炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2005.05.16
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カテゴリ: 健康とか
 サボンは寝台の脇に膝を付き、アリカを見上げる。
「正直、ずっと目を覚まさないんじゃないか、って…」
「心配させました」
「そうよ、本当、心配したんだから…」
 声が歪む。目が細められる。
 そこへ、つ、と指が伸ばされる。
「泣いては駄目ですよ。時間が足りません」
「…時間」
「誰も居ない今のうちに聞いておいてもらいたいのです」

「何」
「私は皇后になります」
 え、とアリカは問い返した。サボンは繰り返した。
「本当に?」
「本当です」
「何でそんなこと、あんたに判るのよ」
「私だから、判るのです。それに可能性は、ありました」
 アリカは口を曲げた。
「何であんたは、そういうことさらっと言うのよ…」
「いいじゃないですか。戻ってこれましたし。だから愚痴は後にお願いします。まず先に言わなくてはならないことがありますから」
「…何」

「本当なの」
「本当です。だから私が皇后になります。だから」
 こっちを向いて、と両手で頬を挟む動作をする。触れはしない。力の加減が効かないのだから。
「あなた、ずっと、私の側に居てくれますか?」
「え」

 真剣な、眼差し。サボンは思わず軽く身を退く。
「どうしたの一体…前から言っているでしょう? サボンはアリカのものだから、ずっと一緒に居るって言うのは…」
「ええ。だから、約束ですよ。私が、どんなに変わっても、…変わらなくても、私がアリカである以上、サボンのあなたは、ずっと」
「…ええ」
「私は変わってしまうでしょう」
 アリカは天井を見上げた。
「いえ、必ず変わる。変わらざるを得ない。いえ、もう変わってしまっているんです。その結果、態度も変わるし、あなたを足蹴にするような女になってしまうかもしれないし、あなたが泣き叫んで手放してくれと言っても、いつまでも掴んで放さないかもしれない。もしかしたら、さっきみたいに、何かの間違いで、―――死なせてしまうこともあるかもしれない」
 サボンはごくん、と唾を呑み込んだ。何を言い出すのだ、このひとは。
「それでも、居て下さい。お願いです」
「居るわよ」
「私が正気を無くしても?」
「…居るわよ。だって、あんたが身代わりにならなかったら、私死んでたかもしれないでしょう?」
 ええ、とアリカはあっさりうなづいた。
「…まず死んでました。そうでなかったら、狂ってました」
「そうなの?」
 サボンは肩をすくめた。
「そうです」
 アリカはうなづいた。
「馬鹿にしている訳ではありません。あなたや、あなたと同じくらいの令嬢なら、まず死ぬか狂ってました」
 アリカは苦笑する。
「あんたはどうよ」
「私は―――そうですね…何なんでしょう」
「運がいいのよ」
 サボンは断言する。 
「運がいい?」
「そうよ。運がいいのよ! だって、生き残って―――皇后になれるんでしょう?」
「信じます?」
 アリカは首を傾げる。
「あんたがそう言ったんでしょ」
 サボンもまた、苦笑する。
「あんたが眠っている間に、お兄様がいらしたの」
「若様が」
「これからはあんたの兄上よ。お兄様には可哀想だったけど…あんたのこと、気に入ってたし。…知ってた?」
「いえ」
 くすっ、とアリカは笑った。
「気付きませんでした」
「あんたってひとは…」
「私はそう器用ではないですから」
「冗談」
「いえ本当。器用ではないですよ」
 ふっ、とサボンは寝台に頬杖をつくと、軽く笑った。
「ともかくお互い、ここで生きてくの。お父様も私を娘としては見限ったわ。だったらここで、何とかして、生きていくしかないわよ。あんたがアリカ、私がサボン。…できるだけ、嫌わないでよ。私の方が頼みたいわ」
 本当に、とアリカはうなづいた。

「お目覚めになられましたとーっ!」
 その晩の当直の侍医が、医女を連れてあたふたとやってきたのは、それからまもなくのことだった。
「…こりゃまあ」
 侍医は眼鏡の下の目を大きく見開いた。
「全くの健康です」
「あの、先生、お嬢様はお腹が空いたとおっしゃるんですが」
 おお、と侍医は手を叩いた。
「食欲もお有りですか。よろしい、消化の良いものを…」
「私なら大丈夫です」
 きっぱりとアリカは言った。  
「さっぱりしたものでは燃料になりません。ともかくいち早く身体を動かす力になるものが欲しいです」
「しかしあなた様は、十日近く、水の様なものしか口にしておられないのですぞ。さっぱりとしたものから戻さないと、内臓を痛めてしまいますぞ」
「ああ…それは大丈夫です」
 言いながらアリカは先程の様に膝を立て、横目で侍医を見た。
「このままでは、私の中に居る子供が、私の肉も血も食らい尽くしてしまいます」
 へっ、と侍医はアリカを見た。
「…何ですと?」
「そういう診察もしてもらえますか?」
 侍医は医女と顔を見合わせた。





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最終更新日  2005.05.16 12:17:44
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