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25日昼ロサンゼルス空港に到着。春のような日差しだけれど、想像していたよりは涼しい感じ。arrival gateに旦那が迎えに来ていて、その姿を見るなり、陽ははしゃぐはしゃぐ。よかった、パパのこと忘れてなかったんだね。オテンバ娘を連れてのフライトは、かなり不安だったけれど、思っていたよりもはるかに楽だった!成田空港で、空港のロビーいっぱい走り回って遊びつかれたのか、陽は飛行機に乗って3時間ですやすや眠ってしまった。機内できっと大暴れするに違いないと思って、対策用に飴、おもちゃ、絵本・・・などあらゆるものを持ち込んだのに、3分の1もださないまま、膝の上でぐっすり。航空会社が席を4つ手配してくれたり、子供用の機内食を用意してくれたりしたのも助かった。陽のことで手一杯で、離陸の時も感傷に浸る余裕もなく、慌しく日本を離れることになった。気づいたときは、飛行機はもう日付変更線を超え、太平洋のど真ん中を横一文字にまっすぐ飛んでいた。友達や周りの人としばらく離れてしまうことが何よりも寂しい。簡単に会うこともできないし、時間の隔たりもあるから、なかなか電話も難しい。でも、メールや手紙が私を助けてくれるだろうし、気持ちの上では全く孤独ではない。大丈夫。知らない土地、異文化のなかで、きっと楽しいことも嫌なこともあるだろうが、前向きに頑張っていこうと思う。今日でL.A.に着いて三日が過ぎた。私たちの家は、Marina del rayというヨットハーバー近くの街で、治安も割合によく、とてものんびりしたところ。十分すぎるくらい広く綺麗なアパート。この国は何でもサイズが大きい。キッチンの棚も、掃除機も、ソファも、道路も、ジュースも。。。ガリバーの国みたいだ。ドアの開け方ひとつ勝手が違うし、本当に何もかもが戸惑いの連続。だから一日が終わると、どっと疲れてしまった。・・・しかも陽が完全に時差ぼけで、夜中に目を覚まして大変なコトになった。2日間、夜昼逆転の生活で、オトナは疲労困憊・・・。飛行機でおりこうだったツケがこんな形で現れてしまった。やっと今日になって、まともに寝てくれたけど、こんなに時差ぼけがひどいなんて、びっくりした。おそるべし、、、3日間暮らしてわかったことは、「慣れる」ことの難しさ。最初は違いに戸惑ったり、驚いたりの連続。自分の(国の)物差しで計ってしまうから、「異」文化だと過剰に反応してしまう。「郷に入れば郷に従え」何度この言葉が頭に浮かんだかわからない。この数日で体験したことは、書くときりがないけれど、ちょくちょく更新して書いていくので、たまにチェックしてもらえたら嬉しいです。
2005年01月28日
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家族揃っての最後の食事。食卓にはお寿司、春巻き、点心、Demelのケーキ!!でも何よりも、柔らかい湯葉豆腐が一番舌の記憶に残った。あんなふわふわで味の濃いお豆腐には、アメリカでは出会えないだろう。残念、、皆、一様に寂しそうで、幼いヒィばかりがはしゃいで回っていた。特に祖父(ヒィにとっては曾おじいちゃん)は本当に肩を落としていた。ヒィはすっかりお祖父ちゃん子で、「おじーちゃ」とまとわりついては遊んでもらっていたので、祖父も本当に可愛かったようだ。祖父のひざの上にちょこんと乗っかって、『魔女の宅急便』をじぃっと見るのは、ヒィの最近の日課だった。ヒィの重みの消えたひざは、祖父にとって空しいものになるだろう。そう思うと、涙腺が緩んだ。最低一年半は、会えない。地球の裏側で生活しなくてはならない。その事実がどどど~と押し寄せてきたような感じがする。「人間の価値は、『どれだけの人を幸せにできるか』で決まる」と言ったのは誰だっただろう。子どものあどけない笑顔で、その存在だけで、家族を満たされた幸せにしてあげられる。それが何よりもうれしかった。今日、特別なことがあった訳ではないけれど、「産んでよかった。生まれてきてくれてありがとう」・・・と心からそう思った。ひとは「一人で生きている」と思ってしまうけれど、それはやはり過信だ。育っていく中で、たくさんの「愛」に守られていて、誰かを幸せにしたりしながら生きていく。「幸せになりたい」とは誰もが願うことだけれど、「誰かを幸せにしたい」と思うほうが、はるかに健全で崇高だ。この気持ちは忘れずにいよう。明日、仙台を発ちます。あさっての夕方の便で地球の裏側に旅立ちます。向こうで落ち着き次第、日記を書きますので、チェックしてくださいね。いってきます。
2005年01月23日
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来週の火曜、日本を発つことになった。いよいよ。とうとう。東北生まれの私が、なぜか今年の仙台の寒さには馴染めず、出渋っているうちに、出発の日が近づいてきてしまった。実家でゆっくりのんびりできたから、まぁいいか。ぽつぽつと、馴染みの人たちとも会ったりして、暖かく見送ってもらった。「あぁ、繋がっているんだ」という思いはとても心強い。仙台で過ごすのも残りあと2日。思い残すことがない(?)ようにしなくては。
2005年01月22日
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こちらに帰ってきて、学生時代の友達何人かと食事をした。美味しいお食事を目の前にしても、話の盛り上がり方は、まるで学校の廊下のような感じ。声のトーンもテンションも、すっかり学生の頃に戻ってしまう。26なのに。。。仕事の話、恋愛の話、、いつまでも話題は尽きることはない。そして、あっという間に「さよなら」の時間になり、それぞれが帰路につく。かつて、毎日同じ場所に集まり、時間を共有した間柄なのに、今こうして別々に生きている…。そのことが、別れの瞬間どっと実感を伴って溢れ、心がじぃーんと熱くなる。久々に友達と会うと、毎回そんな寂寥感に襲われるけれど、その後「自分も自分の世界でがんばろう」と気持ちをスイッチできる。やはり、友達はエネルギー源だ。変な話だけど、今ごろになって「あぁ、卒業したんだな」と思ったりする。あの頃の日常の積み重ねが、今の自分を支えているし、同時に人との出会いはかけがえのない財産である。なんだか今日は綺麗事ばかり書いているけれど、、たまにはいいかな。だって思い出は綺麗なほうがいいし。。それから。意外にもちゃんと皆このブログをチェックしてくれていたことが判った。ちゃんと(今年は)更新します。ごめんなさい。
2005年01月08日
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2005年初の日記。年が明けても、新しい年の実感もなく、新春ムードとは無縁ののんびりしたお正月になった。12月は引越でものすごく忙しく、加えて体調も壊していたので、本当に慌しかった。年末は鎌倉で過ごし、大晦日にダンナの渡米を見送って、仙台に帰省し、ようやくほっと落ち着くことができた。待ち望んでいた「平穏」。あと1ヶ月足らずで、私と陽も渡米しなければならないのに、まるではるか遠く先の出来事のような感じ。海の向こうでは、ダンナが必死に物件探しをしているというのに、、、今年は、環境ががらっと一変してしまう。その怖さもあるけど、心にゆとりをもって、大きく構えていこうと思う。自分の世界で異文化を見て、体験できると思うとわくわくする。今年はこのブログにポジティブな書き込みが増えますように。(あと、ちゃんと頻繁に更新もします。)
2005年01月07日
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