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「どうしても波動が合わない人」というのがいる。相手は決して悪い人ではなく、自分が危害を加えられているわけでもないのに、一緒にいるととてもとてもくたびれてしまう。無理に人に合わせたり、気を遣いすぎたりして、空回りしているのは自分の方。本当はそんなことよせばいいだけの話だけど、、本能、というか脊髄反射なのか。人にはそれぞれテンポがあって、うまくかみ合うときと、そうでないときがある。相手にもよるし、時と場合によってもまったくずれてくる。その「ぎこちなさ」はミシミシとからだに重くのしかかって来る。実は最近ちょっとそういうことがあったので、ここに綴ってみた。私も季節の変わり目ということもあってだいぶ弱っているようだ。無理に合わせることなく、自然体でありのままで笑ったり泣いたりできるってすごい!!そんな相手が近くにいるというのはシアワセだ。制服姿で笑いあった友達、一晩中ともに飲み語りあった友達、、、、。たくさんのひとたちと共有した時間が今の私を支えている。心がクタクタになったとき、帰りたくなるのはそんな時間だ。だけど「昔はよかった」などと、現在を真っ向から否定するようなことは、決して言いたくない。そんなことでは今を生きていけなくなるから。どうあがいても昔には戻れないし、眠れば明日の朝日を迎えるのだし。こんなことを悶々と考えるなんて、最近の私もどうかしている。前向きにならないといけない。今日、だんなさんは急遽上司と飲み会になり、作りかけのペンネ・アラビアータは台所でそのままになってしまった。あとはペンネを茹でるだけだったのに!!こういうドタキャンがあると、その後何日も同じメニューの食事を取らなければならないから嫌。
2004年10月27日
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新潟の地震が起こったとき、ちょうど私たちは国立のイタリア料理屋にいた。船の中のような横揺れがしばらく続いて、オレンジ色の照明が左右に大きく波打った。家に着いてテレビをつけると、どの番組も特別番組に切り替わっていて、大きな地震だったことをはじめて知った。あれから数日。毎日何千人もの人の被災の様子がテレビから伝えられる。家を失った人、食べ物や生活用品の不足、、、。朝晩の冷えは本当に辛いだろうし、何よりも大きなものを失った苦しみは想像を絶する。今朝見たテレビでは、被災された中年の男性が言葉に詰まって肩を震わせ泣いていた。築き上げてきたものが、一瞬で無になる。こんなむなしいことがあるだろうか。心が痛くてたまらなくなった。早く余震が落ち着き、また生活を再建できるよう、祈らずにはいられない。どうか一人でも多くの人に、温かい食料と毛布を。最近、埼玉もぐっと気温が下がり、朝晩は身が芯から冷える。今日とうとう石油を買ってストーブをつけた。季節は刻々と変わっていく。
2004年10月26日
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やっとパソコンを立ち上げる。最近陽が夜更かしになり、さらにだんなさんも帰りが早かったので、なかなかゆっくりパソコンに向えなかった。パソコンは私とって「呼吸」。文章を書き、自分の内面に目を向けることは「呼」、友人とのメールや社会との繋がりを確認する「吸」。だから最近は精神の循環がうまくいかなくて、息が詰まりそうになっていた。台風で外にも出かけられないし。だんなさんはこのHPのことを知らないので、こっそり日記をしたためているが、ちょっとした秘密めいたことがなんだか妙に心地よく感じる。夫婦で何でも打ち明け、シェアするというのもおかしなことだと最近よく思う。近況。空高い秋空を満喫していたのに、台風によって阻まれ、あっという間に陸の孤島状態。陽は出かけられないのでご機嫌ななめ。買い物、プール以外にはほとんど外には出なかった。とっても嫌なことだけれど、テレビばかりつけていた。陽にとって良くないと思いつつ、相手をしてやるスタミナも消耗してしまって…。相手が子供であれ、オトナであれ、向き合うことから逃げてはいけない。そして、オトナの「都合」や「言い訳」をちいさな子に押し付けてはいけないのだ。今日は昨日よりももっといい日になるといい。陽と楽しい時間を過ごそうと思う。とりあえず晴れてくれることを祈る。
2004年10月21日
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今週の月火と横浜に一泊してきた。高校時代の友人とプチ旅行。ただ残念なことに、その友人の中の二人が直前に行けなくなってしまった…。さらに私の携帯も水にぬれてまったく使えなくなってしまうし、まるで何かに祟られているようだった。でも、プチ旅行は楽しく、中華を散々食べまくって皆かなりご満悦。どれもはずれなく美味だった。そして特に印象的だったのが占い。おばあさんに手相を見てもらったのだが、最初は面白半分だったのに、あまりに当たるので絶句。まず陽の掌をみて「あまり頭で考えずにとにかく行動してしまうタイプで、早く自立します」と一言。おばあさんは何度も「行動的」という言葉を繰り返した。あ~ぁ、やっぱり大人になってもこの子はそんな感じなんだなぁ。。