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第5週は、悟風のエッセイではなく、舞台となっている街や時代背景などを説明しています。今回は、悟風が遺した脚本集について、ムスコが書きました。各号のバックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/ に掲載しています。
2002年11月29日
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◆編集後記「千鳥足」◆ 今週は、連休を利用して、北海道に帰省しました。私が普段、使えるパソコンは、自宅にあるデスクトップだけです。小旅行では持ち運べないので、妹のIBMシンクパッドを借りて編集しました。キーボードが普段のものに比べてずっと小さく、苦労しながら打ちました。 11月の句は、秋から冬にかけての、いろいろな作品がありました。先月、“解読”に悩んだ「ぼう」(呉音)または「ふう」(漢音)=「三」に「丿」を重ねて書くという字=ほどではないですが、今回も、父“悟風”智の書いた字がいくつか、すぐには読めませんでした。そこで、兄妹一緒に父の字を読み解いた結果が、上のそれぞれの句です。 最初に出てくる「大雪」は、「北海道の屋根」と呼ばれる大雪山系(旭岳を中心とした大雪山連峰)のことで、「たいせつ」と読みます。地図やラジオ・テレビの放送などでは、「だいせつ」と読むことが多いようです。国立公園としての名前も「だいせつ」です(参考サイト→大雪山国立公園連絡協議会、 http://www.daisetsuzan.or.jp/ ) 。しかし、私が知る限り、地元の旭川市周辺で、「大雪山」を「だいせつざん」や「だいせつさん」と読んだり、読む人は、ほとんどいません。私が卒業した北海道旭川東高等学校の校歌にも「大雪遙かに夢かとかすむ」というくだりがあり、もちろん「たいせつはるかに」と歌います。ですから、私は「た」派で、「だいせつ」という読み方には、強い違和感があります。 「岐登牛」は「キトウシ」。これまでも何度かこのメールマガジンに名前が出ていますが、父が晩年過ごした上川郡東川町の自宅すぐそばにある山です。 字が読みにくく、困ったのが「小春日や手竹の蔓を扱ぎ取る」と「丈高き紫苑旅立つ神の下」の2作品でした。父が句を残した日記帳を読むと、小春日の句では、確かに手へんの「扱」が書いてあります。でも、さんずいの「汲」と解釈し、「(たくさんある蔓を)汲(くむ)ぎ取る」と解釈した方が素直かもしれません。また、丈高きの句は、字をそのまま読むと「神のV」のように書いてあります。私は、2~3メートル伸びるという紫苑の丈が、「神様のところまで伸びているように見える」と考えた、スケールの大きな句だと思います。(発行者・山口一朗)
2002年11月22日
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★編集後記「人並みだったとしておこう」★ 特別号第2号は、「校長室からコンニチハ」の第2回です。今回の文章を読んで、こう思いました。「お父さんは、やっぱり現場が好きだったんだな」と。 以前、母から聞いた話を思い出しました。父が40歳前後になったころでしたか、現場(学校)を離れて、教育委員会に入らないかという話があったそうです。母によると、父は断ったそうです。 父は、40年間の教員生活の間、ずっと学校で過ごしました。一般的に、同じ教員でも、教育委員会での勤務を経験した人の方が、教頭、校長への出世は早いようです。父が校長になった時、「やっと、にきびみたいな山に登り詰めた」という手紙を、私に送ってきたことがありました。その手紙を読んでも、父にも出世欲は、もちろんあったと分かります。しかし、それでも、「現場」の方を優先したかったようです。 今、特別号で連載しているのは、校長になってからの文章です。たいていの学校では、校長は担任や授業を持つことがありません。また、校長室は、職員室とは別にあります。ですから、校長として在職中、児童や他の教職員と、ほとんど話さない日もあったと思います。これは、父の本意ではなかったかもしれません。ただ、校長として勤務したのは小規模校でしたから、子供たちや他の先生からそう遠い存在ではなかったでしょう。それは、幸せだっただろうと思います。 今回の文章を読み返してみて、保護者の方々や、児童たちと少しでも多く、直接触れ合って、自分の考えを伝えたかったのだろうな、と思いました。(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」特別号(不定期発行)の講読申し込み窓口http://www.mag2.com/m/0000093984.htm で、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000093984 で読めます。なお、週刊発行の「通常号」については、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.html を、ご覧下さい。
