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杞憂杞憂『列子』むかし、杞という国のある男、いまに天と地がくずれてきたらどうしようかと、心配で夜もおちおち眠れませんでした。見かねたある男が、「天は気が積もってできているのだから、そんな心配はないさ」となだめたが、それでも心配でなりません。「でも、日や月や星が落ちてこないかね」「いや、日や月や星もみな気でできている。たとえ落ちてきてぶつかっても、怪我などするわけはないよ」これを聞いて、男は初めて安堵の胸をなでおろしたといいます。この話から「杞憂」ということばが生まれたわけであるが、はたして、いらぬ心配(杞憂)であるのか必要な心配であるのか、それほど単純ではありません。この男の時代は、天地の崩壊は杞憂にすぎなかったが、現代では杞憂どころか、はなはだ現実味を帯びた話になっています。杞の男の心配を笑うことはできません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 31, 2012
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遠慮なければ必ず近憂あり「無遠慮、必有近憂」『論語』「遠慮」は、いわゆる気がねではありません。文字どおり遠き慮りです。だから、「遠いところまで見通して対策を考えておかないと、近いところで足をすくわれることになる」と訳せるでしょう。なんだ、そんなことかと思われるかもしれません。たしかに孔子ならずとも、ちょっと気のきいた人間なら、誰でも口にしそうなことばです。だが、一見、平凡ではあるが、いざ実行となると、かえってむずかしいものです。『左伝』にも、「君子は遠慮あり、小人は邇きに従う」とあります。とかく目先のことにとらわれて、うろうろ、おたおたしがちなのが、われわれの常です。では、遠慮とはどの程度の先を指しているのでしょうか。少なくとも十年ぐらいは射程に入れておかなければならないでしょう。このくらいの「遠慮」があれば、かなりな程度、「近憂」を避けることができるにちがいありません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 30, 2012
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知の難きに非ず、知に処するは則ち難し「非知之難也、処知則難也」『韓非子』知ることはむずかしくない、知ったあとでどう対処するかがむずかしいのだといいます。つまり情報収集よりも情報管理のほうがむずかしいということです。『韓非子』は、こんな例をあげています。宋の国に金持の家がありました。ある日、大雨で塀がこわれたのを見て、息子が語りました。「修理しないと、泥棒にはいられますぞ」隣家の主人も同じことを言ってきました。その晩、はたして泥棒にはいられて、ごっそり盜まれてしまいました。金持は、息子の賢さに感心しました。だが、息子と同じことを言った隣家の主人に対しては、「あの男、犯人ではないか」と、疑ったといいます。親切に教えてやったのに、あらぬ疑いまでかけられるとは、これほど割に合わない話はありません。われわれの周りにも、結構これに類する話がころがっています。『韓非子』によれば、それはみな「知に処する」道を誤ったことに起因しているのだといいます。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 29, 2012
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疑行は名なく、疑事は功なし疑行無名、疑事無功『史記』「疑行」とは、確信を欠いたあやふやな行動です。「疑事」も同じような意味です。なにごとであれ、やるからには自信をもって断行しなければなりません。あやふやな気持でやったのでは、成功もしなければ名誉も得られないのだといいます。始皇帝の秦という国は、その昔、商鞅という宰相が抜本的な国政改革を行なって富強の基を築いたところです。その改革を断行したとき、商鞅は、まずこのことばを引き、「強国をめざすなら、先例にとらわれず、慣習にひきずられず、大胆に改革を進めなければならない」と言って、王を説得したといわれるます。ただし商鞅は、いたずらに不退転の決意だけを強調したわけではありません。このことばからも明らかなように、綿密な調査と十分な準備の必要性もあわせて語っているのです。なぜなら確信というのは、それがあって初めて生まれてくるものであるからです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 28, 2012
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人主の逆鱗に嬰るるなくんば則ち幾し「無嬰人主之逆鱗則幾矣」『韓非子』ご承知のように、上の者の機嫌をそこねたり怒りを買ったりすることを「逆鱗にふれる」といいます。『韓非子』は、トップを説得する極意を語るなかで、たとえとしてこのことばを持ち出してきます。まず、「トップを説得することのむずかしさとは、相手の心を読みとったうえで、こちらの意見をそれにあてはめること、この一点につきる」ときり出し、つぎのようにダメを押しています。「竜という動物は、馴らせば、人が乗れるほどおとなしい。だが、喉の下に直径一尺ほどの鱗が逆に生えていて、これに触れようものなら、必ず人を噛み殺す。トップにもこの逆鱗がある。それに触れないように話すのが説得の極意である。(人主の逆鱗に嬰るるなくんば則ち幾し)」トップだけではなく、人間は誰でも逆鱗のようなものを持っています。それに触れないように心がけることが対人関係の要諦なのかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 27, 2012
