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昨日のカレーで使った食材を今日買ってきたのでご紹介します。まず生テンペ。生テンペは丸大豆をテンペ菌で無塩発酵させた発酵食品だそうです。テンペ菌というのは今流行りの麹の一種だそうです。今まで「てんぺちやん」という真空パックのものを使っていましたがこの生テンペはそのまま食べてもほっくり美味しいので夢中になります。一箱270円です。軽く焼いてちょっとお醤油をかけてサンドイッチに入れたりもしています。それから20種類のスパイスセット。朝岡スパイスの「手作りカレー粉セット」。もっと簡易版もあるのですがこの20種類がお勧め。裏には作り方の書いている紙も見えます。ただ入れて炒るだけなんですけれど。あまりにも美味しいのでこのカレーにしようかな・・・次回の癌食研究会。このカレー粉セット、買っておきましょうか?ちょっと高くて1550円です。でも結構何回も使えるので市販のルーよりずっとお得。しかも塩が入っていません。
January 31, 2013
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このごろ凝っている「めちゃくちゃ美味しい野菜カレー」↓材料 8人分・玉ねぎ4~5個・にんじんジュースの残りかす ニンジン3~4本分・にんにく1片・生姜1かけ・セロリ1本・キノコ類 今回はマッシュルーム8個・トマト1個・茄子・蓮根・ズッキーニなどの野菜 今回は蓮根・大豆 水煮缶 もしくはテンペ 今回は生テンペ・ブイヨン 今回は顆粒状になっている野菜ブイヨンの素を使用 大さじ2~3 スープ状のものだったらカップ5~6杯位・昆布粉・カレー粉・厚揚げ 油揚げなど 今回は厚揚げ・オリーブオイル・豆乳ヨーグルト・ローレルの葉2枚・トウガラシ1~2本1.カレー粉を作る。 20種類のスパイスのセットを買って、 指示通りに炒めて熟成させます。2.玉ねぎを薄切りにして トウガラシ1本と一緒に オリーブオイルでじっくりと蒸し炒めます。3.にんにくとショウガをみじん切りにして 加えます。 焦げ付きそうだったら大さじ1杯ずつくらい水を足して じっくりと炒めます。 玉ねぎがクタクタになってちょっと色がついたら セロリの茎を薄切りにしたものを加えます。4.カレー粉大さじ2~3を加えて炒めます。 全体にまぶって、いい匂いになってきたら また蓋を締めて蒸し炒めます。5.ニンジンジュースのかすを加え、 たっぷりブイヨン大さじ1~2杯と水とローレルの葉を加えます。6.かなり長く煮込みます。 最初ニンジンはぷつぷつと言いながら粒だって 煮られていますが そのうち玉ねぎの姿もなくなって煮溶けてくると とろーっとした感じになります。7.ここでトマトのざく切り、レンコンなどの野菜類、大豆、 薄切りにしたキノコを入れ カレー粉を大さじ1足して煮込みます。 トマトが煮崩れて蓮根が柔らかくなったら 昆布の粉と適当に切った厚揚げ類を入れます。8.味がきつかったら豆乳を入れて調整します。いやホントに美味しいカレーでもう皆、どこのカレーより美味しいと言います。ブイヨンはかなりしっかり入れるのでここで癌食ラインを厳守したい方は野菜の塩抜きブイヨンにしてください。また、野菜ジュースやトマトで煮るとブイヨンに頼らなくても作れます。その場合水は少なめで。それから厚揚げ類は湯通しして使います。熱湯かけたぐらいでは抜けないので私はしっかり茹でています。これも怖かったら入れないでくださいね。スパイスの味がきついときには豆乳ヨーグルトを入れてください。そういえば一度、鶏肉を豆乳ヨーグルトとカレー粉に浸けこんで半分をチキン入りカレーにしたのですがこれも本当においしかったです。たくさん作って家では2回の食事とパンのフィリングにしてサンドイッチで持たせます。ポイントは、手作りのカレー粉です。20種類のカレー粉の材料が入って売っているのでそれを買ってぜひ手作りしてください。塩は入っていないのですが本当に美味しくできます。 今度買ってきたらご紹介しますね。あと、ニンジンジュースのかすは水分を取られてバサバサしているので一度たっぷりのブイヨンと水で味を含ませてからそれを煮込んでいくといいということが分かりました。この発見は偉大でした。だからフライパンの淵ギリギリぐらいまで水を入れます。昆布は出汁用の昆布を細かくして使ってもいいし昆布の粉を使ってもいいしみじん昆布でもいいです。昆布の粉が最も癌食的です。あと、この「生テンペ」信じられないくらい美味しいんです。賞味期限が速いのが難点ですがちょくちょく買ってくるようにしています。今度ご紹介しますね。ご飯には、セロリの葉っぱの部分をみじん切りにしたものをまぜています。大葉とか、ネギとか、パセリでこのごろよくやります。香りがついて色もきれいで香ばしくてカレーの後味を爽やかにしてくれて美味しいです。
January 30, 2013
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月曜と火曜が朝早くて5時起きで帰宅が3時くらいで何も食べられなくてそのあとまた家でレッスンなので夜ゆっくり何かをするということができなくて今日になると疲れでどっと眠いです。なのでちょっとろれつの回らない感じの文章ですみません。主人はこの1週間ほど風邪をひいて熱がかなりあがったようですが漢方も含めて何の薬も飲まずに寝て治しています。やはり1週間のフルタイムの出勤はちょっときついみたい。でもまあも私も去年バイトを始めたら風邪はひくしインフルエンザにもなったからそういうものなのかもしれません。体が順応して行く過程というか・・・。でも主人が働いてくれるとかなり助かります。というものの、実際にお給料に反映されるのは来月からなので今月は厳しい日々です。そうすると「稼がなくっちゃ」と、俄然創作意欲が湧く私。文筆が家計を支える手段だなんてこんなこと許されるのかしら?先日の表彰式でお会いした方々はもっと意識が高いと言うか清廉な感じでした。物書きとしての使命みたいなことをおっしゃる方もいらっしゃいましたし・・・。私も、もうひとつ、バイトCを入れようと思い応募しました。実は表彰式で「バイトあったらお願いします。何でもやります」とアピールしたのですが紹介してくださる方はいませんでした。残念。出張癌食。知らない人が見たらかなり怪しいですよね。このシステムも少し考えないといけませんね。明日、頭がクリアになったらまた考えます。
January 29, 2013
