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今回は、作品の背景解説などに使っている第5金曜日なので、悟風のエッセイは載せていません。9月以降、たびたび出てくる悟風のムスコの留学について、書いています。http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/をご覧ください。===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」通常号の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.htmlで、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/で読めます。
2002年08月30日
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◆編集後記「千鳥足」◆ 今週の掲載は、俳句だけになりました。先月の第4週(第17号)発行に協力していただいた句友、松坂精市さんのメモにも、今回掲載した以外の作品は、ありませんでした。数は少ないのですが、山口“悟風”智の姿や性格を、かなり正確に表現した句が集まったと思います。 96年八月は「入院中」になっています。父は、この年の6月25日に大腸がんの手術をしました。5時間45分の手術。この時に、脾臓に傷がついたために出血が止まらず、2日後の27日に再手術をしました。この時は、2時間かかりました。 たった3日間で全身麻酔を2度もしなければならなかったため、手術後は幻覚を見たり、交代で付き添いをしていた2人の叔母(父の妹たち)や母、妹に、いろいろとわがままを言ったらしいです。このころの様子は、入院中に付き添いした人たちが付けた詳しい日記が残っています。ただ、プライベートな部分がかなり含まれていますので、今回は、この欄での紹介を見送ります。 句を読んでいただいて分かりますように、悟風は、手術直後の96年分は、消え行く命の炎をかなり客観的に見ています。若くして病気で亡くなった育ての母への思慕や、線香花火に例えて自分の命を見据えています。 俳句に力を入れだしたのは、ちょうどこの時期だったようです。日記の96年8月30日の欄には、「富貴堂『俳句歳時記』6.800 買っちゃった!!」と書いてあります。歳時記なら、簡単なものなら、どんな書店でも、おいてあるはず。それなのに、北海道北部では、もっとも品揃えが充実している書店(旭川富貴堂書店、http://www.fukido.co.jp/index/)に行き、6800円もする歳時記を買ったのですね。本を買う時に逡巡する悟風氏にしたら、稀有なことです。 97年になると、「生きている」ことを実感しながら句作していたと感じます。妹がこの年の6月に結婚したことが大きかったのだろうと、私は思います。 97年8月の作品を読むと、俳句愛好者である「山口悟風」の代表作「日高路や少年の日の冷し馬」は、95年9月に母、妹と旅行した北海道日高地方で馬を見て、馬に乗った少年の日々を懐かしく見ています(2002年5月31日発行の第9号「遠足」他 http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.cgi?20020531 の「千鳥足」をご参照下さい)。 茄子の句は、熱心な家庭菜園経営者である父が、とれ立てのナスの新鮮さにうれしさを感じています。娘や曝書の句は、「父」として、本好きとしての気持ちがあふれています。 墓3題は、作品が載っている悟風本人の日記でも、1行空けて書いてありました。祖父らが本家の墓に「同居」させてもらっていたことを、ずっと気にしていたようです。結局、父の死後、本家の墓地が建っている場所の一部を譲ってもらい、ようやく“独立”することが出来ました。私は、帰省の度に出来るだけ、墓参りはしていますが、この夏はずっと勤務がついていて、まだ出来ていません。---------------- ところで、先週発行の第20号で母が熱を入れている水泳教室「マーメイド・キッズ」について書きました。99年の大会について、書いてあるサイトがありました。北海道で発行している雑誌「月刊アイワード」の記事ですので、編集部の了解を得て、サイトを紹介させてもらうことにしました。「ハンディ水泳」について、分かりやすくまとめていると思いました。サイトは、こちら↓です。北海道ハンディキャップ水泳連絡協議会 http://www.iword.co.jp/iword/k99_07.html(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」通常号の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.htmlで、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/で読めます。
2002年08月23日
