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国士無双「国士無双」『史記』国士ということばは、もはや死語になったのかもしれません。むかし、と言っても戦後のことだが、ある雑誌が「日本の国士」という特集をしたことがありました。しかし、並んでいる顔ぶれは、学者、評論家のたぐいで、その線の細さに苦笑を禁じえなかった記憶があります。かりに今同じような特集をしたら、もっと違和感が強いかもしれません。ということは、国士のイメージにふさわしい人物は日本の社会からほぼ完全に姿を消したということでありましょう。「国士無双」ということばも、今ではマージャン用語として残るのみです。ちなみに「国士」とは、国を背負って立つような大人物です。「無双」とは二人とない、という意味です。もともとは、漢の高祖劉邦に仕えた韓信という将軍を評したことばです。しかし、考えてみれば、国士のような人物が現われて国をリードするような時代は、あまりいい時代とは言えないのかもしれません。「くたばれ、国士!」であります。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 31, 2012
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徳は才の主、才は徳の奴なり「徳者才之主、才者徳之奴」『菜根譚』立派な社会人となるためには、どんな条件が必要なのでしょうか。一つは才能(能力)です。これがなかったら、きびしい現実を生き抜いていくことができません。では、才能さえあればそれで十分かと言えば、けっしてそうではありません。もう一つ「徳」すなわち人格的な要件を必要とします。才能と人格、これは車の両輪のようなものだと言っていいです。では、この二つの要件のうち、どちらが重要なのでしょうか。『菜根譚』によれば、人格のほうが主人で、才能は召使いにすぎないのだといいます。そして、こう付け加えています。「才能には恵まれても人格がともなわないのは、主人のいない家で召使いがわがもの顔に振舞っているようなものだ。これでは、せっかくの家も妖怪変化の巣窟と化してしまう」よくやり手の人物が意外なつまずき方をするが、それはやはり才能(能力)だけが先走って人格(徳)がともなっていないからにちがいありません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 30, 2012
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草創と守成といずれか難き「草創与守成孰難」『貞観政要』名君として知られる唐の太宗が、あるとき、重臣たちを集めて、「帝王の業、草創と守成といずれが難きか」と、たずねたことがありました。「草創」は創業、「守成」は、「成るを守る」で、すでにできあがったものを守っていくことです。一人の重臣は草創のほうがむずかしいと答え、もう一人の重臣は守成のほうがむずかしいと答えました。二人の言い分を黙って聞いていた太宗は、やがておもむろに口を開き、二人それぞれに理のあることを認めたうえで、こう語りました。「翻って考えれば、草創の困難はもはや過去のものとなった。今後はそちたちとともに、心して守成の困難を乗り越えていきたい」こうして太宗は異常な決意をもって守成の時代に対処するのであるが、その苦心経営ぶりは『貞観政要』という本にまとめられています。現代の守成の時代を担っているリーダーも、太宗の苦心に学んでほしいところです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 29, 2012
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時務を識るは俊傑に在り「識時務者在乎俊傑」『三国志』「時務を識る」とは、現代とはどういう時代なのか、時代の流れをしっかりとつかみ、そのなかで何をなすべきかを知っているということ。それができるのが、すなわち「俊傑」なのだという。『三国志』の劉備が荊州を寄せて不遇をかこっていたとき、司馬徽という人物をたずねて意見を求めた。司馬徽が語るには、「儒生俗士、あに時務を識らんや。時務を識るは俊傑に在り。この間に、おのずから伏竜、鳳雛あり」と言って、伏竜の諸葛亮、鳳雛の?統、二人の人物を紹介した。やがて劉備はこの二人を軍師に迎え、それがキッカケとなって大きく羽ばたいていくのである。これでみると「俊傑」とは、1.時代に対する深い洞察力、2.適切な企画力、この二つを兼ね備えた人物を指すらしい。これはまた現代を生きるための条件でもあろう。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 28, 2012
