2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1
おかえりなさいませ。ご主人様☆ 皆さま、クリスマスおめでとうございます! (まだ今の時点ではイブですが…) クリスマスはその名のとおり、キリストの誕生を意味します。 人類の紀元を分けた出来事を祝う日です。 ご存じのとおり、西欧では昔から、クリスマスを祝うために、クリスマスツリーやリースを飾ります。もみの常葉木やリースの円形は、永遠の希望を表します。 また、ツリーやリースの飾りは、社会福祉が組織立っていない時代、各家庭で近隣の貧しい人へイエスからの贈り物を準備したことにちなんでいます。靴のない人へ長靴を。靴下をはいていない子供に靴下をと、クリスマス当日に贈る贈り物そのものを飾っていたものが、模型になったのが現在のクリスマス飾りです。 今日、クリスマスプレゼントをもらう予定のある皆さま☆ 施設に贈り物を…などとは申しません。 それでも、いつも陰ながらお世話になっている新聞配達のおじさん、郵便屋さん、お歳暮を配達してくれる宅配便のお兄さんに宛てて、「クリスマスおめでとうございます! どうぞプレゼントをお受け取りください。いつもお世話になっております」とメッセージを書いて、クリスマスのラッピングをした手作りのお菓子などを同封して、お玄関か門柱にぶら下げておいてみませんか☆ うちでは恒例行事として、私が子供の頃からそうやってみんなでお祝いしています。 とくに朝刊の新聞配達の方が朝まだ暗い中でプレゼントに気づいて取っていってくれているか、自分の枕元にあったプレゼントを確認する時よりもどきどきしながらドアの向こうをうかがったことを、懐かしく思い出します。 どうぞ皆さま、今日あなたがプレゼントをもらえるしあわせを、ほかの多くの方々に分けてあげてください。 メリークリスマス! 小さなよい出来事が、雪のように降り注ぎますように── ◆応援ありがとうございます! イブ生まれの、イブくんという名の男の子を知っています☆ お誕生日おめでとうが、もうひとつ──
2007年12月24日
コメント(17)
そこの階段あがって──パーティにおいでよ。 読んでいてちょっとおもしろかったので、突然ですが年末特集です。 処世術の達人に聞いてみよう! 【ヒロ的大掃除の極意】 リクエストってことで、居丈高なこと書くの、勘弁してくださいね(byひろ) ・ビジネス関係の人間との無用な付き合いの大掃除。 有効な言い訳は次の三つです。 1.学生時代の付き合い 2.親や祖父母等、同居人の介護 3.国家試験の活用 アフター5などの付き合いを大掃除するとき、重要なのは断りながらも自分の評価を上げることです。職場以外の友人、親との付き合いを理由にちらつかせると、基本的な人間関係を大切にしているということで評判も上がります。ビジネスシーンを理由にする場合、宅建や社労士、公認会計士や司法試験など、職場が推奨している資格や今後の自分に役立つ資格の習得を目指す。そして、その勉強を理由に誘いを断る。特に上司の突然のお誘いを断るのにフレキシブルで有効な手段です。 付き合いをお掃除する場合、「1/3の法則」を忘れてはいけません。すべての付き合いを断っていると、有効な理由はどうあれ自分の評判を落とすだけです。そこで『3回に1回は断る』という法則を遵守していれば、評判を落とさないばかりか、全出席の人間よりも希少価値が上がります。 ・切っても切れない血縁をフェードアウトさせる秘儀 仕事関係だけではなく、折り合いの悪い親戚、仲人になってもらった恩師との付き合いも大掃除の対象になり得るでしょう。