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金曜日は午前中洗濯と掃除をしてご飯を作って午後銀座の美容室に行き、セットしてもらってついでなので新宿の写真室に行ってプロフィール写真を撮ってもらいました。そのためにドレスと靴とお化粧品とそのあと行くバイトの支度と最後のバイトなので差し上げる品などを持って歩き回ったので手がパンパンに疲れました。写真を撮って、写真を画面で見て選択して(この段階は無修正なのでかなり絶望します)そしてバイトへ。帰宅は21時。土曜は朝5時30分に起きて7時30分からレッスン。ぶっ通して12時まで。12時にすぐに家を出てエッセイ賞の授賞式へ。すごく遠かったです。それで14時~18時まで表彰式でそのあとやっと祝賀パーティでこの日初めて食べ物を口にしたのでした。帰宅後、本番並みにクタクタで今日はまた9時~レッスンだったのですがまだ疲れが抜けません。昨日は何もかも初めてでしたし人の話を聞くのも自分がスピーチするのも疲れましたししかもすごく寒くてもう表彰式はいいかな~と思いました。でもスピーチでは癌食研究会のことを紹介してきました!息子さんを白血病で亡くした方やご主人が胃癌だと言う方が話にいらっしゃいましたが胃癌の方は手術後ちょっと抗がん剤をやったけれどあまりの副作用だったので止めてそれ以来「病院はこりごり」と、無検査無治療で「もう十何年になるかしら~。元気にしていますよ~」とおっしゃっていたのでなんだか嬉しかったです。今日アイスチョコ(毒)を食べていたら歯に被せていたものが取れてまた歯医者に行かなければなりません。毒なんか食べるからですね・・・。
January 27, 2013
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バイトBを辞めたのでバイトAを出来る限り入れる日々。バイトAは時間で働く派遣バイトなので残業はなく、疲労も肉体的なもので、おやつも食べないしヘタすると朝から15時くらいまで何も食べられないのでダイエット(食事療法)にはいいです。夜、くたくただけれどまた楽器の練習を始めてそれはそれで幸せな日々。でもそれ以外のことはなかなかできません。そんな中。2月9日に第4回癌食研究会を開きます。興味のある方はぜひご参加ください。あと、出張癌食作ります。具合の悪いぶちおさんのことを考えていて私にできることはこれかなと思いました。ぶちおさんはすごく遠慮する方なのでお受けにならないと思いますし、大変な時は、他人は入ってこないほうがいいという考えもあります。だから今のうちにご提案しておきます。たとえば抗がん剤とかで具合が悪いとか手術して退院したけれど何作ったらわからないとかいうとき、お手伝いに行きます!気持ちが悪かったり具合が悪かったりするときお料理を作るのは大変です。ましてまったく新しい食事(癌食)だったらなおのこと。お手伝いに行きますのでおっしゃってくださいね。必要になったらいつでもコメントください。
January 25, 2013
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3つ、と書きましたが3番目はちょっと絞り切れません。両親がかなり変わっていたということや特に母親がエキセントリックな人だったということかそれとも勉強はまったくした記憶がないとか塾に行ったことがないとかどれもそれほど変わったことでもないのでやっぱりこれかな、すごく本を読んだことと、夏休みはいつも田舎に行っていたことです。テレビや漫画の娯楽の代わりに私は本を読みました。本の読み方として変わっていたと思うのは「読み聞かせ」をされた記憶がなく、絵本などを読んだ記憶がないということです。本の記憶はいきなり「岩波お話しの本」から始まり大抵、対象年齢の高いものを読んでいました。どうして読めるようになったのか不思議です。(そういうものだと思っていたので息子にも特に読み聞かせをしなかったのですが息子はそれほど本好きにはなりませんでした。今は良く読んでいるようですが)「本が欲しい」と言うといくらでも買ってもらえたし両親ともに喜んでいるのがわかったのでとにかく本は良く読みました。たぶん当時出ていた児童書はほとんど読破したと思います。しかも娯楽のない生活なので繰り返し、繰り返し、読みました。好きな本は暗記するくらい読みました。私の本箱は2棹あり、毎日1冊か2冊読むのが日課でした。父の蔵書を眺めるのも好きで「収容所列島」や「チポー家の人々」など。オーク材のがっしりした父の机の引き出しの中もこっそり眺めて「なんとか百体」という見てはいけないカルタみたいなものを発見したりしました。それはすぐにその引き出しからなくなっていましたけれど。私が特に好きだったのはヨーロッパの児童書で、日本のものはほとんど読んでいません。小6のころになると本の購入に実はかなり意図があったらしい父により「路傍の石」や「坊っちゃん」などが買い与えられますがあまりにも暗くてしつこくて全然なじめませんでした。つまり私の読書による内面教育は完全にヨーロッパでした。私は毎日本の中で、外国で、冒険したり探検したり遊んでいたのです。もちろん日本語で読んでいたのですが考え方や行動の仕方を何度も頭の中でなぞることで感覚的なヨーロッパが身についたのではないかと思います。本の世界がどのくらい私にとってリアルだったかというと小3の時に、本の世界を現実世界に運ぼうとして、友達に手紙を書いたりして大問題になったことがあることからもよくわかります。あまりにも意味不明の謎の挑戦的な手紙をもらった友達が私の家まで文句を言いに押し寄せてきたのです。それからこれも父の方針でしたが毎年夏休みは1カ月くらい、三重の父の田舎に連れて行かれました。1カ月、連れていかれて、放置されるのです。高学年になると妹と二人で田舎に行きました。行っても親戚とは年が離れすぎていて遊べないし車がないとどこにも行けない田舎ですし田舎の方言もきつくてほとんど意味不明なので誰とも会話することもなく大体ぼーっとして過ごします。本を読んだり、川で泳いだり、かき氷を食べたりそんな毎日です。ぼーっと、空気に溶けてしまうくらい、ぼーっとします。私の赤ん坊時代には日光浴というものをさせていたらしくまるまると太った赤ん坊の私が裸になってまどろんでいる写真がアルバムにありましたが田舎の時間は、ちょうどああいう感じで流れて行きます。ああいうすごくもったいない無意味な時間の使い方ってすごく大切なんじゃないかなと今になると思うわけです。否応なく力を抜く、抜きっぱなし、抜き続ける時間を強制的に味わう、一種の魂の浣腸でありこれはかなり自我の底力を強化したと思います。
