒューストンタイムのままであり、あそか、ネットつながってないんだ、と思いながらもGPSはネットとは別じゃないの?よく分からないけどという状態であり、確かに町を歩いていても国によってGPSが作動したりしなかったりである。まあ、あまり気にしてないというか今回初めてそうだったんだと気がついたということは、特に機械に頼っている訳ではないということだ。GPSは便利だが、仕様すると皮膚感覚として、自分がどこにいるのか分からない。日本各地のドライブ旅行ではGPSに頼りきりであるが(時間がないから)、マクロ的に右に曲がってください、左に曲がってください、どこにどう向かっているんだ、おれはどこにいるんだ、と割とイライラするのである。オレは今ここにいる感が、ちょっとは欲しいのである。 そういっても、ぶらぶらしにいくのである。途中マップを何度も出しながら歩くのである。 リマも割りと海岸沿いにあるので、標高は0メートルに近いのだが、15度ぐらいだ。涼しい。リマは別にして、ペルーも山岳地帯国家である。何故、山岳地帯にインカのような文明が発達したのかとうと、食うものがあったからだ。ジャガイモという主食があり、飯を安定的に食えば、時間が出来て、暇だ、暇だと考える、余計なことも考える、暇だからセクスもする、人口も増えるということなのだ、多分。アメリカやカナダのような平地では、ロッキー山脈もあるが、主食となるべき作物が無かったため、狩猟や採集にたよった生活が中心となり、常に腹が減って、飯を食い求めて動き回り、文明が発達する暇がなかったのであろう。まあ、そんな感じで800万人もいる大都市リマを歩き始めるのである。そういえば、葉山嘉樹「海に生くる人々」って本があって蟹工船で小林多喜二がぱくった作品であり、確かに学生の時「蟹工船」読んで、リアリティーないなあ、このカタコトの共産主義の外人なんだかなあ(中国人だたかな?)と漠然と思っていたが、小林は船に乗ったわけじゃないからなあ、ネタと想像で書いているからなあ、葉山は実際石油船に乗ってるからなあ、リアリティに裏づけされているので断然面白いんだよなあ。それでも葉山が忘れ去られ、小林の作品が残っているのは、小林が共産党の主流派にいたからなのだろう。まあ、そうなんだよなあ、と思いながらも、リマに来て、リアリティー感じるか、何か伝えられるかと思うと、あ、元々そんなに伝える気力ないわ、ということである、ことであって、地図から目を離すと、カップルが濃厚なキスをしていた。若気の至りに見えるんだよな。女性の目が潤んで、本当に愛してんだあってシーンも見たことがあるんだけど、それは10代の西洋人じゃなかったな。酔っ払って帰るときに、昔だけど、大阪駅改札でキスをしている10代の若者がいて、二人とも泣いていたが、まあ涙と唾液でぐちゃぐちゃで、まあ、汚かったわ。まあ、関係ないけど。あ、観光案内差し上げませんでしたね、次号(明日だろ!)を待て、あ、誰も待ってない。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.18
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俺が前日、花火の仕事を終えたのが、9時頃であった。そこからパッキングが始まるのだが、ちょっと待てよ、と、もう一度気温を確認した。南米なので日本と逆じゃねえかと思ったのだが、高地なこともあって1年中5度から20度を彷徨っている平和な土地だということが分かった。ヤバイ、これは、何か羽織るものいるぞと、急いでユニクロのヒートテクと薄々ダウンジャケットを収めたのであった。荷物は本を読みもしないのに、1日1冊やなと勝手に計算して、詰め込んだら9キロとなった(帰りも9キロだった)。お土産を1キロぐらい買っても、穴の開いた靴下やシャツや読み終わった本を置いてくるので、相殺されるちゅう訳なんよ。 そしてネット仕事(1泊目の宿の予約だとか、観光は何があるのだ、とかを飲みながら調べ始めると、少なくとも、午前3時を回り、まあ、井移動中寝たらいいか問題はちゃんと起きられるかどうかだけだ、とアラームをセットしてごそごそしているうちに4時も過ぎ、睡眠時間は3時間ぐらいしかないぞ、コラって、いつもの事の次第。 多少早起きして、シャワーして、家のブレイカー落として、ふと気がついた、あら、パスポルテは?ない!しまった!どこだ!この前使ったのは?あ、韓国だ、韓国用財布はどこだ!そこに入っているはずだ、とかなんとか行っているうちに5分が経過して、ぎりぎり予定の最寄り駅からの電車に乗ったのであった。やばかった、コレ逃したら途中バスでなくタクシーで空港いかなあかんかったで、と思いながら本を開く。(1週間後家に帰ったら、部屋が荒れてて泥棒か!と思ったぐらいであった。もともと荒れているのだが、さすがにパソコンのキーボードの上にまで書類が無尽蔵に重なっていたので) それで、伊丹から羽田に11時の飛行機の乗ろうとしたのだが、時計を見ると9時20分である。あれ?1時間早く来てないか?あまりにルンルンしすぎて(死語)1時間間違えたようである。10時にするかと思ったが、意外と盆なので、飛行機に慣れていないノソリストの阻まれ、カウンターにたどり着いたのが9時40分である。まだ10時は間に合うが、ラウンジで茶して行くとこネット検索しとくか(ネット病か?)と思い、11時にしておく。いつの間にかゴールドカード会員ラウンジは2階から3階に移転しており、多少まごついたものの、急いで携帯電話の電池の充電をしておくのである。荷物は全て手荷物にしたので、羽田を降りて急いで成田バスチケットを購入するのである。次便は満席であり、その次の15分後のにする。それもすぐに満席になって、西洋人の家族が席が離散家族になり、私の横には5歳ぐらいのかわいい女の子が座った。このかわいいね、はこの年代の西洋人の男の子も女の子もま、かわいいね、であるのだが、斜め前に座った妹推定3歳の横に座っていた日本人男がやばかった。西洋人家族は成田の2タミで降りたのだが、この子供2人のツーショットをアイフォーンで拡大して座席から撮っていた。撮った顔が、ゲスいゲヘヘ顔であった。ロリータには、まあ特徴があって、自信がなさそうで、大人の女を相手にするのが怖いと思っているのか控えめで、当然マッチョじゃなく、雰囲気が暗い。イメージだけか?まあ、ロリータ公言する人自体は、2,3人しか知らないけど(友達じゃないよ、旅先で会っただけだよ)。まあ、その次にくるのが、駄目な西洋人男性、これは中にはオリエンタリズムとか純粋にアジア人を好きになる奴もいっぱいいるのだが、同じくらい西洋人女性に相手にされない西洋人男性もアジア人に走ったりなんかするんだよなあ。まあ、おれの義弟はそうでもないけど、でも、オタク気質ではある。さすがにちゃんと教育受けているので、他人への配慮もできるし、妹にも簡素な英語で分かり易く話しているのが分かる。 まあ、そんなことはどうでもいいのであるが、1時間少々で成田である。何故成田かなんだが、今まで、羽田もっといったらんかい、と応援してきたのだが、この日記の最後の方みたいなことにもなってくる。 まあ、割と、成田では時間が1時間ぐらい余裕があったので、5階のフードコートでタイ料理食べるかな、と思いつつも、もう飛行機2時間後には乗ってメシ食うからなと。俺は世代が違うので、三里塚とか成田反対闘争とかの元闘志は一人しか知らない。最近1タミのデッキのタイ料理近くにあったのだが、閉店してしまったが、地主の店があった。太陽という店である、空港とは思えないチープ感がオサレな感じであった。今は普通の讃岐ウドン屋になっちゃたけど、その讃岐ウドン屋、成田空港ではダントツに安いな。食べないけどな。(ほんまに腹へってら食べるけどね、てか、朝から何も食ってないな、む3時だけどな) 話は変わるけど、成田に関しては、そういえば、学生時代に成田駅降りたらそっから荷物検査とか会って空港まで500メートルぐらい歩いたよなあ、と思い出し、調べてみると、確かに今は東成田駅になっているみたいで、昔ここが成田駅だったんだ。