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斜めからインドネシアを眺めよう 473 大荒れの天気らしいが、静岡そしてスルガ(天国)は快晴、とまでは良かったが、2009年末日、大晦日、何が、こんな日までと言われそうだが、ゴルフ。途中から、強風が吹き荒れ、風が収まるのを待ってからでないと打てない。寒いさむい、鼻水タラタラ、体が強張って、パットもままならない。それに、何もかもセルフサービス、キャディーはいない。カート操縦のリモコンはなぜか私が捜査することなってしまうし、パターなどクラブの運び役にもなってしまったので、走り回った。みなさん私よりゴルフは、上手だが、行動が遅い、私はたくさん打つが、行動が早い、走るのは私だけでした。散々な最終ゴルフでした。余りの冷たさに風呂へ入って、温まって車で居眠りをしながら家に帰ってきたのが17:00。付き合いで、仕方がない。インドネシアでの仕事と大いに関係がある。 まだ、発表はできないが、MM2100やEJIP或いは、JABABAKAで何かが進行しているというか、決まっている。 今年は、この歳になって、やらざるを得なくなって、やってしまったことが多く、しかし、どちらかというと準備の年でした。ほとんど、準備が整った年でした。万全とは思わないが、ほぼ、予定通りで進行した。動きはこれから、表面化し、波紋を大きくしてゆくことになるでしょう。お世話になった方々、皆さんに御礼を申し上げます。来年もよろしくです。 家庭的には、小さい幸せを享受している。ドイツから娘夫婦と孫二人、四人,にぎやかである。買い物も、ねだられれば、買ってしまう。分けのわからないおもちゃも買ってやってしまう。おじいちゃんとしては泣かれたり、愚図がられたりされることが苦手、その前に彼女たちが欲しがる物は買って上げてしまう。これが、小さな幸せである。日本に集合できることが小さな幸せである。1月4日午前中に重要な会議がある。ゴルフの帰りは一般道を使って帰った、大崩海岸から富士山と愛鷹山と日本平を望む、駿河湾は一望である。焼津と静岡を結ぶ断崖絶壁に海岸道路で、大型車両は通行できないので、観光バスは通過できないため、素晴らしい場所だが、知られていないと思う。
2009.12.31
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斜めからインドネシアを眺めよう 472住処からロンボク島リンジャニ山への往復、一人で、車でやってみました。かなり、無茶な行動でしたが、かなりの記念になりました。写真集です。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/index.htm 典型的な冬型西高東低の気圧配置がしばらく定着しそうで、北日本は、厳しい天候が続きそうですが、静岡は乾燥した澄み切った天候が続きそうです。 家電安売り店へ行って、インドネシアではまだ、売られていないと思われる、USB port hubとUSB扇風機を仕入れてきた。LEDランプはインドネシアで売っている。 ホームセンターのジャンボエンチョウというのが静岡市では一番大きい。二店舗ある。富士市に遠藤材木店が発祥だが、私が東洋プラスチック精工時代、K君という従業員がいた。彼は共産党の下部組織、民青という組織の地方のリーダーだった。私とほとんど同じ年齢で、彼が組合の委員長選挙に立候補した。そこで、私としては彼が委員長になってしまうと外部の上位団体が乗り込んできて、引っかきまわされる恐れを感じて、会社側というわけではなかったが、彼が無投票で委員長になってしまうことは許せなかった。私がそこでやるしかないと思って立候補した。結果は大差で私が勝手しまった。落胆したかどうかは知らないが、しばらくして、会社を辞めてしまった。 また、しばらくして、結婚した。その相手が、富士の材木屋の娘さんで婿養子に入った。民青仲間のようだった。ところがである。義父がそのころの走りのDIY店をオープンさせた。その後、チエーン点を作っていった。彼が経営者になったのです。民青のリーダーだったころの思想とは全く逆の方向になったのですが、矛盾を観じなかったのでしょうか。そして、静岡市に進出させ、地元では、一番、有名な大きい、ホームセンターになった。初代の静岡支店長が彼だった。私も、静岡に進出していたので、工具をよく買いに行った。店で、彼と会うたびに、現状を話していた。 先日も、インドネシアへハンドキャリーする工具類の買い物にいったが、彼は社長になっていて本部の富士にいると、会計のパートの女性が言っていた。
2009.12.30
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斜めからインドネシアを眺めよう 471 日本でのゴルフ、雨に降られなかっただけでも、良かったと、しなければならないでしょう。インドネシアなら5:30家を出て、6:00過ぎにティーオフで、11:00頃終わり、昼食を皆さんと取って、13:30頃ゴルフ場を後にする。しかし、日本の真冬のゴルフはそうはいかない。ゴルフ場までは家から一時間かかるとして、06:00、真っ暗の中、家を出て、7:00過ぎに到着、夜が明けた、7:35ティーオフでした。 とにかく寒い、ひたすら寒い、そして、霜が降りてそれが凍っていてつるつる滑る。日が当たりだしたのが、8時半を回ってからだった。鼻水が止まらない、両手袋をしていても、かじかんでいて、自由が利かない。体の回りも悪い、出ない距離が尚でない。良いこと無しで、ただひたすらゴルフをする。そして終わったのが、15:00頃、早い方である。明るいうちに、家に着いた。 日本でのゴルフは、私が返ってきたということで、普段、ご無沙汰している方たちが一緒にやってくれるので、断るわけにはいかない。孫や婿殿が来ていても、久し振りにお会いする方々の方が優先となる。違うメンバーで31日にも予定されている。 インドネシアで日常的に気楽な人々とやっているのとは、ちょっと意味が違って、ちょっと重要な機会です。 お風呂に入っているとき、パニック障害の症状は消える。このことは、この病気の症状が出始めたときから意識していた。湯舟に浸かって、天井を見上げているとき、頭の重さがなくなる、目眩をしそうな心配が消える。なぜなのでしょうか。気持がいい。具合が良くない時でも、バスタブに入れば、悪い具合が消える。薬を飲むより効果がある。しかし、出て、しばらくすれば、前の状態に戻ってしまう。 また、日本の寒い時期には、症状が軽くなる、時には、症状のことを意識しなくなっている自分に気が付く。なぜでしょう。共通点は、頭が冷えている事です。頭が収縮しているときです。 とにかく、お風呂に浸かると極楽々々である。特に、日本の冬のお風呂はGoodである。
2009.12.29
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斜めからインドネシアを眺めよう 470 朝から、しとしとと雨、初めての雨でした。かと思ったら、10時前には晴れ間が広がって温かい。 今頃書くのは、もう遅れているかもしれないが、“巣籠もり“何とかかんとかというのが私の耳には新しい。今年の流行語大賞をチェックしてみた。意味が分からなかった言葉が何点かあった。意味が分かっても、何故これが?というのもあった。やはり、浦島太郎である。”間際消費”というのも新しい。“巣籠もり“何とか、というのは流行語のなっていなかったので、まだ、新しいらしい。お金がないから、出来るだけ、家に閉じこもって何もしないでじっとしている人が増えている。そこで、その人たちをちょっとでも、こもりっきりから引っ張り出してお金を使っていただこうと、あの手この手を考える、という、現象を云っているらしい。 ぎりぎりまで、買わない、とか、行かないで迷っている人達を最後だから、期間限定だから、ここがけだからとか、あなたみたいな人達だけだからといって、一押しの誘いをして、気持ちを動かそうという商法に乗せられて、お金を使ってしまうという、のが、”間際消費”と云うらしい。いずれも、ぎりぎりの攻防というか、努力というか、涙ぐましくて、日本も、こんなになってしまったのかと、気の毒に思う。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ ところで、6か月ぶりの日本で一番目についたのが、黄色ナンバーの車である。今や、車の半数以上が小型になってしまった印象がある。県立病院の駐車場の病院に近い場所は、小型専用駐車場かと思ったくらいで、白ナンバーが一台もない、百台近く全部が見事に黄色ナンバーだった。お年寄りや女性は病院へ早く来て、駐車場に入ってすぐの建物に近い所に止めるのでしょう、だから、黄ナンバーが先に駐車してしまうのでしょう。 それから、その気になって見ると、一般道や他の駐車場でも、黄色ナンバーは確かに多くなっている。高年齢化と節約志向で、軽の利用者が増えていることは、世相を表して、当然だと思う。 “派遣切り“”正社員切り“は流行語に乗っていたが、”就職浪人“などはもう言葉として定着してしまって流行語になる資格がない。日本も、ここまできてしまったのか、日本の将来、どうなってしまうのでしょうか。 今日の夕方17:00頃のスーパーマーケットは活気がなかった。