2002年11月19日
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◆編集後記「千鳥足」◆ 今週も長くなってしまいました。読みにくくなって、すみません。それにしても、この年、悟風は、かなりペンがよく動いたようですね。 さて、最初に、間違いを指摘しておきましょう。悟風が「★ねずみとり」に書いた「『違反金』は、『道路工事』に使われる」という認識は、正確さを欠くようです。インターネットで分かりやすく書いてあるサイトはないかと調べたら、富山県警察本部のサイト「交通違反の反則金Q&A」( http://www.pref.toyama.jp/kenkei/jittai/tuukoku.html )がありました。 一部抜粋しますと、------------Q1 交通違反の反則金は、どのように使われますか? A 交通違反で納められた反則金は、国庫金として国に集められます。 この国庫金は、交通人身事故の件数、人口、道路延長等により計算された交付割合に応じて、全国の都道府県及び市町村に、「交通安全対策特別交付金」として交付されます。 「交通安全対策特別交付金」は、信号、道路標識、歩道、道路反射鏡等の交通安全施設の設置や救急自動車の購入等にのみ使用され、交通安全の目的の外には使用できません。 交通違反で納められた反則金は、交通事故防止のために役立てられているのです。------------ とのことです。 「交通違反の反則金」について、インターネットの検索エンジンで調べた限り、富山県警のように、分かりやすくまとめてあったサイトは、見当たりませんでした。ここは、富山県警を褒めておきたいと思います。行政の立場では「当たり前」であっても、市民には分かりにくいことを、理解しやすく紹介してくれると、「お役所」がもっと身近になるのではないでしょうか。そういう行政サービスを、私は期待します。 「★シャクシャインが哭く」は、通常号第3号( http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.cgi?20020419 )、同じく第25号( http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.cgi?20020920 )でも書いたように、脚本書きとしての父(大津哲太郎)の代表作です。この作品について、父自身が経緯を書いた文章は、他には見つかっていません。文中の「寮の館入睦子先生」の寮とは、第4号( http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.cgi?20020426 )に出てくる児童養護施設「富良野国の子寮」です。 「★入賞者」と「★『書の教室』に来ませんか?」は、これまでの「おかあさんへの手紙」では、ほとんど出てきてないパターンかもしれません。これらは、いずれも「手紙」として、学年通信に載っていたのですが、普段は、似たようなものであっても「手紙」として書いてない場合が多いのです。特に、入賞者の紹介は、学年通信には載せても、「手紙」にしなかったことが多いようです。 他方、「★『書の教室』に来ませんか?」は、自ら講師になる講座に、保護者から参加申し込みがなく、焦って書いた文章だと思います。父は本当に多趣味・多芸でした。メールマガジン版では、教育エッセイや俳句、詩程度しか公開が難しそうですが、他にも、書、脚本、絵画、写真、その他(闘病記など)もあります。何らかの形で公開するか、紙の本を作る時に、使いたいと思っています。 最後に、タイトル作品の「★ミシガンからの手紙(3)」。私が滞在していた米国ミシガン州グランドラピッズ市で最も読まれていた新聞「グランドラピッズプレス」( http://www.mlive.com/grpress/ )では、本当に鈴木善幸首相(当時)の辞任記事が見当たりませんでした。首相官邸のサイトで、鈴木首相( http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/souri/70.html )を調べると、在職期間は1980年7月17日~82年11月27日になっています。「★ミシガンからの手紙(3)」は11月24日付けで、日本に手紙が届くまでは航空便でも1週間ぐらいかかりました。ですから、手紙を書いたのは、鈴木首相が辞意を表明した段階だったのでしょう。だったら、記事になってなくても、仕方ないか。 ただ、本当に、日本のことは、新聞に載りませんでした。テレビでも、ニュースで見聞きしたことは、ほとんどありませんでした。「同盟国とおだてられながら、冷たい扱いされるものだな」と、当時高校生だったムスコ(私)は思ったものです。(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」通常号の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.html で、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/ で読めます。
