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比較的最近撮った写真から、自画自賛ですが綺麗な写真を少々。2か月くらい前に行ったしながわ水族館でした。昨日の夜から今日の昼過ぎまで、お世話になった方の焼香に札幌まで弾丸で行ってきました。こちらはラーメン横丁の味噌バターコーンラーメン。こちらは新千歳空港でお昼に食べた函館の塩ラーメン。青森上空あたり。諸行無常なり。
2013.11.23
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出雲大社・石見銀山遠征その4完結編。帰路は広島空港からのフライトなので、広島市内、特にこれまで原爆ドームは仕事で出張したときに近くを通りかかっただけなので、じっくり見に行くことにしました。原爆ドームも世界遺産ですね。原爆ドーム南側にある慰霊塔。やはり日本人はこれを眼前に見ると、いろいろ考えてしまいますね。平日でしたが、外国人観光客も結構来ていました。ドーム手前も瓦礫がそのままになっているんですね。。時計回りに一周しています。猫も神妙な感じ。合掌。路面電車が通る相生橋を渡り、平和記念公園方面へ。平和記念公園側から。供養塔のようです。毎年8月6日に式典が行われる広場の方へ向かいます。広場側から原爆ドーム。原爆ドームまで一直線になっているんですね。周囲を一周しました。短時間でしたが、印象深いひとときとなりました。その後広島空港まで高速を飛ばします。広島空港は二度目ですが、本当に山の中って感じですね。この空港は今年が開港20年だそうです。最後は広島といえばということで、お好み焼きでしめました。1泊2日の弾丸遠征でしたが、長年行ってみたかった出雲大社にも行けたし、気になっていた石見銀山と温泉津温泉にも行けたし、原爆ドームもじっくり見れたし、とても充実した2日間でした。たぶん来年の国内目標は47都道府県で最後の未訪問地・宮崎県です。。
2013.11.21
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出雲大社・石見銀山遠征その3です。世界遺産・石見銀山の本丸に向かいます。温泉津温泉から宿泊した湯迫温泉の近くを再び通過、山の中へ。石見銀山世界遺産センターに到着。石見銀山は主に銀山の遺構がある銀山地区と、昔の街並みが残る大森地区から構成されますが、道が狭かったりするため基本的にマイカーは進入不可。この世界遺産センターで路線バスに乗り換え、銀山方面に向かいます。路線バスで10分弱、大森のバス停で下車。銀山は結構南北に広がっていて歩くと時間がかかるので、バス停前のレンタサイクル屋で電動アシスト自転車を借りました。電動アシスト初めて乗りましたがいいですね。なだらかですが長い坂があるので、銀山めぐりにはうってつけです。まずは銀山地区の遺構に向かいます。途中の紅葉。龍源寺間歩に着きました。「間歩(まぶ)」というのは銀山の坑道のことです。入場料を払い、坑道に入ります。手掘りの狭い坑道。中でさらに細かく枝分かれしています。佐渡の金山の坑道も見学しましたが、古い時代によく人力でこんなものを掘ったものです。実際には地下水が出ますので水抜き用の坑道も作ったりして大変だったと思います。こんな構造になっています。間歩見学を終え、途中のお社。ここも銀山観光のスポットのようです。こんな山の中にあります。石見銀山で驚きなのは、鉄砲が日本に伝わったすぐあとくらいのポルトガル人?が作った地図に、この銀山の名前が載っていることです。石見銀山で算出される銀は良質で、当時の各国の銀貨鋳造に使われたようです。日本って、意外と昔は資源国だったんですねえ。ここからは銀山地区の北側に広がる昔の街並み、大森地区。昔は銀山関係者の住居だったり、ここを治める側の奉行所跡などがあったりします。大森代官所跡。今は資料館になっています。代官所の入口。久しぶりに自転車に乗りましたが、とても快適でした。再びバスで世界遺産センターへ。センターにあった銀山のジオラマ。改めてもろもろ勉強させてもらいました。これで今回のミッションは完了。あとは夜の便で広島空港から帰るだけなので、広島市内、原爆ドームに立ち寄ることにしました。これは途中の道の駅・かわもと。江の川沿いをしばらく走り、高速(浜田道)に乗ります。中国道・阿佐SAで遅めの昼飯。出雲そばを出雲で食べ損ねたので、ここで食べることにしました。SAの紅葉。このあとは広島市内へ。。
2013.11.20
