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三十五回目の誕生日だ。しかし、プレゼントはなかった。朝、こどもがお母さんお誕生日おめでとうといってくれた。それだけ。九月三日と七日に子供が誕生日なので、みんなまとめて今日ケーキをたべた。苺ショート。 夫にプレゼントはないのか?と聞くと、この前水着買ってやっただろ。という。なんかヤダ。 全然ファンシーな事がなくって、サプライズがなくってこれって贅沢だと分かっていても、不満な私がいる。 誕生日にちゃんとした誕生日プレゼントが欲しかった。なんだか悲しいよ~。 おめでとうって言うだけじゃなくて物で表して欲しい。 物欲とはまたちょっと違う何かが疼いている。
2003.08.30
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まず悲しい事からいきます。 毎年、私の誕生日に熟すフランスイチジク、今年は始めからみっつしか実をつけていなかったのが、二つ落っこちてとうとう残りひとつになってしまった。息子1、2がそれぞれ「おれが食いた~い」と宣言。もちろん私も食べたいので三つ巴のあらそいに?奴らが幼稚園、学校へいっているスキにいただこうとたくらんでいます。 異常気象の影響がこんなかたちで表れるとは。 そして可愛がっていたミニばら、ベンム-ンとオーバーナイトセンセーションが相次いで枯死。ベンチャンは根頭癌腫病、オーバーナイトは過湿による根ぐされ。この二つは花の時期も大きさも似ていて良く映るので、勝手に私の頭のなかでは夫婦になっていたのですけど、ほぼ同時に枯れてしまい悲しいです。 嬉しく楽しかったこと。 今朝体調3cmほどのカナヘビの赤ちゃんの兄弟にであいました。一匹出て来てわあっ!と思ったらさらに続いてもう一匹でてきました。まだ動作もぎこちなく、あどけない表情。デジカメをとって来たら何と電池切れ。また会えるでしょう。 無事に大きくなって欲しいと心から願います。
2003.08.29
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生保の人に勧誘されている時、おや?と思ったフレーズがあった。 『お金はじゃまにならないでしょ』 たしかにそうかもしれない。しかしそのいくばくかのお金を得るために、自分の生活がどう変化するのか? 耳障りの良い言葉に流されてはいけないとおもいました。 生保の人に会ったという事も、結果としては、やはり自分は庭や人形の道を行くぞ! という決意を新たにする事が出来て、貴重な体験でありました。
2003.08.28
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先日、日生の人に誘われた事はもうかいたが、やはり九月から仕事というのは、心の準備も出来ていないし、何より家庭の環境が整わない。 我が家のあるところは、小学校に学童がないので、一年生の親など、とても困る。 幼稚園の役員もあるし、夫も今は働かなくて良いよといってくれるので、やっぱり働くのはよそうと思う。 行き当たりばったりで働きはじめて、子供も自分もボロボロなんて事は避けたい。 はっきり断らなくては。
2003.08.26
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昨晩、話題になっている火星をついに観た。東のそらにギラギラと輝いてのぼっていた。火星は戦いの星だ。戦争が起こらなければ良いけど...。私達ひとりひとりが「やっつけてやる!!!」と言う気持ちと戦って、それを克服する事ができれば、宇宙から観た地球ももっともっと美しく輝くことだろう。他人と戦うのではなく、自分と戦う方がやりがいがあるのに。
2003.08.25
