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「手が小さいのですがギターは弾けますか?」「指が短いのですが大丈夫でしょうか?」これらは、実に多い質問の部類かもしれませんね、確かに、弦を押さえる左手に関して簡単に「それは全く関係ないです!」と言ってしまう気はありません、ですが多少の影響はあるとはいえ、「基本的には、問題になる程の影響はない」と僕は考えています実際、嘆いていても、成長過程を終えた成人の手が大きくなることはないでしょうし、できることなら自分の手と仲良くし、「そのためにどんな工夫をすべきか?」と考えていった方が現実的ですまた、僕自身も自分よりも手が小さい、あるいは指が短いギタリストが様々なコードを容易に押さえる左手を見ながら「なぜ これができるのだろう?」と悩んでいた一時期があり、そこから様々アドバイスを受けながら、身体の使い方や角度など、考え方や工夫することを覚えましたが、そこで「指の長さより使い方だな・・」と思い知りました僕は、どちらかというと指が長い部類かと思いますが、それ故に考えることを怠ってしまったひとつの例かもしれません、「ギターの持ち方は?」「軸指は?」「指とギターに対しての角度は?」「左手の脇はどう使うのか?」「そもそも力で何とかしようとしていないか?」「指が拡張するというのはどういうことか?」「ギターを正面から見過ぎていないか?」等々・・・何かしら、参考になれば良いのですが・・この点は、独習でがむしゃらに頑張り過ぎずにアドバイスを受けてみるのは、かなり有効かとも思います!
2023.03.29
「Fのコードが押さえれなくてギターを挫折しました・・」実際、独学者だった方からよく耳にする話ですが、これは、まず少し考え方を変えてみることを提案します!左手のセーハ(バレー)の時に人差し指の力が足りないから、力一杯に強く押さえよう!と考えていませんか?もし、そうだとするならば、セーハ以外の他の指をまず優先して、一番最後に人差し指で補足するように試してみてください左手の人差し指はギターで言うところの指番号が1であり、かつ器用な指ですのでどうしても優先されがちですが、一度、そういう先入観を取り去るところからアプローチすると必要な力の加減が見えてきて自分のポイントが見えてくるかもしれません!特に、左手の親指が痛い!という場合は力の入れすぎ、握る力に頼りすぎている可能性が高いですので、くれぐれも注意してください!痛みはサインでもあるので敏感になっていきましょう!
2023.03.23
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先日、久しぶりに高村薫氏の作品「太陽を曳く馬」を読了しました先に読み終えていた奥さんに「どうだった?」と尋ねると「うーん 簡単に説明できないから自分で読んでみた方がいいよ!」との談でしたが、いやはや、確かにこれを説明するのは至難の業といいますか、僕自身も果たして読了と書いておきながら何とか読み通した・・というのが本当のところで、圧倒的な筆力に、しばし呆然とする程でした「芸術」「宗教」「法」のそれぞれの視点から世界を眺めた時言葉はどこまで通じ合い、調和を見出すことが出来るのであろうか?この物語は僕自身にどんな作用を与えていくのか?少し時を置いた後にもう一度読んでみたい作品です話は変わりますが、来月に村上春樹さんの新作が発表されるのですね!実に6年ぶりの長編、実に楽しみです!!【中古】 太陽を曳く馬(上)/高村薫【著】 【中古】afb【中古】【古本】太陽を曳く馬 下 新潮社 高村薫/著【文芸 日本文学 文学 女性作家】
2023.03.23
「ギターを弾くために左手の握力を鍛える」確かに、僕がギターを始めたころそういった風説と言いますか根拠に乏しい思い込みの言説はありました。でも今から40年近く前の話ですからこれもやむを得ないですよね・・僕自身もそう思い込んでいた時代がありました!現在の僕自身はギターの左手は、「握る力」つまり握力ではなく、それぞれの指を独立させて、どう脱力し、そして最小限のエネルギーで稼働させていくか?という事を中心にいつも考えています握る力を主役に考えると、指の柔軟性を奪い瞬発力や立ち上がりの速度を損なってしまう恐れがあります実際に、ギターの左手の押弦は「おはしを持つ力」程度かとも思います、もちろん、握力をひたすら鍛えることでもしかしたら僕の知らない境地があるのかもしれませんが、そこに費やす時間がもしあるのなら、「いかに脱力、リラックスしてくのか?」という方向性で練習していく方が圧倒的に良いかもしれませんね!
2023.03.16
こんばんはこれもよくある質問です!結論から言うと僕は鏡を使っての練習は取り入れています、その理由は、「自分のフォームをチェック」するというはっきりしたものです、右手や左手はもちろん、座り方や構え方、自分の姿を知ることで、他者との比較や修正がしやすくなると考えているからです。ただ、くれぐれも鏡を頼りすぎて「視覚的」にギターを練習することは、注意した方が賢明かとも思います。最悪、「鏡がないと弾けません!」となってしまうと本末転倒です人間の感覚器官の中では「聴覚」が一番速く、鋭いと一般的に言われておrますが、「視覚」を中心に練習することで、本来「聴覚」に従って動いてくれるはずの指が逆に動かなくなり、成長が止まってしまう恐れがあるからです、何でも、やり過ぎはよくありません、目的を見失わず、取り入れていってください!