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先週末の出雲大社・石見銀山遠征その2です。出雲大社の神楽殿。頭がつるつるになった牛。横には同じような馬も。きっと頭をさわると、縁結びの御利益があるんでしょう。私には関係なさそうですが、何か。見納めということで、本殿側の方に戻って来ました。厳かな雰囲気、いいですね。大社を背に参道の神門通り方向。ここを少し下ってみます。松江市内方面から来る一畑電車の出雲大社前駅に来てみました。レトロな電車が展示されています。こちらは運行中の電車。さらに神門通りを下ると、だいぶ前に廃止されたJR大社線の大社駅が保存されています。再び大社の入口に戻って来ました。神門通りの店で出雲そばでも食べようかと思いましたが、どこの店も行列になっていて断念。出雲大社見納め。車を停めた博物館の方へ向かいます。このあとは一旦松江市内方向へ高速で戻り、有名かつ悠久な玉造温泉へ。玉造温泉は、8世紀前半に書かれた「出雲国風土記」にも出てくるという温泉なんですね。これは玉造温泉近くの宍道湖だったでしょうか。。玉造温泉にある日帰り温泉「玉造温泉ゆ~ゆ」。豊富な湯量とアルカリ性の強いぬるつる系の良いお湯でした。入浴後、玉造温泉街を一枚。このあたり有名な温泉宿が並んでいますが、人気が高くてなかなか予約がとりづらいようです。こちらは先ほどの日帰り温泉。UFOのようなかなり変わった形状です。玉造温泉を短時間ながら堪能したあと、一気に西へ、石見銀山方面へ向かいます。写真は途中の海沿いの道の駅、キララ多伎。こんな感じで日本海が目の前に。天気も悪く、夕方になっていたので、もの悲しさを感じさせる日本海ですね。隣の山の上には風力発電の風車がそびえ立っています。もうひとつ、道の駅・銀山を通過。石見銀山も間近。ちなみにこのあたりは大田市になります。さて、世界遺産・石見銀山は翌日行くことにして、銀山からほど近い、山奥にある湯迫温泉旅館というところに投宿。まずはここの素朴な温泉を堪能。晩飯です。日曜の夜なので、食堂には私しかいませんでした。。やはりこの辺りはおそば。なめこそばと言ってました。さて、ここからは月曜の朝。朝風呂のあと、素朴な朝食。9時前には旅館を出発。まずは石見銀山そのものに行く前に、世界遺産の一部になっている温泉津(ゆのつ)温泉に行くことにしました。温泉津はかつて石見銀山の外港として、銀が運び出された港でもあります。「温泉津」という名前自体にも温泉マニアとしては強く惹かれてしまいます。。細い道路の両側に温泉宿が並ぶ温泉津温泉街。薬師湯という共同浴場に来ました。ここの泉質の良さは評判とのこと。先ほどのは隣にある昔の建物のようで、お風呂はこちら。中は写せませんが、小さな湯船の周りに溶岩のようにへばりついた成分が印象的なお風呂でした。あと、ここの方々はみんな親切で、とても印象良かったです。屋上がテラスになっていたので風呂上りに上がってみました。何の変哲もないような景色ですが、山の中の小さな温泉街という雰囲気が伝わってきます。隣のとんがり屋根はこういうことだそうです。温泉津温泉を短時間ながら堪能、石見銀山へ向かいます。写真は途中のJR温泉津駅。続きはまた。。
2013.11.19
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1週間前の週末、今年の目標のひとつであった出雲大社と石見銀山遠征に行ってきました。今年は出雲大社の「平成の大遷宮」の年。式年遷宮のあった伊勢神宮は数年前に行ったので、メジャーなスピリチュアルスポットとしては未踏の出雲大社がずっと気になっていました。最初鉄道(サンライズ出雲)で行こうと思ったら、人気が高くて全然切符が取れそうになかったので、羽田から飛行機で往路は米子、復路は広島、間はレンタカーという旅程になりました。出雲空港というのが近くにありますが、そこも全然予約が取れませんでした。人気の高さが伺えます。さて、米子空港から中海の北側、道の駅本庄で一服。道の駅にあった大型のゆず。中海方向。この日は天気は最悪でした。。10:45、出雲大社の参道の入り口。天気は悪くても日曜ということもあり、周辺は渋滞していました。まずは出雲大社に入る前に、隣にある島根県立古代出雲歴史博物館に雨宿りも兼ね見学することにしました。平安時代ごろの出雲大社は今よりも巨大な本殿があったと言われています。これらは有名な先生方の推定にもとづく昔の本殿のレプリカ。恐るべし、出雲大社。ちなみに通常は「いずもたいしゃ」と読みますが、本当は「いづもおおやしろ」と読むようですね。だんだん大型の模型になっていきます。これはかなりでかいです。