炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2005.07.26
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カテゴリ: 調べもの
 彼はボールペンを持った手を強く握りしめる。みしみし、とペンがきしむ音が、高村の耳にも飛び込んでくる。
「それだったら、俺は喜んで驚いてやります。笑い者になってもいい。あいつ等が無事で帰って来るなら。だけど」
 ぴし、とボールペンが、音を立てて折れた。中の芯だけが、かろうじてその形を保たせていた。
「本当に、…あの二人が、君は、好きだったんだ」
「ええ」
 山東は迷うこと無くうなづく。
「俺が苦しい時に、あいつ等は俺を力づけてくれた。だからあいつ等が困った時には、何が何でも、俺にできることなら、いや、できないかもしれなくても、守ってやりたかった。そうするつもりだった。…なのに、何です?」
 どん、と山東は、折れたペンを握ったまま、座卓に両手の拳を思い切り落とした。折れたプラスチックが、手に食い込んで赤くなっていた。
「俺は何にもできなかったじゃないですか」

 彼にはそれほど強烈に思いを寄せる様な友人は、いなかった。
 いや、その友人を選ぶ自分の目を信用できなかった。
 どれだけ相手が親切にしてくれようが、その行動の何処までが本当で、何処までが嘘なのか、判断するだけの自信が持てなかったのだ。
 そんな自分が、この男に掛けられる言葉など、何処にあるだろう?
 ただできるのは、握りしめすぎて、とうとう血が流れている山東の手から、壊れたボールペンをゆっくりと離してやることくらいだった。
「…すみません」
「いや、いいよ」
「本当のこと言うと、高村さんを巻き込んでしまって、申し訳ない、と思うんです。これは俺達の」
「…いや」
 高村はペンのかけらをゴミ箱に入れながら、首を横に振った。
「オレの問題でもあるんだ。いや、君以上に、これはオレの問題かもしれない」

「忘れられないんだ。結局」
 高村はぱら、と手を払った。
「忘れられるものだったら、もうずっと昔に忘れてしまってる。でも結局それはオレにはできなかった。そしてずっと、オレ自身を縛り続けてる。それこそ、君が、友達を無くした悲しみとは違うところで、オレはオレの、カタをつけたがっているんだ」
「高村さんは、高村さんのカタを」
「そう」

「こう言ってしまうと、卑屈だと思うんだけど、オレは君の様に、自分の行動に自信を持ってやっていけない。せいぜいがところ、カラ元気だ」
「だけど俺だって」
「それだけ大事なひとが居る奴、に自信が無い訳ないだろ?」
 それは、と山東は口ごもった。
「オレにはそういうひとが居ない。友人ができても、彼女ができても、結局何だかんだで離れていってしまう。いつもそうだ。オレがどれだけその相手のことを思っている、と思っても、それが何処かずれてしまう。オレはそれが嫌で嫌で仕方なかったんだ」
「…昔の記憶が、それに関係していると?」
「判らない。…でも、可能性は、ある」
「可能性」
「だからオレはオレで、君を利用しているのかもしれない」
「利用、ですか」
「そう、利用。だから君がオレに悪い、と思う必要は無い」
 そうですか、と山東は苦笑した。そして、そこのばんそうこう取って下さい、と彼はいきなり言った。高村は唐突な話題の転換に少し困惑しながらも箱を渡すと、巻いてくれますか、と山東は更に付け足した。
 高村はばんそうこうの一枚を取ると、傷ついた山東の右手にぺたり、と押し当てた。
「あのね、高村さん」
 山東はそのばんそうこうに視線を置きながら、言った。
「利用じゃ、ないですよ。こういうのは」
 そしてひょい、と顔を上げた。
「共闘、って言うんですよ」

 「共闘」することになった彼らは、その晩作戦会議を延々続けた。結果、高村はそのまま山東の部屋から学校へと行くことになった。
 服を貸しましょうか、と言われたが、クラスメートのスーツよろしく、まるでサイズが合わないので、それは遠慮した。
 「会議」は明け方までかかった。だがおかげで何とか方針が決まった。
 と言うより、もう次の朝から、臨戦態勢に入らざるを得ないだろう、というのが二人の共通の見解だった。
 日名と遠野、そして二人の家族の失踪。これを生きてるとみるか、死んでいるとみるか。
 最悪の状況を考えよう、と山東は言った。
「最悪の状況」
「ええ」
 既に皆死んでいる。それが最悪の状況だった。
「まず何で日名が殺されたか」
 高村は首を横に振った。
「これはさっぱり判らない。君には判るか?」
「いいえ」
 山東も同じ様に首を横に振る。
「ただ、週末、大学の友人達に聞いてみたんですよ。ざっと二十人位」
「…すごいな」
「と言っても、クラスメート、ですがね」
 日名や遠野の様な親しい友人ではないのだ、と彼は暗に含めていた。
「…やっぱり何処の学校でも、一年に一人は、何処かの学年で、『転校』する奴が居たそうです。それはまあ良くあることだ、と皆そう気にはしなかったんですが、ただ」
「ただ?」
 ぐい、と高村は身を乗り出した。
「目立つ奴だった、ということです」
「目立つ奴? 君みたいな?」
「と言うか…何って言うんでしょうね…」
 山東は言葉を探す。高村は何かヒントになる言葉は無いか、とまた言葉を探す。





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最終更新日  2005.07.26 06:37:54
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