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昨日肝胆膵外科の外来で膵臓先生(通称「ちゃらお」先生)の初外来でした。初めてなのでとても楽しみでした。膵臓先生はお近くで見てもかっこよく、さすが移植外科トップエリートチーム執刀医師。でもびっくりしたのはかなりお話しが一方的で「じゃ次回の外来は2月27日で」と、こちらの都合も聞かず入れようとするし一度も顔を見てお話しされないし痛みどめとそれに付随する胃薬を手術直後の処方のまま付けようとするし便秘のお薬もそのまま。「痛いですか」とか「お通じは」とか、一切聞きもせず。主人は、一切便秘のお薬は飲んでいませんし痛み止めも2日前から飲んでいません。痛みどめは気がついたのでお断りしましたが便秘薬は言いそびれて結局1カ月分、出てしまいました。これ、薬局で断ることができないんですよね。医師に処方箋を書き直してもらわないと。まあしょうがないと思ったのですが全部で1万円近くかかったし、大量の便秘薬を見ると悲しくなってきます。どうしよう・・・。しかもいつも院内処方なのに院外にされていて院内だと思って薬局の前で待っていた無駄な時間院外の薬局でさらに待たされた時間にけっこうくたびれてしまいました。そして何より、前の主治医の肝臓先生はどうなったの?というご説明が一切なくて後で考えたらこれってかなりヘンなことですよね。突然新しいお母さんがやってきていきなり家事を始めているたみたいに。聞けばよかったなあ、って思います。ちゃんとした答えはきっと頂けないのでしょうけれどそれでも聞けばよかった。肝臓先生、このブログを読んでらしたらぜひメールください。最後にご挨拶したかったです。私はそのあとバイトでした。今バイト先の職場がかなり荒れていて同じバイト仲間で蔭口や盗難事件があり派遣先の社員さんともなんとなく巧くいっていない感じが全体にあります。バイト仲間の問題はそれぞれのパーソナリティの問題があって理解していくのに奥が深いんですけれど昨日、ボスから2回ほど叱られて悲しかったです。それでこの<悲しみ>はなぜかなって思ったんですけれどバイト現場でも小さい子どもたちがたくさんいてその子にはその子の理由とか、<流れ>があって結果、<事件>が必然的に発生するのですが担当している先生がその事件の<一瞬>しか見ていないで怒られるとその子にとって、かなり悲しいという感じと似ているなと思いました。小さな子は説明したり言いわけしたり説得したりできないからかなり悲しい。この悲しみは<傷>になるほど悲しい。仕事の現場で、一方的にある<一瞬>を、断罪されると小さい子のように<傷付けられる>のだと思いました。ただ私は大人なのでその場で口答えできなくても相手の立場や、意図、全体の中で、もう一度構図を引き直し、さらに同じことを繰り返さないために考えることで相手の怒りと意図を上回ることができるからなんとかバランスを保つことができます。家で家族に話しながらまた事象が客観的になってきて、自分の問題も見えたりします。でもこれって<身体>についても同じである<一瞬>だけを捉えて、それを一方的に断罪するって<身体>を傷つけるんじゃないかしら。目に見える傷だけじゃなくて何か、命の流れのような、<機構>に至る傷です。身体は言葉を持たないから。さて、膵臓先生のおっしゃったことばでもう一つ、すごく驚いたのは「巧くいってよかった。この<ニ期再建>ってヒヤヒヤもんなんですよ~。いやー、なんともなくて、ほんと、よかったです」えーっ簡単な手術っておっしゃったじゃないですか・・・。と心の中で叫ぶがんぽち。ひやひやもんだったらしい。ニ期再建術ってひやひやもんらしいです。このなんか、感覚の違いって肝胆膵移殖外科が超エリート集団で長い手術ばっかりやっていて「死体としての身体」ばかり相手にしていてそちらの方が得意で「生きている身体」を相手にするのが苦手なんじゃないかなそれがコミュニケーションが成り立ちにくい大もとの原因じゃないかなと思いました。手術って医療の中で最もスライサーな関係性ですものね。派遣社員としての身体とボスとしての執刀医。一方的で非連続的な関係性です。
January 28, 2015