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主婦友達が、楽しかったというので、イクスピアリに行ってみたいと言ってみたら、夫が連れていってくれた。 舞浜につくと、子供はディズニーランドだ!と興奮している。しかし今日行くのはイクスピアリ。 「歯医者に行ってばかりなので、ディズニーランドにはいけません。」と宣言。子供はしぶしぶ納得。 ちょいと洒落た店がいっぱい並んでいる。しかし、金銭感覚が正常になっている自分にとって、欲しい物はほとんどなかった。しかも壊れ物がいっぱいある店が多く、子供連れでは危険すぎて近寄れない。 子供にアイスをせがまれ、座る場所もないアイス屋でひとつ三百円のアイスを3個頼む。高っ。 暑くてお腹が空いたが、食事したいような店もあまりなくフードコートで何とか食べ物をゲット。 このフードコート最悪。どこもかしこも並んでいる。用意も支払いも異様に遅い。食べ物はもちろん不味い。 薄暗く、異国語が飛び交い、何やら映画の怪しげなマーケットのよう。 マトモそうなお洒落ナレストランは客単価三千円以上。気軽に入れるカンジではない。 息子1はターミネーターのろう人形があったので楽しかったといってくれたが、実際は最悪に近い場所であった。 ディズニーリゾートはお金を使う人は楽しく美味しい食事も楽しめるが、お金を使わない人には最悪な場所になるように設計されていると確信した。 これなら千葉をうろついた方がましだった。私は凄くみじめな気分だったが、子供達は楽しかったといってくれた。優しいのう。 家に帰って、庭に水をやりながら、家が一番と痛感した。夫は薄々こうなるんじゃないかと思っていたそうだ。それでも連れていってくれた夫は良い人だ。と思った。
2003.08.24
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○好きな事を仕事にできれば最高。○得意な事を生業にするのも良い。本当に好きな事でなくても、得意な事で世の中の役に立つのなら、それは自分にとっても社会にとっても大事。休みの時に好きな事をすればいい。○嫌いな事を嫌々するのは?自分にとっても、社会にとってもマイナスだろう。○天職があるひとはごく限られたひとであって、その他のひとは向いている事を淡々とするのが良いのではないだろうか。好きだけど向いていないという仕事もあるかもしれないし。○お母さん業にも向き不向きがあるし、主婦にも向き不向きがある。 いつも家の中をきちんとしているひとを見ると、凄いなあと感心してしまう。私は、もちろん主婦には向いていない方の括りである。 私はどういったひとになりたいのか、思わず自分探ししてしまう夏なのでした。 それにしても北朝鮮やら、総裁選やら、世の中ダークで、先が見えない。自分の嗅覚を最大限にアップして、進む方向をきめないと大変な事になりそうなカンジ。
2003.08.22
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来週、三十五回目の誕生日を迎える。この家にすみはじめて五年め。夫と知り合って10年め。 いろいろな節目が重なって、来し方行く末を考える時期に来ているようだ。 今まで、子供の世話であっという間に月日が経ってしまったけれど、ふと気付いたら、三十五歳。 主婦もやりがいが全くないとは言えないが、毎月自分の収入があるという生活も魅力的だ。 趣味を仕事にするひともいるが、その域に達するまでにもいろいろと出費がかさむ。 理性で考えると、そろそろ働いた方が良いようにも思えるが、不真面目専業主婦の暮らしをいきなりチェンジするのも難しいように思える。 何しろうちの子供達は今まで私がうちに居たせいで、いたって頼り無い。少し復職に向けて、鍛え直す必要がありそうだ。
2003.08.21
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といっても、おばちゃんにだけど。 公園で、ある生保の人に、働きませんかと声をかけられたのだ。 実は、大学を出て新卒の時に、都内の生保に入社し、営業をしていた。出産で退社したが、仕事自体は嫌いではなかった。メリット、デメリットを比較すると自分にとってはメリットが大きい仕事であった。娘が生まれたあと、また働かざるを得なくなり、家に近い生保にまた入った。 二人目の産休があける時に、子供二人保育園に連れていくのに恐れをなして、退社した。 それからもう8年くらいになるか? いずれは働いても良いなとは思っていたけれど、まだ幼稚園児がいるので、ちょっとためらう。 こんな時代なので、働かないかといわれるなんて贅沢だとは思うけど、上の子も今一つ頼り無いし。 しかし、来週、会社を見にゆく事になっている。私、どうするのか?