January 22, 2013
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変わっていたことの二つ目は夜8時に寝ていたことです。小学校6年生まではひとりで、夜8時に寝ていました。夜8時からは「大人の時間」なのでそれ以降のテレビは見ることができず、従って「8時だよ全員集合」とか「紅白歌合戦」なども見た記憶はありません。そういうタイムスケジュ―ルなので学校が終わって、5時まで外で遊び、ピアノを1時間練習して、ご飯を食べてお風呂に入って1日は終わり、テレビを見る時間もあまりありませんでした。非常にシンプルで単調。退屈な人生だと思っていました。でも今考えるとこの現代では考えられないくらい贅沢な睡眠時間は無意識を強化し自己皇帝を作る上ですごく役に立ったのではないかと思います。すごく長く寝るので簡単には眠れなくてベッドに入って本を読んだり目をつぶってあれこれ空想したりするのですがその「どこでもない時間と空間」も財産だったのではないかと思います。それから、おかげで、昼はいつも元気でいられました。当たり前ですが、昼に眠いということはまずなかったです。「ひとりで」寝ていたというのも大切なポイントのような気がします。妹はかなり長く母と寝ていましたが私より自我が弱い(いい人と言う意味)ですし心理的なストレスが体に出やすかったです。また母がどういうわけか(貧乏だったのに)ベッドメーキングに凝る人でシーツやベッドカバー、クッション、お人形のパジャマ入れなどディティールに拘っていてベッドはとても特別で素敵な場所でした。睡眠に対する愛が感じられて良かったのではないかと思います。
January 21, 2013
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私が癌になるかどうか分かりません。癌になるかもしれない。可能性は大いにあると思います。でも主人は私が絶対に癌にならないと言います。そしてそれは私の非癌性格=自己皇帝に原因があると言います。逆に言えば食事は主人と同じものを食べていたしかなりストレスのたまる仕事ですしかなり狂気じみた働きぶりですし癌になって当然なのに癌になっていないのでそこで尊敬されているらしいです。今は非癌食をちょこちょこ食べてしまっているし癌になるかもしれないのですがここは仮に主人の説に乗って、私の非癌性格=自己肯定が形成された過程を考えてみたいと思います。正直、この性格は忌むべき性格であり、こんなに日の目を見ることができる日が来るなんて、思ってもいませんでしたが・・・。実はちょくちょく「がんぽちの気持ち」を書くのも(前回のような「わけのわからない文」を書くのも)「こういう考え方もある」ということでちょっと参考になるかなという気持ちもあってのことでした。(あまりなっていませんが・・・)私の幼年時代は、3つの点でとても変わっていたと思います。まずテレビと漫画を禁止されていて、テレビは1週間に1時間だけでした。見たい番組を悩みつつ決めて新聞にマルをつけてそれを見ます。漫画はお友達の家に行ったときだけ読みました。これは、「基本的にテレビを見ない」という今の生活の基礎を作りテレビと芸能界に全く興味のない嗜好が生まれました。お友達との話にはちょっと困りましたがそこは時事問題でカバー。よくタレントの誰誰に似ていると言うのを褒め言葉のように言う人がいますが喜ぶどころかムカッと来て、ちがう、その人が私に似ているんでしょと秘かに思っていました。小学校4年生ごろの話です。ここで、テレビではなく自分が中心と言う自己肯定の基礎が完全に出来上がっています。マイナス面はテレビ的受け答えができないこと、流行言葉や漫才のような軽妙なやりとりからは完全に取り残され、「昨日、言っていたことだけど」なんて、次の日にお友達にケンカを返したりするので「しつこい」と言われました。そんな感じで、いつも言いたいことがちゃんと言えていないという感じがありましたし友達がいないなあと思っていました。
January 21, 2013
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ツィツィコさんに「がんぽちさんは、何を信じていますか」と鋭く突っ込まれちょっとたじろぐがんぽち。こういうのって、ロングストーリーになりますよね。でも一度自分の内面を辿ってみるのも読む方には退屈かもしれないけれど、自分的にはいいかも。というわけで「信じるストーリー」第2弾です。私が本当に信じている人ってやっぱり主人と息子かなと思います。あとはタカフォード先生とかピアノの恩師、パリのお友達ですね。でも、「主人たち」と「先生たち」だとちょっと感覚が違って主人は、あり得ないと思われるでしょうけれど、もう、「絶対」なんです。自分は信じられないけれど、主人は信じられます。この、「自分は信じられない」、という前提のイメージはすごい拷門を受けていてキリシタンの受難とか魔女狩りとかスパイの尋問とか冤罪のねつ造される取り調べとか、西太后の嫉妬の苛めとか、ああいう感じのをやられちゃったら、本当に最後まで抵抗して信念を持ち続けられるか、ちょっと自信ないんです。そんな酷い目にあって「おい、がんぽち、癌人の居所を言え」なんて言われたら言っちゃうかも・・・・。ごめんなさい。でも主人は絶対に負けないと思うんです。私が磔にされたら自分を身代わりにするために主人なら走り続けると思います。実際はどうかわからないけれど私はそう信じています。こう書くと、すごい「愛」に聞えるけれど、でも、その根拠を考えてみると、「愛」とか「純真」とかではなく結局「自閉的な固着」と紙一重なんじゃないかなと思う今日この頃。「信じる」と「自閉的な固着」ってすごく似ていると思うんです。1対1対応で、他の替えが効かなくて、「絶対」という点で。母子関係もそうですが。それで「先生」に対しては、先生には万が一裏切られてもそれはきっと事情があってのことだからすぐに「はいわかりました」とさわやかに言えるという感じの信頼です。それ以外の人に対してですが私の母は全然「絶対的」な人ではなくて言うことがコロコロ変わって幼心にも無責任な感じを受けました。成長するにつれ女友達を持つようになると、総じて、女性はそういう人が多くて「女は信じられない」という実感がありました。これは、もしかしたら「母のイメージ」が女友達に敷衍したのかわかりません。でもコロコロと変わっても厭な人かというとそうでもなくすごく魅力的な人も多いし意見が変わらないのにも柔軟さに欠けて問題があるしコロコロ変わる人は適応も早いので現実的だという長所もあるということにも気がつきます。