炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.11.08
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カテゴリ: 時代?もの2
 一月の間、仲忠、仲頼、行正の三人は吹上に滞在することとなった。
 三日の節句には、神南備種松が手づから彼等の為にもてなしをしてくれた。それだけではない。彼等の連れてきた供人達の席をもずらりと並べ、大饗宴が行われた。
 酒を酌み交わすはもちろん、食卓の打敷に描かれた胡蝶や鶯などを題材に、あるじである涼共々歌を詠む。
 ほろ酔い加減の中、誰かしらが楽を始める。
「君も一つ、どうですか」
 涼は仲忠に勧める。仲忠は黙って傍らに置いていた袋を彼に差し出す。
「あなたに」
「何でしょう?」
 やや、と開いた途端、仲頼も行正も声を上げた。

 仲頼は思わず身を乗りだし、涼の手の中にあるものに目をやる。
「琴の琴ですね。…何やら実に、手にしっくり来る」
「『やどもり風』と言います」
「ああやっぱり!」
 行正もまた嘆く。
「…祖父、とおっしゃると、あの治部卿、清原俊陰どのですね」
「はい」
 仲忠は薄く微笑む。
「祖父が外つ国から戻って来た時には、この他にも幾つかあったのですが、あちこちに散らばってしまって」
「…そんな貴重なものを。いけない」
「いいえ。これは母の勧めでもあるのです」

 仲忠の母のことは、涼も噂で聞いていた。右大将兼雅の一の人。自分の異母姉である女三宮を正妻に持つにも関わらず、いつの間にかそのひとの元にしか居着かなくなったと。
 それだけではない。それまで住んでいた一条の家に、何人もの妻妾を囲っていながら、三条の北の方が出来てから、もう足も向けていないと。
 それ程の方だ、と人々は噂する。
 と同時に、どれ程の方だ、と邪推もする。
 それがどちらかは涼には判らない。だが目の前の仲忠に似ているなら―――それは大層な麗人ではないかと思うのだ。 

「それを私に。…それは何と嬉しいことだ。しかしできれば、君にこれで一曲弾いてもらいたいものだが」
「僕の手など、大したものでは無いです。もうずいぶん弾いていないですから、かき鳴らすことなど、考えもしてなくって」
 仲忠は素っ気なく言う。ああまただ、と仲頼はびしゃ、と額を叩く。
「…あ、その、仲忠はこういう奴ですから」
「いえいえ、琴を弾かれる方は、その時を選ぶべきだと思いますからね。彼が弾きたくないのなら、今はその時ではないのでしょう」
 涼はやどもり風の調子を合わせ、一曲弾き始めた。
 三尺六寸の琴は、和琴や箏に比べ小振りである。だが太さの違う七弦をそれぞれ異なった調子で合わせた時、琴はどんな楽器よりも幅広い音を作り出す。
 やがて、皆それにつられるかの様に、ある者は笛を。ある者は箏を。またある者は声を張り上げ、いつの間にか宴の場には音が溢れていた。
 笛を手にした仲頼はすっかりいい気分になって言う。
「主上の御前で色んな節会ごとに、皆腕前を惜しむことなく演奏するけど、俺は今日のこの合奏ほどに素晴らしいものは無いと思うぞ」
「左大将どのの春日での宴の折りの演奏も素晴らしかったけど、私も今日の方が楽しいです」
 琵琶を手にした行正も言う。
「それにしても、涼さんの琴は、珍しい手ですね。祖父の奏法にも何処か似ているかも」
「俊陰どのにですか。それは光栄だ。私の師匠は、既にこの世には亡い人ですが、そのことを聞けば、きっと喜ぶでしょう。ところで」
 顔を向けられた行正ははっとする。
「左大将、正頼どののところに美しい方がおられるとか」





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最終更新日  2006.11.08 22:32:08
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