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雛人形、五月人形、こいのぼりの吉浜人形です。もうすぐひな祭り。ちなみに3月3日におひな様をしまわないとお嫁に行き遅れるという話がありますが、これは「しつけ」の一環から生まれた都市伝説です。ひな祭りの歴史、意味合いをとってもまったく関係ありませんので、お気になさらず、季節を楽しみながら、長く飾ってあげて下さい。吉浜人形では、お節句を旧暦の暦まで楽しんで頂く事を推奨します。なぜなら日本の四季を楽しみながら、ひな祭りや端午の節句をお楽しみになれるからです。ひな祭りを旧暦にすると?2013年は4月12日になります。桃の節句にふさわしく、身近なところではお花見など、春を楽しみ始める時期と合致します。折角のおひな様と日本の四季の情緒感。もっと楽しんで頂ければ幸いです。
2013年02月28日
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雛人形、五月人形、こいのぼりの吉浜人形です。今日あたりから暦の上では七十二候「草木萌えうごく」です。冬から春への移り変わりの時期、草木が芽吹いて春の訪れの前兆を知らせてくれます。丁度暖かくなってきました。旬の野菜は「菜花」春らしい野菜ですね。そしてはまぐりが旬にはいります。もうすぐひなまつり!
2013年02月28日
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五月人形、こいのぼり、雛人形の吉浜人形です。日本の伝統工芸で京都の作家さんの作品は多数を占めます。雛人形、五月人形でも同様の事が言え、雛人形は京雛、五月人形は京甲冑の名で親しまれています。当然、京都の作家さんにお願いするのですが、吉浜人形ではお願いする先生を各種1人と決めています。なぜなら集中化する事でお願いできる仕事の量が安定し、結果、より高品質のもの、想いがこもった作品として仕上がるからです。吉浜人形では京雛は安藤桂甫先生、京甲冑は平安武久先生にお願いしています。京甲冑の特徴として私は箔の美しさ、光沢の深みにあると思っています。京甲冑師平安武久先生は作品作りについてこうおっしゃいました。「こころあるモノづくりがしたい。」ここであえてカタカナでモノなのはご家族でお祝いされて初めて「モノ」から「本物」の作品になるとの思いから共感!です。
2013年02月27日
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五月人形、こいのぼり、雛人形の吉浜人形神谷です。五月人形の左右に付く弓太刀、刀の置き方に違和感ありませんか?写真の通り五月人形の弓太刀の太刀は鞘を上にして飾ります。これは縁起を担ぐためのもので「武器ではない」だから抜く必要はないという意味合いがあります。もちろん実際に抜くことはできますので。お子様が大きくなったら記念に一度抜かせてあげてもいいと思います。男の子にとっては刀は永遠の「憧れ」ですので!*人にむけちゃダメ!
2013年02月26日
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鯉のぼり、五月人形、雛人形の吉浜人形です。吉浜人形では、鯉のぼりの掲揚時に「幸せの黄色い旗」を掲揚してもらい、被災地の皆様や、日本全体への応援メッセージとするべく、ご希望される方全てに無料配布致しております。(ご案内では「ご購入者」と書いてありますが希望すればどなたでも!)津波により被災した岩手県陸前高田市の被災者が2011年夏、映画「幸せの黄色いハンカチ」を思い出し、自宅跡に「幸せが来る様に」の願いを込め、30枚以上の黄色いハンカチを掲げて地域住民を励ましました。その際には、山田洋次監督も陸前高田市を訪れました。この話に感動した吉浜人形スタッフ一同が「幸せの黄色いハンカチプロジェクト」を立ち上げ、本企画がスタートしました。本当の復興復興を願い、粘り強くたくさんのご家庭で黄色い旗が掲揚されるよう呼びかけたいという事が、吉浜人形の願いです。
2013年02月25日
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雛人形、五月人形、こいのぼりの吉浜人形神谷です。もうすぐ3月3日雛祭り。ひな祭りは、女の子の健やかな心身の健康を願う、未来指向の「うれしい」行事です。暦では4月12日になります。世界中をみても、こういった未来指向の行事は珍しいです。大切なこどもたちの未来の為、日本独自の雛まつり、節句行事をしっかりと行なっていきましょう。
2013年02月25日