2009.12.28
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斜めからインドネシアを眺めよう 469 帰国してから、四日過ぎて、昨日の夜遅く、娘夫婦が戻ってきて、再会した。アルノさんの希望で、姫路や松本の城を見てきたという。最後が皇居だった。孫達はまだ起きていて、彼らと対面するなり、飛びついて大喜び、いきなり、ドイツ語会話が始まった。内容は、早口で、私には全く分からない。異次元の世界へ行ってしまったみたいだったが、その瞬間、日本語で、私にパパとママに会えて嬉しいと、日本語でいいながら、飛びついて来た。一瞬にして普通に日本語とドイツ語を巧みに切り替える。孫たちの頭の中はどうなっているのでしょうか、すごいと思う。会話に迷いがない。とどこうりがない。考えてしゃべっている風はまったくない。3才4才だから出来るのだと思うが、それでも、まったく、私にといっては、想像ができない世界である。とにかく、感心するばかり。 孫達は、英会話はできないし、アルノと話す時は英語だが、娘と三人だけしかわからない世界に入ってしまうので、英語を使いにくい。それで、私は日本語で話をし、娘にドイツ語で通訳してもらうことにした。二人きりの時は、英語で話す。インドネシア語は全くお呼びでない世界になってしまう。どういう気まぐれなのか、婿殿が家の中の不具合か所を修理したい、と、云いだして、其のための道具や使うものを、ホームセンターへ買いだしに、行くことになった。障子紙やノリやボルトなどなど、総金額、2万円以上、誰がだすかと思っていたら、お父さん、お金持っている?と来た。労力は提供するがお金は出してよというわけである。トンカントンカン始めた、手伝うわけにもいかず、家の中で私は落ち着かない、私の居場所がなくなってしまって、普段、家にいる時の定位置にいることができず、二回の昔の子供部屋へ移動、それで、自分の部屋へ戻ってくることができたのが18:00回っていた。どこうをどう直したのか、見た目や明るさや私が扱う物の使い心地に全く変化は見られなかった。どこを直したのか見ていなかったので、分からない。
2009.12.27
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斜めからインドネシアを眺めよう 468 日本のほとんどの会社は今日から休みになっていると思う。家のすぐそばに丸子工業団地がある。車の部品やいろいろな装置屋が、あるが、日本のこの不景気の中、今日も仕事という会社は無かったようでした。プレスのドカンドカンという音は24日、私が戻った日には既に聞こえてこなかった。 下の前歯4本はインドネシアで入れ歯にして快調、何でも、丸かじりに自然にできて大満足、下の歯が外れてしまった原因のトウモロコシの丸かじるも平気で出来ていた。インドネシアでは珍しい韓国産の梨も丸かじり、ところが昨日、富士リンゴの丸かじりをしたら、ガリッと音がして、いやな予感がしてしまった。 いやな感じが的中、上の前歯の一本が裂けたように前半分だけが取れてしまった。残りの相棒の一本も前へ傾いてしまった。ショック、せっかく、見た目、完璧になったと思っていた矢先だった。暮れ正月は、このまま、間の抜けた顔の状態で過ごすしかない。恰好悪くて、口を大きく開けられない。困ったものである。 インドネシアへ戻ってから、治すしかない。今日はゆっくりできると思ったら、妻は、午後から、ボランティアの生け花教室へ行ってしまった。二人は、近所の子供たちと遊んでいたが、近所の子供はお出かけするから、遊びを止めてしまったので、彼女たちも帰って来てしまった。そうなると、今度は、公園に連れて行って欲しいと云いだした。車に乗せて、近くの駿河湾は用宗海岸の広野公園へ連れて行った。東海地震が来れば、いの一番に何メートルもの高さの津波が押し寄せる予定の場所である。海賊船が沈没しそうな形をした遊具がメインで海岸の台風などの時の防波の施設や駐車場、トイレや遊具など何億円掛けたのでしょうか。しかし、県や市の地震津波お対策とどう関係があるのか、不思議である。何十年も、前から、明日来ても不思議ではないという、一番危険が予想される場所に、こんな子供たちが集まる施設を作るとは、そして、地震津波対策をしていない、近くに避難所はないとは、地震や公園関係省庁や課は、何を考えているのか、理解できない。もっとも、私は、東海地震の周期説など最初から信じないし、どちらかというと、人心を惑わす悪質な預言者のいうことを予算配分者が利用したにすぎないと思っている。地震の発生予知は100年後でもできないと思っている。 ところで、妻は18:00まだ帰っていない。今日帰ってくると云っていた若夫婦もまだ帰ってきていないので、二人の孫の相手をしながら書いていた。
2009.12.26
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斜めからインドネシアを眺めよう 467 使ってみなければ比較ができないから、一度試そうと思ってコリアンエアーを使ってみた。値段は1350US$だったが空港から家まで、往復で4000円、JALは成田着で1000US$程度、家まで、往復18000円位、明らかにコリアンの方が高い。時間はどうか、インチオン(仁川)でも待ち時間を含めて家に着くのが13:00過ぎだが、成田からなら、12:00前に家に着く。 も一つ雰囲気が違う。ガルーダもJALも日本人がほとんどと、コリアンの韓国人が殆どでは、気分が大違い。 だから、もう、富士山静岡空港は使わない。値段が10万円以下なら使ってもいいが、インドネシアからではそうはならないと思う。価格だけで言うなら、マレーシアエアーラインがダントツに安い。 富士山静岡空港は、いずれは、立ちいかなくなると思う。計画の段階から、無駄だと思っている人のほうが多かったと思うが、当時の知事が強引に推し進めた。だれが、賛同したというのか、開港までこぎつけてしまった。 始めて、バゲジを開けせられて、中身のチェックをされた。若い職員の体験のようなものだったのしょう。インドネシアで長期、仕事をしている人がこの空港へ向かえたのは初めてだったのでしょう。中身は、インスタントラーメンと蜂蜜だった。袋を開けて、ラーメンを確認し、蜂蜜のボトルのふたを取って、匂いを確認した。それで終わりだったが、ラーメンの粉にドラッグを混ぜてないのか、蜂蜜にしゃぶしゃぶが混ざっていないのか、確認できたのでしょうか。大丈夫かなと思う。疲れて帰ってきた日に、いきなり、孫たちが、時差の関係でしょうか、23:00過ぎても寝ない。 前、二日間で懲りた妻が、二人に私と寝るように言った。彼女たちもその気になって、夜中過ぎに寝たが、彼女らの寝相が見事に悪い。眠りながら動き回る、其のたびにどちらかが痛いとか、重いとか言って、また、大きく動く。私も布団の中で移動しなければならないし、掛け布団も彼女たちから奪わないと私も眠れない。とんでもない一番でした。彼女たちに両親はどこかの古城巡りをしていて、もう一日、私が孫たちと一緒に寝なければならないらしい。 約、5カ月ぶりに、県立静岡病院で処方してもらって、パニック障害の薬を三ヶ月分買ってきた。インドネシアで処方してもらった、二つの病院の薬を、効きはちょっと良くないようだと、説明しながら、チェックしてもらったが、それらは、万国共通の薬で、妥当だという。ただし、量が半分ぐらいなので、次にもらうときには一日一錠でなく二錠で処方してもらえばいいでしょうと、アドバイスを受けた。 太田化工へ行って、私が以前、保証人をしていた女性と結婚した社員にインドネシアからの食糧品を渡した。私が結びの神でもある彼らには、子供も生まれ、幸福に暮らしている。自己満足の世界である。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
2009.12.25
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斜めからインドネシアを眺めよう 466 06:50インチョン空港に到着、全表示が日本語でも書かれているので、迷うことはないし、広々としているがそう沢山ゲートがあるわけではないので、大変、分かりやすい。今回は08:25登場なので時間も十分すぎるくらいあった。植民地時代の名残でしょうか、電源は110V、差し込みの形状はインドネシアと同じ、Cだった。時間も日本と時差がなく同じ明石を標準時としている。コリアンエアーラインは初めてのことだった。さぞかし、飛行機の中は賑やかいことだろうと思っていたが、さすがに、ナイトフライト、皆さん、眠ってしまって静かなもの、私も、おかげで、目を覚まされたのは、到着40分前の点灯でした。困ったのは、キャビンアテンダントを始め、誰からも、韓国人としか見られなかったこと、全く、何を言っているのか分からない、食事も鳥の空揚げと何とかという韓国料理のどちらかを選ぶらしかったが、分からなくて、指さしたら、韓国料理の方で、辛くて食べられなかった。見渡す限りでは、日本人は私だけのようだった。韓国人以外がどこに座っているかをチェックしてくれていないようだった。 富士山静岡空港は生憎富士山が見えなかった。一年に何日見えるのでしょうか、冬に多く見ることができるでしょうが、距離的に100日以下だと思う。空港の規模は田舎の地方空港である、こんなものでしょう。インドネシアの中でも50番目の規模くらいでしょう。 孫たちが迎えてくれたが、すぐに、近所の女の子の家へ遊びに行ってしまって暗くなっても帰ってこない。近所の子も、彼女がドイツから戻ってくるのが楽しみらしい。なかなか放さない。