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苦中の苦を受けざれば、人の上の人たること難し「不受苦中苦、難為人上人」『通俗編』「苦中の苦」すなわち極限状態の苦労を体験した人物でなければ、人の上に立つ資格がないというのです。「電力の鬼」と言われた松永安左工門は、若手の社長などが会いにくると、よく、「人間はな、三つのことを体験しないと、一人前にはなれん。一つは闘病、二つめは浪人、三つめは投獄だ」と言って、相手をケムにまいていたといいます。かれ自身、この三つとも自分で体験していたというから、それなりに説得力はあったわけです。「苦中の苦」をなめた者が必ずしも人の上に立てるとは限らないが、しかし、それが有力な資格条件になりうることは認めてよいでしょう。なぜなら、そういう体験をへれば、必ずや人を見る眼も練れてくるし、逆境に耐えるたくましさも身についてくるからです。そう考えれば、「苦中の苦」も、いっこうに苦にならないかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 26, 2012
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変に処しては、まさに百忍を堅くして以って成るを図るべし「処変当堅百忍以図成」『菜根譚』難関にさしかかったときは、ひたすら耐え忍んで初志を貫徹しなければならないという意味です。「変」とは、言わば人生の踏んばり所であります。そこで必要になるのが「百忍」だといいます。「百忍」とは耳なれないことばだが、これについては、つぎのような話があります。唐の時代に張公芸という人物がいたが、この人の家は、「九世同居」つまり大家族が同じ家に仲睦まじく暮らしていることで知られていました。評判を聞いた時の皇帝がその家を訪れて「九世同居」の秘訣をたずねたところ、張公芸は黙って忍の字を百ばかり書いてさし出したといいます。大家族和合の秘訣は「忍」以外のなにものでもないというのです。「百忍」は大家族和合の秘訣であるばかりでなく、人生の難関を突破するうえでも、欠くことのできない条件でありましょう。初志を貫徹するためには、耐え忍ぶすべを心得ていなければならない。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 25, 2012
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友と交わるには、すべからく三分の侠気を帯ぶべし「交友須帯三分侠気」『菜根譚』「侠気」は、男気です。困っているなら一膚脱いでやるぞ、という気持がこの「侠気」にほかなりません。これがゼロだと、もはや友人同士のつき合いとは言えません。しかし、なぜ「三分」なのでしょうか。「侠気」はまた、むかしから、弱きを助け強きをくじく任侠道の原点だとされてきました。これは中国でも日本でも変わりがありません。こういう勇み肌はややもすると血気にまかせて暴走する恐れがあります。『韓非子』も、「侠は武を以って禁を犯す」と語っています。つまりコントロールがきかず、バランス感覚に欠ける嫌いがあるのです。友人との関係にしても、この「侠気」を八分も十分も発揮したら、多くの場合、共倒れを免れないかもしれません。友人を助けるのはよいことです。だが、ムリをして自分まで倒れてしまったら、元も子もないではないでしょうか。「三分」と押さえているのは、そういう意味で、はなはだ妥当な選択だとも言えるのです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 24, 2012
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智はなお水のごとし、流れざるときは則ち腐る「智猶水也、不流則腐」『宋名臣言行録』水はたえず流れていないと腐ってしまい、飲み水としては使えなくなります。「智」もそれと同じように、たえず使っていないと、サビついて使いものにならなくなるのだといいます。「智」とは、この場合、頭と言ったほうがわかりやすいかもしれません。張詠という宋代の名臣が部下に対して言いきかせたことばだといいます。かれは、こうも語っています。「大小の事、皆すべからく智を用うべし。凡百、智を用いずんば、大事の際に臨みて、いずくんぞ智の来たるあらんや」ふだんから頭を使っていないと、いざというとき名案など浮かんでこないというのです。われわれはよく、事が終わってから、ああすればよかった、こう言えばよかったと後悔することがあります。これを「愚者の後知恵」といいます。どんなに名案が浮かんだところで後知恵では仕方がありません。それと言うのも、ふだんから頭を鍛えておかなかった報いでありましょう。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 23, 2012