2002年11月15日
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メールマガジン「おかあさんへの手紙」とは直接関係ないのですが、発行前からこのメルマガを支援してくれている友人の作家を逆に応援したくなったので、書くことにしました。千石涼太郎さん。私と同郷(北海道)で、同年代の作家です。この千石さんの本が相次いで「絶版」になっています。もっとも大きな原因は、本を出していた出版社の一つが最近、倒産したからです。北海道関係や、県民性研究、うまい酒と肴の話など、楽しい作品ばかりです。中には、かなり売れた本もあるのですが、倒産による絶版となると、今度は、いつ、どのような形で発行できるか分かりません。千石ファンとしては、非常に惜しいと考えています。そこで、それらの本の復刊を狙い、「復刊ドットコム」http://www.fukkan.com で呼びかけることにしました。100票を越えたら、出版社や著者に「復刊」を打診するというサイトです。倒産した出版社もあるので、厳しい道のりかもしれませんが、以下の本を、登録しました。復刊への活動、ぜひ、ご協力をお願いします!~~~~~~・やっぱり北海道だべさ!!http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13304 ・なしても北海道だべや!!http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13305 ・もっとおいしい北海道の話http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13306 ・酒飲みのための魚のはなしhttp://www.fukkan.com/vote.php3?no=13307 ・日本海の時代 北陸の実力http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13308 ・県民性の謎http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13309 ・元気が湧いてくる言葉、心が軽くなる言葉http://www.fukkan.com/vote.php3?no=13311
2002年11月14日
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◆編集後記「千鳥足」◆ 「★白いもの」を読み、いろいろと調べていたら、面白いことに気づきました。フジテレビが放送した「北の国から」( http://www.fujitv.co.jp/jp/furano/ )の登場人物の一人が、「鳥沼小学校の卒業生」で、父“悟風”智の「教え子」かもしれないということです。もちろん、登場人物は架空の人物ですから、空想の話ではありますけどね。 「北の国から」は第1作から21年目の今年9月、「2002遺言」(前後編)を最後に放送を終えました。公式サイトを見ると、連続ドラマとして放送されたのが、1981年10月9日~翌82年3月26日。以降、「’83冬」「’84夏」「’87初恋」「’89帰郷」「’92巣立ち」「’95秘密」「’98時代」、そして最後の「2002遺言」と、21年続きました。悟風が「★白いもの」を記したのは81年11月6日ですから、連続ドラマのスタートから1カ月足らずのことです。 悟風が当時勤めていた鳥沼小学校の校区は、「北の国から」の舞台である富良野市麓郷(ろくごう)地区に隣接しています。父は、鳥沼小に79年4月から85年3月まで勤めていました。 「教え子」ではないかと思ったのは、「’87初恋」で初登場した「大里れい」ちゃん(横山めぐみさん)。主人公「黒板純」(吉岡秀隆さん)が好意を寄せた相手です。この作品では、純は地元の麓郷中学校の3年生で、れいちゃんは、隣の校区である富良野東中学校の同学年の生徒でした。2人は別の中学校に通っているものの、近所だったようです。今、改めて地図を見直してみると、麓郷中の校区と接する富良野東中側の小学校区は、鳥沼小の校区なのです。しかも、87年度に中学3年生だったということは、85年春の小学校卒業。すると、(架空の)「れいちゃんの卒業」と、実在の山口智教諭の転出が同じ年の3月となります。 この仮説、正しいかどうか、倉本聰さんのシナリオを読んで、確認してみようと思います。 ところで、放送が始まって、富良野は大きく変わったと思います。放送が始まるまでは、アルペンスキーのワールドカップを開くスキー場があることぐらいしか、知られていませんでした。