炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.04.10
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「ドコ行くんだ?」
 マシンガンと声が、同時に窓から突っ込まれた。
「馬鹿かあんたは! いまの今どき、単独で東へ車動かそうってんなら、東府だろ!」
 その後に、女の高い声が飛んだ。
 窓ごしでは、その足しか見えない。都市の人間ではそう見られない程の、むき出しの太ももが、すらりと伸びていた。
 数分前、道端で一組の男女が手を振っていた。私は思わず車を止めた。急いではいたが、そのくらいの余裕はあった。
 だけど、そんなことするんじゃなかった、と気付くに時間はいらなかった。
 車を止めた瞬間、男は背中に隠していた銃を高々と揚げて、その口を半分だけ開いた窓ガラスの間にぐっと押し込んできた。
 そしてほとんどさわやかとも言える位に顔中に笑みをたたえながら、こう言った。

 容赦ない口調。でかい声。
 がたがたがたと銃口を上下にふり、ガラスをそのまま叩き壊しかねない勢いで、男は私に命令した。
 私はしぶしぶ、窓を開け、扉を開けた。
 困ったものだ、と思った。友人の忠告は素直に聞いておくべきだった。こんなとこで死にたくはない。それが近々誰にでも共通に来るものだとしても、まだやることがあるのに。
「素直だねえ? 出なよ」
 かかか、と男は笑った。
 まだ若い。少なくとも、私よりは若いだろう。脱色した髪、やせた身体、趣味の悪い柄と色のシャツと、黒い色あせたジーンズ。
 男はそのまま車内へとぐっと手を突っ込み、私を引きずりだした。細いのに、大きな手は、妙に力があった。
 抵抗の一つもしようと思えばできたのだろうが、胸にマシンガンの銃口を突きつけられたままなので、どうにも身動きがとれない。だらだらと脂汗がわきの下に染みを作っているのが判る。嫌な感触だ。臭ってきそうだ。
 ほら、と男は私を女の方へと突き飛ばした。
 女の手にも同じマシンガンがあった。奇妙なもので、同じものなのに、何となく男のものより大きく見える。

 その白い肌に、引きつった様な跡がびっしりと広がっていた。私は思わず顔を上げた。
 だが次の瞬間、しまった、と思った。
 真っ赤な唇が、最初に視界に飛び込んだ。そして次に視界に入ったのは、銃の背だった。
 頭の横に、ひどい衝撃が響き、今度は本格的に地面に転がった。
 砂ぼこりに私は思わずむせた。その肩を、女は靴の堅い、厚いかかとで一度、強く蹴りつける。痛みに私は思わず声を上げた。

 女はそう男に向かって訊ねた。ちっ、と男は舌打ちをする。大げさに手を広げて、呆れた様に声をひっくり返す。
「ダメだこりゃ」
「駄目だって何よそれ!」
「オレの知ってるタイプじゃねーよこれ。何だよこれ。ハンドルが丸いじゃねーか!! どこの都市だよ、こんな旧式のヤツ!」
「ぎゃーぎゃーうるさい、この無能!」
 腰に空いた手を当て、吐き捨てる様に女は言う。私を蹴りつけたその足で、今度は車のボディをがん、と蹴りつけた。ああ、と私は殴られた頭をさすりながら、ため息をつく。友人からの借り物だというのに。トクシマには何って言い訳をすればいいんだろう。
「知るかよ! とにかくミル、オレぁこんなの、運転できねーからな?」
「んなこと言って、どーすんよ! 時間無いって言うのに」
「…まだお前、殺しちゃいねーよな」
 ほこりを払いながら私が立ち上がろうとしたところだった。ふと男の方を見ると、どうもこちらへと近づいて来ようとする。
 思わず私は後ずさりする。しかし行き場は無い。さっきから、道路の端で、アスファルトを突き破った大柄なクローバァが、風も無いのにうねうねと動いている。直接危害を加える訳ではなくても、近づきたくはない。花ではない、花もどき。「でざいあ」と呼ばれる、集合生物。どんな姿にもなれるが、一番この地上で多いのは、花の姿だ。そして人の整備したアスファルトを、隙あらば割り崩そうと舌なめずりをしている。
 同じ様に舌なめずりをしながら、男は私に近づいてくると、にこやかに笑いかけた。
「なあおにーさん、あんた東府へ行くよな?」
 私は黙っていた。殴られた頭に手を当てると、こぶができているようだ。何となく、言いたくない様な気がしていた。
「これなあに?」
 あ、と私は声を上げた。男の手には、金属の小さなケースが握られていた。
「いやあ奇遇ね。オレ達も東府へゆくのよ」
 そう言いながら、男は四角いケースを時々上に放り投げる。だらだらと脂汗が、また流れだす。
「や…やめてくれ!!」
 思わず叫んでいた。頼むから、それだけは。
「うん、そーだね。大事なもんだよねー。返してもイイけどさぁ、おにーさん、ちっとばかり、オレ達の頼みも聞いてくんない?」
 にこやかに。実ににこやかに、男はケースをぐっと握ると、私の前に突き出した。
「この車で、オレ達も乗せてってよ」
「下手なことしたら殺すよ」
 女は真っ赤な唇を開いて物騒な言葉を吐く。
「…乗せてくよ。だから返してくれよ」
「そーだね」
 そう言うと、男はくっと掴んだケースを、ジーンズのポケットに突っ込んだ。そんな場所に突っ込まれて、壊されたら。私は思わず手を伸ばしていた。すると今度は手首に強い衝撃が走った。女が銃身で殴りつけたのだ。青あざができたのは確実。だが。
「お願いだ、頼む。それはどうしても…」
 痛む手を押さえながらも、私は言った。
「心配しなくても、こわさねーよ」
 ぽん、と男は言葉を投げる。
「ちゃんと東府までたどりついたら、返してやるさ」
「そーだよねえ」
 切れ長の、少しつり上がった目で、女は私を見据える。
「一組一つって決まってるんだからさ、このタマゴは。あたし等がもらってもねえ」
 その笑顔。思い出した。行く時の見た、共同掲示板の、新聞の写真。彼らは、指名手配中の連続銀行強盗犯だった。名前は確か…
「ちゃーんとあたし等のも、持ってるんだろーね? ナガサキ」
 …思い出した。ナガサキとミル。
 この国で今一番危険な、二人組だ。   





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最終更新日  2006.04.10 20:57:56
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