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敖は長ずべからず、欲は従にすべからず「敖不可長、欲不可従『礼記』「敖」とは、傲慢です。自分の能力や地位を鼻にかけて人を見下すことです。まずそういう気持があり、それがおのずから表情や態度に現われる、これが「敖」にほかなりません。これと似たものに、「誇り」があります。自尊心、プライドです。こちらのほうは、人間としてむしろあったほうがいいです。しかし、それがいびつな形をとって発現すると「敖」になってしまいます。誰でも気を許すと、むくむくと「敖」が頭をもたげてきます。そうならないためには、ふだんから注意して押さえつけておかなければなりません。「欲」についても同じことが言えます。人間に欲望があることによって社会は進歩してきました。そういう意味では、むしろ積極的に評価されなければなりません。だが、無制限な欲望の追求は、はた迷惑です。こちらの幸せが相手に不幸をもたらすようでは、幸せも長続きしません。ホドを知らないと、身をあやまることになりましょう。【送料無料】中国古典一日一言
April 30, 2012
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険を見て能く止まるは知なるかな「見険而能止、知矣哉」『易経』危険を察知したら、進むのを見合わせて立ちどまる、それが知者であります。中国人のいう「知者」とは、たんなる物知りではありません。自らの進退について、適切な判断を下せるのが「知者」なのだといいます。いいかげんな情況判断で、ただやみくもに前へ進むのを、「匹夫の勇」といいます。日本流に言えば、「猪武者」です。これをやっていたのでは、命がいくらあっても足りません。これでは、とうてい「知者」とは言えないのです。不確実な時代を生き抜くには、全天候型の人間をめざさなければなりません。全天候型とは、攻めにも強いが守りにも強いということです。つまり、攻めるところは攻め、守るべきところはしっかりと守らなければならないのです。そのためには、「匹夫の勇」にはやる猪武者であってはなりません。危険だと見たら踏み止まるような手堅い生き方を身につけたいところです。【送料無料】中国古典一日一言
April 29, 2012
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君子は必ずその独りを慎む「君子必慎其独也」『大学』「独りを慎む」、略して「慎独」とは、他人の見ていない所でも、まちがったことをしないように、絶えず自分の言動をチェックすることです。他人の眼があれば、誰でも慎重に振るまいます。だが、他人の眼があろうがなかろうが、常に慎重に振るまうのが君子なのだといいます。独りだからといってまちがったことをすれば、他人には知られなくても、自分は知っています。他人はだませても、自分はだませません。それがいつまでも気持に引っかかり、知らぬまに容貌や態度に現われてきます。よい例がゴルフです。ゴルフのスコアは自己申告制である。ごまかそうとすれば、ごまかせないことはないです。ごまかす気はなくても、うっかり過少申告することがあります。たまたま後で気づいたりすると、これがなんとも後味が悪いものです。「独りを慎む」のは、結局、自分のためなのです。【送料無料】中国古典一日一言
April 28, 2012
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人に接しては則ち渾てこれ一団の和気「接人則渾是一団和気」『近思録』一見して冷たさを感じさせる人物とかトゲトゲしいをもった人物のもとには、人は集まって来ません。人に好かれるのは、温かさをもった人物であります。それがここに言う「和気」にほかならないのです。「和気」もまた人間関係を円滑にする重要な条件です。しかし、いくら「和気」が必要だからと言って、取ってつけたような、上辺だけのものでは、かえって逆効果です。そんなものは、簡単に見破られてしまうにちがいありません。ほしいのは、内面からにじみ出てくる「和気」です。『菜根譚』も、こう語っています。「寛大で心の温かい人は、万物をはぐくむ春風のようなものだ。そういう人のもとでは、すべてのものがすくすくと成長する。酷薄で心の冷たい人は、万物を凍りつかせる真冬の雪のようなものだ。そんな人のもとでは、すべてのものが死に絶えてしまう」心の温かさ、そしてそこからにじみ出てくる「和気」、これが必要なのであります。【送料無料】中国古典一日一言
April 27, 2012
