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失業率が1%増えると自殺者は2339人増えると言われている。日本の就業人口は6700万人程。ここ1年間で約50万人の失業者が増えて完全失業者は220万人にも及ぶという。昨年末付近での50万人の失業者の増加は全就業者数6700万人の0.74%だが今年の2月の統計は未だ解らないが、更に失業者は増えているはずだから、67万人に達していれば1%となり、算術的には2020年度は2340人程の自殺者数に達するかもしれない。増えた自殺者は、COVID-19での死者が75歳以上に大きく偏っていることに反して、働ける年齢層にある人達である。昨年、日本人のCOVID-19に感染したことによる死者数は3118人であった。私は高齢者の仲間だからCOVID-19に感染すれば死ぬ確率は5%近くあるはずだが、既往症が少ないのでもう少し生き残れる可能性はあるかもしれない。しかし、失業がきっかけとなって自殺してしまうことになる人達は、未だ人生を楽しめる時間もあったろうし、ともに生きるべき家族もいることが多いとも思う。言うなれば、働き手が死ぬことで生活が苦しくなる扶養家族などの人数が我々の世代よりもはるかに多いのではないかと想像出来るから、不幸の連鎖が起きてしまうように感じる。更に私のような高齢者がCOVID-19に感染し重症化することで医療の逼迫に拍車を掛ければ、助かるべきより若い世代の医療機会を減らすことにもなりかねないから、私たち夫婦は外に出かけてもCOVID-19に感染しないための最大限に近い努力は怠らないようにしているし、出来るだけ家に居て、車で出た時には車外へ出る機会を出来るだけ減らすようにしてきた。私が、少しでも早く緊急事態宣言を解除して経済が回るようにすべきと考えるようになったのは、1%失業者が増えると2339人の自殺者が増えるという事を知ったからと言うだけではない・・・。私はすでに70年以上も生きて人生を楽しんだし、チャレンジ可能な時間とチャンスは充分与えられたと思う・・・。だから、せめて私が生き残ろうともがくことで、より若い人たちの可能性や命を奪う原因にはなりたくないのだ。それが故、私はCOVID-19に感染してはならないと思います。生き続けることは万人の願う事だから、私も当然生き続けていたいが、私が医療現場のリソースを逼迫させる原因にはなりたくないし、私のような高齢者を守るために経済を委縮させるような政策も決して選んでほしくない。それより、自分の命は自分で守るから、早く経済を回して失業者を減らし自殺する人を少なくして欲しいし、死ななくても良いより若い人に医療のリソースを振り向けて欲しいのだ・・・。「老兵は死なず、ただ、少しはわきまえていたいね・・・」
2021.02.27
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私は、今回のコロナ禍では感染しないことが最良の対策という見地から物を言ってきました。しかし、コロナウイルス(COVID-19)に感染したかもしれない症状がある時や、病院へ行くしかない様々な状況になっても、家に籠って重症化しないように幸運を祈り続けるべきとはさすがに思わない。コロナウイルス(COVID-19)が日本に上陸して約1年が経ちましたが、一般開業医や民間の病院の医師を束ねる日本医師会の代表者たちは、医療崩壊寸前であると言い、庶民に一層の自粛を求めるばかりであり、政府もそれに異論を唱えることも無い。今更ですが、実際問題としては医療が逼迫しているのは国立などの公的な病院のことであり、一部の病院を除く殆どの民間病院は新型コロナ感染患者を受け入れて居ないという事なのです。厚生労働省の調べによると、全国にある病院は約8900か所。(ここでいう病院とは医療法で、病床数20床以上の入院施設を持つ医療機関を指します。)そのうち公的病院は19.8% 民間病院は80.2%。つまり全国にある病院の約8割が民間病院ということになりますから・・・全国の医療機関の8割近くがコロナ患者を受け入れず、言うなれば「知らんぷりを決め込んでいる」という事になりますよね。(民間病院は全てコロナを受け入れていないという事では無いが、決して多くは無いのは事実)世界的な流行で、ヨーロッパ諸国やアメリカでの患者数の1/10~1/100程度の患者しか出ていない上に十分とも言える受け入れベッド数を誇る日本で、日本医師会を代表する人が何故日本の医療は崩壊寸前と言うのか?その意味が解りました。多くの民間の病院はCOVID-19患者をほぼ受け入れずにいるからで、それをさも当然のことのように言い、それを前提に逼迫していると言う訳です。悪く言えば、COVID-19患者について民間病院は知らんぷりでも良くて、公的病院が崩壊寸前であることを、あたかも日本中の病院のことのようにインタビューで答える日本医師会の代弁者が居るという事なんです。多分ですが、こんな国世界では日本だけじゃないでしょうか?確かに公的な病院だけでこのコロナ禍を切り抜けられれば、それはそれとして凄い事ではありますが、公的な病院に勤める医師や看護師には計り知れない負荷がのしかかっていても、民間病院の医師も看護師も他人事という事なのでしょうね?