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福は微なるより生じ、禍は忽にするより生ず「福生於微、禍生於忽」『説苑』「微」は、些細な善行です。今のことばで言えば、小さな親切と言ってよいかもしれません。「福」は、物質的な幸いだけではなく、精神的な満足感も含んでいます。それは、ほんのちょっとした心いによっても得られるものだというのが、前半の一句です。しかし、これとはちがった解釈も成り立ちます。後半の句と対照させることによって、「福」は成功、「禍」は失敗と解するのでです。すると全体の意味は、「成功は細事をゆるがせにしないことから生まれ、失敗は細事をゆるがせにすることから生まれる」となります。『説苑』もこれに続けて「日夜恐懼し、ただ卒ざるを恐る」と語っているから、こう解釈するほうが全体として意味が通っているかもしれません。「忽」は、慣れや油断から生まれます。いつも気持を引き締めて仕事にあたれば、「禍」を避けることができるというのです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 22, 2012
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麒麟も衰うるや、駑馬これに先だつ「麒麟之衰也、駕馬先之」『戦国策』「麒麟」とは、現在言うところのキリンではありません。一日に千里も走るという駿馬です。「麒」ともいいます。「駕馬」とは並の能力しかないごく平凡な馬です。ことばの意味は説明するまでもないでしょう。むかしからしてよく使われていたらしいです。現代でも、よく「老害」ということばを聞きます。衰えは、馬の場合は足にくるが、人間の場合は頭にきます。思考が硬直して、柔軟な対応ができなくなるのです。努力によってよくそれを克服しているご老体もいないではないが、多くはそういう欠点を免れません。平常時なら、そんなリーダーでもかまわないが、問題は非常時です。日米開戦のとき、日本海軍の第一線指揮官はいずれも老齢で、作戦指導にとかく柔軟な対応を欠きがちであったといわれています。現代の社会でも、同じようなことが指摘できるかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 21, 2012
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智者も千慮に必ず一失あり、愚者も千慮に必ず一得あり「智者千慮必有一失、愚者千慮必有一得」『史記』智者といえども、千回に一回は失敗があるから、完璧とはいえない、愚者といえども、まれにはうまくやることがあるから、まんざらバカにしたものでもない、というものです。このことばも、もともとは諺のように使われていたらしいです。たとえば劉邦に仕えた韓信という将軍が趙の軍を滅ぼしたとき、敵の参謀の李左車を軍師に迎え、今後の作戦計画について意見を求めることがありました。そのとき、李左車は、まずこのことばを引いてから、おもむろに自分の意見を述べています。つまりかれは、謙遜の気持をこめて、「愚者の一得」のほうを強調したわけであります。じつはこの諺の狙いも、もともと「智者の一矢」を笑うのではなく、「愚者の一得」のほうに注意を喚起する点にあったらしいです。たしかに、どんな人の意見にも必ず聞くべき点があるものです。頭からダメだときめつけるのは、自他ともにプラスにはなりません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 20, 2012
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宰相は細事に親しまず「宰相不親細事」『漢書』宰相とは文武百官のトップで、皇帝を補佐する最高の責任者であります。そういう立場にある者は、「細事」つまりこまごました業務はすべて部下に任せて、自分は大所高所からにらみをきかせていればそれでよいという考え方であります。これもまたリーダーの理想のあり方を語ったことばに他なりません。漢代の丙吉という宰相が、車で都大路を巡回中、とある街角で乱闘事件にぶっかりました。死者まで出るという騒ぎであったが、丙吉は目をくれないで通り過ぎます。あとでお供の書記官がわけをたずねたところ、「事件の取締りは警視総監の職責である。宰相は細事には親しまぬものじゃ」と語ったといいます。中小企業のような小さな組織では、なかなかこうはいかないでしょう。だが、トップみずから、細かな仕事にまで首を突っ込んでいたのでは、体が幾つあっても足りません。できれば「細事に親しまず」をめざしたいものです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 19, 2012