結局どちらが好きかどちらと付き合いたいかどちらが居心地がいいかと言うことになると思うのですけれど。大学で、和声という科目を習いました。それでその和声を教える先生に大きく2通りありました。感覚的に、「どんな可能性だってありうる」という方と数学的に、「突き詰めて行くと答えは一つ」という方。私は後者の考え方が好きでした。そりゃ、なんだってありうるんですけれど条件を詰めて行けば答えは絞れる、という考え方に、ワクワクしました。もちろん、「なんだってありうるんだよ」にトキメク人もいるわけです。結局、「信じる」と言うのも同じというか、感覚的に「信じる」という空中の雲みたいなものをその都度、心の虫取り網で掬っていくか理詰めで引き算していって、唯一の「信じる」ものを、幻のキノコを探索するように地道に追い求めるか、それはもう性質というか生き方の問題で人生に対する自分自身で作り出した処方というかそんな感じがします。あと私が演奏をしているのでちょっとそういう傾向があるのかもしれませんがもしかしたらかなり変な言い方かもしれませんが思想とか気持ちも口に出したらもう「作品」になってしまうのでそれがどうなってもいい(どう評価されてもいい)という感じもあります。もう自分の外に出てしまっているのであとはそれを受け取った人の問題という感じです。信じる気持ちというのも外に出てしまったらもうそれは自分のものではないしどうなってもいいというか返ってこなくてもいいそんな風に思うのでした。
January 17, 2013
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このごろバイトの応募で履歴書を書く日々。提出書類に「作文」というのがあってレッスンや家事の合間にそういうのを書いたりしていると、1日がそれで終わったりしてしまいます。書きながら、どうなのかなぁ・・・・・。と思ってしまいます。また4毛作でバイト4つ掛け持ちだともうくたくたで音楽とか文章とかは全然無理なのですが仕事漬けというのもそれはそれで楽しくてお給料も入ってくるし、4つやるとうちは生活していけるということもわかったし日々発見ばかりですごく面白いのですがかなり体をやられるし元気なうちはいいけれどそれこそあと何十年続けられないですよね。将来的には田舎で暮らすために、仕事をしないでもお金が入ってくるようにしたいのですがそのためには今、本を書いたりしなければいけないのですがさすがに4毛作だとその時間が取れないです。あと、今年音楽会が2つ入る予定なのでその練習もしないといけません。未来から来るものをよーく見つめてちゃんと考えて時間を使わないと・・・・と夕食のときに言っていたら息子に「でも現実も見ないとね」と非常にシビアに言われるのでした。・・・・いい息子です。
January 16, 2013
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癌コミュについてコメントをたくさんありがとうございます。ぶちおさん、お元気ですか。その後、いかがですか。私はあまり社会的に整頓されていないので(変な言い方ですみません。私のイメージですと「社会的に整頓された」方というのは何か提案があると、ぱっと枠組や書式が見えてくる方のことです。会社・社会経験が長かったりジャッジを下す立場が長いとそれがとても洗練されています)どうしたらいいか、よくわからないのですが私は、ドラゴンさんにご提案頂いた「基金」に関しては「ツィツィコ・ツィツィオ基金」と言うのを設立したいです。なぜかというと、私たちは色々ハーブをブレンドしていただいたりプロポリスを分けていただいたりしていますがそれを実際に輸入されたりするのはツィツィズ(ツィツィコとツィツィオのこと)で要するに一時的に立て替えて頂いているわけです。特ににハーブなどは種類多いですし皆処方が違うので使いきるということもなく、きっと多めに何種類もプールする形になってしまっていると思います。包装紙や瓶だってまとめ買いするでしょう。その費用を今までお言葉に甘えていたのですがスイカカードを最初に買うときの500円みたいに一時プールしておいて、ツィツィズに仕入れなどに自由に使っていただきもうハーブ要らないから返してとというときに半額(労力を引いたと考えて)返していただくとかその値段設定は良くわからないのですがそういうのはどうでしょう。とりあえずですね。本当の基金はかなり大きなお金があって利子みたいなのを分配していくという仕組みだったと思うのでそこまではまだ無理だし負担も大きくなってしまいます。でもツィツィズ基金だったらハーブが広まっていくことが間接的に皆さんの健康に役立つと思うしツィツィオさんの精神を支えることにもなると思うんです。どなたかこういうシステムの実務的な計算ができる方がいらっしゃるといいのですが。でもまあ、金額は個人の意思で自由に決めるというのもありだと思います。領収書みたいな「お札」(なんとなく、おふだのイメージなんです。お守り袋みたいなものでもいいんですけれど)をツィツィズが発行してくれれば・・・。それから「カンパ」というのももう今回はないんですけれど、またそういう機会があったら、その都度、別に金額を決めなくてもできることをできるだけやるのでいいんじゃないかなと思っています。こういうすてきな習慣はハロウィンやクリスマスやバレンタインみたいに日本に広めて行きたいです。なにかすてきなネーミングがあるといいですよね。「ツィツィオの帽子」とか。よく手品師とか、大道芸人とか音楽家、ストリートミュージシャンとかご褒美を頂くのにお帽子を置いておくでしょう?あれです。
January 14, 2013
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この世には不思議な出来事がたくさんあります。トワイライト・ゾーン。洗顔フォームと保湿クリームを間違えて塗り続けた女性の話。も、そうですが今日あった恐ろしいお話。今日、ブーツを買ったんです。雪と雨に強いレインシューズです。そのついでにショートブーツを買いました。今のバイトで早朝の(今日は6時50分に出ました)外回りをすることが多く、どうしても足元が寒いのです。そして今日の雨で、今履いている晴雨兼用ブーツはぐしょぐしょになってしまいました。そして、この雪。明日も早朝の出なので備えて大雪大雨用と防寒用に2足買ったのです。それがなぜか帰宅したら1つしか入っていません。デパートやバス会社に問い合わせますが届いていないみたい。どこで失くしたのでしょう?1度も履いていない買ったばかりのブーツを失くすなんて本当に落ち込みました。せめて誰かが拾ってくれてわあ、すてきなブーツ、こういうのが欲しかったんだ、神様ありがとうとか言って大切に履いてくれているのなら嬉しいです。ホームレスの方が(サイズが合えばいいのですが)履いてくださっていたら失くした甲斐もあります。ブーツが、異次元空間を飛び越えてしまいパラレルワールドの空から降ってきて農家の子どもたちを驚かし最終的にモグラやネズミのお家になるのならそれはそれで素敵かもしれません。以上のような状況よりはちょっと地味なのですがブーツが私のところに戻ってきてくれるとかなり嬉しいです。