2023.03.15

先日、久しぶりの札幌在住の同級生が電話でこう語った「現在都内在住の息子が、ある大学のビッグバンドの公演にピアニストとして出演するんだ・・」と続けて話を聞いていると、昨年、ある大手楽器店のビッグバンドコンテストでどうも最優秀ソリスト賞を受賞し、そして、その大学のビッグバンドはフュージョンバンド「カシオペア」でかつてドラムスだった神保さんや、「スクエア」でキーボード担当だった和泉(故人)さんを輩出してきた、歴史と伝統のある名門サークルであることを思い出した今から10年以上前の雪の降る年末、その友人の自宅に訪れた僕にあるスペインクラシック音楽をふるまってくれたその少年の姿は今もありありと覚えていますそれに合わせて上京するという友人に再会、そしてコンサートの同行許可とチケットの手配の無理をお願いし、初のビッグバンド鑑賞をしてきました!実は、あまりに僕はビッグバンドを知らな過ぎた事もありスゥイングジャズ時代のスタンダードを少しだけ予習したりもしていったのはここだけの話・・初めて生で聞く、大人数の金管楽器を含めたバンドアンサンブルは実に新鮮で選曲も現代的で(僕の予習の意味は聞かないでください・・)実にエネルギッシュでチームワークのある音を楽しませて頂きましたピアニストであるご子息の「縛りの無い風通しの良い音」そして、音楽を全身で感じながらアンサンブルで一致させていく所作に、これから更に磨かれ開花されるであろう才能の麦芽を感じさせるもので本当にこれからが楽しみです終演後少しだけ挨拶させていただきましたが、その軽やかな佇まいである彼の前では、僕のアレコレの言葉は無粋というもの、次世代の自由な感性と技術は僕の経験や想像など軽く超えて新しい道や手法を開拓していくのでしょうし、時に余計なコメントは雑音にもなりかねませんそう思いながらも帰り道にふと気がつくと、今の自分に伝えられる事は何であろうか?言葉を探している自分に出逢います、「もしかしたらこれが老婆心というものかもしれないな・・」と何かしらの違う形で見守りたいものです!※ 写真はステージの休憩の合間に撮影したものですが、あんまり雰囲気出てなくてすみません!
2023.03.08
音楽のジャンルやカテゴライズに出来るだけ偏見は持たないように常にニュートラルであるように注意を払いつつも、限定された時間の中で、かつ自身の志向性や嗜好性?が介入してくる以上は、特に嫌いでもないのに、距離が遠のいたまま現在に至ってしまった音楽というのがいくつもある、ここ10年で僕自身が大きく変化したのは、クラシックとジャズを好んで聞くようになったことかもしれませんが、何故か、ロックやブルース等には今まで全く縁がなく、(恐らくエレクトリック主体の音を無意識に避けていた事も影響しているかと思います)自分でも「なぜだろう?」と思ったりもしていたのですが、先日、「ベースでフラメンコを学びたい」とレッスンに来てくれている、ベーシストの生徒さんがライブに出演するという事で見に行ってきました!いやはや! 下町にある常連さんで集うその親密なスペースは何とも音も人間も濃密で、久しぶりに聞くエレクトリックの音も、「ブルースロック」と呼ばれる音楽を楽しんできました!終演後、出演者であるミュージシャンの方々と少し、お話をさせていただいたのですが、人生も音楽も先輩にたる猛者ぞろいで実に興味深いひと時でしたよく音楽では、その音楽の学理的な意味ではなく、その生き方そのものを例えに使われます例えばフラメンコでも「彼は、何とフラメンコな佇まいであろうか・・」という言葉はアンダルシアでは日常会話の中でもよく出会います、同様に「ブルース」でも同じ意味合いで語られているのですねこういった異なる音楽に点在する共通点、相似面は非常に興味深くまた いつか記事で書いてみたいものです!
2023.03.02

スペインは「アンダルシアの日」でもある、昨日、僕もまた齢をひとつ重ねることになりました毎年、この日に生まれた不思議な縁、あるいは星巡りみたいものと共に、齢を重ねる事とは?みたいものをつい考えてしまったりするのですが、最近は、素直に「感謝」の念が生まれるようになってきました以前、登山をライフワークとする北海道在住の弟に「なぜ 山を登るのですか?」と率直に質問したところ実に、率直に「こういう景色が見たいからかもね・・」という答えが返ってきました決して安全とは言えないであろう凍てつく北海道の冬山の過酷さを知りつつも、その希求する心はその一歩を前に進ませる、そして時にはあきらめる勇気と決断と共にある生きることもそうかもしれませんね、まだまだ途上ですが一歩一歩確実に進んでいきますので引き続きよろしくお願いします2月28日 渕崎昭彦※ 写真は弟が撮影した北海道支笏湖周辺の幌下山の色彩です
2023.03.01
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