炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.11.10
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カテゴリ: 時代?もの2
「あなたはどう思っているか知らないけれど、私はあの方、一番困った人だと思うわ」
 少女はまくし立てる。
「そうかしら。一番熱心じゃないの」
 別の少女がうっすらと笑む。
「確かに一番熱烈なお文を下さる様だけど、私はあの方、いまいち好みじゃあないわ」
 更に別の少女は脇息に頬杖をつきながら言う。
「あなたはもっと若くて綺麗な方がお好きだものね」
「あら、それはあなたも同じでしょう?」
 くすくす、と三人の少女達が笑い合う。

 その顔は薄く笑んでいる。
「あなた自身はどうなのよ、あて宮」
 うっすらと笑む。
 その唇に答えは無い。

 都の三条大宮に広大な屋敷が建っている。左大将、源正頼邸である。
 三条殿と呼ばれるそこには、彼とその妻子、そしてその連れ合いが同じ屋根の下に暮らしている。
 正頼の二人の妻からは息子が十二人、娘が十四人生まれている。
 二人の妻のうち、帝の妹君である大宮から生まれた子供達は特に出来が良かった。
 女御となっている大君を始めに、息子達は将来を嘱望され、娘達には次々と求婚者が現れた。
 中君から七の君は既に婿が通う身である。宮や大臣、もしくぱ将来を期待される若者の元に彼女達は縁付いている。八の君も既に相手は決められている。
 故に現在、男達の視線は、その下の娘達に向けられている。

 九の君、あて宮。
 彼女はそう呼ばれている。

「また黙って。あて宮には誰が好きとか、そういうのは無いの?」
 少女の一人はぐっと身を乗り出す。
「あなたはいつもそうやって本当のことを知りたがるのね、今宮」

 あはは、と口を大きく開けて今宮と呼ばれた少女は笑う。
 彼女はあて宮の一つ下の十の君である。
 顔立ちは姉と良く似ているが、耳に掛け、後ろで括った髪、地味な色合いの細長がまるで別人の印象を与える。
「あなたの乳母が嘆くわよ、また」
「構わないわよ。ねえ一宮」
 脇息にもたれていた少女に呼びかける。少女は身体を起こし、ねえ、と今宮と声を揃える。
 彼女は今宮と同じ歳。姉妹ではなく、姪にあたる。彼女達の一番上の姉の娘で、帝の女一宮である。
 女御が生んだ宮は皆、この三条殿で育てられた。
 特にこの女一宮は、あて宮と今宮、そしてもう一人、八の君ちご宮と一緒に居ることが多かった。
 そして女が集まると姦しい。
 この頃の彼女達の話題は、あて宮の求婚者に集中していた。
「今までどれだけの人から、あて宮はお文を頂いたかしら?」
 一宮が訊ねる。
「沢山よね」
 ちご宮は答える。それに応える様に、今宮は指折り数える。
「確か、右大将さま、平中納言さま、源宰相さま、兵部卿の宮さま、良兵衛佐さま、藤侍従さま、源少将さま、それに一宮、あなたの兄宮もね」
「上野宮や、致仕の大臣、それに滋野の宰相なんてどう?」
 一宮が面白がって付け加える。彼等三人はある方面では有能だが、多くはその奇行ぶりで冷笑の的となる者達だった。
「嫌なことを思い出させないで頂戴な」
 あて宮は歌う様につぶやく。表情は変わらない。
「ああ、それと何と言ってもこれを忘れてはいけないわ。東宮さまもその一人!」
「どの方が一番素敵だと思う?」
 一宮は皆に問い掛ける。
「難しいわねえ。皆それぞれに素敵な方じゃないの。それに私にはもうその話をしても仕方ないでしょう」
 ちご宮は苦笑する。
「ああ御免なさい。でもそれはそれとして」
「それはそれとして?」
「そう、それはそれとして」
 それなら、とちご宮は首を傾ける。
「何と言っても、姿が素晴らしいのは、藤侍従仲忠さまかしら。美しい方よね。でも私、良佐さまの声は好きよ」
「あの方は確かにいい声だわ。でも少し軽薄そうに感じるのよね」
 今宮は軽く眉を寄せる。
「姿なら私も同じだわ。仲忠さまが一番よね。今都の若い方で、あの方に勝るひとなんて居るのかしら」
 ねえ、と振ると一宮は大きく首を横に振る。
「蹴鞠の時の少将仲頼さまは格好良かったわ。あの方は動いている時の方が格好いいのよね。仲忠さまは全然そういうことはしないのが残念」
「お父君の方は? ねえあて宮」
「立派な方ね」
 短く答える。三人の少女はまただ、と吐息をつく。
 今宮は思う。一体、この姉には好きとか嫌いとかいう感情があるのか、と。





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最終更新日  2006.11.10 23:00:10
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