January 14, 2013
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実は、この3日間、風邪をひいて熱があって昨日まではぐったりしていたがんぽちでした。でも、よく寝るので、なぜか頭は冴え冴えし、ブログを書きまくっていたと言う次第。ちょっと前にバイト先で見た、とても切ないお話。ずっと心に引っかかっているので、書かせてください。私のバイトBは終わり、バイトAのことなんですけれどバイト先で、あるお子様が「赤ちゃん還り」を起こしてお母さんに赤ちゃんができたためなんですがずっと泣いていて、目が真っ赤、そしてとうとう、おむつの中にうんちをしてしまうのですが、おむつを替えさせようとしないんです。このお子様はトイレトレーニング中なので本当はちゃんとトイレに行けるんですがわざとおむつにうんちをして「ママにしてもらう」と言って聞かないわけです。すごく心を打たれました。主人の術後、なかなか出てこなかったうんちがやっと出てきたときも本当に切なかったけれどこのお子様のうんちも切なかったです。赤ちゃんに戻ることでママのお世話(愛情)を得ようとする。これは子どもの知恵と言うけれど、本当でしょうか。理屈で計算して「考えて」したこととは思えないのです。「気持ち」が排泄と求愛を結び付けたのだと思います。小さいお子様なのにすごく高度な気持ちの動かし方です。生理的な反応を、感情でコントロールしようとしているのです。本当はうんちやおしっこは「気持ちの悪い、落ち着かないこと」で赤ちゃんのころは「おむつを替えて」という合図でも泣いていたわけです。それも封印して、そのお尻の感触の気持ち悪さや、それを抱えて動き回る居心地の悪さ、「お姉さんなのに」と叱られる悲しさや、恥ずかしさ、それらすべてを越えて、お母さんの愛情を希求しているんです。すごいなあ、と思います。これは現象だけ見れば確かに「あかちゃんと同じことをしている」ように見られて「赤ちゃん還り」と言うのかもしれませんが心の動かし方から見るとずっと高度で危険なことをしているのだと思います。自傷行為や、鬱や癌につながる下地のような気がします。気持ちを大腸で決着させるという点で主人と大変に似ているのです。考えすぎかもしれませんが・・・・。泣きそうになったがんぽちでした。
January 13, 2013
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このタイトルについてはツィツィコさんからインスパイアされたので私が前々から考えていたことを書きます。ツィツィコさん、ありがとう。癌食や自然療法をやっていると普通の癌治療も同じだと思いますが「主治医を信じる」とか「信じられなくなった」とかよくそういう言葉を聞きますよね。自分の治療自体を信じられなくなったというのもあると思いますがそれより「治療を行う人」「治療を勧めてくれた人」や「治療を提唱する人」を信じたり、信じなかったりすることのほうが多いと思います。治療自体を信じるというのは完全に自分の問題(分析や理屈)で治療者を信じると言うのには理屈だけではなく微妙に相手にも責任をかぶせているような感情的な問題を含んでいるような気がします。裏返すと「騙された」みたいな。そこにはデリケートな依存関係があり「人間」というものの自体の持つ「含み」があるように思います。つまり「人間」というものはもともと「完全に信じられるものではない」と皆、本当のところでは知っているんです。「信じられるものではないのに信じようとする」これが結構前提にあるような気がします。そしてその努力が泡になったと感じると「せっかく信じていたのに」と、傷ついてしまいます。昔、私は豪華客船に乗る仕事をしていたことがあってそこでアナウンサーの友人と1度だけ仕事をしたのですがそのクルーズで彼女と船上の「陶芸教室」でお茶碗とかを作ったことがありました。ところがその後彼女は、芸能界を離れファナティックな宗教に入ってしまいます。焼き上がったお茶碗が送られてきましたが彼女に渡せないまま、何年も時が経ちました。ご両親からも勘当されて、音信不通だった彼女の茶碗は我が家の食器棚にずっと置かれっぱなしで大掃除のたびに捨てたくなるのですがなぜか捨てられず20年たちました。なんと20年後彼女は脱会して別な仕事で再開することができました。そしてその時、お茶碗を渡すことができたんです。彼女は不思議そうな顔をしていました。当時の記憶は厭なものだったのであまり残っていないようなのです。・・・・取りとめのない話ですしこう書くとまるで、出来上がったストーリーのように思われると思いますが私は「信じる」というと彼女の茶碗を思い出します。私は別に彼女の大の親友でもなかったしホントに茶碗は捨ててしまいたかったんです。ただ置いていただけで大事にしたり話しかけたりしていたのでもない。返してあげても、別に感激されなかったし、なにひとつ感動的なことはなかったのですが私にとって何か確実に「すごい」体験でした。私は彼女が脱会するなんて少しも思っていなかったんです。でも「捨てられなかった」信じられる証拠があるから信じるのでもなく信じることで御利益があるから信じるのでもなく、「捨てようと思っても捨てられないこと」それが信じると言うことのような気がします。これが癌治療とどう関係あるのか?突込みどころ満載ですが…。
January 12, 2013