2003.08.20
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雨で肌寒く、家族で車にのって、どこ行こうかなんてさまよって、国立歴史民族博物館にいった。 前回もおもったことだが、明治以降の日本の町並みの汚さといったら酷い。いろいろな色彩や素材がめちゃめちゃに使われていて、調和という言葉と対極にある。 中世の貧しい町並みにも美しさがあったのに、今の日本は全然豊かじゃない。 やっぱり暦のせいだろうなと、漠然と思う。十三の月の暦を使うひとが増えれば、少しは世の中変わるのかな~、と期待している。
2003.08.17
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お盆だからというわけではないだろうが、久しぶりに、亡くなった父が夢にでてきた。 何か話しながら一緒に歩いた。目がさめる前に、ああホントはお父さん死んでるのに、全然昔と変わりないな。と頭のどこかで思った。
2003.08.16
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いっつも不思議に思うのだが、洗濯物って干す気がないと乾かない。 洗濯物を干す時、うっかり落としてしまった靴下は、翌日見つけると、じっとりと湿っている。物干に干された方はカラッと乾いているのに。 物干に干す時、ちょっとギューヅメにしてしまったか?なんて思いながらほすとそこもまた湿っている。 洗濯した物は、こちら側に『乾いてもらいます!』という意志の力がないとちゃんと乾かないのだ。 洗濯機をまわした事さえ忘れて、洗濯槽のかたちに乾いてしまった洗濯物も過去には一回ほどあったが、あれは例外中の例外で、何か悪魔的な力が作用したみたいだ。 夫はいつも篭いっぱいの洗濯物をあっという間に、ぴんっと干してしまう。あれにはいつも感心する。その才能は私にこそ必要なのに。 私は最新の注意を払ったつもりでも夫のワイシャツの袖が裏返ったままになったりして干してしまう。 乾燥して畳む本当の全自動洗濯機が欲しい。そんなもの開発するくらいなら、洗濯してくれる人を雇った方がいいかも。雇用も拡大するし。
2003.08.14
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今朝、夢の中に、中学生の時友達になりたかったのになれなかったひとが出て来たのを思い出して、その人の名前で検索をかけてみた。なんと、その人が転職した時の記事がでてきた。写真では随分おっさんになっているが、イメージの中では今でも中学生のままである。貴方と友達になりたかったのに冷たくしたな~。人生損したぞと言ってみたい。 面白くなって過去にいろいろと関わった人を検索してみた。中には大学の教授をしている人もいる。その人は写真でも昔と全然変わっていない。懐かしいなあ。 他にも大きな会社で偉くなっているひともいた。中にはどう考えても犯罪者になりそうな人もいるので、その人だけは検索に引っ掛かりませんようにと願ったら、やはりヒットしなかった。一市民として生きていって欲しい。 今は関わりが無くなってしまった人達の、風のたよりを電網で無理矢理すくいあげて、何か私のお尻に火がついてしまった。 今のままじゃいけない。若い時の自分にハッパかけられている気分だ。 今の私は平凡な主婦ではあるけれど、いつかきっと、ある世界でそれなりになっていたい。それが何かは分からないけれど。する事すべて中途半端はイヤだ。あの人ばかだね。といわれるくらい何かに打ち込んで花開きたいと心から思う。
2003.08.13
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高校の先輩が亡くなった。ミュージカル部の先輩で、卒業して歌の指導などをなさっていた方で、一度、ジ-ザスクライストス-パ-スターをみたときにお目にかかった事があった。 まだミュージカル部に入って数カ月のひよっこの私達とお茶してくださったように覚えている。 他の先輩の話振りナドから、すごい方なんだなと思っていた。 ミュージカルは高校の時を最後に、見るのも出るのもしていず、すっかり舞台関係から遠のいていたが、ある時、何かでサイトを検索していたら、先輩のサイトに行き当たり、それをきっかけに、ちょくちょく日記などを見ていた。 