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禍を転じて福となす「転禍而為福」『戦国策』情況が悪化し、局面の打開をはかるときなどに使われます。昔から、中国でも日本でもよく使われてきたらしいです。それほどポピュラーなことばであります。一応ここでは『戦国策は』を出典としておくが、この本によれば、「智者の事を挙ぐるや、禍を転じて福となし、敗に因りて功をなす」とあります。智者というのは、仕事をするにあたって、禍を転じて福とし、失敗を成功の母とするものだ、というのです。人生には、不幸(禍)や失敗はつきものです。どんなに用心したところで、一度や二度、不幸や失敗に見舞われない人生などありえなません。問題はそれにどう対処するかです。『戦国策』によれば、一度や二度の失敗でへこたれてしまうのは、どうやら愚者の部類に入るらしいです。失敗をバネにし、そこから人生の新しい展望を開いていくような、そういうたくましい生き方をしたいものです。【送料無料】中国古典一日一言
April 26, 2012
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禍福は門なし、ただ人の招く所「禍福無門、唯人所召」『左伝』禍福、すなわち幸せにしても不幸にしても特別な門があって入ってくるわけではありません。それもこれもみな当人が招くのであります。だから、幸せになりたいと思ったら、自分でコツコツと努力しなければならないのです。かりに不幸せな状態にあっても、その原因をつくったのは、自分であるから、人を責めてはなりません。やはり自分の努力で、不幸せから脱出するように努める必要があります。このことばはもともと、不当な遇に腹を立て、勤めを休んでふてくされている人物に向かって、「そんなことでは、今以上にひどいことになりますぞ」と、いましめたことばであります。不幸せな状態になると、自分の責任は棚に上げて、つい人を怨みたくなるのが人情であります。そんな態度では、いつまでたっても不幸せから脱出できません。幸せは自分で汗してかちとるものです。「天は自ら助くる者を助く」とも言うではないでしょうか。【送料無料】中国古典一日一言
April 25, 2012
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花は半開を看、酒は微酔に飲む「花看半開、酒飲微酔」『菜根譚』花を観賞するなら五分咲きのころ、酒を飲むならホロ酔い機嫌のあたりでやめておきましょうということです。酔っぱらってへドを吐くような飲み方は最低だというものです。『菜根譚』はこう語ったあとで、つぎのようなコメントをつけ加えています。「盈満を履む者は、よろしくこれを思うべし」満ち足りた境遇にある人は、このことをよく考えてほしいというのです。つまりこの一句は、花の見方や酒の飲み方を語りながら、じつは人生の生き方を説こうとしているのです。なんでも思いどおりになる満ち足りた境遇は、往々にして人をダメにします。傲慢になったり、変に意固地になったりして、かえって人から嫌われることが多いです。むろん、したいこと十分にできないような、あまりにも不自由な境遇でも困ります。ホドホドがよいということです。恵まれた人でも、一つや二つ、思いどおりにならないことをかかえていたほうがよいのかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
April 24, 2012
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窮もまた楽しみ、通もまた楽しむ「窮亦楽、通亦楽」『荘子』中国を旅行してまず感ずるのは、生活レベルの低さです。「貧しいなあ」と誰もが思います。だが、もう少し注意深く観察してみると、人々はゆったりした時の流れのなかで、それぞれがそれぞれのやり方で人生を楽しんでいるかのごとくであります。たとえば早朝の上海の街角。鳥籠をさげたお年寄りたちが三三五五集まってきては、お互いの鳥を自慢するかのように、鳴き声に耳を傾けています。あるいはそちこちの空地でのんびりと太極拳を楽しんでいる人々もいます。それぞれの境遇にしながら、じっくりと人生を楽しんでいる姿が、そこにはありました。むろん、人生を楽しむためには、経済的に余裕のあったほうがよいかもしれません。しかし、お金がなかったら人生を楽しめないのかと言うと、そういうものでもないでしょう。二度とない人生です。せっかく生まれてきたからには、生活のなかに自分なりの楽しみを発見し、じっくりと人生を味わいたいものです。【送料無料】中国古典一日一言
April 23, 2012
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天下に忌諱多くして、民いよいよ貧し「天下多忌諱、而民彌貧」『老子』あれもダメ、これもダメと、禁令のたぐいがふえればふえるほど、人民の生活はいよいよ貧しくなるのだといいます。管理や締めつけをきびしくすれば、社会全体が息苦しくなり、人々の創造性も社会の活力も失われてしまいます。その結果、生活水準も思うように向上しません。これは、一部社会主義国の現実を見れば、肯ける面が少なくありません。『老子』の主張を野球にたとえれば、管理野球がこれに近いかもしれません。チーム・プレーを重視し、一人ひとりの私生活にまで干渉するので、選手の個性を殺してしまう。だから、管理野球は、見て面白くありません。『老子』は、こうも語っています。「技術が進めば進むほど社会は乱れ、人間の知恵が増せば増すほど不幸な事件が絶えず、法令が整えば整うほど、犯罪者がふえている」『老子』のこのような主張は、管理社会の現実に鋭く反省を迫ってくるのであります。【送料無料】中国古典一日一言