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今年、もしかしたら私の方が先に死んじゃうかもしれないと言うぐらいコンサートが入っていて(バイトとか他にもやることてんこ盛りの中)その主な原因がお友達の伴奏なんですけれど彼女も癌友で手術や放射線治療を受けていて今は健康・状態ですがこのコンサートの量にはいかに鈍感な癌ポチですらただならぬ「何か」を感じずにはいられません。「決意」と言うか、「覚悟」と言うか・・・。しかし私は伴奏者。独奏者がそういうお気持ちなのでしたら黙って「わかりやした」と。今年は彼女に捧げよう、という気持ちでいる癌ポチなのでした。で、先回マダムシュで第1回目のコンサートがあったのですがそれはとてもいい感じに行ったのですがそのことが書きたかったのではなく、彼女との会話の中で共通の知人としての彼女のお弟子さんもやはり癌友なのですが手術をして、休んでいた声楽のレッスンを復活してやっと少しずつ感覚が戻ってきた、という話の中で「日々ね、おかえり、G、おかえりAs、ってね、そういう感じなのよ、まさに」と彼女が言った言葉、G(ゲー)というのは高いソAs(アス)というのは高いラのフラットのことで、身体が治っていくに従って手術によって出なくなってしまっていたお弟子さんの高音が1音ずつ、戻ってくる、という意味なのですがなんかそれがとても心を打ったのでした。手術とか放射線治療とかって身体以外の身体を痛めつけていてそれは身体が作るもの、身体から発せられるもの、なんですけれど声とかオ―ラとか精気とか思想とか感情とか関係性とかすべてを傷つけていてそれが戻ってくるのは手術から目覚めたその日からなのではなく毎日ひとつひとつ取り戻していくしかないんだなあとまさに「お帰り明日」という断ち切られたように感じる未来を取り戻すための手仕事なんだなと生きると言うことは地道な手仕事なんだとそんな風に感じたのでした。
January 26, 2015
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毎日忙しく、余裕がない日々ですが主人が癌にならなくて「あのまま」だったらどうなのか、と考えると、それは必ずしも幸せではない感じもするから不思議です。もちろん、失った肝臓やs状結腸や膵臓や胃や十二脂腸、無実の罪を着せられた健康なリンパ節、突然断罪された健康な筋肉、そして多くの時間と沢山のお金、サイズが合わなくなった服、もしかしたら職も失うかもしれないのですがそれらに「ひき換え」だとしたら天秤が釣り合うのか、わかりませんが(それに「失った」主体は、主人なのですから)「あのまま」いったとしてもいずれどこかでもっと酷い形でカタストロフィが訪れていたように思います。それは、我が家固有の事情でもありますが実は社会の動きや歴史ともリンクを貼っていて紐でつながった鈴のように玄関で引っ張ったら遠くの部屋でちりりんと鳴り、暗い廊下の奥から着物を着たガマガエルが現れるようなそんな感じです。私はそれまで「知らなかった」し、「参加していなかった」し、「関わらなかった」と思います。知るというこは参加し関わると言うことでもありました。これは寿命とか健康法とかそういうこととは関係ないのですが意外に【癌】(かっこつきがん)を考える上で大事なことなような気がするので書きとめておきます。主人が「失った」ものは主人によって「差し出された」新しい生き方なのだと考えるとまた癌食の別の側面が見えてくるような気がします。
January 25, 2015
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今回の入院手術は基本、「放置入院」でしたけれど結構いろいろ学ぶことがありました。その1.食事とその影響について主人は今回は前回のように「ひややっことサラダ」×24食 には懲りたのと私に負担をかけたくないと言うことで牛肉豚肉、牛乳だけはやめてもらってあとは出たもので食べられるものを食べるという食事にしました。まあ「パピヨン」のマックイーンとか、「ジョジョ」のジョリーンとかが刑務所の独房で、『食べられるものを生きるために食べる』と汚物の混じった食べ物やネズミやゴキブリを食べて見せたのと同じかなと思います。