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善く戦う者は勢に求めて人に責めず「善戦者求之于勢不責于人」『孫子』「勢に求めて人に責めず」とは、一人ひとりの能力や働きに過度の期待をかけないで、組織全体の勢いのほうを重視するということです。戦の巧みな者は、そういう戦い方をするのだといいます。『孫子』はこう語っています。「勢いに乗れば、兵士は坂道をころがる丸太や石のように、思いがけない力を発揮する。丸太や石は、平坦な場所では静止しているが、坂道におけば自然に動き出す。また、四角なものは静止しているが、丸いものはころがる。勢いに乗って戦うとは、丸い石を千仞の谷底にころげ落とすようなものだ」今、どこの企業でも、社員研修がさかんに行なわれています。たしかに組織の生き残りをはかるには、社員一人ひとりのレベルアップをはからなければならないです。だが、それにもまして望まれるのは、組織としての勢いをどうつくり出すかです。勢いに乗れば、一の力が二にも三にもなって発揮されます。このような勢いをつくり出すのも、リーダーの職責でありましょう。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 18, 2012
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羝羊、藩に触れてその角に羸しむ「羝羊触藩羸其角」『易経』「羝羊」とは牡羊です。牡羊が勢いにまかせて突っ走り、垣根(藩)に角をひっかけて、進むもならず退くもならず、もがき苦しむということです。つまりこれは猪突猛進の害をいましめたことばに他なりません。われわれの人生にも、しばしばこういう事態が起こります。どんな人の場合でも、長い人生のなかには、一度や二度ツキの回ってくることがあります。そんなときこそ、ためこんでいた実力を発揮するチャンスです。事業を拡張するもよし、さらに上のレベルをめざして飛躍を試みるのもよしです。だが、調子に乗って突っ走ると、「牡羊」のような羽目に陥りかねません。そういうときこそ、いちだんと慎重な対応が望まれるのだといいます。『易経』も「小人はな勢いにまかせて突き進むが、君子はそんなことはしない」と、ダメを押しています。好調なときこそ、いっそう気持を引き締めてかかれ、ということです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 17, 2012
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時に安んじて順に処れば、哀楽入る能わず「安時而処順、哀楽不能入也」『荘子』時のめぐり合わせに安んじ、自然のなりゆきに従えば、哀も楽もなく、いっさいの束縛から解放されるのだといいます。流れに逆らわない、自然流の生き方をよしとする考え方に他なりません。「修身、斉家、治国、平天下」と、大上段にふりかぶったのが、儒家と呼ばれる人たちでした。これに対して『荘子』は、「まあ、そうムリをしなさんな」といなしているのであります。われわれも、「治国、平天下」とまでいかなくても、やれノルマだ、やれ目標だと、さまざまなムリをいられながら生きています。だが、あくせく生きることだけが人生ではありません。急には転換がむずかしいとしても、もう少し、のんびりと人生を楽しむ面があってもいいのかもしれません。もちろん努力、精進は必要です。だが人生の充足をはかろうとするなら、『荘子』的な側面がもっとあってもいいということです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 16, 2012
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千金の子は市に死せず「千金之子不死於市」『史記』「千金の子」は、金持の息子です。中国では市(市場)で死刑を執行し、公衆への見せしめとしました。しかし、金持の息子はたとえ罪を犯しても、そういう羽目にはならないのだといいます。なぜでしょうか。二つの解釈があります。一つは、かりに罪を犯して死刑を宣告される事態になっても、金持の親が裏から手をまわして救出してくれるからです。むかしの中国ではこういうケースがきわめて多かったです。もう一つは、金持の息子はいずれ親の財産を相続する立場にいるのだから、おのずから軽挙妄動をつつしむというものです。第二の解釈は、いささかこじつけの嫌いがないでもないが、自分を大切にすることを知っているという点は、われわれも見習いたいところです。どんな事態に追い込まれても、ヤケなど起こして市に死ぬようなことだけはしたくないものです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 15, 2012
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徳は孤にならず、必ず隣あり「徳不孤、必有隣」『論語』「徳はけっして孤立しない。必ず理解者が現われる」。これは孔子の確信であったにちがいありません。しかし孔子その人の生涯は、ふつうの人間から見れば、けっして恵まれたものではなかったです。若いとき、政治に志を立てたが、政治に参画したのは五十歳を過ぎてからです。だが、わずか四年で失脚、それからの十四年間は諸国を歴訪してみずから理想とする政治の実現をはかったが、ことごとく徒労に終わっています。そんな孔子を見て、隠者の一人が、「時勢には勝てぬのに、ムダなことをなさるお人だよ」と評したといいます。孔子の人生には、孤立の影が色濃くただよっていたのです。しかし、そんな孔子が「徳は孤ならず、必ず隣あり」と言いきったところに意味があるのかもしれません。このことばは現実の指摘ではなく、悲願の告白であったと解するのが妥当でありましょう。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 14, 2012
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疑を以って疑を決すれば決必ず当たらず「以疑決疑、決必不当」『苟子』 あやふやな根拠にもとづき、あやふやな心によって判断を下せば、必ず見当はずれな結論が導かれるということです。逆に言えば、正しい決断を下すためには、まず第一に十分な情報がなければなりません。情報がまちまちで信頼できるデータが乏しかったら的確な結論が得られません。しかし、それだけではまだ不十分で、さらにもう一つ、当事者に確固とした定見が必要なのだといいます。『苟子』は語っています。「事物を観察するとき、観察者があれこれ疑い迷っていたのでは、事物をはっきり見定めることができない。自分の考えが定まらないのでは、是非善悪をきちんと判断することができないのである」こう語ったあとで、『苟子』はさらに、「結論が見当はずれであるかぎり、思わしい成果のあがるはずはない」とつけ加えています。「疑を以って疑を決する」愚かさは、願い下げにしたいものです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 13, 2012
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小人間居して不善を為す「小人間居為不善」『大学』「間居」は独りで居ることです。そんなとき、善からぬことをたくらみ、何をしでかすかわからないのが、小人だといいます。これも有名なことばなのでご記憶の向きも多いでしょう。耳に痛いことばです。では、「不善」をなしていることが、どうしてわかるのでしょう。それはおのずから容貎や態度に現われるので、隠そうとしても隠しきれるものではありません。見る人が見れば、すぐにわかるのだといいます。こうまで追いつめられると、もはや「参りました」と、頭を下げるよりないのかもしれません。人前では自分をとりつくろい、独りになると不善をなすのは、結局は自分をあざむくことです。かりに人はだませても、自分はだますことができません。並の人間なら精神衛生にも悪いはずです。人からは軽蔑され、精神衛生にも悪いとなれば、こんな割に合わない話はありません。さっそくにも小人返上といきたいところです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 12, 2012
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我に投ずるに桃を以ってすれば、これに報ゆるに季を以ってす「投我以桃、報之以李」『詩経』 桃をもらったら李をもってお返しをするということです。「一飯の徳にも必ず報ゆ」(『史記』)ということばもあります。どんな些細な恩義でも、受けた恩義には必ずお返しをするというのは、基本的な人生作法の一つです。このことばも、それを言ったものです。思うにわれわれは、多面的な人間関係のなかで、さまざまな人から恩恵や恩義をこうむりながら生きています。人生の貸借対照表はずいぶんと複雑です。だが、お返しのできるものはお返ししたほうがいいです。マイナス勘定を背負ったままあの世へ行ってしまうのでは、なんとなく後味が悪いではないでしょうか。しかし、人生には返そうにも返せない恩義もあります。その時はどうしたらよいのでしょう。そんなとき、中国人の考えるのは社会への還元です。なるほど、これなら人生の帳尻も合わせやすいかもしれません。へたに遺産など残して、みにくい争いをされるよりも、このほうがずっとましなように思われます。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 11, 2012
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天網恢恢、疎にして失わず「天網恢恢、疎而不失」『老子』 「天網」とは天の裁き、「恢恢」とは大きいという意味です。天の網はこの上なく大きく、網目こそ粗いが、なにひとつ取り逃すことはないというもの。ふつうは「疎にして、漏らさず」で通用しているが意味は同じです。悪は栄えているように見えても、それは一時のことで、いつか必ず報いを受けるという意を寓したものです。『老子』によれば、「天道」すなわち天の法則性は人間社会にくまなく貫徹しており、だれもそれから逃れることはできないのだといいます。しかもその「天道」たるや、人間からは容易にうかがい知ることができません。「天道は、戦わないで勝利を収め、命令しないでも服従され、呼びよせなくても向こうからやって来、のんびり構えていながら深い謀を秘めている」この「天道」の具体的な現われが「天網」です。悪が栄えている事態にぶっかったとき、人々はこのことばをつぶやいて、ひそかに自分を慰めてきたものにちがいないありません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 10, 2012
