投機家への道程

投機家への道程

PR

×

お気に入りブログ

【7月運用成績】+4… New! かぶ1000さん

対イラン戦争で米国… New! Condor3333さん

2026~27主力株概況1… New! みきまるファンドさん

モールの定理で片持… ミカオ建築館さん

贅沢の定義 slowlysheepさん

7月末PF &運用成績 mk4274さん

Business Consulting… staycoolKさん

AI小説 チャレン… konatsu6483さん

とりあえず266円… Night0878さん

堀古英司の「米国株… ウォール街からさん

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

プロフィール

fuzzo728

fuzzo728

コメント新着

MEANING @ Re:バフェットからの最後の手紙(11/16) 読み応えがありました。 翻訳、紹介してく…
青野菜@ Re:保有銘柄数の減少と増加(09/02) 持ち続けるしかないですね。”貴方がかった…

サイド自由欄

30代個人投機家のブログ

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2022年08月16日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

こういう問題というか視点があるよな。
目に見えない、ニュースにならない、こんなこと山ほどあるんやろな。
そりゃそうか、わずか170人の会社の中にも、問題にしなければならない無視されている
事柄が山ほどあるもんな。
12000万人の社会にはその何万倍もあるんでしょう。
深くて考えても良い考えた方が良い問題が。



>金属探知機を使いながら慎重にガマの中を進む具志堅さん
 6月23日は沖縄戦終結の「慰霊の日」。
 3カ月間の戦闘で約20万人が亡くなったとされる沖縄戦から73年、今も多くの遺骨が眠るガマの中で遺骨を探し続ける人がいる。
 「“声なき叫び”はこの手で拾い上げたものにしか聞こえない。ならばこの叫びを伝える人になろう」。
 自らを「ガマフヤー」と呼ぶ具志堅隆松さん(64)は、36年前から沖縄戦で亡くなった人の遺骨収集を続けている。「ガマ」とは自然にできた洞窟のことで、ガマフヤーとは沖縄言葉で「ガマを掘る人」という意味だ。
 太平洋戦争末期、県民の4人に1人が亡くなったとされる沖縄戦で兵士や住民が逃げ込み身を隠したガマ。手榴弾での自決や、米軍からの砲撃や火炎放射器で焼かれるなどして、多くの人が命を落とした。ガマの中や周辺には今もたくさんの遺骨が眠り、73年の月日が過ぎようとしている。
金属音が知らせる
73年前の爪痕
 海岸の隆起した台地が東西に走り、北側は崖になりジャングルとなっている。平地ではニンジンやラッキョウが栽培され、農家の人が収穫に追われていた。のどかな風景からは、ここが多くの命が失われた戦場だったことを想像するのは難しい。
 だが、畑からアダンや灌木が茂る藪をかき分け崖下に入ると景色は一変する。灰色の珊瑚礁でできた石灰岩のごつごつした巨岩が壁となって重なり、米軍の猛攻を凌ぐ自然の隠れ家として絶好の地形だったことが分かる。
 崖下で金属探知機のスイッチを入れると、いきなりピーピーピーと反応音が鳴り響いた。具志堅さんが数cm掘ると発射痕のある薬莢がたくさん見つかる。まるで73年前の戦場にタイムスリップしたかのようだ。
 「これは米軍が使っていた銃から発射されたものです。おそらく、ここからあのガマの中を攻撃したんでしょう」と言いながら、数m先のガマの中に身をかがめて入っていく。
 金属反応を調べ、小さな手鍬で泥をのけ、素手で土をかき分ける。ヘッドランプの光を頼りに数mmの破片も見逃すまいとするように。崩れた土や石を払いのけると、錆び付いた日本軍の手榴弾、陶器製ボタン、貝製ボタンがたくさん出てきた。
 さらに掘り進めると缶詰、セルロイド製の石けん箱、女性が使う櫛が出てきた。これは住民が使っていたものではない。
 「将校クラスの幹部が入っていたガマかもしれない…。するとこの櫛の持ち主の女性は何者か? もしかしたら慰安婦だったかもしれない。戦闘の最後まで女性を連れていたという証言はたくさんある」「兵士や女性は捕虜になったのだろうか? 無事に生きのびられたのか? 生きていてほしいな」と具志堅さん。次々と戦場のリアルな様子が掘り起こされる。
ガマ(写真右側の洞窟)の入り口に着くと崖にもたれかかり、黙りこくった具志堅さん 沖縄戦の犠牲者の声なき声を聞いているかのようだった
ガマ(写真右側の洞窟)の入り口に着くと崖にもたれかかり、黙りこくった具志堅さん 沖縄戦の犠牲者の声なき声を聞いているかのようだった
「遺族には時間が無い」
国の責任で家族の元へ
 厚生労働省によれば、日本人戦没者の遺骨113万人分が沖縄を含め、グアムやサイパンなどに残されたまま収集されていない。
 2016年3月、「戦没者遺骨収集推進法」が成立。2024年度までを集中取り組み期間としたが、少額の予算しかつけられていない。国が積極的に動かないのは「あの戦争への責任を明確にしたくないからだ」と具志堅さんは言う。
 「戦時中、戦死公報だけで亡くなったことを知らせ、悲しむことを許さない理不尽を国は遺族に強いました。国の責任で遺族の元に骨を返す。これは最低限やるべきこと。遺族には時間が無い。もう、風前の灯火なんですよ。高齢化して遺族がいなくなる前に探してほしい」。
 ガマの中で作業の手を休め、暗闇に目をやり、じっと動かない。「戦争の犠牲者に対する慰霊と償いの行為なんです」と具志堅さん。ガマから出るとペットボトルの水を四方に振りかけ、沖縄戦で亡くなった全ての死者に手向けた。
日本軍の手榴弾が出てきた。「兵士が休んでいるときに腰の横に置いたものかもしれない」。具志堅さんは錆び付いた手榴弾をじっと見つめていた
日本軍の手榴弾が出てきた。「兵士が休んでいるときに腰の横に置いたものかもしれない」。具志堅さんは錆び付いた手榴弾をじっと見つめていた
いつでも元気 2018.6 No.320





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年08月16日 16時43分24秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: