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2010.02.28
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カテゴリ: 社会
東京MXで
毎週土曜日の11時~11時30分の
「西部邁ゼミナール ~戦後タブーをけっとばせ~」
という番組が放送されています

この番組は、
今まで見たことがなかったのだけれど、
出かける用意をしながらテレビを見ていて、
ちゃんねるを回したら、
やっていたので、ちょっと見てみました


それについて出演者らが議論を酌み交わす
という番組のようで、
今週は、
”「平和と民主」では文学は死ぬ”
というお題について話してました

私がつけた時には、
ネットにまつわる話で
今、流行っている携帯小説の作品の表現力の乏しさ
に重点が置かれていました、

それらの作品が、
ネットの出現もさることながら、

上(プロ)と下(素人)
の境界線
がなくなり、一定となってしまっていて、
努力した人が上に上がるのが当然な事なのに、
乏しい作品ですら、上に持ち上げられる事に


けれど、
私としては、それはどうかと思ってしまったのです

携帯小説を書いている人は五万といますが、
この情報化社会と言われる中で、
情報の数が多い事があだとなって、、
結局、うずもれて世の中に出てこない確立の方が
高くなると思います 

実際に私も携帯小説で二次創作を載せてみたりしますが、
1億2万人以上いる日本の中で、
100人ちょっと、しか読んでくれている人はいないのです 
(それでも
 読んでくれている人がいるだけでもうれしい事だけど)

だから、携帯小説の作品は
稚拙ということでありますが、
それでも、その中で、上位につける人は、
読者を増やせるだけの文章力や表現力があって、
実力がある人だろうと思い
その文章力や表現力は、
今まで努力をしたか否かに関わっている
事ではないのか?

と感じるのです

逆に私は、素人作家よりも、
プロとしてやっている
人間の方に問題が出てきているのではないか?
と感じてしまいます



誰もがネット検索で簡単に莫大な情報が手に入るようになりました

ある番組では、
そうした事から最近、論文を手がける大学生の中に、
検索して出てきた他人のホームページやブログに書かれた言葉を、
そのまま抜粋し書いている人が多くなったようで、
問題視されていました

これをプロの作家もしているのではないか?
と感じてしまうのです 

実際に、作品用として持っている
「黒い夢の館」
という名のブログで書いた小説の何行かを
アニメで使われました 

アニメ作家が、こうした事をするのなら、
たぶんにプロの小説家もやっていると思うのです

また私の書いたものですら、
こうした事が起こるのだから、
他の人が書いたものでも同様の扱いをされている人が
いるのではないか?
と思います


玄人が馬鹿にしている
携帯小説やブログに載せた小説やコラムを、
使える部分は金儲けの為に抜き取って使う・・・
こうした事が起こっていると思うのです

それで、その結果・・・
多分、いつかメッキがはがれる結果を生むだろうと
考えます


小説家ではないものの、
小説家と同じように文章を扱う仕事の
脚本家についてになりますが、
数ヶ月前にネットで、
脚本家の実力の有無についての
話題が取り上げられていました 
そこでは、
自分達の実力の差を、俳優がらみのせいにしたり
番組制作サイドのせいにしたりする脚本家について
書かれていました

脚本家は、製作中の状況の問題や、視聴者らの評価に
間違いがあると言いたいようですが、

私は、
最近の水戸黄門を見ていると、
とてもそれだけのように思えないのです


話の流れに情緒がなく、
人間関係に無理があり、
せっかくの脇役も、ただの話のつなぎや、
言い訳のように使い、
くどくどと説明で話を進めるような
内容に見え
脚本家の実力がないのではないのか?
と思うのです


この番組中(西部邁ゼミナール)では、
「携帯小説は表現力がなく説明だけでつまらない」
という話がでていましたが、
それでは、水戸黄門の話も同様ではないか?
と感じ、
携帯小説で書いている素人作品に言っている文句は、
プロの脚本家が書いている作品に対しても言えるのではないか?
と思い、
出演者らが、馬鹿にしている
携帯小説の作家の実力とプロの脚本家の実力は
変わらないのではないか?
と感じたのです 


素人が趣味として書いている作品にケチをつけて
努力うんぬん
言う前に、
プロとしてやっている人達の作品はいかがな物なのか?
と思ってしまいます 


何かの番組で、
ネットの普及で色々な情報が公開されるようになり
「知的財産を共有できる事がすばらしい」
なんて言っていた人がいますが、
ネットによる知的財産の共有が
安易に出来るようになったことで、
全体的に見れば出来の悪い素人作品ではあるものの、
その中にある、
ほんの少しのすばらしい個人のアイディンティを盗み
「金にならない作品の一部を使って金にしてやったんだ」
というおごりで、
要領のいい人が、それを使い、
実力にそぐわない作品を発表して有名になった事で、
あとあと、作品にそれ(実力のなさ)を垣間見る事と
なっているのではないのか?
と感じ、
そのことが、
文学作品の劣化を招いていると考えてしまうのです

さて、いかがでしょうか?





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最終更新日  2010.03.01 03:33:09
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