ああ、そうじゃなかった時もあったから確認したら1991年までが東成田駅は成田空港駅だったんだ。あ、そうだそうだ、こっからまたバスが出てたんだ500メートルだか1キロだか。1回免税免れるためにオヤジから酒を持たされお礼にバス一緒に乗ったわ。いつもバスに乗らずに歩いたわ、500メートルぐらいやから。それでも当時でも各地からのバスが主流やったんかな、利用者1日1万人ぐらいや。(今は1000人ぐらい)今は、見たら、京成で1万人やな。変わらないのか、まあ、関空も南海とJRで半数ずつで計1.7万人つってでてたから電車強いんか?統計見たら成田みたら、電車で行く人関西随分おおいなってことか。まあ、関係ないけどイージーチェクイン、荷物預け特になし。順位 空港名 国内線 国際線 合計1 羽田空港(国内・国際線)60,763,977 7,974,122 68,738,0992 成田国際空港 4,825,206 27,649,241 32,474,4473 福岡空港 15,833,928 3,117,724 18,951,6524 新千歳空港 17,398,764 1,275,580 18,674,3445 関西国際空港 5,996,003 11,633,495 17,629,4986 那覇空港 15,170,115 869,710 16,039,8257 大阪国際空港(伊丹) 13,823,922 0 13,823,9228 中部国際空港 5,243,883 4,308,865 9,552,7489 鹿児島空港 4,939,850 102,905 5,042,75510 仙台空港 2,902,312 172,581 3,074,89311 熊本空港 2,948,817 40,349 2,989,16612 宮崎空港 2,748,781 66,373 2,815,15413 長崎空港 2,778,690 34,058 2,812,74814 広島空港 2,310,339 311,970 2,622,30915 松山空港 2,507,728 41,587 2,549,31516 神戸空港 2,326,019 43 2,326,06217 小松飛行場 2,100,540 168,475 2,269,01518 石垣空港 2,003,400 15,626 2,019,02619 大分空港 1,646,106 16,721 1,662,82753 稚内空港 177,369 0 177,36954 屋久島空港 162,946 0 162,94655 能登空港 155,652 3,608 159,26056 徳之島空港 152,801 0 152,80157 札幌飛行場(丘珠) 149,567 0 149,56758 福江空港 133,578 0 133,57859 山形空港 117,260 681 117,94160 大館能代空港 114,241 0 114,24179 但馬飛行場 28,410 0 28,41080 神津島空港 20,086 0 20,08681 北大東空港 16,388 0 16,38882 奥尻空港 10,126 0 10,12683 粟国空港 9,993 0 9,99384 三宅島空港 5,251 0 5,251出典:国土交通省 1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.17
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リマ空港の税関を抜けると、タクシーブースがあり何人か並んでいたのでうっかり、並んでしまいカードでタクシー代をその場で払う。しかし、それが高級リムジンタクシーであることに気がついたのは、うっかり1ソル18円を何かと間違えていて1,000円ちょとだと思ったんだが、倍の2,500円ぐらいであったことに気がついたのは、タクシーがやたらベンツであったからに他ならない。12キロだぜ。 そうやって、24時リマの2番目にメインとなる広場前ホテルに到着した。どうやら、セントロ旧市街に泊まるのは最近治安の問題で流行らないらしく、多くはキレイな海岸沿いのオサレなミラフローレンス地区に泊まって、観光に最近できたメトロポリターノというバスに乗って旧市街をさくっと観光してまた戻るというのが定石になりつつあるとのことであった。メトロポリターノというのは、バスなんだが、専用レーンを走っており、渋滞知らずでどんどん来る地下鉄版バスみたいなものである。見ていると、後ろにすぐ次のバスがやって来てたりして、チケットも一律料金ぽくて、こりゃ地下鉄作るより随分安上がりなシステムやなと感心するのである。しかし、道路ひとつ潰さないといけないが、そんなもん知ったこっちゃないのである。場合によっては、ストリート自身が専用バスのみ走れるというもので、なんだかプチ歩行者天国みたいにもなっていたりするのである。これはコロンビアでも採用されており、普通のバスや路面電車と明らかに違う感じがするのであった。せいぜい赤信号で止まるぐらいで、町に車を入れない対策(なんていうの、パークなんとかライドにもいいんじゃねえのと思うのであった。)あ、これね。まあ、私も、親の家は駅から歩いて坂道20分だったので、原付で駅まで行く、パーク&ライドだったわ。もうちょっと詳しくいうと、違法パーク&ライドだったわ。雪の日も雨の日も違法パーク&ライド、酔っ払って帰るときも違法パーク&違法ライドだったわ。高校時代も駅まで自転車で行ってたから違法パーク&ライドだったわ。卒業前はめんどくさくなって高校の近くまで1時間自転車漕いで行ってたので、違法パーク&ちょとだけ高校までウォークだったわ。まあ、中学生時代は、歩いて中学まで40分だったけど、ただのウォークだったわ。 ちなみに、安全なのか、どうかというと、南米は一概に難とも比較のしようがないが、資料から総合的にどうピースフルなのかランキングってのはあった。ボリビアなんかは治安がいい、治安が悪いとよく意見が分かれているようだが、人によるし、私の中の基準としては詐欺、スリは比較的多いようだが、そのあたりは命に別状がないので、まあ、注意(プロに狙われたら終わりだから、狙われないようにするしかないが、それも運)ノックアウト強盗とかひとごろし強盗とかいうのは、いやー、怖いねえ。そういう意味ではペルーやボリビアは比較的安全な感じはする。特に街中に不穏な空気が流れているわけではない。不穏な空気は、考えるな、感じろなのである。ボリビアなんか学生卒業旅行のメッカらしく、海外初めてなのに、ウユニ目指します、あ、バス停でお金盗まれました、ってのが多発しているようだが、まあ、仕方ないよね。(本人は仕方あるけど) だから、怖いランキングは、命に関わる犯罪ランキングであり、まあ、そういうところには行かない。ようには、しているつもり。ホンジジュラスも治安が悪いみたいの数年前に行った時は知らなかったけど、5年前は多分サンペドロスーラとかテグシガルパ(首都)はそこまで危なくなかったのではないだろうか。まあ、そこは通ってないけど。まあ、リスクをある程度考えて、まあ財布とられたり、命あればよかったなあ、ぐらいの覚悟であろうか、いやそんな覚悟もないけど。大きなバッグは着替えがメインなんで、盗られたら男泣きするぐらいだし、ホールドアップ用マネーは別のところに準備しているし、かといって気を抜けないままじゃあ、何を楽しんでいるかよく分からないし、マア、今回はコロンビアで一瞬まずそうなところに迷い込んで、すぐさま引き返したってのが1回ぐらいか。タクシーはホテルで呼んでもらうか、誰かが降りたタクシーに続いて乗るとか、運転手がよぼよぼの老人を選ぶとか、まあ、そういう枝葉末節だが、まあそういったことか、どういったことや。まあ、それは運やわ。キトも空港からは女性ドライバー、帰りは超気の弱そうな男(どうやってそう思ってンやけど)ドライバーを選択。まあ、一般にはチリ、ウルグアイ、それとまあまあアルゼンチン、南米南はまだ治安がいいのうだね。 サナアも3年ほど前は、テロが本格的に出てくるほんのちょっと前で、あれが最後のチャンスだったのに、ビザが必要なことが分かり断念(見ていたHPが古かった)し、そこから急速に自爆テロと外国人誘拐が多発して行けなくなったのである。