あちこちで歌を教え、自分もアクティングのレッスンをうけたり、そして家事をし、ごはんを作り、すごくパワフルなのだ。先輩のサイト全体から好きな事をバリバリするというエネルギーが伝わって来るほどだった。 思えば、わたしの父もそういうタイプで、好きな事だけを熱中してやっていた。 わたしはそういう生き方をいいなあと思う一方、家族としては迷惑に思ってもいたので、自分ではそこまで追求していいものかと、知らないうちに自分にブレーキをかけているような気がする。 先輩の日記を読む限り、もっともっと長生きをしたかったはずですが、毎日のエネルギーの使い方は後悔されていなかったと思います。 わたしもいつ死んでも悔いないように生活してゆきたい。
2003.08.12
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今、CMを見ていて、~は小さなスイスというキャッチフレーズが出たので、急に腹が立った。 観光地にありがちなうさん臭さや、どこからか感じる腹立たしさってこれだ!とわかったのだ。 ある場所が、どこかよその場所をまねて人を寄せるという馬鹿馬鹿しさ。いかがわしさ。犯罪的である。 風土と人が調和して心地よく暮らす場所。そういう場所にゆくと人は誰でも感動する。 何もないところにいきなりそういう場所をつくり出そうとしてもできるものではない。 住民の意識のたかさと、年月と、試行錯誤と、話し合いと、技術力と、風土への愛と、そういうものが積み重なってできるのだ。 素晴らしい町並みは最高の芸術作品と言えるかもしれない。 バルセロナは路地の裏まで美しかった。すんでいる人の意識の高さであろう。ガウディの建築が何気なく街に溶け込んでいて、皆がバルセロナにすんでいる事を誇りに思っているらしかった。 日本だって美しい町並みは結構ある。 きっとタイムマシンが出来て、江戸時代にゆけるとなれば、世界中の人が観光に押し寄せるのではないだろうか。 今ある何気ない住宅街だって、すんでいる人が皆本気になって町つくりをすれば、人がわざわざ集まる場所になりうるとおもう。 日本がこれから美しくなってゆくか、あれ放題になるかは今育てている子供達次第なのかもしれない。
2003.08.11
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何故か、口じゅうに口内炎が出来てしまった。夫は何か悪い病気じゃないの?なんていうんですが、わたしは先日飲んだ野菜ジュースが怪しいと思っています。どうもトマトアレルギーらしく、トマトを食べると口内炎ができるような気がしています。冬はほとんどでません。 奥の方まで出来てしまったので痛くて、食欲もないし、食べてもあまり美味しくありません。イタイイタイといいつつ、少しは痩せるかもと期待しています。
2003.08.08
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今朝、新聞をめくると、フリーダの映画のサントラの広告。カエタノが歌っている。 二人ともわたしの人生の中のかなりまん中の方にいる。二人のことは二十歳のころであい、自分の人格の形成にかなり影響していると思う。 わたしのなかのフリ-ダの為に、子供を3人産んだ。フリーダに会った事もないのに、自分のなかに彼女の記憶があるような気がした事も一度ではない。 カエタノとは前世でかかわりがあったのでは?と思うほど好きだ。彼の詩と声がどこか今地球にない別の時代の記憶を思い出させるような気がする。ブラジルの彼のバイブレーションが、日本のわたしとかくも共鳴するのは不思議であります。 映画見に行きたいな。いつまでやってるんでしょ。
2003.08.07
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図書館にゆき、本をどっさり借りた。以前から大きな鞄が欲しかったのだが、気に入るのがなくのばしのばしにしていた。 ふらりとはいった鞄やさんでセールで一万円で皮のバッグを売っていた。 ここで買わないと後悔する、と迷いがちな自分にしては珍しく即断した。子供はタ-ミネ-ターみたいというが、自分のイメージにあっているのではないかと気に入っている。 買い物ついでに勢いに乗って、以前から気になっていたエゴラッピンのCDも買った。日本人のCDをかうのは、だんご3兄弟以来である。エゴラッピンには、何かのまねではなく、沸き出した本質のようなものがあるように思える。昭和が良い意味で熟成してあらわれているようなイイ感じ。 何か目指すものが自分の外側にあってそれを追いかけるより、自分のうちにあらわれるもやもやとしたビジョンやイメージ、香りなどを苦しみながら生み出す行為が好きである。