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知人が肺癌でその共通の知人の話題である方・・・・と言ってもわけがわからなくなるのでホタテさんと呼びます。(いつも美味しいホタテをくださるので)肺癌の方はキャンティ氏と呼びます。(いつもキャンティで御馳走になったので)つまりホタテさんと共通の知人であるキャンティ氏の話をしていたのですがキャンティ夫人は色々食事に気をつけ始めて、水素水とかなんとか昆布とかあと方位とかも占って西の方がいいと言うことでそちらの特別な治療を泊まりがけでされたりしているそうです。そういうお話を伺うとやっぱり財力の差を思い知ると同時にうちは財力がなくてよかったなと思います。私だって底なしのお金持ちだったら世界中で一番良いと言われる治療を湯水のようにお金を使って受けたと思います。でも「癌にいい」と言われているものってものすごくたくさんあるから全部やっていたら、きりがないし大変だったでしょうね。これでもかこれでもかの受験の詰め込み教育みたいにどんどん付加されていく「増やすベクトル」の自己治療ですよね。ハリウッドかラスベガスみたいな「ゴージャス癌道」です。うちは、もうそういうのはできないと諦めるとこから始まっているので粗食とか断食とかそういう「減らすベクトル」の自己治療になり、茶道の奥義みたいな「わびさび癌道」を通っています。さて、そのキャンティ夫人に対してホタテさんはちょっと批判的で傍から見ていてもあれがいいと言われるとあれ、これがいいと言われるとこれ、とすごく揺らいでいることと食事療法をしていると言う割にはお昼はお魚がどんとでたりとても食べ切れない感じの量だしコンビニ弁当だったりするし「要するに愛情が足りないんですよ」なんておっしゃってみたり。でもそんなことはないと思うんですよ。キャンティ夫人にも愛情はたっぷりあると思うんです。ただ癌食はやりはじめはすごく大変で、そんなに簡単なことではないと思います。何が大変かって、家族全員が同じ癌食を食べて1年間で完全に「非癌食アレルギー体質」にするということが大変です。癌食をしていても家族が別の食べ物だとやっぱり巧く行かないような気がします。「癌食が非日常」なのではなく「癌食こそが日常」にならないと。そして何より皆で「おいしいね」と言い合えることが大切だと思うんです。星野先生の奥様が薄味の野菜中心の食事に変えて「ああおいしい、私は本当はこういうのが食べたかったの」とおっしゃったのは本当に偉大だと思いますしここにこそ星野式ゲルソン療法の要があると思います。そして1年間で癌食の味覚を作りあげると非癌食に対するアレルギーセンサーが働くようになり私と息子でも「これはだめ」と成分表示に関係なくNGを出すことがありもっと厳密に気をつけている主人は「何か変」と、アレルギーの子供のように味に敏感になります。そうなってくれるとしめたもので自分の体を守るための前線が作られたと言うかやはり社会に出て働いていきますと非癌食の中で暮らしていかなければならないのでこのセンサーが形成されるとすごく助かるのです。それから、癌食2年目に主人はパン作りを覚え、玄米の炊き方を覚え、ジュース作りは自分の仕事にしました。これで飢えて死ぬことはありません。そして私もとても助かります。いざというときもパンを作ってジュースを飲んでいてもらえれば大丈夫。癌食的に癌人を自立させるのです。・・・・・それでキャンティ氏の問題は治療も食事もキャンティ夫人に完全に依存してしまっていること。どちらかというと仕方なくやっていること。もっと自分の問題として食事を捉えて行かないと。そのためにキャンティ夫人もちゃんと一緒の癌食を食べて行くようにしないと。そんなことをホタテさんと話しながら考えた癌ポチでした。
January 12, 2013
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癌食研究会を始めるにあたり、私はなるべく自由度の高い会にしようと思いました。あと、なるべく宗教的にならないよう。「ねばならぬ」的なことではよくありませんものね。だからここでは色々な意見や情報は出し合いますがそれは教条的なものではなく選ぶのは各自で責任を持ってやっていただく。それに食事が題材なので銘々ができることとやっていることのスタンスが少しずつ違いますのでその違いは、違うままで、含んで行きたいと思いました。でもかといって、ただの女子会みたいな感じにもしたくなかったです。どういう感じにしたいか具体的なイメージはありませんでしたが不思議なことに参加してくださっている方々がうまく作ってくださっているように思います。ドラゴンさんの明るい知性。poさんの静かな献身。ツィツィコさんの積極性。faiさんの真面目さ。ぶちおさんのタフネス。そしてじんじんさんの遠距離テレパシー。特にツィツィオさんの存在は大きいものでした。今回参加されたぶちおさんの具合が悪くてストマでも洗腸をした方がいいと言うツィツィオさんのアドヴァイスだったのですが、ストマ用洗腸キットが高いらしいのです。それを聞いたツィツィオさんが「癌食研でカンパしてプレゼントしましょう」とおっしゃいました。ツィツィオさんの国ではよく、会社の誰かあるいは誰かの家族が病気や怪我で困難にある時に会社のみんなにカンパを募るそうです。そういう時、みんなそんなに経済的に余裕があるわけではないのにお金を出し合うそうです。(日本では、そういうのあまりないですよね。だから、どうしたものか考えてしまって、ツィツィコさんは困ってしまいました)でも私はツィツィオさんに賛成です。素敵だと思います。皆でできることをやる。日本ではあまりない慣例だったらますますやる価値があると言うものです。この提案が実際はどうなったかはまた別の後日談になるのですがツィツィオさんの精神が私たちの癌食研をいい感じのコミュニティにしてくれているように思いました。追伸このコミュニティは閉じられていませんので新しい参加者も常に募集しております。
January 12, 2013
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癌食2年目を過ぎ3年目になろうとするとまた問題が違う風に展開していくのが感じられます。最初の年は癌人である主人と私の、とにかく「癌食を確立させる」という対面の世界での悪戦苦闘でただそれだけでした。そして2年目は経済的な自立という課題に立ち向かいました。その過程で主人も私から自立し私も主人から自立していく部分がありまた癌を理解していくうえでお互いに残された時間が1年であろうと30年であろうと、無駄にせず、人間的に、創造的に生きるということを考えた年でもありました。そして3年目に入るころ、癌食研究会というものを、なんとなく始めたら、コミュニティの問題が見えてきたように思います。癌は、もちろん自分自身の問題で「他人は変えられないけれど自分は変えられる」から自分が変わることでしか出口はないのですけれど所謂「癌性格」と言われる方が何かを我慢し、自分を抑え込み、規範に合わせようとわが身を投げ打っていることは事実で、もう一歩外側から見ればパートナーの問題でもあり、コミュニティの問題でもあると思うのです。