炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2009.01.13
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カテゴリ: 時代?もの2
 さて、ここには犬宮の世話をしていた典侍が来ていた訳だが。
「犬宮さまの御湯殿のために参上しておきながら、ここにこうして招かれてしまっていること、きっと仲忠さまもご機嫌を損ねてしまわれているでしょう。普段並々ならぬご厚意を頂いている身と致しましては、このまま誰かに御湯殿を任せておくのは非常に心許ないと思いますので…」
 そう言いながら今宮の前から退出しようとする。彼女はよく事情を知っていたので、そこは快く了承しつつ、こう付け加える。
「今日はどうもありがとう。向こうは確かに大変そうですからね。ただこちらにもこういう折のことを良く知った者はそう居ませんので、頼りになる者が時々来てくれると嬉しいのだけど」
「ええ、ええ、時々で宜しいのでございましたら、ぜひ通わせていただきます。何と言いますか、あれ程賢い殿に、こちら様が私を随分労ってくれているので長居をしているのではないか、と思われるのが大層私も恥ずかしく思われまして」
「まあそう思うのも当然でしょうね」
 そう言って今宮は微笑む。
「ところで典侍よ、犬宮はどんな子なのだろうか?」
 そこへ母大宮が口を挟む。

「まあ縁起でもございません! もうただ父君を小さくした様なお可愛らしいお美しい赤さんでございます。あの折は、仲忠さまが一日に二度も三度も御消息文をお送り下さいましたが、その都度『犬宮を誰にも見せないように』とばかりありましたから、それで皆つい」
「そうなの。だったら良いが…」
「大きくおなりあそばしたら、藤壺の御方よりもお美しくおなりにございましょうよ」
「さあて、どれだけ美しくとも、あまり周囲で騒ぐというのは聞き苦しいものだよ」
 そう正頼が言ってその場が治まった。
 典侍にはこのお産の被物として、御衣櫃に女の装束を一具、夜の装束を一具、絹を三十匹、あと綿などを入れて持たせた。

 さて戻った仲忠は、と言えば。
 彼はひたすら昼の御座所に犬宮を抱いてごろごろしていた。女一宮も一緒に親子水入らず、のんびりとしていると、やがて涼からの祝いの品々が届けられた、との知らせが入った。
 どれ、と仲忠が見ると、これがまた、涼らしい豪華なものばかりである。
 まずは、藁の代わりに糸を使った白い組緒であらまきの様にし、そこに腹赤に似せた一包みの絹を括り、そこに五葉の作り枝をつけたものを全部で十。
 同じように絹で作った鯛や鯉も、あたかも生きて動いている様にして、作り物の五葉の松の枝につけられていた。

 銀の折櫃には沈木で拵えた鰹、黒方で拵えた壺焼きの鮑、海松と青海苔は糸で、甘海苔は綿を染めて作られている。
 全てそれらは先の銀の折櫃の中、綾を強いた上に載せられている。
 また衝重には蘇芳の木で拵えた食べ物が入れてある。
 仲忠は一緒に送られてきた洲浜を見やると、そこには涼の手で書かれた歌が添えてあった。

「―――絶え間なく流れる水が澄んで、君の影が移り住み、汀に立った鶴が君に代わる程成長してくれるといいな」



「人はお金にかけては将来を思って大切にするのに、君は自分のものになった碁代すらすっかり忘れているんだね。中にはお金に汚い上達部も居るのにね」

 祐純のことか、と仲忠は苦笑する。確かにあれは見苦しかった、と彼は思う。
 早速仲忠は返しを書く。

「碁代を預けたら黄金に変わったんじゃないですか? そんなとこでどうですか」

 と軽く。





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最終更新日  2009.01.13 21:47:46
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