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◆編集後記「千鳥足」◆ お盆を過ぎると、北海道は急速に冬へと向かいます。私たち家族が住んだ上川支庁管内では、9月には長雨があり、10月下旬には初雪が降ります。 そんな地域ですが、やはり夏には、子どもたちはプールに行きます。体育の授業でも、水泳の時間があります。大会も、市民・町民大会や校内大会などがあり、けっこう盛り上がるものです。「トッチ」くんが25メートルを完泳したのも、おそらく、鳥沼小学校の校内大会。「★成長」が載った学年通信には、校内大会での6年生全員、全種目の成績が載っています。 同じ水泳の話。「★悲しい夏休み」で父は、妹が北海道中学校体育連盟の水泳大会で7位に終わったことを悔しがっています。これには訳があって、前年が4位だったというだけではありません。妹が通っていた富良野東中学校には水泳部がなく、4位になった大会には、父自身が引率して、入賞に大きな貢献をしていたからです。 妹は自由形の選手でした。妹に聞くと、中学1年だったこの大会、最初の出場種目だった五十メートルで力を出し切れなかったようです。そのため、別に出場登録していた四百メートルには出ないと言い出しました。 ところが、父は、四百メートルにエントリーしていた全選手の五十メートルのタイムを調べ、妹のタイムと比較したうえで、「6位以内には入れる。5位ぐらいにはなれるから、出てごらん」と言ったそうです。結果、妹は確かに4位に入り、賞状をもらってきました。このコーチングは、さすがに体育教員だと感心します。翌年、妹が大幅にタイムを短縮したのに、順位を下げたのは、北海道全体の水泳のレベルが上がった証拠でしょう。 水泳には、いろいろと思い出があります。私と妹は、1970年代の半ば、風連中央小時代から泳ぎ始めました。近くに商業的なスイミングクラブなどはなく、私は風連の北隣にある名寄市のスポーツ少年団に入りました。富良野に父が転勤になった後、スポーツ少年団もなかったので、母がプールで出会った仲間と一緒に、富良野水泳スポーツ少年団を作り、上川管内の各団体との交流大会も富良野で開きました。 母は、どうもそういうことが好きらしいのです。現在は、旭川市にあるプールを拠点に、知的障害者を対象とした水泳教室「マーメイド・キッズ」を仲間と一緒に運営しています。1999年には、マーメイド・キッズが中心となって、旭川で「第15回北海道ハンディキャップ水泳記録会」を開きました。 ところで、手前ごとで言えば、米国“亡命”を果たした「ムスコ」は今後、この6年生トラックで毎月のように出て来ます。父の作品の読者の一人である私としては、「米国“亡命”ムスコ」シリーズは、かなり面白いと感じています。お楽しみに。 (発行者・山口一朗) ===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」通常号の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.htmlで、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/で読めます。
2002年08月16日
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なんだかばたばたしていまして、「悟風の書斎」運営がお留守になっていました。訪問者数も、さすがに激減しています。ちょっとずつ、やっていきます。応援お願いします。第20号ということは、創刊号の発行から130日以上経ったということ。早いものですね。今週は6年生トラック。悟風が富良野市立鳥沼小学校勤務時代に体験したり、感じたことを書いています。今回の話題は、水泳やジャガイモなどです。発行予定の金曜日まで、もうしばらく、お待ちください。
2002年08月14日
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◆編集後記「千鳥足」◆ ついに、未完作品を出してしまいました。「★美しいからだよ(上)」は、最後に「―つづく―」と書いてあるように、まず間違いなく「(下)」もあるはずなのです。状況証拠として、父が遺した鳥沼小学校1981、82年度の「つながり」の冊子には、81年7月17日付けの直後に、7月25日付けの通信の右半分だけが残っています。 父は、たいていの学年通信を2年度ごとに冊子にまとめています。81、82年度もそうしていて、前号の左半分の裏側と、その号の右半分の裏側を、それぞれ糊で張り合わせています。 しかし、7月25日付けだけは、左半分がありません。さらに、次の8月21日付けの右半分裏には、糊がはがれたような跡がありません。 ということは、父がこの冊子を作った段階で、既に「★美しいからだよ(下)」が載った部分は、何らかの理由で欠落していたということになりそうです。 父がO先生とどんなやり取りをしたのか。(下)を発見しないことには分かりません。改めて(下)の行方を探してみようと考えています。 ただ、(上)だけでも、父の趣味の広さがお分かりいただけるのではないでしょうか。これに書いてありますように、悟風は、書道も、陸上競技も学校や地域などで、指導的な立場にありました。「悟風」という号も、もともとは俳句の先生にもらった名前だそうですが、書道でも「山口悟風」として、学生の書展の審査員などを務めていました。 「★夏の大雨」で、父は大雨による「人災」を批判していますが、私は今、これを読んで反省しております。 実は、この週明け、パソコンをリカバリしなければなりませんでした。先週の金曜日、第18号の原稿をwww.honya.co.jpの編集者さんに送ってから出勤しました。ところが、帰宅したら、VAIO君、動かなくなっていました。 週末に復旧を試みましたが、かなわず。結局、週明けにリカバリしました。 幸いにして、入力済みの「おかあさんへの手紙」作品は、複数の無料メールのアドレスなどに転送していたので、無事でした。