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雛人形、五月人形、こいのぼりの吉浜人形神谷です。もうすぐひな祭り。ひな祭りはとっても歴史のある節句行事なんです。日本では古くから、季節の節目ごとにさまざまな年中行事が行なわれてきました。お正月、節分、ひな祭り、端午の節句、夏祭り、お盆、お月見、収穫祭・・・など、これらの行事を通して、子供たちは、自然のうちにいろいろなことを学んでゆきます。例えば、季節の移り変わりを学び、また、節度ある生活態度や地域社会との関わり、ご先祖さまを大切にする心、そして、家族愛など、さまざまなものを学んでゆくことができます。このような数ある年中行事の中で、『ひな祭り』は女性のお祭りとして、非常に古い時代から続いてきた日本の代表的な伝統行事です。 このひな祭りの歴史は古く、平安時代の中頃(約1000年前)から始まりました。その時代の人々は、3月の初めの巳(み)の日に、無病息災を願ってお祓い(はらい)をする行事を行なっていました。陰陽師(おんみょうじ:天文、地相、人間などの吉凶を占う人)を呼んで、 天地の神に祈り、食物を供え、人形(ひとがた)に災いや凶事を託して川や海に流すのです。 この風習は、今でも、各地の“流し雛”の行事にその面影を残しています。また、そのころの宮廷の婦人や子どもたちの間では“ひいな遊び”という遊びが行なわれていました。紙で作った人形と、身のまわりの道具をまねた玩具で遊ぶもので、いまの“ままごと遊び”のようなものです。このことは、紫式部の「源氏物語」や、清少納言の「枕草子」の中にもその記載が見られます。 そして、この無病息災のお祓い(はらい)と“ひいな遊び”とが結びついて、“上巳(じょうみ)の節句”として定着したのが、現在の『ひな祭り』の起源です。 室町時代には、“上巳の節句”が3月3日に行なわれるようになり、江戸時代の太平の世になると“上巳の節句”は女性のお祭りとして、非常に盛んに行なわれるようになります。 この頃のひな祭りは旧暦の3月3日に行なわれていましたので、現在の4月上旬頃にあたります。桃は満開、よもぎも芽を伸ばし、蛤(はまぐり)もおいしくなる季節です。日頃、休みなく働いている女性たちにとっては、何より楽しい季節の行事として、また女性のお祭りとして、生活の中に根づいてゆきました。 そして江戸時代の中頃には、女の子の誕生を祝う“初節句”が盛大に行なわれるようになり、ひな祭りは、日本独特の優美な行事として現代に受け継がれてゆきます。 1年に1度、のびやかに育つわが娘の成長を確認しつつ、楽しく過ごすひな祭り。平安の昔に始まり、長い歴史に培われ、今日に至るこの美しい伝統行事を、いつまでも大切にしたいものです。
2013年02月24日
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五月人形、こいのぼり、雛人形の吉浜人形神谷です。日本では古くから、季節の節目ごとにさまざまな年中行事が行なわれてきました。お正月、節分、ひな祭り、端午の節句、夏祭り、お盆、お月見、収穫祭・・・など、これらの行事を通して、子供たちは、自然のうちにいろいろなことを学んでゆきます。例えば、季節の移り変わりを学び、また、節度ある生活態度や地域社会との関わり、ご先祖さまを大切にする心、そして、家族愛など、さまざまなものを学んでゆくことができます。 このような数ある年中行事の中で、『端午の節句』は災厄や病魔を祓う(はらう)行事として、非常に古い時代から続いてきた日本の代表的な伝統行事です。端午の節句の歴史は古く、奈良時代(約1250年前)から始まりました。この時代、朝廷では五月五日に菖蒲(しょうぶ)を飾り、無病息災を祈る節会(せちえ)を行なっていました。五月は、田植えの関係から、古来より非常に重要な月とされていました。また、菖蒲には特別な力があると信じられており、この菖蒲を目印として神をお迎えしたのが、菖蒲飾りの始まりとされています。 平安時代には、邪気を祓う儀式として「騎射(うまゆみ:走る馬上から的に向けて矢を射る儀式)」が節会に行なわれるようになります。鎌倉時代の武家政治の世の中になると、朝廷での端午の節会の儀式は廃れましたが、武家社会では尚武(しょうぶ)の気風が強く、菖蒲と尚武をかけて、尚武の節日として祝うようになります。菖蒲酒や菖蒲湯の風習もこの頃から始まりました。江戸時代になると、人形(ひとがた)を形代(かたしろ:神が宿る対象)として飾る民間信仰ともあいまって、端午の節句は民間でも盛んにまねられるようになります。また、この頃から、町家では武者絵幟(むしゃえのぼり)や鯉幟(こいのぼり)が立てられるようになります。そして江戸時代の後期には、男の子の誕生を祝う“初節句”が盛大に行なわれるようになり、現代に受け継がれています。 一年に一度、のびやかに育つわが子の成長を確認しつつ、楽しく過ごす端午の節句。奈良の昔に始まり、長い歴史に培われ、今日に至るこの美しい伝統行事を、いつまでも大切にしたいものです。
