2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全10件 (10件中 1-10件目)
1
数年前の話。僕はとある自治体が主催する20代独身男女限定のサークルに所属していた。これ、僕たちはお見合いサークルとも言っていたんだが。3ヶ月もすると徐々に仲良くなってきて、「誰と誰が怪しい...」とか、噂が広がっていくもので、キャンプを終えた5ヶ月目にはカップルが数組誕生していた。この中で僕はどうだったかというと、キャンプで一緒に活動していた娘を好きになった。この先ややこしくなるからAさんB君と呼ぼう。僕はAさんを好きになったのだが、僕のことをBさんが好きになった。これはよくある三角関係で「どうしようか...」と悩んでしまうところだが...話のつづき。Aさんは僕とはちがうC君のことが好きだった。一方Bさんのことを好きになったD君がいた。ここで整理すると、D君→Bさん→僕→Aさん→C君 という見事な恋の一方通行が出来上がってしまったのだ。このサークル、三角関係は毎年あるらしいがこんな見事な”恋の一方通行”は前代未聞だったらしい...話のつづき。コクって振られてなどのガラガラポンをやって結局はD君Bさん僕AさんC君 とこうなってしまった。つまりは僕がひとりぼっちとなってしまったというわけ...当時の僕はなんか寂しい思いをしたのだが今ではこの”貴重な経験”を笑いのネタにしたり、酒のサカナになったりしている。
2006.09.29

愛地球博の人気者だったソルバンバンが昨日、大須の商店街を練り歩きました。久々の再会に涙がホロリの人も...躍動感溢れるパフォーマンスは健在でしたね。にぎやかな大須の街中で見るのもいいけど、やっぱり長久手の青空のもとでもう一度ソルバンバンを見たいというのはわがままだろうか?
2006.09.25

僕が住む名古屋市の隣の蟹江町の写真です。人口220万人を擁する名古屋から一歩外を出れば、のんびりとした田園地帯が広がっています。木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)といわれる3本の大河が流れ、水郷地帯が広がっているのは過去の氾濫の歴史が物語っています。水害から住宅を守るための輪中があちこちにあります。またここは金魚の名産地としても知られています。
2006.09.24
最近、原付を支給された。いままでは自転車、で結構遠くまで遠征していたのだが。さすがに時間を有効に活用しようと思ったら限界があるらしい。というか、クライアントさんの好意で原付を買ってくれたのだ。もちろん私物ではなく、クライアント会社のものだ。名古屋が本社の会社じゃないから、成田ナンバーになっていて名古屋では結構目立つ。この原付を利用して郊外まで営業に出ています。営業もさることながら、協力会社さがしも同じくらい一生懸命ならねばならず常に頭の中はパニックだ。ここでいう協力会社とは運送会社のことだ。クライアントは軽貨物の運送会社なのだが、4t車や10t車のオーダーもくるから、それらの協力会社を探さなければならない。しかしなんだろう。運送業ってとっても不思議な業界だと思うのだ。自分にとって。まずひとつは、営業マンが極端に少ない。大多数がトラックの運転手や、倉庫などの現場の人たちで占められているから営業マンの存在が薄いのだ。というか、営業慣れしていないかもしれないが。協力会社さがしといういわば”逆営業”のパターンにしてみても、「是非、仕事をください」といってくれる会社さんが少ないのも事実。「うちは手一杯だから他所さんの仕事は受けれません」ってね。今まで食品やIT、コピー機などの営業を経験してきた僕だが、そん時は仕事がほしくてたまらなかった。土下座したこともあるし、「仕事ください!ぶっちゃけいくらなんですか?」って差し値を聞いたりね。人参が少しでも見え隠れしていると食らい付くくらいの貪欲さを先輩たちから学んだ僕にとって、とっても不思議な業界に思える。この業界、僕は10年あまりいるんだが...でも結構これを逆手にとれるから面白いと思っている。営業マンが少ない業界だから逆にチャンスなんだ!断る下請けさんが多いから逆にいい仕事をしてくれる協力会社に出会える!そう思うようにしている。そうすると結構楽に楽しく仕事が出来たりするもんだ。自分が楽天的だからかもしれないが。この業界10年いてもまだ知らないことはたくさんあります。知らないことを経験させていただける事に深く感謝したいと思う今日この頃であります。ありがとうございます。