しかし、血縁や恩人は一生切れないもの。この難しい関係を穏便にフェードアウトさせるにはどうしたらいいのか。 お中元・お歳暮は、出張先や旅行先のお土産などの代用品を送りながら、徐々にフェードアウトさせる。 お中元などが突然来なくなると、相手はやはり頭に来るでしょう。そこで、別な方法で贈り物を届ける。例えば、旅行先でそこの名品を送り、「旅先でふいにお懐かしく思い浮かばれましたので」とかテキトーな一筆を添える。相手は決まりきった贈答品をもらうよりも、こちらに誠意を感じてくれます。ここで重要なのは、お中元やお歳暮の時期のちょっと前に送り付けること。時宜を逃して、「今回は忘れていたのか」などと相手を不安に思わせてはいけません。これを2~3回行なうことで、お中元お歳暮の慣習と相手側の期待を、いつのまにかなくしてしまう。ポイントは必ずメッセージを添えることです。 徹底的に書くといったからには書かねばなるまい── 男女関係の穏便な終わらせ方。 1.ふたりきりのデートが許されるのは2回まで。 本気でないのならそれ以上しない。3回以上すると、相手はただの友達と思わなくなる。 2.「最後に会ってきちんと話そう」は禁句。まず連絡を完全に断つ。 別れると決心したら、冷たいと言われようが責任感がないと言われようが、とにかく関係を断つ。非情であり続けることが、ひいてはお互いのためになるのです。冷徹なまでに会わないこと。これで大抵は覚ってくれるものですが、たまにあるパターンは「他愛のない、核心に触れない世間話」をして関係の継続を計ってくること。このとき、相手の話題や相談事に乗らなければ、この時点であきらめてくれて、ふたりの関係に終止符を打つことができます。このパターンの相手の多くは、ただのおしゃべりや悩み事の解決が目的ではなく、関係の引き伸ばしが目的。ここで適当に話を合わせてしまうと、「核心に触れた話さえしなければピリオドを打たないでいてくれる」と学習してしまいますから、絶対に会ったりおしゃべりに付き合ったりしてはいけません。 ただし、これだけは気に留めておくべき。 嫌だ嫌だと思っていても続いている人間関係を検証してみると、それを嬉しがっている自分がいるはずです。だから関係も続く。まず、自分はどうしたいのかを確認してみること。結果として、自分がどこかで好意的に思っていることが確信できたら、それはもう友人の範疇です。職場の人間は友人ではないのですから、感情が通じ合わなくて当たり前。そういう相手に「こんなことを言ったらどう思うだろう」と感情で動くのは意味のないことです。ビジネスシーンではイエスかノーかの知的判断を下してさえいればいい。 以上、「ビジネス風景の大掃除」をキーワードに、いろいろと思うところを述べました。自分が捨てるというか、同時に相手から捨てられる技術というものを持っていると、人間関係もわりとスムーズかも。職場というものは人脈というしがらみだけがどんどんたまっていく場所なので、こうやって適宜人間関係をリストラして自分の時間を取り戻しているわけです。 前述したけれど、これはあくまでも僕個人の職場の中での手段です。友人関係ならば、この限りではありません──どころか、これを読んでいるあなたがた友人との時間を大切にするあまりに、上記の手段を編み出したともいえる── ご存じのように、僕は身内と思う人以外には、感情の出し惜しみをするケチな男です。 以上。 追:部署内での異動がありました。そろそろ健康診断なのだが、もうどうでもいいや。 ◆風早緋路。本性はこんな男ですが──応援ありがとうございます!