2003.08.06
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夫は、休暇資金がそこをついたのか、『今日はどこもいかないぞ!』ト宣言した。しかしガソリンをいれにゆく時にこどもに見つかり、結局スーパーでお菓子をかわされたらしい。 昼時、飲んでしまえば、車に乗れないので、発泡酒を飲み、これでどこへもいけないと嬉しそうだった。 昼からだらだらと飲み、氷が無くなってしまったので、夫は子供を氷を買いにやらせた。 ぽつぽつ降ったり止んだりしていたのが、子供が出かけて間もなく、すごい土砂降りが始まった。ついに見兼ねてわたしが傘を持って子供を迎えにいった。 酒屋につくと、子供は雷が怖かったといっていた。しっかり氷をかごにいれジュースを選んでいた。会計をすませ外に出ると軒から先はまさに滝のような雨。まっていても氷が溶けてしまうのでかえる事にした。普段なら3分ほどの道のりが冒険のようでした。道には側溝からあふれた水が川のようにたまり、車ものろのろと走っています。 ずぶぬれになって家につくと、雨宿りしてからかえってくればいいのにと夫はわらっていました。
2003.08.05
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朝から子どもがプールプールと念仏のように唱えている。夫は、ついに根負けして、プールにゆく事にしたらしい。車に乗って、走り出し、安い市営のプールと、高い民間のプールとどっちにするか子どもにたずねた。すると、こども3(5さい)が、市営プールでもいいけど、どっちかといえば滑り台のあるプールがいい。と可愛らしくこたえたので、そちらに行く事にした。 行ってみると意外に混雑もしていないし、日射しもたまに弱まり、陸でみているわたしには大助かりだった。わたしは流れるプールを半周しただけだったので、こどもに水着を買った意味がないと指摘されてしまった。 みんなが水の中にいる間、近くにいた人と話したりして半日過ごした。 その人は日経ペルー人の人と結婚しているそうで、日本の学校を信用していないそうで、自宅で学習させているそうだ。多くの外国の人が日本を後にしてしまったそうだ。今の日本じゃ無理もないなと思う。 昼過ぎお腹が空いたのでどこかで昼ごはんを食べようと、サイゼリアにいった。五人で二千円ちょっと。安い。浮いたお金で、帰りにスーパーで買い物をしてかえった。
2003.08.04
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朝、テレビで浅草の様子が流れているのを夫がみていた。11時ごろ、でかけるぞ~。と号令がかかった。子ども3人と車に乗り込む。駅のそばに車を置いて、京葉線で東京へ。東京から上野、上野から銀座線で浅草に。新しい大ちょうちんがぶら下がっていた。お昼をかなりすぎていたので、まずそばやで腹ごしらえ。そのあと、以前から約束していた花屋敷に。 ジェットコースターにのりたがっていたのに、結局子ども二人はのらず、息子1と私がのった。十数年前にのったぼろいときのほうが、リアルな怖さがあった。今回はイマイチ。 そのあと他愛のないものにいくつか乗り、何の気無しにびっくりハウスに。最悪。狭いところに押し込められ、さらに壁がぐるぐる回る。ヤバいと思って目をギュ-ットつぶった。 娘を見ると、顔面蒼白になっていた。ヤラレタ。吐かなくて良かった。ふらふらになってしばらく休憩。 そのあと100円で動くメリーゴーランドに3人で乗ったり。 某浦安の巨大テーマ-パークと違い、狭いので、歩き回る事もなく、乗り物に乗るため並ぶ事もなく、修学旅行生や団体客もいず、快適だった。 3時過ぎには花屋敷をあとにし、水上バスで浜松町へ。そこからまた東京へ出て、京葉線で千葉まで戻って来た。 家でゆっくり晩ごはんを食べた。泊まり掛けの旅行もいいけど、こんな日帰りのお出かけもイイナト思った。
2003.08.03
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