(社会、と言ってしまうと、実際に会話して関わるという範囲を大きく超えてしまうので避けます。本当は「人が生きる上での【制度】」として社会問題でもあるとは思うのですけれど)今だから泣かずに言えますけれどやっぱり主人を癌にしたのは私の食事や私との関係性にも原因があるわけです。それと同時に主人のコミュニティにも。ということは、癌を治していく過程でもやっぱりパートナーやコミュニティが大切になるわけで、星野先生における献身的な奥様の存在や様々な自然治癒療法のコミュニティがその人の対他存在として大切な役割を担うわけです。私もブログをつけながら料理というのはやっぱり作って見せて食べてもらって、そういう現場がないと片手落ちだなァと思いましたし、本当は、食事療法を始めてみたいけれどどうしたらわからないという方には個別にたとえば1週間なり、ご一緒に作って差し上げるとかいよいよお忙しくてご自分では無理という状態のときには、食事の駆け込み寺というかそんな場所ができたらいいのにとかやはり妄想は、コミュニティとして展開していくわけです。
January 12, 2013
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第3回癌食研究会のとき免疫を高める抗ガン効果の高い食品でプロポリスと霊芝が挙げられました。プロポリスについてはブラジル産が日本では多いのですが蜂蜜の国のツィツィオさんが個人輸入しているものが品質が良くてお安いので、それをご紹介していただきます。それと霊芝もいいそうなのですがどこで手に入れるかという話になりました。ところで、私の家では昔からお茶は、村田園の万能茶というのを飲んでいるのですが400gで1260円と安いし美味しいのです。でも一見、自分でも作れそうなお茶で、その辺の落ち葉を拾い集めてきたみたいな感じ。どくだみ、柿の葉、とうきび、ハト麦、クマ笹、あまちゃづる、ハブ茶甘草、大豆、田舎麦、桑の葉、拘杞、びわの葉、甜茶、浜茶、ウーロン茶霊芝、グァバ茶、プーアール茶、南天、かりんと入っています。ここでは霊芝だけでも注文できて、80gで2100円です。http://www.murataen.com/shop/index.php?main_page=product_info&cPath=14&products_id=52ただ、ツィツィオさんに拠ると、霊芝は3週間飲んだら1週間は休んだ方がいいそうです。私はそういう意味でも、単独で飲むより、万能茶ブレンドがいいのではないかと思っています。ツムラでは霊芝はもう扱っていないと言うことらしいのでpoさんからお問い合わせがあり、ちょっと宣伝臭くなってしまいましたが情報としてお知らせします。それからプロポリスの扱いですが、こちらも蜂のアレルギーの方それから植物のアレルギーの方は最初はひじの内側の柔らかいところにつけけるなどしてアレルギーを確かめたほうがいいそうです。そして大丈夫だったら最初は1滴から、少しずつ増やしていった方がいいそうです。植物のアレルギーというのは、その蜂がどこの植物の蜜を採ってきたかでその採取した蜜の植物にアレルギーがある場合があるからです。これも大事な情報ですよね。要するに「体にいい」と言われる「効く食品」はなんかしらの積極的な攻撃性があるわけなのでいいからと言って無防備にどんどこ飲んだりしては危ないということですよね。
January 12, 2013
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私は毎日仕事に追われて極めて雑な癌食を作り主人を虐待する日々ですが癌食研究会をするとゲルソン先生の言葉「この地球上でもっとも聖なる場所は台所である」辰巳芳子先生の言葉 「苦手な人が料理することには 苦手だからこそ尊く価値がある」「食卓は生存確認の場である」「料理をする人は 食する人の命の手綱を握っている」という言葉をしみじみ思います。(本から抜こうと思いましたがどこの何ページか捜せず覚えているままに書きましたので正確には違うかもしれません。正確な文がわかったらまた転写します)今の社会では食事は時間とお金の価値に置き換えられてしまって食事の魅力は「味わうことを忘れる麻薬的なもの」になり、ひたすら加味添加される方向で、食べる人の命に行き届く、最後の最後までが本当に評価されていないように思いますが、私たちはそれをしようとしている・・・・聖戦士というか・・・・隠れ忍者というか誰も本当には褒めてくれないけれどこっそり戦っているという感じがして頑張ろうと思います。たぶん癌食研究会における「精神のパイプスル―」の効果内容はこういうことかなと分析します。・・・・かなり大袈裟ですけれど。
January 7, 2013
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今日、思った、「うちの癌食研のすてきなところ」は1.英語の勉強にもなる2.ハーブの勉強になる3.ハーブの処方をしてもらえる4.自然療法の話が聞ける5.自分で勝手に料理ができるツィツィコさんとドラゴンさんが英語がペラペラなのでツィツィオさんのお話しも通訳していただけてとても助かります。皆、用意されたレシピと材料を見ながら銘々勝手に作りながらわからないところはちょっとお互いに覗いたり質問したりこういうお料理研究会ってすごくいいなと思います。結局、野菜のラグーとピクルスと柚子ジャムを作ったら1時間じゃ終わらなくて2時間ぐらいかかってしまったのですが準備も間に合うかしらとドキドキものでしたがやり終えるとなんだかすごくほっとした気持ちになりました。やってよかったと、心から思います。昨日まで、本当に時間がなくて癌食研のメニューも思いつかなくて今日も夕方に生徒さんが新年の挨拶に来ると言うのでどうやりくりしよう、お祝いも買う時間がないし夕食も作ったほうがいいかしらなんてパニックだったのに。この清々しく心の中がパイプスル―された感じ。神様とかに私というストローを吹いてもらった感じ。厄払いして悪魔を落としてもらった感じ。食べ物の効果もあるし、皆さんからの生きるということへのまっすぐで真剣なエネルギーがなにか姿勢を正す気持ちにさせるのかなと思います。ありがとうございました。では、今日のお食事全体のセッティング「野菜のラグー」「玄米リゾット」「柚子ジャム」「野菜のピクルス」「花豆の煮物」「厚揚げのステーキ」お皿の上にあるのは、ぶちおさんからの乾燥舞茸と雑穀とみかん。お茶はツィツィオブレンドティー。