2009.12.24
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斜めからインドネシアを眺めよう 465 今日が天皇誕生日で休みだということを全く知らなかった。失礼しました。日本の会社、何箇所かに電話したのですが、呼び出しはしているのだが、電話を取らない。日本はどうなっちゃっているの?水曜日だし、クリスマスには早いし、変だ、変だと思っていたが、日本からの出張者に聞いたら天皇誕生日だと聞かされた。納得した。スカルノハッタ空港からである。富士山静岡空港へは24日10:45着の予定だ。昼前に家に着くでしょう。 この年になっても、いろいろなことがあるなかに、自分を置いているのだから、当然いろいろなことがある。いろいろなことがあるということは、存在感があるということである。とにかく、今年のインドネシアは終了した。
2009.12.23
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斜めからインドネシアを眺めよう 464 デルタマスとMM2100間の高速道路を毎日一回以上は往復する。途中のチカランにも度々立ち寄り会社訪問や買い物をする。会社へ行くだけなら、一般道は2kmほどしか使わない。高速道路に乗っているのはせいぜい10分くらいである。運転手がいないので運転は勿論自身です。 ところが、この頃、運転に集中していない自分にハッとすることが多い。運転中、自分が運転しているとは思っていないのです。考え事をしているのです。前の車との車間が遠くなっているのに追い越し車線を走っていて、後ろの車からパッシンプされて、はっと、するときがある。 たった、10分間、何を考えても、どうにかなることは何もないが、とにかく、考えることが多い。お陰で、10分は、あっという間に過ぎてしまう。危ないことは承知しているが、もう一日である、運転手は使えない。 今日、夜、日本へ出発する。1月6日にインドネシアへ復帰です。日本で、ゆっくり休養とはいかないでしょうが、緊張感は全くないと思う。今回の帰国は楽しみが一杯である。 PT.MAKUTAが移転する工場の押出工場としての工事が来年早々始まる目途がついたので、遅くても、二月末か三月の初めには引っ越しになる。今度こそ、確実に進捗させます。 クリスマスセールと年末セールでどこもかしこも大にぎわい、インドネシアの着実な成長を確認できる。二三年は、安心でしょう。
2009.12.23
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斜めからインドネシアを眺めよう 463私の気持は、インドネシアではなく、既に日本へ行ってしまっている。ニュールンベルグから静岡へ昨晩無事到着したと情報が入った。暮れ正月は全員集合である。家族四人で36万円位だとか、円で見ると安いように思えるが、若い彼らにとっては、かなりの負担だと思う。お年玉を弾まなければならない。一時160円以上だったのが今は120円台/ユーロになっている。自分で投稿をしている http://4travel.jp/traveler/enplaind/のMyページを見ることはないので、気が付かなかったが、何気なく開けて下へ移動したら、赤い矢印で示されていた旅行記別アクセス数というのがあることを知った。早速チェックしてみた。ダントツでスマトラのダナウトバ(トバ湖)へのアクセスが多い。バリやパンガンダランはほどほど来ることは分かるが、何故、トバ湖なのでしょうか。マレーシアやタイから近いからでしょうか。 私としては、ニアスやスンバやブリトゥンをお勧めですが、やはり、知られていないのでしょうね。また、本当に行って見るには、ちょっと、旅慣れた人で、英語の日常会話ができる人でないと、満喫をしにくいと思う場所でもありますが。 これとは違う話だが、アクセス数個人でダントツは、Pさんです。今143回目です。2007年6月が最初の投稿ですから、約900日の間、6.3日毎にアクセスしていただいていることになります。二番目以下は30数回以下ですから、飛びぬけて、すごい回数だと思います。これからも、よろしく、です。 今年も、インドネシアの各地へ行って見たが、レバラン休暇中に、一人で運転して、ロンボク島へ行ったこと、そしてリンジャニ山に挑戦したことが一番印象に残っている。もう、あんな無茶はできないと思う。
2009.12.22
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斜めからインドネシアを眺めよう 462私が、辞める時の社長が完全に常務派で、今、会社の解散の手続きや申請をしているところらしいが、何年かかったら、閉じることができるか見通しがつかない状態で、何もしないで、インドネシアにいる人です。気楽で本人は満足していることでしょう。とにかく、何もしなくていいのですから。「何もすることがないから、帰りたいのだが、本社から帰国命令が出ない」とご本人は、会う人に言っているが、本人から、帰国希望を出していないと、本社人事の人は云っている。もっと上に言っているのかも知れませんが、確認はできていない。Iという社員がインドネシア人と結婚式を上げて結婚したという話を、社長が知らないなら知っておいて貰ったほうがいいと思って、気を利かせて報告したら、その社長さん、即刻、本人に、私がそう云っているが本当か、と、聞いた。本人、其のとおりというわけがない。否定した。そこで、社長も彼の否定を信じて、私を逆に悪い噂をまいていると評価した。実際はもちろん二重結婚していて、日本の本社に知れたり、奥さんに知れたりしたら、大ごとになってしまうので、なお、私へのパワハラが強烈になったのでした。白のものを黒と云っている典型だった。結婚式に招待され立ち会った日本人数人から、私に話があったことでした。社長さん本人は自分の情報網がないので、本当かどうかを自分でチェックする能力がない。このことは、何のことにも通じる。税務署、警察、税関、などなど、何となく自然に入ってこなければならない情報が彼には入ってこないし、彼からも必要と考えていないのか、能力がないので、知らないことが多い。私が、分けが分からない病気にかかった時も、同じだった。知っている英語はほとんどないが、I君の口癖、“スキルが足りない”、“スキルの問題だよ” とインドネシア人に怒鳴っていた。自分のスキルがかなり低い証拠に、赤字か赤字に近いような仕事を細々と取っただけで、何も会社に貢献せず、むしろ、暗い雰囲気を社内に作り、今は、閉鎖した会社を去って、タイの工場に行った。I君、自分のスキルや実績を冷静になって、考え直した方がいいと思いますが。 こんな会社だから、当然、解散の運命だった。自分達が原因とは思っていない。こんな会社は他にもある。その気になって、各工業団地を巡って見ると、閉じてしまった会社が沢山あることに気づく。日本の本社は、ともかく、誤りを認めて、手を打った。認識が遅かったが、そのままにしておくより、遥かに賢明だったと思う。40年以上かかわっている会社ですし、それだけ係わりが続いている人間は、もう、少ないと思う。世代が交代する時期が近いと思いますが、遠くから見詰めています。
2009.12.21