何せビザというのは、もし、航空会社がボーっとしていて、必要なのに乗せてしまったら、また航空会社の費用で送り返さなければならないのである。そういえば、今回、リマデボリビア行きの搭乗口で止められた。何をしているのかというと、その女性職員は隣の人に聞いていた。ハポン、ビザというのが聞こえ、ああ、ビザが日本人には必要なのか確認しているのか。ビザ一覧表みたいのが、画面を操作すると出てくるみたいで、探し出しビザなしOKと分かり機内に入れてもらえる。そうだなあ、南米でビザがいるのはブラジルだけだが、いつ変わるか分からないので、一応出かける前に再チェックしておこうとチョトダケ思うのであった。しかし、うっかり、すぐにタクシーチケット空港で買ったら、そのまま、速攻で空港を出てタクシーに乗ったので、現地通貨がなく、チェックインするときに、これだけ両替できないかねえ、20ドルとフロントにいうと、明日の朝7時からこの裏通りは両替商の嵐だから大丈夫だ、ってオレ現在24時から朝までノーウオッター、ノー飲みにいけないってことか?オマケに伝統ある、クラシカルいや、コロニアルホテルである、これはヤバイ、コロニアルホテルいまいち感記憶が甦ってきた。コロンビアじゃなくってコロンボ(スリランカ)で散々コロニアルホテル泊まってカックンだったからなあ。外観とエントランスだけじゃないのかという記憶が。まあ、クイーンズのホテルは虫がでて困ったが、さすがゴールフェイスホテルはキレイに中は改装されて快適であった。まあ、古臭いだけだたけど、困ったのは教えて貰ったネットの暗証番号だが、ホテルが広すぎて全く届いてこない。(街中にネット屋があって1時間40円弱だったので、結局そっちに行ったけど)そっちが困るわ。そんでもって、まあ、町に出たら、ここ大通りのラウニオン通りだから、何とかなるだろうと思いきや、もう1時である。店も終わりだ。人通りも減ってきた。ホテルドアマンも今頃どこいくん?て顔。草々に寝るか。4時間ほど寝て、朝食。ビフェ方式ではなく注文方式。コーヒーが、なんだろ、濃いのを5分の1ぐらい入れてあとお湯注いでた。インスタントで濃いの作っているのか?もういっぱい頼んでも同じ。コロンビアk-ひーじゃないと駄目なのか?いや植民地として、最上級は輸出か?インドでダージリンそんな簡単に飲めませんよ、スリランカでセイロンティー(ウバチャ)そんなに簡単に飲めませんよ、ま、高額で売ってたけど。うわ、また経験だけでもモノ言ってる・・・。経験は古くなるからな。なんだか暇だから、観光に行くかな、まあ、そんな感じである。(あ、ちょっと、イキッテみた。行きたいところは1箇所だけあるからそこに向かう。あとはついでである。)1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.16
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一口に南米といっても、前はワシントンDCからアルゼンチンのベイノスアイレスに飛んだときは12時間かかったし、エクアドルのキトからヒューストンには6時間かかり、今回の行きのヒューストンからペルーのリマまでは7時間、まあ12時間というと、大阪サンフランシスコぐらい遠いが、7時間だと、成田シンガポールぐらいである。帰りはコロンビアのボコタからヒューストンまで5時間半である。まあ大阪バンコクぐらいである。アルゼンチンのときは、その前にサンフランシスコからDCまで6時間も飛んだあげく、飛行機が間に合わず空港近くで1泊となり飛行機乗っているだけで30時間もかかったのであるが、今回は、ヒューストンで5時間ほど待ち、飛行機乗っている時間はボコタ成田で18時間程度であった。 コロンビアは、どうやら空港税だか滞在税みたいのを取られるようだが、30日未満の滞在なら免除であるようで、カウンターに並ぶ前に、何日滞在したんだよ、と聞かれ、証明するものとしてたまたま同じファイルに挟まっていたボコタにやってきた搭乗券を提示。課税を免れたようだ。 南米気質なのか分からないが、アビアンカのときもだったが、チェックインした時間が、既にボーディングタイムとなり、すぐさまゲートに来いよボケっ、という印象を僅かに受けるのであった。現にすぐさまゲートに向かうのであるが、2米ドルぐらい余らせたので、両替しようかなと並んでいると、発券カウンターで後ろに並んでいた人が私を発見して、おいおい何やってんだ、すぐさまゲートに行かないと!と言われ、まあ、はい、と着いていくがまだ出発まで1時間ちょっとあるんだけどなあ、と思いながら着いていくと、1時間前ではあるが、夜中だからなのかもうボーディングが始まろうとしていたのであった。5分程待ったら機内に案内され、すぐさま、オンデマンド映画に没頭し始めるのであった。夜中便なので、一応聞かれるのである。「メシ食うか?」と。メニューも渡されないし、(どうやら7割ぐらいの人は食べなかったのだが、)メニューは口頭でなんだか説明されたが、赤ワイン(カベルネ)と魚ということで、相成る。何セ、今回風邪を引いてしまい、食欲がなく飯を食うのも12時間ぶりである。というか、今回、日本からの飛行機がエアコンガンガンで(なんだか寒いなあと思いながら結局行きには映画4本を鑑賞、ノー睡眠)、終始風邪を引いていたので毎日1食なのであった。まあ、それでもビイルだけは飲んだけどね。 映画を1本見終わり、食事を終えると、気がついたら眠っていたようで、着陸30分前であった。アメリカの入国審査はとにかく時間がかかるのであるが、「すみません、あと30分で乗り継ぎ便が・・」といわれ、「どうぞどうぞ」と今回は余裕をかまし、列を譲るのであった。アメリカではよくあるのである。それにちゃんと待ってくれないのである。ワシントンDCでも、乗り継ぎに焦りまくった人々が列でイライラしていたのだが、私もその一人で、やっと通り抜けたら、コネクティングして、ゲートまで走ったら、遠い遠い、一番端ではないか、見ると、30メートルほど先に走っている人がいて、私がいて、後ろを振り向くと30メートルぐらい後方に走っている人がいた。そして我々3人はカウンターに到着したら、ああゲート占めちゃったわよ、次のシカゴ便乗って下さいね~、で終わり、我々3人は敗北感を感じつつ、2,3時間茫然の人となるのであった。DCに到着したのは2時間以上前だたtんだけどなあ。やっっぱアメリカの乗り継ぎは3時間だな。とかいいつつ、90分ぐらいでも何とかたいていは成功しているのだが、もうそれは運しかない。どんなけ列に並んでいるかだ。クゥエートからDCに飛んだときなんか早朝で、あのごった返しのイミグレに人間が0人で並ばずして5分で入国してしまったぐらいである(アメリカでは経由であったも必ず一旦入国しなければならないルールがある。昔、バリグブラジル航空が怒ってたな。だから潰されたのか?いやいや逆もあるぞ。何便も乗り継ぎ便があると、早く到着すると、1便早く乗れそうで、早めてスタンバイする人も多く、サンフランシスコからDC飛んだ時も、速攻で入国できたものだから乗り継ぎ1本後のを予定していたのであるが、日本から到着1時間もしないうちに乗り継ぎ便ゲートに来ることが出来た。スタンバってたのであるが、掲示板に表示されているスタンバイリストは10人以上。しかし、これが乗り継げない人がいっぱいいるようで、出発15分前になっても、人が走ってくるのである。こちらは、もう来るな、もう走るなと心の中で鬼のように祈りながら、最後10分程前に、また客が走ってきた。「ごめんなさい、あと2人来るから待って、私だけ(若いから)走ってきたの!」と。カウンターでは、あと5分でカットオフするから、それまでなら待ちましょうとか何とか言われているようだ。俺も息を呑んで来るんじゃないぞ、と思っていると、遂に、100メートルぐらい向こうから連れが2人やってくるのが見えた。走ってきた客は手を振った。あ、アカン・・やっぱ次便だなと思っていると、なんとカウンターの人が、ハイ5分たったからカットオフ、はい貴方、これ乗れますよ、はい、搭乗券はこれ、と席をくれた。