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衆心は城を成し、衆口は金を鑠かす衆心成城、衆口鑠金『国語』大勢の人間が心を合わせれば、城も築けるような大きな力を発揮します。大勢の人間が口を合わせれば、金をも溶かすような恐るべき力となります。前者は良い意味で使われるが、後者の「衆口」は、人の噂や非難中傷のたぐいで、恐ろしいといったニュアンスで使われます。この「衆心成城、衆口鑠金」ということばは二千数百年まえから諺のように使われていたらしいが、現代でも、そのままのかたちで使われています。珍しい例と言ってよいが、それだけこのことばの語っている内容が時代を越えた普遍性をもっているということでありましょう。「衆心成城」、これはよいでしょう。問題は「衆口鑠金」のほうです。日本でも「人の噂に戸は立てられない」といいます。非難中傷にしても、ちゃんとした事実にもとづいたものなら致し方ないが、根拠のないものも結構多いです。それで一生を狂わされたりする例もあるから、はなはだ厄介です。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 27, 2012
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笑って答えず、心自ら閑なり「笑而不答心自閑」『古文真宝』唐代の詩人李白の「山中答俗人」(山中にて俗人に答う)と題する詩の一節です。まず、原文を示しましょう。問余何事栖碧山 余に問う 何事か碧山に?むと笑而不答心自閑 笑って答えず桃花流水杳然去 桃花流水 杳然として去り別有天地非人間 別に天地の人間に非ざるあり世間の人々は、どうしてこんな山奥に住んでいるのかとたずねる。私はただ笑って答えないが、まことにのんびりとこの環境を楽しんでいるのだ。ごらん、桃の花びらが川面に浮かんでゆったりと流れ去り、俗世間とはまったく異なる風情があるのではないか。時には、こんな一時をもってみたいものです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 26, 2012
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天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ「先天下之憂而憂、後天下之楽而楽」『文章軌範』憂うべき事態は人々が気づくまえに察知して解決に奔走し、楽しみごとは人々に楽しんでもらってから、自分はその後で楽しむ。略して「先憂後楽」といい、リーダーのあるべき心構えを語ったことばだとされています。宋代の范仲淹という政治家の書いた、『岳陽楼記』と題する文章のなかに出てきます。ちなみに范仲淹は、この文章をつぎのように結んでいます。「廟堂の高きにおいては則ちその民を憂い、江湖の遠きに処りては則ちその君を憂う。これ進むもまた憂い、退くもまた憂う。然らば則ち何れの時にか楽しまんや。それ必ず天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむと曰わんか」これは范仲淹自身の決意表明であったわけだが、現代のリーダーにも同じことが望まれるでありましょう。いつの時代でも、人々は「先憂後楽」型のリーダーが現われるのを待っているのであります。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 25, 2012
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富は足ることを知るに在り「富在知足」『説苑』どんなにお金をため資産をふやしたところで、これで十分だということはないらしいです。できれば、もっとふやしたいと、誰もが願っています。だから、ふやすことによっては本人の満足感は得られません。そういう意味で、「富」というのは、本人が満足したところにあるという指摘は、十分な説得力をもっています。『韓非子』に、こんな話が載っています。あるとき、斉の国の桓公という王様が宰相の管仲に向かって「富には限界があるものあるだろうか」とたずねたところ、こんな答えが返ってきたといいます。「水の限界は水のなくなるところ、富の限界は、それに満足するところにあります。しかし人間は満足することを知らず、ついに身を滅ぼしてしまいます。あるいは、これが限界かもしれません」「富」を追求するのもいいが、それによって身を滅ぼすような愚かさだけは避けてほしいものです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 24, 2012
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大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず「大行不顧細謹、大礼不辞小譲」『史記』「大行」は大きな仕事、「細謹」は細事を謹むことです。「小譲」は小さな謙譲。二つ合わせて、「大事をまえにしては小事にこだわる必要がない」という意味になり、決断を促すときに使われます。劉邦が秦の都咸陽に入城したときのこと。遅れをとった項羽は劉邦に向かって怒りを爆発させ、総攻撃の準備にかかりました。急を知った劉邦はみずから項羽の陣どる鴻門におもむいて謝罪を申し入れます。席上、項羽の参謀范増に命をねらわれるが、ひとまずその場はおさまって酒宴となりました。劉邦は手洗いに立ったのをしおに、そのまま帰陣しようとします。が、項羽に暇乙いしてこなかったのが気にかかります。そのとき、お供の樊?がこのことばを引いて、「いまのわれわれは姐上の魚も同然。命が危ないというのに、なんで挨拶などいりましょう」といって決断を促しました。史上有名な「鴻門の会」のひとこまであります。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 23, 2012