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斜めからインドネシアを眺めよう 461“鉄は熱いうちに打て“という言葉も、意味も、その理由も、子供のころから知っていた。知らない大人は、どうしようもない人だと、思っていた。“鉄は熱いうちに打て“という常識というか諺と云うか当たり前なことというか、このことをあなたは知っていますか。今でも、これを知らない人は、かなり、いろいろな意味で程度が低い人だと思っている。子どものころ、家から安倍川より50mの近所に農機具を主体に作っていた鍛冶屋(この仕事を知っている、若い人も少なくなっていると思う)があった。おやじさんが真っ赤に焼けた鉄をトンテンカントンテンカンとハンマーで叩いて、ちょっと冷めるとまた足で鞴(ふいご)に足で空気を送りながら、鉄を真っ赤にする。加工している仕事を見ながら、大変な仕事だなと、子供のころ感心していたことがある。だから、誰か、忘れたが、大人が“鉄は熱いうちに打て“といった時、すぐに納得した。鉄に限らず、まだ、頭脳が柔らかい時、加工しやすい時に、若いうちに、鍛えましょう、ということも、納得した。手遅れの大人が多いことを外国で認識させられた。インドネシアのA社のころです。本社のNO2のO常務が来ていた。彼が50半ばだったと思う。現場で、大声で、怒鳴っている。熱いうちに何故作業をするのか、危ないじゃないか、冷ましてから作業をするのが常識だ、誰が、こんな方法を指図したんだ。インドネシア人担当者は震えあがっていた。お前らはバカだとかどうしようもないやつらだとか、日本語で怒鳴っている声が、聞こえてしまっていて、本当にみっともないと恥ずかしく思った。彼が完全に間違っていることを言っているのは明らか。黒いカラスを白と云えといっているようなもの。そこで、私は、当時のPT.A社の社長SSさんに、常務が、怒鳴っていることは、正反対ですよと、教えてあげた。その社長は一年ほど前から、A社に海外要員として入っていた人で、常務派までは行っていなかった。それでも、その人もこんなことを知らなかったようで、私が正しいかどうか、確認できない。彼はその作業の標準書を確認した。常務は作業標準書と真反対の方法でやれと怒鳴ったことを、納得してくれた。常識を彼は知らなかったが、常務派になっていなかったのが幸いした。もし、常務派だったら、私が言ったことは、正しいかどうか確認せず、私が、常務を批判しているとだけ報告したでしょう。この常務は、今はA社と何の関係も無くなっている。ラフレシアではありませんBunga Bangkai (Amorphaphollus Titanum)ボゴール植物園のブンガバンカイはブンクルから移植したものです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage041.htmlhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage045.html
2009.12.20
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斜めからインドネシアを眺めよう 460 数年しか使っていないので、見るからにまだ新しい。バイクや車の外装部品(プラスチックが主)の塗装、乾燥設備の大掛かりなものが売りに出ている。売れなければ、大部分は破壊して鉄屑価格で売ってしまう運命にある。もったいないこと、この上なし。だから、今、または、間もなく、その設備をしようと考えている会社や人がいれば、活かせる手を相談したいと思っています。城砦のようなラックが建物全体(900平方メートル)、5階建て一杯大がかりなジャングルジムに鉄板の床が敷いてある、原料や製品の倉庫である。そのラックも鉄くずで売るにはもったいなさすぎる。買ってもらうのは私の技術です。腕です。 これとは別の話で、もうひとつ、懸念するのは、私が考え私が作った装置で、今までインドネシアではできなかったいくつもの製品をできるようにし、それを作る技術者を育てた。そして、日本から輸入していた会社が現地調達できるようにした。その装置を売るのにこちらから出す見積もりが妥当かどうか第三者の専門家に評価してもらうらしい。 何気なく、事務的必要から、口にしたと思うが、どこの誰がこれらのことを私以上に分かっていて、価格が、幾らが妥当か断言できるのでしょうか。以前にも書いているが、その会社のその部門のトップの人が私に技術のことを聞いてくるくらいですから、其の会社には評価できる人はいない。日本のどこにいるのでしょうか。 こちらから、提出する見積もりは、自分なりにかなり低価格で見積もりをだす。目的はやはり、手伝いですから、私が、投資して買った本体部分や付属部品、改造費など実質費用の約80%で出すつもりだ。そこに技術費用や指導料は入れない。客先紹介料も入れない。付属の金型や交換部品は無料、工具や検査器具も、無料。もし、それを、購入価格の明細を出せだの、償却がどうのこうのと云ってくるようだったら、客先紹介費や技術提供料の評価を求める。このことに絡んで、許せない、見逃すことができないこだわりが私にはある。今後、私がインドネシアにいる間にやらなければ、自分自身納得出来ない、インドネシアから離れられないことがある。それは、来年3月から行動を始めようと思っている。 パパンダヤンの噴煙のように。インドネシア各地方別の写真集です。 http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0001.html
2009.12.19
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斜めからインドネシアを眺めよう 459インドネシアのテレビコマーシャルの中にミルクやお菓子でカルシウムの含有量が多いということを強調する為に、背が低い子どもを揶揄するようなものが目立つ。図書館の高い所の本を取れない子どもに先生が取ってあげようかと云っているところへ他の背が高い子が来て、背伸びをして取ってあげたまではいいが、その子が、小さい子に、背が小さいからな、といっていた。また、幼稚園で、キリンの人形が置いてあって、先生がキリンに眼鏡をかけましょうと、小さい子に眼鏡を渡す。もちろんその子は,届かないので、掛けられない。で、別の子が来て簡単に掛けてしまう。 インドネシアの小さい子どもの親は自分の子どもの背が低いことを気にしているのでしょうか。多分日本なら、差別的と問題になりそうな内容です。 どうということはないでしょうが、もうひとつ気になるコマーシャルがある。頭痛を治す薬、即効性を強調したいのでしょうか。 火事場に消防車が駆け付けてホースをいざ火に向けようとしたとき、筒先の人の頭が痛くなって、水の方向が定まらない。炎はめらめらと上がり派手に燃えている。そこへ、他の消防員がその鎮痛剤を与える。たちどころに治って、水が炎に掛りだす。画面は一変して、筒先の消防士がにっこり笑っている後ろの家は真黒に丸焼けになっている。 状況の設定がふさわしくないと思うのですが、インドネシア人は素直にこの宣伝を受け取るのでしょうか。 もうひとつ日本なら許されないコマーシャルは煙草の宣伝です。コマーシャルの20%位は煙草ではないかと思うほど多いが、実物や箱は画面に出てこない。迫力がある日本なら精力剤のコマーシャルかと思わせるので、つい見ていると、煙草のものだったという例が沢山ある。まったく、規制の動きはないし、アルコール類にはうるさい宗教省や関係者もなんとも言わない。 インドネシアでは小学生のバイクを運転し、二人乗り三人乗りをしているように、タバコも普通に吸っていて、大人は何も言わない。
2009.12.18
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斜めからインドネシアを眺めよう 458 例の、病院の悪口を言った、ということで204ジュタ(200万円)を要求された女性への応援で募金が始まったことは書いたが、今までに、集まったコインは500ジュタ(500万円)を超えたと言われている。数えた金額はまだ、半分まで行っていないらしいが、250ジュタ以上になったそうです。まだ、数え続けているのですが、いつ終わるのやら。どこに置いてあるのか知らないが、総重量は10トンを超えていると報道されている。その他に、彼女には政治家や実業家からコインでなく、何十ジュタ百何十ジュタと送られてきていて、合計では1ミリヤール(一千万円)を超えたと言われている。 病院側は二日前に要求の撤回を発表したが、まだ、お金は集まってきているし、数えている。しかし、二人の医者が訴えた件については、もう、撤回できない状態まで進行していて、制度上撤回できないので、裁判は続けられる、例に、禁固とか懲役に方です。この顛末は、まだまだ、先があるようで、今年中には全てが丸く収まることにはならないでしょう。 インドネシアには日本のJISアメリカのASTMのような商品企画SNI規格がある。それに合格した製品はSNIのマークを付けて売ることができる。その規格を申請するのはインドネシア企業だけだと思う。規格の内容をチェックしようとは思わない。JISやULやISOやADTMの規格の方が優先にしているからです。最近、コマーシャルで面白いのに出会った、有名男優がその規格に合った製品を進めている。その内容が、電球が一年切れなかったといったり、扇風機が二年壊れなかった、これはSNI規格にかなっているからだといっている。一年二年持てば優良製品と云っているのが面白い。電気製品は今でも、買う前に必ず、動くこと、点くことを店員が証明することになっている。 インドネシアの暑さの中で、寒気を感じた。昨日の出会いで、“何故”が生じてしまった。私が望まない方向に流れが始まってしまったらしい。断言するには早いが、二言、三言のやり取りで、これは、だめかなと、思わされた。的中しないことを願う。スラバヤから南下し泥海で有名なシドアルジョを通り、東(左)へ向かうとまた、北海岸沿いの道になる、ここはパスルアンです。日本の企業もこの辺りに進出しています。まっすぐは東ジャワの東端、そしてバリへ、南に曲がれば、世界遺産のブロモです。
2009.12.17