日本じゃありえないなと思いながら、その客も、「ちょっと、ちょっと、もう見えてるじゃないか、あの人たちだよ!」とカウンターに怒りをぶつけるが「次の便にしてくださいねー」と冷酷に言い、私が機内に入ると同時に飛行機は閉められた。 マアそういう訳で、アメリカは厳しいのがいいところで恐ろしいところでもある。いちいち待ってたらきりがないということか、クレーム付けられても時間通りカウンター前に来なかったからと、負けないのであろう。ちなみにバゲージクレームとは、荷物の不満不平をいうことではなく、荷物を受け取るターンテーブルのことですよね。苦情をいうという意味はなく、それはコンプレインだよね英語では。ちょと調べてみると、苦情の意味はないが貿易クレームというのはあって、それは損害賠償請求とかまあ、そんな意味で、そこから派生して日本では一般化するようになった模様。明治時代とか貿易が盛んになる前は、日本でも普通に、主張するとか、まあ本来の意味で紹介されてたみたいだね。 まあ、そんでもって、ジョージブッシュヒューストン空港は無料WIFIビュンビュン飛んでて、よっしゃよっしゃである。2年前に来たときは、ラウンジの横でノラWIFI拾ってたんだけどね。但し、空港の端っこまで行ってノンビリしようと思ったら、電波切れました。テレビモニターが意味なくいっぱいあるのである。便数が多いアメリカでは行き先が時系列表示ではなく、行き先アルファベット順となっている。 さて帰るのである。13時間のフライトである。映画も3本目に突入である。こちらが世界の国々の平気顔である。犯罪者であれ何でも掛け合わせるほどキレイになるのである。こちらが日本人だがいいやん、でも、高校生ほんまか? 朝食には全く気がつかず、あと40分で到着しますよ、と起こされたぐらいである。成田から夕方にANA、JALがそれぞれ17時、18時頃に2本ずつ出てて、これもだいたい早く帰国した人が後便のチケットを持っていても、前の便にスタンバイするので、私もそうしたら一人差で乗れなかった。6人程が残されたのであった。JALの後便は国際線仕様で、ファーストやビジネスもあり、早々に乗り込んで、急いで映画をチェック、ミギーを見始めるが、出発ともなれば、「当機は国際線仕様ではありますが、個人用パーソナル機器は使えなくなります、座席ポケットの免税商品もありません」云々のアナウンスが入り、映画は終わった。アッレー。そんな訳で手荷物扱いにしたので、バゲージクレームを即効で通り過ぎ、バス亭に行くと、目の前で市バスは発車。アチャー。30分の待ちぼうけである。なんだか、そんな感じで帰国してから自宅に帰るまで8時間半も要したのであった。ボコタのホテルをチェックアウトしてからは、プラス27時間の35時間かかったのであった。ちなみに、行きは自宅からリマのホテルまで29時間であった(が、往路jは全部エコニミークラスだったので死んだ)1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.15
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マア、割ときにするのが日本人だが、それは行ってみて自分が感じるってことで、まあ、あんまりどうこうないんだが、旅行程度なら、どこでも親日を感じるものだ。落ち目の日本、今回、いやはや、コロンビアの小学生には参った。コロンビアではアメ車か韓国車が多いのだけど、遠足の小学生に囲まれて、「チノ?ハポン?」といわれ日本人だよというと、小学生と中学生の女の子たちの目が明らかに輝き始め、笑顔満面になって、こんなの久しぶりに感じるなあと思いながら、でも今の子供たちみんな携帯電話持ってて、写真撮影オンパレード。いや恥ずかしいよ、おれタダの干からびた日本人。オマケに中学生の女の子のなれば、さすがメツチーソナンバー1の国、出るとこ出てて、腕組まれて、まあ、その胸がじゃんじゃん当たってきて、いや、オッチャン恥ずかしい。恥ずかしいからやめろといいたいが、スペイン語もできないし、ま、写真撮る間だけね、いやオチャンニヤケテルやろやめとけや、ダボ、って感じか。でも久しぶりに急に目がキラキラ輝き出す、明らかに羨望のまなざしってのを久しぶりに見て、ゴメン、父母上方諸先輩方のお陰なんですけど、感謝します、落ち目といえ、もうハポン、もみくちゃの嵐。スラブ系(ロシア人)とかまあヨーロッパもそうだけど、こちらも10代ははじけんばかりの美しさだが、オバサン化が超早い。ロシアなんか10代は死ぬほどキレイでも30代になると、3桁の体重になり、そのため100キロまでしか計れない体重計をどうするかというと、2台買って、またがる、だから、「おまえの家、もう体重計2台あるだろ!」とかいってからかわれるというのである。美人の産出国3C(コロンビア、コスタリカ、チリ)もそれに近いのかもしれない。コスタリカも行ったけど、コロンビアも、街中美人というわけではなく、肥満舞台の嵐である。セルライト丸出しで、ケツとムネが意味なく出ているっていう構造が、もう20代から始まりつつあるのだ、まあ、そういうことだ。だから、オレは男だけど、英語を習っている女の子が代表でやって来て、年齢聞かれると、誰も信じない。男もそうだ。10~15歳若く見られる。確かに日本人、10代はほんま子供にみえるが30代、40代になると、他国より10は若く見える、いきすぎだが、去年のニューヨークでは、ビール買ったら、生年月日聞かれてID出せって、おいおい、10代じゃないぞ、40代だぞ。最初は質問の意味自体が不明であったぐらいだ。それでお決まりの、何故か質問に答えて、日本人ですよ、と言っているのに、隣の子がまた同じ質問で、あなた何人って?いやだから日本人、キャーって、何だか学生時代、日本の黄金期80年代ってのが、ここにはまだあるのか、へえ、でも日本の何を知っててそうなるのか不明なまま40人ぐらいと意味の分からないツーショット写真であった(うち男性も10人ぐらい)。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.14
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その前に、コロンブスは、いやっとこさインドと間違えて、今のカリブ海に命からがら到着して、原住民に歓迎され、親切にされた。バハマのタイノ族である。コロンブスも感激して記録に残している、欲もなく親切で愛すべき人たちだ。そういいつつ、ありがとうといいながら奴隷としてスペインにタイノ族を輸出し始めた。金に目がくらみ、先住民を金の採掘で何万人も強制労働で餓死させた。ありがとう。スペイン人たちはアメリカ大陸にまで着たが本気植民地にはしなかった(コロンブスはスペイン人じゃないけど)。そこでやってきたのは、ならず者である、英語で言えば、頑固者ならずもの本国のつまはじき者、ピルグリムファーザーズである。入植者は餓死していくのだが、そこで助けに入ったのが親切な今で言うネイティブアメリカン(インディアン)である。トウモロコシの栽培の仕方を教えてあげ、飢餓を乗り越えた彼らはお礼にインディアンのトウモロコシまで奪い取ったのであります。もう栽培なんか面倒だ、インディアンから奪え!まあそういうことである。土地もそうである、え、誰も持ち主いないの?じゃあ、オレの!といって勝手に自分たちの法律で土地を奪っていくのであります。インディアンは、土地は分割できず、売買が不可なものであり、全土地が全インディアンのものであると考え方を示したのであるが、それはヨオロッパ人の考え方と合致しなかったので、野蛮な考え方とされ、土地は奪われた。アラモの砦みたいなバカみたいなことになり、白人アメリカ人は涙を流す。アホか。勝手に占領して立てこもって・・。 まあ、そういう中で、キリスト教と略奪者がセットでやってきた世界史の中で、別に日本を持ち上げるわけであるが、バテレン追放例はよかった。秀吉は奴隷としてキリスト教徒が日本人を連れ去っていくのが我慢ならなかったのである。