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多くの日本人にとって「宗教」は縁遠いものだと思う。実際には、冠婚葬祭時にお世話になっているのではあるが、七五三では神社に行き、結婚式は教会で挙げ、クリスマスにはプレゼントを交換し、葬式はお寺にお願いする…という感じで、特定の宗教ではなく、様々な宗教の儀式・イベントを自分に都合の良いように利用しているというのが実情である。古来より、万物に神を見い出す(アミニズム)といのが日本の宗教観である。農漁業の中で自然を崇拝し、その恵みを頂戴しながら生活していく村社会が農村・漁村の基盤であった。しかし、戦後の日本ではそのような自然宗教は機能不全に陥っている。すなわち村社会の崩壊、核家族化の拡大、先祖・親族との関係の希薄化等により、高度資本主義社会において「自然」とは神のような存在ではなく、人間がコントロールする客体なのである。現代人は現世に固執するあまり「自分さえ良ければ…」という考えになりがちである。宗教どころか社会性までも失いつつある。科学技術の前では、古来からの宗教がその物語性を失い、地下鉄サリン事件などの影響から新興宗教の胡散臭さも拭えない今、宗教に対する嫌悪感は想像以上のものである。そもそも、現代社会を生きる我々に宗教は必要なのであろうか?形式的なイベントを取り仕切るだけであれば、宗教にこだわらなくても遂行可能なように思える。ただ、先日の大震災のような事態に直面した時、通常の心理状態でいられなくなるような事態に遭遇した時に宗教の持つ物語性は依然として有効なようである。お坊さんの唱える説法や神父・牧師の説く教義に自分の全てを委ねることによって、一時的に自分の置かれた困難な環境から離れることが出来る。その居心地のよさから、人によってはそこから抜け出せなくなることもあるが、自分を客体化し、冷静に自分自身を見つめなおすことによって、(続く…)
2011.06.20
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あまりにもスケールの大きな事象に遭遇すると、すんなりと解決したり回避することは出来ない。それが今回の震災のように不快なものである時は、とりあえず受け入れる。どうすれば好転できるかを一生懸命考えよう。通常、悩みの大半は判断のための知識が十分でないのに、あえて判断を下そうとすることから生じる。やみくもに動いてみても無駄に時間とお金とエネルギーを浪費するだけで解決には結びつかない。1.問題点は何か2.その原因は何か3.考えられる解決策を検討4.解決策の中の最適なものを選択5.実行。十分な情報を入手してとりあえず現状分析。全てはそこから始まる。自分にはどのような選択可能なoptionが用意されているのか、選択すべき行動は何なのかを考えよう。その時MECEやロジックツリー的な分析が有効となる。実行したなら、必ずその結果を検証し、よりbetterな解決策・状態に繋がるように1.~5.を繰り返す。そもそも、この混沌とした時代において悩みのない人間なんていない。カンサンジュンさんの『悩む力』を読むまでもない。ただ、いちいち悩んでいたら鬱状態や引き篭もりになってしまうので、あえて楽観的に振舞うことで自己防衛しよう。「今日だけは愛想良くしよう」「今日だけは身体に気をつけよう」「今日だけは…」ととりえあず目の前のある問題をやり過ごす。それも一つの対処法なのである。中村天風さんも仰っています。「人生は、自分自身の思考が作り出すものなのだからポジティブでいよう!」何事も解釈次第なのであれば、自分にとって都合の良いように、よい面に注目して解釈してしまいましょう。人生バラ色な人というのは、おそらく病的にポジティブな人なのだと思います。それでも、今回の震災のようにポジティブな面をなかなか見出せない時は、祈ろう。宗教心のある人は神に祈って下さい。そうでない人は何でも良いから目を閉じて深呼吸しながら安らかな気持ちで祈ろう。すると、今自分が直面している問題から一歩引いて、あるいは自分自身を俯瞰して見ることが出来る。違う視点で自分自身を見つめなおすことが出来るのである。「祈る」とは、神などにマジック的な解決を求めることではなく、客観的に自分自身を見つめなおし、外側からの視点で問題を洗い出して解決へと導く、古来から人間に備わった知性なのである。Ciao!