ですから、内地の人たちで「ふらの」と読める人も少なかったと聞きます。 第1作の放送当時、私は富良野にあった実家を離れて、約60キロ北にある旭川市内の高校に通うために下宿をしていました。大阪にある大学に通い始めたのが86年で、生まれも育ちも関西の友人たちからは「『北の国から』を見て、北海道に行きたいと思った」「あんなところに住んでるの?」などと、よく言われました。自己紹介する時、私はたいてい、本籍地で、高校時代を過ごした旭川の出身であると名乗りますが、相手が「どの辺り?」といった顔をする時には、「中学校は富良野でした」ということにしています。そうすると、ほとんど「ああ」という反応があります。 「★時計」は、悟風本人がかなり気に入った作品だったようで、他の学校に転勤した後にも、改作して掲載しています。図は、第27号(http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.cgi?20021004 )の「頭の体操」と同様、私がパソコンのお絵かきソフトで描きました。 ちょっと驚いたのは、5歳刻みで書いてある年齢に「65才」がないことです。父は98年に63歳で亡くなりました。まるで、「65才」にならないことを暗示しているかのようです。他界した要因は、本当に「がん」でした。書いた当時は46歳。5年生トラックの次号となる通常号第36号に掲載予定の文章を読むと、どうやら、このころから体調は悪くなって来ていたらしいのです。父は、医者嫌いでした。 本人は医者ではありませんでしたが、越後の御典医の子孫と伝えられ、同じく「先生」と呼ばれる存在。それが、不養生が命を縮めた一因なのですから、褒められた話ではありません。(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」通常号の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.html で、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/ で読めます。
2002年11月08日
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★編集後記「人並みだったとしておこう」★ 「おかあさんへの手紙」特別号の読者の皆さん、大変お待たせしました。7月27日に創刊準備号を出して、すぐに創刊号を出す予定だったのですが、8月初めにパソコンをリカバリする必要に迫られ、以降も、なんだかバタバタしていて、今日まで遅れてしまいました。週刊の通常号(http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.html )も読んで下さっている方には、「おかあさんへの手紙」は毎週届いているので気にならなかったかもしれません。でも、特別号だけの読者の方が約20人いらっしゃいますから、その皆さんには、本当に申し訳ないと思っています。 特別号だけの読者の皆さんには、これを機会に、ぜひ、通常号もご講読いただけると幸いです。上に紹介したサイトで、講読申し込みが出来ます。 さて、特別号では今回から10回、父“悟風”智が、東川第二小学校時代に書いた「校長室からコンニチハ」シリーズをお届けします。テーマは「学校五日制を考える」です。折りしも、今年度から「完全週5日制」が導入されました。悟風が「二、三年のうちには>」と予想してから、ちょうど10年になります。「5日制」について考えるには、時機を得た文章かもしれません。土曜日にはいわゆる「旗日」(祝日)でない限り、学校に行くのが当然だった時代から、「土曜日も休みになることがある」時代に移行する直前の、北海道の小さな小学校で、一人の校長がどう考えたのか。そんなことが、よく見えると思います。 今回の文章の中で、一つ、お断りする必要がある部分があります。それは、日付です。「1992年6月17日」と書きましたが、正確ではないかもしれません。というのは、この文章には、日付がないからです。そこで、白浜ワカさんが亡くなった日を調べ、「新聞に出ていたというのだから、翌日なんだろう」と考えました。そのために、「記すとみられる」なんて、中途半端な書き方になりました。 父は、白浜さんの訃報記事を「今朝の新聞」で読んだということですから、17日付けの朝刊である可能性が高いと思うのです。ただ、新聞には締め切りが何度もあり、東川町には締め切りの早い版が届きます。となると、17日付けの新聞には、その記事が載らず、父は18日付け以降の新聞を読んで、この原稿を書いたのかもしれません。(なお、東川町のある旭川市周辺は、基本的に、北海道新聞以外は、夕刊が配達されていません) 余談として、新聞の話をしますと、現存し、最も歴史がある日本の新聞は毎日新聞です。前身の東京日日新聞が創刊されたのも、学校制度と同じ明治5(1872)年。