2007年12月18日
コメント(21)
国産スズメバチの蜂蜜漬け(常人は真似しないように) わたくし事で恐縮ではありますが、だいぶ迷った末、愛、燦々とさんに背中を押していただいて本日のお知らせをさせていただきます。 去る11月13日、曽野綾子さんの推薦で、社会貢献支援財団より、シスター樫山とシスタ-川端が常陸宮殿下・同妃両殿下のご臨席のもとに表彰されることになりました。協力者として、私の母もシスター方の推薦で出席が適い、同席させていただきました。病児の回復のために働く人々を支え続けてくださっている皆様、特にご協力をいただいたぱんださん、本当にありがとうございました。 【シスターSのエピソード】 さて、本日の日記の本題です☆ 二年に及ぶこのブログのあちら、こちらで「梶井基次郎」について語りながらも、私の国文ゼミ(実際はモグリ)のシスターSについて話題にすることがなかったのは自分でも不思議です(透子さん、きっかけを作っていただき、本当にありがとうございます^^)。 世の中には“不思議な人”(注:若干、不思議ちゃんという意味も含まれます)というものはいるものですが、私はこのシスターの“能力”ほどに信じられる人は(他、一名をおいて)ない、と断言することができます。 自らの著書でも神秘体験の数々を語るこのシスターは、なんでも、「知る」ことができ、さらには「言霊」と「癒し」の能力者でもあるのです。 私とシスターとの出会いは、学部に入ってすぐの、履修登録の頃のことでした。 母方の祖父の影響もあって、入学当初から美術史を志していた私ですが、高校生時代に感覚した梶井基次郎や夏目漱石への思慕も同じくらいに持っていました。 さて、ゼミはどこに入るべきなのか──思案しながら国文科の廊下を通り過ぎようとしていたところ、突然、還暦くらいの年齢にみえる貴婦人のような品格のある女性に呼び止められました。 「あら。あなた、私、お見かけしたことがあるわ。どなたか、ご親戚の方がこの学校のご関係かしら?」 いずれの学部の教授であろうことは、その溢れるような知性に満ちた眼差しからも容易に判じられたのですが、私にとっては未だいかなる先生なのか存じ上げようもありません。もちろん、記憶する限り、初対面です。 この学校のご関係の者──思い浮かべていると、その方はしげしげと私を見つめて、 「そうだわ。○○先生(元・鞍馬天狗で、現職は都内の大学のメインストリートに出没する浮遊霊)のお孫さんでしょう?」 ぴたりと言い当て、驚きのあまり返す言葉に詰まっている私をその場に残したまま、満足そうに頷きながら、優雅に立ち去られていきました。 後日談として、ゼミを選べなかった私は、結局大学時代の四年間、東洋史と近代文学のゼミをかけもちするのですが、近代文学の履修登録をした際、あの時呼び止められたシスターがゼミを担当していることを初めて知って驚いた記憶があります。 さて、時が経ち、私は同じ大学の歴史学の大学院に在籍していました。 その時も国文の大学院ゼミに出入りしていたのですが(笑)、そんなある日、シスターの研究室に個人的にうかがうようとのお達しが来たのです。研究のことではなく個人的な用向きとは──如何に。 扉を開けて入ってみると、クールビューティとも称される美貌のシスターが、普段の冷徹さが信じられないほどに華やいだお顔をしています。まるではしゃいでいるかのようにも見て取れます。 「あのね。今日はあなたにとってもいいお話があるのよ。とーってもいいお話よ?」 シスターは手許の紙束を、指で弾むようにして繰っています。 はあ、なにかバイトのオファーでも入ったか…。 「あなたにぴったりな方が見つかったの! 北大出身の公認会計士の方で、」 来たぁぁぁぁぁ──! 噂には聞いていました。 実はシスターSは、稀代のお見合いおばさま縁結びシスターだったのです! ですが、大学四年間にわたってそういった用件でお声をかけていただいたことのなかった私にとって,「あれってホントだったんだ!?」と半信半疑ながらも噂を身をもって体験した瞬間でした。 当時からモテないにもほどがある!