2011.06.18
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鳩山さんや管さん達が大好きな言葉に「ゼロベース」という考え方があります。既成の概念や枠にとらわれずに、白紙状態でイチではなくゼロから考え直すということです。原子力発電を継続するのか、廃止するのか…という考え方ではなく、そもそも日本にはどのような選択肢があり、最適な割合は何なのか、環境問題や発電コストなどのマイナス面は何なのか、竹島や尖閣諸島など領土問題とも深く関わる海底資源の有効利用は可能なのかetc…といった問題を総合的に考え直してみましょう!原子力推進派の人々は「廃炉派は原子力の安全コストについて無知な馬鹿達だ」と罵り、反原発派の人々は「原子力推進派の奴らは福島の現状を理解していない」と相手を馬鹿にする…。こんなことでは感情的になりすぎて、建設的な議論が出来るわけありません。もっと広い視野で、あらゆる意見を参考にしながら基本計画を練り直すというのがゼロベースの概念です。また、具体的な骨子を組み立てていく中で、フレームワークの中でも超有名なMECEを活用しましょう!モレなくダブリなく様々な視点から現象を把握していく。MECEは事象を細分化するのに役立ちますが、解決策まで導き出すにはロジックツリーを使いましょう。MECEのように問題を細分化することにより問題点をシンプルな形に炙り出します。「日本にはどのようなエネルギー政策が必要か?」といった大きなテーマに対していきなり答えを導き出すのは難しいですが、主要な課題をMECEにより個別課題に階層化・細分化します。個別課題ごとに解決策を考えるのは、それほど難しくありません。個々の解決策にこだわり過ぎるとバランスを欠いてしまうので、総合的な視点を常に意識しながらメインテーマに対する解決策を導き出します。それを実行・結果を検証することにより、さらなる改善策を見出せるようになるのです。実行結果の検証には「仮説思考」を用いましょう。その時点でベスト思われる結論に基づいて行動した場合、どのようなメリット・デメリットが想定されるか、あるいは実際にどのような結果が現れたか。ある仮説に基づいて行動した際、どのような現象が表出するかをロジックツリー化し、どの仮説がベストなのかを検討するのです。大きなテーマについて考える時は、課題を細分化して、個々の課題を一つ一つ解決していくということが地道ですけど確かな道なのです。Ciao!
2011.06.17
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本を読みたいけど時間がない。読み始めたけど途中で止まってしまう。そんな方々にお勧めなのが、今流行の速読術です。眼の動きを鍛えて物理的に速くよめるように訓練するのも、それはそれで楽しいのですが、もっとお勧めなのが「2割を読んで8割を知る」という効率的な読み方です。本というのは、そのほとんどが例え話や同じ内容の繰り返しで構成されているので、どんなに厚い本であってもそのエッセンスは多くても2割程度なのです。ということで、まず本を手に取ったら、いきなりページをめくらないでタイトルや装丁、著者のプロフィール・目次などを見ます。あなたがその本を手に取った動機とその本があなたに与えてくれるであろう情報・知識がどんなものなのかを想像の中でマッチングさせる。これが最も大切なポイント。その本からどのような事柄を吸収したいと思っているのか、目的を設定・再確認するのです。本なんて、何も考えずに読み終えたら、1ヵ月後には何も覚えていないのが普通です。記憶に残る、使える知識として身に付けるためには「何のためにこの本を読んでいるのか」という目的意識を念頭に置きながら読み進めなくてはいけないのです。次のプロセスとして、先ほどの目的を意識しながらパラパラと最初から最後までページをめくります。この時は、読まなくて結構。ただページをめくって本の構成や文字の大きさ、章や小見出しなどが何となく残像として見える程度で大丈夫です。それを高速で5~10回繰り返します。次に、また目次に戻ります。すると、自分がその本のどの部分を読みたいのか、読むべきなのかが何となく分かるような気がします(稀にハズレることもあります)さらに、気になるキーワードも頭に入れておきます。あとは目星をつけた部分のみをターゲットリーディング。大切だと思われる箇所のみを読みます。一度で分からなければ数回繰り返す。意味が分からない部分があるなら、少し前のページに遡ってキーワードをチェックしましょう。本なんて「忘れてもまた再読すれば良い」という気楽な心構えで読んでください。そして、読書の一番の目的である「使える知識・情報の習得」のためには、文章を読むだけではなく、必ず「自分」というフィルターを通過させた後に自分なりの言葉でアウトプットして下さい。