そうい覚悟が感じられ、私がヘタに頑張るとかえって怒られそうだったのでありがたく主人の言うようにしました。退院の日の朝なんかビニールに入った市販のべたべたのクロワッサンが2個、うえーっと言う感じでしたがこれもちゃんと食べていたから驚きです。鶏肉も魚も食べていました。で、退院時の血液検査結果ですが癌食のときより、数値が悪いんです。タンパク質に関する数値が低い。そしてなにより「便秘」気味になりうんちがなかなか出ない。そして、ヘンなアレルギーのような皮膚疾患があちこちに出ました。お家に帰って癌食になったらアレルギーのような皮膚疾患がみるみる消え、便は1日に1度以上、だんだんするっと出るようになっていくし顔色もいいし、元気だし。やっぱり食事って本当に大事ですね。と認識を新たにした次第です。退院患者に対する食事指導と言うのを集団で食堂でやっていたので耳をそばだてて聞いたのですが「なんでも食べていいです。食べていけないというものはありません」「お寿司とかどうですか」「量が少なければ」「トンカツとか」「一切れぐらいから始めてください」・・・とこんな感じでまあ逆に言うと、「そういうもの」が好きだったから病気になったわけですし国立病院は「○○を食べてはいけない」という、国家の経済戦略と逆になることは言えないんじゃないかなと思いました。「○○を食べるといい」という、消費を促す方向は推奨されてもきっとその逆の「風評被害」につながることはダメなんじゃないかなと思いました。前に大学院で論文指導をされた時、「国家」の視点を入れるといいって言われたことを思い出し、「こういうことか」と思いました。その2.肝胆膵外科にイケメン医師が多いわけ今までの「肝臓先生」が、ラポールできかかっていたのに急にどこかに行ってしまって主治医が変わりました。膵臓でお世話になったから「膵臓先生」ってお呼びしようかな。膵臓先生はちゃらおくんです。だっていつも「へらへら」って感じで手術前の日も首だけ病室のドアから出して「じゃ、あした、がんばっしょ!」ですって。ちゃんと長い話を文語体で話すのを聞いたことがない。だからちゃらおくん。それで回診のときはこの「へへっ」集団が右や左に身体をゆらゆらさせて「へへっ」と通って行きます。なんていうか医師集団と言うよりジャニーズみたい。なんでかなあと思っていたんですけれど結局ここは移植手術が主なので移殖って「最先端」だし「注目度」が高いから注目されたい人が選ぶ科なんじゃないかななんて推理をした癌ポチでした。「動機」の部分ですよ、あくまでも。実際にやっていらっゃる事はもっと高度で崇高だと思います。その3.主人の決意について最後に看護師さんにお礼を言ってこれでもう3回の入院ですので顔見知りになっちゃうわけですが私が「本当にお世話になりました。ありがとうございました」と頭を下げていたら主人がニコニコと傍から、「もうお世話になりませんので」ときっぱりと言うのでした。うーん・・。気を悪くされなかったでしょうか。(そうできればいいんですけれどね)という思いに満ちた苦笑を浮かべていらっしゃいました。リターンが多いってことですね。ちょっと怖くなった癌ポチでした。
January 22, 2015
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手術(ニ期再建手術=体外に出している膵管を取り除く)は水曜に無事終わりました。食事は冷ややっことサラダだとあんまりなので肉と牛乳以外で普通食を出してもらって食べられるものだけ食べています。やはり術後は食欲もないのでそれくらいでちょうどいいそうです。私があまりにも忙しいので主人は心配してくれたみたい。術後の経過はよく火曜か水曜には退院できるかもしれません。でもくしゃみをしても激痛が走るので痛みどめは手放せないみたい。胆管炎の入院で10万円くらいかかりました。これを「繰り返す」可能性が高いことや、2回の手術と入院、その費用、通院や食事のこと、仕事が結局できないでいることを考えるとゲルソンクリニックに入院させた方がよかったかもとちょっと思います。ただそうなるとずっと離れ離れになるから(行ったとしても1人しか行く費用は出なかったと思うから)それがすごく怖かったのかもしれません。私は食べる間がないくらい忙しいです。