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天童是か非か「天道是邪非邪」『史記』「天道は、はたして存在するのか」、『史記』の作者司馬遷が「伯遺伝」の末尾に記したことばであります。中国人はむかしから「天道」(天の摂理)の存在を信じ、「天道は親なし、常に善人に与す」天道は公平無私であって常に善人に味方すると、自分の心に言いきかせてきました。これに重大な疑問を提出したのが司馬遷でした。かれはまず、首陽山で餓死した伯夷・叔斉の伝を記し、善が滅び悪が栄えた例をあげたあとで、こう書いています。「悪行を重ねて享楽にふけりながら、富貴に恵まれている者がいる。その一方で、きびしく自分を律し、慎重に行動し、言うべきこと以外のことは言わず、常に正しい道を歩みながら、災厄に見舞われた者は数知れない。そのことを思うと、深い絶望感におそわれるのである」これは、まっとうなことをして非運に陥った者のいつわりのない実感でありましょう。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 9, 2012
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朝三暮四「朝三而暮四」『荘子』実質は同じであるのに、それに気づかないで、目の前の差別にとらわれる態度を笑ったことばです。『荘子』に、つぎのような寓話があります。むかし、宋の国に狙公という男がいました。猿好きで、たくさんの猿を飼っていたが、やがて財産を食いつぶし、猿の餌代にも事欠くようになりました。そこで餌の栗を減らそうとして一計を案じ、猿どもを集めて語りました。「朝は三つ、夕方は四つにするぞ」。猿どもは、いっせいに不満の声をあげました。「では、朝に四つ、夕方に三つならどうだ」。狙公がこう提案すると、猿どもはたちまち機嫌をなおしたといいます。実質になんのちがいもないのに、怒ったり喜んだりする猿どもの愚かさを笑った話です。だが猿どもを笑ってばかりはいられません。この「朝三暮四」は有力な政治手法として現代でもしばしば使われる。うっかりすると、猿どもの二の舞を演じかねないのである。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 8, 2012
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小忍ばざれば則ち大謀を乱る「小不忍則乱大謀」『論語』小さな我慢ができないようでは大きな仕事を仕損じます。大きな目標のまえには、ならぬ堪忍しなければならないということです。「ならぬ堪忍」の好例としてよく引き合いに出されるのが韓信の故事です。韓信は漢の高祖劉邦に仕えた将軍だが、若いころは定職にもつかずぶらぶらしていました。そんなある日、ふだんから韓信をバカにしていたヨタ者が因縁をつけてきました。「やい、でっかい図体に剣などぶら下げやがって、恰好ばかりは一人前だが、肝っ玉のほうはからかしだろう」。人だかりがしてくると、ヨタ者は図に乗って、「やい、度胸があるならおれを刺してみろ。それがこわけりゃ股をくぐれ」。韓信は黙ってヨタ者の股をくぐったといいます。韓信の力をもってすれば、そんな相手の二人や三人、とりおさえるのはわけもなかったにちがいありません。だが、こんな小事にかかわってもつまらない、大事の前の小事と思いなおして、あえて股をくぐったのです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 7, 2012
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その能を矜れば、その功を喪う「矜其能、喪其功」『書経』「能」は、才能、能力です。これは人生を生きていくうえで有力な武器となります。これに恵まれた者は、成功する可能性が高いです。とくにリーダーにとっては、必要な条件の一つであって、能力のないリーダーなどというのは考えらません。ただし、その持ち方が問題になります。せっかくの能力もこれ見よがしにひけらかしたりすれば、たちまち周囲の反感を買ってしまいます。反感を買うぐらいですめばまだよいが、おもむくとごろ、功績も地位も失ってしまうケースが少なくありません。歴史を調べてみると、そういう例がきわめて多いのです。さすがにある程度年輪をへた者は、そのへんの機微をよく心得ているようで、鼻の先に能力をぶら下げて歩いているような人物は少ないです。だが、若い世代には、けっこう、そんな人間が多いです。こういうタイプは、よほど自覚して能力を隠すようにしないと、大成はむずかしいように思われます。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 6, 2012
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小人は水に溺れ、君子は口に溺れ、大人は民に溺る「小人溺於水、君子溺於口、大人溺於民」『礼記』小人は水、君子は口、大人は民と、それぞれのレベルに応じて溺れる対象がちがっています。「溺る」というのは、失敗を招くということです。しかし、溺れる対象はそれぞれにちがっていても、その原因は共通であって、「皆その褻るる所に在り」だといいます。つまり、慣れからくる油断です。「小人は水に溺る」これはよくわかります。「君子は口に溺る」これも理解できないではありません。とくにアルコールでも入ると、誰でも多弁になりやすいです。では、「大人は民に溺る」とはどういうことでしょうか。『礼記』の説明によると、「民」というのは道理など解さぬ無知な連中なので、バカにしてかかると、かえって大ヤケドをするのだといいます。それはともかく、『礼記』はこう語ったあとで、「故に君子は慎まざるべからず」とダメを押しています。まったく同じことが、われわれの日常の仕事についても言えるように思います。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 5, 2012