【玄米リゾット】A と【野菜のラグー】A【玄米リゾット】8~10人分A1.たまねぎ1個をみじん切りにしてオリーブオイルで蒸し炒める。2.ニンニクもみじん切りにして蒸し炒める。3.ドライトマトを千切りにし加える。4.ローリエの葉、舞茸、椎茸の薄切りを加える。5.蕪の茎と葉を7ミリほどに刻んだものを加える。6.洗って少し水に浸しておいた玄米5合を加える。7.水を加え、蓋をして、強火にする。8.吹いてきたら、混ぜて、オリーブオイルを大さじ1と塩少々 昆布10センチ、トマトの乱切り2個分を入れ、 やや強めの弱火にして炊く。9.時々様子を見て、水分が足りないようなら 足しながら、ご飯の炊き具合を調整する。10.ご飯に芯がなくなったら火を止めて蓋をして すこし蒸しておく。 【野菜のラグー】A材料 5人分・じゃがいも 500g・トマト 200~250g・キャベツ 4枚・タマネギ 150g・にんじん 100g ・セロリ 100g ・いんげん 100g・にんにく 1かけ・ローリエ 1枚・オリーブオイル 大匙4・塩 小さじ1作り方1.にんにくはみじん切り、玉ねぎは1センチの角切り。 ジャガイモは1.3センチの角切り。 にんじん、セロリはジャガイモの半分の角切り。 キャベツはジャガイモより大きめ。 いんげんは軽く下ゆでして1.5センチ幅に切る。2.厚手の鍋にオリーブオイルを半量入れ、 弱火でたまねぎとにんにく、ローリエを蒸らし炒める。3.タマネギの匂いが治まったら残りの油を足して、 にんじん、セロリを加えて混ぜる。 しっとりしたらジャガイモを加え、 ジャガイモが透明になってきたら、 キャベツ、インゲン、分量の2/3の塩を加える。 水分が不足したら水を大匙1ずつ足していく。4.野菜が7分通り柔らかくなったら、 トマトの粗切りを加え、十分軟らかくなるまで炊く。5.最後に塩味を整える。【即席ピクルスと柚子ジャム】【即席ピクルス】B材料 5人分・きゅうり 2本~・たまねぎ 中1個・かぶ 2個~・セロリ 1本~・ニンジン 1本~・塩小さじ1・昆布2cm角・合わせ酢 ・酢 カップ1 ・砂糖 カップ1/2 ・粒こしょう 10粒 ・グローブ 2~3粒 ・ローリエ2枚 ・キャラウェイ 少々 ・好みで唐辛子 作り方1.合わせ酢の材料を弱火で炊き合わせ冷ましておく。2.胡瓜は2センチほどの輪切り。 玉ねぎは1ミリの厚さの薄半月切り。 かぶは8等分のくし切り、 セロリは1センチの輪切り、 ニンジンは1センチほどのいちょう切りに。 以上をボウルに入れて塩を振り、 混ぜ合わせて、軽い重石をして1時間置く。 間で2回ほどボウルをふって 塩をまんべんなく行きわたらせるように天地返しをする。3.胡瓜が透明、玉ねぎがくたっとしたらふきんで水分を絞る。4.3に合わせ酢をかけ、昆布を入れ、 落とし蓋をして2時間ほどしたら食べられる。 冷蔵して半日すれば美味。【ゆずジャム】A材料・ゆず 適宜 ・はちみつ 適宜作り方1.ゆずは半分に切って汁をしぼる。2.汁をしぼった実は種を除き、皮もろとも薄切りにする。 はちみつと1.を加えて混ぜる。3.パンを好みの厚さに切り、2.のゆずジャムを塗る。野菜のラグーは野菜と塩のみの味付け。最初に入れる塩小さじ2/3で味が足りるときは最後の1/3は入れません。久々にAじゃないかなと思います。柚子ジャムも好評。簡単ですがめちゃくちゃ美味しく加熱しないのでビタミンが壊れません。お弁当の隅に忍ばせたり、パンに載せたり。お醤油をちょっと垂らすとお酒のおつまみにもなります。簡単ピクルスは重しをするときボールに水を張ってボールに入れた野菜の上に置くといいです。あと、昆布と蕪を入れると全体がまろやかな感じになります。パプリカを入れると色が鮮やかに。粒胡椒は白胡椒だけでなくピンクペッパーを入れると可愛くなります。
January 6, 2013
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明日は12時くらいに集合して作りはじめ、13時くらいに作ったものを食べながらお話しして15時くらいに終了と思っています。雪にならないといいですね。 メニューは 1.ドラゴンさん特製パン 2.柚子ジャム 3.ピクルス 4.野菜のラグー 5.がんもどきのステーキ などを予定しています。 ポタージュはミキサーを使い裏ごしをしなければならないのでちょっと面倒かなと思い(うちではバーミックスを使用)パンのフィリングに特化しました。でも息子が買ってきたがんもどきが(がんもどきを喰うとはマクロファージ的で、新年早々縁起がいいですよね)ちょっと小さいので明日作れたら、作っていきます。 まずパンを作りはじめ、発酵させたり寝かせたり焼いたりしている間にそのほかのものを作る感じでしょうか。 持ち物は 1.エプロン 2.保存容器 ジャム、ピクルス用の小瓶かタッパ2つ あともしかしたらラグーなど用に1つ予備を。 3.ふきん 4.ティッシュ 参加費は ちょっとわからないのですが会場費とドラゴンさんの用意してくださった食材費とうちの用意した食材費を参加家族で割る形でいいでしょうか。 ツィツィコ様 うちはポーレンがあったら嬉しいです・・・あと蜂蜜も、ツィツィコさんに頂いた蜂蜜のほうが今家で食べている美味しかったと息子が言うのですが・・・在庫ありましたら、購入させてください!ポーレンて日本で売っているところ、見ないですよね。すごく美味しいのに・・・。あとツィツィオさんのお迎えは12時に駅改札でよろしいですか?
January 5, 2013
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2013年が明けました。新しい年のスタートです。でも私はおせちもお掃除も年賀状も間に合わず相変わらず片づけをしておせちをつくり年賀状を書く日々。これって、締め切りに間に合わず原稿を落とした作家みたいな気分です。原稿というより「新年」という波に乗り遅れたサーファーみたいな。いつから新年なのかしら? 新年って何?そうこうする間にあっという間に4日から仕事が始まります。そして6日は癌食研究会。そして癌食研究会の参加は何名様ぐらいになるでしょうか。小規模なら小規模でツィツィコさんと戦略研究にしてもいいかな~でもツィツィコさんはいらっしゃれるのかしら、というわけで出欠を取らせてください。うーーんと少なかったらうちでやるのもいいかなあゴミ溜めですが・・・。お願いします。今年っていつ?と思いつつ今年もよろしくお願いします。
January 2, 2013
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