もし本物だったら、私はこの階段は登り切れないでしょう。。縮尺1/10とあります。人の大きさがあのくらい(右の方)です。これは昔の住居の様子。よくできています。確か昔の男女のデートの場だったかと。美しい銅鐸の群れ。青銅器です。これは江戸時代くらいまでこのあたりで盛んだった「たたら製鉄」の模型。人がああやって踏み板を押すと、下の「ふいご」に空気が行く仕組み。あとで行く石見銀山もそうですが、山陰のこのあたりは歴史的な製鉄の中心地だったことを改めて勉強しました。さて、博物館を出て出雲大社へ。これは途中の「御柱」。今年の遷宮でたてられた模様。本殿に入る前に左側の手水舎でお清め。ということです。大遷宮は5月だったんですね。来ました、出雲大社。迫力あります。しめ縄の太さに圧倒されます。このあと2拝4拍手1拝でお参り。ここは4拍手が特徴的です。本殿の後ろ、北側には小さな山があるんですね。風水的なものを感じます。拝殿から本殿方向へ。本殿が今回の大遷宮で新たに建て替えられたようです。本殿は入口までしか拝めないので、周囲を回ることにしました。厳かな感じです。これは本殿真後ろのお社。本殿を裏からみたところ。これは横にある彰古館という建物。本殿の後方右側から。こんなところもあります。縁結びの神様ですしね。私には関係ありませんが、何か。こちらは神楽殿の方のしめ縄。まだまだ続く出雲大社。。
2013.11.18
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週末香港・深圳の続き。福田口岸から地下鉄を乗り継いで華強路へ。「深圳の秋葉原」といわれるらしい華強北路一帯。北京の中関村よりもさらに垢抜けているような気もしますね。このあたり、ケータイのショップが並びます。キャリアやメーカーの直営店が多いです。今回ここに来た目的は、TD-LTEという中国の4Gが一部で始まっているというニュースをみたのでその状況確認でした。これ以上は仕事ネタに使うので内緒。。サムスンのGalaxy Note3も早速売っています。中国のAppleといわれる小米(Xiaomi)もネット販売だけかと思ったらショップでも売っているようです。中国メーカーのOppoとか、Appleとか、Samsungとか、China Telecomの「天翼」とかが並びます。WoはChina Unicomのブランド。Suning(蘇寧電器)は、Gome(国美電器)と並ぶ中国最大の家電量販店。秋葉原のLaoxの親会社にもなってますね。Galaxy Noteの特設ブース。これで深圳訪問の所期の目的は済んだので、深圳~広州間に少し前に開通した高速鉄道に乗ってみようと思い、深圳側ターミナルの深圳北駅に地下鉄で向かいました。ばかでかい深圳北駅。これまで中国の高速鉄道は、北京~天津間しか乗っていませんが、どこの駅も巨大すぎるくらい巨大。空港のターミナル並の広さ。しかし、残念なことに空席のある列車まではあと数時間待たないといけないことがわかり、広州行きは断念。。すいているかと思ったら、意外と利用者が多いんですね。確かに深圳北駅から広州南駅まで35分くらい?のようなので、在来線を走る和諧号の深圳~広州間1時間超に比べると断然早いとのこと。でも高鉄の広州南駅は広州中心部まで地下鉄で45分かかるらしいので、実際はそんなに変わらないかもしれません。なお、この高鉄は、広深港高速鉄道の一部で、今回深圳に入るとき通過した落馬洲を経由して香港側西九龍までつながる計画とのことですが、中国とつながるのが嫌なのか、香港側の工事は進んでいないそうです。また、広州の先は北京までの高鉄とも接続される計画です。切符は中国人でIC身分証を持っている場合はこの自動販売機で購入可能。外国人などは別の有人窓口で購入する模様。天津で北京行きの切符を買ったときは、自販機で買えたような気もするのですが。。結局、高鉄には乗れなかったので代わりに巨大なホームの写真を一枚。一番奥に列車が停車してますね。しかし、この駅はでかすぎ。再び地下鉄で深圳北駅から今度は羅湖の国境へ。このあたりの地下鉄は外を走っています。ちょっとうちの近くの景色にも似ています。地下鉄の深圳北駅。羅湖の深圳駅に来ました。改めて在来線で広州へ行こうかとも思いましたが、なんだかどっと疲れたので香港に戻ることにしました。奥が羅湖の口岸(国境)。再び中国側を出国、徒歩で香港側へ。写真はちょうど国境の橋の上。ここに初めて来たのは85年の3月、香港側から中国側に渡りましたが、そのときの中国側のイミグレの検査官がやたらと高い位置にいて頭上からスタンプを押すような高飛車な感じだったのを思い出します。