2013年02月24日
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五月人形、こいのぼり、雛人形の吉浜人形神谷です。明日から、五月人形特選会を開催致します。新作五月人形や「黄色い旗」を組み合わせたこいのぼり店頭イベント「はじめての似顔絵」など盛りだくさん。また、旧暦でお祝いされるお客様の為、雛人形も展示しています。「うれしい」初節句をお迎え頂ければ幸いです。
2013年02月22日
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吉浜人形では、お節句を旧暦の暦まで楽しんで頂く事を推奨します。なぜなら日本の四季を楽しみながら、ひな祭りや端午の節句をお楽しみになれるからです。 旧暦とは「太陰太陽暦」のことを言います。 太陰太陽暦は日本において、明治5年(1872年)まで古くから長きにわたり使われてきました。福澤諭吉さんの提唱で、日本政府がこの年から今のいわゆる「西洋暦」を使うようになり、みんながこれを「新暦」と呼ぶようになりました。こうしてそれまでの暦は自動的に「旧暦」と呼ばれるようになったのです。日本古来からあった四季の移ろいを反映した暦(こよみ)を世界基準(グローバルスタンダード)に合わせることによって、季節を感じ身近な自然の変化を日本人は意識しづらくなっていきました。今の暦と旧暦では、季節が1ヶ月から1ヶ月半ずれています。暦では春夏秋冬の四季を更に細分化し、節目となる五節句、二十四等分した二十四節気、七十二等分した七十二候という、季節の移ろいを生活と情感に合わせて楽しんだ名残が残っています。現在でも和歌や俳句の世界では季語季題を旧暦で日本の四季の変化を見たままにとらえ、情感を楽しんでいるのです。温故知新、四季とともに発展した日本の文化をあらためて最大限楽しんで頂ければ幸いです。ひな祭りを旧暦にすると?2013年は4月12日になります。桃の節句にふさわしく、身近なところではお花見など、春を楽しみ始める時期と合致します。ちなみに3月3日におひな様をしまわないとお嫁に行き遅れるという話がありますが、これは「しつけ」の一環から生まれた都市伝説です。ひな祭りの歴史、意味合いをとってもまったく関係ありませんので、お気になさらず、季節を楽しみながら、長く飾ってあげて下さい。端午の節句は?2013年は6月13日になります。菖蒲の節句にふさわしく、菖蒲の葉がたくましく伸びている時期です。また梅雨に入る前の時期であり天候に恵まれる日も多く、文字通り五月晴れのこいのぼりを揚げるのにぴったりの季節になります。日本には春・夏・秋・冬と「四季」があります。様々は日本の文化は四季を楽しむ事から生まれました。是非、4月半ばのひな祭り、6月半ばの端午の節句を体験してみて下さい。そしてお子さまとともに、日本人の情感や自然への感謝をあらためて楽しんでいただきたいと思います。
2013年02月17日
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雛人形、五月人形の吉浜人形、神谷マです。本日、JAあぐりタウンげんきの郷「すくすくヶ丘」にてお客様参加型イベントを開催しました。イベントの内容は、1.「雛人形の飾り方、しまい方講座」2.「おひなさまと被布着で記念撮影」を行いました。今日は風が冷たく感じたものの、と~っても良い天気で、絶好のイベント日和朝からげんきの郷はお客様でいっぱいでした。イベントの内容をご紹介1.「雛人形の飾り方、しまい方講座」は お子さまにおひなさまを飾って頂きました おひなさまに小道具を持たせ、雛段に飾っていきます。2.「おひなさまと被布着で記念写真」は 会場にあるお好みのおひなさまと一緒に被布着を着て記念撮影です。 実は被布着も2種類。お好みの被布着を着て撮影です。記念撮影に参加して頂きましたお子さまをご紹介します半田市りさちゃん豊田市もあちゃん知多市れなちゃん碧南市まいちゃんまいかちゃん安城市ゆらりちゃんけんくん常滑市みおりちゃん名古屋市緑区ひなたちゃん東浦町ゆめのちゃんたくさんのお客様にご参加頂き、ありがとうございました次回は2月24日(日)に予定しております。ご参加お待ち致しております。
2013年02月03日
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