今年が130周年です。1872年は、廃藩置県の翌年で、世の中が大きく動き出した年でした。ついでにいうと、今年は、問題山積みの「住基ネット」が稼動しましたが、日本で初めて全国統一様式の戸籍「明治5年式戸籍」(壬申戸籍)ができたのも、同じ1872年でした。(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」特別号(不定期発行)の講読申し込み窓口http://www.mag2.com/m/0000093984.htm で、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000093984 で読めます。なお、週刊発行の「通常号」については、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.html を、ご覧下さい。
2002年11月04日
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◆編集後記「千鳥足」◆ 「★予知できる腰」で父が書いた「はりを二十六本、肩から腰に打ってもらい」という治療の場面は、よく覚えています。父の背中に吸盤をたくさんくっつけて、「悪い血」を吸い出していました。当時、私は5歳ぐらいだったと思います。その時には、まさか自分も二十数年後、父のように「ギックリギックラ」することになるとは、想像もしませんでした。ぎっくり腰歴10年の私は、最近になってようやく腰痛とも仲良く(?)生活できるようになってきて、立てなくなるほどひどくなる前に予防できるようになって来ました。 「★猛犬ピピ」に書いてあるピピは、小学1年の秋にもらった犬です。スピッツと柴犬の雑種で、白くてきれいな犬でした。6年半ほど一緒に暮らしましたが、私が中学2年になる時、父の転勤で名寄から富良野に引っ越す途中、休憩のためにドライブインで止まった時に逃げていってしまいました。今になって冷静に考えると、引っ越し先の家では、犬が飼えるところはありませんでした。とはいえ、私はその日、ピピや家族とは別の車に乗って移動しており、富良野に着いてからピピが逃げたことを知りました。逃がした家族を恨みました。ピピが生まれたのは1972年。15年、20年と生きる犬は少ないそうですから、生きている訳がないのですが、そんな別れ方を強いられたことを、今も、本当に残念に思っています。 「★コンニチハ、赤チャン!!」に出てくる「未来チャン」。実は、父が名付け親なのだそうです。父の遺品には、そのころに父自身が書いた「未来」という色紙があります。 「★参観日。ゴクロウサマデシタ。」は、父が学年通信についての考えをまとめており、長くなりましたが載せました。1カ所、分かりにくいのは、「旭」でしょうか。風連町内にある地区の名前です。第5号(http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.cgi?20020426 )で書いたように、風連中央小学校は、風連小学校と旭小学校が併合して出来た学校です。 ところで、第27号に載せた「★頭の体操」(http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.cgi?20021004 )の解答、4週間待ちましたが、どなたからも来ませんでした。 算数の方、太郎君と花子さんが到着する問題を、小学生らしく計算するのは、難しいですね。現在は、5年生で習うそうなのですが、私は、どうしてもπやa、bを使わないと、計算できませんでした。 それから、短歌については、おかしな出題だなと感じました。設問では「親が子を想う歌にA、子が親を想う歌にB」を記すようにと書いてあります。でも、どちらも、親からも子からも「想う」歌なんじゃないのかなと思ってしまうのです。設問が「作者は子か、親か」ならば、答えやすいと思うのです。皆さん、いかがでしょうか。 答えが来なかったことは残念で、もっといい方法があったかなと、自己反省しております。ただ、発行者側だけが作る一方的なメールマガジンでなく、読者の反応を生かして発行しているメルマガも多くあります。そうした内容的にも進んだメルマガに育てばと私は考えています。(発行者・山口一朗)===================================★【発行者より】本文は、メールマガジン「おかあさんへの手紙」通常号の講読申し込み窓口http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/index.html で、講読をお申し込みになり、お読み下さい。登録、講読とも無料です。バックナンバーは、http://www.honya.co.jp/contents/letter2mom/ で読めます。
2002年11月01日
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