炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.11.26
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カテゴリ: 時代?もの2
 翌日のことである。

 その日、左大将は中の大殿で最愛の娘の琴を楽しんでいた。
 中君からちご宮までの姉達もそれをうっとりとして聞いている。
 女達は音の流れを邪魔しない様に、しかしそれでも話をすることを止められない。
「…やっぱりあて宮の琴は格別ね」
「羨ましいわ。どうしたらあんな風に弾けるのかしら」
「でもあて宮が稽古とか熱心にしているのを見たことがあって?」
「私は無いわ」
「私も」

 さざめく様な小声が、御簾の中で交差する。
 と。
「四郎、どうしたの」
 中君が弟の姿を認めた。
「お久しぶりでございます、姉上。父上、少将仲頼が参りました」
 息子の一人の声に、ああ、と左大将正頼は顔を上げた。と同時に琴の音も止む。
「仲頼が戻ってきたのか、しばらく噂にも聞かなかったが、遊び歩いているうちに斧の柄も朽ちてしまったらしいな」
 ほほほ、と女達の笑い声が響く。
「一体何処へこの一月行ってきたのやら」
 そう笑いながら、呼び寄せる様に息子に命ずる。
「ここでお会いしよう」

「お久しぶりでございます」
 仲頼は深々と挨拶をする。
「どうしたのかと思っていたよ。ここの所、内裏でも姿を見ないし、うちにも来ないし」
 皆寂しがっていたぞ、と左大将は軽く皮肉めいた口調で言う。
「大変恐縮にございます。粉河の寺にちょっとした願を果たしに参ろうと存じまして、紀伊国に行きましたところ、不思議な方と巡り会いまして、帰京できませんでしたのを、やっと昨夜戻ることができました」

 ほら来た、と仲頼は思った。
 仲頼ら内裏の人気者が揃って吹上へ行ったことは、表沙汰にはなっていないが、周知のことだった。
「かの国の政人、神南備種松という者の孫にあたる源氏の君がその途中に住んでおいでなのです」
「ほぉ」
「そこに近衛司の将監の松方が居りましたのを見つけて立ち寄りましたところ、あるじの君が一日二日、馬や牛を休めてから帰京なさいとお止めになりましたので」
「しかし一日二日では済まなかった様だな」
「それはもう。世に言う西方浄土に生まれた様な気持ちになる場所です。四面八町を金銀瑠璃など目の眩む様なもので造り磨き、周囲には千もある供養塔や、金堂や講堂、その他色々な建物が限りなく立ち並び、孔雀や鸚鵡が鳴かないばかりの荘厳なところに住んでおいでです」
 女達の口からもため息が洩れる。
「…でまあ、実際のところ、見たものをそのまま申し上げることもできませんので、あちらの様子を少しでもお解りになっていただこうと思い、本日はあちらのお土産を持参致しました」
 なるほど、と左大将はうなづく。
「それは楽しかったろうに。確かにその昔、神南備の女蔵人から帝の御子がお生まれになっていたとは聞いていたが。そう、あの女蔵人は父親の身分は低かったが非常に品良く美しく、ちょっとした気配りも細かい、心憎いまでの床しいひとだった」
「出立する前に立ち寄った右大将どのもそうおっしゃってました」
「さもあらん」
 ははは、と口を大きく開けて左大将は笑う。
「兼雅どのはまだ子供だったろうに。さすが天下の好き人と言うべきか」
 いやいや、と扇をひらひらと振る。
「本当に素晴らしい人であったから、子供の心すらときめかせたのであろう。しかしここ数年来、噂も聞かなかったのだが、その若君はどんな風にご成長なさっていたのかな」
「まことに素晴らしい方です。姿形はともかく、どことなく侍従仲忠と似通ったものを感じました」
「しかし、琴ばかりはそうはいかないだろう?」
「いえ、それが、琴の方もなのです」
「何」
 え、と女達も思わず身を乗りだした。
「仲忠と言えば天下の名手。帝すら彼に弾かせるのは至難の業と言われている。その彼に勝るとも劣らないというのかね?」
 そうよそうよ、と女達も小さな声で抗議する。何と言っても仲忠びいきの者がこの場には多かった。
「少なくとも聞いた自分の耳にはそう感じ取ることができました。仲忠がその場では弾くことを拒みましたので、比べることはできませんでしたが…」
「ふむ。誰と誰が一緒だったのかね?」
「仲忠と行正を誘いました。他も近衛司人の中から選んだ者ばかりで」
「何とまあ、贅沢な旅だったのだな。それだけの者が集まって何かと遊んだとは! 道理で内裏も閑散としていたものだ。帝も話をお聞きになれば悔しがられるのではないかね?」
 恐縮です、と仲頼は顔を赤らめる。
「しかしその吹上の宮というところは何というか、凄いところの様だな」
「いやもう、本当に凄いです。種松という男は大層な物持ちです。その彼からのお土産と言って持たせてくれた物の一部をお目にかけましょう」
 そう言って、仲頼は持参した馬二頭と、鷹二羽、それにはたごを背負った銀の馬の細工を左大将に見せた。
「ほぉ、これは面白い」
 左大将は細工の馬を手に取ると、あっちに返しこっちに返し、どうなっているのかと興味津々の様子である。
「おい、ちょっとお前達の婿君や子供達も呼んでおいで。面白いものがあるからと」
 早速呼ばれた男達も、特に子供達が、馬のひとりでに動くからくりに目をむいていた。
 仲頼はやや得意になって言う。
「これは頂いたものの千分の一に過ぎません。こういう玩具の様なものだけでなく、実用品も色々ありました。いやもう、何の気なしに都を発ったのですが、思いがけない物持ちになって帰ってきてしまいました」
 すると左大将は笑って。、
「それはまた羨ましいね。わしも近衛府の役人になって行ってみたいものだ」
 いやもう、と仲頼は照れるばかりだった。





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最終更新日  2006.11.26 22:23:54
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