2006.09.22
今、非常に経営者(社長)の近くにいる僕だけど、以前、勤務していた会社の経営者について語ろう。以前、僕は物流会社に勤務していた。東証一部上場で従業員数3000人。これだけの規模になると社長はおろか経営者クラスになるとまさに雲の上の存在となる。面識があるのは担当役員くらいでしょうか。取締役はごくごく選ばれた存在だから、そこへ行き着くにも並大抵の努力では成就できないことも述べておこう。そんな会社で僕は一度だけ会長とサシで話をさせてもらったことがある。休みの日に担当役員から「会長と今から行くから倉庫を空けて待っておくように。」といわれて、休日の会社で構内を一通り案内してまわった。その会長とは半世紀前にリヤカー一台で運送業を起業した人で、一代で東証一部上場企業を作り上げた偉大な人だ。その偉大な人を前に僕はさしたる緊張もせずに話をすることができた(同行していた役員のほうが怖かった)。80歳を超えるその方は、とてもあたたかい心の持ち主でもありました。もう5年も前であまり覚えていないが、「営業所責任者にもかかわらず役職がないなんて可愛そうだなあ」といわれたことを覚えている。僕は数え切れないくらいの経営者と会っているけど、一番印象に残るのはこのときの言葉。僕が起業して半世紀が経過して、大企業になっていて、その時に同じ言葉をかけてあげられるだろうか?間違いなく、大きな感銘を受けたお言葉であったと深く感謝しています。
2006.09.19
営業代行を行っていると、営業代行とは?クライアントに代わってクライアントの名刺を持って営業活動を行うこと。僕の場合は所属している会社は株式会社マーキュリースタッフィングだが、クライアントである株式会社ビジネス・ソリューションと株式会社アクティブレインの名刺も持っているので都合3枚の名刺を持ち歩いていることになる。営業代行は非常にニーズのあるビジネスだ。世の中に存在する会社すべてが営業力があるとは限らない。昔からのお客さんだけで成り立ってきた会社が新規顧客を開拓しようにもやり方がわからなかったり、あるいは東京の会社が名古屋に進出しようにも、事務所代も馬鹿にならないし、営業マンを雇用するにも維持するにも金がかかる。あるいは、テレアポをしようにも営業マンが終日外出していて両立できなかったりして、テレアポのみ、あるいは外勤のみ受注する場合もある。僕の場合3枚の名刺を持つことになったのは偶然が重なっただけのことなのだが。こうして、3つの会社にかかわっていて3人、いやそれ以上の経営者を見ていて、僕なりに楽しいと思っている。人間は量産できないからたしかに個性が存在する。経営者によって考え方が違うのだ。ヒトモノカネの使い方が明らかに違っているのだ。それぞれのよしあしは別として自分はそれぞれのいいところを習得するチャンスを与えられていると思っている。僕に今、与えられている最終ミッションは独立法人の社長になること。これは僕はあまり考えていなかったのだが、前記クライアントが僕に対して強く希望している。この機会を与えてくれた各社長に対しては本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。僕の場合は社会に対して貢献したいと思っている。この国に残せるものを作り上げたいのだろうか。この国の繁栄のためにするべきことも決めている。環境に対する取り組み、2007年度以降の労働者不足に対する取り組みも考えている。それらが実を結ぶのは独立法人が成立して以降だと思っているから何が何でもやらなければならない。サラリーマンを選択しなかったのはこれらの理由にもよるだろう。ここで”もうけ”について自分の考えを述べる。会社の儲け、自分自身の儲けについてだ。自分自身は儲けようとは思っていない。ベンツに乗ってとか、豪邸を買ってとか、自分には似つかわしくないからだ。以前僕は大儲けしたことがある。連日連夜仲間を連れて繁華街を練り歩き夜の帝王とまでいわれ、その街では僕の顔を知らないものはいなかったと思う。しかしなんだろう、事業が頓挫した途端、僕の周りには誰もいなくなった。そのときは人間は冷たいと思っていたが、今考えると自分自身が甘かった。他人に対して配慮がなさ過ぎたんだと思う。だからというわけではないが、儲けは自分自身であってはならないと思っている。