当たり前である、というか秀吉も人のことを考えていたのである、というか、日本を想定していたのであるなあ。明治までは東北と九州の人はお互い別の国の人やと思っていたのだが、統一者は天下統一したと思っていたのであろう。自国民を心配したのである、まあ、イエズスは奴隷輸出をやめてくれと同胞に呼びかけたみたいけどね。理由は人道主義ではなくって、キリスト教の布教の邪魔になるだろボケ!ってことだったんだけどね。 まあそれはそれと本題である。文字、車輪、鉄、こういうのがなくても、高度な文化を築けるというのを証明しているのがインカである。ここにやってきたのが、誰もがご存知ピサロである。200名でインカ皇帝に会いに行き、注がれた飲み物を蹴散らし、キリスト教に入れと勧告する。アホか、と皇帝は激怒したところに、すかさず隠れていた兵士が皇帝を捕らえる。金を出せ!と。皇帝は、全国から金を取り寄せた。「こいつら、何でこんなもん集めるのだ?食糧にしているのか?」と民間人は思ったようだ。莫大な金の身代金を払うと、ありがとうございます、と皇帝を殺す。罪は謀反罪。謀反も何も自分が皇帝なので謀反のおこしようがないのにである。そして傀儡政権を設置。その名は、書くと楽天日記で削除されるので○にしておくが、マ○コ・インカである。マルコではない。マン○・インカもことごとく搾取されて、「君たちと友人になりたかったのに、ことごとく裏切ってくれたね、僅かな金銀のために酷い仕打ちをしてくれたものだ」といいつつ殺されてしまう。勿論ヨオロッパにはインカの反乱と記録される。○○コ・インカは息子にも「あいつらを信じるなよ」と遺言を残したくらいだ。聖職者も、処刑される際に、キリスト教に買い主すると天国にいかせてやると言われて、「じゃあ、天国にはキリスト教徒はいるのか」と聞き、「勿論」と答えられると、「これ以上キリスト教徒には会いたくないから改宗しませんわ」と答えたという。 それで明日から、○ン○・インカの確認作業に入る予定である。勿論インナートラベラーではないよ。但し、一部チケットが不確定なんで、挫折するかも知れんが、サイナラ。サイナラって、ちょっとした今日も、今ハノイにいますよ(某取引先)、とか今ヘルシンキ空港でリトアニアに向かいます(某取引先)とか、ちょっとマカオです(某取引先)、とかクアラルンプールなう(某広告代理店部長兼高校生同級生心斎橋ワタル)とか、そんな感じになっているので割と出国多いのかも知れないと思いつつ、昨日の話だが4つしたの大学後輩が末期ガンになっている状況をどうするのか、みたいな話もありで、会社からは、いつものように何でそんな長いこと休んで仕事ちゃんとできるのかと叱咤激励を受けながら(大丈夫、普段からちゃんとできてないから)、やらねばならぬことをやるのである。やりたいことをやるのではないのである。やりたいことは、家で寝たきり勤め人である。それを使命感で体に鞭打ってお金もついでにちょっと払ってわざわざ出かけるのである。明日は多分96ケ国目になるが(いけるかまだ未定だが)、それは、整理が必要だ。4トラベラーではハワイとグアムとサイパンがアメリカから切り離されているし、植民地も含めてだからね。セントマーチン、アンギラ、香港、マカオ、プエルトリコ、まあそんなの覗いたら10カ国は減りそうだなあ。 今調べたて、4トラベラーとは、別に作成、てか、明日どことまるねん、何時に家出るねん、観光地どこやねん、辺りを何も調べてないのに、何カ国なのかなんか作っている場合ではないのである。でも87カ国、植民地入れたら92カ国である。あ、コスタリカぬけてた、88の93やね。また帰ってきたら追加して作り直すわははは。あと3年作業やな。最近目前にしてやる気なくなってきたし。え、何で?またインドとかネパールとかイコカなーとか思い出してね。1995夏南米 出発(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) ペルー リマの夜 ペルー リマ ラインキシオン宮殿(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内1(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内2(リンク) ペルー リマ 世界遺産観光案内3(リンク) ペルー→ボリビア(リンク) ボリビア ラパス 干しミイラ(リンク) ボリビア女子プロ(リンク) ボリビア デスロード(リンク) ボリビア ウユニ塩湖(リンク) ボリビア ラパス世界一標高が高い首都(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ1(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ2(リンク) ボリビア ラパスミテレフィリコ3(リンク) ボリビア ラパス正しい観光案内(リンク) ボリビア ラパス終了(リンク) ボリビア→コロンビア(リンク) コロンビア ボコタ到着(リンク) 親日コロンビア (リンク) コロンビア ボコタの印象(リンク) コロンビア人(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ1(リンク) コロンビア ボコタ フェルナンドボテロ2(リンク) コロンビア ボコタ シモンボリバル(リンク) コロンビア ボコタのなんだこりゃ(リンク) コロンビア ボコタ正しい観光案内(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館1(リンク) コロンビア ボコタ 黄金博物館2(リンク) 南米gourmetの旅(リンク) 米国便(リンク) コロンビア→日本(リンク) インカへの道(リンク) 正しい帰国(リンク) 今回の移動一覧(リンク)
2015.08.09
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イアとラントのことを考えながら、車を走らせていると、高原の真ん中にそれはあった。入場券がわざわざ自動販売機なのが、何だか不明である。そんでもって、自宅に帰り調べるのであった。イアって、リベリア、オーストリア、ブルガリア、ルーマニア、イタリア、マケドニア、ギリシア、ラトビア、リトアニア、ロシア、ユーラシア、アジア、メソポタミアって○○人の住む地方っていう意味だし、一方、ポーランド、イングランド、スコットランド、フィンランド、ラップランド、ホーランドネザランド、も○○ジンの住む地だよねえ。まあ、こちらは今も英語で意味が分かるよね。そう思うと、地名の由来、ちょっと、忙しいから、調べてみるかなんて気になったわけよ、皆さんには関係ないんよ。スカンジナビア=霧に煙る島(昔は島と思われてたようだ。そんでもってバルト海も意味は湿地。海とは思われてなかったのか?)、フィンは沼地、エストニアは想像しやすいが東の国、ラトビアはフィンと同じ沼、泥。リトアニアは海岸。スエーデンは一族同胞、首都ストックホルムは丸太の小鳥。ノルエーは北の道、首都オスロは神の森。アイスランドは英語そのまま、首都レイキャビックは蒸気のがでてくる入植地。ブルク、ブルグ、ベルクは城壁に囲まれた都市ペテルブルグ、ハンブルグ、ルクセンブルク、ハイデルベルク、シェルブール、ザルツブルク。スラブでは、それがグラードになる。ペテログラード、ベオグラード、レニングラード、スターリングラード。ローマは川の町、ロンドンは勇者の土地、パリは乱暴モノとかパリjシー人の土地、シテ島は中心地とか発祥地、ウィーンは白いとか美しい、とか。グラナダ。ざくろの高地。 そういえばさ、この前書いたんだけど、うーん、とこれこれ。 「そういえばさ、ロゼッタストーンを解明した時、シャンポリオンはびびった。「王の肌は褐色の肌で、それに黒人が列し、次に黄色人が列し、最後に刺青をした白い肌の野蛮人が並んでいた」と書かれておりショックを受けている。エジプト文明、ギリシア、ローマ文明、そして今の栄光なんてヨーロッパ人は信じていたんだから。これはいけないと、祖先はメソポタミアである、に変えた。