もしそうだとしたら、「それは可笑しい」と言いたくなります。そもそも、感染症を理由に病院は患者を拒否できるのですか?という疑問も当然湧いて来ます・・・。「医の倫理綱領」の前文には「医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持 もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである」と書かれているし、6項目の第4には「医師は医療関係者と協力して医療に尽くす」、第6には「医師は医業にあたって営利を目的としない」と書かれている。これを見る限り「医は仁術なり」と今も宣言しているが・・・。つまり日本医師会が率先して民間病院でもコロナ患者を受け入れるために努力して、方策を練り、一般のコロナ以外の患者のリスクを増やさないやり方を検討しなくてはならなかったのではないかと思うわけですよ。8割近い病院が「COVID-19に感染した患者は他の病院へ行ってください」と言えば、さすがにCOVID-19患者を受け入れている病院は逼迫して崩壊寸前になるでしょうよ。大阪市では十三市民病院をコロナ専用にしたら10人の医師が〝敵前逃亡″して辞めてしまったらしいし、全国の病院の看護師の離職が15%、重傷患者指定病院での離職は21%に上るという。自分が「感染するのが怖い」という事と、以前には経験しなかった過重勤務に嫌気がさしての離職だという。また、日本では、COVID-19対応に従事する現場のお医者さんに1時間1万5000円、8時間なら日当12万円つけるそうだが、ある開業医がTVで『そんな金額では行けない』とコメントしていたそうだ・・・。「医師は医業にあたって営利を目的としない」というのは「医の倫理綱領」に明文化されていることではなかったのでしょうか?敵前逃亡する医師も、ギャランティーによって態度を変える医師も、医師免許剥奪で良いと思いますが、どう思いますか?医師になるという事の大前提であると私は今も考えています。そんな国日本以外には無いのじゃないかと思うんですよ?どうした日本?何してるの日本の医者?可笑しいよ日本医師会!!日当12万円でもCOVID-19から逃げるなら、20万にしてでも引き留めるべきでしょうか?「医師は医業にあたって営利を目的としない」という「医の倫理綱領」を読み上げて差し上げましょうよね・・・。私はこの現代にあっても「医は仁術なり」と考える人だけが医師になる資格があると考えます。日本の医師の数は27万人前後でありますが、そのうちCOVID-19などの感染症と対峙することになる医師の数は内科、呼吸器科、循環器科等の9万人程度で、そのうち20床以上の入院病床のある病院に勤務する勤務医は約5.5万人程で、残りの3.5万人程は診療所等の開業医という事になります。つまり、日本では約5万人前後の勤務医がCOVID-19などの感染症などの病気に対応しますが、そのうちの20%が公的な病院勤務者という計算になり、その数はわずかに1.2~1.5万人程です。(COVID-19患者を受け入れている病院内では専門以外の医師も応援勤務していると想像されます。)日本に27万人以上いる医師の中のたったの1万人前後の医師がコロナウイルスと実際に対峙していることになりますが、病院の数1762に対したったの1.5万人ですから公的病院一ヶ所に対し僅7~8人で、突発的に増えたCOVID-19感染症の病人も診ていることになります・・・。その方たちの過重勤務状態を考えると、本当に頭が下がります。内科の開業医を含めれば日本にはまだ他に6万人以上の感染症と戦える力を持った医師が居るはずです。【病人を救うのは感染症と戦える力を持った者(医師免許を持つ者)の使命だ!と言ってはいけませんか?】そういう人たちの力を借りるような医師会の知恵が望まれるし、活躍していただける野戦病院のような臨時の特設病院が全国に展開されるべきでは無いでしょうか?日本のCOVID-19に対する医療は何かおかしいと感じます。
2021.02.15
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Qアノンと呼ばれるグループの発信した幾つかの真実ではないかもしれない情報は全世界を駆け巡り、とりわけそれはアメリカの大統領選挙の行方を左右するかもしれないと思わせた。(それが何時になればフェイクであったと結論付けられるのか皆目私には解らない)このことは、どちらが真実でどちらが虚偽であるかを見極めることが非常に困難になって来た21世紀初頭の情報信憑性の問題を象徴するものだと私は思う。どうして2020~2021年にそうしたことが露わになったかと言えば、情報端末機の世界的普及がその理由という事は誰にでも想像の付くことのように思うが如何だろう。一昔前ではTV・ラジオ・新聞などがメディアを代表する存在であったものが、少しずつ変化して、今やスマートフォンに代表される情報発信機能を持つ端末機に取って代わられようそしているのがその理由であると私は思っている。