ここ羅湖は北京語だとLuohu、この橋を渡ると広東語のLowuに変わります。再び香港。ここはモンコックですが、いかにも香港らしい雑踏。大道芸人のおっさんも。女人街です。香港島側の夜景。香港に3年前くらいにできた最高層のSky100(天際100)というビルの展望台から夜景を観ようと思って出かけました。スターフェリーの乗り場のバスターミナルから直行するバスがあるので乗ったのはよいですが、ものすごく大回りしていくルートだったので、結局営業時間に間に合わず途中下車、あいやー。ネットで予約してお金も払ったのに無駄になってしまいました。。その代わり、二階建てバスの最前部で香港の街の夜景を楽しませてもらいました。。最終日の朝は近くの食堂で牡蠣入りのお粥。それと軽く飲茶。そんなことであっという間の香港・深圳週末遠征でした。。
2013.11.04
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金曜から昨日まで2泊3日で香港と深圳に行ってきました。中国のケータイ事情調査を生業のひとつとしておりますが、ここのところ現場に行く機会がめっきり減ったのと、南方の方には何年も行っていなかったので、週末香港・深圳という形で公私兼ねたネタ拾い遠征です。香港は結構思い入れあります。1985年、最初の海外旅行は中国大陸バックパッカーでしたが、その出入口は香港。初めての海外泊は香港のここチムサチョイでした。写真はネイザンロードを北方向に。この近くの安ホテルに泊まりました。しかし、この日の香港は30度くらいあり蒸し暑く、風邪気味のまま日本から行ったので、体調は帰国後もいまいちのままorzMTRのチムサチョイ駅です。この出入口ではないですが、昔このあたりで撮った同じような写真もこのあたりやこのあたりにありますのでよかったらどうぞ。MTR駅構内のWiFiフリースポット。PCが置いてあるのと、この周辺ではWiFi無料アクセスができるようです。香港島側、セントラルからフェリーピアへ行く途中の橋の上から。この辺はだいぶ変わりました。昔はフィリピンからのメイドさんたちのたまり場になっていた公園がこの近くにあったはずですが。。右奥はAirport Expressの香港駅。ガラス張りのApple Storeが目を惹きます。こちらは昔からあるStar Ferry乗り場の復刻版?でしょうか。このあたり、だんだん埋立地が広がり、九龍と香港島の間が狭くなっているような気もしますね。Star Ferryで九龍側へ。いつ来ても香港のこのフェリーにはなんだか癒されます。昔は正面左のような高層ビルはなかったですが。あのビルは2010年にオープンした100階建てSky100(天際100)というビルらしいです。あと、香港の公共交通はこのスターフェリーも含めてほとんどOctopusカードで乗れるようになりとても便利ですね。豪華客船も停泊中。九龍側から。最近、仕事柄こういう監視カメラも気になります。。旧九龍駅時計台。暑かったです。。こちらはチムサチョイのYMCA。85年の中国旅行の最後はこのホテルに宿泊したので思い出深いです。当時よりだいぶ見た目がきれいになってますが。。そのとなりのペニンシュラ。いまだに泊まれませんが。。ネイザンロードの起点。この通り、昔は路上に突き出た看板がもっとたくさんあったような気がしますが上品になりましたね。あとこの交差点は昔は歩行者も渡れましたが。。今は大戸屋なんかもあります。背後には和民の看板も。奥の方にある「帝国酒店」というホテルは85年の中国旅行往路の宿泊先、つまり初の海外宿泊先なので、これまた感慨深いです。こちらは今回泊まったカリフォルニア・ホテル。Expediaで手配しましたが、雑居ビルのワンフロアにある、3畳間くらいのカプセルホテルのような極小な部屋でした。。ある意味、Hotel Californiaのような奥深さがあったかも。。2日目は深圳へ。チムサチョイから東鉄線に乗り、数年前に新しく開通したロクマーチャウ(落馬洲)駅で下車。写真は香港側出国のあと、国境の川を徒歩で渡っているところ。この先に中国側イミグレがあります。深圳に無事到着。こちらは福田口岸というところ。前は電車で来ると羅湖の一か所しか国境越えができませんでしたが、今は2か所になり便利になりましたね。ここからも深圳地下鉄と接続していますので便利。このあとは深圳の秋葉原っぽい華強路に向かいます。続きはまた。。
2013.11.04
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