3月までの5つのイベント、6月までの4つのイベント、これを乗り切るために信じられないくらい。でも修行している感じで楽しい。どんな音でも大事にしようと思う。喉は痛いし咳は止まらないし息が上がってきっと貧血。そんな中ですが、ちょっと素敵なこともあります。その1お茶の水の駅の階段の途中で息があがってしまい動けなくなったらイケメンの駅員さんが荷物を2つも持ってくれた。「癌患者よりあなたを心配するなんて」と荷物を持ってもらえなかった主人。その2電車の広告を見て息子と初音ミクの目の描き方について話していたら「ママの描く目は、レーズンとかブルーベリーだよね」と言った。その3病院のベッドを電動で起こす時「頭が上がります」と音声が出るのですが私が病室に来ると同時に主人が「頭が下がります」とベッドに言わせた。その4「ママの足音は一発でわかるね。『ママかな?』と思うのは違うんだ。『あっ、ママだ』って言うのがママなんだ」「どういう足音なの?」「攻撃的で情け容赦ない」その5病室を出るとき主人がまたベッドに芸をさせようとしたのですがベッドは「足が下がります」と失敗した。自分でしかけたのに爆笑して切られたお腹が痛くて笑いを抑えるのに主人は苦しそうだった。こんな小さなことでちょっと嬉しくなるがんぽちでした。息子の言う、「ブルーベリーの目」↓
January 18, 2015
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1週間が終わりました。今週は夜まで食べられないという日が多かったです。少しやせられていいかもしれません。1日に3つ仕事が入った日はきつかった。朝からでかけてそのあと打ち合わせ、そして撮影に移動、そしてレッスン。22時帰宅。しかもキーボードを背負って制作物をカートに入れて夜の仕事のためのリュックは肩にかけて反対の方には紙袋。荷物がインディアンのテントみたいに私をくるみました。新しい現場の仕事もあってここはストレスはないのですが立ち上げたばかりなので圧倒的に人手が足りず子どもをおんぶ紐でおぶい、両手でだっこして、足で別の子のゆりかごを揺らすという筋トレのようなことをしました。それでも今週の成果を考えてみたいと思います。●1月のマダムシュコンサートの合わせが一度できた。●2月の「はらぺこあおむし」のプランが立った。●3月の「楽しい音楽会」のプログラムができた。●マダムシュの2月3月4月までのプログラムが絞られた。●5月の師匠のコンサート(これは運営で関わっています)のちらしがほぼできてきた。ただ・・6月のコンサートが未着手、8月のコンサートも未着手。そして主人の手術は来週水曜に決定。火曜に入院となりました。今度はお熱が出ませんように。
January 10, 2015
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穏やかなお正月が終わり今日からバイトも始まりました。後8時からの勤務で18時までの一日仕事でした。行く前は本当に心底厭だな~と思うのですが行けば行ったで楽しいのでよくわからない。精神的なレベルに茹で卵みたいに黄身の部分と白身の部分と殻の部分があって、黄身の部分が主人と息子で形成されている何と言うか「絶対的な世界」で私の核を形作っているもの。白身の部分が音楽や文章で形成されている「表現されている世界」で、お金にならない心のお仕事なんですが殻の部分は完全なフェイクのお金のための「お仕事の世界」。ただこのフェイクの世界も嫌いじゃないんです。表現の世界パート2と言う感じで。次元が違う表現と言うか実践的な表現と言うか。でもそこに行くにはエネルギーがいるし居続けるには何かボルタリングみたいに「手かがり・足がかり」が必要でそのエネルギーは「人」なんですけれど友達少ないから注入が大変。(「表現の世界」のエネルギーは作品そのものだったりするので簡単)友達が多い人って社交的なエネルギーに満ちいているけれどそういうことなのかなと思います。明日は外来。バイトに行って外来に直行、そのあとコンサートに回れるかな?そして家に帰ってレッスンという予定です。主人がこのごろドクターと信頼関係のようなものができてきたような気がすると言うので嬉しいような危ないなと思うような。
January 5, 2015
