炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.11.26
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カテゴリ: 時代?もの2
 彼等が都に戻ったのは四月四日のことだった。

「すぐに皆さん帰ります?」
 問い掛ける仲忠に仲頼はいや、と首を横に振る。
「俺はそのまま宮内卿の家に戻る。お前等も一緒に来い。やっぱりあの親父様にはきちんと挨拶をしなくてはな」
 笑いながら誘う仲頼に、そうですね、とうなづきながら行正は宮内卿のことを思う。
 宮内卿忠保の家は、仲忠や仲頼の実家の様に生まれながらに裕福なところではない。

「…何でも、あの殿は仲頼さまを婿にお取りになってからのお世話で、ずいぶんと物いりだったそうです」
 目端のきく女房が、彼に何かと伝えて来る。
「この今の世の中、どれだけ美しい娘であろうと、物持ちで無い限りそうそう通う男など無いところに、仲頼さまを婿にできたことが何よりもの喜び―――とばかりに、先祖代々の財産や、女の方には無くてはならない髪道具の一式まで、惜しいと思われる様なものはずいぶんと売ってしまわれた様です」

「しかし仲頼が仲頼らしく過ごすには、ずいぶんな費用が必要ではないか?」
 自分と同程度に帝のおぼえめでたいとしたら。自分は先の帝、嵯峨院のおかげで独身でありながら困る様なことは何もない。だが一度婿取りされてしまったとしたら。
「はい。ですからあの方が婿入りされてからここ数年のうちに、長年年貢や地代を待って家計に当てていた近江の土地も売ってしまわれたそうです」
 行正はそれを聞いて眉をひそめた。
「仲頼はそれを知っているのだろうか」
 女房はいいえ、と首を横に振る。
「向こうの女房に聞いたところ、婿君には決して悟らせない様に、とのことでした」
「そういうところは全くもって、鷹揚な奴だからな」
 そこまでして尽くしてくれる舅が居ながら、どうして奴はあて宮に恋などしてしまったのだろう、と行正はしみじみと思う。
 少なくともこの直情型の友人が、左大将に繋がるのを目的であて宮に文を送っているとは思えない。そんな器用な奴ではない。
 だとしたら、直接姿を見たか、声を聞いたか、はたまた名手と言われている琴の音を聞いたか。いずれにせよ、あて宮そのものに惹かれなくては彼が動くことはないだろう。

「はい。…正直、失礼ながら、仲頼さまが少し憎らしゅうございます。何でも随身を含めた旅支度のために、節会の時にだけ取り出す太刀を質に入れたということでございます」
「きっとそのことも、決して仲頼には気付かせないのだろうな。奥ゆかしい人だから」
 実際、出かける時の支度はきちんとしたものだった。供人も、道中の食料も吹上までの充分なものが用意されていた。
「仲頼さまの北の方は『正月の節会にはどうなさるのですか』と驚いたそうですが、父君は『今年の稲が豊作だったらすぐ返せるよ。心配はない』とおっしゃったそうです」
 しかし稲が豊作かどうかなど、決して思う通りに行くものではない。苦労を知っている人がそのことに気付かないはずはない。

 と同時に、友の心を奪うあて宮が、恋しいながらも多少憎くも感じられた。

 宮内卿宅では早速、彼等の帰りを祝ってささやかな宴がひらかれた。
「あちらは如何でしたか? 浜辺のご馳走に満腹しておいでになっては、この山里など大したものではないでしょう」
 宮内卿は謙遜して言う。仲頼は答える。
「いえ、こちらが気掛かりで、おちおちご馳走も頂く気持ちになれませんでした。どれだけ美しい景色、素晴らしいもてなしを受けたとしても、側に居るべきひとが居ないことには…」
「そう言って下さるのは非常に有り難いです。これからも大事にしてやって下さい。私達の大切な娘です」
 宮内卿の言葉が、行正には非常に重く響いた。
「そう言えば、お土産があるのです」
 仲頼はそう言って、吹上からの土産ものを持って来させる。
「これはまた良いものを…」

 吹上では様々な贈り物を彼等は受け取っていた。種松は涼のためなら、とばかりに精巧な細工物を三人に用意させていたのだ。
 まず銀でこしらえた「はたご」一掛。普通なら馬の食料を入れる竹籠である。その山形の蓋を開けると、唐の綾と、羅や紗といった美しい布が積み重ねられている。それを沈木で作った鞍を置いた銀の馬に引かせ、更にその馬を銀で作った男に引かせている。
 次に沈木で作られた破子。これも普通なら道中の食事を入れるものであるが、ここでは丁字、沈香、麝香やその他の薬、練り香の材料を破子の中の乾飯やおかずを模して詰めている。それをまた沈木で作った男に引かせている。
 一緒に蘇芳の箱に―――普通は竹で編むのだが―――色々の唐の組み紐で籠の様に編んで箱にかぶせたものに、上等の絹をそれぞれ三十匹入れて、蘇芳の馬に背負わせ、同じ男に引かせている。
 また洲浜も新たに用意された。銀を散らした鋳物の海、造花を付けた沈木の枝を沿えた、合薫物で作った島。銀や沈で作った鹿や鳥も置かれている。海には大きな黄金の舟。そこには薬や香の入った袋、沈の折櫃や金銀瑠璃の壺が載せられている。折櫃には銀の鯉や鮒、壺にはそれに似つかわしいものを入れ、麻で結んである。
 それに加え、帰りの旅行用の装束を「一日一装」ということで一人につき三装、それに被物として、女装束を一襲づつ。
 加えて、それぞれに動物の贈り物もあった。
 仲忠には様々な班馬に美しい馬具一式を付けて四頭、黒斑の牛を四頭、鷹と鵜を四羽づつ。
 仲頼と行正も同じ様なものだが、馬は黒鹿毛で、牛は堂々とした暗黄色のものだった。
 道中の食料も用意されただけでなく、また別に米をそれぞれに二百石入れた舟を二艘づつ送っている。
 北の方からは銀の透箱を送られた。それぞれに黒方の香木の墨、砂金、金幣、銀幣が入っていた。

 このうちの沈の破子を仲頼は宮内卿に送った。 
「義父上、それに加えて、牛も四頭頂戴致しました。ぜひ受け取って下さい。それに妻と義母上には」
 と、透箱を渡した。
 ありがたいことだ、と宮内卿はうっすらと涙ぐんでいた。





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最終更新日  2006.11.26 15:27:36
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