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己の欲せざる所は人に施すなかれ「己所不欲、勿施於人」『論語」就職試験ではないが、「きみの信条は何か」と聞かれて、むにや、むにや、と口ごもってしまうのでは、いささか淋しいような気がしないでもありません。信条というのは、努力目標です。これは誰の人生にもあったほうがよいでしょう。ところで、孔子の信条は、「恕」ということばであったらしいです。あるとき、子貢という弟子から、「この一言なら生涯守るべき信条とするに足る、そういうことばはありましょうか」とたずねられたとき、こう答えています。「それ恕か。己の欲せざる所は人に施すなかれ」人からされたくないことは、自分のほうからも人にしない、それが「恕」だといいます。他人の心をもって自分の心とすること、と言ってもよいでしょう。ことばにすると易しいようだが、いざ実行しようとすると、きわめてむずかしいです。こういうことをさらりと口にできるところに、孔子の大きさがあります。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
July 22, 2012
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天知る、地知る、子知る、我知る「天知、地知、子知、我知」『十八史略」後漢王朝の時代、清廉で知られる楊震という人物がいました。東?郡の長官に任命されて赴任する途中でのこと、むかし目をかけてやった王密という男が面会を求め、世話になったお礼だと言って、金十を贈ろうとしました。むろん、今後ともよろしくという意味です。楊震が断わったところ、王密は、「こんな夜更け、このことはあなたと私の二人だけしか知りませんから」と言って置いていこうとします。すると楊震は、「誰も知らないことはあるまい。まず、天が知っている、地が知っている、それに、そなたも知っているし、わしも知っているではないか(天知る、地知る、知る、我知る)」。王密は、恥じ入って引き退がったといいます。この話は、楊震の「四知」として知られています。官職にある者は、このくらいのきびしさが望まれるのかもしれません。そしてこれはまた、悪事はいつかは漏れるという教訓でもあります。【送料無料】中国古典一日一言
July 21, 2012
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先ず和して而る後に大事を造す「先和而後造大事」『呉子』『呉子』の注に、「和」とは「衆心の一致なり」とあります。組織の意志統一と言ってよいでしょう。大きな仕事をなし遂げるためには、これが欠かせないというのです。「和」には、二つのことが含まれています。第一に、経営トップの意志が末端まできちんと浸透していることです。これは言うまでもないが、もう一つ忘れてならないのは、下からの支持です。下の者が受動的に上の決定を受け入れるのではなく、自発的な意欲を燃やせるようなかたちでの「和」であることが望ましいです。命令や強制だけでは、「和」は生まれてきません。『呉子』は、「むかしから名リーダーは、まず部下を教育し、部下の団結をかちとることにつとめてきた」と語っています。ふだんの教育訓練なくして「和」は生まれないということです。こういう意味でも、社員研修はもっと見なおされてしかるべきなのかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
July 20, 2012
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軍に将たるの事は静にして以って幽なり「将軍之事、静以幽」『孫子』これもリーダーの心構えについて語ったことばです。「軍に将たるの事」とは、軍を率いるときの心構えです。それは何かと言えば、「静」であり「幽」であることだということです。「幽」とは、測り知れないほど奥が深いという意味です。つまり、リーダーというのは、もろもろの謀を胸の奥深く秘めてじっくりと構え、やたらに軽挙妄動したり、不安動揺を外に現わしたりするなというのです。これのメリットは、言うまでもなく危機管理に強くなることです。組織がピンチに陥ったとき、部下はまっ先に上の者の顔色をうかがうものだが、そんなとき、上に立つ者があわただしく動き回ったり、いかにも不安げな表情を浮かべたりしていたのでは、組織の動揺はいよいよ大きくなっていくにちがいありません。リーダーはいつも冷静沈着でなければなりません。そうあってこそ組織を掌握し、部下の信頼をかちとることができるのだといいます。【送料無料】中国古典一日一言
July 19, 2012