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斜めからインドネシアを眺めよう 457 夕方、マリアさんがスラバヤへ帰って行った。私が帰国するより少し早めに帰ってもらった。今度来るのはいつになるでしょうか、早くても3月初めになると思うが、やはり、子宝優先である。この間、また、一人暮らしになる。 今日から、本格的に、新工場の準備を始めるが、K社当時の仲間の手伝いも必要になってくるので、100%雇用や給料を保証するわけではないが、チャンスを作ってあげようと、まだ、フリーの人や別の場所に勤め始めている人も、もし、私と一緒に仕事をやりたいと希望するなら、書類を準備して提出するよう伝えた。射出も押出しも事務や品管など全ての部門です。保証人をしているヤント君が日本から冬休みで戻ってきている。日本からの日本人を何人か案内していて、会えなかったが今日やっと会えた。別に話はないが、静岡産業大学を来春卒業して、静岡県立大学の大学院で二年間勉強をすることの報告があった。以前、受験をするという話は聞いていた。希望があれば、保証人は続けるが、資金援助は、もう、しない。6年間面倒を見てきたし、奨学金とアルバイトで十分のはずである。他の人に回せる。彼は明日からパダンへ義捐金を直接、渡しに行ってくるそうだ。静岡駅前などで募金をしてもらったものを届けるのです。何%かは、既に、日本のインドネシア大使館を通して送ってあるが、残りを届けて、証拠写真やムービーを撮ってくるのです。それを、日本でまた、紹介するのです。今回が始めてではない、アチェの時やこの前のタシクマラヤの時も街頭に立ってお金を寄付してもらい、現地へ送っていた。静岡新聞などマスコミでも紹介された。私が、黒幕であることを誰も知らない。
2009.12.16
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斜めからインドネシアを眺めよう 456 今週はどんな週になるでしょうか。ある会社から、新製品のサンプルを受け取った。三種類である。其の会社のメインの日本へ輸出する製品の主力になるはずで、今まで,受注してきた全て以上の生産量になることは確実で、生産設備の増強が必要で、場所も今の所ではとても対応できない。 その点について、今週は大きな動きがある。 しかし、問題があった。日本で購入している価格が安い。日本で、何故こんなに安い価格でできるのか理解できない。原料費は数年前に比べれば原油価格の高騰で上がっているはず、それでも、価格に転嫁していないのでしょうか、数年前以降全く、値上げの申請はなく、昔の価格が維持されているという。 その会社にとって、どれほどの規模の会社か知らないが、この商品の生産がなくなれば、かなり、工場の雰囲気に影響があるでしょう。人件費を何とか出せるだけでも、その価格で売り続け、継続したい気持ちは分かります。何年か前に多分その会社でしかできないと考えていた、PPのプルファイルをインドネシアで作ってしまい、その会社の多分一ライン分の生産が無くなってしまったという痛い事態があったので、その他の製品でも、そういうことが起きてしまうのではないかという恐れを持っていると思う。しかし、私としても、従業員や客先の利益を考慮し、ぜひ、日本の会社のとんでもない安い価格より、安く出すことにせざるを得ない。同じ、押出し技術者としてもうしわけない気持ちでいっぱいですが、流れは止められない。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ PT.MAKUTAが移転する工場の入口
2009.12.15
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斜めからインドネシアを眺めよう 455 早朝からジャバベカでいつものメンバーでゴルフ、今年、インドネシアでは最後でした。来年のメンバー費を払った。個人永久メンバーですが、8万5千円だった。土日の場合のメンバー、ノンメンバーの差が、7千円位なので、年間12回でとんとんである。私は、多分、30回以上はやるので、十分元は取れる。ちなみにプレー日は無料で、主に、キャディー費とカート費で、2千円払うだけです。1年間だけの会員費は15万円ですから、こちらは、22回くらいで、元が取れることになります。 日系企業や日本人は圧倒的にカラワンの会員が多い。ジャバベカはゴルフ場がどうのこうのでなく、プレー費が高いからやらないという人がおおい。ですから、コンペはカラワンで開かれることがおおいので、私は参加しにくい。コンペに参加すれば、様々な業界の人と知り合うことができて、ゴルフをやる意味が大きくなるが、どうしてもジャバベカだけで、同じ仲間とやるので、情報の範囲が狭くなることは仕方がない。 インドネシアで仕事をする人にとっては、ゴルフをすることが、必須条件に近い。その理由は、大勢に人と知り合い沢山の情報を得ることと、交友範囲を広げることです。上手、下手、ポジションの上下やインドネシア暮らしの長さ、年齢は関係なしに、付き合いができるので、特に若い人、インドネシアの経験が短い人、性格的に内向的だと思う人、無趣味な人、運動神経が良くないと思っている人、にとって、ぜひ、お勧めします。 ただし、初心者でも、マナーについては、経験者から確認して、特に、後続のプレーヤーに迷惑を掛けない注意を払ってほしい。ところで、私ですが、筋力が衰えてきているからでしょうか。飛距離が次第に短くなっているようで、次第に、グリーンまで遠くなっているような気がする。ショートホール全てでドライバーを使うが、この1年一度もグリーンまで届いたことがないので、ニアピン賞は取っていない。145~165mだが、145のところは高くなっているので、転がって登らないので、オンできない。1か所は、グリーン真っ直ぐ打つと、池に入ってしまうので、30度位は左に打つしかない。直接オンは最初からあきらめている。この1年、私と一緒にプレーしていただいた方々に、ありがとうございました、です。
2009.12.14
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斜めからインドネシアを眺めよう 454タイの見も知らない多分SU君だったと思うが、いきなり私に失礼な話し方で「消極的人間だ、自分が売るから、一緒にやりましょうよ」とのたまった。上から物を言っていた。「は、消極的と言われたことは初めてで、どこのだれからも知らない人から、そう言われたことは勿論始めてだ、知っている人は、積極的過ぎると、言う人が多いですよ」と返事した。「自分で、自分のことを積極的人間と言った人に始めて会った」とその人から、言われてしまった。未だ、会ったこともないのに、である。 すごい自信家で、失礼な、人がK社にはいるものだと思った。全く驚かされた。その後、彼から、何の連絡も入らなかったが、半年後くらいに、インドネシアの会社へ来ていて、K社の日本人と話をしているところに私が通りかかった。「タイのSUです」と、自己紹介したが、以前の失礼な剣幕については、まったく、触れなかった。 こういう人は、人を評価判断する根拠はどこに求めるのでしょうか、気に入られるにはどうしたらいいのか、彼の部下になった人は、困ってしまうことでしょう。まだ、タイにいるようだが、今は、インドネシアの射出の面倒を見ていて何もしなかったIという人が、日本に帰れず、タイ工場に移ってSUとコンビで、何かをしているやら、いないやら、似たり寄ったりの名コンビで、程度が同じだから、仲良くやることでしょうが。インドネシアと同じで、タイで製造する意味はないまま続くでしょう。そう遠くない間にタイ工場も解散になることが私には見える。 私が評価すれば消極的というより、仕事を自分ではできない、手本も見せられないで、やらせて、できなければ怒るばかりの、何かを成し遂げようという、知識も動きもない、単なる元常務の顔色を窺って、仕事をしている振りしているだけのかわいそうな人達です。K社にとってもKGS社にとっても、この上ない話で、独占的にエスカレーターのサイドレールの納入ができる。他の新しい仕事も獲得できる大チャンスだった。それを、感情だけで、パーにしてしまった。象徴的な話で、大きな損失を与えた責任は大きい。それを私の責任にした。PT.KGSを解散に追い詰めた人たちは明らかである。私を感情的に攻撃した人には反撃をします。
2009.12.13