April 22, 2012
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苛政は虎よりも猛し「苛政猛於虎」『礼記』孔子が弟子たちとともに泰山の麓あたりを通りかかったときのことであります。一人の女性が墓の側でさめざめと泣きくずれているではないですか。孔子は、しばらく泣き声に耳を傾けていたが、やがて子路という弟子をやってわけをたずねさせました。「なんとも悲しげな声で泣いているが、いったいどうしたというのか」「はい、昔、舅が虎に食われ、ついで夫が食われ、いままた息子まで虎に食われてしまいました」「どうしてこんな土地から逃げ出さなかったのか」「ここに住んでいるかぎり、きびしい税金の取り立てがございませんから」孔子はこれを聞いて弟子たちに語ったといいます。「おまえたち、よくおぼえておくがよい、『苛政は虎よりも猛し』ということを」これは、現代でも同じことかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
April 21, 2012
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3人で行えば、必ずわが師あり「三人行、必有我師焉」『論語』「かりに何人かで一緒に仕事をするとしよう。私にとって、かれらはみな先生だ」となります。別な解釈もあるが、今はそう解しておきます。孔子はこう語ったあとで、つぎのように付け加えています。「その善なる者を択びてこれに従い、その不善なる者にしてこれを改む」すぐれた人からは積極的に学べるし、劣る人は私に反省の材料を与えてくれる、というのです。先にも述べたように、孔子という人は、貧しい家庭に育ち、早くから自分で働いて生活の資をかせがなければなりませんでした。言わば、生活の苦労をつぶさになめて育った人であります。そういうなかで孔子は、学問で身を立てようと決意しました。だが、貧しい少年には先生について学ぶことなど不可能です。かれの先生は周囲の人々であり、見たり聞いたりすることが、みな勉強の材料となりました。かれもまた「他山の石」で自分を磨いたのです。【送料無料】中国古典一日一言
April 20, 2012
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他山の石、以って玉を攻くべし「他山之石、可以攻玉」『詩経』よその山から出た石ころでも、こちらの玉を磨く材料とすることができます。つまり、つまらぬ他人の言動でも、自分を鍛える助けとして活用することができるというものです。わかりやすく言えば、「人のふり見て、わがふり直せ」です。自分を鍛えるのは、どんな人にも望まれることであるが、とくに、人の上に立つリーダーには不可欠な条件であります。では、自分を鍛えるには、どうすればよいのでしょうか。まず考えられるのは、立派な人物を目標にし、そのレベルをめざして努力することです。周囲にそのような人物がいない場合はどうするでしょうか。くだらない人物は身の回りにも大勢いるはずだから、かれらを反面教師として利用し、そうならないようにつとめることです。ものは考えよう、どんな相手にも利用価値があります。それが「他山の石」にほかなりません。【送料無料】中国古典一日一言
April 19, 2012
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瓜田に履を納れず、李下に冠を整さず「瓜田不納履、李下不整冠」『文選』「疑わしきは罰せず」は法律の世界だが、個人のモラルとしては、「疑わしきは為さず」ぐらいの心構えが必要なのかもしれません。「瓜畑では靴をはきかえてはならない。李の木の下では、手を上げて冠を直してはならない」というのです。なぜなら、そんなことをすれば、瓜や李を盗み取ろうとしたのではないかと疑われるからであります。誰しも、人から疑われるのは気持のよいことではないです。なかには、濡衣を着せられて、腹立たしい思いをした人も、たくさんいるにちがいありません。だが、人から疑われる原因を、みずからつくっているケースもあるように思います。たとえば、不注意な言動とかふしだらな行為などは、人の疑いを招きやすいです。それを避けるためには、ふだんからきびしく自分を律する必要があります。人から疑われて得になることは、一つもないのです。【送料無料】中国古典一日一言