誰かに本の粗筋や学んだ内容を話してもいいし、何かに書き出しても良い。ブログにアップしたり、マインドマップ的にイラスト等を用いてまとめてもいい。何でも良いから、一度で良いからアウトプットしてみる。それが、あなたがその本から学び取ることの出来た内容なのです。アウトプットしてみようと思ったけど、うまく言葉やイラストにまとめられない…。そんな時はきちんと理解できていなかったり、活用できるレベルにまで自分のモノに出来ていないという証明です。そうであれば、もう一度ターゲットポイントを読み直してみる。あるいは、ターゲットポイント自体に見当違いがあったのかもしれないので、もう一度目次から見直してみましょう。
2011.06.16
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今生活している中で、あるいは仕事において壁にぶつかる、思うように物事を進められない…。そんな時は、不快な現象を一つ一つ書き出してみましょう。そうすることで、自分が具体的に何について悩んでいるのか、何が上手くいっていないのかを把握することが出来ます。そして、有名な「緊急度-重要度」マトリックスに各事象を落とし込むことによって、どの問題から取り組むべきか・解決していくべきかの優先順位をつけます。緊急かつ重要な項目から順に、原因と結果の関係性を書き出していきます。自分にとって不快な現象となっている結果に結びつく事象の原因について仮説を立て、関係性を推論していくのです。どの関係性を断ち切れば、その不快な現象が生じずに済むのか仮設を立て、実行し、さらにその実行結果の有効性について検証をしていきます。俗にいう「Plan-Do-See-Action」サイクルです。Planにおいては、「自分の理想とする状態」と「現状」のギャップについてできるだけ多面的に把握しましょう。その時、ギャップを数値化して把握することがポイントです。行動計画を細分化し、実行結果に基づいてさらに行動計画を調整・練り直します。それがどの程度の改善を生じさせるのかを数値で把握するよう努めて下さい。また、解決方法を検討する上では、各手段に関して「その手段を行使した場合にどのような利点・欠点が起こり得るか」ということもシミュレーションしてみましょう。大抵の人は、PlanとDoまで出来るのですが、その後のSeeとActionまで辿り着きません。自分の行為の結果を検証して、そこからさらに有効な手段を検討していくプロセスこそ解決力向上のkeyなのです。Ciao!
2011.06.15
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幸せとは何か。書籍やテレビなどで頻繁に目にするテーマではあるが、万人に適応できる具体的な解答を見出すのは難しい。やはり、あくまでも私の個人的な定義になってしまうのであるが、「幸せは自分の人生において意義のある事柄について、それを追求する行為(プロセス)の中にある」のだと思う。あらゆる目標は、幸せという大きな目的のための手段でしかない。それぞれの小さな目標(手段)に目を奪われて、最終目的である幸せが見えなくなってしまう人があまりにも多い。あるいは自分なりの幸せを定義できなかったり、その存在自体を忘れてしまったりするから、「何のために生きているのか分からない…」「自分を見失う」という悩みを抱えることになるのである。自分が幸せでなければ、他人を幸せにするなんて無理。幸せを追求することに忙しくなって周囲に気を配らせる余裕がなくなっては本末転倒!「自分だけが良ければ…、自分だけが幸せになれれば…」などという狭い世界観を捨て去ろう。我々はどんな才能に恵まれていようと、どんな大金持ちであろうと所詮は社会の中の一員なのである。この複雑な高度情報化資本主義社会の中で一人で生きていくことなんて出来ない。たとえば六本木ヒルズのような「選らばれし者だけが居住することを許された孤島」に大金持ちだけが寄り添って街を作り上げたとしても、その周りにはホームレスが屯しているのである。そういった負け組み達の存在に目を瞑って、気付かないフリをして生活し続けることができるであろうか。そういった砂上の楼閣ともいえる幻想的な幸せは、他人の不幸に支えられて成り立っているのだということを忘れてはならない。我々が追求すべき幸せは、前述した幸福追求のためのプロセスの中に見出すべきなのである。特に、自分なりに意義を見出せる行為において真に集中している時にのみ体感できるハイな状態時を「ピークパフォーマンス」や「フロー」と表現するらしいが、それが至福の瞬間といえるであろう。Ciao!
2011.06.14
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