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主人は毎日私の顔をじろじろと眺めます。何見てるのと訊くと「点検している」なんで?「役目だから」そして、「今日は目がいい」とか「顔色がいい」とか「むくんでいる」とか「充血している」とか寸評を述べます。私の内臓が大丈夫か心配なんだそうです。結構忙しいから。夜、一緒に寝付いたり朝、一緒に起きたりすることはあまりないのですが(だいたい私が遅く寝て、早く起きるので)たまにそういう、お布団の中で目が合うことがあると主人は手を伸ばして私の顔をなでて「肌は綺麗なんだよな。皺はあるけど」などと言います。なんか、病人に点検されるってヘンな感じです。このすごく、くすぐったいような、ヘンな感じ・・・・物乞いが実は神様で私に祝福を授けたり、幸福の王子が真っ裸になっても幸せで私にキスを与えたり、・・・・・そんなことがあったとしたらこんな感じかなと思います。
January 4, 2015
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音楽についてのばかばかしいことと恐ろしいこと2題。年末、音楽をかけながら料理や掃除をするのが習いなのですが今年は「はらぺこあおむし」をかけていました。仕事で使うので覚えたり分析したりする必要があったので。これを何10回も聞かされて息子は「呪いの音楽だ!」と叫びました(笑)。たしかに!というわけでpcの中にあったピアソラを誰の演奏かなと思いつつかけたら結構うまい、というか、私と音楽性が似ている。誰かな~、前に弾いた時、参考にした演奏かな~こんなに巧いのは私のはずないし・・・と思い出せないでいて何度も聞いたら私だったのでした。でも「私」だと認識するのがあちこちに散りばめられた小さなミス、これで自分だってわかるのが面白かったです。完璧だったら分からなかったかも。結構「自分自身」の認識って音楽に限らず、人生でも「まちがい」というか「傷」にあるのかも。・・・・・これは発見でした。そしてなおかつ、自分の演奏が好きだと言うことが嬉しい。これは自己皇帝って言われるかもしれないけれど結構大事なことのような気がするのでメモします。そして今日見た夢。コンチェルトの本番でなぜかバッハの平均律の3番を弾くことになっていて本番のリハで暗譜ができていないことに気づき1番なら覚えているからと1番を弾こうとする。本番の時間が迫り、コンチェルトの暗譜も心配になって弾いてみると全然弾けていない!という凄まじい夢。これは今年1年の予想と予感に満ちた夢です。ちゃんとこなせるだろうか。コンチェルトもバッハも弾く予定はないけれど恐ろしい演奏スケジュールです。バイトなんかできないくらいなのに貧乏にも攻めたてられています。もう今年はスタートした心せよがんぽっちということでメモします。
January 3, 2015
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大晦日は途中で具合が悪くなって片づけも半ばでほおりだし寝てしまいました。元旦の午前中は頑張って食卓を綺麗にしてお昼にはお雑煮とか作りました。作っているうちにこういう生活、前はしていたのにいつからできなくなっちゃったのかなと思いました。お料理を作って、主人と息子を呼んでサーブしながら皆で食事を頂く幸せ。主人の手術が延期になったのはある意味でよかったのかも。術後だとこんな風に一緒に食べられなかったと思います。昨日の夜は・ホウレン草のグラタン風キッシュ・蕪の千枚漬け風・お煮しめ・えのきと春雨のとろとろスープ・玄米ご飯・蕎麦寿司でした。カメラは息子が持っていっちゃっていて気がついたら食べていました。こういうゆっくりした時間が大事だって本当に思います。息子は「あとどのくらいこういう幸せが続くの?」なんて小さい子供みたいに訊くのですが明日ちょっと出かけて明後日はもうレッスン開始月曜はバイト火曜は診察なので本当にのんびりできるのは今日くらいかな。今日のうちに私の風邪も治りますように。
January 2, 2015
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