April 18, 2012
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慮らずんば胡ぞ獲ん、為さずんば成らん「弗盧胡獲、弗為胡成」『書経』「なせばなる」の中国版と言ったところであります。ただし、それだけを強調するのではなく、対句のかたちをとって、前段にも同等のウエートを置いているところが、いかにも中国的であるかもしれません。まず、前段の一句からいきましょう。役に立つ教えを聞いても、上の空で聞き流していたのでは身につきません。ほんとうに自分のものにするためには、自分の頭で考えなさいというものです。とくにこの必要があるのは、現代の若者たちかもしれません。かれらの多くは、出来合いのハウツウにならされて、自分の頭で考えようとしません。これでは、せっかくの知識も身につかないのではないでしょうか。後段の一句は、あえて説明するまでもないでしょう。頭で考えてばかりいて実行しなかったら、せっかくの知識も宝の持ち腐れに終わるというものです。実行の大切なことを強調したことばであります。【送料無料】中国古典一日一言
April 17, 2012
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管鮑の交わり「管鮑之交」『史記』友情とは何かと聞かれたとき、まっ先に思い出されるのが「管鮑の交わり」であります。「管」とはの国の名宰相であった管仲、「鮑」とは、やはり重臣の鮑叔という人物です。のちに管仲は鮑叔の友情について、こう述懐しています。「私はむかし貧乏だったころ、鮑叔と組んで商売をしたことがあった。もうけを分ける段になって、自分のほうが余分に取ったが、かれは欲張り呼ばわりしなかった。私が貧乏なのを知っていたからだ。また、のちに私は幾度か仕官して、そのたびにお払い箱になったが、かれは無能呼ばわりしなかった。私が時節に恵まれないことを察していたからだ。また、私は戦に出るたびに逃げ帰ってきたが、かれは臆病者呼ばわりしなかった。私に年老いた母がいることを知っていたからだ」これで見ると、相手の身になって考えてやることが友情の本質であるようです。【送料無料】中国古典一日一言
April 16, 2012
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君子は交わり絶ちても悪声を出ださず「君子交絶出悪声」『史記』かりに交友関係を絶つことがあっても、「あいつはひどい奴だ」といったたぐいの非難めいたことはいっさい口にしない、これが君子の交わりなのだといいます。中国人は一般に、相手がたしかに信頼できる人間だと見極めるまでは、心を開きません。それをたしかめたところで、友人としてのつき合いが始まります。だが、いったん心を開くと、あくまでも信頼してかかります。何らかの事情(たとえば背信行為)で交際を絶つことになっても、相手の悪口はけっして口にしません。それには、二つの理由が考えられます。一、そんな相手を友人に持ったということは、自分に人間を見る眼がなかったからであり、それをみずから吹聴することになる。一、悪口は必ず相手の耳に入り、いつかどこかで反撃され、一つもプラスにならない。【送料無料】中国古典一日一言
April 15, 2012
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鞠躬尽力、死して後已まん「鞠躬尽力、死而後已」『三国志』『三国志』の諸葛孔明は、劉備亡きあと、その遺言によって蜀の全権を握り、漢王朝の正統を回復すべく、宿敵の魏に戦いを挑みました。この戦いは、国力のちがいなど諸般の事情を考え合わせれば、初めから勝ち目の薄い戦いでした。だが孔明としてはなんとしてもそれをやり遂げなければなりません。なぜならそれが劉備の遺言であり、蜀という国の掲げた国家目標でもあったからです。このときの孔明の決意を語っているのが、この「鞠躬尽力、死して後已まん」ということばであります。これは孔明が二代目劉禅に奉った出陣の挨拶状とでも言うべき「後出師の表」の結びのところに出てきます。「鞠躬」とは、上の者の命令をかしこんで承るといった意味で、この場合、命令と劉備の遺言ということになろう。孔明の後半生はまさに「鞠躬尽力」そのものであり、それが長く人々の感動をさそう理由となったのである。【送料無料】中国古典一日一言
April 14, 2012