だから欧米ではシュメール文化の評価が高い。」 てなわけで、中間の川というラテン語にイアがついたのがメソポタミア。ところで本題にナカナカ入れないねそういえば、ユカタン半島のユカタンって、「え、なんですか?」という意味。サハラもそうだよね「あ、これ?砂漠(サハラ)だよ」何でもいいけど、皇室の蝋人形は国内では初めて見た。不敬罪とはいわれないのか。オレは何でもいいけど。あ、本題はどこいった。またいつか、いつかのまたいつか。1995静岡 リクエスト紀行 伊豆の踊子(リンク) 熱海秘宝管(リンク) 熱海城 前編(リンク) 熱海城 後編(リンク) まぼろし博物館 入口まで1(リンク) まぼろし博物館 入口まで2(リンク) まぼろし博物館 ビヨンド(リンク) まぼろし博物館 昭和前編(リンク) まぼろし博物館 昭和後編(リンク) まぼろし博物館 歴史編(リンク) まぼろし博物館 アート前編(リンク) まぼろし博物館 アート後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 前編(リンク) 怪しい少年少女博物館 後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 お化け屋敷(リンク) 伊豆極楽苑(リンク) 秘宝展(リンク) 伊豆蝋人形美術館(リンク)
2015.08.08
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5分の論理的思考より、閃きの感覚。いわば思いつきでの判断、それが重要だ。アメリカ様はベトナム戦争で、自衛隊もベトナムに送ろうぜ!といってきたけど、いやいやおたくが押し付けた憲法9条のせいでそうもいかなくて・・・湾岸戦争でアメリカ様は、自衛隊もイラクに送ろうぜ!といってきたけど、いやいやおたくが押し付けた憲法9条のせいでそうもいかなくて・・・ボクは、そういうのがもういやなんだ。勿論、本当は押し付けられた憲法だから改悪したいんじゃないよ、これを押しつけというなら帝国憲法もドイツ人が考えてくれたことだからね、あれも押し付けだよ。GHQは天皇を裁判にかけないほうが日本対策に有効だと考えており、GHQよりえらい極東委員会ができる前に憲法を作ってしまいたかったという事情があるね。この委員会の一員であるソ連やオーストラリアが天皇を裁判にかけようとしていたからね。おまけにこの憲法は急ぎつくったのに、アメリカの理想主義者がつくっちゃったんだよな。憲法で戦争を放棄させて弱体化を図るだけでなく、何だか主権在民や基本的人権や言論の自由、男女同権、国家権力から国民を守るみたいな民主的なものをつくっちゃったんだよね、ボクはそれが気に食わないんだよね。あのtき130億円も出してさ、くえーとから尊敬されずだったからさ、ニッポンはイカッタ変わったみたいね。勿論、日本でも憲法日本人が同時に考えてたんだよ、でもそれにはこんな民主的な条文なかったね。ちゃんとボクたちの権力寄りになってたんだ。 勿論、ボクもシッとるよ、いままで憲法改悪しなかった理由ぐらい。解釈憲法ってか、読み方で判断してきたからね。ぼくはとにかく、憲法を変えたいだけだから。それにアメリカ様に夏までに法案成立させますからって約束しちゃったし。個人的な事情でゴメンね、国民の皆さん。 考えたらおじいちゃんも戦争犯罪者のレッテルを勝った国から貼られたけど、他にも戦争に加担したヤカラは、戦後も活躍したものね。ドイツとの比較論も減ってきたしさ。ドイツはこれだけ犯罪人を処分しました!とか。 話は変わるけど、ゲンパツ事故であれだけいろんなことがろていしたのは民主党政権だったからだよ、ぼくらだったらちゃんと隠蔽できたのに・・・。 え、最近、人相悪くなったって?それはそう見えるだけだよ。文句あるか、クレーマーか。和製英語か、コンプレインだなところで、集団的自衛権って日本語じゃない何、それ日本語かな。遂になるのが個別的自衛権であって、これは、そのとおり、ここまでやってくるなら防衛するよ、平和憲法ってもやられっぱなしじゃないよ、おれの国攻めて来るならあたりまえだけど、やり返すyo、守るよ、自衛するよってことだね。 集団的は、要は仲良しグループ作って、俺の友達の悪さしたな、シバクぞ、ってことだね。オレのオヤブンアメリカ様を中東でやりやがったな、しばクソ、であり、中国でアメリカ様がせっかくの友好ムードで手を出せないから手下の友達グループのおいらが、ケチラカシタルわいってことだね。危険だねえ。それに立ち向かうよ。どうせ、ぼくちゃん、もう50年ぐらい生きたからもういいよ。※どの国も勝手に個別で他国を侵略はできない。※集団的自衛権があるほうが、戦争に巻き込まれにくい。
2015.08.07
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戦後は、人口ボーナスがあって今のちうごくのように、経済発展を遂げてきたが、人口が減っていく日本へのひとつの起爆剤が旅行である。2000万人を目標にしているというが、去年より無茶苦茶増えて既に900万人である、格安ツアーとか円安の結果であり、決して旅行しやすいように整備されたわけではないような気がする。韓国や台湾には旅行総合サイトが充実し、細かいところまで網羅されている。しかし、日本で個人旅行しようものなら、空港から市内に入るのも割と一苦労ではないか。遠いから金持ちでないと公共機関を利用するだろうが、クレジットカードも使えないし、フリーパスも充実していない、そもそも外国標識がいまいち不足。 多分、何をアッピールしたいか間違っているところが多いのではないか。日本のマナーや気配り洗練されたサービスいわゆるおもてなし、食文化、治安の良さ、とかいうのだが、自分自身がマナーやサービスや治安を基準に旅行先を決めることはない、ついでにいえば、マナーサービス治安がいいなら嬉しいねのプラスアルファであり一つの指標でしかなく多少リピートにつながる動機のひとつになる程度であって、マナーサービス治安が悪すぎるなら行かないということぐらいか。ベネズエラとか南アフリカとか。治安は分かり易いが、マナーサービスオモテナッシーは、国によって考え方や基準が違うから、当日本がコレガオモテナシやい、どうじゃい、といってもハアである。マナーって、単純にこれしちゃだめって禁止しているだけとか、ガンガン放送でがなりたてたり無意味マナープラカード汚くベタベタ貼っているだけが多くない?割と日本も個人主義でさ。自分の家や所有物はキレイにしたり、固執したり権利を主張するけど、公共に関してはほとんど関心ないものね。バルコニーに必ず花を展示しましょうってマンションの自治会で決めても、何でやねん、って言われるでしょうね。また日本と同等程度に治安がいい国は北欧とかアイスランドとかシンガポールとかニュージーランドとかあるけど、それに比例して観光客が多いのかというと、まあそういうものでもない。フランス、アメリカ、スペイン入ってないものね。ま、安全についても原発で揺らいでいるものの、食品や空気はチウゴクジンには嬉しいだろうねえ。 日本への観光客がタナボタ式とはいえ、増えたと手放しで喜べるかというと、まあ、ケチつけるのが仕事なのでいわせてもらうが、私と同様、来てもらってもイマイチ金落としてくれない不良外人が増えているのである。ちうごくの爆買いはあるとしても、いわゆる日本より経済が進んでいないところからの観光客が増えているので、来日人数が増えたのに比例して観光収入が増えてまっせ、というわけではないのである。特に、中東アラブ諸国はハラルなどのメシの問題もあって、ババーンと使ってくれる金持ちも若干増えつつあるといってもまだまだなのである。金で言うとGDPの0.5パーセント程度である。それにしても、日本人にとっては、羽田のほうが便利かも知れないけど、東京や新宿に出るのは、乗換えがあるから外人にとっては割と分かりにくいんだよねえ。成田からは時間がかかても1本でいけるからね、案外、観光客にとっては成田のほうがいいんだよねー。
2015.08.06