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聖人の治は民に蔵して府庫に蔵せず「聖人之治蔵於民不蔵於府庫」『韓非子』むかし、みずからの牙の重さに耐えかねて自滅したマンモスがいたといいます。現代でも、国民の生活を犠牲にして軍拡路線をひた走る国は、同じ恐れがないとは言えません。聖人の政治というのは、そんな愚かなことはしない、なによりも国民の生活を優先させ、国民の支持をとりつけることを最重点課題にするのだといいます。「民に蔵して府庫に蔵せず」とは、そういう意味です。たしかに国の基盤を固めるためには、軍備を増強するよりも生活の安定をはかり、無形の支持を高めるほうが正道なのかもしれません。これは企業経営についても同じことが言えるでしょう。社員の生活を犠牲にして利益を蓄積するようなやり方は長続きしません。あがった利益をきちんと還元してこそ、社員のやる気が引き出せるのです。これはまた、物よりも人を大切にする思想だと言ってよいかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
July 18, 2012
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人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う「不患人之不己知、患不知人也」『論語』「他人が一向に自分を認めてくれない、と不平をかこつのは筋違いです。自分こそ他人の真価を理解できずにいるのではないか、それを気にすべきである」これなども人間学の至言といってよいでしょう。これとほぼ同じようなことばが『論語』のなかに三カ所も出てきます。孔子という人は折にふれて弟子たちにこのことばを語りかけていたらしいです。われわれの場合を考えてみましょう。一所懸命仕事に打ち込んでいる。けっして人には負けないつもりだが、その割には報われない。こうなると、ついグチの一つもこぼしたくなるのが人情です。だが、グチをこぼしたところで、どうなるものでもありません。周恩来という人は、並の人間なら、不平不満を爆発させたくなるところを、グチ一つこぼさず党務に精励しました。それが、しだいにまわりの信頼を集める理由になったのだといいます。われわれも周恩来の生き方に学びたいところです。【送料無料】中国古典一日一言
July 17, 2012
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燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや「燕雀安知鴻鵠之志哉」『史記』「鴻鶴」とは、「色白く鶴に似て大なる鳥」とあります。具体的にはどんな鳥なのかわからないが、要するに大きな鳥を指します。燕や雀のような小鳥には、そういう大きな鳥の考えていることはわからないのだというにです。始皇帝の亡きあと、秦の圧政に抗してまっさきに反乱の兵を挙げたのが陳勝という人物であります。かれは若いころ、雇われ農夫として働いていたが、ある日、仕事の手をやすめて、ひとりごとをもらしました。「どんなにえらくなっても、仲間のことは忘れないようにしなくちゃ」そばで耳にした男が、雇われ者のくせに大きな口をたたくな、とせせら笑ったところ、陳勝の吐いたのがこのことばだといいます。「おまえらごときに、おれさまの考えがわかるものか」というわけです。「やらんかな」の気概は必要です。だがそれは心中深くもつべきもので、やたら人に漏らさないほうがよいのかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
July 16, 2012
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その不辜を殺さんよりはむしろ不経に失せよ「与其殺不辜、寧失不経」『書経』不辜とは、罪のない人。「不経」とは、法律に合わないこと、超法規的解釈です。現代の法曹界に「疑わしきは罰せず」という思想があります。こういう考え方がどこから出てきたのか、いつか友人の弁護士にたずねてみたら、ヨーロッパの人権思想から出たのではないか、という答えでした。この『書経』のことばも、意味するところは同じです。罪のない人間を殺すよりも、むしろ法律のほうを曲げたほうがましだというのです。ちなみに『書経』のことばをもう少し引用すると、つぎのようになっています。「罪の疑わしきは惟れ軽くし、功の疑わしきは惟れ重くす。その不辜を殺さんよりはむしろ不経に失せよ」ただし、このような考え方は、人権思想から出たヨーロッパの場合とちがって、為政者の徳を強調したものです。【送料無料】中国古典一日一言
July 15, 2012