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鼎の軽重を問う「問鼎之軽重」『左伝』しかるべき地位についている人物に対して、その資格を疑い、退任を迫ることです。むかし、周の王室に、王位の象徴としての鼎が伝えられていました。この周王室も春秋時代に入るとめっきりと力が衰え、それに代わって、「覇者」と呼ばれる実力者たちが次々と抬頭して天下の政治をとりしきるようになりました。なかには楚の楚王のように、王室の権威に疑いを抱く覇者も現われてきました。あるとき荘王が、王室の使者に向かって、鼎の大きさ重さについてたずねたところ、使者は、「周の徳衰うといえども、天命改まらず、鼎の軽重いまだ問うべからず」と答えたといわれます。しかし現実には、鼎の軽重を問われてもいたし方ないほど、周王室の権威は衰えていたのでした。現代のリーダーも、鼎の軽重を問われるようになってはおしまいです。そうならないためには、リーダーにふさわしい徳と力を、しっかりと保持していなければなりません。【送料無料】中国古典一日一言
April 13, 2012
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すでに明かつ哲、以ってその身を保つ「既明且哲、以保其身」『中庸』ここから「明哲保身」という成語が生まれました。「保身」ということばは、あまりいい意味では使われなくなりました。「汲々として保身につとめている」とか「自分の保身ばかりはかっている」とか、非難のニュアンスで使われることが多いです。しかし、もともとは悪い意味をもったことばではありません。生きにくい世の中を無事に生き抜くこと、それが「身を保つ」であり、「保身」であります。「無事これ名馬」といったようなもので、考えようによっては、これほどむずかしいことはないかもしれません。そのむずかしいことを可能にするには何が必要かと言えば、「明」と「哲」です。「明」も「哲」も同じような意味で、事理に明るく、読みの深いことをいう。なるほど、この二つの条件があれば、どんな乱世でも、しっかりと「身を保つ」ことができるかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
April 12, 2012
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暴虎馮河、死して悔いなき者は、吾与にせず「暴虎馮河、死而無悔者、吾不与也」『論語』孔子の門人に、子路という血の気の多い人物がいました。あるとき、この子路が孔子に向かって、「もし先生が大国の総司令官に任命された場合、頼りにされるのはどんな部下ですか」とたずねたところ、孔子はこう答えています。「暴虎馮河、死して悔いなき者は、吾与にせず。必ずや事に臨んで懼れ、謀りごとを好んで成す者なり」 訳せば、つぎのようになるでありましょう。「素手で虎に立ち向かったり、歩いて黄河を渡るたぐいの命知らずはごめんだね。むしろ臆病なぐらい注意深く、成功率の高い周到綿密な計画を立てる人間のほうが頼りになるよ」「暴虎馮河」の手合いを敬遠したくなるのは、孔子だけではないでしょう。上の者から見た場合、安心して仕事を任せられるのは、やはり思慮深く、慎重な人物であるにちがいないと思います。【送料無料】中国古典一日一言
April 11, 2012
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まさに大いに為すあらんとする君は、必ず召さざる所の臣あり「将大有為之君、必有所不召之臣」『孟子』「将来、大事業を成し遂げようとする君主には、必ず呼びつけにできない臣下がいる」という意味です。過去の例を見ても、そのとおりであります。たとえば、春秋時代に最初の覇者となった桓公には、管仲いう名補佐役がついていました。桓公は臣下の管仲を「仲父」とうやまって教えを受けたといいます。また『三国志』の劉備も、「「三顧の礼」をはらって諸葛孔明を軍師に迎え、以後、作戦計画の立案策定はあげて孔明にゆだねています。だが、並のトップにはこれができません。『孟子』も、こう言って嘆いています。「いま、各国の王はいずれもドングリの背比べで、傑出した者がいない。それというのも、自分以下の人間だけを臣下にしたがり、自分よりすぐれた人物を臣下にしたがらないからだ」呼びつけにできる臣下にばかり取り囲まれていたのでは、大きな仕事などできないばかりか、人間的な堕落まで招きかねません。【送料無料】中国古典一日一言
April 10, 2012
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蓬も麻中に生ずれば、扶けずして直し「蓬生麻中、不扶而直」『苟子』蓬という草は、ふつう、土にへばりついて生えています。しかし、そんな蓬でも、麻のなかに生えれば、まっすぐに、すくすくと育つのだといいます。なぜなら、麻は上へ上へとまっすぐに伸びるので、そのなかに生えれば、蓬もそれに影響されるからであります。人間もそれと同じことです。環境をえらび、よい交友関係に恵まれれば、それに感化されて立派な人間に育つのだといいます。『苟子』は、このことばを引いたあとで、つぎのように語っています。「君子は必ず土地を選んで居を定め、すぐれた人物とだけ交わる。ためにならないものを遠ざけ、正しいものに近づくためである」たしかに人間の性格は、環境によって決定される部分が多いように思います。それに、環境というのは変更不可能なものではありません。その気になれば、いくらでも変えることのできるものです。立派な環境をつくるのも、結局は自分の責任なのかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