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斜めからインドネシアを眺めよう 453 まれに、こういう人に当たるもので、思いがけないパワハラを受ける。全く、会ったことがない、まったく話をしたこともない、K社のタイで営業の仕事をしているらしい私より20歳くらい若い人から、インドネシアの私に電話がかかってきた。いきなり、「太田さんはネガティブな人ですね」と言ってきた。何のことか分からなかったが、どうも、タイにある日系企業のお客さんから私にナイロンプロファイルの成型依頼が入って、それを受け、私は、自腹で、インドネシアで金型や製造装置を作って、日本(私が勤めていた静岡、清水町のT社で、私がつくった)でしかできないと言われている製品を完成させ、サンプルをその日系企業の日本の本社の購買担当者へおくった。そのことが、例の当時のK社の海外責任者のQ常務に、その日系企業の購買から、御社のインドネシア工場からサンプルが届いたが、取引形体はどうするかという、話がはいった。当時常務は自分が全く知らないことだったので、怒り、すぐ、その話はなかったことにもみ消してしまった。私は彼から、余計なことをするなと、また、言われてしまった。ですから、製造技術を教えることは出来たが、商売につなげることができなかった。むきになって常務とケンカしても、インドネシア工場の他の日本人は逆らえないので、納品はできないと、諦めた。それから、約、一年後のこと、タイの駐在員が例のタイの日系企業に売り込みに行った時、その製品の扱いについて、K社の対応は理解できないと言われたのでしょう。彼は、そこで、自分が何とか取引につなげようと思ったのでしょう。インドネシア工場の日本人に問い合わせた。聞かれた日本人は、私が、突然、その仕事から手を引いてしまったと、説明したようです。実際は、私の積極性と手柄を妨害したいだけで、常務の指令は彼らにも伝わっていて、逆らえない。つづく。 今日、私が、会社を移転する場所を決定した。
2009.12.12
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斜めからインドネシアを眺めよう 452 残り、20日になってしまった。今年中に新しい工場に移って、設備も増強して、拡販の準備が終わることを目標として、もがいてみたが、結局、今年中には出来ないと諦めた。それでも、延期になっているだけで、中止ではない。置く場所はまだないが、装置の新規製造と購入は着々と進めている。移転の目標日を2010年2月末日に替えた。 Hari antikorupsi“汚職撲滅デー”とでもいうのでしょうか。ネットの呼びかけによって、9日インドネシア国内各主要都市で、大規模なデモが行われた。警察、検察へと大統領の曖昧な態度への抗議である。センティリ銀行の不明支出の解明の矛先が副大統領と財務大臣に向けられている。マッカサールなど一部の都市を除いて、秩序ある、比較的静かなデモだった。学生や知識人が主体なので、パニックになることはほとんどなかった。それでも、1998年のことを知っている人達は、集団になった時の横暴さを知っているので、大分心配したようで、店を閉めた商店街もあった。コタ、グロドックは営業していたが、客は半分以下の印象だった。例のオーミ病院から訴えられていた女性が払わなければならない204万円は、これも、ネットでの呼びかけで、コインを集める運動が始まっている。全国各所で募金が行われている。数えるだけでも多くのボランテャが必要である。いつ頃まで続くのか知らないが、どんな状態になったら終了するのでしょうか。また、何十万円もいっぺんに寄付する人もいて、二百万円を今週中には超えるでしょうが、インドネシアのことです、この機会に、募金をして、自分の懐へ入れてしまう金額の方が多いことが想像される。罰金の他に半年の禁固刑も言い渡された。これらに対して、抗議のデモが始まっている。ジャカルタは各種デモで渋滞が激しい。
2009.12.11
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斜めからインドネシアを眺めよう 451 ブドウを黙って頂いたという学生時代の話は、現在につながっています。甲府盆地の北側、大学の東側に愛宕山という小高い山があった。山の南端近くに小さな掘っ立て小屋の展望台があって、そこまで、走って、良く登ったものでした。中学や高校の時、浅間さんの山に走って登ったのと同じ感じでした。 甲府盆地が一望できた。今は、設備が整備され、車でそこまで行けるようになっているはずです。デートスポットというところです。その一帯は、葡萄農園が一面に広がっていて、南の斜面の葡萄の出来が良かったので、ランニングのついでに、其処の農園のブドウを黙って、いただいたものでした。 3年になった時に、体育系のクラブを仕切る学友会という上部組織の幹事をさせられていた。その関係で、全学の体育大会の主催も自動的に引き受けた。各学部、学科対抗で駅伝、バスケットボール、バレーボール、タッキュウなど10種目くらいの大会を仕切るのです。事務的な仕事の手伝いとして、教育学部からも女性が何人か来てくれた。日曜日にも、ガリバン刷りなどの仕事があった。その中の一人が、家の農園のブドウを差し入れとして持ってきてくれていた。ブドウ園の娘さんだったのでした。そんなことから、体育大会が終わった翌日から、そのブドウ園の収穫のアルバイトをすることになって、出かけていったら、いつも、黙って、いただいていた農園だった。愛宕園という名前だった。 その後、何回か、友人と一緒にそのブドウ園を訪ねたことがあった。卒業して、二年後に、その女性の消息を聞いて、交際を申し込んだのが、妻です。 インドネシアの山間部の畑や水田は急斜面の棚場が多い。すごいところまで耕していると感心してしまうが、生活でどうしても必要なのでしょう。日本ならとっくに荒れ地に戻っているはずです。そんな斜面にそのブドウ園はあった。兄弟姉妹が7人、今のインドネシアと同じ様な状況が多かったはずです。結婚後何年かは、会社が休みの時、葡萄の消毒や収穫を手伝いに行っていたが、今は、ご両親も無くなっていて、既に、何年も行っていない。もし手伝いに行っても、今の私では、手伝いにならないでしょう。毎年秋には今でもブドウが送られてくる。この孫たちも、昔の葡萄泥棒がなければこの世に出てこなかった。
2009.12.10
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斜めからインドネシアを眺めよう 450私の貯金通帳を公開するわけにもいかないから、証拠を公表できません。他人が信じる、信じないは、全く、問題ではありません。自己満足の世界ですから、こういう、生き方は、私が動けなくなるまで続きます。インドネシアから離れても、続きます。これが、私にとって、楽しいことです。ですから、それを、阻害しようとする人には反発します。インドネシアで楽しく暮らしています。自分の貯えが、少なくなっていくことは当り前で、あの世まで持って行けないし、生きているうちに自分が思うように使い、ちょうどプラスマイナスゼロになるのが理想です。無から無へが私の宗教です。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0066.html 私のその資金はどうして準備したかというと、親から受け取った財産(金銭はゼロでしたが、頭脳と体力)を資本として、高校大学は奨学金とアルバイトで卒業し、30歳のニクソンショックの不景気のころから、会社を興し、50歳のバブルが崩壊するまでの20年間に一日平均18時間仕事をし、高額納税をしながら残した資金です。それを、今、使っているのです。その間、全額会社負担で、毎年、海外へ社員旅行もしていましたし、社員を叱ったことは一度もありません。彼らを採用したのは私ですから、彼らの能力を信頼し、最後は彼らに全部譲ったのです。家族とも、多くの海外旅行をしました。ベルリンの壁が崩壊する二か月前に、ウンターデンリンデンのブランデンブルグを東西ベルリン両側から見学をしました。その経験が、娘や孫が今ドイツにいる遠因になっているかもしれません。妻も私の行動を理解してくれています。彼女は学校の教師として、共稼ぎをしてきましたから、金銭的には自立しており、年金生活をしていますが、いろいろなボランティアをしながら、充実した生活を送っています。私は、年、三回以上は帰国しますし、ドイツからのお客さんもほとんど、毎年、来ています。彼女は、長期でドイツに滞在もします。私が、帰国したとき、妻が家にいないこともあります。妻や子供に財産を残す必要はありません。土地建物だけで十分すぎるくらい、それぞれは自立しており、他人の援助をしています。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0069.htmlまた、私自身は、純粋な年金生活者として、インドネシアでビザを収得することはあり得ません。たとえ、報酬を頂かなくても、技術を教えたり、手伝いをしたりの、仕事ができるように、職場に席を置くにはどうしても労働ビザでなければなりません。ジャングルや山の中へ旅はしますが、インドネシアの様々な勉強をしている若者と頻繁に接するために、山の中に住むこともありません。 写真は日本製には負けるが、中国や台湾製の装置より遥かに信頼できて、安価なメイド イン インドネシアの自動カッター(ナイフ式と丸鋸式)の一号機です。受注生産も始めました。私が、指導をして作って頂いたものです。私たちの会社で現在使っています。ですから、インドネシアのPVCのパイプを作る会社に使っていただくことができます。輸入する必要はなくなりました。 PPタンカル30%入りの製品の検査見本です。こういうものを客先に承認していただき、チェック後に出荷します。この製品もインドネシアの他社では作れません。何故、できないかって? 難しいからです。なぜ、難しいって?他ではできないからです。