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後生畏るべし「後生可畏」『論語』よく「後世」と書く人がいるが、これはまちがいです。「後生」とは、後から生まれた人、つまり若い人たちです。かれらはなにしろ若いだけに、将来、洋々たる可能性をもっています。それが「畏るべし」ということです。だから、「後生畏るべし」とは、若い人たちの将来性に期待をかけたことばです。しかし、可能性は現実性ではありません。孔子もこう語っています。「四十、五十にして聞こゆることなくんば、これまた畏るるに足らざるのみ」「聞こゆる」とは、必ずしも有名を意味しません。社会のなかで、しかるべきポジションを占め、ちゃんとした役割を果たしているということです。それに、孔子の時代の四十、五十というのは、格段に平均寿命の伸びた現代では、十年や二十年は延長させてもよいでありましょう。だがいずれにしても可能性を現実化するためには、ふだんの努力を惜しんではならないということです。【送料無料】中国古典一日一言
July 14, 2012
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これを望めば木鶏に似たり「望之似木鶏」『荘子』むかし中国に、紀?子という闘鶏を訓練する名人がいました。あるとき、王様から一羽の鶏の訓練をおおせつかります。十日たって王様が催促したところ、「いや、まだでございます。やみくもに殺気だって、しきりに敵を求めております」という答えであります。こうして二度、三度と催促したが、OKが出ません。四度目、四十日たって、やっとOK が出ました。紀?子の答えはこうであります。「もうよろしゅうございます。そばで他の鶏がどんなに鳴いて挑んでも、いっこうに動ずる気配がありません。見たところまるで木彫りの鶏のようです(これを望めば木鶏に似たり)。これこそ徳が充満している証拠、他の鶏どもはその姿を見ただけで、みなシッポを巻いて逃げ出して行きます」立派な徳やしたたかな計謀、能力を胸に秘めながら、ただ黙ってにらみをきかせている。この「木鶏」のあり方こそ、理想のリーダー像なのです。【送料無料】中国古典一日一言
July 13, 2012
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?歩を積まざれば、以って千里に至るなし「不積?歩、無以至千里」『苟子』「?歩」とは、右足なり左足なりを一歩前へ進めることです。千里の道もそういう一歩を積みかさねていくことによって到達するものだというのです。これもまた、ふだんの努力の大切なことを語ったことばに他なりません。『荀子』は、面白いたとえを引いて、こう語っています。 「ミミズには爪も歯もない。また丈夫な骨もない。しかし、地中の土を食い、地下の水を飲んで生きている。一事に専念すればこそだ。これに対し、蟹は八本の足と二本のはさみがありながら、蛇や鰻の掘った穴をすみかとするしか能がない。落ち着きがなくて、一事に専念しないからだ。これと同じように、目に見えない努力を積みかさねない者には、栄誉などおとずれるはずがないし、目につかぬところで仕事の手を抜く者には、輝かしい成果などあがるはずはないのだ」つまり、人目のないところでも手を抜かない、そんな仕事ぶりが「?歩」なのであります。【送料無料】中国古典一日一言
July 12, 2012
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人道は盈を悪みて謙を好む「人道悪盈而好謙」『易経』「盈」のもともとの意味は「満つる」で、満ち足りた状態、昇りつめた状態をいいます。ここでの「盈」はさらにそれから派生して驕慢とか傲慢という意味で使われています。「謙」は、謙虚、謙遜といった意味です。したがってこのことばは、「驕慢を憎んで謙虚を好むのが人の道だ」となります。「謙を好む」のは、人の道だけではないらしいです。『易経』はこう語っています。「天道は盈を虧きて謙に益し、地道は盈を変じて謙に流き、鬼神は盈を害して謙に福す」 また、こうも語っています。「謙虚な心はおのずと言動に現われる。この心を失うことがなければ、吉」「すべてに謙虚の心で処するならば、法度にたがうことなく、万事順調である」まさに、「謙」なる者は幸いなるかなです。世に処するにはすべからく「謙」を旨としたいものだが、とくに人の上に立つ者ほど、これを忘れてはなりません。【送料無料】中国古典一日一言
July 11, 2012
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学ばざれば便ち老いて劣う「不学便老而衰」『近思録』「老いて衰う」とは、読んで字のごとく老衰です。流行のことばを使えば、ボケ老人であります。ボケがなぜ生ずるのか、生理学のうえではむずかしい議論もあるようだが、ボケを防ぐ方法としてはたしかに「学ぶ」ということも有効であるかもしれません。「学ぶ」というのは、必ずしも本を読み、学問をすることだけを意味してはいません。要するに、何かを身につけ、自分を向上させようとする意欲です。この意欲のあるなしが問題なのです。意欲があれば、たえず精神的な緊張感を持続させることができ、それがよい結果に結びつくのです。七十歳ぐらいの熟年層を見ていると、ヨボヨボの人もいれば、どう見ても五十代にしか見えない人もいて、ずいぶん個人差が激しい。それは要するに、前向きに意欲をもって生きているかどうかのちがいからきているように思われます。なんでもいいから生涯にわたって打ち込める対象を、早いうちに見つけておきたいものです。【送料無料】中国古典一日一言
July 10, 2012