との自覚症状のあった私は、その私がケッコン!? と、かなりの濃度で興味をひかれつつ、シスターの次なる言葉を待ちました☆ ところが、紙束の向こうからチラと視線をうつしてきたシスターは、それきり黙ってしまいます。そのままじぃぃぃぃぃーーーーっと私を見つめた後、ずいぶん間があってから急にバタバタと“資料”を片付けはじめ、 「あら。あなたは研究者の方と結婚するのね。では、今日のことはナシということで。さようなら~~~」 と、やおら手を振って追い返されてしまいました。 げっ、マジで!!? せっかく期待したのによォ…。 その時の私の主観的な視界からは、机を隔ててすぐそこに座っているはずのシスターのお姿と“結婚”の二文字が、私から100mくらい隔たっていった気がしました…。 ところが、落胆したのもつかの間、ほどなくして本当に研究者(といえなくもない)ヒトと出会い、その二年後、マジで結婚することになったのです。 不思議なのは、実は当時“ぜんぜん研究者ではないヒト”を意中にしていた私に向かって、「あなたは研究者の方と結婚するのね」とあたかも私の意志を聞いたかのような納得口調だったこと。おそらく、シスターには私の背後に描かれる何らかの事象が“見えて”いたのでしょう。私たちの結婚を“予言”したシスターに、披露宴にご出席いただいたことは言うまでもありません。 シスターって…ひいてはカトリックって、意外に現実的というか、そういった“不思議”をやみくもに信奉するのではなく、かえって徹底的に科学するような印象を私は持っています。私自身、本当の「能力者」を知っているがゆえに、世間に流布している噂や不思議について、ついつい懐疑的に見てしまうところがあります。そんな私にとって、このシスターの存在は非常に稀だと感じると同時に、その能力を身をもって体験した者として、さらに不思議な感覚にとらわれています。 おそらくは──ではなくて、確実に、シスターは私がここにシスターについて話題に出したことをお気づきだと思います。そういう方なのです。普段でも、今ふと思い出した人から電話やらメールやらが来る、などという「虫の知らせ」を感じる人はいるでしょう。シスターの場合、すべてを知り…というか、こちらがシスターを思い出すならば、必ずその人がどういった思い出し方をしているのか、その人が自分に何を求めているのか、もしくはいないのか…そういったことを“知る”ことのできる人だと、私は信じているのです。また、病気にかかれば、病気の箇所や目に見えない病巣などを、手をかざしただけで“知る”こともできる人だとも聞いています。 今年四月にKが亡くなったとき、私たちはシスターのお力にすがりました。 シスターは電話口でしばらくKと交信(!)し、「今、光の中でKさんが本当に心から軽やかに笑っていらっしゃるのが見えるわ。あの方は本当に楽しそうだわ」と言っていただいて、それで私たちの方も癒してくださったことを最近の出来事として覚えています。 シスター。お久しぶりでございます。山口です。ごぶさたしております。 しばらくぶりに、修道院をお訪ねしてもよろしいでしょうか。 なんだか今、シスターからたくさんのお力をいただきたい気持ちなのです。 ◆応援ありがとうございます! 皆さまにも癒されている私です──重ねてありがとうを申し上げます。 ◆不思議体験、不思議な人が身近にいるという方、ぜひお知らせください☆ こういう話、大好き! コメント欄、私書箱にて、お待ちしております^^
2007年12月10日
コメント(18)
