炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.01.28
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カテゴリ: NK関係
「あたしさー、この番組嫌い」
と不意にサラダは言った。平日だったが、時間が合ったので、彼女はうちに来ていた。正直、その回数が最近増えつつあった。
 そんな時には、無意味にTVをつけている。格別見たいといしう番組があるという訳ではないから、BGMのようなものである。
「嫌い?」
 それは、今まで事業やら店やらに失敗した人々が、TVの力を借りて、立て直そうという企画番組だった。
「ああこれ。結構うちの会社のひとも見てるけど」
「何かさあ、嫌なかんじ」
 それは私も感じていた。無論そんなものだったら、BGMにする必要は無い。チャンネルを変える。
「確かに貧乏から脱出しよう、って人が、本気になるために、というのは判るけれど、何かそれだけ? って感じちゃうんだよね。じゃあ、それ以外の、もっと気楽に、貧乏でもいいから、って生きてる人は生きてちゃいけないのか、って気がしちゃうんだもの」

「だけどああいう番組に出るひとの場合は、それでも一応そうしようって決めたひと達なんだからさ」
「それはそうだけど。だけどあたしは、自分が楽しいと思えることにしか真剣にはなれないよ。だからそれ以外には、そうそう大きなエネルギー使えないし、そのせいで貧乏しても仕方ないって思うもん」
「たぶんさあ、貧乏の度合いが違うんだよ。それこそ毎日のおかずにも困るとかさ、家族を養っていかなくちゃいけないとか」
「そりゃあそうだけどさ」
 彼女はまだ何か言いたそうだった。そういうことじゃなくて、とぶつぶつとつぶやいている。
 だが確かに私もその番組は好きではない。どのあたりが嫌か、と言えば、サラダの言い分に近いのだが、彼女のように、「楽しいこと」が強烈でないとしても、だ。
 無論「どうしてもしなくてはならないこと」があったなら、それに立ち向かう方法を、熱意を、根性を必要とするのだろうが、どうしてその時に、誰かが通ってきた方法を取らせようとするのだろう。
 確かに時間が無い時には有効な手段かもしれない。教えるひとは、それしか知らないのかもしれないし、それが最良の手段と思っているかもしれない。
 だがそれは、そこまでその人がたどってきたやり方というものを、全く否定するということではなかろうか。
 その方法で上手くやってきた人は自信を持ってその方法を勧めるのかもしれないし、受ける相手は、藁にもすがる思いなのかもしれないが、それでも、だ。
 そのあたりが、納得いかないのだ。

 そんな試行錯誤と、迷ったり悩んだりした時に逃げ場として手を出したものも、全く役に立たない訳ではないからだ。無論それは、私が一応腰掛けだろうが何だろうが、「OL」という位置で不安定な安定を手にしているという前提の上だ。言っておくが、OLというのは決して安定した地位ではない。結婚をほのめかせば、相変わらずそれは「近いうちの退社」につながるのである。ボス的存在の彼女程になってしまえば別だが、私にはその意欲は無い。
 意欲が無くても、ある程度は居られる。それがこの不安定さの代わりに手に入れられる地位なのだ。男にはない、女の、奇妙な特権だ。男でこの位置を手に入れようと思えば、間違いなくフリーターだろう。
 男も女も、こんな曖昧な位置をキープしようと思うと、必ず周囲から横やりが入るらしい。ふう。
「どしたの?」
「んー? どうして楽しく暮らしてくだけじゃ駄目なのかな、って」

「ダメじゃないでしょ。やり方次第」
「やり方?」
「っーか、考え方次第」
 もう一杯お茶ちょうだい、とサラダはカップを突き出す。
「考え方の根っこが違うんだもの。あのひと達は、そういう根性とか何とやらが好きで、そーゆーので疲れることが好きなんだよ。そうゆうのを快感だって思うんだよね。だから人にもそれをやって欲しいんだよね。その方法で上手く行くと、それで安心するんだよ。まあそれは、あたし等も変わらないんだけどさあ」
「ふうん?」
「あのひと達はあたし達のような楽しむポイントはわかんないと思うもん。それにああゆー人達が、雑貨ショップに居るのも変じゃん」
「それは」
 私は吹き出した。TVに出ていたのは結構ごついおじさん達だったのだ。
「あたし達はまだ若くて、女の子で、ふわふわしたものが好きなものが似合うって特権があるんだよ。特権はせいぜい利用させてもらわなくちゃ」
 なるほど、と私は思う。
「なるほど、あの立て直しのおじさんには無い特権があたし達にはあるって訳ね」
「そういう社会だからねー」
 しゃらっ、と彼女は言う。
「レッテルを貼って安心してるんだよ。だからこのひとは自分の知ってるこうゆうタイプ、って貼れないひとが出てくると、追い出したくなるんだよ。まーね、そりゃあ、仕事には好みと適性ってのがあるからさー、それが合って楽しんでできれば一番いいよね。それだったら、それが戦場だって構わないと思うもん。あんたの兄貴も、そうなんじゃない?」
「兄貴はね。うん、奴は、バンドが仕事にできたら、きっとそれに全部かけるよ。っーか、今だって全部かけてるけどね」
 それは確かだ。そしてうらやましい部分だ。
 彼はもしどれだけバイト先でその長い金髪を悪趣味だ時代遅れだ、と思われようが、バンドが忙しくて休みを入れようが、そのせいで何日間か、便所そうじの当番が回ってこようが、何の意にも介さないのである。他のフリーター達にとっては、嫌なことで回避したいことだろうが、兄貴には他の仕事と何の比重も変わらないのだ。
 正確に言えば、彼は、ギターと音楽以外のものは、全部同じなのだ。
 それをうらやましい、と思う反面、…のよりさんの言ったことが少し思い出された。





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最終更新日  2006.01.28 07:33:46
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