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ジキありといえども時を待つに如かず「雖有ジキ、不如待時」『孟子』「ジキ」とは畑を耕す農具です。どんなにすばらしい農具をそろえていても、季節はずれの農作業をしていたのでは収穫を期待できません。それよりは季節の訪れを待って作業を始めたほうが、たとえ粗末な農具でも立派な収穫をあげることができるというものです。これは、農作業だけではなく、すべての仕事、さらには人生の生き方にも通じるでしょう。「ジキ」とは、言わばその人の実力にたとえることができます。かりに十分な実力をもっていても、時をえなかったら、それを発揮できません。逆に時に恵まれたら、それほどの実力がなくても、それを二倍にも三倍にもして生かすことができるでしょう。実力もあり時にも恵まれる、これがもっとも望ましいことだが、人生、そんなにうまくいくときばかりはないです。実力をたくわえながら我慢強く時を待ち、うまく時をつかんだ者が結局は最後に笑うのかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
July 9, 2012
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忌めば則ち怨み多し「忌則多怨」『左伝』「忌む」とは嫌うことです。対人関係でそんな感情をに出すと、人の恨みを買うことが多くなるというのです。当然と言えば、当然のことです。とは言え、どうしても好きになれない相手というのは必ずいるものです。しかし、そんな相手でも、距離を置いて淡々と対すれば、それでよいではないでしょうか。ことさらに嫌悪感など示すのは愚の骨頂でしょう。「忌めば則ち怨み多し」を、とくに肝に銘じておいてほしいのは、人の上に立つ人間です。リーダーが部下に対して、あいつは嫌い、こいつはいやだとえり好みをしていたのでは、組織はガタガタになってしまいます。リーダーは公平な態度で部下に接しなければなりません。これはリーダーの重要な条件であるが、この公平原則を破る大きな原因の一つが、えり好みです。その結果、感情的な人事がまかりとおり、そのムリはいつか必ずリーダー自身の身にはね返ってくるのです。【送料無料】中国古典一日一言
July 8, 2012
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人はその親愛する所に之いて辟す「人之其所親愛而辟焉」『大学』「辟す」とは、偏ることです。公正な判断ができなくなって、片手落ちの態度をとることであります。恋人に対して、「あばたもえくぼ」に見えてきたり、母親が「わが子に限って…」と思ったりするのは、愛するあまり的確な判断ができなくなるためであり、「親愛する所に之いて辟す」の典型でしょう。『大学』はまた、「好みてその悪を知る者は天下に鮮し」とも語っています。愛しているうちは、相手の欠点が見えてきません。かりに見えてきても目をつぶろうとします。どうしても判断が甘くなってしますのです。あばたがえくぼに見えたところで、個人の場合は、ご愛嬌ですますことができるかもしれません。問題なのは、リーダーの場合です。人の上に立つ者がこれをやったのでは、そのマイナスはひときわ深刻です。リーダーたる者、人を親愛するのはいいが、その結果としてのえこひいきは極力、抑制しなければなりません。【送料無料】中国古典一日一言
July 7, 2012
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前言往行を識して以ってその徳を蓄う「識前言往行、以蓄其徳」『易経』説得力をもった人間になるためには、それなりの徳を身につけなければなりません。では、徳を身につけるには、どうすればよいのでしょうか。その一つの方法が、「前言往行」を学ぶことだといいます。「前言往行」とは、すぐれた古人の言行です。それを目標にして、一歩でもそのレベルに近づく努力をすれば、おのずから徳が身についていくのだというのです。中国人はむかしから言行録の編集に熱心でした。たとえば本書でもしばしば登場する『論語』『貞観政要』『金思録』『宋名臣言行録』といった本は、いずれもこのたぐいです。これらの本を読めば、手っとり早くすぐれた古人の言行に接することが出来るのです。また、「前言往行」を知るには伝記のたぐいもよいでしょう。これは現代でもたくさん書かれています。できれば定評のあるものを選んで読んでほしい。自分を鍛えるうえで、必ずや参考になるでしょう。【送料無料】中国古典一日一言
July 6, 2012
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信言は美ならず、美言は信ならず「信言不美、美言不信」『老子』真実味のあることばは飾りけがない、飾りけのあることばは真実味がない、といった意味です。これもまた『老子』の得意とする逆説的表現であるが、語られている内容はたしかにそのとおりでありましょう。ただし、実際問題として、信言と美言を聞き分けるのは、必ずしも容易ではありません。たとえば美言の代表的なものに、お世辞があります。歯の浮くようなお世辞、これはもう誰にでもわかります。しかし、もっと巧妙なお世辞になると、ついその気になってしまうのが一般であります。しかし、お世辞は実害が少ないから、まだいいです。問題は甘いことばにまどわされるケースです。男女の関係になると、一生を台なしにされることもありうるし、金銭の問題なると、身ぐるみはがされてしまうことだって少なくありません。「美言は信ならず」『老子』のこのことばを肝を銘じておきたいところです。【送料無料】中国古典一日一言