しかし、このパソコンを購入した今年1月以降にいただいたメールを中心に、それなりの被害がありました。 この話、honyaの編集者さんも、この原稿を見て初めて知るはず。前週末は忙しくなる旨、伝えてあったので、編集者さんは「最近、メールが来ないな」程度にしか思っていなかったかもしれません。が、実は、そういうダメージがあったのですよぉ。情けない。 やはり、備えあれば憂いなし。バックアップは、皆さん万全に。他山の石としてください。 ところで、先週発行の通常号第18号で書きました夏休みの日数のことです。 メールをもらったり、オンライン掲示板(http://plaza.rakuten.co.jp/gofu63/bbs/)に書き込みがあるなど、いくつかの反応がありました。 「夏休み=40日間」ではないという地方があることに驚いた人もいます。他方、「うちも違うよ」というお知らせもありました。長野では、今年から夏休みが長くなって30日間になり、秋田では今年度は34日間だそうです。同じ都道府県でも地区によって違うかもしれませんし、公立と私立では、また別かもしれませんね。皆さんの地域や学校では、どうでしょうか。(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」通常号の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.htmlで、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/で読めます。
2002年08月09日
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◆編集後記「千鳥足」◆ 北海道の学校は、お盆過ぎには2学期が始まります。悟風が書いた学年通信で分かるように、75年度の風連中央小学校は、「8月19日」が始業式だったのでしょう。 東北や長野などでも、夏休みが「40日」ではない地域があると聞いています。冬休みを長くするのは、雪国は、冬の移動がたいへんだから、だそうです。これには賛否両論があって、「短い夏だからこそ、夏休みを長く」という意見もあります。でも、私は「25日」派です。雪国には、雪国ならではの冬の遊び方があり、思う存分遊べるのは、やはり長期の休みだからです。 ただ、私は子どものころ、毎年夏・冬とも、始業式の前々日あたりからずっと、ため込んだ宿題を、泣きながら片付けていました。「明日できることは今日やらない」という性格は、そのころから変わっていないようです。 「お盆過ぎには2学期スタート」というのは、道産子には当たり前のこと。でも、「内地」の方は、あまりご存知ないようですね。 例えば、最近では、NHK連続テレビ小説(いわゆる「朝ドラ」)の「ちゅらさん」で、北海道出身という設定の男性が子ども時代を振り返って、「8月31日の夏休み最後の日」というせりふを言っていたことがありました。放送を見ていて、私は「あ、間違っているぞ!」と思いました。私だけでなく、そういう細かいことには、極めて敏感な同僚(帯広市出身)も、さすがに見逃していませんでした。脚本家は、素晴らしいドラマをたくさん書いている人ですが、このときばかりは、ご本人もスタッフも、十分に調べていなかったのでしょう。その同僚とは「NHK、取材が甘いなあ」と、笑ったものです。 「★戦争をしらないオトナ」に出てくる「比布」は「ぴっぷ」と読み、旭川市近郊の町です。同じ発音の医療用具のコマーシャルフィルムに、JR比布駅と、その商品を出している会社の経営者が出たことがありますね。それで、覚えていらっしゃる方もいるでしょう。 「パルプ」とは、現在の日本製紙旭川工場(http://www.npaper.co.jp/profile/factory/asahikawa.html)のことです。所在地名は「旭川市パルプ町」といいます。この工場は、北海道北部の中心都市・旭川の市街地北側に広がっており、敵国にしたら、格好の標的だったのでしょう。 ただ、北海道北部は、今でも田園が広がっています。50年以上も前ならば、なおのこと、田舎だったでしょう。なのに、そんなところにまで敵が攻めて来たということは、都会にある「標的」は、既に攻撃を終えていたということ。どう考えても、勝ち目のない戦争だったのです。ならば、国策によって、無駄死にさせられた人たちが、どれだけいたのか。 今、日本政府は、国民を統制して、プライバシーを侵害し、戦争があった時に国民を総動員するための法令整備に躍起になっています。これは、「いつか来た道」ではないですか。誤った国策を、もう一度、国民に押し付けようとする政府も、内閣も、私は絶対に支持できない。私は、「戦争を知らない」まま、おじいさんになりたい。後の世代にも、地球上の他の地域の人たちにも、「戦争を知らない」ままであってほしいと強く願います。 日本にいて、「戦争を知らない」ままでいるためには、どうするか。8月は「6日」「9日」「15日」という三つの柱を通して、率直に過去を見つめ、見直し、誓う月にしたい、しなければならないと思います。(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.htmlで、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/で読めます。
2002年08月02日
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