April 9, 2012
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その光を和げ、その塵に同じうす「和其光、同其塵」『老子』これを略して「和光同塵」といいます。『老子』は、万物の根源に「道」の存在を認め、この「道」から万物が生み出されてくると考えました。『老子』によれば、「道」はそれほど大きな働きをしながら、いささかも自己主張をせず、いつもしんと静まりかえっているのだといいます。そういう「道」のあり方を説明しているのが、この「和光同塵」ということばであります。「光」とは、才能とか知識といった意味です。「塵」とは、世俗です。したがって、このことばは、「才能を包みかくして世俗と同調する」といった意味になります。人間も、「道」のもっているこういう大いなる徳を身につけることができれば、どんな乱世でも生き抜いていくことができるのだといいます。要するに、自分の才能をひけらかしたり、「おれが、おれが」と出しゃばるような生き方はするなというのです。しぶとい雑草の精神と言ってよいかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
April 8, 2012
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善く戦う者は勝ち易きに勝つ者なり「善戦者勝于易勝者也」『孫子』「勝ち易きに勝つ」とは、余裕をもってらくらくと勝つということです。無理のない自然な勝ち方と言ってもいいです。そういう勝ち方のできるのが、戦功者だというのであります。これは、野球にたとえると、わかりやすいかもしれません。よく野球で、へたな野手ほどファイン・プレーにするといわれます。球の行方を見てから動き出すので、それほどむずかしくない打球でも、逆シングルで捕ったりします。これに対し、うまい野手は、あらかじめ打者のクセを読んで守備位置を変え、カーンという打球音を聞いたとたんに動きを起こしています。だから、むずかしい打球でも、体の正面でらくらくと捕っています。「勝ち易きに勝つ」とは、うまい野手の捕球のようなものです。これができるためには、情況に対する深い読みと、万全の準備を必要とするが、仕事でも、こんな勝ち方を心がけたいものです。【送料無料】中国古典一日一言
April 7, 2012
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事を処するには心あるべからず「処事不可有心」『宋名臣言行録』この場合、「心」というのは、下心であります。宋代の名宰相に韓きという人物がいるが、そのかれがこう語っています。「事を処するには心あるべからず。心あれば自然ならず。自然ならざればみ機る」ことを処理するのに、へんな下心があってはいけない。下心があると、どうしても無理が生じ、したがって騷ぎのもとになる、というのです。韓きは、こんな例をあげています。太原地区は昔から射術が盛んでした。その地区の長官がこれを利用しようとかかり、射術の上手な者を軍籍に入れたうえ、かれらに角弓の使用を命じました。ところがこの地方は貧しい所で、木弓しかありません。それで、人々はわざわざ牛を売って角弓を用意しなければならず、大騒ぎになってしまいました。韓きはこのエピソードを紹介したあとで、「これ有心より出ずればなり」と語っています。へたな駆け引き休むに似たり、ということでありましょう。【送料無料】中国古典一日一言
April 6, 2012
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伏すこと久しきは、飛ぶこと必ず高し「伏久者飛必高」『菜根譚』「長いあいだうずくまって力をたくわえていた鳥は、いったん飛び立てば、必ず高く舞いあがる」のだといいます。『菜根譚』はこう語ったあとで、さらに、つぎのように付け加えています。「他に先がけて開いた花は、散るのもまた早い。この道理さえわきまえていれば、途中でへたばる心配もないし、功をあせっていらいらすることもない」人生に逆境はつきものです。問題は、その時期をどう過ごすかです。もっともまずいのは、あせってバタバタ動き回ることです。そんなことをやっていたのでは、かえってエネルギーを消耗してしまいます。ピンチこそチャンスだといいます。逆境のときこそ、じつは自分を鍛えなおすチャンスであります。あせらず騒がずじっくりと力をたくわえながら、静かに時を待ちたいものです。「大器晩成」(『老子』)ということばもあるではないでしょうか。PHP文庫中国古典一日一言/守屋洋