July 5, 2012
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温温たる恭人はこれ徳の基なり「温温恭人維徳之基也」『詩経』「温温」は、おだやか、柔和です。「恭」は、自分に対しては、慎み深く、人に対してはうやうやしいことです。それが「徳の基」だというのです。徳のある人は、まわりの人々から慕われ、信頼されます。まちがっても、人の怨みを買うことはありません。そういう点で、合格点をやれるのが「温温たる恭人」だというのです。逆のケースを考えてみましょう。まず「温温」の反対であるが、冷たいとかとげとげしいとか、あるいはきびしいといったことばが浮かんできます。「温温」のほうは春の温かさを思わせるのに対し、こちらのほうは冬の寒さを連想させます。これでは誰も集まってこないし、心を開いてくれる人もいないでしょう。「恭人」の反対は、傲慢な人です。傲慢は近づいてくる人まで遠ざけてしまいます。これも徳とはおよそ無縁です。孔子も「恭なれば侮られず」と語っています。「恭」もまた処世の要諦なのかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
July 4, 2012
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愛は憎しみの始め、徳は怨みの本なり「愛者憎之始也、徳者怨之本也」『管子』「愛は憎しみの始め」そのへんの流行歌の文句にでもありそうなことばだが、実は今から二千数百万年もまえにまとめられた『管子』にあることばであります。こういう人間関係の機微は、昔も今もまったく変わっていないのかもしれません。ではなぜ愛が憎しみの始めになり、徳が怨みの本になるのでしょう。『管子』によれば、報いられることを期待するからだといいます。つまり欲がからむからであります。たとえば親子の情愛です。始めは純粋な愛情から出発しても、だんだん親の期待が芽生え、子供の思惑がからんでくると、せっかくの愛情も憎しみに変わりかねません。徳にしても、本来は自分のためのものであります。そのへんを錯覚すると、これまた怨みの本になりかねません。『管子』は、このことばを挙げたあとで、「ただ賢者は然らず」という一句をつけ加えています。願わくは、そうありたいものです。【送料無料】中国古典一日一言
July 3, 2012
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剣は砥を待ちて而る後に能く利なり「剣待砥而後能利」『淮南子』剣というのは、砥石にかけて入念に研ぎあげなければ、鋭い切れ味が生まれてきません。また、鋭い剣でも、長いことほったらかしにしておけば、サビついて使いものにならなくなってしまいます。人間も、それと同じことです。自分を「賢い人間」立派な人間に育てあげるためには、不断の修養を怠ってはならない、というのです。残念ながら、現代の日本には、いちじるしく説得力に欠けたリーダーが幅をきかせています。それは何も政治の世界だけではありません。各界各層に、「ああ、あの人がやっているんじゃ、問題が起こっても当たりまえだ」と思わせられるリーダーが多いのであります。それは一つには、リーダー自身が自分を磨く努力を怠ってきたからではないかと思います。リーダーとしての徳は、一朝一夕に身につくものではありません。不断の努力が大切なのであります。将来のリーダーをめざす者は、自分を砥石にかける労を惜しんではなりません。【送料無料】中国古典一日一言
July 2, 2012
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学びて然る後に足らざるを知り、教えて然る後に困しむを知る「学然後知不足、教然後知困」『礼記』「学びて然る後に足らざるを知る」学ぶことによって自分に不足しているものがわかってきます。だから、学ぶことには終局がありません。「教えて然る後に困しみを知る」これは教える立場に立った人でないと、理解できない面があるかもしれません。ふつう、人から学ぶよりも、人に教えるほうが二倍も三倍もの労力を必要とします。人に対してまちがったことを教えるわけにはいかないから、時間をかけて勉強もし、準備もします。それでも十分だということはありえません。たえず自分の未熟さを思い知らされる羽目になります。それが、ここに言う「困しみ」に他なりません。だから、その「困しみ」をバネにして、いっそう勉強に励まざるをえないということになります。つまり、このことばは、「足らざるを知る」ことも「困しみを知る」ことも、自分を向上させる動機になることを語っているのです。【送料無料】中国古典一日一言
July 1, 2012
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