わずか一歳半の子供の掌にさえ、そんな将来が刻まれているなんて、、、、そのあと私も見てもらい、色々言われたが、本当に的を得ていて、後ろで聞いていた友達も大爆笑。恐るべし、、手相。よくよく考えてみたら人生の縮図が手に現れているなんてすごい。「あなたは仕事の運があるから、仕事をしたほうがいい」というその一言が大きな励みになった。がんばろう。旅行という「非日常」は、「日常」を明るくしてくれる。また明日からがんばろう、という気持ちにさせてくれる。そして自分のかえる場所がわかる。ひょっとしたら「家に帰る」ために人は旅にでるのかもしれない。しばらく友達と旅行は無理だけど、こういう機会がこれからも持てたらいい。大好きな人たちと、話をし、美味しいものを食べ、朝を迎える。次、また皆で旅行しましょう。今週はダンナさんの誕生日があったりで、ばたばたしてました。気づいたら週末。日記がだんだん疎かになってしまった。来週はがんばります。
2004年10月15日
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地震に豪雨。なんだか最近タイヘンなことになっている。二日前の夜中の地震には膝が震えたし、今外は雨脚がどんどん強くなってる。こういうときはテレビの数値化された情報よりも、自分の目で見て、肌で感じた事のほうがはるかに生々しく記憶に残る。ほんと、天変地異なのでは!?今日テレビで、宮古島に移住した若者の特集を組んでいた。それぞれ陶芸だったりカフェを経営したりして、楽しそうに暮らしている。印象的だったのが彼らの笑顔!!日に焼けて、台風なんかきたら家が飛ばされそうになってて、大変なこともたくさんあるのに、笑顔がとびきり輝いていて、人の「美しさ」とは内面から滲み出るものなんだなぁとしみじみ思った。「高収入」が意味のないもので、お金よりももっと価値のあるものを知っている暮らし。それは宮古島の自然に沿った生き方からくるものだけではなく、人の温かみがそうさせたのだそうだ。場所と人が人間を創るんだな。本当にちょっとした思いやり、いたわりひとつで、誰かを優しい気持ちにさせたり嬉しい気持ちにさせたりする。そこに人としての価値があるのだ。私は都会っこでもなく、田舎っこでもない。(多分)。ニュートラルだから、都会にもあこがれるし、田舎を懐かしむ気持ちもある。うちのだんなさんは「田舎に住みたい田舎に住みたい」と、いつもテレビ東京の旅番組なんか見ている。満員電車に揺られ、都心の高層ビルのど真ん中で働いている彼にとっては、太陽と共に暮らす生活が本当に羨ましいのだろう。でも私は本屋も喫茶店も、デパートもないところで暮らす勇気はまだちょっとないのでした。ゆくゆくは別居!?
2004年10月08日
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ここ数日の雨が今朝になって、からっと止み、久々の秋晴れ。やっと陽を公園に連れて行ける、、とほっと一安心。近年の雨の降り方が「しとしと」から「ざあざあ」になったと、読売の一面に書いてあった。確かにその通りで、勢いよく音を立ててなる雨は、小さな子を持つ母にとっては大きな障害となる。雨音はすきなんだけど、外に出かけられないと、子供もストレスが溜まるようで、えらくご機嫌斜め。今週になって、いよいよ本格的に陽の幼稚園探しに乗り出した。ネットで調べたり、自転車でまわったり、、、しかし、まだまだ先の話だから、イマイチぴんとこない。どういう基準で選んだらよいかも見当がつかないし、噂や評判にばかり気をとられてしまう。情報の氾濫は、時に人の正確な判断を狂わせる。自分の目で見て、きちんと判断しなきゃ。ここでちいさな発見をひとつ。最近陽は「ない」を覚えた。ものの「ある」「ない」が判断できるようになったのだ。からっぽのお皿、何も書いてない本。あちこち指差しては「なぁーい」「なぁぁあ~いぃ」と大きな声をだす。本当に単純なことだけど、ものの有無とか、今まではわからなかったのになぁ。こうやってやがて数を理解したり、感情を理解したり、自他の区別ができるようになったり、するんだなぁ。。。人間の進化の過程だ。
2004年10月06日
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今日から10月。いよいよ埼玉での生活もあと3ヶ月になった。荷物の整理も始めなきゃと思いつつ、何も手をつけていない状態。陽の幼稚園の準備は始めないと、、これからのことを考えると焦ってそわそわしてしまう。佐藤雅彦の「プチ哲学」を読み終えた。すごい!!なんて完成度が高いのでしょう。シンプルなのに、ずばっと的を得た感じ。さっさと読んでしまわず、じっくり噛み締めておけばよかったと後悔するほど。哲学って本当は身近なところにたくさん転がっていて、気づいてないだけなんだろうな。すこしでも心が豊かになるために、シアワセを見つけるために「哲学」ってあるんだろう。今は小川洋子の「博士の愛した数式」を弟に借りて読み始めた。本を読む贅沢を噛み締める今日このごろ。陽も絵本が好きで、家の本をかたっぱしからめくっている。いわさきちひろの絵本、とくにその中のあひるがお気に入り。本好きな子になってくれればいいなぁと思う。
2004年10月01日
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