会社自身の儲けであっても会社だけが儲けるのはいささか自分勝手だと思っている。100年200年と存続している会社も存在する。松下やソニーのような会社もおそらく長く長く存在するだろう。永年にわたって存続するためには自分たちだけの儲けだけを追求する会社は必ず滅びると思っている。社会に広く貢献するべきだと思う。故松下幸之助氏が言った。「不況だからこそ、社会に貢献しなければならない。それは必ず会社に利益として必ず還元されるのです。」そのとおりなのか、松下は以降、ますます繁栄することになる。とってもいい言葉だと思っている。営利法人であっても、自己中心的な営利のみでは会社は存続しない。自分が会社の社長になるなら...と思っているが、まだまだ勉強中です。ここで僕の大好きな社是を紹介しよう。豊かな生活は会社の発展によりささえられ 会社の発展はお客様の満足により得られる。
2006.09.17
金曜日急なハンドキャリーで急遽東京に向かって。赤坂で飯を食って変える予定だったのだが...「成田へ向かえ」との上司の指示で上野から京成電車に乗って深夜の成田へ。部長や社長が事務所に戻ってきたのは夜中の2時だったから僕は課長と一緒に会社のソファーで寝ていたから気づかなかった。翌朝は課長と二人で千葉近郊の某宅配便会社に行って、小口配送の現場を半日見て、夕刻名古屋へ戻る。完璧にグロッキーになって昨夜は帰るなり爆睡。今日は午前中、礼拝に行って午後は自宅でゆっくり過ごしているのだが、クライアントからハンドキャリーの依頼の電話がかかってきて。ハンドキャリーって結構依頼の多い仕事なんだね。ちなみに金曜日のハンドキャリーはオーダーの電話が入ったのは12:00ごろ、15時に名古屋を出発して新幹線に乗り、品川着17:00、目的地の赤坂の届け先には17:20。受け渡しの完了は17:30。出発から2時間半、オーダーから5時間30分で完了したことになるが、もう少しつめれば3時間でやり遂げられると思う。自らデータが取れたのはいいことだと思う。今週末は結構いい勉強させてもらった。ありがとうございます。
2006.09.17
ハンドキャリーで急遽東京へ飛ぶ事になり...皆さんはハンドキャリーという仕事をご存知ですか?荷物を直接、届け先に持って行くという仕事です。封筒一枚持って、名古屋から東京に向かっている新幹線の中。今日はたまたまクルーが居なくて僕が飛ぶ羽目に。お届けが明日なら宅急便でOKなんだが、今日の今日だと手段がなく、ハンドキャリーしかない。値段は数十倍かかるが確かにニーズはあるもんだ。
2006.09.15
僕が持っている万博の写真で一番気に入っている写真です。1年前9月初旬の台風一過の晴天の日のグローバルコモン3付近の写真です。猛暑から一転して朝はひんやりしてました。とんぼも舞っていて、秋の気配を感じるとともに、一抹の寂しさも覚えました。
2006.09.02
仕事をやる上で、必ず仲間がいることを忘れてはいけない。一人ではないんだということを忘れてはならない。仕事=お金を稼ぐ誰からお金をもらうのか?=会社やクライアントであるとなると、自分ひとりではとうてい仕事は成立しないはずだ。やはり、自分勝手な行動は許されないと思う。会社は個人プレーの場所ではないでしょう。自己を満足させるのもいいが、それで他人に迷惑をかけてはならないと思う。私が今、一番自分に弱く、欠けているところを強化したいと思っている。それは、クイックレスポンスであるということ。急を要する、要さないにかかわらず、相手が社内の人間であってもやっぱりクイックレスポンスを心がけるべきなんだと思っている。相手の人がクイックレスポンスである場合にはこちらとしてはとても気持ちのいいものだ。今の仕事の中で私はいろんな協力会社と付き合いがある。私が重視する部分というのは、1.相手の人をきちんと立てる2.一生懸命に努力する姿勢3.レスポンスが早い以上の3点でしょうか。このエレメントが備わっていなければ、いくらその会社がトラックを1000台もっていようと仕事が進まないので全く意味を成さない。同様に私自身もクライアントに対してはクイックに動かなければと思う。先月の反省はクイックな対応が出来なかったということだ。クイックな対応が出来ないことで多くの仲間が困るということ、仕事も止まってしまい、商機を失うこともありうる。今月は特にそのことに肝に銘じたい。
2006.09.02
全10件 (10件中 1-10件目)
1