2009.12.09
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斜めからインドネシアを眺めよう 449 日本で年金を受け取りながら、外国で、高給を受け取って、高級住宅や車や運転手付き、各種保険や電話代、交通費、交際費、ゴルフの会員権、などなど、会社持ちで、日本食レストランで日本より高い食事をして、現地妻をもち、インドネシア人はだめだ、だめだと怒鳴りつけながら、インドネシアで楽しく暮らしながら、斜めに眺めています。てな人が、実在しても、羨ましいとも思いません。私がそうしたいという願望はゼロです。私の主義に反します。 そういう、仕事のお誘いは数社から現在もありますが、お断りしています。ある会社のインドネシア進出のお手伝いを無報酬で、している、というのもありますが、現在、PT,MAKUTAでアドバイザーとして席を置き、労働ビザなど各種申請、収得は自分でやりました。非常に簡単でしたし、余計な費用はかかりませんでした。親しくしている、エージェントの助けは借りました。家は家賃約二万円です。インドネシア人にしてみれば高級ですが、仕事をしているので、山の中というわけにいかないし、まさか、コスに住むといわけにもいかないので、そこに決めました。自腹です。車は8年前に自分で買ったキジャンです。運転手は、赴任した1996年に会社から、与えられた人を半年、使いましたが、それ以降、10何年間、運転手は使っていません。日本や他への交通費も、ガソリン、電話代、電気代、各種保険、接待費、ゴルフ会員権、すべて、自腹です。食事は、日本食は日本からのお客さんが一緒のとき以外は現地の安い食事です。昼食は40円の社員弁当です。これだけは会社負担です。朝夕は、メードが作ってくれるインドネシア料理です。メード費用も自己負担です。 誰からも、一銭も受け取っていません。 PT.MAKUTAに月平均50万円の資金を提供し、設備の増強の手伝いをしています。その他にも、インドネシア人の従業員とその家族への医療費の肩代わりもしています。日本で、勉強している若者の保証人になって、授業料など毎月30~50万円を自動送金しています。 旅の費用も勿論自分が出しています。それで、全然、無理をしていると思っていません。やりたくてやっていることなので、大満足です。目的は、インドネシア人に私の技術を伝えることと、将来、私のように、他の人のお手伝いができる人を一人でも多く育てることです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ 間もなく日本で会えるアンジェリーナちゃん
2009.12.08
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斜めからインドネシアを眺めよう 448後ろめたい思い出です。私が山梨大学に行っていた四年間、犯罪であることは、分かっていたが、ひもじさに負けて、農家の庭の柿をとったり、ブドウ園にはいってブドウを取ったりした。当時、Wの学生が東京からトラックでブドウを盗んで帰る途中捕まったというニュースもあった。私は、せいぜい、リックサック一杯だった。 イチジク、ザクロ、アケビなども道端から手を延ばせば取れる位置にあったので、失敬をした。山梨大学の学生のことを、梨大生と言われて、甲府を始め山梨県の人たちには一目置かれていた。何となく、梨大生なら許される傾向にあった。 稲刈り直前の田んぼに行って稲刈りをして、稲を持って来てしまうのです。下宿の部屋で,たたいたり、突っついたりし、脱穀して精米して食べた。牛蛙、食用ガエルは、春の合宿の時、夜中に抜けだして、捕まえてきて、丸ごと、煮て,皮をむいて塩味だけでおいしく頂いたものでした。 家庭教師のアルバイトで、何が、楽しみで、行ったかというと、給料もそうだが、終わった後、磯部巻きや各種サンドイッチやなぜかアーモンドチョコボールを頂けることでした。寒い時に靴下をもらったり、耳当てをもらったのもうれしかった。 食料に関して、大変、助かったものでした。インドネシアなら、とっ捕まった場合は袋叩きにされた上に、何年かの懲役になってしまうかもしれません。当時以前だけですが、その辺り(古府中といって、武田信玄の屋敷の周囲)の田んぼには、中学校の時、教科書で勉強した日本住血吸虫の生息地として日本では有名な場所だった。しかし、そんなことを気にしていたら、そこら辺りの、ドジョウやタニシを食べることはできない。今は、とっくに、寄生虫はいなくなっている。しかし、捕まえて食べる生き物も無くなっているでしょう。 インドネシアの寄生虫はまだ、ギョウチュウ、カイチュウ サナダムシなど一般的に持っている人がいます。日本人でも、口から回虫が出てきてびっくりしたという人がいました。回虫を知らない世代の人でしたから、ショックだったらしい。 日本のドライブインのようなレストランのメニューです。ほとんど全部辛い。私は食べることができないので、特別に野菜炒めなど辛くない料理を注文する。今まで、出来ないと断られたことはない。
2009.12.07
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斜めからインドネシアを眺めよう 447 インドネシアのことです。カカオの実を一つ盗んだ人の判決が懲役3か月、50円もしない。ゴムの木に付けてあるコップを3個盗んで、懲役6ヶ月だった。一個、10円合計30円である。いずれも、田舎の貧しい人が、つい、誘惑にかられて、手にしてしまったものです。インドネシアならどこでも、ちょっと手を伸ばせば取れるものです。私は、インドネシアでは、旅人として、何かをいただく時には必ず、そこにいる人に了解を得ます。人がいなければ、いただくことはしません。インドネシアの田舎の人のひもじさは、私が大学のころと、同じだろうと思う。 また、以前書いたが、ある病院のことをSMSした友人がネット上で批判したことで、逮捕された女性は、世論に動かされた司法が収監をやめたが、今回、一審の判決が出た。それは、203万円の罰金でした。月収の100倍です。センチュリーバンクの倒産に絡んで、何億円も受け取ったとされる何人かの政治家やその家族は捕まりもしない。KPKに例の警察との密談を盗聴されたアンゴドという実業家、これも、逮捕しようとしない。奇妙な現象です。国民は憤慨している。学生を主体に抗議のデモが拡大していることは、当然だと思う。ユドヨノ大統領の意思表示がはっきりしない。Tuyulって、知っていますか?インドネシアにいるといわれている、人間の子どものようで、頭がつるっぱげで、手や足が細くて長い。何をするかというと、お金を盗むのです。それが、お札を一枚だけ、盗むそうです。盗まれた人が、気が付くまで、毎晩、一枚ずつ、抜いてゆくそうです。最近、盗んだ瞬間を写した動画がテレビで流されていて、話題になっています。 バンカ島 最大のリゾートホテル 一部屋5千円くらい。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page002.html
2009.12.06
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斜めからインドネシアを眺めよう 446http://www.ab.auone-net.jp/~bekasi/newpage011.html 私が手伝った二つの会社の見積もりの計算の仕方に共通点があった。どちらも、原料価格に固定費や運賃包装費など比例費を乗せ、歩留まりで割って工場価格を出す。検査費や事務費を1.5倍くらいにし、社内価格が決まる。それを、二倍して、客先への見積もり価格とする。売上の50%が利益です。そのうえ、装置の償却は終わっているので、固定費の設定も高くしてある。 ですから、現実離れをした金額になってしまう、当然、客先は高いと判断するので、実際には利益率を下げて出し直すことになる。そして、担当者同士の話で、利益は10%以下になってしまう。最初の計算は何のためだったのでしょうか、という、ことになるが、経営者はそのフォームを変えようとしない。そのうえ、最終的に決まった値段と、最初の計算通りの見積との差を確認していない。 そこで、両者の共通した失敗がある。それは、見積書を書いた担当者の間違いに気が付かず、サインしてしまい、客先に出し、客先は安さにびっくりだが、黙って、注文をしている。両社の代表者は、利益率が高い仕事を獲得したとして、大満足である。間違いの内容は、小数点を一桁間違えて、10で見積もりをする所を1で出してしまっていた。もうひとつは、例えば0.25で出すところを0.05で出してしまっているなどです。私が、客先から、指値を出されて、分かったことです。なぜ、指値をもらったかというと、K社がその仕事から撤退することを通告された会社から、私にその仕事の依頼があったからです。私がいなくなってからK社が引き受けた仕事でした。 しかし、K社はA社に仕事も装置も引き渡してしまって、もう、その損失からは解放させている。A社は、今度は引き継いだお客さんについては価格を見直して、引き受けたが、独自で獲得した仕事のいくつかが明らかにKg当たりの原料価格とKg当たりの製品価格が同じというのがある。これらは、代表者が気付いていない。売り値の半分は利益と思っているのです。納入先から原料を購入して、それの95%程の重量を製品にして戻しているのです。原料を100で買って製品に加工してロスが5ですから95で売っているのです。オマケですが、その客先は原料メーカーから80で買っているのです。これは、何故分かったかというと、内のスタッフが原料支給見積もりと製品の指値を示されたのです。 こういう会社や経営者は他にも沢山あると思います。ぜひ、一度見直してみたらいかがでしょうか。