TV、ラジオ、新聞は、高い信頼感を持たれていた時代があったと言えるが、その信頼されていたはずのTVや新聞といったメディアがいつの間にか違う企業に買い取られたり乗っ取られたようになって、報道内容が偏向していると多くの人に見抜かれてしまったことも原因の一つかもしれない。日本でも、まさか新聞が嘘を書くはずは無いだろう?と多くの人々が思っていた時代は、朝日新聞の慰安婦関連の記事取り消し報道以前よりずっと早くに終わり始めており、朝日新聞社が吉田清治証言に関する記事を取り消した後、世界に向けて同様な取り消しを行っていないことなどがあって、さらに信頼の崩壊は速度を速めて進んで来たと感じています。その信用崩壊の原因でもある吉田清治の嘘の証言(後に吉田清治本人が虚言を認めた)を朝日新聞の記者や経営者達までが簡単に信じてしまったことと、朝日新聞社そのものがそうした話を信用して受け入れてしまい易い何らかの信条的背景を持つ者達が多く在籍している場所であったところにこの問題の出発点があると気づかねばならないのだと思います。つまり、現在の「双方向性のある情報端末機によって得られる人々の反応情報の方がTVや新聞からの情報よりも信じられるものだ」というふうに変化してきていることと同様に、朝日新聞が信用を失った根源に一人の人間の書いた小説と嘘の証言を信じた、或いは信じたかったという明確な過ちがあって、所詮人間の信じるという行為は、そもそも伝聞情報の状況認識に過ぎず、正誤判断に失敗することは簡単に起き得る。ということを示し見せてくれているのである。このことは、同じ文言での情報であってもそれを受け取る信条的なバックボーン如何によっては違う認識を生むという事であり、具体的には「信じる」「信じない」という正反対の結論に至り得ることを示すのです。翻って見て、アメリカ大統領選挙での様々な情報の氾濫では、現実離れしたようなことが今まさに起きようとしていると言った情報がネットワークに流れ出し、様々な現実をどう解釈するべきかという点で多様な解釈が生まれ、双方向機能を持つ情報端末機の劇的な普及によってネット上には真偽の判定が困難な膨大な情報が複製され、或いは加飾されて何重にも流布されました。当然の帰結として、多くのアメリカ人だけでなく世界中でその真偽の定かでない情報は読まれることになりましたから、その真偽不明の情報はそれを知った人間の信条的なバックボーンを反映することになって、自分にとって望ましい情報と感じた人を信じさせることになるのは防ぎようが無かったでしょう。膠着した世界で身動きが出来ないと感じる充分裕福でない者の多くは、自分の安全が見通せる状況であればほぼ間違いなく革命的なシャッフルが起きることを期待しているはずですから、エスタブリッシュメントによる世界支配を破壊するというシナリオは現状に不満を持つ、「私を含む多くの人々」に歓迎され、期待されたのです。このことは今後の地球世界を想像するうえで実に大きなヒントを与えていると思います。世界中の人々が制限なく双方向機能のある情報端末を持つ時代に近づくことで何が起きるか、何が起きやすいか、いや・・・、何を起こし易いかという事に気付かねばならないだろう。現実にアメリカでは十分に統制されたものとは言いがたいかもしれないがすでに起きたのだ・・・。Qアノンによる真偽不明の情報の流布は予想以上に力があったと思うので、今後のネットワーク情報社会の中で我々は何を信じ何をもってフェイクと判断するかによって社会が大きく変化することになって行く可能性があると解ったのです。しかし、残念ながらそのような真偽不明の情報の中から真実を選び出すという明確な指針や方法を持っている人など殆ど居ないのだろう、という事も同時に解ったように思えます。賢明な人であれば、真偽不明の情報が今後も大量に生産され、ネットワークに溢れる社会というものを予想しているでしょう。しかし個人が何を真実として認識すべきかという事に及ぶ時、伝聞情報の真偽を確実に見分ける手段は殆ど無いと気づくことになるはずです。真偽を確認できないのは絶対がこの世には無いという事の証明でもあるからで、絶対感が自己の存在だけでしかないことは今言われ始めたことではないけれど、情報が一瞬で世界を駆け巡る世界では情報の真偽を正しく見極めることが事実上不可能に近いことを覚悟して生きねばならないという事になるだろう。薄氷の張る池の上で重心を片足に全て載せてしまう事はリスクがあるのと同様に、一つの情報を完全に信じ切って次へと進むことは大きなリスクを伴うという事です。Webからの伝聞情報、映像情報はフェイクであると先ず疑ってみることです。それが21世紀のネットワーク社会の歩き方と私は思っています。そしてその上で自分が可能な行動半径の範囲内の小さなリスクの中で生きることをお勧めしたいと考えます。ネットワークの情報は貴方の持つ財産を奪おうとしていると考えるぐらいが丁度良いでしょう。どうか・・・、騙されたとしても、散財しないことに注意を払ってください。やがて社会を二分するような大きな判断を強いるフェイクがきっとネットワークに躍り出る日が来ることでしょう・・・・、「ご注意ください、伝聞情報が真実でない可能性は十分高いのです。」
2021.02.05
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