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巧言令色、鮮し仁「巧言令色、鮮矣仁」『論語』『論語』のなかでも、もっとも有名なことばの一つであります。訳せば、「さわやかな弁舌、人をそらさぬ応対、そんな手合にかぎって仁には遠い」となるかもしれません。また孔子は、「巧言、令色、足恭、左丘明これを恥ず。丘(孔子の名)もまたこれを恥ず」とも語っています。「足恭」は、バカ丁寧なもの腰です。左丘明という人物はこの三つのことを恥としたが、自分もそれにはまったく同感であるというのです。孔子が「巧言令色」を嫌ったのは、対人関係における虚飾を憎んだからでありましょう。それはまた、「剛毅木訥、仁に近し」と語っていることからも明らかであります。「剛毅木訥」が必ずしも百点満点とはいえないが、「巧言令色」よりも、こちらのほうがはるかにましだということでありましょう。そしてこれは現代でも、社会人の条件として、そのまま通用することかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 4, 2012
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君子は終身の憂いあるも、一朝の患いなきなり「君子有終身之憂、無一朝之患也」『孟子』君子には、生涯を通じての悩みはあっても、外からくる心の動揺などはありえないのだといいます。なぜでしょうか。『孟子』によれば、君子が一般の人と異なるのはたえず自分の心を反省する点にあります。かりにどんな事態に追い込まれても、「こうなったのは、自分に誠実さが欠けていたからではないか、自分の行動が礼にかなっていなかったからではないか」と、自分を反省して相手を責めない。だから、外からくる心の動揺などはありえないのだといいます。「終身の憂い」とは、どういうことでしょうか。『孟子』はこう語っています。「舜は天下に模範を示し、後世にその名を残した。それにひきかえ自分は、平凡な俗人にすぎないという悩みである」。では、どうするのでしょう。舜を見習い、一歩でもそのレベルに近づこうと、努力することだといいます。そういう努力を怠らない者が、君子の資格者ということになるらしいです。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 3, 2012
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兵は凶器なり、争いは逆徳なり「兵者凶器也、争者逆徳也」『尉繚子』「兵」という漢字には幾つかの意味があります。たとえば、武器、兵士、戦争などです。この場合の「兵」は武器と解したほうが、通りがよいかもしれません。武器はしょせん人殺しの道具であるから「凶器」、つまり不吉な道具なのであります。また、「争いは逆徳なり」とは、戦いは徳に反する行為であり、望ましくないことだというのです。こういう認識は、『尉繚子』だけではなく、中国の兵法書に共通しており、さらに言えば、中国人に共通して流れている考え方だと言っていいです。紛争の解決は政治・外交によって行なわれるべきで、武器による解決は最低の策だというのです。だから『尉繚子』もこのことばを引いたあとで、「已むを得ずしてこれを用う」とダメを押しているのです。古来から、好んで兵を語るリーダーに、ろくな人物のいたためしはありません。リーダーが勇ましい論をぶちあげるのは危険な徴候です。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 2, 2012
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大道廃れて仁義あり「大道廃有仁義」『老子』やれ仁だ、やれ義だと、道徳の高揚が声高に叫ばれているのは、見失われてしまったからであるというのです。『老子』は作為や賢しらを捨てて、無為自然の「大道」に返れと説きます。幸せを約束するのは、自然のままの生き方なのだと言います。そういう立場から見れば、人間のつくり出した道徳などというのは、かえって人間の本性を損なうものとなります。『老子』は、さらにこう語っています。「大きな虚偽がはびこるのは、人間の賢しらがのさばり出したときである。慈父出でよ、孝子出でよと叫ばれるのは、肉親の情愛が薄れたときである。忠臣が現れるのは、国の政治が乱れたときである」いずれも、その通りでありましょう。たとえば現代の日本では「生きがい論」がさかんであるが、『老子』に言わせれば、それは生きがいの失われた無目的社会なればこそだということになります。【送料無料】中国古典一日一言 [ 守屋洋 ]
August 1, 2012
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