2009.12.05
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斜めからインドネシアを眺めよう 445 ところで、一ライン残した押出成形装置、日本の本社に送ることになっていて、現在、業者が、その輸出パッキングをしたようです。 これが、不思議、私の技術が100%の装置である、頼りない若者たちでしたが、一応、4人に教えた。ですから、この装置の詳細については少なくとも彼らの中の何人かは、知り尽くしているはずである。図面も1996年から、渡してある。それを今になって日本の本社工場へ移動して使おうということになっているのでしょうか。お金が余っている会社ですから、何故、日本で新品を調達しないのでしょうか。また、日本でも中古装置は捨てるほど売っているはずである、それを、改造して使えば、作業員の勉強にもなると思うのですが、それもしないで、高い運賃を掛けて、インドネシアから、十数年前の装置を移動するのでしょうか。誰が、欲しがったのでしょうか。教えた人間の一人が見に来たと聞いている。その人も、インドネシア時代に原料費の10倍の価格を提出したつもりが小数点の位置を間違えて、原料価格で売り続けて、儲かっていると、思っていた人の一人でした。さんざんいじめて、邪魔者扱いにした、人間から得た装置を、それも、中古を日本まで送るというのは、よっぽど、その装置を当てにしている、技術を頼りにしている証拠である。見栄も、プライドもない状態で、その装置に頼ろうとしているのです。面白いですね。今の私はその装置を新しく作りません。インドネシアでインドネシア人と一緒に作っている装置は、改良品で、当然、十数年前より進歩していますし、より、いろいろな樹脂に対応できるようになっています。 私をおだててうまく使っていれば、もっと簡単に早く、いろいろな新製品の開発ができたはずです。お寺とモスクが仲良く?並んでいる。どちらが後から建てたのでしょうか。
2009.12.04
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斜めからインドネシアを眺めよう 444 インドネシア人に不思議があるが、日本人にも不思議がある。其の会社のために、私がすべて装置を整えて、押出成形の仕事を始めた。日本から、ロクな人間が送られてこなかった上に、押出しについて全く素人の自称射出と営業の専門家(私はそれも素人に近いと思っていた)が会社を牛耳っていたので、私と押出し部門の従業員は散々な差別をされた。まだ完全には済んでいないし、いつになるか分からないが、この会社の撤退は報道されている。私が全て準備しインドネシア人や日本から来た若者に教えようとした装置が8ラインほどあって、私が,居たたまれなくなって、出てしまった後、素人の代表者たちが、その装置を使って作る製品の受注をしたが、受注が増えれば増えるほど、大損をする価格を提示していて、それも、何種類か受注した。また、大手の客先に社内で扱っていないと書類を出してあった塩ビの製品の生産も始めてしまった。当時の本社海外担当取締役はすでに解任されている。それらが、本社が知るようになり、押出し部門を整理せざるを得なくなった。他社に売ることにした。その時に、素人さんの日本人が売り先に言ったことは、「本当は売りたくないが、本社の意向なので仕方がない」だった。そして、本社の意向で、一ラインだけ残した。自称射出と営業の専門家の二人を派遣したにもかかわらず、一向にインドネシア国内売りが増えない、挨拶回りなどの行動もない、本社は匙をなげて、私に売り先の紹介を頼んできた。全面的に撤退することになり、二年ほど経過しているが、まだ、完全撤退まで行っていないし、これから、どれくらいかかるか分からないので、私が紹介した会社は買う意欲はあるが、こりゃ、どうしようもない人たちだと呆れている。我慢強く待つしかない。 大がま岩 全長10m以上ある。
2009.12.03
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斜めからインドネシアを眺めよう 443 師走、その雰囲気全くない、クリスマスセールが始まり、ショッピングモールの綿のトゥリーが目立つ程度です。先々週木曜日にやっと、見つけて、会うことができたSiloam病院の精神科の医者が処方してくれたFluoxetine 20mgと,Alprazolam 0.5mg 朝食後、夕食後にそれぞれ一錠飲む、というのは,残念ながら、私の症状には効き目がないようです。タケノコのSertraline 50mgとAlprazolam 0.5mgのほうがましである。 この頃の症状は、2006年にパニックになり始めた時に似て来てしまった。日本からの、パキシルとコンスタンを飲めば症状は完全に消えて、二三日は消えたままになるが、もう、四回分しか残っていない。インドネシアで手に入れた薬を飲みながら、ひどいときだけ日本からの薬を飲んで、県立病院を予約した、年末25日まで、なんとか、持たせたい。 しかし、脈が一瞬抜けて、くらっとして、立っていられなくなっても、もう、その状態に慣れてしまっているので、パニックにはならない。すぐ病院へ駆け込もうとは思わない。命にかかわることは100%無いと思っている。問題は、頭がしばらく重い状態がのこり、それが収まるまで、じっとしていなければならないことです。5分ぐらいで、普通に戻ります。ひどい時で、一日二回です。寝ているときは知りません。 自分でもやらなければならないことがたくさん残っているし、他の人たちからも、頼りにされている。もう少し、両方ともから解放されればいいと思っているくらいで、自分が、誰からも必要とされていない、生きている価値がない、などとは微塵も思わない。だから、うつ病ではないことは分かっている。しかし、うつ病は、誰かからの一言で、がらっと、考え方が変わって、直ってしまう、らしい。パニック障害も、誰かの一言で治ってほしいものです。私のための、誰かの一言になるかどうか、K社の常務が解任されたことを初めて知った。これで、社内のセクハラ、パワハラが無くなり、風通しがいい、社風になるでしょう。強く買いです。パラウントベッドさんのカレンダーの今月の写真はパンガンダラン東海岸のサンライズです。私の自慢の一枚です。
2009.12.02
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斜めからインドネシアを眺めよう 442旅から戻って急に現実に戻ってしまった。昼過ぎから、購入済みの装置を一部、仮の工場に異動しながら今後の予定を検討した。今週中に,すべての装置を引き取るつもりだ、総額二千万円ほどのものである。稼働の日程はまだ決められないが、一月の初旬には稼働していることを目標にする。しかし、これも、あくまでも、テンポラリーである。 インドネシアのテレビのニュースで、不思議な報道がある。ひき逃げして逃げている車をカメラが追っている。そして、誰か知らないが、バイクで追い付いてきて、その車の前に出て、その車を止めようとしている。その車がバイクを避けて、前に出てなおも逃げている、その状態を二回繰り返したあと、途切れて、今度は、逃げた車から引っ張り出した運転手を数人が寄ってたかって殴るけるを繰り返している。また、途切れて、ひき逃げされた人間が頭から血を流して横たわっている姿が移された。不思議だと思いませんか、なぜ、逃げる車をカメラがいきなり捕らえたのでしょうか。そして犯人を殴るところまで、何故とらえることができたのでしょうか。この場所で、ひき逃げ事件が起きることが分かっていたのでしょうか。 14歳の少女が今、一メートルの身長しかない。13歳の時、1m60有ったそうです。一年の間にみるみる背が縮んでしまったのです。まだ、縮み続けているという。どこまで、縮むか分からない。見たところ、体のバランスも良い。頭の大きさも、足の大きさも、比例して縮んでいて、胴体だけや足だけが縮んでいるわけではない。医者は、原因が分からないといっている。そうでしょう。象足病は原因がはっきりしていて、同じ部落の何人かが、かかっていたが、今回の現象は一人きりである。誰かが呪いをかけたのか、サタンの仕業としか言いようがないようだ。
2009.12.01
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