東洋版、いわくつきの名画 そう、名画の秘密といえば── 不二豊による【重文 寒山拾得図】顔輝作 東京国立博物館蔵 解説 にやっと笑って妖気迫るこの図は、古くから有名な作品として知られている。これに直面した誰しもが背筋になにか冷たいものが流れるような気がするし、なんで笑ってこっちを見ているのか、他の人を見て笑ってでもいるのかと後を振り向きたくなる笑いである。悪く解すれば揶揄されているようでも嘲笑されているようでもある。 確かに我々にそう感じさせるところにこの絵の持つ特殊な力があると解してよいのだろう。顔の描写や衣の線のまわりに、気味の悪いような、リアルで凄味のある陰影が施されている。あまりにもリアル過ぎるところが、昔から鬼気迫るとか薄気味悪いとかいわれる所以であろう。 寒山と拾得とは、中国の国清寺豊干(ぶかん)禅師のもとに来て、残飯をもらい飢えをしのいでいた二人の怪異な貧士であった。残飯をもらいに来たそのつぐないとして箒ではき清めていたのだが、豊干に拾われたので拾得。その友で寒山に住み、詩をつくることに巧みなのが寒山である。その詩は寒山詩として有名である。 あたかも乞食坊主のような姿をしていたが、あるとき豊干から、勉強して偉くなり、世に出ないかといわれると、呵々大笑してふたりともその言葉を一蹴したといわれている。 ふたりともすべてのことに達観し、禅の境地に入り、その態度は豊干に比肩するほどの域に達していたのだろう。そこで、禅宗絵画に多く取り入れられることになった。 ところが、多くの寒山拾得図の中でもとくに奇怪な作であるこの幅は、それにつきまとう因縁話も出て来るのである。この幅は天正年間、織田信長と本願寺の僧たちが合戦をした折、石山合戦のときに寺側より和議を申し立て、そのしるしにこの幅を信長に贈ったといわれている。果たせるかな、この幅は一度は信長の手許に渡ったが、不思議な笑いを贈られた主は、その後、いくばくもなく本能寺で非業の最期を遂げることになる。確かに、寺僧たちが贈ったその根底には、信長の命を狙い、この皮肉な笑いのことを予想していたのかも知れない。 時を隔てて大正12年、八月末日、多くの者の遍歴を経て、この幅は東京へと渡ってきた。その翌日の正午、関東大震災に見舞われたことで、一部の美術愛好者たちを震撼させたこともある。 さらに日本近代社会の転換期といわれた昭和11年2月25日のことである。明ければ雪の降る2月26日、人も知る二・二六事件、その前日、これが芝美術倶楽部の売立てに出たのである。あの笑いの幅が、床にかけられていた。つまり、一般市民は、軍の動勢など知る由もなく、有名な顔輝の名幅が出ていたので、見にもいったのである。 しかし、これも大きな事件を予想したかのように、一夜明ければ東京に戒厳令がひかれ、流血のクーデターが敢行された。反乱軍は鎮圧されたが、ちょうど本能寺の変のような混乱が、東京に巻き起こったことになる。 つまり、この幅が動くときには、必ずといってよいほど、政変を伴うか、あるいは天変地異を誘う物騒な代物ということになったわけである。そうしたひとつの生きた実例が、たとえば歴史的に間隔があるにせよ、あったということは、そこに底知れぬ恐ろしさを包蔵している名作ということができよう。その幅が持っている生命力というか、破壊力が期せずして働くのかもしれないが、それが鬼気迫る魅力とでもいってよいのかもしれない。 この画幅が出来たときの作者顔輝が、思うところあってこの絵に遺恨の霊をふき込んだのではないかという、猟奇的な考えもしたくなる。 今は東京国立博物館の有に帰しているから、これが動いて身売りすることはまずあるまい。 事実、太平洋戦争に敗れたのを機に、また人から人へと渡って国立博物館蔵品になったのであるから、先の大戦の結果もこの幅の動きに拠ったともいえなくもないか。にしても、今般は相当な厄落としをして入ってきたわけで、この幅もおさまるところにおさまったということがいえよう。それでも、この絵に宿った霊力は、いまだ衰えていないと私は見ている。いかなる名画展といえども東博がこの幅を決して他へ貸し出そうとしないあたり、いまだ事情を知る人の誰かが「いわく」を信じて幅の動静を死守しているからであると睨んでいる。 なにか異様な感じのする芸術品にはいわくがあるもので、顔輝のこの幅が今後特別展などで東博を出るというような情報が出れば──その時はみんなで逃げよう! ◆応援ありがとうございます! 字数が足りないので…この幅の作者顔輝については── 自分で調べるように(不二先生より)
2007年12月04日
コメント(14)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


![]()