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いつも、私めが誠実にやっているわけではなく、気がついたら激務がありつつ、次の夏休み的なものが、1,2週間後に迫っていることが判明、どころかどこにいこうかという大まかな展望もなかったので、急いで今から熟考するため、今日は適当に誤魔化して終わり、画像だけ適当にスルーして見といて。昭和の時代が夏かいいかというと、それは人によるのだが、その時代時代に満足しているかというと、年寄りが満足している度合いが高いのである。惨めな年寄りも増えてはいるが、もうこの先短いのに、今不幸だ何て自分が悲しすぎる、もう終わりなんだから、これからもいいことなさそうだから、どんな状況であろうと、今、満足しとかんといつ満足するんよ、という論法で多分、年寄りになればなるほど満足度が上がるのであろう。 恐ろしいことに、近年、若者の満足度が上がっているのである。我々から見ると、今の若者は大変だなあと思うものの、相対的に良かった時代がなかったというのもあるが、これは老人と同じ理由で満足しているのではないだろうか。これからの長い人生、これ以上にいいことなんかあんまりなさそうだなあ、ずっとこのままじゃないの?じゃあ、まあ、今、そこそこに満足しておくってのがいいんじゃないの?と思うようになっているのではないか、危険ぞ。俺らのときは不満分子の脱落分子の堕落分子だったけど、それは何か昔のように景気が右肩ドンドン上がりの時代じゃあないけどそれなりの未来があるんじゃないの~幻想をまだ持っていたからねえ。そんな時代が昭和の終わり頃にはまだあったかな・・・とな。蚊に噛まれたけど、蚊に咬まれるのは体質もあって、遺伝(体臭とか汗)の度合いも大きい。割とワタシは刺され易い体質であったが、ここ20年ぐらいは、数度しか咬まれてないような気がする。ボルネオ島では肌が真っ黒になるぐらいにやられて、マラリアイヤダーと逃げた。そこでその頃から気がついていたことは、アルコールが入ったら刺され易い、暑いと刺され易いということであった。どうやらアルコールが入ると刺され易く、体温が上がると刺され易く、二酸化炭素を吐き出す量が多いほど指されやすく、黒っぽい服のほうが刺され易く、動くほうが刺され易いようだ。あと血液型も、O,B、Aの順番に咬まれ易いのではという憶測もある。それで働いてからは、蚊を避けて体温が上がらないように涼んで、明るい服を着て、血液型を変えて、酒を飲んでいるのである。1995静岡 リクエスト紀行 伊豆の踊子(リンク) 熱海秘宝管(リンク) 熱海城 前編(リンク) 熱海城 後編(リンク) まぼろし博物館 入口まで1(リンク) まぼろし博物館 入口まで2(リンク) まぼろし博物館 ビヨンド(リンク) まぼろし博物館 昭和前編(リンク) まぼろし博物館 昭和後編(リンク) まぼろし博物館 歴史編(リンク) まぼろし博物館 アート前編(リンク) まぼろし博物館 アート後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 前編(リンク) 怪しい少年少女博物館 後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 お化け屋敷(リンク) 伊豆極楽苑(リンク) 秘宝展(リンク) 伊豆蝋人形美術館(リンク)
2015.08.05
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地獄まで 伊豆極楽苑大袈裟に書いていただいているコチラの方に今日はオカマかさせます。写真あけアップしときます。とにかく、ぼさーとしてたら、夏の旅行のこと調べる時期がいつのまにか来てたからさ、行き先から検討だよ、この週末に向けてさ。仕事もなんか何気に慌しいしさ。会社員だから仕方ないよね。しかし、厳しい社会でギスギスするよな感じになってるんだよね、何でかね、社会傾向なんだろうね金づるがなくなってきているからなのかね、日本の消費は人口減とともに減っていくけど、世界はまだ増えているからねえ。でも国は日本を滅ぼしたいんだろうねえ。若い奴を戦火に放り出したり、教育費に金がかかるようにしたり、エリートだけを育てるような馬鹿カリキュラム作ったりして、若い奴の人口もっと減らしたいだろうね。 とりあえず、もう人口増やしたかったら、四の五のゆうなのフランスの政策取り入れたら?教育費なんか無料にして戸籍もなくして、婚姻制度も辞めたら?何か問題あるんだろうか。家柄とか風格とか、道徳とか倫理とかそういうことぐらいでしょ。税金を婚姻の有無に関わらず一緒に住んでたら同じ税金制度にしたら何か問題あるのだろうか。不正をするって?年金不正受給もほんまに一部でしょ。多少のおかしいところも、人口増えたらいいんちゃうん?じゃないの?どうせ、地獄へ道連れ。やばい、そろそろ、行き先考える時期やで。その道訪問北海道 レトロスペース2札幌市洞爺湖の珍小島虻田郡洞爺湖町乳神神社浦幌町岩手県花巻温泉郷・金精長根花巻市コンセイサマ 遠野市福島県浄土松公園キノコ福島県郡山市新潟県金玉神社新潟市遊郭に泊まる・東光院・十上神社・岩屋山石窟佐渡島雲母神社関川村ほだれ祭1・ほだれ祭り2長岡市 雁田神社 上越市茨城県御前岩 那須川町栃木県門田縁切稲荷神社足利市性神の館・ 性神の館2宇都宮市日光東照宮横、輪王寺 観音堂 香車堂日光市群馬県迦葉山弥勒天狗寺沼田市縁切寺満徳寺太田市命と生命のミュージアム・ 命と生命のミュージアム2階・珍宝館 渋川市東京都オリエント工業1・オリエント工業2・オリエント工業3・オリエント工業4局部に宿る1・局部に宿る2・局部に宿る3・局部に宿る4渋谷区ロボットレストラン1・ロボットレストラン2・ロボットレストラン3・ロボットレストラン4・ロボットレストラン5・・ロボットレストラン6・ロボットレストラン7・ロボットレストラン8新宿区神奈川県金山神社祭り ・かなまら祭り2・かなまら祭り・かなまら祭り3川崎市静岡県最後のエンタメ系秘宝館熱海市伊豆極楽苑 ・伊豆極楽苑2 伊豆市まぼろしアート館1 ・まぼろしアート館2 ・まぼろしアート館3 ・まぼろしアート館4 ・まぼろしアート館5 ・まぼろしアート館6 ・まぼろしアート館7 ・まぼろしアート館8伊東市山梨県夫婦木大神甲府市長野県姥捨・澳津神社・岩鼻上田市愛知県間々観音小牧市高浜茶屋吉貴高浜市野間大坊 美浜町 大縣神社・田縣神社 犬山市石川県スッポン堂 加賀市和歌山県円月島・歓喜神社 白浜町京都府縁結び神社 ・縁切り神社・五条楽園京都市奈良県宝山寺、色町 生駒市大阪府バーレスク大阪1・ バーレスク大阪2・バーレスク大阪3・バーレスク大阪Ⅰ・ SMクラブ潜入 ・メイドカフェ潜入・滝井新地 ・松島チョンの間大阪市橋本遊郭跡 枚方市兵庫県 なぞのぱらだいす1・ なぞのぱらだいす2・ なぞのぱらだいす3 ・芝右衛門狸、キティ 兵庫県淡路島岡山県軽部神社総社市金勢大明神赤磐市金精神社 高梁市島根県玉造温泉の珍宝石さん、八重垣神社松江市香川県お花権現、林下寺1みよし町愛媛県 凸凹寺宇和島市広島県阿伏兎観音福山市喫茶伴天連東広島市山口県マラ観音長門市福岡県鬼塚観音 岡垣町縁切神社 福岡市不思議博物館1 ・不思議博物館2 那珂川市男根岩 八女市長崎県木花咲耶姫神・雲仙大仏別院いのりの里 長崎県雲仙市壱岐 男岳 男獄神社・壱岐 男岳 賽神社・壱岐 島沖の島壱岐島愛の駅諫早市佐賀県鏡山道祖神・太閤一里塚 佐賀県唐津市秘宝館 ・秘宝館2 ・秘宝館3 嬉野市大分県秘宝館 、秘宝館2 、秘宝館3大分市熊本県七郎神和水町 潮神社(おっぱい神社) ・賽神社(だんこん神社)湯前町柴立姫神社 球磨村弓削神社龍田町弓削法皇社弓削町おっぱい岩 ・おっぱい岩再訪天草市宮崎県鵜戸神社・鵜戸神社再訪1 ・鵜戸神社再訪2日南市陰陽石・陰陽石再訪1・陰陽石再訪2・陰陽石再訪3小林市鹿児島県子授け岩日置市三角関係岩ウエルカメ与論島小山神社屋久島韓国ラブミュージアム・ラブミュージアム2・ラブミュージアム3ソウル女郎街釜山 済州島ラブランド ・ラブランド2 ・ラブランド3 ・済州島 健康と性の博物館 ・健康と性の博物館2・健康と性の博物館3 ・済州島 ワールドエロスミュージアム 済州島タイスイスホテル裏バンコクシンガポールゲイラン地区デンマークエロティカミュージアム コペンハーゲンチェコセックスマシーンズミュージアムオランダソドム街飾り窓・ソドム街飾り窓2・セックスミュージアム・エロチカミュージアム ・エロチカミュージアム2 ・ソドム事情・2018レッドディストリクト1995静岡 リクエスト紀行 伊豆の踊子(リンク) 熱海秘宝管(リンク) 熱海城 前編(リンク) 熱海城 後編(リンク) まぼろし博物館 入口まで1(リンク) まぼろし博物館 入口まで2(リンク) まぼろし博物館 ビヨンド(リンク) まぼろし博物館 昭和前編(リンク) まぼろし博物館 昭和後編(リンク) まぼろし博物館 歴史編(リンク) まぼろし博物館 アート前編(リンク) まぼろし博物館 アート後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 前編(リンク) 怪しい少年少女博物館 後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 お化け屋敷(リンク) 伊豆極楽苑(リンク) 秘宝展(リンク) 伊豆蝋人形美術館(リンク)
2015.08.04
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伊豆半島を南下しつつ、変なオブジェを2,3越えたところにぶつはある。そういえば、サボテンブラザーズという馬鹿映画おもろかったな。到着である。ここは伊豆よいとこ一度はおいで、ハイ、来ました。やっと、堂々颯爽の凱旋入場である。昭和なところをサクリと抜けていくのである。ピンクレディのケイもハイヒールももこみたいになる懐かしいひとたち販売中か・・・藁人形。そういえば、最近、みないね、白い三角ハチマキまさかの金色夜叉?Dリンチに出てきそうなキャラクターやななんだよ、このつったっている奴と思って回り込むと、内臓はみでて困っていた。なんか、この前もどっかでけっこう仮面みたような気がする。リトウキこの前、本読んだけど、ご高齢なんだねえ、後援の最後に、あと5年だと考えてます、ってシンミリだなあ。韓国台湾人で日本教育を受けた親日家が減ってくね。反面、ちうごくは孫文も蒋介石もなんか、そういうの全然ないね、恩を仇で返すみたいな感じだよね。だよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよねだよね、わ、パソコン暴走した。1995静岡 リクエスト紀行 伊豆の踊子(リンク) 熱海秘宝管(リンク) 熱海城 前編(リンク) 熱海城 後編(リンク) まぼろし博物館 入口まで1(リンク) まぼろし博物館 入口まで2(リンク) まぼろし博物館 ビヨンド(リンク) まぼろし博物館 昭和前編(リンク) まぼろし博物館 昭和後編(リンク) まぼろし博物館 歴史編(リンク) まぼろし博物館 アート前編(リンク) まぼろし博物館 アート後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 前編(リンク) 怪しい少年少女博物館 後編(リンク) 怪しい少年少女博物館 お化け屋敷(リンク) 伊豆極楽苑(リンク) 秘宝展(リンク) 伊豆蝋人形美術館(リンク)
2015.08.03
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北海道:ジンギスカン、去年食べ放題行ったのに、お代わりするどころか残してしまった。一幻えびそば青森県:せんべい汁、こちらでフェアしてて食べた。まあ普通。岩手県宮城県:ずんだもち、ファンである。特にもちを抜いたずんだシェイクのファンである。秋田県:きりたんぽ、確かにマタギの保存食、キャンプに持っていったら旨かった。山形:芋サクランボ定食栃木県:宇都宮餃子富山県:ホタルイカ、おしずし、空港で購入後、ご飯のお供となる。長野県:おやき、味が薄いのがなんとも旨い。愛知県:ひつまぶし、ひまつぶし茨城県:けんちん汁、吉野家で初めて食べた。群馬県:みずさわうどん。旨いが、うどんで1500円とか2,000円とかって、やっぱり旨くて当たり前だろ!というもので、これで普通の味やったら怒りまくるやろね。千葉県:なめろう、ってここ2,3年で初めてその名前を知って、これが旨いんだねえ。俺好み味。東京都:もんじゃ焼き、お菓子だよねゲロだよね京都府:京漬物、昔は好きで、幾たびに買って帰ってた。出石蕎麦湯豆腐滋賀県:近江野菜琵琶湖のブラックバス大阪府:タコ焼き、たこ焼きパーティってあるよね。伊勢エビ屋兵庫県:明石焼き(玉子焼き)、イカナゴのくぎ煮・・・食べ飽きた。神戸牛だけは食べ飽きるほど食べたことがない。激辛中華壺焼き三段焼き飯奈良県:柿の葉寿司、昔は蠣の外しかと思っていた。和歌山県:クジラの竜田揚げ、小学校のときはあのチープ感が旨かった。日本海一帯:蟹島根県:シジミ汁、出雲ソバがソバの中ではワタシはかなりお好みである。ゆうとくけど。岡山県:きび団子、親父がお土産で買ってきてくれた。広島県:広島お好み焼き、学生時代地道で車で1晩かけて食べに言った。香川県:讃岐うどん、愛媛県:宇和島鯛めし高知県:かつおのたたき福岡県:辛子明太子佐賀県:呼子のイカ料理、新鮮度が売りなんだろうね、値段もまあまあするよ。よくもまあここまで来たなあという気分も味を倍増。長崎県:皿うどん・長崎チャンポン、卓袱料理一度は挑戦してみる予定。六兵衛沖縄県:ソーキそば、ゴーヤチャンプルー、イカスミ汁、タコライス、いやあ、さすがに日本とは違う。自宅飯:ノーコメンツ
2015.08.02
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北海道まで来て、河童見に来るようなガキじゃあるまいし。こんな動くおみくじ台湾カオシュンでも見たよ。定山渓温泉は、札幌市の温泉であるが、札幌市も実は、市町村の平成の統廃合があってムーチョス広い。じゃあ、ちょと温泉へではない、市内からは1時間以上かかるのである。(もしかしたらそこまでかからないかもしれない、すみません、道民じゃないんで感覚で、物申す、無責任や蝋状態)おじいちゃんの敵はとるよ、おじいちゃんを越えてみせる!マイドリームのために日本を捧げる!覚悟であります!By信三 それにしても、何故、法案成立してから反対デモが起こるのだろうか、その辺がよく分からない。しんぞうくんは、憲法変えたい、すきほうだいやってく、特定秘密も言ってたジャン、安全保障も言ってたジャン、いやだったら、意味のない解散選挙のときに落としていればよかったのに。あまりにも民主党が無策すぎたのか。それでもやばいこといっているなら票いれないでしょ。今になってデモするって、何だか、オレはこうしたいのだということに対して予定通りそうなったのだから、それに反対するのは民主主義じゃないように見えてしまわないのか?約束もしてなくて隠れて急に法案出して、通したら、そりゃないぜ、って思うけど、前々から言ってただけになあ。右傾化を支持する反知性の人が、いっぱいいるってことなだろうね。今、デモに行く人は、残念ながら多数決が嫌な人たちなんだろうな。いや、この法案が駄目なんだ、であれば、審議になる前に、せめて反対デモすべきじゃないのか?オレも反対だけど、民主主義というか多数決は右傾化を望んだんだよね。まあ、小選挙区の制度、1表の格差の問題もあるんだけど。都会では、清き0、2票をお願いします!とか田舎では清き5票をお願いします!っていえばいいのにね。マア、支持率が上がったり下がったりってのも、よく分からないけど、次はキット落選するってことなんでしょうね。1995北海道 札幌市南区(リンク) サッポロピリカコタン(リンク) 定山渓温泉の河童(リンク) 北海道ドライブ(リンク) 座席後編(リンク) 座席後編(リンク)
2015.08.01
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