April 5, 2012
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これ賢これ徳、よく人を服す「惟賢惟徳、能服於人」『三国志』『三国志』の劉備が呉と戦って大敗を喫し、丞相の諸葛孔明に後事を託して白帝城で死去したとき、わが子劉禅にあてて一通の遺書をしたためています。そのなかに、このことばが出てくるのであります。そのなかで劉備は、「人生五十まで生きれば短命だとは言えない。ましてわしは六十余歳。恨むこともないし、悔やむこともない。ただひとつ心にかかるのはおまえたち兄弟のことだ」と語り、つぎのように述べています。「小さな悪だからといって、けっして行なってはならぬ。小さな善だからといつて、けっして怠ってはならぬ。賢と徳、この二字が人を動かすのである(これ賢これ徳、よく人を服す)。そなたの父は徳に欠けていた。この父にならってはならぬ」劉備は、謙虚と信頼をもって部下に接しました。言わば、他の誰よりも徳を身につけていた人です。それなのに、「わしは徳に欠けていた」と反省しているところが、いかにも劉備らしいです。PHP文庫中国古典一日一言/守屋洋
April 4, 2012
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柱に膠して瑟を鼓す「膠柱而鼓瑟」『史記』琴柱を膠で固定してしまったのでは、出てくるのは同じ音ばかりで音楽にならないです。つまり、融通のきかない硬直した思考を笑ったのが、このことばであります。戦国時代、の趙の国に趙奢という名将がいました。その子の趙括も、子供のころから兵法書を研究し、軍事にかけては、自分の右に出る者はいないと自負していました。趙奢亡きあと、この趙括が趙軍の総司令官にされての大軍を迎え撃つことになりました。ところが趙括はあえなくを喫し、みずからも戦死してしまお、あし。なぜ趙括は敗れ去ったのでしょうか。じつはかれが総司令官に起用されたとき、重臣の一人がこう言って反対しているのであります。「趙括の兵法は、柱に膠して瑟を鼓すようなもの。理屈こそ達者ですが、いざ実戦ともなれば、臨機応変の指揮などできますまい」言わば趙括の敗因は、実戦体験に乏しい硬直した思考にあったのです。【送料無料】中国古典一日一言
April 3, 2012
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君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず「君子和而不同、小人同而不和」『論語』「和」とは、自分の主体性を堅持しながら他と協調することです。「同」とは付和雷同です。したがって、このことばの意味は、「君子は協調性に富むが、無原則な妥協はせする。小人は逆である。やたらと妥協はするけれども、真の協調性には欠けている」となります。日本の社会では、昔から「和」が強調されてきました。現代でも、しきりに組織の「和」が強調されています。だが、孔子のこのことばに照らしてみると、われわれの理解している「和」には問題がないではないです。なぜなら、「和」が強調されるあまり、個人が組織のなかに埋没する傾向が強いからであります。孔子に言わせると、それは、「和」というよりも「同」に近いです。「和」が強調されるのは、それ自体、結構なことであります。だが、その前提として、一人ひとりの主体性がしっかりと確立されていなければなりません。それがあって、はじめてほんものの「和」が生まれてくるのであります。【送料無料】中国古典一日一言
April 2, 2012
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流水の清濁はその源に在り「流水清濁在其源」『貞観政要』「源」とは、組織のトップです。トップがまともであれば、おのずから部下もまっとうになり、トップがでたらめであれば、自然にそれが部下にも感染していくものだという意味であります。名君といわれた唐の太宗が、このことばを引いて、つぎのように語っています。「流水が澄んでいるか濁っているかは、源の善しあしにかかっている。君主と人民の関係を河にたとえれば、君主は源、人民は流水のようなものだ。君主が自分ででたらめなことをしておりながら、臣下にまっとうなことを期待するのは、ちょうど濁った源をそのままにしておいて流水の澄むことを望むようなもの、どだい無理な話ではないか」太宗の言う君主と人民の関係を、企業の管理職と部下の関係に置きかえても、同じことが言えるでしょう。部下が言うことを聞いてくれないとこぼすまえに、自分のふだんの言動をチェックしてみる必要があるかもしれません。【送料無料】中国古典一日一言
April 1, 2012
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